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故殺罪に対する法人の刑事責任(一) : イギリス 刑法を中心に

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(1)

故殺罪に対する法人の刑事責任(一) : イギリス 刑法を中心に

その他のタイトル Corporate Criminal Liability for Manslaughter in English Law (1)

著者 菅原 正幸

雑誌名 關西大學法學論集

巻 50

号 2

ページ 297‑340

発行年 2000‑06‑25

URL http://hdl.handle.net/10112/00023606

(2)

故殺罪に対する法人の刑事責任︵ イギリスでは︑早くから法人の刑事責任が認められてきたが︑その歴史的発展の特徴が︑

るような代位責任論

(v ic ar io us l i a b i l i t y   d oc tr in e)  

メンズレアの証明を要しない厳格責任犯罪

( s t r i c t l i a b i l i t y   o ff en ce )

が問題となる場合には代位責任論が︑

は じ め に

三事例研究と諸説の問題点︵以上︑本号︶

(L aw Co mm is si on )

五﹁危険﹂概念に基づく再構築

ー イ ギ リ ス 刑 法 を 中 心 に

による処罰範囲の単純な拡大ではなく︑犯罪の主観的要件である

故殺罪に対する法人の刑事責任

(

 

︳ 七

アメリカにおいて見られ

︵二

九七

メンズレ

(3)

とこ

ろが

第五0

アの証明を要する犯罪の場合には一九七二年のテスコ上院判決によって確立された同一視原理

( id e n ti f i ca t i on (1 )  p ri n c ip l e )

が適用されるという︑二元的構成にあることは周知の通りである︒代位責任論の下では︑法人は職務の範

囲内にあり法人の利益の為に行われた行為につき︑行為者の法人内部での地位・権限の如何にかかわらず責任を問わ

れるが︑同一視原理が適用されるメンズレア犯罪が問題となる場合︑行為者が法人内部において一定の地位にあり︑

当該犯罪が行われた業務につき︑法人を代表すると認められる程度に強い権限を有していなければ︑法人はその者の

行為につき刑事責任を問われないという制限が付く︒しかし実際には︑代位責任が適用される厳格責任犯罪において

(2 ) 

もメンズレア犯罪と同様︑何らかの責任

( f a u

l t )

要素が要件とされるべきではないか︑という主張がなされ︑また同

一視原理において︑行為者と法人が同一視される基準がその者の法人内部における形式的な地位や権限ではなく︑会

社の経営管理権行使に関する完全な裁量権の有無︵取締役等から経営管理権限の一部を委任された場合も含む︶とい

う実質的なものとなっていることから︑雇用主ー被用者間の委任関係に基づいて発達した代位責任論と同一視原理と

(3 ) 

の境界が不明確になっているという欠点がしばしば指摘されてきた︒また︑同一視原理が適用されるメンズレア犯罪

の中には︑行政取締法規の実効性を確保するという政策的意図が支配する消費者保護法違反も含まれていることから︑

(4 ) 

かような場合にまで同一視原理を適用して法人処罰の範囲を制限することに批判的な見解も台頭する等︑同一視原理

の適用範囲の明確性や存在意義そのものまで疑問視される時期があった︒

関法

一連の災害事故にお

︵二

九八

一九

0年後半に入ると︑同一視原理を巡る状況はかなりの変化を見せることになる︒この頃︑イギリ

スでは大規模な企業災害事故が相継いで起こり︑多数の従業員や消費者がその犠牲となったが︑

いて︑事故の直接の原因となった下級従業員の些細なミスよりむしろ︑法人の組織的・構造的落度を厳しく非難する

(4)

重軽傷を負ったという事件である︒

一 九

(5 ) 

事故調査報告書が幾つも出された︒これを契機として︑それまでは例えば職場等で致死傷結果が生じても単に﹁事

故﹂としてマスメディアに報道されてきたことに対する公衆の態度が変化し︑企業自体に対して故殺罪の責任を問う

(6 ) 

べきではないかという﹁文化的・法的概念としての企業故殺﹂がイギリスで台頭してきた︒同一視原理が判例法上確

立されて以来イギリスで再び脚光を浴びるようになったのは︑このような事情を背景にして起きた一九九一年の

P

&

(7 ) 

