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マーシャルの地代論

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マーシャルの地代論

著者 橋本 昭一

雑誌名 同志社商学

巻 57

号 6

ページ 1‑16

発行年 2006‑03‑15

権利 同志社大学商学会

ドウシシャ ダイガク ショウガッカイ

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000007337

(2)

マーシャルの地代論

橋 本 昭 一

マーシャルの価値・価格論と地代論 土地と収穫逓減法則

収穫逓減と地代の図形表示

生産者余剰としての地代──結語風に──

経済学において「地代(rent))」とは,「土地(land)の使用に対して支払われる価 格」(Smith 1776,蠢

−17

1

9)を意味する。

(イギリス)古典派経済学(者)が土地という

場合,主として考慮していたのは「農業用地」(=穀物耕作地)であった。スミスは,

地代を上のように定義するやいなや,(賃金や利潤が価格の原因であるのに対し)それ は「農産物(raw products)の市場価格の結果であっ」(Ibid,

181)って,原因ではない

という重要な命題を提出している。「地代は価格の結果であって,原因ではない」とい う命題はリカードが提起したという印象が強いが,リカード自身はそれがスミスのもの であることを認めている(Ricardo 1817, 74 & 76n)。

さて地代は誰に支払われるのか。土地の「占有」(Smith 1776,蠢

−78)が行われる

と,それは「私有財産」(Ibid,

79)となり,土地所有者である地主(landlord)が地代

という名目で労働生産物の一部を(実物払いで)要求する。したがって,地代支払いは 地主に対して行われる。刈り分け小作制度はヨーロッパ大陸では今なお現存している地 域もあるが,古典派経済学は,地代そのものを考察するときには物納(生産物による支 払い)を,価値論との関係でそれを取り上げる場合は金納(貨幣支払いないし貨幣単 位)を前提にしている。

さて私有財産であれば必然的に価格支払いが派生することは,一般的・経験的事実と して容認できても,常にかならずしも価格支払いの対象になるわけではない。いくつか の与件が隠されている。土地は私有財産の対象になるという観念が一般的に承認されて いて排他性・排除性が法的に維持・管理できることが当然ながら前提となっている。大 河川や湖沼,大規模な森林や海は私有財産としての排他性を維持・管理できないがゆえ

────────────

引用文献の発行年は,よく知られている年号を表記している。ページ数は参照文献に挙げている版のも のである。

393)1

(3)

に自由財であることなども自明の前提になっている(Ricardo 1817, 73n)。それだけで なく,土地の利用権を有償で購入したいという需要の存在が重要な与件である。土地の 利用権が経済財として取引の対象になるほどに稀少であることなども指摘できるが,そ のような稀少性の多くが人為の結果であることをリカードは知っていた。スミスが地代 とみなしているものは,一部はその土地固有のものではなく,人為的な改良や資本投下 の結果であって利潤とみなすべきものが混在している可能性がある。

一定面積の地代が均一ではなく,支払う量ないし(貨幣)額において大小の差がある 理由は何か,その額がどうして農産物の現実の市場価格に影響を与えず,価格の結果な のかを「肥沃度」という概念を用いて,論理的に解明するのが,リカードの差額地代論 と呼ばれるものであ

2

る。地主制度が存在するにも関わらず,地代を要求することのない 土地が存在するとか,土地は肥沃度の高いものから順に利用されるといった外延的・拡 張的耕作といった前提は,その後の古典派経済学の系譜の中でも批判され,反証されて ゆくが,いわゆる「穀物法論争」のなかでも,差額地代論の論理構造そのものは否定さ れないままであった。

リカードは地代を「土地が生み出す生産物のうち,土壌の原初的で,かつ不滅の減耗 しない力(indestructible powers)の利用について地主に支払われる部分」(Ricardo 1817,

67)であると定義する。

スミスにあってもリカードにあっても,生産が,地主,資本家,労働者という

3

階級 がそれぞれに土地,資本,労働という生産要素を提供して行われるという「3階級論」

を自明の前提にしている。それぞれの対価である地代,利潤,賃金の合計額が財・商品 の価格を構成するかどうかの辺りから,二人の価値論は違う論理展開を見せ始める。

本稿の目的は,古典派なかんずくリカードから多くの方法と理論を継承しながらも,

マーシャルは,漓地代論の需給均衡理論の中に占める特異性を排除してゆく。言葉を換 えていえば,土地や資本や労働の価値・価格がそれぞれ異なった原理で決められるので あれば,消費財であろうと生産財であろうと,基本的に同じ原理によって決定されると いう意味での需給均衡論は成立しない。そのさい適用される概念は「供給の弾力性」と いう概念であるが,しかもマーシャルはその概念を間接的・暗示的にしか示さない。滷 地代の説明のための理論としての差額地代論,とりわけリカードが主に依拠した拡張的 耕作の事例は背後に押しやりつつも,内包的・集中的耕作によっても示される「収穫逓 減法則」は,マーシャルの需給均衡論のシンメトリックスな形態を基礎付けるものに転 用される。さらにマーシャルはより一般的なかたちで「収益法則」を提示し,収益逓増

────────────

リカードは地代発生原因として,土地の供給量が無限でないこと,また地代の多寡が,後にsite value と呼ばれるようになったものをadvantages of situationと呼び,それに影響を受けない限りという条件を つけている。Cf. Ricardo 1817, 70.

