緒 言 Stickler 症候群(以下,STL)は,1967 年に Stickler らによって報告された常染色体優性遺伝の 2 型コラーゲ ン異常による結合組織疾患であり,発生頻度は 1/10,000 とされている1).通常,知的能力障害を伴わず,進行性 の眼疾患(近視,白内障,網膜剝離)や聴疾患(伝導性 難聴,感音性難聴),骨・関節疾患(脊椎骨端形成異常, 側彎,外反膝,早期関節炎など)を合併する1,2).また, 口蓋裂および小顎を主徴とする Robin Sequence を高確 率で合併し,乳幼児期から哺乳障害や呼吸の管理が必要 である場合が多い2,3). 小児における摂食嚥下障害の原因には,未熟性,解剖 学的な構造異常,神経・筋障害,咽頭・食道機能障害, 循環器や呼吸器などの全身状態の不調,精神・心理的問 題,歯科的疾患が挙げられ4),さらに,知的能力障害や 肢体不自由,感覚の偏り,食環境や食内容,生活習慣な どが摂食嚥下障害を修飾する因子として関連してくる5).
症例報告
偏食のある Stickler 症候群への摂食指導の一例
林 佐智代・江 口 采 花・遠 藤 眞 美・野本たかと
日本大学松戸歯学部障害者歯科学講座 (原稿受付日:2020 年 6 月 3 日) (原稿受理日:2020 年 8 月 22 日) また,発達の途上であることから,小児における摂食嚥 下リハビリテーションは,成長変化や育児環境を理解し たうえで対応を行うことが必要となる5). 一方,偏食は一般的に「特定の食品を嫌ったり,反対 に極端に好むために食事が偏ること」とされているが, 単に食事に対して,好き嫌いがある状態を示す場合もあ り,明確な定義はされていない6~9).幼少期の好き嫌い は年齢が長じるに従って,多くは自然に改善することが 多く,対応をする必要はないとの考えもあるが,嫌いな 食物の多さは疲労感を高くすることやう蝕,痩せなど健 康状態に悪影響を及ぼす可能性が指摘されている点や, 幼少期に形成された食習慣が将来の味覚や食習慣に影響 する7)とされており,生活習慣病の予防的観点からも偏 食の予防・改善が重要と考えられている6,8~10). STL は多くの合併症を伴い,成長発育過程においても 医療的対応が必要となる疾患であり,摂食嚥下機能につ いても乳幼児期からの継続的介入が必要であると考えら れる.しかしながら,眼や耳疾患11,12)や骨・関節疾患13), 歯科矯正14),全身麻酔15,16)に関する STL の報告はある ものの摂食嚥下機能に関する報告はない.今回,偏食を 認める STL に幼児期から摂食指導を行ったので報告す る.なお,本論文の公表に際して,保護者への説明なら びに書面による同意を得ている. 要旨:Stickler 症候群(以下,STL)は,2 型コラーゲン異常により進行性の眼疾患や耳疾患,骨・関節疾患,中 顔面発育不良,口蓋裂,小顎症など多様な症状を認め,通常,知的能力障害を伴わない常染色体優性遺伝の疾患であ る.多くの合併症により摂食指導においても早期からの介入が必要と考えられるが,STL における摂食指導に関す る報告はない.今回,偏食を認める STL に幼児期から摂食指導をしたので報告する.症例は,初診時年齢 2 歳 9 カ 月の女児で,主訴は「食物が増えない」「固定した食物しか食べられない」であった.合併症としては口蓋裂,強度 近視,滲出性中耳炎,脊椎骨端異形成,成長障害,過蓋咬合,狭口蓋であった.摂食場面では咀嚼運動を認めるもの の,食事途中から疲労のため,緩慢な運動となることが観察された.摂取可能な食事はカレーライスや海苔佃煮ごは んなどであり,パリパリとした食感の食物には拒否を示した.以上のことから偏食がみられ,要因として,①視覚, 聴覚の感覚障害,②小顎症,口蓋裂による摂食機能障害,③成長障害による食事中の疲労感とした.そこで,初診時 の指導内容は主に感覚障害への対応を中心に行うこととし,視覚による食物へのこだわりの脱感作を目的に食内容指 導を中心に行った.2 歳 11 カ月から療育施設に通園するようになり,精神的,体力的負担により一時的に拒否は強 くなった.指導として,児の好む食物を中心に食物を広げ,新しい食物に挑戦できたときは,褒めることで好ましい 食行動を強化することとした.5 歳 10 カ月まで食べむらはあるが徐々に自発的に新しい食物に挑戦する場面も増加 した.