〇ヨーロ︒ピアンフェリー社事件においてである︒

一九八七年三月にイギリスのドーヴァーを出発したフェリーが乗員と乗客五三九名を乗せてベルギーの

ジーブルージュヘ向かう途中︑船首部の車両乗降口からの浸水によって転覆し︑乗客一八八名は死亡︑その他多数が

フェリー沈没の直接の原因は車両乗降口の閉め忘れにあったのだが︑これを巡り︑

運輸省による事故調査報告書はフェリー会社である

P&0

を厳しく非難した︒事故当時︑車両乗降口の開閉を任務と

する副甲板長は十時間以上も休憩なしに働き続けた疲れから船室で仮眠を取っており︑直属の上司である甲板長や一

等航海士︑そして船長も副甲板長を適切に指導して車両乗降口を閉めさせることを怠っていた︒更に︑事故前から︑

p&oが所有する他のフェリーの船長が︑ブリッジからでは車両乗降口の開閉を確認できないので︑乗降口に開閉確

認灯を設置して欲しいと再三にわたって要求していたが取締役会がこれを無視し︑その後も乗降口を完全に閉じない

でフェリーを何度も航行させていた等︑安全航行に関する杜撰さが明らかにされた︒報告書を担当したシーン判事

( Ju s t ic e h  S ee n)

 の﹁フェリー操業につき︑会社の取締役会から下級管理者の全てが︑怠慢さを分かち合っていたと

(8 ) 

いう点で罪がある︒会社の隅々が怠惰さで汚染されていた﹂という結論を受けて︑P&oと事故に関与した船長や取

締役ら七名が故殺罪で起訴された︒公判において︑中央刑事裁判所のターナー判事

(T ur ne

rJ . )  

故殺罪に対する法人の刑事責任(‑)

本件

は︑

は次のような法廷

︵二

九九

(5)

第五0 意見を述べ︑同一視原理が法人の故殺罪責任にまで及ぶことを明言した︒

﹁イギリス法における故殺罪というのが人

(h um an be in g)  

一九

0年代に入ると︑同一視 ︵ 三

00

) の直接または間接の行為による他人の不法な殺害で

あり︑法人のために行為する法人の化身

(e mb od im en t) たる人が作為あるいは不作為によって死を惹起したと

(9 ) 

いうのなら︑法人は自然人と同様︑故殺罪につき有罪となり得るだろう︒﹂

本件において︑車両乗降口の開閉に関する

P&o

取締役会の決定が故殺罪のメンズレアである無謀

( re c k le s s ne s s ) ( 10 )  

に該当し︑これが死亡事故の原因につながったということが証明されれば︑同社は故殺罪で処罰されることになる︒

しかし公判では︑乗降口を開けたままフェリーを出港させることにつき︑どの取締役も危険を感じたことはなかった という弁護側の主張が通り︑現実に危険を認識していたのが前述の副甲板長と一等航海士という︑およそ会社の﹁化 身﹂とは呼べない従業員だけだったことから︑結果的に検察側は本件訴追を取り下げたのであった︒

同一視原理の下で法人は故殺罪で処罰され得る︑というターナー判事の法廷意見は︑イギリス刑法の下で法人に対 して代位責任が適用され得ない故殺罪の領域において︑同一視原理に独自の存在意義を付与したものと言えるが︑こ の事件を通じて同一視原理が注目されたのは︑その存在意義でも代位責任論との区別でもなく︑むしろ︑法人の故殺 罪責任の範囲を適切に画せないという︑本件で露呈した欠陥の方である︒このため︑

原理に替わる法人処罰法理が次々と提唱され︑今日の錯綜した理論状況を生むに至っている︒本稿の目的は︑こうし た動向に着目し︑法人が故殺罪につき刑事責任を問われるとすれば︑それは如何なる法理によるものかを検討・模索

( 11 )  

することにある︒まず︑我が国でも法人の犯罪能力を肯定する論理として支持を集めていた同一視原理の問題点を整 理し︑次に︑この原理を法人の故殺罪責任に適用することに否定的な学説及び法律委員会

(L aw Co mm is si on ) 

関法

の代

(6)

故殺罪に対する法人の刑事責任︵

替法理を紹介・批判して従来の見解が抱える欠陥を類型化し︑最後にこの問題について私見を述べることにする︒

(1)テスコ上院判決

(T es co Su pe rm ar ke ts t d   L

.   v•

N at t r as s

  [

19 72 ] 

A .  

