中心に
著者 東 良彰
雑誌名 經濟學論叢
巻 69
号 4
ページ 675‑712
発行年 2018‑03‑20
権利 同志社大學經濟學會
URL http://doi.org/10.14988/00027507
【論 説】
日本の長期停滞に関する考察
*―人口動態の影響を中心に―
東 良 彰
1 は じ め に
本稿では,長期停滞(secular stagnation)に関連する文献や理論を整理すると ともに,日本の長引くデフレ不況について考察する.本稿で特に着目したい のは,人口動態の変化がもたらす影響である.新古典派の代表的な経済成長 理論であるSolow (1956)によれば,人口成長率の低下は一人あたりでみた所得 を増加させる.しかし,バブル経済が崩壊して流動性の罠に陥った日本を考
察したKrugman (1998)では,少子化とそれに伴う生産年齢人口の低下を経済
に停滞をもたらす要因と捉えている.この主張はKeynes (1937)の『人口減少 の経済的帰結』と題するガルトン講演にまで遡る.本稿では,この人口成長 率低下の影響に対する見解の相違について,Eggertsson and Mehrotra (2014)の モデルを足がかりとして統一的な説明を試みる.
この統一的な説明において要となるのは,流動性の罠の存在である.一般 に,リスクを伴う借り入れや投資は若い世代によってより行われる傾向があ る.そのため,人口成長率の低下は長期的には貯蓄世帯数に対する借り入れ
* 本稿は,ブラウン大学のGauti Eggertsson教授の一連の講義から多くの示唆を得て執筆した ものである.またブラウン大学の故Herschel Grossman教授からは,大学院生時代に日本のデ フレ不況に関する示唆に富む指導を受けた.Doshisha Economics Workshopの参加者からも有益 なコメントを頂いた.ここに記して感謝したい.本稿の内容に誤解や誤りがある場合,それら はすべて筆者の責任に帰するものである.
世帯数の相対的な低下をもたらし,均衡実質金利(=自然利子率)を低下させ る.また借り入れ需要の相対的な減少から,インフレ率も低下する.このとき,
中央銀行が名目利子率を十分に下げることができれば,実際の実質利子率を この自然利子率に等しく誘導することができ,完全雇用に対応する所得の水 準は維持される.少子化によって子育てに要する時間が減少し労働供給が増 えるなら,所得の上昇にさえ結びつく.
ところが名目利子率が0%になり流動性の罠に陥ると,中央銀行はそれ以 上に名目利子率を下げて景気を刺激することができなくなる.その結果,実 際の実質利子率は自然利子率よりも高止まりとなり,有効需要が減少する.
子育てに要する時間の減少から労働供給が増えるなら,さらなるデフレの圧 力によって,この減少の効果は増幅される.このようにして,名目利子率が 下限に到達すると,人口成長率の低下が経済に停滞をもたらすのである.こ のような流動性の罠のもとで生じる逆転の現象を,本稿では「少子化のパラ ドックス」と呼ぶことにしたい.
以上のような分析結果を得るにあたって,本稿では関連する既存研究の整理 と考察に多くの紙幅を割く.そうすることで,低下する人口成長率のもとでの 長期停滞仮説の現実妥当性およびその処方箋についても整理したい.本稿の 構成は以下の通りである.次節ではまず,自然利子率と流動性の罠の理論的な 関係について整理し,問題の所在を明らかにする.3節では,日本で自然利子 率が負になる理論的な可能性について,人口動態の影響を中心に既存研究を 整理し考察する.4節では,自然利子率を押し上げる要因についてEggertsson and Mehrotra (2014)を 中 心 に 整 理 し 考 察 す る.5節 で は,Eggertsson and
Mehrotra (2014)によって構築された動学的な総需要・総供給モデルを中心にイ
ンフレ率の内生化について概説する.6節では,5節の総需要・総供給モデル をベースにして,流動性の罠のもとで生じる少子化のパラドックスについて分 析する.7節では,デフレ不況下の日本で生じている賃金低下の影響について も考察を試みる.最後に,今後の展望と残された課題について述べる.
2 問題の所在: 流動性の罠
自然利子率の起源はWicksell (1936)に遡るが,Neo-Wicksellianの枠組みを
提唱したWoodford (2003)によれば,自然利子率とは伸縮的な価格変数のもと
で成立する均衡実質金利であり,その実質利子率の水準のもとで景気中立的 に完全雇用が達成される.今,フィッシャー方程式により,この自然利子率i が与えられ,名目利子率rfも政策変数として与えられるとすると,
rf= -i r (1)
により,物価上昇率rが決定する.このとき,自然利子率を達成する物価水 準の下限値rminは,r=i-rfより,政策変数の名目利子率iが負には設定で きないという制約を考慮して,
rmin=-rf (2)
で与えられる.
このことから,仮に自然利子率が1%で正の水準にあったとすると,経済 のインフレ率がマイナス1%でデフレの状況にあったとしても,名目利子率 のコントロールにより完全雇用は実現できるということになる.ただし後述 のとおり,デフレ下で名目賃金の下方硬直性が生じる場合,デフレを伴う均 衡は完全雇用にならない.そのような追加的な制約も考慮すると,正の自然 利子率であっても,インフレ率が非負で名目利子率が正となる均衡がより望 ましいことは明らかである.
