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在宅医療において多職種連携および薬学的介入によって改善された治療抵抗性高血圧の1例

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緒言

 2015 年 10 月に厚生労働省から示された「患者のため の薬局ビジョン」において,薬局薬剤師は,医師および 看護師等と多職種連携を図る上で,患者服薬情報の一元 的・継続的な把握および薬学的管理・指導を行うことが 求められている1).したがって,薬局薬剤師は多職種連 携を行い,在宅医療の質の向上に貢献することをますま す求められている.  近年,在宅医療において,薬局薬剤師が多職種連携を 行い,がん緩和薬物治療に貢献した事例が数多く報告さ れている2, 3).高血圧の予防・治療に関しても,在宅医 療における薬局薬剤師を含めた多職種連携の推進が求め られている4)が,その実践例に関する報告は少なく,多 くの在宅医療に関わる薬局薬剤師に求められる情報と なっている.  治療抵抗性高血圧の原因として,白衣高血圧の存在, アドヒアランス不良,食塩摂取過剰などの生活習慣の問 題および薬剤性を含めた二次性高血圧の存在などが挙げ られる5)が,うつ6)および不眠7)の併存に伴う血圧コント

在宅医療において多職種連携および薬学的介入によって

改善された治療抵抗性高血圧の 1 例

* 1

西川嘉広,

2

小出哲朗,

2

今西義紀,

2

伊藤久美子,

3

亀地崇弘,

4

森 義久,

1

大平航也,

1

熊野浩一

A Case of Treatment-resistant Hypertension Improved by

Multiprofessional Cooperation and Pharmaceutical Intervention in

Home Medical Care

* 1

Yoshihiro Nishikawa,

2

Tetsuro Koide,

2

Yoshinori Imanishi,

2

Kumiko Ito,

3

Takahiro Kameji,

4

Yoshihisa Mori,

1

Koya Odaira,

1

Koichi Kumano

1 Nanohana Central Co., Ltd.

2 Department of Pharmacy, Kuwana City Medical Center 3 GOLD AGE Co., Ltd.

4 Mori Clinic

Recently, home pharmacists have been required to promote multiprofessional cooperation for home medical care. However, the above-mentioned practice among home pharmacists has been less reported. We experienced a case of treatment-resistant hypertension in an elderly female patient, which was intervened by home pharmacists cooperating with a home doctor and a nurse as part of home medical care. Consequently, this resulted in an improvement of blood pressure and a reduction of antihypertensive agents. Since hypertension, complicated by depression, was suspected based on the information shared with the home doctor and nurse, we suggested a prescription of escitalopram. Escitalopram treatment resulted in the improvement of blood pressure and reduction of antihypertensive agents. Furthermore, the Quick Inventory of Depressive Symptomatology score was decreased after escitalopram treatment. In this case, the practice by home pharmacists is considered useful improving the quality of home medical care.

Key Words:

home medical care, multiprofessional cooperation, pharmaceutical intervention, treatment-resistant hypertension

受付日:2020 年 6 月 19 日 受理日:2021 年 1 月 28 日 1 株式会社なの花中部,2 桑名市総合医療センター薬剤部, 3 ゴールドエイジ株式会社,4 医療法人森医院 *〒460-0002  愛知県名古屋市中区丸の内 3-23-20 HF 桜通ビルディング 5 階 TEL: 052-950-7235 FAX: 052-950-7236 E-mail: ynishikawa.business@gmail.com 本論文は,クリエイティブ・コモンズ CC-BY-NC-ND(表示-営利利 用不可-改変禁止)の条件下で利用できる.©2021 日本在宅薬学会 doi: 10.32228/jjcmps.2021.0030

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ロール悪化も問題となっている.老年期うつ病が併存す る高血圧患者において,高血圧治療として選択的セロト ニン再取り込み阻害剤(以下,SSRI)であるフルボキサ ミンおよびパロキセチンの有用性が報告されている8)  今回,うつ症状を伴う治療抵抗性高血圧患者に対し て,薬局薬剤師が主治医,施設看護師と連携して患者情 報共有,血圧および精神的評価を行い,薬学的介入に よって SSRI であるエスシタロプラムを投与した結果, 血圧コントロールの改善および降圧薬の減薬につながっ た症例を経験したので報告する.なお,本症例に関する 同意は患者およびその家族より書面にて得た .

