井川憧亮絵画展 中国、黒龍江省美術館 H450 1999.8 ⑬ ‑⑳
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井川憧売絵画展 中臥 黒龍江省美術館 H450 1999・8 準備 ⑳‑㊨
長崎大学教育学部紀要一人文科学 ‑ N0.60,47‑62(2000.3)
寄せ ては返す海 :絵 画 Ⅰ
( 1 9 9 9 )
井
川憧 亮
は じめに〜個展 を回顧 する?〜
回顧す る歳 になったのか なと思 う。 その反面,いやそ うあっていけない と心 の どこかで 思 う。 それはおそ ら くまだ若いか らと言 って見栄 を張 っている。つ ま り,回顧す る とは, それな りに歳 をとって きたので感慨深い ことばか りで終 わるだろう し,結果的 に自慢 げな ことにな りは しないか, きっ と。 それが嫌 なのだ と思 う。
もしか した ら,私の 自身の個展 を顧 みることで,例 えば林京子 さんが書 いた ように被爆 者 としての体験 を通 した自己内省的な表現 (註1) とまでは及 ばないが,私 な りにこれ ま での作 品作 りに思い込 んでいた ことと,現実 に起 きて流れて見 える作 品作 りとの差 に何か 気がつ くこともあろ う。 そ して, これか ら先の展開が少 しで も予測で きるか もしれない と 考 えるか らこそ,回顧す るのだ と思 うが,なんだか言 い訳 を している自分 を見 るようだ。
個展 の意義 を説明す るのに,最近の私 は "何 よ りも楽 しい空 間 を .′そ して, だれで も 楽 しめるような空間を設営 したい",更 に言 えば …個展 とは, これ まで の 自己 とこれか ら の 自己 を見つめ直す時空 ・場 (重力)であ り,そ もそ も現在の 自作 に対す る思考やその展 開 を検証す ることで もある" と, この ような思いで これまでや り続 けて来た ように思 う。 従 って,その ことを回顧す ることは無駄ではなかろ う。 反面,回顧 は した くない と,ふ と 思 った りす るのだが‑0
回顧 のスター トライン
思い出は, もうここには無 く,去 った事物 ,消 えた過去や事象 だ。けれ ども心の どこか に残 っている。 繰 り返す波の ようだが,現 に見 えないがいつ もあるようなつかみ どころの ない幻化 で もあろ う。ある断片が走馬灯 の ように浮かび上が って くる0
今思い出す ところか らス ター トさせれば よいのに,何故か変 な欲が 出て,いつ (どの辺 り)か らした方が良いか と悩 む。つ ま り,文脈の構想 を練 ろ うとしている。多分, フラン ス に留学前後か らのス ター トにすれば芸術 の香 りが,あるいは,長崎 に移住 して きてか ら にす る と文明開化 の音が文 として弾みが出るだろ う。 それ に個展 だけでな くグループ展や 地域文化 との関連 も併せ ることも必然 的 となろ うと,あれ これ思い巡 らせ る。
そ こで,最 もや り易 い方法 はまず,新作か ら,現在 の心境や状況か ら述べ ることか ら始 めると,記憶がす ぐによみが えって くるはず だ。で も, こんなことがあった。昨夜夢 を見 た。見た ことだけは覚 えているが,何 の内容 だったか全 く思い出せ ない。ある夜 中,ふ と 目が覚めた。確 か に夢 を見ていた。いつ も忘れるので今度 こそは忘れず にお こうと寝床で
56 井 川 僅 亮
反す うしてみた ら,それが よみが えって思い出す ことがで きた。で も翌 日になって,確 か 夢 を見 たのだが‑,思 い出せ ない。それか らこんなこともある。 昨 日何 を食べ たのか と思 い出 して も, これが不思議 な くらい思い出せ ない。では今朝食べ た ものは ?それ さえ も忘 れて しまった。
私 に とって制作 を していることは,食事 の ように定期 的 に とっているの と似 ているな と つ くづ く思 う。 しか も,私の場合 ,決 まった9つの絵 の具 をシステマテ ィックに使用 して いる。その ように仕始めたのが20代 の後半 だか ら30年以上 も続 けていることになる。 同 じ ことの繰 り返 しだか ら, 日課の如 く同 じ色 ばか りが何年 もいつ も決 まって画面に並ぶので, それ を見かねた身内か らあんま りだ とか,マ ンネ リだ とか言 って注意 された こともあった が,その忠告 も飽 きれ果て られて しまった。最近 はそんなことも言 われず,寄せ ては返す 海の ように飽 きもせず,同 じ作業の繰 り返 しを している。
この ような状況の中では一体何 を思 い出す ことがで きようか。私の仕事がマ ンネ リ的作 業であ り,同 じことの繰 り返 し故 に単純 だか ら返 って思い出す ことは困難 に近い ?ひ ょっ とす る と同 じ繰 り返 しだか ら,そのパ ター ンをまとめて しまえば案外 ,容易 に思い出す こ とがで きるか も知れない ?