そしてさらに自然利子率が負になると,問題の所在は明らかとなる.仮に 自然利子率がマイナス1%になると,中央銀行が名目利子率を0%まで下げた としても,経済がプラス1%のインフレを実現できなければ,有効需要が不 足するケインズの需要制約の世界から抜け出せなくなってしまう1).このよ
1) ここでの議論とIS-MP (Monetary Policy) モデルとの関連については補論1を参照されたい.
うに自然利子率が負で名目利子率も0%の下限に到達しているとき,実質利 子率をさらに引き下げて完全雇用を実現するにはインフレ率を上げるしかな い.
代表的個人の理論モデルを前提としたKrugman (1998)やEggertsson and
Woodford (2003)では,定常状態における自然利子率は時間選好率のみによっ
て決定される.したがって,たとえば時間選好率に対する一時的な負のショッ クによって自然利子率が一時的に負の値をとるとしても,そのショックが終 われば,自然利子率もまたもとの正の値に戻ることが想定されている.この ように需要ショックが一時的に生じているとするならば,Krugman (1998)で 述べられているとおり,中央銀行が「無責任であることを信じられるように 約束する(credibly promise to be irresponsible)」ことで,期待物価上昇率に働きか け,デフレから脱却することが可能になる2).
しかし個人の異質性を取り入れた世代重複モデルを想定すると,人口動態 などの影響で自然利子率が恒常的に負の値になりうることを,Krugman (2015b) においては認めるに至っている.Eggertsson and Merotra (2014)が明らかにし ているとおり,このように需要ショックが永続的に継続するとなれば,中央 銀行が期待物価上昇率に働きかけたとしても,実際にインフレ期待が生じて デフレ不況の均衡が排除されるとする保証はない.つまり,長期停滞の均衡 を含む複数均衡の可能性を排除できないのである3).
次節で詳述するとおり,Eggertsson and Merotra (2014)は,財政政策でなら 一意的にデフレ不況から抜け出しうることも明らかにしている.実際にアベ
2) 自然利子率がいずれ正の水準に戻るのであれば,現在の名目金利がこれ以上下げられない としても,民間のインフレ期待の高まりによって,総需要を刺激することが可能になる.問 題は,民間のインフレ期待に対して中央銀行はどのように働きかけるのかという点であるが,
Krugman (1998)やEggertsson and Woodford (2003)が明らかにしたのは,景気や物価が上昇しは じめても名目金利を低く保ち続ける強い意志を中央銀行が民間に対して示し,かつ約束しなけ ればならないという点である.
3) 長期停滞仮説の起源はHansen (1939)にまで遡る.この仮説を現在に呼び起こしたのはSummers
(2014)である.本稿で概説するEggertsson and Merotra (2014)では,このSummers (2014)の仮説 と整合的な理論モデルが構築されている.
ノミクスでは,インフレ目標にコミットした金融政策と大規模な財政拡張の 組み合わせを模索してきており,近年の日本経済は完全雇用に近い状況を達 成しつつある.しかし,財政政策で景気回復をはかる場合には,定常状態と して考えたときに政府債務の赤字が持続可能な水準に留まる必要がある.そ してそのために均衡でのインフレ率は十分に高くなければならず,Krugman
(2015b)も懸念するとおり財政政策は諸刃の剣となる側面も有している.
このように考えると,インフレ目標にコミットした金融政策と大規模な財 政拡張との組み合わせは,依然として必要な政策の方向ではあるけれども,
それらの政策のみで永続的なデフレの脱却が難しい場合には,自然利子率自 体をさらに押し上げていくことも急務となる.この課題について検討する前 に,次節ではまず,自然利子率が負になる可能性について,理論的に整理す ることから始めたい.
3 負の自然利子率の可能性
t期とt+1期の2期間を生きる家計iの効用Uitが
Uti=log^Ctmh+blog^Cto+1h (3)
で与えられるとする.ここでCは消費,b!^0 1, hは主観的割引率を表す4). また本稿を通じて,変数の下付き添え字tはt期であることを表し,変数の 上付き添え字mは現役世代(middle),oは引退世代(old)を表す.たとえば,
Ctmはt期の1現役世帯あたりの消費,Cto+1はt+1期の1引退世帯あたりの 消費を表す.本稿では閉鎖経済に限定して議論を進める.予算制約式は以下 で与えられるとする.
Ctm=Ytm+Bt (4)
4) bを主観的割引率,tを時間選好率として,b=1/(1+t)と定義される.家計がもつ時間選好 率を正(t20)と仮定すると,bのとりうる範囲は01b11である.
Cto+1=Yto+1- +^1 r Bth t (5)
ここでは,資本のない世界を仮定し,YtとYt 1+ はそれぞれt期およびt+1期 のみに消費可能な財の初期保有量(endowment)を表す5).すなわち,ある期 の財をその次の期以降に持ち越す方法はないと仮定する.Btは1期間の無リ スク債券(one period risk-free bond)を表す.効用最大化の一階の条件から,Bt は以下の式で表される.
