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室町時代京都日蓮教団寺院と「寺内」(第三十八回 日蓮宗教学研究発表大会要旨)

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Academic year: 2021

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﹁寺内﹂は寺院の存在形態を示す言葉のひとつであ る。﹁寺内﹂または﹁寺内町﹂は、浄土真宗をはじめ各 地の諸宗寺院で形成されたといわれており、日蓮教団寺 院の例では、六条本国寺と尼崎本興寺が紹介されてい その許可と共に閲覧には起請文が必要だったこと を真間起請文は物語っており、本文の﹁宗秀云﹂ はそのようなことが、中山門流に伝えられていた と推定すべきこと。 ㈹金綱集からの抄出などが当時認められていたこ し巳。 以上の十点についての考察が成り立つ。なお真間弘法寺 から池上本門寺に晋山した日芳が身延宝庫に納めた真間 起請文の写状も﹁宗秀云﹂とあり、﹁宗秀之﹂とはなっ ていない。

室町時代京都日蓮教団寺院と

﹁寺内﹂

糸久宝賢

る。﹁寺内﹂または﹁寺内町﹂形成の背景として、本興 寺の場合は尼崎の商人たちが商業活動の場の保持と特権 維持のために門前﹁寺内町﹂を形成したといわれている が、京都の場合は教団内部にも﹁寺内﹂または﹁寺内町﹂ 形成の背景がもとめられるようである。この点について 重要な手掛りとなるのが、各本山の法度である。京中の 寺院は門流の本寺として直属する本寺大衆、末寺の僧衆 を統卒し、京中や地方の信徒たちと直接・間接に関わっ ていた。本寺はこうした中にあって本寺中心主義の徹底 と保持を意図して法度を制定したのである。本国寺﹁寺 内町﹂は延徳二年以降に形成されていった可能性がある との指摘がなされているが、﹁町﹂形成の有無は別とし て﹁寺内﹂という言葉自体は、早く日像の﹁禁制条を﹂ の中に見出され、この後、日親の仮名書・漢文体の両法 度凡日侶の﹁本能寺御法度事﹂等に見出される。日像の 法度では﹁寺内﹂と﹁他所﹂、日親の法度では﹁寺内﹂ と﹁門外﹂﹁寺外﹂日侶の法度では﹁寺内の公事﹂﹁寺 外の公事﹂といったように﹁寺内﹂とそれ以外のスペー スが明確に区分されており、いずれの法度も僧衆の住居 を﹁寺内﹂の外に出すことを厳禁している。応仁・文明 の大乱以降、京中の諸宗寺院、公家たちの邸宅、町中に、 (I44)

(2)

塀・土塀・釘貫・木戸門・櫓などが自衛のために構築さ れていったことが指摘されているが、日蓮教団寺院にお いてもこれは同様で、塀や堀で囲まれた内側に諸堂や諸 法度にある如く坊舎が建ち並んで﹁寺内﹂を形成してい たのである。﹁寺内﹂に居住する本寺大衆は、末寺の僧 衆とは異る性格を有するものであり、本寺大衆となるた めには﹁入衆﹂の手続きがあること、本寺貫主の弟子が 末寺住持の弟子よりも上座であること、説法僧が重んぜ られること、などが定められていたと指摘されている。 こうした本寺大衆に対する規定は、前述の本寺中心主義 徹底の一環であり、本寺大衆の﹁寺内﹂居住を定めてい るのも、彼らをして門流の中心拠点たる本寺の運営にあ たらしめることを指向したものであった。こうして考え てくると、京都日蓮教団寺院における﹁寺内﹂形成の側 面に、京都諸寺院が門流の本寺として、その維持・運営 ・自衛をはからなければならなかったということが存在 する。そして、天文期の法華一摸の拠点となったという ことをあわせ考えると、各寺院は門流の本寺として、地 縁や階層をこえたネットワークを確立しつつ、これと並 行しながら﹁寺内﹂を形成し、京中の拠点となっていっ たのではないか、ということが指摘されるであろう。 本報告で考察の対象とした講中は、堀之内妙法寺、比 企谷妙本寺、身延久遠寺の諸記録にみられる計三九九の 講中で、その内訳は妙法寺の記録にゑられるもの二九六 識︵内七三講は妙本寺や久遠寺の記録にもゑられる︶、 近世における庶民信仰の動向を考えるとき、その視野 の中に宗教組織としての講の存在をわすれることはでき ない。本報告では、この近世的な宗教組織としての識の はたした役割を考える基礎的な作業の一つとして、江戸 の日蓮宗の諸講中をとりあげ、その地域分布の特徴を、 堀之内妙法寺の諸行事に参加した諸講中を中心に考察し た。

日蓮宗の江戸諸講中について

l堀之内妙法寺史料を中心としてI

一江戸における日蓮宗の講中

はじめに

村行遠

(I45)

参照

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