とに角 も,あれ これ言 って も始 まらない。最近の出来事 か ら述べ ることに しよう。
最近 の出来事,渡中の話 が
私の研 究室 に中国か らの留学生で張正徳君がい る。 昨年暮 れ,彼 か ら 「ハ ル ビン師範大 学か ら井川先生 の作 品展 を したい との ことですが, どうで しょうか」 と伝 え られた。 こん な話 はあ ま りに も唐突であ り過 ぎ,それ に私一人だけの作 品発表 とは‑,回 りの学生達 に
も目を配 りなが ら,それ こそ半信半疑で大 きなため らいが残 った。
そ して,す ぐに思 った ことは,かつて蒙古草原 を馬 で飛 ば していた と言 う父か ら 「草原 の朝焼 けが赤紫色 にたなび くころお前が生 まれたのだ よ。 蒙古 の王様が羊 の肉 を大皿一杯 にお前 の誕生祝 いに持 って来て くれた よ」 と,幼 い ころ聞いた父 (註2)の声が よみがえっ て きた ことだった。その陸続 きである大地で発表がで きることの不思議 さや感慨深 さもあっ てか,繰 り返すが,そ こで作 品発表で きるなんて信 じる気 にはなれなか った。
実際 にこの話が具体化 したのは今年 の
5
月 ごろで,張君か ら 「会期がいつ ごろがいいで すか」
と伝 え られてか らである。 しか しなが ら現 に机上では向 こう1年のスケジュール も 一杯 の私である。 それ までは中国での作 品展 は夢 の夢 と私の中で思 い続 けていたが,張君も 「返事 を して くだ さい」 と会期 の決断が迫 られた。いや本 当の ことになったのか と不安 が横切 りなが らも,「以前 も話 していた ように8月下旬 ごろな ら,家族 も旅行 が で きるの で, どうか なあ」 と伝 えた。
6月になってか らハ ル ビン師範大学校 か ら招請状 が届 いた。い よい よと中国行 の実感が 一寸沸 いて きた。その ころ韓 国の昌原大学校 との交流展 (註3)の準備 と重 な り,平行 し なが ら送 られて来たFAXの図面 を見 なが ら制作 を本格 的に始めることに した。
作品作 り,デ ッサ ンか ら
まず,作 品 を設置す る図面起 こ しであるが,その前 に展示会場 に どんな渦巻 きにす るか のイメージデ ッサ ンを試み る。(写真㊧ )通常 の場合 は この ような作業 は頭 の中でや るこ
寄せては返す海 :絵画Ⅰ 57
とが多 く,つ ま り,ぶっつけ本番が これ までの制作過程であった。何故か と言 えば自己に 対 して よ り確 かな感性が リアリテ ィを持 って作品上 に表現で きるか らだ。 ところが教員 を している と学生達 にあることを説明す る場合,模型.を用意 して語 ると理解 され易 いので, この ところ模型 を作 り始めたわけである。
渦巻 き作品は今 まで人や,特 に車椅子で通れる幅 をいつ も気 を使 って考案 して きたが, 今度は場所が 日本の ようなせせ こましい所でない。中国のイメージは夢 にまで出て くる草 原の騎馬上の父 を思 って,渦巻 きの間幅 は馬が通れる通路 を作 ってみ よう。 また,図面 を 見 ると黒龍江省美術館会場 には,柱が4本1列 に入 り口左方 に並んでいる。 これ も配慮せ ねばな らぬだろう。
渦巻 きの立面図を作成 し紙貼 り合 わせの検討 をす る。(写真⑳ )つ ま り, この紙貼 り合 わせは天井 までの高低 と関わ り,その リズム と歩いて見 る方が どんな見方 を して行 くか を シュ ミレーシ ョンす ることにある。 ここらあた りの想像が一番楽 しい ところである。それ は‑か八かの決断に迫 られると同時に妥協 しあ きらめに似た放心の境地で もある。