B r
Y Y
11
1 1
t t
to
tm 1
b b
= + ++ - +b (6)
経済の均衡はBt=0(経済全体の貯蓄=0)であるから,自然利子率は r
Y 1 1 Y
t ttom 1
+ =b + (7)
となる.この式から,Yto+1=Ytmのとき,1+ =rt 1 bとなるため,自然利子 率は必ず正になることがわかる6).あるいは,bに対する一時的な負のショッ クのみが負の自然利子率をもたらし,そのショックが終われば自然利子率は 必ず正の水準に戻る.
一方,Yto+11Ytmのもとでは,自然利子率は永続的に負になりうる.極端 な例として,Ytm20,Yto+1=0ならば,rt=-1となる.つまり,引退世代 がその期の初期に保有する財の量が少ないとき,現役世代の段階でより多く の貯蓄に励もうとするが,このモデルにおいては,財を貯蓄して来期に持ち 越すことはできないという暗黙の前提がある.仮に,現役世代がその期の引 退世代に財を貸し付けたとしても,その引退世代は次の期には存在しないた
5) ここで提示しているモデルについて詳細は,McCandless and Wallace (1992)を参照されたい.
6) 01b11のとき,rt20となる.bの取り得る範囲に関しては,脚注4)も参照されたい.また,
代表的個人が無限期間にわたる効用の最大化を行うラムゼー・モデルにおいても,定常状態に おいて1+rt=1/bが成立する.なお,追加的に技術進歩率をラムゼー・モデルに導入しても,
技術進歩率が正であるかぎり,定常状態における自然利子率は正の値をとる.詳細は,例えば,
Romer (2011)を参照されたい.
め,現役世代はその貸し付けに対する返済を次の期に受けることはできない.
したがって,現役世代全体でみた貯蓄の総量が0になるほど十分に利子率は 低下しなければならず,それは均衡において貯蓄の総量に等しい利子率を課 す,すなわちrt=-1を意味する.
次に,資本ストックも含むDiamond (1965)の世代重複モデルについて考える.
前述の経済では,経済全体として次の期に資源を移転する方法は存在しない と仮定されていた.以下では,貯蔵が可能なケースも考える.資本ストック は家計が所有しており,企業にレンタルすると仮定する.このときの資本財 1単位あたりのレンタル率をRtとする.資本ストックはd!60 1, @の率で減耗 すると仮定する.資本財と消費財の相対価格は1とする.このとき,企業に 資本1単位を貸し付けることでえられるリターンはRt-d,他の家計に消費 財1単位を貸し付けることでえられるリターンはrtであるから,裁定取引に より,均衡では
rt=Rt-d (8)
が成立する.
先ほどの資本を含まず,かつ引退世代が保有する財の初期保有量を0とし たモデルから出発して考えると,家計が企業に資本財を貸し付けるごとに,
一人あたり資本の限界生産力=レンタル率Rは低下していき,それに伴う家 計への(消費財の)貸し付けの減少から自然利子率rは上昇していく.そして,
このような変化は,r= -R dとなるまで続く.しかしながら,均衡において,
rt20となる保証はない.一人あたり資本の限界生産力が逓減し,k"3に
おいてfl^ hk "0になることを考慮すると,Rのとりうる範囲はR20である.
したがって,自然利子率rの取り得る範囲はr2-dとなる.つまり,経済が 成熟し資本の限界生産力が十分に低い状況の下では,自然利子率は依然とし て負になりうることがわかる7).
7) 詳細はEggertsson and Mehrotra (2014)も参照されたい.
自然利子率が負になる可能性についてもう少し具体的に検討するため,
Diamond (1965)の毎期2世代で構成される世代重複モデルの定常状態における
自然利子率の値を考える.一人あたり資本の限界生産性は一人あたり資本の 大きさに依存するが,定常状態における一人あたり資本の大きさは,人口成 長率gt,技術進歩率xt,時間選好率tなどの値に依存して決まってくる.今,
一人あたりの生産量をyt,一人あたりの資本量をktとして,一人あたりの生 産関数がyt=ktaで表されると仮定する.ここで生産関数はコブ=ダグラス型 を仮定しており,a!^0 1, hは資本分配率を表す.このとき,Diamond (1965) の世代重複モデルの定常状態における自然利子率rは,以下のように表され る8).
r 1 a 1 g 1 x 2
a t d
= - ^ + h^ + h^ + -h (9)
したがって,人口成長率以外のパラメータは現実に想定しうる値のまま9), 人口成長率だけを低下させると,定常状態における一人あたり資本が増加し て,資本の限界生産性や自然利子率も低下することがわかる.
そして人口成長率が負になれば,自然利子率も負になりうることが確認で きる.例えば脚注9)のパラメータのもとでは,人口成長率が約マイナス1.3%
(-0.013)まで低下すると定常状態の自然利子率は負に転じる.そして近年の 生産年齢人口の成長率をみると,2012年はマイナス1.4%(-0.0143),2013年 はマイナス1.5%(-0.0145),2014年もマイナス1.5%(-0.0146)となっている.
また平田(2016)でも示されている『日本の将来推計人口(平成18年12月推計)』
(社会保障・人口問題研究所)によれば,今後とも生産年齢人口成長率のトレン
8) 詳細は,Romer (2011)を参照されたい.Romer (2011)では家計の瞬時的効用関数に相対的危
険回避度一定(CRRA)の効用関数が用いられている.その相対的危険回避度が1に収束するとき,
瞬時的効用関数は対数型となる.(9)式はこの対数型のもとで導かれている.