患者背景

81 歳女性.身長 150 cm,体重 60 kg 既往歴:高血圧,認知症,脂質異常症 処方薬: ドネペジル口腔内崩壊錠 5 mg(1 日 1 回,1 回 1 錠,朝 食後) アゼルニジピン錠 16 mg(1 日 1 回,1 回 1 錠,朝食後) アジルサルタン錠 40 mg(1 日 1 回,1 回 1 錠,朝食後) ドキサゾシン錠 2 mg(1 日 1 回,1 回 1 錠,朝食後) アトルバスタチン錠 10 mg(1 日 1 回,1 回 1 錠,朝食 後) アレルギー・薬物副作用歴:なし 現病歴  X 年 4 月,他県より単身でサービス付き高齢者向け住 宅(以下,サ高住)へ入所した.X 年 10 月,往診による 在宅医療が開始された.X 年 11 月,血圧コントロール 不良と診断され,トリクロルメチアジド錠 1 mg(1 日 1 回,1 回 1 錠,朝食後)が追加されるも改善認められ ず,X+1 年 2 月にはアゼルニジピンからシルニジピン 錠 10 mg(1 日 1 回,1 回 1 錠, 朝 食 後)に 変 更 と な っ た.しかし,その後も明らかな改善は認められず,収縮 期血圧は 160 mmHg 台と血圧コントロール不良のまま であった.

臨床経過

 X+1 年 3 月,主治医,薬局薬剤師および施設看護師 による多職種カンファレンスが行われた.患者入居後, 施設看護師が水銀血圧計を用いた聴診法により早朝血圧 を測定しており,「高齢者高血圧診療ガイドライン 2017」9)に基づく 75 歳以上の高齢者の血圧目標値が 150/90 mmHg 未満であることから,血圧コントロール 不良であることがスタッフ間で周知された.  主治医の見解は,訪問診療時に関係なく血圧が高いこ と,X 年 11 月に実施された血漿アルドステロンおよび 血漿レニン活性値がともに正常範囲内であったことか ら,白衣高血圧および原発性アルドステロン症に関して は否定的であった.施設看護師の見解は,服薬は指示通 り行われていること,食事は減塩食となっており,それ 以外の食物摂取は行われていないことから,アドヒアラ ンス不良および生活習慣に伴う治療抵抗性高血圧は考え にくいとのことであった.一方で,サ高住入所後の日常 の様子は,活気がなく,周囲から孤立しており不安が強 く,よく眠れないとの情報が提供された.薬局薬剤師と しては,ドネペジルおよびアトルバスタチンによる二次 性高血圧の報告がないことから,薬剤性は否定的と考え た.また,4 種類もの降圧剤を併用しても十分な降圧が 得られないことから,高齢者に対してこれ以上の降圧剤 の追加・増量は降圧効果よりも副作用が増強される可能 性が考えられた.さらに,施設看護師からの情報提供に よる,患者の無気力・不安・不眠の症状から,うつの併 存が疑われたので,評価の必要性が考えられた.そこ で,主治医および施設看護師の見解および情報提供を踏 まえ,社交不安障害やうつ病の可能性を考え,簡易抑う つ症状尺度(以下,QIDS-J)10)を用いて評価することを主 治医に提案し,評価を行った.その結果,合計 9 点とな り,軽度うつ状態と考えられた.そこで,SSRI の中で も抗うつ薬としての有効性および忍容性の両方が認めら れている11),エスシタロプラムの処方を提案した.開始 用量は,「高齢者のうつ病治療ガイドライン」12)を参考に 主治医と協議し,SSRI 投与初期に生じる恐れのある不 安,焦燥,不眠などのリスクを踏まえ,低用量を提案し た.その結果,X+1 年 3 月のカンファレンス後より, エスシタロプラム 10 mg 錠(1 日 1 回,1 回 0.5 錠,夕食 後)が追加された.  エスシタロプラム開始にあたり,施設看護師にエスシ タロプラムの副作用モニタリングとして,不安,焦燥, 不眠などの症状確認を依頼した.エスシタロプラム開始 後 1 カ月間,施設看護師による血圧モニタリングを行っ たところ,平均収縮期血圧は 150 mmHg 以下に低下し た.回診前カンファレンスで,施設看護師より,患者の 日常生活において不安,焦燥,不眠は訴えていないと情 報共有がなされた.回診時に薬局薬剤師が行ったフィジ