摂食機能は,自食が多くなることで口唇閉鎖不全を認めるようになった.今後,成長期に関節炎など合併症を 生じる場合もあるため,食事への影響を継続して観察し,支援する必要性が示唆された.症 例 初診時年齢および性別:2 歳 9 カ月の女児. 主 訴(保護者の訴え):固定したものしか食べず, 食物が増えない,食事中に席を立ち,だらだら食べる. 主な疾患:STL1,口蓋裂,強度近視,滲出性中耳炎 による聴覚障害,脊椎骨端異形成,第 1,2 頸椎の軽度 のずれ,成長障害,食物アレルギー(大豆で軽微に発 赤). 既往歴および現病歴:在胎 28 週にて上下肢の短縮を 認めたことから障害の疑いを指摘された.在胎 38 週で 帝王切開にて出生し,体重は 2,578 g であった.出生直 後より哺乳困難のため経鼻経管による栄養摂取であっ た.生後 2 カ月には体重は 3,000 g を超え,哺乳瓶の使 用が可能となり,経鼻経管による栄養摂取は中止となっ た.生後 7~8 カ月では離乳の目安である頸定は困難で あったが,小児科医指導のもとに離乳食を開始するも著 しい拒否を示したため中止していた.生後 9~10 カ月に 頸定が可能となったため,他院摂食外来の指導のもと, 再度離乳食を開始するとミルク,タマゴボーロ,プリン は摂取可能であったが,それ以外は拒否を示したとい う.その後,1 歳 1 カ月に薄味のカレーと軟飯も摂取可 能となった.麵類は兄が食べている焼きそばのみ可能で あったが,具は床に捨てる様子が観察されたとのことで あった.2 歳 6 カ月~9 カ月に他大学病院にて口蓋形成 術および鼓膜チューブ留置術が施行された.その後,口 蓋裂の経過については,他大学病院の受診を継続し,摂 食指導および口腔衛生管理については,自宅近隣を希望 したため,当大学付属病院顎脳機能センター摂食嚥下リ ハビリテーション外来および特殊歯科に紹介され受診す ることとなった. 現 症:初診時の身長は 71.0 cm,体重は 9.0 kg であ り,Kaup 指数は 17.8 であった(図 1).脊柱側彎,早 発性変形性関節症,四肢の短縮など全身像に顕著な特徴 は認めなかった.強度近視により眼鏡を使用しており, 滲出性中耳炎による聴覚障害により補聴器は所持してい るものの拒否を示していた.粗大運動は独立歩行可能で あり,言語発達はパパ,ママ,アンパンマンなど単語の みであり会話は成立できなかった.また,日常的に泣き はじめると止まらず癇癪を起こすことがあった.睡眠に ついては,午睡 2 時間,夜間 10 時間であり熟睡してい るとのことであった.口腔内所見では,上下左右乳前歯 から第一乳臼歯までの萌出を認めた.また,口蓋形成術 後瘢痕,狭口蓋,小下顎症を認め,咬合・歯列は上顎前 突,前歯部過蓋咬合であった. 食生活リズムは 1 日 3 回食であり,朝食を食べなかっ たときには 10 時と 15 時に補食を行っていた.1 回の食 事時間は 30 分程度で,20 分を過ぎると拒否を示した. 好む食物はカレーライス,海苔の佃煮つき白米,ふりか けごはん(兄と一緒のときのみ),鳥つくね,プリン, ヨーグルト,具なし麵類,赤飯,やわらかいクロワッサ ンであり,それ以外の食物は拒否を示していた.特に拒 否を示した食物は,パリパリとした食感の物や食パン, 米飯で,特に米飯は赤飯やケチャップなど白色以外の色 の場合は食べることができるとのことであった. 摂食場面の観察に持参した食物は味噌汁,豆腐,鳥つ くね,カレーライス,赤飯の普通食で,児がスプーンや フォークを手掌握りにて使用し自食をしていた.その 際,つめこみなどは認められなかった.摂食嚥下機能評 価(金子らの評価表17)を改変して使用し,以降の摂食 嚥下機能評価および指導内容の経過は表 1 に示す)とし ては,口腔周囲および口腔内に過敏症状は認めず,鼻呼 吸は可能,流涎は認めなかった.また,口唇閉鎖は安静 時において(+)であり,ときどき閉鎖ができる様子が 観察され,その他の時期は常に閉鎖できる様子が観察さ れた.咀嚼運動は可能であったが,途中で咀嚼を止めて ため込む様子や咀嚼運動が緩徐となる様子が観察され た. 診 断:偏食およびすりつぶし機能獲得不全と診断 し,要因として,①視覚,聴覚の感覚障害,②小顎症, 口蓋裂,不正咬合による摂食機能障害,③成長障害によ 身長 体重 130 120 110 100 90 80 70 60 50 40 30 0 1 2 3 4 5 6 年齢(歳) 10 20 30 40 50 60 体重(㎏) 身長(㎝) 図 1 当外来受診後の成長曲線