9) 年率換算の値が資本分配率a=0.3,技術進歩率x=0.01,時間選好率t=0.01,固定資本減
耗率d=0.085として1期30年で試算.詳細については,平田(2012)を参照されたい.なお t=0.02として計算された平田(2012)のケースでは,人口成長率がマイナス1.8%にまで下が ると自然利子率は0%になる.
ドは下落傾向にある.
このように資本を含み毎期2世代で構成されるDiamond (1965)の世代重複 モデルにおいても,人口構成の変化が自然利子率に影響を与え,人口成長率 が負のもとでは自然利子率も負になりうる10).またDiamond (1965)の世代重 複モデルの延長線上に,自然利子率をさらに低下させてしまう要因も考えら れる.例えば,死亡リスクの低下(引退世代の寿命の増加)は,それ自体とし ては当然に望ましい変化であるが,労働世代のときの貯蓄を増加させるため,
自然利子率をさらに下落させる要因になる.
さらには資本投資に対するリスクの存在も,自然利子率を低下させる要因 になると考えられる.例えば資本を所有することに対するリスクプレミアム を考慮すると,
Rt- = +d rt i (10)
となる.つまり,資本投資が選好されるために最低限必要な収益率は,無リ スク債券のリターンにリスクプレミアム分 を上乗せしたものでなければなら ない.したがって,仮にi20とすると,実物投資の収益率が無リスク債券の リターンを上回ったとしても^Rt-d2rth,資本への投資と無リスク債券への 投資が無差別になるということは起こりうる.上式より,
rt=Rt- -d i (11)
となるので,例えばRt-dが5%の場合でも,iが6%ならば自然利子率は
マイナス1%になる.このようにリスクプレミアムを考慮した自然利子率は,
Rt20より,
10) Solow (1956)のモデルでも,定常状態において,定性的に同様の結果が得られる.なおこれ
らのモデルでは,自然利子率と人口成長率の値が一般に異なりうるため,完全雇用の状態が動 学的に効率(r2n)となるかどうかはわからない.動学的に非効率な場合の政策に関する議論 は補論2も参照されたい.
rt2- -d i (12)
となり,リスクプレミアムを考慮しない場合よりもさらに低い負の値となる ことがわかる.このリスクプレミアムに関する議論は,資本だけでなく,土 地に関してもあてはまることに留意したい11)12).
4 自然利子率を上昇させるには
前節で確認したとおり,資本を含むDiamond (1965)の世代重複モデルにお いて,人口成長率の低下は自然利子率を低下させる.その理由は,人口成長 率の低下が1人あたりの資本を増加させて,1人あたりの資本の限界生産性 を低下させることにあった.そして人口成長率が負になれば自然利子率も負 になりうることは,2節でも確認したとおり,深刻な問題を内包している.
人口成長率の低下が自然利子率の低下をもたらす理由としてその他にも重 要と考えられるのは流動性制約に直面する家計の存在である.一般に,年齢 の若い家計ほど,流動性制約に直面する割合も高い.そして,流動性制約に 直面する家計は,消費の水準が借り入れ制約の上限に制約される.したがって,
若年世代(young)が多ければ,家計全体でみた借り入れの水準も大きくなり,
その分,資本への投資は減少するので,資本の限界生産性および自然利子率 はともに上昇すると考えられる.これに関連する重要な研究はEggertsson and Mehrotra (2014)の毎期3世代からなる世代重複モデルである13).以下では,
単純化のために資本を捨象して構築された基本的枠組みについて説明する.
11) 土地は減耗しないが,人口減少下にあって地価が下落すると予想される場合,土地の限界生 産性が正であっても,その土地の期待収益率が負になることは起こりうる.詳細は,Krugman (1998)を参照されたい.
12) また,各企業が自社製品に対してある程度の価格支配力を有する独占的競争のモデルでは,
均衡においてRt1fl^ hkt となっている.したがって,独占的競争モデルの均衡においては,
k
fl^ ht-d20だがrt=Rt-d10ということは,より一般的に起こりうると考えられる.詳 細は,Eggertsson, Mehrotra and Robbins (2017)を参照されたい.
13) 毎期3世代からなり資本が存在しない世代重複モデルの定常状態において,実質利子率が負
になりうることを最初に示したのはSamuelson (1958)である.
まず,効用関数は以下で与えられ,
Uti=logCty+blogCtm+1+b2logCto+2 (13)
予算制約式は以下で与えられる.
Cty=Bty (14)
Ctm+1=Ytm+1- +^1 r Bth ty+Btm+1 (15)
Cto+2=Yto+2- +^1 rt+1hBtm+1 (16)
^1+r Bth tj#Dt (17)
ここで(17)式に関して,Dは外生変数で借り入れの上限を表す.また若年世 代(上付き添え字のyで表す)のみが流動性制約に服しており,従って若年世代 に関しては(17)式が等式で表されると仮定する.