C .  

15 3)

の概要については︑佐藤雅美﹁法人の刑事責

任に関するイギリスの上院判決﹂法学ジャーナル三七号︵昭和五九年︶一五七ページ以下︑並びに奥村正雄﹃イギリス刑事

法の 動向

﹄︵ 平成 八年

︶︑ 第一 一一 部二

0八ページ以下などを参照︒尚︑この同一視原理が一九八九年イギリス統一刑法典草案

(L aw o  C mm is si on   No . 

17 7,

 

Cr im in al   Co de   fo

r  E

; la n ad nd   Wa le

s (

19 89 ))

箪 竺 一

0条で採用されたことについては︑奥村︑

前掲書ニニ九ページ以下並びに川崎友巳﹁企業犯罪論の現状と展望日口﹂同志社法学四七巻四号︵平成八年︶二五七ページ

以下︑同五号二九七ページ以下の日三

0

0ページ︵註二八︶を参照︒同一視原理を中心にイギリスにおける法人の刑事責任

一般を論じた邦文研究としては︑真鍋毅﹁英米法における法人刑事責任の﹃確立過程﹄について﹂西山富夫

1 1井上祐司編

﹁井上正治博士還暦祝賀刑事法学の諸相︵下︶﹄︵昭和五八年︶一七八ページ以下︑佐藤雅美﹁英米における法人処罰の法理

日口﹂阪大法学一四三号︵昭和六二年︶一〇一ページ以下︑一四七号︵昭和六三年︶一0三ページ以下︑石堂淳﹁イギリス

における法人の刑事責任について﹂荘子邦雄先生古稀祝賀﹃刑事法の思想と理論j

(平 成三 年︶

︱‑ 三ペ ージ 以下

︑奥 村︑ 前

掲書︑川崎︑前掲論文日などがある︒イギリスにおける法人の刑事責任の史的発展を辿るものとしては︑佐藤︑前掲論文

﹁英米における法人処罰の法理﹂日︑川崎︑前掲論文日︑金沢文雄﹁英米法における法人の刑事責任﹂刑法雑誌四巻四号

︵昭和二九年︶四九ページ以下︑戸塚登﹁英法における法人の刑事責任﹂阪大法学五九"六0号︵昭和四一年︶一五四ペー

ジ以下など︒一方︑アメリカの状況については︑真鍋︑前掲論文︑佐藤︑前掲論文﹁英米における法人処罰の法理﹂︑川崎︑

前掲論文︑金沢︑前掲論文︑町田幸雄﹁アメリカ合衆国における法人処罰の方法とその運用の実情日ー回﹂警察学論集︱︱︱︱︱︱

巻︵昭和五六年︶二号一三ニページ以下︑同五号九九ページ以下︑同七号一︱︱ページ以下︑同九号一三八ページ以下︑平

沢修﹁アメリカ合衆国における法人犯罪対策について日﹂法研論集二九号︵昭和六0年︶一八七ページ以下などを参照︒

(2

S ee ,   e . g . ,   Le on ar d 

H .  

L ei g h ,  S t r i c t   a nd   Vi c a ri o u s  L i ab i l it y

A

St ud y  i n   Ad m i ni s t ra t i ve   Cr im in al   La w ( 19 82 ),  p p

15 24; .  

J .C .   S m i t h,   Th e  G u il t My   in d  i n   th e   Cr i m in a l  L aw

 (

19 60

)  76 

La w  Q u ar t e rl y e  R vi ew

 78 

a t  

98 . 

(3

S ee ,   e . g . ,   Le on ar d 

H .  

L ei g h ,  Th e  C ri mi na l  L i ab i l it y   of   Co r p or a t io n i n s     En g l is h a  L w ( 19 69 ),  p .  

83 

Th e  C r im i n al   L i a b i l   ,  i t y   o f   C o rp o r at i o ns   an d  O th er   Grou ps

:  A 

Co mp ar at iv e  V ie

w (

19 82

)  80 

Mi ch ig an a  L w  R ev ie w 

1508 a t

  p p .  

1514

  , 1

51 5;

B .  