表 1 摂食嚥下機能評価および指導内容の経過 初診時 2歳9カ月 2~3回目 2歳10カ月 ~11カ月 4~7回目 3歳1カ月 ~4歳6カ月 8~10回目 4歳11カ月 ~5歳10カ月 目 11~13回 6歳2カ月 ~8カ月 口唇閉鎖 安静時 捕食時 処理時 嚥下時 水分摂取時 + ++ ++ ++ ++ ± + + + + + + + + ++ ± + ++ ++ ++ + ++ + ++ ++ 口角の動き 左右非対称 左右非対称 左右非対称 左右非対称 左右非対称 方 側 方 側 方 側 方 側 方 側 動 運 舌 舌突出 安静時 捕食時 処理時 嚥下時 水分摂取時 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 可 可 可 可 可 嚼 咀 良 や や 良 や や 良 や や 良 や や 良 や や ム ズ リ 嚼 咀 可 可 可 可 可 断 咬 歯 前 分 0 2 分 0 2 分 0 2 分 0 3 分 0 3 間 時 事 食 食べる・食べられる ようになった食物 カレーライス,海苔の佃煮 の白飯,ふりかけごはん (兄と同席の時のみ),鳥 つくね,プリン,ヨーグル ト,具なし麺類,赤飯,や わらかいクロワッサン チャーハン,玄米ご 飯,とうふ,煮た人 参,煮た大根,照り 焼きチキン,味噌汁 チキンナゲット,鳥 つくね,焼きそば (麺のみ),やわら かいクロワッサン, 赤飯にぎり 具のないうどん,焼 きそば(麺のみ), カレーの人参,ス ティックチョコパン, ヨーグルト,ヤクル ト,味噌汁一口,お にぎり,チョコ,プ リン,アイス,から あげ,鳥つくね,チ キンナゲット 煮た人参,オレンジ ジュース,しらす, いわし,かじき,さ け,たら,あじ,ぶ り,さんま,さわら, さば,ししゃも,メ ロン,すいか,桃 (缶詰),パイン (缶詰),やまいも, かぼちゃ 食べない 食物 パリパリした食物,食パン, 白飯のみ パリパリした食物, 食パン,白飯のみ, 鳥つくね パリパリした食物, 食パン,白飯のみ, 味噌汁 しらす,かじき, シャケ,あじ,さん ま,さわら,さば, かぼちゃ 果物,野菜 偏食に関する エピソード ・鳥つくねを食べな くなった. ・小皿に取り分ける と払いのける. ・療育に通園するよ うになり,疲労感か ら昼食は菓子のみし か食べなくなった. ・ヨーグルトの種類 が異なる,ソースな どで味が変わると拒 否を示す. ・味噌汁を食べなく なった. ・食にむらがある. ・お弁当はチキンナ ゲット,鳥つくね, 焼きそば,パンでな ければ食べない. ・外出時はコンビニ の赤飯にぎりかクロ ワッサンでなければ 食べない. ・食物に口をつける ことを嫌がっていた が,保育園では自分 でできる時がある. ・クッキーがつらい と訴える. ・保育園で様々な食 材にチャレンジでき るようになったが, 駆け引きをするよう になった. ・体重が増えると関 節炎が心配である. ・補聴器が使えるよ うになった. 生活背景 ・強度近視により眼鏡を使 用 ・滲出性中耳炎による聴覚 障害により補聴器は所持し ているものの拒否 ・言語発達はパパ,ママ, アンパンマンなど単語のみ ・日常的に泣き始めると止 まらず癇癪を起こす. ・睡眠は,午睡2時間,夜 間10時間 ・通園では母子分離 を行うと泣きながら 嘔吐することがある. ・夜間に突然泣き出 すことが多くなった. ・通園で癇癪を起こ すことはなくなり, 日常生活は落ち着い ている. ・椅子に座っていら れない. ・言語発達は,5歳時 には様々な場面で会 話をする時間が増え, 他人に伝わらないと 泣くようになった. ・言語発達は6歳から 補聴器を使用するこ とができるようにな り,構音が明瞭と なった. ・サ行,タ行に不明 瞭さが認められた. ・自食の機会が増え た. 指導内容 ・色のついているご飯を好 むため,ケチャップごはん や玄米など色に着目して変 化を持たせる. ・環境の変化により 不安が強くなってい るため,食事時間を 決めて苦手な食物は 無理に食べさせない こととし,新しい食 材に挑戦できた時は 褒めるようにする. ・1品の挑戦食は自分 で選択し,褒めるこ とで行動の強化を促 す. ・口唇閉鎖不全を改 善するため捕食訓練 を行う. ・偏食は改善傾向に あるが,自食の機会 が増えたことでつめ こみ食べをするよう になったため,声掛 けにより一口量の調 整をする. ・口唇閉鎖不全を改 善するため捕食訓練 を行う. ・偏食および摂食機 能は改善傾向にある ため,一口量の調整 および捕食訓練を継 続する.