このとき債券市場の均衡条件は,若年世代の借り入れが,現役世代の貯蓄 と等しくなることであるから,各世代の人口をNで表して,
N Bt ty=-Nt-1Btm (18)
より,人口成長率をgtと定義すると,
^1+g Bth ty=-Btm (19)
となる.したがって,債券に対する需要と供給をそれぞれltdとltsで表すと,
l r g D 1 1
td t t
= + t
+ (20)
l Y D r
Y
1 11
1
ts
tm
t t
to
1 1
b b
= + ^ - - h- +b ++ (21)
となり,均衡における実質利子率(=自然利子率)は,
r
Y D
g D
Y D
1 1 1 1 Y
t
tm t
t t
tm t to
1 1
1
b b + = + b
-
+ +
- - -
^ h +
(22)
となる.つまり,若年世代の流動性制約を考慮した毎期3世代からなる世代 重複モデルでは,現役世代と引退世代の毎期2世代からなる世代重複モデル と比べて,上式左辺の第2項に加えて,第1項が加わることにより,自然利 子率はより高くなる14).したがって資本を含むモデルに拡張した場合にも,
若年層の借り入れ増加が,資本への投資の低下=資本の限界生産性の上昇を 通じて,自然利子率と資本のレンタル率の双方を高めると考えられる.
このことは,若年世代の人口規模や若年世代の借り入れ制約の大きさが自 然利子率の変動に重要な影響を及ぼしうることを示唆している.具体的に,
若年世代が減少したり,若年世代の借り入れ制約がきつくなると15),自然利 子率に下落の圧力が加わる16).
このように人口成長率の低下は,複数の経路を通じて,自然利子率を低下 させる要因になっている.したがって,少子化対策は自然利子率を押し上げ ることが期待されるが,少子化のトレンドを短期に改善することは困難であ ると思われるし,仮に対処できたとしても出生率が上昇してから借り入れ世 代の増加となって表れるまでには一定の期間を要する.
その意味で金融政策と財政政策の果たす役割は依然として大きいといえる が,Eggertsson and Mehrotra (2014)の分析でも明らかにされたとおり,金融 政策だけではデフレ不況の均衡を排除できないという問題がある.しかも金 融政策は,貯蓄性向の高い資産家をますます富ませるだけであって,このよ
14) Dが0のとき,(22)式は(7)式と一致することに留意されたい.
15) Eggertsson and Krugman (2012)とは異なり,Eggertsson and Mehrotra (2014)では,Dtの低下(突 然の債務圧縮:Deleveraging shock)が自然利子率を恒常的に負へと追いやる可能性のあるこ とが明らかにされている.
16) またEggertsson and Mehrotra (2014)は,Summers (2014)に基づき,IoT技術等の進展によ る資本財の(消費財に対する)相対価格の下落傾向が,自然利子率下落の一要因になることも 理論的に明らかにしている.
うな資産格差の拡大は有効需要の創出に結びつきにくい可能性も懸念される.
一方,政府債務の増加は,それが永続的なものであれば,自然利子率を押し 上げることができる17).この点について確認するために,政府も含めた場合 の家計の予算制約式について,変更される式のみを書き表すと,
Cty=Bty-Tty (14)′
Ctm+1=Ytm+1-Ttm+1- +^1 r Bth ty+Btm+1 (15)′
Cto+2=Yto+2-Tto+2- +^1 rt+1hBtm+1 (16)′
となる.ここでTは各世代に課せられた各世帯あたりの租税を表す.
このとき債券市場の均衡条件は,若年世代と政府の借り入れが,現役世代 の貯蓄と等しくなることであるから,
N Bt ty+Nt-1Btg=-Nt-1Btm (18)′
より,
^1+g Bth ty+Btg=-Btm (19)′
となる.ここでBtgは1現役世代あたりで表した政府債務を表す.したがって,
l r g D B 1
1
td t t
t g
= +
+ + (20)′
l Y D T r
Y T
1 11
1
ts
tm
t tm
t to
to
1 1 1
b b
= + - - - +b +
-
- + +
^ h (21)′
となる.また政府の予算制約式は以下のように表すことができる.
17) Diamond (1965)も参照されたい.
B T 1 g T 1 1g T G g r B
1 1 1
tg ty
t tm
t o
t t t tg
1 1 1 1
+ + + + + = + + +
- - - -
^ h t ^ h
B T 1 g T 1 1g T G g r B
1 1 1
tg ty
t tm
t
o t
t t tg
1 1 1 1
+ + + + + = + + +
- - - -
^ h t ^ h (23)
ここで,Gtは1現役世代あたりで表した政府支出を表す.ここで定常状態を 仮定すると,政府を捨象するケースは,To=Tm=Ty=0,G=0より,
Bg=0に対応している.今,Ty=T),G=G),Bg=Bg)とする.また,
単純化のため,以下のような財政ルールを仮定する.
T 1 r T T 11
m o
=b + = (24)
政府の予算制約式である(23)式は,(24)式のTを調整することで常に等式で 満たされるとする.(24)式を(23)式に代入すると(21)式に等しくなることか ら,(24)式の財政ルールを仮定することで,財政政策によってlsは影響を受 けないことが保証される.以上のもとで,均衡における実質利子率(=自然利 子率)は,
r
Y D B
g D Y
1 1
1 11
m g
o
b b + = b
+ - -
+ + +
^
^
h h
(22)′
となる.(22)’式より,政府債務の増加は自然利子率を上昇させることがわか る.