紙貼 りと着彩,そ して,超過労
続いて耗貼 り作業 に取 り掛かった (写真⑳ )。紙粘 りは
1 1 0×7 6 c m
(縦 に して2‑3
枚 × 横5列 )のシコク ・コピー (紙の商品名)をつな ぎ足 して一枚の大 きな紙に仕立て上げる。繰 り返 して言 えば,縦
2‑3
枚足 した ものを横5
列でつな ぎ,それを1
組 となるように組 んで行 く。 全体的には16組 を作 ることとなった。その全長は64メー トル となった。 これは 偶然 にも,初めて渦巻 き作 品作 りに挑戦 した'95年 山口県立美術館で発表 した作 品 (註 4)と同 じ長 さとなった。
どうして渦巻 き作 品 となったかの理由については,私 な りに本紀要前 々号 (註5)に書 いたが,作 品を実際見た方か らの感想 と最近読 んだ新聞記事 を紹介 してお こう。前述 した 山口県立美術館 で渦巻 き作 品に出会 ったあるご婦人が 「渦巻 きの中に何 げな く色 とりどり に包 まれて どん どん引 き込 まれて行 きました。渦の中心 に来てあ とを振 り返 った とき,ふ と,今 まで来た道 と自分の人生 とが重 な り合い,作品の持つエネルギーを痛感 しま した」
と語 って くれた。新聞紙上で最近見つけた言葉 として 「こころが乱れた り,か らだが病 ん だ ら,歩いて きた道 を振 り返 ってみる」エ リコ ・ロウ (註6)があった。 まさしく,私の 渦巻 き作 品その ものを代弁 している とも思われた。
5月未か ら6月上旬の土 日を利用 して終 日紙貼 り作業 に専念 した。その後着彩 の作業が 始 まったが, 6月下旬か ら 7月初めまでの間,韓 日国際交流展で渡韓 して忙 しく,帰国 し た翌 日か ら月末まで終 日着彩 を続 けた。 もちろん紙面の表裏 に着彩 を施す。(写真⑮ ㊨ ) 紙貼 り作業 は紙面の大 きさか ら一人作業では とて もや り切れない。そ こで学生 に手伝 っ て もらうか らには,手の内をすべて暴露す る形 とな り,また,作品が大 きいためその上 に 裸足で踏 まない と作業がで きない。こんなことをされるとかな り抵抗 もあ り複雑 な気分 に なるけれ ども,学生達 に実地 における美術 の実習 を兼ねて手伝 って もらう。
夏休みに入 った関係 もあるが,それに して も本質的に手伝 わな くなった学生が増 えたの か と思 うほ どだ。私がゼ ミナール生 に 「助 けて くれ
. ′」
と哀願 して も,中には 「先生はお れ達 を利用 して,間違 ったことを している」 と,文句 どころか反抗 して くるのだった。それで手伝 って くれる学生 はいつ もの研究室 に出入れ している学生3‑ 4人に限 られて
58 井 川 憧 亮
くる。 その人数では作品の大 きさや, また,今 のスケジュール (
7
,8
月には非常勤講師 3名 を迎 えるための準備, 9月公開講座実施予定, 9月上旬 に渡韓 してのグループ展の準 備等 々)では中国行 きまで間に合 わない。そ こで人手不足故 に助 けを求めるのだが,呼び かけて も少 しも来て くれない。従 って作業 は強行せ ざるを得 ない。お まけに私 は3コマ分 (計90時間)を今夏,前期集中講義 として本学部で実施せねばな らな くなったが, もちろん手当はない し, こんな忙 しい と不満だ。それで も学生達の こと を思 えばこそボランティアだ と言い聞かせている。
ついでにい うと, これ まで に も,年間約
1 5
コマ をこの1 2
,3
年 も続 けた後,学部改組 に 伴い, ここ2‑ 3年 は年間約29コマをこな し,週29時間で, ざっと年間1740時間の授業 を 担 当 していることになる。 教務委貞会でS