る食事中の疲労感とした. 指導方針:短期目標としては①の感覚障害への対応を 中心に行うこととした.具体的には赤飯やケチャップな ど白色以外の色の米飯は好むことに焦点を当て,視覚に よる食物へのこだわりの脱感作を目的に米飯にケチャッ プやニンジン,ふりかけなどでさまざまな彩りを添加す ること,玄米など食物の色に着目して提供するといった 食内容指導を中心に行うこととした.また,②の咬合や 歯列への対応は,歯科治療の受容が可能となってから他 大学病院口蓋裂外来と連携を行い検討することとし,拒 否を示す咀嚼が難しい食物については強要しないことと した.③の食事中の疲労感については,時間や食物の強 要をせず,本児が拒否を示す 20 分で終了し,補食は継 続することとした.これにより,食べる楽しさの体験を 積み重ね改善を図ることとした. 経 過 1.2 ~ 3 回目(2 歳 10 カ月~ 11 カ月) 身長は 71.7~72.0 cm,体重は 9.1~9.5 kg であり,Kaup 指数は 17.7~18.3 であった(図 1).言語発達は 2 歳 11 カ 月から療育施設に通園するようになり語彙量が増加した ものの,疲労感を強く訴えるようになり,昼食は菓子の みしか食べなくなった.また,通園の際,母子分離をす ると泣きながら嘔吐することや自宅でも夜間に突然泣き 出すことが多くなったとのことであった.成長障害によ り同年齢の児童と一緒に生活することで,体格差から同 等に実施できないこともあり,本人にも保護者にもスト レスがかかる状況であった. 偏食については,好む食物であった鳥つくねに拒否を 示すようになったことと,提供する食事を小皿に取り分 けると手で払いのけるようになった.新たに食べられる ようになった食物は,チャーハン,玄米ご飯,とうふ, 煮た人参,煮た大根,照り焼きチキン,味噌汁であり, 拒否を示す食物に変化は認められなかった.摂食場面の 観察において,口唇閉鎖機能は安静時には(±)であ り,閉鎖はできないが閉じようとする動きがみられ,そ の他の時期では(+)であり,ときどき閉鎖ができる様 子が観察された.咀嚼機能については,初診時から変化 は認められなかった.診断としては,偏食,すりつぶし 機能獲得不全および口唇閉鎖不全とした.偏食について は新たに摂取できる食物が増えたものの,通園による生 活環境の変化が加わり,拒否行動がより強くなることが 予想されたため,指導内容としては,食事時間を決めて 拒否を示す食物は無理に食べさせないこととした.ま た,児の好む食物を中心に類似する新しい食物に挑戦で きたときは,好ましい食行動を強化することを目的に褒 めることとした.口唇閉鎖機能不全に対する指導は,児 の拒否が助長される可能性があったため行わなかった. 2.4 ~ 7 回目(3 歳 1 カ月~ 4 歳 6 カ月) 身長は 73.0~80.0 cm,体重は 9.6~11.0 kg であり,Kaup 指数は 17.1~18.0 であった(図 1).通園することに対 して癇癪を起こすことはなくなり,日常生活は落ち着い ているとのことであった. 偏食については,ヨーグルトの種類が異なる場合や ソースなどで味が変わると拒否を示したり,味噌汁を食 べなくなっていた.新たに食べられるようになった食物 はチキンナゲットで,昼食の弁当はチキンナゲット,鳥 つくね,焼きそば,パン以外は拒否を示した.また,外 出時には,赤飯にぎりかやわらかいクロワッサン以外は 拒否を示すとのことであった.摂食場面の観察では,口 唇閉鎖機能は水分摂取時のみ(++)であり,良好で あったが,他の時期では(+)であり,ときどき閉鎖が できる様子が観察された.咀嚼機能については,初診時 から変化は認められなかった.