経済が流動性の罠に陥らないために永続的な政府債務の増加も必要である とする考え方は,すでにMinsky (1986)が主張していた.ただし,政府債務の 増加によって自然利子率を押し上げようとする場合,長期的には政府債務残 高の対GDP比が増加し続けないように留意する必要がある.具体的に,政府 が基礎的財政収支(プライマリーバランス)をゼロに保つとすると,政府債務 残高の対GDP比が増加しないための条件はr#nで与えられる.したがって,
政府債務の増加によって自然利子率の押し上げを期待する場合には,実現さ
れる実質利子率がr#n10の水準に保たれるよう,十分にインフレ率は高く ならなければならないという追加的な制約が加わることになる18).このよう に考えると,自然利子率を押し上げる手段として財政政策に頼りすぎること にも長期的にみればリスクが伴う.したがって,政府債務の増加による拡張 的な財政政策に加えて,自然利子率を押し上げるためのさらなる政策を同時 的に実行していく必要がある.
そこで候補となる政策には,次のようなものが考えられる.まず,Diamond
(1965)の基本モデルでは引退世代(old)の所得はゼロと仮定されていた.しか
し,賦課方式による年金受給があるケースも想定すると,現役世代の貯蓄が 減少するため,自然利子率は上昇するはずである19).このことから,賦課方 式による将来の年金受給額がより明確になり家計の不安が解消されれば,現 役世代の貯蓄が減少し,自然利子率は上昇すると考えられる20).
またEggertsson and Mehrotra (2014)で分析されているように,世帯所得の 格差を縮小する目的で,現役世代における貯蓄世帯と借り入れ世帯を区別し て,前者から後者への所得分配が行われるものとする.この所得分配に際して,
経済全体の総所得は変わらないものとし,貯蓄世帯と借り入れ世帯の比率も 変わらないものとする.このような,一般に限界貯蓄性向の高い家計から限 界貯蓄性向の低い家計への所得の分配が行われるとき,有効需要が増加する とともに,自然利子率も上昇することが期待される21).
もっと長期の観点にたてば,ワークライフバランス政策などを通じた少子化 への対策は自然利子率を上昇させることが期待されるが,先述の通り,借り入 れ世代の増加となって効果が表れるまでには一定の期間を要する点に留意する 必要がある.それよりも速く中長期的に効果が期待でき根本的な解決策となる
18) 補論2の考察も参考にされたい.
19) このような政策は,先述した国債発行による自然利子率の上昇と基本的に同じ性格をもつ.
20) ただし,このような自然利子率の上昇がパレート改善となるためには,経済が動学的に非効 率(r1n)である必要がある.補論2の考察も参考にされたい.
21)正規労働者と非正規労働者との間の格差是正は,世帯間所得を平等化するのであれば,この ような所得分配と整合性をもつように思われる.
のは,やはり技術革新によって生産性の上昇をはかり自然利子率を押し上げる ことであろう.Eggertsson and Mehrotra (2014)の基本的枠組みで,技術革新が 自然利子率を上昇させる経路は二つある22).前述の(14)式から(17)式の予 算制約式において,Ytm+1=At+1Yum,Yto+2=At+2Yuo,Dt=At 1+ Duとする.
ここでAは技術の水準を表し,チルダ記号のついた三つの変数^Yum,Yuo,Duhは 定数を表す.Duに関してはq!^0 1, hを一定としてDu=qYumが想定されている.
このとき,
l A l
r g
A A D 1
1
td t td
t t
t
= = + t 1
+ +
u u
(20)″
l A
l Y D A
A
r Y
1 11
1
ts t ts
m
t t
t 1 o
b b
= = + - - +b + +
u u u u
^ h (21)″
より,均衡における実質利子率(=自然利子率)は,
r A A
Y D g D
A A
Y D
1 1 1 1 Y
t t
t m
t
t t
m
1 1 o
b b + = + b
-
+ +
-
+ +
u u
u
u u
^ h u
(22)″
となる.右辺の第1項に表れるAt+1 Atの上昇は,技術革新が次期の所得増 加を通じて若年世代の借り入れ制約を緩め,借り入れを増加させる経路であ る.そして右辺の第2項に表れるAt+1 Atの上昇は,技術革新が次期の所得 増加を通じて現役世代の貯蓄を減少させる経路である.いずれの経路も,技 術革新が今期の需要を喚起することにより,自然利子率を上昇させる23). Diamond (1965)の世代重複モデルをベースに考えると,生産年齢人口の成長 率が負の状態になっている日本においては,今後もしばらく自然利子率が正 なのか負なのかについて不確実な状況が継続する可能性がある.このような
22) この点についてはEggertsson, Mehrotra and Robbins (2017)を参照されたい.
23) アメリカにおいて技術進歩率の長期的な低下傾向は自然利子率の長期的な低下傾向に大きく 寄与していることが,Eggertsson, Mehrotra and Robbins (2017)によって示されている.
