本書は,親―成人子関係(中期から後期:子どもの結婚から親が高齢期になるま で)の「複雑」な関係から,現代の夫婦の「複雑」な変化を多元的によみとろ うとした労作である.親―成人子関係においては,「同居」「近居」の選択,「援 助する」「援助される」という多様な要素からなる関係の取り方があり,さら に「夫」「妻」それぞれが「夫方父」「夫方母」「妻方父」「妻方母」と異なる関 係を結んでいる. 「親―成人子関係」をめぐる近年の研究の有力な説は,相続・同居,高額の 経済的援助は「息子―親」という夫方優位,世話的援助については「娘―親」 という妻方優位の「性別分業型の双系」化である.本書の目的は,この「双系 説」も「夫婦は一体」とみなしているとして,これに対立する「夫婦の個人化」 論と,「女性の親族関係維持役割」論を検証することにある.「夫婦の個人化」 とは「夫は夫の親との関係を優先,妻は妻の親との関係を優先する」と定義さ れる.これは妻の収入の増加といった性別分業による「変化」により期待され る.一方で「女性の親族関係維持役割」とは「男性は夫方優先だが,女性は夫 方・妻方の両方の親に同じくらい援助し,援助を受け取る」ことであり,いわ ば性別分業の「変わらなさ」を表している.さて,本書が明らかにした親―成 人子関係の「変化」と「変わらなさ」とはどのようなものか. 用いられるデータは「第 3 回全国家族調査」(NFRJ08)のうち 28 歳から 60 歳未満の男女の回答と,60 歳以上の男女各 10 名,計 20 名への半構造化イン タビューデータである.「同居・近居」「子から親への援助」「親から子への援 助」それぞれについて,「規範」要因(拡大家族地域,跡継ぎ,自営業,学歴)と やまね すみか—実践女子大学人間社会学部・准教授—[email protected] 書 評 大和礼子著
『オトナ親子の同居・近居・援助
夫婦の個人化と性別分業の間
』
山根 純佳
BBBBBBBBBBBBBBBBB BBBBBBBBBBBBBBBBBBBB「ニーズ・資源要因」(世話が必要・経済的資源)を変数に分析している. まず同居・近居の規定要因をみると(第 3 章),規範要因(非都市部・自営業) は夫方同居を高め,妻方同居を抑制するが,妻の「近居」は抑制しない.一方 「妻方親との同居・近居」は,親が無配偶であるという「ニーズ」や,妻の高 収入という「資源」要因によって促進される.このように「夫親→妻親」への 変化は規範要因からではなく,妻の資源要因によって促進されていることがわ かる.また著者は,育児援助ニーズが夫方・妻方の同居を促進することはない として,少子化対策のための三世代同居の促進の効果に疑念を呈している. 次に「父と母で同居の規定要因がどう異なるか」を,親夫婦個人単位でみた 結果も興味深い(第 4 章).規範要因(拡大家族の伝統がある地域・自営業)は夫 方の父との同居(父母そろった・父だけ)を促進するが,夫方母との同居は促進 しない.他方,妻方母との同居は,母が無配偶であるというニーズや子世代の 経済的ゆとりなどによって促進される.また妻の高収入は,「妻の父」との同 居は促進するが「妻の母」との同居は促進しない.さらに「夫方父・母」「妻 方父・母」がそれぞれ有配偶か無配偶かによって規定要因との交互作用効果を みると,妻の高収入は,父母(母が有配偶)の場合には同居を高めるが,母が 無配偶の場合には同居確率は高めない.ただし,母が無配偶であること自体は 同居可能性を高める. 筆者いわく,この「妻の高収入が母との同居を促進しない」という結果につ いて「父より,母との同居のほうが気が楽という人が多いのでは」という疑問 が研究会等で出たという.しかし著者は,この疑問は子世代からみた視点にす ぎず,同居は必ずしも親にとって居心地のよいものではないとする.なぜなら 父・母そろって同居できるようなライフステージにおいては,父・母は若く体 力もあるので,親は援助する側として「権威を保ちやすい」.一方で,母だけ の同居=世話ニーズを抱えた高齢の母は援助をされる側であり「権威を失った」 同居をせざるをえない.また著者は言及していないが,妻(娘)の高収入は, 「娘の権威」を高めるともいえる. 親世代へのインタビュー調査では,仲が良くても同性の娘の世話になること への抵抗感を示す母親や,娘と同居して家事育児の世話的援助も経済的援助も しながらも権威を保てない母親の語りが紹介されている.著者は明記していな