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カルアセスメントではバイタルサインは安定しており, 主治医と協議した結果,忍容性に問題ないとの結論に 至った.その結果,通常量(1 回 1 錠)にすることとなっ た.その後の月平均収縮期血圧は 140∼150 mmHg を推 移し,血圧コントロールの改善を認めたことから,降圧 薬の減薬について主治医と協議した.その結果,X+1 年 4 月にトリクロルメチアジドの投与を終了し,X+1 年 5 月にはアジサルタンを 1 回 40 mg から 20 mg に減 量した.トリクロルメチアジド投与終了による尿量減少 および浮腫増悪の可能性が考えられたため,施設看護師 に乏尿および浮腫などの症状確認を依頼した.フィジカ ルアセスメントを行った結果,利尿剤中止後も四肢の浮 腫を認めず,施設看護師より乏尿の徴候はなかったと情 報共有がなされた.降圧薬の減薬にもかかわらず収縮期 血圧の上昇を認めず,X+1 年 11 月以降の月平均収縮期 血圧は 130 mmHg 台とさらに低下した(Fig. 1).エスシ タロプラムの治療評価を客観的に行うため,QIDS-J ス コアリングを行った.その結果,X+1 年 12 月には 5 点,X+2 年 2 月には 1 点と減少し(Fig. 2),うつ状態の 改善を認めた.施設看護師より,介入時には,他県より トリクロルメチアジド1mg/日 エスシタロプラム10mg/日 5mg/日 アゼルニジピン16mg/日 179 167 161 159 163 151 144 141 146 150 145 140 149 137 132 137 135 133 120 66 70 58 57 57 59 56 57 67 63 63 63 64 63 64 65 64 66 65 50 80 110 140 170 10月 11月 12月 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 1月 2月 3月 4月 収縮期血圧 拡張期血圧 mmHg X年 X+1年 X+2年 シルニジピン10mg/日 ドキサゾシン2mg/日 20mg/日 アジルサルタン40mg/日 Fig. 1 服薬歴および血圧推移 total QIDS-Jスコア total QIDS-Jスコア うつ状態 正常 軽度 中等度 重度 極めて重度 0〜5 6~10 11〜15 16〜20 21〜27 5 3 1 1 1 1 1 2 0 2 4 6 8 10 X+1年3月 X+1年12月 X+2年2月 睡眠に関する項目(満点3点) 食欲/体重に関する項目(満点3点) 精神運動状態に関する項目(満点3点) その他(満点18点) total QIDS-Jスコア うつ状態 正常 軽度 中等度 重度 極めて重度 0〜5 6~10 11〜15 16〜20 21〜27 Fig. 2 簡易抑うつ症状尺度(QIDS-J)スコアの推移

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単身での入居ということもあり,周囲の入居者から孤立 し,不安や夜間の中途覚醒を訴えていたが,エスシタロ プラム開始後,次第に夜間の中途覚醒がなくなり,周囲 から孤立することもなく,日常生活も問題なく送れるよ うになっていたと申し送りがあった.