診断として,前回同様, 偏食,すりつぶし機能獲得不全および口唇閉鎖不全とし た.指導内容として食事の場所と食内容の結び付きにこ だわりをもつ場面依存性があると判断し,弁当や外食に おいて,現在食べられる食物と 1 品は新しい食物を自分 で選択して入れるように設定し,食べることができたら 褒めることとした.また,児の情緒が安定してきたこと から口唇閉鎖不全を改善することを目的に捕食訓練を指 導した. 3.8 ~ 10 回目(4 歳 11 カ月~ 5 歳 10 カ月) 身長は 82.0~86.7 cm,体重は 11.9~12.5 kg であり,Kaup 指数は 16.4~17.7 であった(図 1).言語発達は,5 歳時 にはさまざまな場面で会話をする時間が増え,他人に伝 わらないと泣くようになった.また,他大学病院口蓋裂 外来の移転に伴い,口蓋裂の経過および矯正治療につい ても当大学病院を希望したため,5 歳 10 カ月時に全身 像(図 2),顔貌および口腔内写真(図 3,4)を撮影し た.顔貌所見は鼻根部扁平,小下顎症,口唇閉鎖不全を 認めた.口腔内所見では口蓋に口蓋形成術後瘢痕,狭口 蓋を認め,咬合・歯列は上顎前突,前歯部過蓋咬合,下 顎前歯部叢生がみられ,交叉咬合はなかった. 偏食については,保育園に通うようになり,介助食べ では拒否を示す食物であっても,自食では受容できる食 物が増えるようになった.食べられるようになった食物 は味噌汁の他に,カレーの人参,スティックチョコパ ン,ヤクルト,おにぎり,チョコレート,プリン,アイ スクリーム,からあげが追加された.また,クッキーな どのパリパリとした食物に対しては,拒否を示すが,み
ずから「つらい」と口頭で訴えることができるように なった.さまざまな食物に挑戦しても拒否を示す食物は 魚類と果物とのことであった.摂食場面の観察では,ス プーンを用いて自食していたが,つめこみ食べが観察さ れるようになった.口唇閉鎖について,安静時は(±) であり,閉鎖はできないが閉じようとする動きであり, 捕食時は(+)であり,なんとか口唇ではさみ取ること ができる機能であった.咀嚼機能については顕著な変化 は認められなかった.診断としては,偏食,食具食べ機 能獲得不全,すりつぶし機能獲得不全および口唇閉鎖不 全とした.指導内容について偏食は自発的に受容できる 食物が増加してきていることから改善傾向にあると判断 し,継続して食べることができたときに褒めることとし た.また,自食の機会が増えたことでつめこみ食べをす るようになったため,声掛けにより一口量の調整をする ことと,安静時および処理時の口唇閉鎖不全を改善する ことを目的に捕食訓練を指導した. 4.11 ~ 13 回目(6 歳 2 カ月~ 8 カ月) 身長は 88.7~90.7 cm,体重は 12.9~13.5 kg であり,Kaup 指数は 16.3~16.4 であった(図 1).身長・体重は同年 齢と比較すると低値ではあるが増加しており,Kaup 指 数は標準であるが上限のために関節炎の危険性を懸念 し,食事を減量しているとのことであった. 言語発達は 6 歳から補聴器を使用することができるよ うになり,構音が明瞭となったが,サ行,タ行に不明瞭 さが認められた. 歯列不正および口蓋裂について歯科矯正科に対診を依 頼し,6 歳 2 カ月時にパノラマエックス線写真(図 5) を撮影した.パノラマエックス線写真では年齢相応の状 態であり,永久歯数および上顎洞に明らかな異常所見は 認めないものの,左右側下顎頭に軽度の形態異常がみら れた.顎骨の成長発育と治療による食行動への影響の観 点から上下顎両側第一大臼歯が萌出する時点で再度検討 を行うこととなった. 図 2 全身像(5 歳 10 カ月) 図 3 顔貌(5 歳 10 カ月) 図 4 口腔内写真(5 歳 10 カ月) 図 5 パノラマエックス線写真(6 歳 2 カ月)