いが,この「権威を保てない」母親の居心地の悪さの表明は,著者が前作で示 した,生涯ケア役割を引き受けるがゆえに子どもによる介護を望まない「生涯 ケアラー」の母親像とは異なる(大和 2008).むしろ,娘との同居や介護を求 めないのは,母親側の「個人」としての「生」を守りたいという欲求とであろ う.一方の父親は財産援助の見返りとしての娘からの援助に抵抗感をもたず, 家庭のなかで「稼ぎ手であり,世話される役割」を生き続ける.つまり,親世 代においても世代間の関係においても,変わったのは女性(娘と母親)であり, 男性ではない. 次に「援助関係」について,「成人子から親」(第 5 章)「親から成人子」(第 6 章)それぞれ分析されている.まず「子から親」への「経済的援助」「世話 的援助」について女性は「妻方多い」が多く,男性は「夫方多い」が多い.一 方で,両方の親に対して援助する「両方同じ」の回答は男性より女性が多い. また「経済的援助」では妻の収入が高くなると,(夫・妻両方の回答において)「妻 方親が多い」が多くなるだけでなく「両方同じ」も多くなる.これらの結果を 著者は,夫婦(男性と女性)の「個人化」と併行してつづいている,女性の「親 族関係維持役割」(両方の親への援助)の表れと説明している(p. 132). 妻の収入が高くなると,妻方への援助が増えるという傾向は,今後もすすん でいく家族関係の変化といえよう.しかしこれは「夫婦の個人化」と呼ぶべき 現象なのだろうか.著者によれば「夫はこれまでどおり父系規範にしたがって 夫方親により多く援助」しており「『夫婦の個人化』は,妻の行動パターンが 父系規範から外れることによって生じた現象」(p. 135)である.ここでも変 化しているのは女性であり,男性もセットで変化しているということは説明さ れていない.もしくは著者は夫が「妻の実家への援助を許容するようになった」 という規範の変化を読み込んで「夫婦の個人化」と呼んでいるのかもしれない が,これは今回のデータからは明らかではない(夫は妻の親への「援助」に納得 しているかどうかはわからない). 最後に「親から成人子」への援助(第 6 章)では,「経済的援助」「世話的援 助」双方において,夫方・妻方にかかわらず,一貫して女性の方が多く受け取 り,女性が受け手となっている.また夫の収入が高いと親・義親からの経済的 援助は低下するが,妻の収入が高くても低下しない.著者は「親から成人子」
への援助では,子夫婦の間で「夫婦の個人化」はみられず,みられるのは「妻 が夫方・妻方両方の親からの援助の受け手となる」という「女性の親族関係維 持役割」だと解釈する(p. 151).もしくは「妻を“息子のパートナー”とし て認め敬意を表するために,妻を援助の受け手として選んでいる」(p. 158) といった「親世代の変わらなさ」を強調する. 以下ではこの「親世代からの援助」をめぐる分析をめぐって,いくつかコメ ントを加えたい.子世代・妻の「受け取った」という回答を,そのまま,親世 代が妻に向けて「援助した」ものととらえてよいのだろうか.回答する側から みれば,親から子世代への援助において,受け手が「夫」「妻」と明確に区別 された「援助」というのはイメージしづらいと考えられる.この回答が示して いるのは,あくまで「援助を受けた」という認知におけるジェンダー差ではな いだろうか.たとえば,本分析で用いられている調査票では,日常的な「世話 的援助」とは親や義親への「看病や家事・育児などの手伝い」としてたずねら れおり,このなかで育児の比重は決して少なくないだろう.援助した側の親・ 義親からみれば,孫の世話だったり,週末自宅で夕食をふるまったりという「家 族」単位に向けた援助であるかもしれない.しかし「家事・育児」責任を重視 している妻は自分が「援助を受けた」と回答し,一方の「家事・育児」責任を 感じていない夫は,こうした援助を「援助」とは認知しないかもしれない.だ とすればそのような認知の違いこそが,女性の「ケア責任」の大きさを表して いる. また,もし夫方の親からの世話的援助が,妻が留守のあいだの「夫と子」に 向けた「個人化された援助」であった場合でも,妻は自分の代わりに義親が「や ってくれた」と認知し,「援助された」と回答しているかもしれない.その場 合,世代間の援助では個人化(夫親→夫)がすすみつつも,子世代の世帯内で の意識面での個人化が進んでいないといえる.親世代からの「援助を受けた」 という回答は,こうした多元的な関係の一部を切り取ったにすぎないというの はいいすぎだろうか.実際の援助や同居という行為は別に,人びとが関係をど のように意味づけているのかという意識とみたときに,意識と実態のズレとい う多元的状況がより顕わになると考えられる. もちろん本書全体をとおして,従来の夫方優位がつづく一方で,女性の経済
資源の増加によって,妻方親との同居や妻方への援助など親子関係の取り結び 方に多様性と「選択の余地」がでてきたという論証にはうなずかされた.特に 女性の経済力による効果は大きく,妻方との近居,妻方への援助が増えていく ことが予想される. 他方で,本書が光りをあてた「権威のない同居」を拒否する親世代女性側の 変化を考えるのであれば,夫婦がそれぞれの親に援助するという「夫婦の個人 化」より,世代間の「援助関係がない」状態こそ,徹底した世代間の「個人 化」といえる.また子世代の変化についても,今回サンプルから除かれている 非婚,離婚というシングル子世代の親との関係も重要なテーマだ.引き続き, 今後の研究の展開を期待したい. (四六判・213 頁・本体 1900 円・学文社・2017 年) 文 献 大和礼子,2008,『生涯ケアラーの誕生 再構築された世代関係/再構築されない ジェンダー関係』学文社.