同志社商学 第57巻 第6号(26年3月)

2(394

(4)

法則と経済成長を結び付けようとする。澆収穫逓減法則の図形表示や曲線の特性など は,その後の経済学の教科書ではマーシャルが開発したものが利用されたが,サミュエ ルソン(1948)以降は影を潜める。潺しかしマーシャルに影響を受け,マーシャル以降 の経済学は,土地を第

3

の生産要素として扱うのをやめ,生産関数論や経済成長論にお いて顕著なように,経済的成果を労働と資本の二つの要素で論ずるようになった。それ にもかかわらず第

3

の生産要因あるいは経済的パフォーマンスの決定因として時間や技 術進歩概念が導入されることがあるが,実はこの発想もまたマーシャルに起源を持つと いっても極論ではないことを示すことである。もちろんそのすべてを本稿では扱いきれ ないので,マーシャル以降の価格論の展開や,その中に占めるマーシャル地代論の占め る意義の考察は,展望的なものしか示していない。

マーシャルの価値・価格論と地代論

マーシャルの地代論を個別に取り上げる場合でも,マーシャルの経済学体系あるいは 価格(理)論の中での位置づけを意識せざるを得ないが,ここで早くも問題が出てく る。すなわちスミス⇒リカード⇒ミルらの価値理論の流れを追う場合,経済学史研究者 の間では「価値論(史)」という用語を使うのが一般的であった。しかしマーシャル以 後の展開を視野にいれる場合には「価値・価格論(史)」と表現する(せざるを得ない)

が,そのような表現上の変化は,たいていの場合,なんの断りもなしに行われてきた。

労働価値説を基本的に承認しつつ,正しい労働価値説はどのような系譜の中で完成へと 向かったかという視点が,確固不動のものであった学史研究の中へ,限界革命以後の価 格理論の展開(史)が割り込んでゆく過程での偶発事であったといえないだろう

3

か。

マーシャルにとって,(経済的な)価値(論)はミル以上に自明のものであり,マー シャルは価格論を論じたのであり,価値論は展開していない。マーシャルの『経済学原 理』初版(1890)の索引を見ると,Valueという項目はまったく登場しない。1891年刊 行の第

2

版以降は,8(ページ)のみが採録されてい

4

る。マーシャルは価値を論じるこ とを経済学の重要課題とは考えていない。『原理』の第

2

編は,「若干の(経済学分析の ための)基本概念」を扱っているが,もちろんそこで「価値」を改めて定義したり,効 用価値説と労働価値説の優劣を論じたりはしていない。富を定義する中で,「価値につ

────────────

マーシャルの『経済学原理』発刊以降でもヴィクセルが価値(Wert)を論じている(Über Wert, Kapital

und Rente, 1893あるいは1898年の著書の副タイトルで)のは事実であるし,これを意識しながら,ヒ

ックスがその著書のタイトルにValue and Capital(初版1939)という用語を利用しているのも事実であ る。その後も「価値」という用語は利用されているが,内実はヴィクセルの1898年の著書の主タイト ルが示しているように価格論であった。

ギルボー版(1920年刊行の第8版の再録)の索引を見ても,Valueの項目では,61−2だけが定義の部 分として挙げられているだけである。

マーシャルの地代論(橋本) 395)3

(5)

いてここで少しばかり

a little

述べておく」として,第

2

版まで序論の

8

ぺージに掲載 されていた文章を,第

2

編の富を論ずる章の

6

つある節の最後(第

8

版では

61

ページ)

へ挿入した。そこではスミスの文章を引用しながらも,『産業経済学』ではゴチックで 示したような使用価値と交換価値という言葉の紹介も省略して,「1財の他財であらわ した価値すなわち交換価値」を文明国では貨幣をもって表示し,それを価格と呼ぶと説 明して,貨幣の購買力が不変であるという前提で以下の議論を進めるというこの節の結 論部分へと進んでいく。

このようなマーシャルの立場は,1890年よりもはるか以前に固まっていたと言って よい。ただし『産業経済学』では,第

2

編のタイトルが「正常価値」であり,第

3

編の それが「市場価値」となっているのは事実だが,第

2

編は「この編では,(自由)競争 が諸賃金,諸利潤および諸価格におよぼす影響を考察」するという文章から始まってお り,価格論であることを明示している。それまでの,古典派ないしフォーセットなどの 影響がかすかに残ったものと解するのが妥当であろう。もっとも注意しなければならな いのは,マーシャルの時代において索引作成の基準がどのようなものであったかという ことと,『原理』初版の出版事情である。マーシャルは『原理』の中で「価値」という 用語をその

1

箇所でしか使っていないというわけではない。その言葉を定義したり,重 要な要素として詳述する場合のみが索引対象となっていることは事実である。さらに

『原理』の原稿は一括して出版社に渡されたものではなく,出来上がった箇所から順次 印刷され,校正刷りも出来上がってゆく中で,後半ないし主要部分の記述のぺージ数が 膨らみ,索引のページ数を絞らざるを得なかった事情,索引作成に多くの時間を割くこ とができなかった事情等も考慮すべきであろうが,私の述べたい趣旨に影響を与えるも のではないと考えている。

そうであるならばマーシャルの価格論を論じるのに,「マーシャルの価値・価格論」

などと表記するのは適切ではないと言える。

さて次に,マーシャルの価格論史上の位置づけは誰が行ったというべきであろうか。

マーシャルの学史上の位置づけにも影響を与えるかたちで,マーシャルの分析手法を価 格理論の中に位置づけたのはサミュエルソンの『経済学』(1948)であろう。とはい え,スラッファの問題提起(1924)や

J.