偏食については,食べられる食物は増加し,拒否を示 した魚類に対しても「魚が食べたい」と口頭で伝えるこ とができるようになった.また,嫌いな食物に対しては 「しょっぱい」との表現が多いとのことであった.摂食 場面の観察では,自食時に箸を使用することでつめこみ 食べは観察されなくなったが,口唇閉鎖は安静時および 処理時に(+)であり,ときどき閉鎖できる様子が観察 された.咀嚼機能については顕著な変化は認められな かった.診断として,偏食,食具食べ機能獲得不全,す りつぶし機能獲得不全および口唇閉鎖不全とした.指導 内容については,偏食は改善傾向にあり,みずから口頭 で伝えられるようになったことを肯定し,自分で選ぶ場 面を設けることで楽しさを経験する対応を行うように指 導した.ただし,自食の機会が増えたことでつめこみ食 べをするようになったため,声掛けにより一口量の調整 をすることと,安静時および処理時の口唇閉鎖を改善す ることを目的に捕食訓練を指導した.また,摂食時に鼻 漏は認めないものの発音時に開鼻声を伴うため,口唇閉 鎖と鼻咽腔閉鎖機能の改善を目的にブローイング訓練を 指導した. 考 察 STL は,常染色体優性遺伝の 2 型コラーゲン異常によ る結合組織疾患であり,コラーゲン遺伝子のタイプによ り 6 種(STL1 から 6)に分けられ,80%は STL1 とさ れている1).STL では,通常,知的能力障害を伴わず, 6 歳以下で強度近視,両側網膜剝離を 7 割以上で認め, 乱視,白内障,緑内障も発症するとされている.また, 聴疾患(伝導性難聴,感音性難聴)は 40%でみられ, 骨・関節疾患(脊椎骨端形成異常,側彎,外反膝,早期 関節炎など)は早期から合併し,30 歳代で関節変形が 出現するため,体重の管理が重要となる.口蓋裂および 小顎を主徴とする Robin Sequence の 30%は STL との 報告もあり,乳幼児期から哺乳障害や呼吸管理が必要で ある場合が多い2,3,18).口蓋形成術後でも呼吸障害や発 話の予後不良な症例もあり,上咽頭機能障害は 20%に みられるとされている1~3). 小児における摂食嚥下障害は,摂食嚥下機能やその障 害をみるだけでは不十分であり信頼関係,発育・栄養, 意欲・食欲,基礎疾患・合併症や全身状態,摂食機能を 総合的に評価し指導を行うことが重要である4,19). 偏食は,「特定の食品を嫌うこと」や「食事に偏りが あり,かつ保護者に困り感が生じている場合」など定義 は確定されていない6~10).白木ら8)は,幼児は野菜や魚 類,肉類の味やにおい,舌触りに慣れていないことや咀 嚼困難感や嚥下困難感を伴うことが原因であり,食体験 の積み重ねや身体成長に伴った咀嚼力の向上により 3, 4 歳に比較して 5,6 歳で偏食が減少する傾向がみられ ると述べている.偏食の原因は,外見,色,におい,食 感,温度,味への極端な感受性から食物に対して拒否を 示す感覚要因である場合や口腔の器質的・機能的要因で 咀嚼や嚥下などの摂食機能に困難さを感じている場合, 新しい食物に挑戦すること自体に躊躇をしている未学習 である場合などの認知要因がある6,8,20).また,養育態 度や食意識,空腹感が得られない生活習慣,食事場面な どの環境要因が関連する6,8,21).さらに,苦手な食物の無 理強いや強い緊張により嘔吐にいたるなどの負の体験を 繰り返したことにより拒否が強化されている場合もある6). すなわち,偏食や食べないことを主訴としている場合に は,感覚要因,口腔の器質的・機能的要因,認知要因, 環境要因など多面的に評価する必要がある4,22,23). 本症例では,既往歴において離乳初期から食事に偏り があり,初診時(2 歳 9 カ月)では,硬い食感や白色に 拒否を示す様子が観察されていることから,強度近視に よる視覚障害と滲出性中耳炎による聴覚障害の感覚障害 により感覚情報の偏りが生じていた,つまり,前述した とおり,外見や色などの感受性の偏りにより拒否を示し ていたと考えた.味覚や温度については,感覚情報に偏 りを認めなかったため要因ではないと判断した.また, 摂食場面の観察において,途中で咀嚼を止めてため込む 様子や咀嚼運動が緩徐となる様子が観察されたことか ら,口腔の機能的・器質的要因として口蓋裂,小顎症や 過蓋咬合により咀嚼が困難となり,硬い食感に拒否を示 したと考えた.さらに,Kaup 指数は 17.8 であるものの 身長は-5.8SD,体重は-3SD であり同年齢の児童より も小さいことや同年齢よりも睡眠時間が必要であるこ と,食事時間が 20 分を超える頃から拒否を示し,補食 を必要としていたこと,咀嚼運動が緩徐となる点から筋 力や体力が低いことが予想され食事中の疲労感を感じて いると考えた.