  F i s s e ,   T he   Di s t in c t io n   be tw ee n  Pr im ar y  a nd   Vi c a ri o u s  C or po ra te r i   C m in a l   L i a b i l i t y  

(1 96 7)

  41 

A us t r al i a n  L aw   J o ur na l 

20 3.  

︵ 三

o

I )  

(7)

4  関法第五0

S ee ,   e . g . ,   B .  F is s e ,  Co sn um er   Pr o t ec t i on   an d  Corporate

r  C im in al   Re s p on s i l i b i ty  

C ri t i qu e f     o Te sc o  S up er ma rk et s  L t d.   u•

Na tt ra ss

 (

19 71

)  4 

Ad el ai de

  Law  R

ev ie w 1

13; 

I .  

A .  

Mu ir ,  T es co   Supermarkets, Corporate

  Li a b il i t y  an d  F a ul t

  (

18 73

)  5 

New 

Ze al an d  U ni

r s i t

Law  Ry

ev ie 357;

R .   W .  

L•

Ho we ll s,

  A 

Bl ow   ag a i ns t   En t e rp r e   i s L ia b i li t y  ( 19 71

)  34 

Mo de rn

  Law 

Re vi ew  6 76 . 

(5

)

この頃にイギリスで起こった企業災害事故を幾つかここで挙げてみると︑例えば一九八七年十一月︑ロンドンの地下鉄キ

ングスクロス駅構内で︑エスカレーターにおける利用客の喫煙がフラッショオーバーとなって炎上し︑三十一名が死亡︑そ

の他多数の重軽倦者を出したという火災事件が発生した︒運輸省の事故調査報告書

(D ep ar tm en ot f  Transport,

  ln v e st i

g a  , 

t io n  i n t o  t h e  King's

r o   C s s  Un de rg ro un d  F

i re   (

19 88 , 

C m  49

9) )

によると︑火災発生後︑他の利用客が警報ベルを鳴らし︑駅

の職員が現場に赴いたものの︑事前に地下鉄側から適切に避難・防火訓練を受けていなかったことから駅長その他責任者に

火災を速やかに報告しなかった︑という杜撰さが明らかにされた︒現場には偶々二人の警官が居合わせていたが︑地下鉄構

内に不案内で災がフラッショーバーすることを予想だにしていなかったこともあって︑その後の彼らの避難活動は功を奏し

なかった︒消防団

(L on do F i n r e  Brigade)

が現場に到着したのは火災発生から約二十分後だったが︑その間︑地下鉄構内

では消火に必要な水が一滴も供給されないままだったという︒調査報告書を担当したフェネル氏

( M r .

F en n e ll )

は︑事前

に火災を想定して駅職貝に防火訓練を施したり避難体制を組織しなかった地下鉄側を厳しく非難したものの︑刑事事件にま

では致らなかった︒

翌年の七月︑北海に面する油田開発地

( o i l p la t f or m )

パイパーアルファー

( Pi p e rA lp ha )

で爆発事故が起こり︑平板船

( f a s t rescue 

c ra f t )

調 (D ep ar tm en t  o f   gy, Ener

Th e  P ub li c  Inquiry

n t   i o  t h e   Piper  A

lp ha i s   D a st e

r   (

19 90 , 

C m  13

10 ))

によると︑燥発の直接の原因

は︑夜勤職員が修理のため圧縮安全バルプが取り除かれていた圧縮噴射ポンプを︑そうとは知らずに再起動したため︑バル

プを取り付ける管のつば

(b la kn f la n g e  a ss em bl y)

からガスが漏れ︑それが点火して石油に引火し︑爆発につながったとさ

れた︒この爆発によりパイパーアルファーの大部分が崩壊したが︑事故調査を行なったカレン卿

(L or dC u l le n )

は︑事故

の直接の原因となった夜勤職員の不手際よりむしろ︑パイパーアルファーのオーナーであるオキシデンタル石油

( Oc c

i

d en t a l  Petroleum)

の事故発生前の様々な油田開発操業上の過失が事故につながったと批判した︒即ち︑夜勤職員が圧縮噴

︵ 三

0二 ︶

(8)