ロビンソンの不完全競争の理論(1933)やヒ ックスの無差別曲線分析の定式化(1939)などもその過程では重要な役割を果たしてい ることを否定することはできない。

日本においては,1970年代でもまだマルクスの経済学史観(剰余価値の発生源とし て労働価値説の展開を評価する,ペテイ⇒スミス⇒リカード=正統派観,マルサス,シ ーニョア,ミル=亜流・俗流・折衷派観)が圧倒的に強く,わずかにケインズの「古典 派観」が参考意見的に引用されただけで,マーシャルを正面から取り上げて評価するも

同志社商学 第57巻 第6号(26年3月)

4(396

(6)

のはなかった。少なくとも大きな勢力とはなりえなかった。

「限界革命の

100

年」の意義を欧米の学史研究者が問題にしはじめた頃になって,「近 代経済学史上のマーシャル」という問題意識が表面に出てきた。その時点ではマーシャ ル価格理論が,限界効用基軸説を克服した,どちらかというと生産費説に好意を持つ部 分均衡モデルということは改めて説明を要するものとはみなされていなかった。要する に日本では,マルクス的学史観に影響を受けた「折衷説」,ないし,それよりはマーシ ャルの創意を認める「総合説」を批判することで,マーシャル評価は終わってい

5

た。

マーシャル研究に関しては,1970年代以降,そのような特徴を持つマーシャル経済 学の生成過程(いわゆる「初期マーシャル研究」)が中心であった。日本においては

1970

年代の早坂忠のマーシャル研究(その動因は陰に陽に馬場啓之助批判であり,それはそ れで永澤越郎訳の『原理』の公刊を刺激した点でメリットはあった)が,日本と欧米の マーシャル(の学史的)研究の土壌を均等化するのに貢献した。初期マーシャル研究 は,限界革命のトリオとは根本的に異なった「経済成長論」あるいは動態的経済把握

(マーシャルのいう「経済生物学」)がマーシャルの当初からの目標であったことを明ら かにした。各経済主体は進化してゆく,その進化を支えるのが「経済活動の動因」の進 歩である。それをマーシャルは「生活基準の変化」として押さえたが,その目論見は,

1870

年代前半では,「労働者階級の紳士階級への転化」といった表現で,70年代後半に は「安楽基準の向上」といった認識においてすでにはっきりとした姿を現していた。し かし現在でも,マーシャルをその後のケンブリッジ学派の展開の中で検討する場合,ピ グー(厚生経済学)やケインズ革命にひきずられて,マーシャル経済成長論の視野がぼ やけているのは否めない。貨幣理論や不完全競争理論のその後の展開の中で,それぞれ の理論の再分裂化が,それぞれの領域内での一般理論化を急ぐあまり,結果的に,マー シャルが遣り残した問題領域の体系化をあやふやなものにしている。

それにもかかわらず,マーシャル的遺産の再評価が意外な領域で行われているのもま た事実である。たとえば,現代制度経済学においては当初からマーシャルは重要な先駆 者と位置づけられている(Hodgson 1993)。さらには産業集積地育成論ともいうべき新 しい産業論研究の分野や人的資本形成論,あるいはまたその発展的展開の中で見られる 社会関係資本(social capital)論の領域でも,社会学や心理学や政治学の方法なども取 り入れながら積極的なマーシャル再評価が行われている(Reisman 2003)。

ここで,マーシャル地代論を取り扱う基本的視点は,マーシャル価格論を評価するさ い,彼の地代論研究がかなりおろそかに扱われていたのではないかというものであり,

────────────

日本ばかりではなく,古典派と限界革命との折衷・総合という評価は,マーシャルの生存時にすでに存 在していた。マーシャルがそれに対して嫌悪感を示していたことについては(Collini 1983, 313)を参 照。

マーシャルの地代論(橋本) 397)5

(7)

古典派地代論の克服過程でマーシャルの経済成長論が整合的なものになってゆくのでは ないかという問題意識である。

いかなる観点からも,マーシャルの地代論が正面から取り上げられることが稀であっ たことの傍証としては,ウッズ編の

8

巻本(Wood 1982 ; Wood 1996)において,マー シャル地代論を正面から取り上げるものが

1, 2

本しかないことを挙げておく。

土地と収穫逓減法則

マーシャル体系の全体像を再構成する作業をひとまず背後にやって,マーシャル価格 論の基本的枠組みを,需給均衡分析,もっと簡単に,シンメトリカルな

2

次元座標上の 需給曲線の表示と考える立場からすれば,その形成過程においてマーシャルのリカード 地代論からの学習とそれに対する対決(問題点の除去・整理あるいは拡充)は極めて重 要な課題であったといえる。

マーシャルは価格を論じる前に,『原理』第

3

編で家計の消費者行動を分析し,非常 に限定された条件下で需要曲線の右下がり性を解説し,次に第

4

編で生産諸要素の特徴 を論じ,それぞれに収穫逓増傾向を示す可能性を時間経過と政策導入を暗示しながら論 じる。『原理』第

4

編に費やされるページ数は,第

3

編までの総ページ数の倍近くあ り,分量的にはサミュエルソンが組み立てなおす第

5

編より多い。その上で,マーシャ ルは,賃金・利潤・地代を生産要素の価格として捉える。

4

編では,「(ある意味では)生産要素は自然と人間のみが存在する」,「資本と組織 は……(自然の助力を受けた)(意図的な)人間の労働の成果である」),「資本はその大 きな部分が知識と組織からなる」,「知識はきわめて強力な生産の原動力である」,「その 有用性を人間労働に負っている物的財は資本,……依存していない財が土地である」,