委員か ら 「これは授業数が多過 ぎではないか。井川 は過労死す るのでは」 とまで言われ,一寸話題 にはなった らしいが,その手立 てに何 か を講 じて くれたか とい うと,その まま現在 に至 っている。 この忙 しさでの積み重ねで, 真夜 中に呼吸困難 に陥った り目まいが して,眠れぬ 日が競 いた りして,ス トレスが相 当蓄 積 しているのだ。
従 って, こうして助 けて くれる3‑ 4人の学生の無欲で献身的な姿 (註7)を見 るにつ け,私 は美 しく感動 まで覚 え深 く感謝 している。彼 らか ら 「先生が作品発表 しな くなった ら,我 々 も長崎大学 も終 わ りです」 と言 う。 彼 らのために も早 くス トレス解消 を しよう。
再びデ ッサ ン2つ,再び紙貼 り作業
表裏着彩が終 わった後,その上 に2つのデ ッサ ンを行 う。 1つは,作 品の稜線 を鉛筆で 息 を止めて一気 にデ ッサ ンを引 く。 この作業が最終的な形態の決定 となる。 つ ま り,渦巻 きに沿 って進 んで行 くとき,作 品の 目線の高 さを自ずか ら意識 させ る重要 な高低 となるか らだ。2つは, この線引 き (デ ッサ ン)を基 にカ ッテ ィングを行 うデ ッサ ンだ。必要 とす る稜線,捨て られる稜線がせめ ぎ合 う。 ハサ ミで これ も一気 に切 る。(写真⑳ ㊨ )
再 び紙貼 り作業 となる。 これは作 品を天井か ら吊 りさげるため,作 品上 にた こ糸 を糊付 けの作業 を行 う。詳細 に言 えば先 に も述べ た ように作品 を飾 るのに吊 りさげる材料 ,ある いは道具であ り,同時に作 品 を補強,あるいは支 える材料 であ り,更 に もっ と大切 なこと は,絵画の周辺 を,あるいは縁 をマスキ ングとい う手法 として生か してい る こ とだ。 (註
8
)本来なら, このマスキ ングによる白は無色の白 とす るが,だが,表裏 による着彩 で透 過 される色が柔 らかな トー ンとしてに じみ出ている し,マスキ ングか らもわずかにに じみ 出る色であい まいな状況 を生み出そ うとしているので,真 っ白でない方がいい。 日本人の 感性 として も。この紙貼 り作業 も強行 して行 う。 もちろん学生 はいつ も3‑ 4人が相変わ らず,終 日何 一つ不満 を言わず に手伝 って くれた。7月未 ようや く作業が終 わった。あ とは作 品梱包で あるが,梅雨明け といいなが らも今年は雨天続 き,段 ボール拾 いでは思 うに任せ ないので 困っている。
やっと,在長崎中国総領事館‑ ビザの申請 と航空券予約の手続 きを行 う時が きた。(註9) 模型作 りと案内状
黒龍江省美術館 での個展作 品の模型 を作 ってそのスケールを見 る。
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本柱 も入れてみる。寄せては返す海 :絵画Ⅰ 59
よ りスケール を見 るため人物 も入れてみ る。 馬 も入れてみ よう。その模 型 を両手で上 げ 目 線 に合 わせて会場 を想像す る。渦巻 きの様子が幾分 な りとも想定で きる。(写真⑳ )
張君が言 うには 「照明器具が入 っているシ ョー ウイ ン ドーケース を使用せず動かせ て し まえば,会場 はそれによって暗 くな り気 になる」 との こと
。
「それか ら4本柱 にそ れぞ れ ついていたシ ョー ウイ ン ドウケース を移動 して片付 けることになる と,その収納庫‑ の移 動が 出来 ない時 は会場 の周辺の空 間に食い込 んで,会場が見苦 しくなるか も?