状況の問題は,流動性の罠からの脱却を困難にすることである.その意味で,
Minsky (1986)が強調していたように,政府債務の増加というコストを支払う
ことは,自然利子率を安定的に正の水準に保つために必要だと考えられる24). しかしこの方法は,長期的には政府債務を維持可能なものとすることが前提 にある.したがって,本節で概観した技術革新を含む様々な方法も組み合わ せて自然利子率をさらに押し上げていくことが急務といえるだろう.
5 総需要・総供給モデル
本節では,Eggertsson and Mehrotra (2014)で構築されている動学的な総需要
(AD)・総供給(AS)モデルについて説明する.2節および補論1でも概説し たとおり,すべての価格変数が伸縮的な下では,完全雇用に対応する国民所 得の水準(=自然産出量)が実現する.本節のモデルでは総需要曲線と総供給 曲線の交点として,インフレ率Pも内生化される.しかし,名目賃金の下方 硬直性を部分的に取り入れることで,均衡において非自発的失業が生じうる モデルとなっている.なお均衡の分析は1現役世帯あたりの国民所得および インフレ率が一定となる定常状態についてのみ行う.
まずは総供給(AS)曲線から説明する.生産関数は以下の通り与えられる25). Ytm=^ hLtd a (25)
ここで,Ymは1現役世帯あたりの生産量,Ldは企業の労働需要量を表す.
企業は利潤最大化により,上式の生産関数,名目賃金Wtおよび物価水準Pt が与えられた下で,以下の式で表されるとおり,労働の限界生産力が実質賃 金に等しくなるように労働需要(雇用)量を決定する.
24) また,財政政策なしでは流動性の罠に陥ってしまうことが確実な場合,金融政策と財政政策 が互いに完全に独立と考えることは困難であるように思われる.
25) このモデルでは,単純化のため,Yto=0を仮定している.
P
W L
t t
td 1
=a^ ha- (26)
ここで,名目賃金については下方硬直性を考慮した分析を行う.つまり,名 目賃金が下落する場合にも労働市場の需給が均衡するほど十分には下落しな いと仮定する.具体的に,名目賃金に対して以下のようにW
u
で表される規範(wage norm)があり,その水準以下には名目賃金は下がらないと仮定する.
W
u
t=cWt-1+ -^1 chWtflex (27)ここでWtflex=P Ltara-1は実質賃金が完全に伸縮的に調整する場合に達成 される名目賃金の水準を表す.Lrは完全雇用に対応する労働供給量を表す.
, 0 1
!
c 6 @は名目賃金の伸縮の程度を表しており,c=1は名目賃金の完全な 下方硬直性に対応し,c=0は名目賃金の完全な伸縮性に対応する.
一方,名目賃金が上昇する場合には,必ず労働市場の需給が均衡するように 完全に調整すると仮定する.したがって,名目賃金は以下の式により決定する.
Wt=max_W W
u
t, tflexi (28)今,完全雇用が実現している状況を考えると,労働需要量が労働供給量に 等しくなるよう実質賃金は調整されていなければならない.(26)式より完全 雇用のもとで実質賃金は一定になるので,物価上昇率が正のとき名目賃金率 も同じ率で正になる.つまり,P$1のときには(25)式より完全雇用に対応 する国民所得の水準でAS曲線は垂直になる26).
一方,物価上昇率が負のときには名目賃金率も同じ率で低下しなければ完 全雇用は実現しないが,wage normにより,実質賃金一定を維持するほどには 名目賃金は低下しないことが仮定されている.つまり,P11のときには,物
26) 同様にして,物価上昇率が正の状況下では,物価上昇率の低下に対して,名目賃金も同じ率 だけ低下して,実質賃金は一定に保たれる.この実質賃金のもとで完全雇用が実現している.
いずれにしても,インフレ下においては,AS曲線が垂直になる.
価上昇率の低下に対して,名目賃金が下方硬直的になる,あるいは下落する としても労働市場の需給が均衡するほど十分には下落しないことから,実質 賃金が上昇して企業の労働雇用量と財・サービスの生産量は減少する.この ようにして,P11のときには,AS曲線が右上がりになる.(25)式,(26)式,(27)
式を用いて,P11のときの定常状態におけるAS曲線は以下の通り表される.
Y
1 1 Yf c 1
P = - -c a
-a
^ hc m (29)
ここでYfは完全雇用に対応する1現役世帯あたりの生産量を表す.
次に総需要(AD)曲線を説明する.AD曲線は,(30)式,すなわち4節で求 めた(22)式のIS曲線27)と(31)式のテイラー・ルールと(32)式のフィッシャー 方程式28)から,rtとitを消去して得られるPtとYtの組み合わせである29).
r
Y D
1 1 1 g D
t tm
t t t
b 1
+ = +b
- +
-
^ h :IS曲線 (30)
1 it max1 1, i t P + = +) P)
zr
^ hc m
< F :テイラー・ルール (31)
r i
1 1
t t
t
+ = P+
:フィッシャー方程式 (32)
(31)式のテイラー・ルールに表れるzrは,zr21であることが仮定される.
27) 先述の通り,このモデルでは単純化のため,Yto=0を仮定している.また名目利潤をZtで
表すと,Ytm W L Z P
t t t t
=^ + h に等しい.ここで労働供給量Ltに関して,家計はLrの労働力 を保有するが,企業の労働需要量Ltdを与えられたものとして行動すると仮定する.つまり家 計は,企業の労働需要に応じて決定される自らの実際の労働供給量を与えられたもとで,消費 と貯蓄への最適配分を行う.詳細はBarro and Grossman (1971, 1976)を参照されたい.