「土地は(生産費を持たないので)(供給)価格を持たない」(Marshall 1920, 138, 139,

144)

,等々の今日改めて見直されている言説を含みながらも,生産要素が通常は土地,

労働,資本に分類されることを紹介し,その中で土地を「自然が無償で人間に与える素 材や諸力である」と定義する。その事例として「用地

land,水,空気,光,熱」が挙

げられる。しかし第

4

編では地代は論じられない。土地の肥沃度概念から始めて収穫逓 減法則が説明される。第

4

編の半分以上のページ数を使って産業(組織)が論じられた 後,第

5

編に至って供給曲線の形態を論じている。

マーシャル体系にとってリカードの地代論は重要な前提である。あるいは「重要な前 提の一部である」といった方が無難であろうが,これまでのマーシャル地代論の相対的 な軽視状況を批判する意味で敢えて強い表現を用いたい。

スミスでもリカードでも土地という言葉で念頭に置いていたのは,すでに述べたよう

同志社商学 第57巻 第6号(26年3月)

6(398

(8)

に,現に利用されている農業用地あるいは耕作地であった。スミスは「商品の価格の構 成部分」を論じた『国富論』第

1

編第

6

章で,穀物⇒穀粉⇒パン屋とか,亜麻⇒仕上げ

⇒紡績⇒織布⇒漂白といった各種製造工程で賃金や利潤が支払われることを観察してい るが,地代ないし帰属地代は工場用地や店舗には支払われることなく,穀物やジャガイ モ(「原生産物」)が収穫される農業用地に対してのみ支払われると仮定している。その ような前提のもと,「どのような商品であっても製造工程が積み重なってゆくに応じ て,価格のうち賃金と利潤の支払いに向けられる部分が,地代に向けられる部分よりも 大きくなってゆく」(Smith 1776, 61)といった結論を導き出している。

地代論を,単に農業地代あるいは農産物生産地の地代という観点から捉えると,工業 用地や住宅地として借り上げられた土地に対する,地代決定のための別の論理を用意せ ねばならないことになる。

マーシャルの地代論はまさにこの点,農業用地,工業用地,住宅地といった用途を限 定せずに地代の一般理論へ,リカード学説を拡大した点に第

1

の特徴を見ることができ る。

地代の原因を肥沃度

fertility

のみに求め,その結果,農業地代が唯一の地代と考えた ことは,「彼の表現の仕方の不完全さ」(Marshall 1920, 833)ともども退けられる。ある いは肥沃度という概念は,穀物生産への適性度といった狭い意味を超えて定義しなおす 必要があった。

マーシャルは土地のもつ第

1

の特性はその

extension

である(Marshall 1920, 145)と いう。人間が活動するためには空間が必要である。ある広さの土地の利用権を得るとい うことは,ある面積の土地利用を意味するだけでなく,光とか熱とか雨といった

3

次元 的な自然の力を支配できることを意味し,さらに他の物や他の人(の活動)との遠近性 をも支配下におけることを意味する。そこで生産する商品の市場に近いとか原料を産出 する鉱山に近いとかいった特性が土地の需要価格を決める。まさに「空間の価値はそれ が持っている地理的な位置によって大きく影響を受ける」(Marshall 1920, 147)。その土 地が持つ農業生産性(「土地が自然から与えられた本源的ないし固有の属性」)が地代の 唯一の原因と考えるのは,ある限定された条件下でのみ言いうることである。ここでは マーシャルは明らかにチューネンのリカード地代論批判を念頭に置いている。この発想 は当然ながら,「外部経済」というマーシャル創案の概念と,それが導く収穫逓増法則 の発想へつながってゆく。もちろん外部経済は常にプラスの値を持つとは限らない。

しかしマーシャルは綿密である。また結論を急がない。一度はリカードの論理ないし 仮定の世界へ入り込んでみる。土地の経済的な価値が肥沃度によって決まるとして,肥 沃度とは何を意味するのであろうか。農産物の生産性を決定するのは,その空間が有す る気象学的特性(降雨量とか日照時間など)と土地の持つ力学的(排水性,粘着性,通

マーシャルの地代論(橋本) 399)7

(9)

気性など)性質や化学的(酸性度とか栄養素)性質であるが,灌漑設備や客土や化学肥 料の投入,バクテリアの利用等で,個々の土壌の持つ特性は,「本源的で,不滅の力」

とは言えないものになっている。近代科学の発展以前に,人間は農業用地を営々として 改良してきた。あるいは土壌の持っている現状を最大限に利用できるように,新しい作 物の導入や品種改良などを行ってきた。したがって「肥沃度という言葉は,特定の時と 所の持っている特殊な事情と関連させて初めて意味を持つ言葉である」(Marshall 1920,

160 f)

。そうではあるが,マーシャルは,「資本と労働を連続して土地への投入を増や

していけば,所与の資本と労働の追加投入量から得られる追加生産物は最後には減少さ せる結果を招くであろう」(Marshall 1920, 153)と収穫逓減法則を認める。しかし収穫 逓減法則はあくまでも収穫を量で計った場合にのみ適用される。換言すればもしも貨幣