」 とも言 う。 展覧会案内状 につ いては,その校正用がハ ル ビン師範大 学校 か ら7月半 ば ころFAXに て送信 して きた。2つ折 りと して封筒 にて郵送す る もの と して,8月10日ごろまでに仕上 が って くる との こ と。中国語の案 内状 となるので,想像す るだけで も嬉 しい し,それ に 日 本人で これ までに発表 した こ とが あるのだろ うかな どと余計 なことまで思い を巡 らせ た り す るの だった。張君 の話では 「ハ ル ビンでは,井川先生の個展期間中にヨーロッパ‑の美術研修のツアー の行事があるけれ ども,それ をキ ャンセル して まで先生の個展 を見 ることを優 先 させ たそ うで,ハ ル ビンでは皆 ,井川先生の個展 を楽 しみ に待 っている」 との こ とだ。 「それ な ら 紙作 品だけで な く,いろんな作 品 (オブジェな ども)を持 って行 けば, よ り先生の紹介 と
なる」 な どと学生達の意見 もあ ったが,で もここは欲張 らず1種類 で決めてお こう。
現地 ,黒龍江省美術館 であ き らめの境地 ?
中国での作 品発表の期 間は8月17日か ら30日までの2週間 を予定 としていたが,7月に なってか ら黒龍江省美術館 の都合 に よ り, 8月24日か ら29日の 6日間 と決定 した と通知 を 受 けた。
8月21日北京 を経 由 してハル ビン空港 に到着 した。空港か ら市 内に入 るの に1時間 ぐら いであ る と聞いていたが ,道路工事で凸凹の道 を3時 間 もかか った。ポプラ と白樺並木, 遠景 には トウモ ロコシ畑 ,それに道路両側 に レンガ造 りのバ ラ ック建 てが 目に留 まった。
さらに印象深 かったのは,牛 の群 ,ア ヒルな どが悠 々 と道路 を横 断 した り, ロバや馬の車 が 自然 の豊か さを感 じさせ た ことだった。 ようや く近代的な ビルが建 ち並ぶ市 内のホテル に到着 した。
翌 日の午後 か ら,黒龍江省美術館‑会場 の様子 を見 に行 った。美術館 の外観 は欧風 ス タ イルで堂 々 としている。 (写真⑫ )その右 隣は ビルの建設基礎工事が始 まったばか りで騒々 しく, とにか くも中国は至 る ところで建 国50周年記念 に向けて工事 中であ り,お まけに館 内 も
1
階や3
階 も修理 を していて どこ もか しこもほ こ りっぼか った。黒龍江省美術館2階が作 品展示室 となっていて,窓辺 には古典風 な重 々 しいカーテ ンが 取 り付 け られていた。心配 していたシ ョーウイ ン ドーケースの件 であるが,動 かせ ない こ とが判 明 した。 もう一つ天井 か ら吊 りさげるため,その固定 として釘 の使用が不可 とい う ことになって しまった。一方で世話 を して くだ さるハ ル ビン師範大学 芸術 学 院主任 の 高 井民 教授 らは,私が行 う渦巻 き状 の模型作 品 を見 て 「作 品 をシ ョー ウイ ン ドーケ ース 同 士 の間 を埋 め るようにジグザ クに して並べ れば よいのでは」 とか, また, 「天 井 か ら吊 る 場合 には発泡スチ ロールでで きた棒 で支 えれば よい」 と問題解決 に向けて 「そうしなさい」
と迫 って くる。 ただただ,私 は赤子 の ようにおろおろす るばか りであ った。
以前の発表 において これ までいろいろなケースに遭遇 して きた。今 回のように場所 (国)
60 井 川 怪 亮