さらに,環境要因として成長に従い,環 境の変化も伴い同年齢の児童と一緒に生活することで, 体格差から同等にできないこともあり,本人にも保護者 にもストレスがかかる状況であったと考えられた. 偏食への対応は,これらの要因の関連性に基づき評 価・診断後,指導計画を立てる.指導を行う際には, 「食べることができた」という達成感や褒めることで自 信を強化することも重要である6,23).具体的には,児が 好む食物の傾向を検討し,感覚に要因を認める場合に は,好む感覚刺激にアレンジを加えながら食べられる食 物を増やし,成功体験を繰り返すことで自発的な食行動 を促すことが重要である22).その際,場所や食器,声 掛けなど環境因子にも注意を払い,児の好ましい状況を 整えることも必要である24).また,偏食を伴う小児で
は鉄や亜鉛不足を認める場合があり,栄養状態に偏りが 生じている場合には食材の選択や投薬による管理が必要 な場合もある6,25).また,口腔の器質的・機能的要因を 認める場合は,摂食嚥下指導や食内容指導など検討が必 要である6,20). 本症例の指導計画としては,感覚障害に対しては,本 人の好むさまざまな彩りを添加することと,玄米など食 物の色に着目して提供するといった食内容指導を中心に 行った.また,口蓋裂,小顎症や過蓋咬合により咀嚼が 困難となり硬い食感に拒否を示したことに対しては,咀 嚼機能に適した硬さに配慮し,好む食物を中心に広げる こと,食べられた場合に褒めることで成功体験を積み重 ね,食行動の強化をすることとした.食事への疲労感に ついては,長時間の食事を避けることを指導した.ま た,8 回目から捕食訓練や一口量の調節など口腔の機能 的要因へのアプローチも開始し改善がみられた.これに より,スモールステップではあるが徐々にみずから食物 に挑戦するようになり拒否行動が軽減したことから,偏 食は改善されたと判断した.栄養管理については,本症 例では,身長・体重は同年齢よりも低値であるものの, Kaup 指数に問題がないことや徐々に成長を認めている こと,食べている食物の栄養素に大きな偏りを認めない ことから食材の選択や投薬による管理は必要ないと判断 し,保護者に他の児と体格差があっても心配をする必要 はないことを指導ごとに説明し不安を取り除く配慮を 行った.口腔の器質的要因である咬合や歯列への対応 は,顎関節の形態異常を認めることや矯正による痛みに より食行動に影響を及ぼす可能性を考慮し,第一大臼歯 が萌出した時点で再度評価を行うこととした.今後は器 質的な治療の他に,STL において将来生じる可能性の ある関節炎や変形性関節症,側彎症などの合併症による 食事への影響について観察評価・検討を行いながら,摂 食嚥下機能の良好な発達を促す摂食指導を継続していく 必要があると考えられた. 結 論 Stickler 症候群の多様な症状により,本児は食事の疲 労感を感じたり,感覚の偏りにより偏食にいたったと考 える.治療計画としては,口腔の機能に適した食物の硬 さを提供することと,好む感覚刺激の食物を中心に広げ ることとし,食べられた場合に褒めることで食行動の強 化をするように指導をした.これにより,スモールス テップではあるが徐々に偏食は改善した.今後は,器質 的な治療の他に,Stickler 症候群は成長期に関節炎や変 形性関節症,側彎症などの合併症を生じる場合もあるた め,長期にわたって計画的な指導を継続する必要がある と考えられた. 本論文に関して,開示すべき利益相反状態はない. 文 献 1) 知念安紹.Stickler 症候群.小児科診療 2016;79:66. 2) 石橋直大,近藤陽一郎,中込 直,他.Stickler 症候群 (Arthro-Ophthalmopathy)の 1 例.中四整会誌 1991; 3:13-9.
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A Case of a Picky Eater with Sticklerʼs Syndrome
HAYASHI Sachiyo, EGUCHI Ayaka, ENDOH Mami and NOMOTO Takato Department of Special Needs Dentistry, Nihon University School of Dentistry at Matsudo