(価格)で計算するのであれば,(投入資源量と収穫量を比較しょうとすれば,必然的に 両者は貨幣タームで計算される必要がでてくるのだが)市場と市場の背後にある自然的

・制度的事情により,上記の命題は多くの制約を受け,場合によっては正反対の結果が 生じることも珍しくない。

ところで,リカードの差額地代論の内容を拡張して,すべての生産要素に関しての

「収穫逓減法則」(law of diminishing return)と読み替える発想は誰のものなのか。

収穫逓減的な現象を基礎に差額地代論を導き出したのはリカードである。その時点で は,この事実はすでに多くの人が気付いていたし,指摘もしていたようであ

6

る。さらに スミスの文の中においてもこの現象を暗示する記述がある(Smith 1776, 164)。しかし リカードには「収穫逓減」という用語法はみられない。ミル(1848)は明示的に収穫逓 減を論じており,初版の節のタイトルには「収穫逓減法則」という用語も用いている

(第

1

編第

12

章第

3

節)。ミルはまた収穫逓増という概念にも触れている。それにもか かわらず,この用語を専門用語として定着させ,かつすべての生産要素に拡大したのは マーシャルである。

収穫逓減法則に関してマーシャルの今

1

つの貢献は,経験的・観察的事実で補強され ながらも,この法則が演繹的なかたちで,地代理論の中において理論的共有財産になっ ていた時期に,実験的・実証的例証を付け加えたことである。マーシャルは『原理』出 版が最終段階に入った時点で,『タイムズ』紙に掲載された一つのデータを見つける。

このことについては,これまで指摘する人がいなかったので(夫人の思い出の記にもマ ーシャル自身の書簡にもこの件に触れたものはない),ぜひとも紹介しておきた

7

い。

────────────

ジェヴォンズが挙げている名前は,アンダーソン以外にもマカロック,ミル父子である(Jevons 1871 155 ff)

この部分はMarshall(1891)以降は,第4編第3章の中の注として登場するが,1889年の暮れの段階 では,この部分はすでに活字化されていたのではないだろうか,Marshall(1890)では,以下に紹介す る表は第7編(第2版以降は6編構成に変更される)の666ページから667ページにまたがる脚注とし て登場する。

同志社商学 第57巻 第6号(26年3月)

8(400

(10)

それは『タイムズ』の

1889

11

18

日号の第

4

面に掲載されたものである。そこ ではアメリカのアーカンサス大学の農業実験場(Arkansas experimental station)で,1エ ーカーの農地で,犂入れとまぐわ(harrow)均しだけを増やすことによって収穫量がど のように増えていくかについての実験データを報告している。犂入れ

1

回のみだと単位 当たり穀物収穫量は

16

ブッシェルであったが,犂入れ

1

回とまぐわ均しを

1

回行うと 収穫量は

2

ブッシェルと三分の一増加,犂

2

回にまぐわ

1

回だと,さらに

3

ブッシェル 三分の一増加,犂

2

回と均し

2

回だと

2

ブッシェル弱(1ブッシェル

12

分の

7)のみ増

加することが示されている。この記事は農作物や家畜の作柄を伝える記事や農産物や牧 畜の品評会などでの成績発表を伝える記事につづいて追い込み形式で(改行も見出しも ないままに)掲載され,「苗床を丁寧に整えることが収穫に大きな効果を生むことは誰 でも知っているが,その効果がどの程度のものかについては誰も分かってはいない」と いう書き出しの中で紹介されている。そして上の事実を示す表を紹介して,実験結果で は良く手入れすれば

45% もの収穫増を期待できると結んでいる。

マーシャルは,記事の執筆者の意図とは違い,わずかの事例紹介の中に収穫逓減の実 証例を見出したのである。もしも均しのための労働と資本経費が,収穫までに発生する 他の費用も考慮して,増加した収穫量の販売価格で相殺されるならこの土地での

2

回目 の均しが「耕作限界」を意味することになる(Marshall 1920, 155n)。

収穫逓減法則は,演繹的法則ではなく帰納的な法

8

則としても通用すること,これはマ ーシャルにとって大きな意味をもったであろう。それゆえに数行の置き換えでは済まな い事例紹介を,窮屈な紙面調整をやりくりしても導入したかったのだと推察できる。し かしマーシャルはここで同時に,実験データも示すことによって,差額地代が含意する 内容は,拡張的・外延的耕作の場合よりも集約的・内包的耕作の場合により鮮明に説明 できることを合わせて主張していると読み取ることができる。

マーシャルのさらなる貢献は,収穫逓減法則を地代に関係付けるだけでなく,生産要 素一般に適用を拡大したことである。この点の発想はクラークに共通する。しかしその 前に,収穫逓減法則がそのまま直ちに地代を説明するものにはならない点を強調したの がマーシャル理論の特徴である。それを詳論する前に,マーシャルの収穫逓減法則の図 形的分析の視点を確認しておきたい。図形を用いて土地に関する収穫逓減を説明するこ とは,その後の経済学研究に大きな影響を与えている。

────────────

実証的データとしては,Marshall 1920, 163n(初版212)を参照。この部分についても,ギルボーは校 訂注を書かねばならなかったはずだが,それがない。

マーシャルの地代論(橋本) 401)9

(11)

収穫逓減と地代の図形表示

マーシャルの『産業経済学』の中には図表はわずかに

5

つしか登場しない。すべて脚 注の中に現れる(Marshall 1879, 23, 83)のは,『原理』の場合と同様である。4つは収 穫逓減法則を図示するために,一つはそれらを利用して地代を説明するために利用され ている。このうち,最後の地代を限界生産力的に説明する図形分析は『原理』にも,わ ずかに修正されたかたちではあるが採録されている(Marshall 1920, 162)。