が変われば展示 に際 しての諸問題 はある程度あ りうることは仕方 ない として も,正直言 っ て まさか (実現で きるのだろ うか) と思 った。それ以上 に頭 を抱 え込んで しまったのは, 手伝 いに同行 した学生達であった。彼 らは私 に 「作者の思い をきちん と伝 えるべ きです」
と念 を押 して強調す る。
その夜 のホテルで学生 との明 日の展示作業 の打 ち合 わせ で も,彼 らはあ くまで も繰 り返 し 「中国の方か ら 「日本人ははっ きり言 わない ところが多 くておか しい よ。 はっ きり言 っ た らどうだ」 と言 われてい ますので この際,はっ きり言 われた方がいいですよ。本当に
. ′ 」
と諭 される。それで も私 は彼 らに 「ここは中国の地であ ることを最優先 させ よう。そ この 状況 に入 った らそれに従 うしかない よ。その点,全てをあ きらめ大 らか に構 えよう」 と自 分 に言 い聞かせ るように伝 えた。
内心,困惑で一杯 であったが,明 日の出会 いに全てを,それ こそ,成 り行 きに任せ よう。
そ して, これ までやって きた ことを生か し,何 よ りも身体 的な疲れ をとってお こう。
展示場の測量 か ら具体的 な提案へ
その次の 日 (23日),作品展示作業開始 は9時か らであったが,床掃 除, 窓 ガラス拭 き か ら始めた。 この国の掃除の概念 とは,何 だろうか と思 われる ぐらい,ほこ りが積 もりた まっていた。手や服 は直 ちに真黒 に汚れて しまった。す ぐに昼 になった。 レス トランで御 馳走 となるが,中国人の食欲 は毎回の ように庄倒 される。 テーブルに次 々に運ばれて くる 皿の量 は,失礼 なが ら経済的なことも考 え合 わせれば,本当に理解 に苦 しむ くらいの皿数 である。 その前 に昼間か らビール とお酒のス ター トである。 これ こそ大陸的なお国柄 と体 感す る。我 々は食べ なが らも展示の ことを気 にす る。同時 に彼 らに も気 を使 うので,隣の 通訳の張君が 日本人の細やかな態度 を察 して笑 うのである。実 に彼 らは風土的 に も精神的 に も一枚 ,いや何十倍 も上であった。
昼下が り,美術館で難題 に向かって考 える。 日本か らもって来た作 品 とその プランを生 かす ことを前提 に しなが ら,展示可能な案 を練 り直 しそれに沿 って模型 も作 り直 さざるを 得 なかった。そのためには正確 な会場図面の測量か ら始めた。床 タイルの数 を数 えて, こ れ を基 に図面 を起 こす。(写真⑰ )この図面 を模型図面 に写 し,作 品設置のシュミレーシ ョ ンを行 う。 この渦巻 き作 品は,前述 した ように横5列でつな ぎで1組 となる ように組 んだ もの を渦巻 き中心か ら外 に向かって,最終的に16組 となるように並べ,全長64メー トルの 長 さになる ものだった (ナ ンバ ーの振 り方順 は渦巻 き中心のス ター トをNo.16とし,一番外 側 をNllとした). ところが, シ ョーウイン ドーが動かないこととシ ョー ウイ ン ドーの高
さと実際 プランに沿 って作 った作 品の高 さを考慮せ ざるを得 な くなった。
幸い,作 品の並べ る順位 を入れ替 えることで偶然 にもシ ョーウイン ドーケースの高 さを クリアす るように調節で きた。渦巻 き中心か らNo.16‑Na12,続いてNQ5‑NcLlとした。残 っ た