考察

 まず,在宅医療における,うつ症状を伴う治療抵抗性 高血圧患者に対する多職種と連携した薬局薬剤師の実践 が示された.循環器疾患,特に心不全に関しては将来的 に患者数の増加が予測され,入院治療には限界があり, 在宅医療の推進が必要となってくる13).このことから, 薬局薬剤師は在宅医療チームにおける薬剤の専門家とし て期待されている.しかしながら,高度化する在宅医療 に対応できる薬局薬剤師は未だ少なく,薬局薬剤師の在 宅医療における多職種連携は不十分である14).さらに, 疾患の悪化を早期に発見し,再入院を予防するには,薬 物治療の効果や副作用を発見できるフィジカルアセスメ ントなどのテクニカルスキル15)および多職種とのコミュ ニケーションや患者の訴えから問題点を抽出できるノン テクニカルスキル13)を向上させる必要がある.日常的 に,施設看護師は血圧,体温等のバイタルサインチェッ ク,食事摂取,服薬および生活状況などを確認し,薬局 薬剤師は施設看護師からの情報提供およびフィジカルア セスメントによって治療効果および副作用モニタリング を行い,主治医は施設看護師および薬局薬剤師からの情 報提供をもとに治療の継続または変更を判断する.こう した多職種連携は隔週のカンファレンスを通して行われ る.Table 1 に,エスシタロプラム処方まで,エスシタ ロプラム投与後,および降圧剤減量後の 3 つのイベント において,①→②→③の順に,多職種連携の流れ,およ び各職種の役割を示した.本症例の主治医は循環器専門 医であり,うつ病などの精神疾患に関する治療薬の知識 は十分ではないことから,薬の専門家として薬剤師の職 能が発揮されることとなる.また,看護師は副作用モニ タリングを行う上で患者のどの症状を見ればいいのかわ からないことから,薬剤師が具体的な症状の確認依頼を 行うことで,副作用の回避につながる.このように,在 宅医療において横断的に多職種と連携することで薬剤師 の職能は発揮できるものと考える.日本在宅薬学会はバ イタルサイン講習会を開催しており15),我々も,この講 習会に参加してフィジカルアセスメントスキルを身につ けたことで本症例の多職種連携が実践できたと考えられ る.フィジカルアセスメントスキルは,薬学的介入だけ でなく,医師および看護師の共通言語の理解に役立つた め,バイタルサイン講習会は在宅医療で求められる薬剤 師の養成につながるものと考えられる.  また,薬学的介入により,うつ症状を伴う治療抵抗性 高血圧患者に対してエスシタロプラムを投与した結果, うつ状態の改善とともに血圧コントロールの改善が認め られた.「日本うつ病学会治療ガイドライン」に基づくう つ病薬物治療において,抗うつ薬の薬剤間における治療 効果の差はわずかであることから,どの薬剤から開始し てもよいが,忍容性の面から,SSRI,セロトニン・ノル アドレナリン再取り込み阻害剤,ミルタザピンなどの新 規抗うつ薬の使用が推奨されている12).うつを合併する 高血圧患者において,高血圧治療として SSRI であるフ ルボキサミンおよびパロキセチンの有用性が報告されて おり,これら薬剤の降圧作用は抗うつ作用に基づくもの であることが示唆されている8).本症例では,これら薬 Table 1 エスシタロプラム処方・投与後および降圧剤減薬後の多職種連携の流れおよび各職種の役割 看護師 薬剤師 医師 エスシタロプラムの 処方に至るまで ① 日常の生活状況の確認  → 認知機能,睡眠状況, うつ状態のチェック ②看護師からの情報提供  → QIDS-J のチェック  →エスシタロプラム処方提案 ③ 薬剤師からの患者情報提供(QIDS-J スコア)および処方提案  →エスシタロプラム処方 エスシタロプラム 投与後 ② エスシタロプラムの副作用 モニタリング  → 不安,焦燥,不眠などの 症状確認 ① エスシタロプラムの副作用 モニタリング  → 看護師に不安,焦燥,不眠 などの症状の確認依頼 ③ 看護師・薬剤師からの情報提供  →忍容性の確認  →エスシタロプラム増量 降圧剤減薬後 ③ 降圧剤減薬後の血圧・乏尿・ 浮腫のモニタリング ② トリクロルメチアジド中止後 の尿量低下リスク  → 看護師に乏尿および浮腫な どの症状確認依頼 ①治療抵抗性高血圧の治療評価  → 降圧剤の減薬(トリクロルメチア ジド中止,アジサルタン減量)

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剤の提案を行わず,高血圧治療としての報告はないもの の,抗うつ効果により降圧は期待できると考え,SSRI の中でも抗うつ薬としての有効性および忍容性の両方が 認められている11),エスシタロプラムの提案を行った. エスシタロプラム投与後,明らかな副作用徴候もなく, 血圧コントロールの改善および降圧薬の減薬につながっ た.QIDS-J による評価では,エスシタロプラム投与に 伴い,スコアの低下,いわゆるうつ状態の改善が認めら れ,X+1 年 3 月の睡眠に関する項目が 2 点,X+1 年 12 月は 0 点と,特に睡眠に関する項目が改善された (Fig. 2).睡眠に関する 4 項目のうち,「夜間の睡眠」の 項目が 2 点から 0 点に改善しており,これは,エスシタ ロプラム投与後,「夜間の中途覚醒」が改善されたことを 意味している.これまでにも,エスシタロプラムによる 「夜間の中途覚醒」の改善が報告されており16, 17),本症例 も同様の効果が認められた.このことから,エスシタロ プラム投与により夜間中途覚醒が改善され,それに伴 い,交感神経の亢進が抑えられたことから,結果として 血圧が低下したものと考えられる.したがって,うつ症 状,特に「夜間の中途覚醒」を伴う治療抵抗性高血圧患者 に対してエスシタロプラムの効果が期待できるものと考 える.一方で,本症例の場合,エスシタロプラム開始約 1 カ月前にアゼルニジピンからシルニジピンに変更と なっており,シルニジピン変更による血圧コントロール 改善効果も否定できない.主治医は腎性高血圧の可能性 を考え,N 型カルシウムチャネル阻害作用および輸出 細動脈拡張作用を有するシルニジピンへの変更を行っ た.しかしながら,アゼルニジピンからシルニジピンに 変更後も血圧コントロールは改善しなかった.したがっ て,治療抵抗性高血圧の改善は,エスシタロプラム導入 によるうつ症状改善に伴う二次的効果の可能性と考えら れた.  本症例報告にはいくつかの限界が存在する.まず第 1 に,エスシタロプラムは忍容性が高いことが知られてい るが,副作用として QT 延長が問題となる18).本症例で は薬剤師によるフィジカルアセスメントが行われたが, エスシタロプラム投与前後で脈拍数の変動は認められな かった.しかしながら,エスシタロプラム投与後の QT 間隔の評価はできていない.近年,薬局薬剤師による, 心電計を用いた QT 延長の副作用モニタリングの取り組 みが報告されている19).したがって,心電計を用いた副 作用モニタリングを行うことで,在宅医療の更なる質の 向上に貢献できるものと考える.第 2 に,QIDS-J は本 来,自己記述によって測定されるが,本症例患者は認知 症を有しており,「アルツハイマー病の臨床診断」20)に記