ジェヴォンズは収穫逓減法則が示す内容を地代決定論と結びつけ,かつそれを二次元 座標の中で右下がりの曲線として描いている(Jevons 1871, 209, Jevons 1879, 238)。マ ーシャルはジェヴォンズ(1871)について詳しい書評(1872)を書いているのだか ら,この図を見ているのは確実であるが,上記の

5

つのグラフはその形状においても導 き出す結論においても明らかに差がある。マーシャルにあっては収穫逓減法則を図示す ることは,それが需要曲線の右下がり性と同じ原理が含まれていることを示す目的があ った(Marshall 1920, 156)。他方ジェヴォンズの場合,こと地代論については,リカー ドを含む古典派的「通説は,ほとんどもしくはまったく変更を加えることなく」(Jevons

1871, 204)全面的に是認・継承するという立場が明瞭に示されている(Schabas 1990, 47)

マーシャルのグラフ表示がジェヴォンズを追従したものでないことを示す証拠はいく つか示すことができるが,上に述べた事情以外に,なによりもマーシャルはジェヴォン ズの著書が公刊される以前に,地代の説明のために数多くの図形分析(と数学式)を書 き留めていることを挙げておく。そのもっとも早いものは

1869

年に書かれている(Whi-

taker 1975,

−224)

。横軸に等質の資本と労働の組み合わせ(dose)を(簡単化のために

固定価格を前提にして)投入量として描き,縦軸に平均生産量をとると,収穫逓減によ って,右下がりの曲線を描くことができる。ホイティカーは,縦軸を限界収穫量に読み 替え,クラークが限界生産力説を説明した時に利用したような平明な

9

図(Clark 1889,

201)を用いてマーシャルのこの時点での理 論 を 解 説 し て い る(Whitaker 1975,

− 226)

。しかし拡張的耕作を前提にしながらも,マーシャルは,資本と労働の投入形態の 変化や穀物価格の変動,耕作法の改善等について,ミルやリカードやケアリーが想定し ているケースを念頭において(Ibid,

229)

,いくつもの形態の図形を描いている。ほぼ 同じ図形が『産業経済学』や『原理』に再現されるのは

1

つだけである。リカードの地 代論が極めて有名なものとなった一つの理由は,それが教科書に図形を用いて示される ようになったからであろう。そのさい縦軸や横軸にいかなる単位を選ぶかを含めてマー

────────────

手直には,田中(2006, 14n)を参照。田中は3つのグラフを示している。

同志社商学 第57巻 第6号(26年3月)

0(402

(12)

シャルの後の世代への影響は非常に大きかったことが想像される(基数的効用を縦軸に 明示する点はジェヴォンズのものといえるかもしれな

10

い)。

次にマーシャルが『産業経済学』で導入した図形表示の内容を見ておこう。

『産業経済学』第

1

編第

4

章第

2

節の長い脚注(Marshall 1879, 22 f.)に登場するグラ フの

4

つの内

2

つは棒グラフであり,それを(全体としては右下がりの)曲線で描いた ものが

2

つ。棒グラフは横軸に追加的な生産要素投入量(労働を所与として資本量によ って示される)が示され,縦軸には収穫量が示される。収穫逓減法則を示すものである から,縦軸に示される追加的収穫量は逓減していく。横軸の単位の幅を無限に小さく分 割してゆけば,当然ながら逓減する(右下がりの)曲線(連続線)によって示すことが 出来る。グラフの性質に関する丁寧な説明は,当時の読者にとってグラフをもって経済 法則を学ぶことが新奇な体験であったからである。もう一組の棒グラフと曲線は,収穫 逓減が直ちには始まらないケースを取り扱ったものである。耕作の初期段階では,

(種々のリカード批判を考慮して)追加的資本投入量以上に収穫量が増加する形態を示 したものである。しかしこれは付随的なものであると解してよいであろう。マーシャル は『原理』の中で,イギリスの当時の事情を斟酌すれば,リカードの(収穫逓減が直ち に現れるという)理論前提が大筋で間違っていたわけではないことを繰り返し強調する

(Marshall 1920, 156。)なお最初に取り上げた棒グラフと曲線は,形式的にはジェヴォン ズが限界効用逓減を示すために利用した図と近似したものである(Jevons 1871, 36 &

37)

。違うのはジェヴォンズの場合縦軸に効用がとられており,かつ棒グラフは追加単 位の財であることを示すために原点から

X

軸に,はっきりと距離を置いたところから 描き始められていること,連続線で示す場合も

Y

軸とは交点を持たないかたちで描か れるとともに,形状は原点に対して凹になっている点である。

最後の

5

つ目の図は,第

2

編第

3

章の地代を説明する箇所に登場する。原点に対して やや凹状に描かれているが,耕作限界(the Margin of cultivation)での収穫量に,それ までの投入資本量を掛ければ農場主の取り分を示すことができる。縦軸と横軸と(収穫 逓減を示す)曲線で囲まれた積分値から,農場主の(長方形で示された面積である)取 り分を差し引いたものが「農場主が地主に地代として支払わねばならない余剰部分をあ らわしている」(Marshall 1879, 83)ことになる。それは『原理』では余剰生産物(surplus

product)と呼ばれる。しかしそれは「ある条件下では余剰生産物が,地代となりうる」

(Marshall 1920, 156)ことを示すのみで,収穫逓減を語り,余剰生産物を定義すること だけでマーシャルの地代決定論が終わるのではない。なおこの曲線について,マーシャ ルは『原理』において,(自然の)「収穫表(Return Schedule)」(Marshall 1920, 157n.)