故殺罪に対する法人の刑事責任

射ポンプを再起動したのは︑勤務交替の際に昼勤職員がバルプのことを伝えなかったことに起因するが︑それは会社側が日 頃から従業員に適切な指導を施さなかったためであるとし︑また爆発当初︑給水システムがほとんど用を足さなかったのは︑

会社が油田開発事業に内在する危険を高い水準で査定・回避する必要性を認識していなかったためであると結論づけた︒ま た︑報告書は︑防火・避難といった安全対策につき︑そのプランが存在しただけで実際に運用・実施されていなかった点に ついても会社側を厳しく非難した︒しかしながら︑前述の地下鉄キングスクロスの火災事件同様︑刑事事件にまでは発展し

更に一九八八年十二月には︑ロンドンから百ヤード程離れたクラプハム駅

(C la ph am s ta t i on )

より南方で朝の通勤列車

が他の二台の列車と衝突するという惨事が発生し︑乗客三十五名が死亡︑五百名近くが重軽傷を負った︒翌年の運輸省の事

故調査報告書

(D ep ar

en t  o f   Transport,

  In v e st i g at i o n  i nt o   th e  C la ph am u  J nc ti on   Ra il wa y  A cc id en t  ( 1 98 9 C,   m  820 )) ると︑事故の直接の原因は︑通勤列車が発車する際︑信号機が故障して赤にならなかったことと指摘された︒この信号機は 惨事前に修理されていたが︑その際︑除去されるべき古いワイヤーが信号機内に残っていたため新しく取り付けられた回路 に電流を送ってしまい︑その結果回線がショートし︑事故当時信号機が赤にならなかったとされた︒この修理を巡って︑報 告書を担当したヒドゥン氏

(M r. Hi dd en ) はプリティッシュ鉄道の杜撰な業務ぶりを幾つも浮き彫りにした︒即ち︑信号 機の修理は週末に行われたが︑その際︑取付.試験に関する指示がなく︑週末勤務につき有能な職員を配置したり苛酷な職 務時間を課さないようにするための有効な立案を施さなかった点などにつき︑プリティッシュ鉄道側は厳しく非難された︒

しかしながら︑右の二件の災害事故と同様︑致死傷結果につき会社が刑事過失責任を問われるまでには至らなかった︒

(6

C .  W e ll s ,  C or po ra te   Ma ns la ug ht er : 

C ul t u ra l   an d  Legal

o  F rm   (1 9 9 5)  

Le ga l  F or um   45   at   4 7.  

(7

)

本件の事案については

De pa

r

e nt   o f  Transport,

  mv  He ra ld   of r  F ee   En t e rp r i se  (Report

  of o   C ur t No•Ooo9•

Fi na l  Inves  ,  ug at io n( 19 87 )  ( Sh ee n Re po rt と略す︶及び

S . C ra i n er ,   ee br ug ge :  Le ar ni ng   fr om i s   D a st e r

L es s o ns i n   Co rp or at e  R es p o ns i b il i t y  ( 19 93

)

(8

Sh ee n  R ep or t,   supra o  n te   (7 ) ,   p a r a.   1 4 .   1 .   ( 9 )

0p

Eu ro pe an e r   F r i e s   (Dovers)

t d   L .   ( 1 9 91 ) 3  9   Cr .   Ap p.

R .    

7 2 .  

a t  p p .  8 8  , 8 9 . 

( 1 0 )

イギリス刑法には二種類の無謀概念があり︑この

P&o事件当時はどちらが故殺罪に適用されるかにつき争いがあった︒

︵ 三

01

︱ ‑

(9)

関法第五0

巻 第 二 号

即ち︑結果の発生を意図していないものの︑その危険性を予見または認識しているという主観的無謀

(s ub je ct iv e re ck le ss ne ss )

と︑客観的に結果発生の明白な危険

(o bv io us r is k )

があるが︑それにつき全く考えを及ぼさなかったという

客観的無謀

(o bj ec ti ve re ck le ss ne ss )

である︒前者は

Cu nn in gh am [1 95 7]

 

Q.  B .  3 96

で︑後者は

Ca ld we ll [1 98 2]

 

C .  