載 さ れ て い る,Functinal Assessment Staging of Alzheimer’s Disease を用いて患者の認知機能を施設看 護師が評価した結果,4 点であり,軽度認知機能障害が 考えられた.したがって,主治医と協議の上,自己記述 は困難と判断し,QIDS-J は聞き取りによって行われ た.しかしながら,QIDS-J の測定は特定の薬局薬剤師 1 名のみによって行われたことから,複数の測定者の間 で生じるばらつきは回避されたものと考える.3 番目 に,本症例の臨床経過は,エスシタロプラム投与のタイ ミングで,うつ症状および血圧コントロールの改善がみ られているが,これは,施設看護師および薬剤師の積極 的介入により患者の心理面が改善した可能性が考えられ る.この点については,薬物治療の正確な評価の妨げと なり得るものの,今後在宅薬学を展開する上で,更なる 実践が求められることであり,薬物治療効果やアドヒア ランスを高める上で積極的に行っていく必要がある.  さらに,有効性および忍容性の面から,SSRI の選択 としてエスシタロプラムが妥当であったかどうかであ る.抗うつ剤の有効性および忍容性における直接比較を 行ったメタ解析の結果,エスシタロプラムは,フルボキ サミンおよびパロキセチンの両方より,有効性および忍 容性がいずれも高いことが示されている11).この結果を もとに,本症例においては,うつ病を伴う高血圧治療と して有用性の報告がある8)フルボキサミンおよびパロキ セチンではなく,エスシタロプラムを選択した.しかし ながら,このメタ解析の結果はあくまでうつ病治療とし ての有効性および忍容性を比較したものであり,高血圧 を合併するうつ病治療としてどの薬剤が適切であるかに ついては,更なる研究が求められる.  本症例から,在宅医療における,うつ症状を伴う治療 抵抗性高血圧患者に対する多職種と連携した薬局薬剤師 の実践が示され,薬学的介入によってエスシタロプラム を投与した結果,うつ状態の改善とともに血圧コント ロールの改善が示された.今後,高齢化は急速に進み, 高齢者の孤独化はより一層加速する.これに伴い,在宅 医療においても,老年期うつ病を合併した高血圧患者の 増加が予想される.本症例における治療抵抗性高血圧患 者のうつ状態・血圧コントロールの改善および,これに 伴う降圧薬の減薬は,主治医,薬局薬剤師および施設看

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護師による多職種連携を実践した結果である.これは, 在宅医療における多職種連携が非常に重要であることを 示す有益な情報になるものと考える.  本稿の論旨は,第 12 回 日本在宅薬学会学術大会 (2019 年 7 月・愛知)において発表した.