────────────

0 マーシャルは消費者余剰を説明する場合も,縦軸には価格を単位として選んだ。サミュエルソン

(1948, 483 f)は,消費者余剰を,図を用いずに説明している。

マーシャルの地代論(橋本) 403)1

(13)

と呼ぶことを提案しているが,マーシャル自身この用語は

1

回だけしか利用しておら ず,一般化することもなかった。

さて『原理』では,マーシャルはかなり多くの図形を導入する。巻末に置かれている 数学注の中に登場する図形を除くと,『原理』の脚注の中に登場する図はすべてで

41

で あるが,その半ば以上は種々の形態をもった需要曲線と供給曲線を示し均衡条件などを 吟味するものである。収穫逓減法則の解説のためにも

7

つの図形が利用されている。マ ーシャルは,地代論を扱う章では改めて図形の紹介はなく,収穫逓減を語る箇所で紹介 した図形の参照を求めている。

需要曲線について

10

の図形を紹介した後,収穫逓減に関しては第

11

図が第

8

版でい えば

155

ページの注の中に登場する。二つの山を持つような右下がりの曲線が収穫表と して描かれている。図形によって示そうとすることは余剰生産物の存在である。つづい てマーシャルは収穫表の形状の変化すなわち弾力性が変化した場合とその原因の考察を 例証するために

3

つの図を紹介する(Marshall 1920, 158)。また収穫逓減と逓増が投入 量の変化に応じて交互に現れるようなケースを示すために一つの図を用意する(Mar-

shall 1920, 159)

。さらに人口の増大によって,穀物価格が上昇すれば,生産性が低いと

みなされていた土地の集約農業が可能となることを示すのが,7つのうちの最後の

2

つ の図である。その都度考慮の対象となる事情が異なるし,投入労働量や収穫量を物量で 測っていたのでは説明できない事情が生じてくる。マーシャルは断りなく固定価格によ る貨幣量表示による両者の比較や,まだこの時点では説明されていない収穫逓増概念な ども導入している。マーシャルの地代論が首尾一貫していないとみなされる理由でもあ る。

マーシャルは『原理』において,すでに

10

のグラフを示しているにもかかわらず,

しかも第

5

版(1907)になってから,7つの図のうちの最初のもの(第

11

図)を解説 する文章の前に,つぎのような,図形による例証の方法論が,不自然なかたちで挿入さ れる。「図形による例証は証明ではないことを留意すべきである。それはある現実問題 の骨格を大づかみに描いた画像に過ぎない。個々の現実問題では考慮に入れなければな らない多くの点を度外視することによって,図形による説明は明瞭な輪郭を示すことに なる……」(Marshall 1920, 155n)。第

5

版出版直前にこのような文章を挿入しなければ ならない(批判論文の公開などの)事情があったのであろうが,むしろ初版出版から遠 のけば遠のくほど図形分析や数学的分析が抵抗なく受け入れられてゆく学界事情からす れ ば,こ う い っ た 注 釈 は,不 必 要 に な っ て い る は ず の も の で あ る。Wood(1982,

1996)

,Whitaker(1996),Groenewegen(1998)などを見ても,特別の事情として思い 当たるものを,筆者は目下,直ちには指摘できない。確かに肥沃度の概念はマーシャル の指摘するとおり,「特定の時と所の持っている特殊な事情と関連させて初めて意味を

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2(404

(14)

持つ」(Marshall 1920, 160 f.)ものであるが,一つの図から他の図へ説明を移す場合に も,前の図のための前提を修正しないと,次の図に新しい条件を加えることが出来ない 場合がある。収穫逓減を前提にしていた図に,部分的であれ,収穫逓増局面を付け加え ると,肥沃度を決定する内在的条件以外のものを視野に入れることになり,それはまた 収穫逓減の進行をゆるやかにするような別の図を要求することになる。そういった論点 は,1907年よりはるかに前にも指摘されることがあったであろうが,第

5

版の出版に 当たっては特に付言を要するものになっていたのであろう。

生産者余剰としての地代──結語風に──

マーシャル『原理』の第

11

図を利用して言えば,収穫表が示す総生産量(収穫量)

から,農場主が適正利潤を含んで資本・労働の投入量への穀物単位ではかった支払い期 待量(資本提供が農業主によって行われるのでれば利子・利潤は農業主が受け取る)を 引いた残額は,「生産者余剰(producers’ surplus)」と呼ばれるものである。農場主がそ の土地の所有者であり,農機具等の資本の供給者である場合には,この生産者余剰に は,利潤も地代も区別されることなく含まれており,税制等必要に応じて区分されるこ とになる。農場主が地主から土地を借りており,地代名目での支払いが要求される場合 は,この生産者余剰の存在が前提になっている。

消費者は,個々の商品購買活動において,実際に支払った価格は,それなしで済ます よりは支払ってもよいと思っていた価格よりは低い。「それゆえに買い手は購入(活動)

によって(支払いという苦痛を越える)満足の余剰を獲得する」(Marshall 1920, 124)