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〜NG9
は渦巻 きの欄外 に配置す ることにす ることで幾分スケールは小 さくなったが, どうにか渦巻 きのイメージを維持す ることがで きそ うである。(写真⑲ ㊨ )この ことを具体的に高先生 に伝 える。 まず, シ ョーウイ ン ドーケースに取 り付 け られて いるパ ネルの1部 を取 り外 して もらうこと。そ うすれば,作品の渦巻 きがシ ョーウインドー ケース を通過す ることが出来,当初 の私の案 に少 しで も実現す るか らである。 高教授か ら 私の意向 を美術館 に伝 えて もらうが,"パネルを取 り外す ことは, この美術館 始 まって以
寄せては返す海 :絵画Ⅰ 61
来その ような例が無い" (写真⑭ ) との ことで しば らく難航 していたが , パ ネル取 り外 し は意外 に簡単 なことであったため,それ を伝 えた らようや く許可が出た。
その勢 いで全体の3分の2のパ ネル取 り外 しを した
。
「そこまでは許可 しなか った」 と 職員が言 って来たが高先生のお力添 えで,館長 との交渉で どうにかパ ネル取 り外 しはそのまま了解 され,続 いて作 品展示 に取 り掛 かった。(写真⑲ )
作品の設営 は床上のデ ッサ ンか らインスタ レーションへ
た こ糸で,や り直 した模型 を参考 に しなが ら床 に線 を引いて行 く。 これは作 品の実測 と 一致 させ ることと, また,作 品設営 の作業ス ピー ドを速めるためである。 善 は急 げ .′床 の ドローイングはそれ 自体,実測 しなが ら糸 と共 に身体 も緊張 して くる。 床 の対比 で,線が 際立 って見 える。 まさ しく,糸が出会 うデ ッサ ンとな り,絵 となってい く。(写真⑯ )
この糸線上 に沿 って渦巻 きの中央か ら作 品 を吊す作業が始 まった。前 日,内緒 で釘が打 てるか どうか試 しに してみ る と意外 に もうま くいったので,釘打 ちが 目立たない ところに 細 い釘で軽 く留 めれば問題 ない と,張君 らと判断 していた。それで釘 を打 ち始 めた ら,莱 の定,その昔で係員が駆 けつけて来た。"釘 を打つ ことを禁 じている" と しか られ た。 理 由は何 で も 「この美術館 は国宝 だ」 とい う。 つ ま り国家的な建造物 であ り,文化財 な指定 を受 けている との ことだった。「文化財 だったのか
」
なんて感心 してい る場合 で ない。既 に夕刻が迫 っているが,途方 に暮 れるにはまだ早 い。次の手 を打つ。 日本 を出発す る前 に練 っていた案であるが,天井の八角形の くぼんだ所 に桟 をたわす ことを具体的 に検討す る。 この案 について を関係者 に,昨夜 も今朝 も伝 えた のだが, もう時間が限 られて来たので この時 になってや っ と,張君 らも耳 を傾 けるように なった。早速, これ らの細 い角材 を買いに走 って もらった。
この角材 を八角形 に収 まる長 さに切 り,その両サ イ ドの先端が くぼみに食い込 む ように ヘ ラ状 に平べ った くナイフで削 った。なか なか削れず に時間がかかって しまった。削 られ た角材 を八角形の くぼみ にあてが って,作 品 を吊ってい く。(写真⑮ )
天井の高 さが