Sticklerʼs syndrome (STL) is an autosomal dominant connective tissue dysplasia caused by abnormality of type II collagen. It is associated with progressive ocular and ear disease, and joint problems, midface hypoplasia, cleft palate, and micrognathia. Almost all patients do not have an intellectual disorder, but they need support for eating because of many dysfunctions and disease complications. However, there are no reports on rehabilitation for eating among patients with STL.
We report the case of a girl with STL. She was 2 years and 9 months old at the first visit. The chief complaint from her mother was that she was a picky eater. She had a cleft palate, severe myopia, otitis media with effusion, vertebral epiphyseal dysplasia, growth disorders, overbite occlusion, and narrow palate. During eating, she could chew something, but she seemed to become weary after eating for a long time. The more she ate, the more slowly she chewed. She accepted rice with curry or laver boiled down in soy, and hated crispy food. When she went to the day support center at 2 years and 11 months old, she refused to eat more because of mental and physical fatigue. We instructed her mother to follow three points:first, to change food to her favorite color; second, mealtimes should be 20 minutes;third, whenever the child could eat new food, her mother must compliment her. The child had not been able to eat until 5 years and 10 months old, but she gradually began to try new foods. In this case, her picky eating was caused by sensitivity disorders such as the eyes and ears, orofacial disability with structured abnormality, and feebleness. Support should be provided to prevent eating disorders, including monitoring of temporomandibular arthritis.
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