利益相反

 本稿のすべての著者に,規定された COI はない. 参考文献 1) 厚生労働省,患者のための薬局ビジョン 概要,https:// www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11121000-Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/gaiyou_1.pdf (accessed 2020. 4. 30). 2) 小黒佳代子,在宅におけるオピオイドスイッチング成功の 1 事例,在宅薬学,2019, 6, 27–29. 3) 瀬川正昭,在宅医療における薬学管理の実践例 (1)在宅に おけるがん疼痛の緩和ケア,薬局,2012, 63, 2933–2938. 4) 宮原富士子,活躍の場 (1)在宅医療で必要とされる高血 圧・循環器病予防のチーム医療,血圧,2017, 24, 559–565. 5) 岩嶋義雄,高齢者での二次性高血圧,Geriatr Med,2019, 57, 877–882. 6) 中村敏子,生活環境・ストレスと血圧,血圧,2019, 26, 485–488. 7) 小鳥居望,内村直尚,睡眠習慣と不眠がもたらす生活習慣 病への影響,臨精薬理,2016, 19, 13–20. 8) 飯田俊穂,熊谷一宏,不安・抑うつを伴った高血圧に対す る SSRI(selective serotonin reuptake inhibitor; 選択的セロト ニン再取り込み阻害薬)の効果について,新薬と臨,2007, 56, 454–462.

9) 日本老年医学会「高齢者の生活習慣病管理ガイドライン」作 成ワーキング,「高齢者高血圧診療ガイドライン 2017」,日

老医誌,2017, 54, 236–298.

10) Rush AJ, Trivedi MH, Ibrahim HM, Carmody TJ, Arnow B, Klein DN, Markowitz JC, Ninan PT, Kornstein S, Manber R, Thase ME, Kocsis JH, Keller MB, The 16-Item Quick Inventory of Depressive Symptomatology (QIDS), clinician rating (QIDS-C), and self-report (QIDS-SR): a psychometric evaluation in patients with chronic major depression, Biol

Psychiatry, 2003, 54, 573–583.

11) Cipriani A, Furukawa TA, Salanti G, Chaimani A, Atkinson LZ, Ogawa Y, Leucht S, Ruhe HG, Turner EH, Higgins JPT, Egger M, Takeshima N, Hayasaka Y, Imai H, Shinohara K, Tajika A, Ioannidis JPA, Geddes JR, Comparative efficacy and acceptability of 21 antidepressant drugs for the acute treatment of adults with major depressive disorder: a systematic review and network meta-analysis, Lancet, 2018, 391, 1357–1366. 12) うつ病治療ガイドライン−高齢者のうつ病治療ガイドライ ン−,日本うつ病学会 ,気分障害の治療ガイドライン検討 委員会編集,2020,https://www.secretariat.ne.jp/jsmd/ iinkai/katsudou/data/guideline_20200713.pdf (accessed 2020. 8. 13). 13) 高野博之,佐藤幸人,心不全のチーム医療―薬剤師に期待 される役割とは―,薬誌,2016, 136, 1115–1116. 14) 荒木美輝,半谷眞七子,亀井浩行,他職種からみた薬剤師 の在宅医療での多職種連携の現状に関する質的研究,医療 薬,2019, 45, 63–75. 15) 狭間研至,「薬局 3.0」と薬剤師にとってのバイタルサインの 意義,薬誌,2012, 132, 17–20. 16) 香坂雅子,患者背景・合併症に応じた薬の使い方 女性・更 年期障害,薬事,2014, 56, 548–550. 17) 山口成良,森川明子,Escitalopram が奏功した夜間摂食飲 水症候群の 1 症例,臨精薬理,2012, 15, 1869–1872. 18) 持田製薬株式会社,レクサプロ錠添付文書 2019 年 9 月改訂 (第 1 版). 19) 篠崎幸喜,薬局薬剤師による心電図モニタリング:塩酸ド ネペジル服用に伴い延長した QTc が相互作用薬の変更によ り短縮した一例,薬誌,2012, 132, 237–241. 20) 神崎恒一,アルツハイマー病の臨床診断,日老医誌,2012, 49, 419–424. ■要旨 近年,薬局薬剤師が多職種連携を行い,在宅医療を推進することがますます求められているが,その実 践に関する報告は少ない.我々は,在宅における治療抵抗性高血圧の高齢女性患者に対して,主治医お よび施設看護師と連携して薬学的介入を行い,血圧コントロールの改善および降圧薬の減薬につながっ た症例を経験した.主治医および施設看護師との情報共有を行った結果,うつ病に伴う高血圧が考えら れたため,エスシタロプラムの処方を提案した.エスシタロプラム投与後,血圧コントロールの改善お よび降圧薬の減薬につながり,簡易抑うつ症状尺度のスコアは低下した.本症例における薬局薬剤師の 実践は,在宅医療の質を向上させる上で有益な情報になるものと考える. キーワード: 在宅医療,多職種連携,薬学的介入,治療抵抗性高血圧

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