28) t-1期とt期の間のインフレ率をPt/P Pt t 1-と定義する.なお本稿では,フィッシャー 方程式に関して,Pet 1+=Pt,すなわち適応的期待を仮定することにする.
29) テイラー・ルールとフィッシャー方程式から1+iを消去することでMP曲線が導かれる.(31)
式と(32)式から導かれるMP曲線は,縦軸にr,横軸にYをとるとき,水平になる.IS-MP モデルの理論的な構造についての概説は補論1を参照されたい.
これは,インフレ率が1%上昇したときに中央銀行が名目利子率を1%以上引 き上げる,あるいは,インフレ率が1%下落したときに中央銀行が名目利子
率を1%以上引き下げることを意味し,テイラー原理と呼ばれる.同じくテ
イラー・ルールに表れるP)とi)は,中央銀行の目標インフレ率とそのもと で(つまり完全雇用のもとで)実現する名目利子率を表しており,中央銀行のポ リシー・ルールとして与えられる30).
(31)式のテイラー・ルールから明らかなとおり,Ptの下落がYtを増加させ るのは,名目利子率が正でその操作が可能なことによる.名目利子率が0%
になれば,それ以下に引き下げることが原則できなくなり,Ptの下落は実質 利子率の上昇を通じてYtの減少を伴う.これによって,前者のケースのAD 曲線は右下がりとなり,後者のケースのAD曲線は右上がりとなる.
(30)式,(31)式,(32)式を用いて,定常状態における総需要曲線は以下の 通り表される.
; . Y
D g D for i
D g D i
1 1 1 0
1 1 0
1 2
b b
b b
C P P
=
+ +
+ + =
) zr-
c ^
c ^
m h
m h
*
++ for (33)ここでのC)/^P)hzr ^1+i)hはテイラー・ルールによって与えられるパラ メータで構成される.
以上のようにして,AD曲線とAS曲線を描くことができ,その交点とし て,定常状態におけるPとYが内生的に決定する.このとき,(31)式のテイ ラー・ルールからiが,さらに(32)式のフィッシャー方程式からrが同時に 決定している.また自然利子率は(30)式においてYmが完全雇用に対応する 水準となるときの実質利子率として決定する.二つの代表的な均衡である完 全雇用均衡とデフレ均衡がそれぞれ第 1 図と第 2 図の点Aによって示されて
30) 目標インフレ率のもとで完全雇用が実現するとすれば,P)$1かつ1+i)= +^1 rfhP)で あり,中央銀行はそのようなP)を設定できると仮定する.補論1の脚注39)も参照されたい.
1.00
1現役世帯あたり所得 物価上昇率
AD曲線 AS曲線
A B
C
第 1 図 少子化と経済成長
第 2 図 少子化のパラドックス 1.00
1現役世帯あたり所得 物価上昇率
AD曲線 AS曲線
A
B C
いる31).Eggertsson and Mehrotra (2014)では,デフレ均衡の比較静学を通じ てさまざまな興味深い分析結果が得られている.ここでは詳細は割愛するが,
インフレターゲット政策が複数均衡をもたらすこと,また政府の借り入れに よる財政政策であれば複数均衡を回避しうることを挙げておきたい.
6 少子化のパラドックス
6節と7節では,前節で概説したEggertsson and Mehrotra (2014)の動学的な 総需要・総供給モデルをベースにして,日本の長期化するデフレ不況のもと でしばしば議論となる二つの重要な問題を考察する.本節ではまず,人口成 長率の低下が1現役世帯あたりの所得に与える影響について分析する.
単純化のため,本節では,現役世帯の労働供給に関して労働供給時間も考慮 する.具体的に,1現役世帯あたりの総時間を1,1現役世帯あたり2人の子供 の子育てに費やす時間をx!^0 1, h,1現役世帯あたりの潜在的に失業となりう る総時間をnt!^0 1, h,1現役世帯あたりの子育てしていなければ失業となっ ていた時間を^1-i nh t,1現役世帯あたりの子育て時間以外に実際に失業する 時間をintとする.(すなわちi!^0 1, hは,潜在的に失業となりうる時間の中で,実際 に失業した時間の割合を表す.)また,1現役世帯あたりの子供数が2人のときに nt=1と表す.分析の単純化のため,nt=1のときに人口は時間を通じて一定 になるとし,1現役世帯あたりの子供数と人口成長率との間に,nt= +1 gtの等 式が成立すると仮定する.このとき,1現役世帯あたりの供給可能な労働時間は Lrt= -1 xnt (34)
1現役世帯あたりの実際の労働供給時間は
Lt= -Lr int (35)
31) 通常,デフレ均衡では,流動性の罠に陥っており名目利子率は0%のため,貨幣と債券(国債)
は完全代替となっている.そして,Eggertsson and Mehrotra (2014)のモデルでは,これらの無 リスク資産の実質量が定常状態で一定になると仮定されている.換言すれば,デフレ均衡にお いて,これらの無リスク資産の名目量は,デフレーションと同じ率で縮小する.