が,マーシャルがその差額を「消費者余剰(consumers’ surplus)」と名づけたことはよ く知られている。同じ状況が生産者の側にも存在する。

マーシャルは生産者余剰をまずは労働者の労働(という苦痛)と賃金を例にとって説 明する(Marshall 1920, 140n.)。その含意は賃金基金説批判である。と同時に労働(と いう生産要素)について生産者余剰が成立するなら,同じことは資本や土地についても いいうることになる。余剰はすべての生産要素についていいうる。国民所得の分配を考 えるなら,株主のみならず経営者の経営能力(business power)についても,産業組織 にもあてはまる。しかしマーシャルは,生産要素の数を増やした上での,限界生産力説 を支持しているわけではない。

マーシャルは地代を,特定生産要素投入による生産者余剰の一種とみなしたのは事実 である。これによって,地代理論は,地代を決定する特殊理論によってではなく,生産 要素一般(資本・労働・土地・その他)の報酬(=価格)(利潤・賃金・地代・その他)

を決定する理論の一部として捉えられることになる。まさに「土地の地代の理論は,孤

マーシャルの地代論(橋本) 405)1

(15)

立した経済学説ではなく,需要と供給の一般理論のある特定の系の主要な応用の一つに すぎない」(Marshall 1920, 629)。

マーシャルは『産業経済学』の中で,一見矛盾するような言説を並べている。一方 で,「価値との関連における地代」を論じた第

2

4

章において,第

1

節では,ある量 の小麦の全生産経費が,農場主が支払った

30

シリングと地代として支払った

20

シリン グであったとして,小麦の販売価格は地代によって決まると言えるか問うて,NOとい う答えを出し,さらにリカードを引き合いに出して「地代は生産物の正常価値を決定す るのではなく,それによって決定される」(Marshall 1871, 89)という結論を肯定するか のような姿勢を示しつつ,他方第

2

節では「自分の事業の利潤と損失の計算を行う製造 業者が,地代を経費の中に算入するのは事実である」「工場の敷地地代は,布地の生産 経費の中に組み込まれている」(Ibid,

90)と述べ,農業地代と工場敷地の地代が別の概

念であるような記述を行っている。これに関連してライズマンは面白い表現を提供して いる。「地代は,それが生産費の中に計上されない場合を除いては,生産費の中に入ら ない。アルフレッド・マーシャルの経済学におけるこの基本原理を理解できる読者は極 めて理解力がある。……」(Reisman, 1986, 184)。

原理的には余剰生産物あるいは生産者余剰が地代の根拠にはなるが,生産物は市場に よって貨幣表示されるのであり,その金額がそのままリカード的な意味での「本源的で 不滅の力」の報酬となるわけではない。地代の名称で(利潤とか賃金といった)他の要 素価格が紛れ込む可能性がある。したがって地代は生産物価格が判明しない限り貨幣量 としては確認できない。それにもかかわらず前払い契約で土地を借用する農場主や工場 主は,期待利潤を見積もる場合は地代や賃金額を費用として見積もらざるを得ない。

地代論は孤立した特別の理論ではないと述べたマーシャルは,さらにつづけて「人間 によって占有された無償の賜物の与える地代から,土地の永続的な改良から生まれる所 得を経て,農場や工場の建物,蒸気機関および耐久性のより少ない財によって所得に至 るまで,連続的な移行が存在する」(Marshall 1920, 629)と述べる。他のところでは

「(資本と土地)の区別は明らかに曖昧なものである」(Marshall 1920, 144)といい,繰 り返し人間の労働が加えられた国土の大部分は土地というより資本であり,レンガは資 本と呼ぶよりはわずかに労働が投入された自然(土地)ではないかと述べている。そこ で供給の(価格)弾力性が低いものは,需要価格によって価格が決定されるという別の 論理を用意する。ここで

rent

は地代という訳語以外にレントと表記せざるをえない用 法が登場することになる。

ところでマーシャルは需給均衡分析によってすべての価格を論じるさいには,需要曲 線や供給曲線の背後に共通する原因が支配していると考えているが,その発想を強化す るさいには,あるいは例証するものとして,収穫逓減法則というリカードの(差額)地

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4(406

(16)

代理論から導き出された概念とそれと一対になっている余剰生産物概念が重要な役割を 果たした。

マーシャルの図形分析は,リカード地代論に対する種々の批判を考慮した上での,マ ーシャル理論の例示的擁護論とみなすことができる。そのような相互関係の中にマーシ ャル地代論を位置づけたいと考えている。

しかもマーシャルは,これらの議論を前提にした上で,静態的理論を動態的に拡張す ることに新たな課題を見出していた。そのために用意したのが,収益法則という発想で あり,その重要な要はもちろん収穫逓増法則であった。

それにもかかわらず学史的には,マーシャルの地代論は,「土地は資本の特定の形態 に過ぎない」(Marshall 1920, 430)という言説によって,土地・労働・資本という生産 要素表記に換えて,L(あるいは

N)

,Kあるいは国民所得の賃金と利潤への分配とい う数学的・統計的処理のしやすい

2

要素表記を定着させるという絶大なる影響を与え た。このことは本稿の結論というより,筆者の今後の研究課題であると考えている。

参照文献

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────(1891),Principles of Economics,London : Macmillan and Co. Limited.

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(17)

1刷以外に1991(第2刷)も利用)。他に大塚金之助訳(1928)『経済学原理』全4 改造社もあ る。馬場訳はMarshall(1961)を底本に,他はMarshall(1920)を底本にしているが,本文に異動 はない。いずれも原書第8版の訳である。

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