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メー トル以上あるので作 品設営 中,ず うと天井 を見仰 ぐこととなった。更 に,あれ これ と気 を もんだ後 だけに,見仰 いでいる と首か ら肩 にかけて痛 さが走 りだ し た。最後 までの64メー トル も見仰 いで ごらん よ。 きっとミケランジェロの首のように曲がっ て しまうだろ う。 そ して,釘 な しで天井か ら作 品 を吊す作業 は, くぼみか ら くぼみ に糸 を たわ し,糸か ら糸への出会いで もある。 そ こか ら作 品 を吊すのだか ら至難の業 となる。 首 の激痛 を堪 えなが ら結局,夕方7時過 ぎごろか ら始めた作業 は朝方の6時過 ぎまで続行 し た。気力 と熱情 を もって徹夜 を押 し通 したのだった。(写真⑲ )
学生達が脚立4メー トルの天辺 に登 り,作 品 を固定 してい く。彼 らが直後 に言 ったのは
「作 品 を固定す るため糸で引 っ張 る途 中で,脚立が高い とい う緊張の中 に も突然 , ふ っ と 睡魔がや って来て,引 っ張 る糸 と共 にひ ょっ と体が泳いで落 ちそ うなことが何度 もあ りま した よ
」 。「とも角 も,無事 で良かった」 と私 は彼 らに感謝の念 を表 したが,ほっ とす る間 もな く,7時頃一旦,ホテルに戻 り, シャワーを浴 びて朝食 をと り,スーツに着替 えて, 再 び美術館 に向かった。
10時か ら私の個展 (写真(∋〜⑲ )の開幕式 (写真⑪ )が始 まった。
62 井 川 慢 亮
註
註1 "長い時間をかけた人間の経験 "(群像10月'99)林 京子著
註2 昨春,真木 ・田村画廊 に "タス ヒタ一二 ヤー,わが樺太" (河 出書房新社 )著道下 匡子 さんが 私の個展 に見 えてその本 をプレゼ ン トして くれた。終戟時 における樺太か ら引揚者の生死 をか けたノンフィクシ ョンで彼女の父親の回顧録 を基 にエ ッセイを書かれ,第二 回蓮如 賞優 勝 賞 に 輝 いている。父思いが ひ しひ しと伝 わる。
註3 C&N韓 日国際交流展 昌原大学校展示 ギ ャラリー
証 4 井川怪亮展 ‑ (半島)へ 一 山口県立美術館企画 1995年4月20日〜5月28日 註5 絵画的空間の考察Ⅱ 拙文 長崎大学人文研究報告第58号
註6 朝 日新聞 天声人語 10月5日付 け "アメリカ・インデ ィアンの書物 よ りも賢い言葉 " (扶桑社) エ リコ・ロウ書
証 7 手伝 って くれる学生が少 ない中,昨年結婚 した学生Uがお産で,後1‑ 2ケ月 とい う重 身の姿 で手伝 いに来た。「手伝 わせて下 さい。音楽 を赤 ちゃんに聴かせ るように先生 の色 に包 まれ て 見せてあげたい」 とその彼女 は友人に話 したそ うだ。
註8 "Seiryo lkawa ;Lasauvagerieetlecode"ⅠVesMichaud 1979("井川憧 亮 野生 と 規律 ''イヴ・ミシ ョウ書 斎藤一郎訳 1979 9)
註 9 観光 ビザは1カ月間有効,使用 までは3カ月間まで有効, ビザ手続 き料3,000円,在 長崎総領 事館受付時間は月曜か ら金曜 までで10時か ら12時 まで。尚,航空券購入 に関 して夏季料金の航 空券割高 と, またお盆 とが重 なって航空券 を買 うのに も一苦労であった。
黒龍江省美術館での個展開催 にあた り,ハ ル ビン師範大学芸術学院の特 に主任の高井民教授,院長 の鹿 南舜教授及 び黒龍江省美術家協会の皆様方, また,私の研究室の学生,特 に研究生の張正徳 (過 釈 ),院生の川田剛,守屋聡 ,・浦川亜津子 に感謝の意 を表 します。