34 1並びに

La wr en ce [1 98 2]

 

C.   51

0で確立された無謀形態だが︑

Ca ld we ll

事件は毀棄罪︑

La wr en ce

事件は乗用車運転

による致死という犯罪類型において上院が下した判断で︑無謀と︵重︶過失

( (g r o ss ) ne gl ig en ce )

との境界を曖昧にした

との批判があった︒その後︑

Ad om ak o [1 99 5]

AC.  

17

1において︑上院が客観的無謀よりも広い概念であるところの重

過失によっても故殺罪を犯し得るという判決を下したため︑現在では︑故殺罪に必要なメンズレアは主観的無謀あるいは重

過失であり︑客観的無謀ではないという点で一致をみている︒以上については︑R

Ca rd ,  Ca rd ,  Cr os s  a nd   Jo ne s  C ri mi na l  La e( 19 98 ,  1 4t h  e d .) ,   p

p. 5   6 

20

7

J . C .

Sm it h, m  S it

h 

Ho ga n  C ri mi na

l  Law 

(1 99 6, t  8 h  e d .) ,   pp. 6   4  a nd   38

4

C. M. V. Cl ar ks on

 

H .  

M.   Ke at in g, r  C im in al   Law

T g

a

nd   Ma te ri al s  ( 1 99 8 4,   th   ed . ) ,  p p. 1  54

 

65

3といった教科書を参照︒尚︑

法律委員会の見解については︑後述四を参照のこと︒

( 1 1 )

例えば︑飯田英男﹁法人処罰に関する立法上の問題点﹂ジュリスト︵昭和五四年︶六七二号︑八一ページ以下︑大谷実

﹁法人処罰の在り方日口﹂同志社法学四三巻二号︵平成三年︶一八三ページ以下︑同三号︱二八七ページ以下︑西田典之﹁団

体と刑事罰﹃岩波講座基本法学2団体﹄﹂︵昭和五九年︶二五九ページ以下︑伊東研祐﹁法人の刑事責任﹂芝原他編﹃刑法

理論の現代的課題総論

I I

︵平 成二 年︶ 一

0八ページ以下︑宇津宮英雄﹁法人処罰のあり方﹂石原一彦他絹﹃現代刑罰法

大系ー﹄︵昭和六0年︶二0七ページ以下︑鈴木義男﹁両罰規定による法人の刑事責任﹂研修ニ︱一号︵昭和四一年︶六五

ページ以下︑中森喜彦﹁法人の刑事責任﹂Law

Sc ho ol

五一号︵昭和六一年︶三七ページ以下︑垣口克彦﹁法人処罰の問題

性﹂阪南論集二二巻︱二号︵昭和六一一一年︶一ページ以下︑金沢文雄﹁法人の犯罪能力と刑事責任ー証券取引法の両罰規定改 正の機会にーー'﹂岡山商科大学法学論叢一号︵平成五年︶一ページ以下など︒これらの論者の間には︑如何なる者の行為を 法人の行為と同一視するかにつき︑代表者のみ︑取締役など中枢機関︑独立性の強い下部組織の︵中間︶管理職者をも含め る︑といった差違がみられるが︑これはイギリス並びにアメリカで主張された法人処罰論において使用される用語の差違が

反映されたに過ぎず︑実質において大差はないと思われる︒

尚︑本稿のように故殺罪に絞ってイギリスにおける法人の刑事責任を扱った邦文研究は見当たらないが︑アメリカの状況

四四

︵ 三

0四 ︶

(10)

故殺罪に対する法人の刑事責任 を概説したものに︑佐藤雅美﹁合衆国における企業災害と刑法﹂犯罪と刑罰五号︵平成元年︶︱︱︱ページ以下︑沼野輝彦﹁両罰規定の解釈法人の犯罪能力を肯定する立場からの試論ー﹂日大法学五五巻一号︵平成元年︶八七ページ以下︑邦訳としてフランシス・T・カレン及びウィリアム.J・マーケスタッド﹁フォード・ピント

i

件以 降﹂

・エ レン

・ホ

クステッドラー編︵板倉宏・沼野輝彦・加藤直隆訳︶・企業・ニ0世紀の犯罪者︵平成二年︶︱‑七ページ以下及びチャー

ルズ•B·シュドソン、アストン.p

.ネオリオン、エレン・ホクステッドラー「糖にくぎー|痺

5養ホームの殺人罪の訴

追﹂・同書一四七ページ以下などがある︒

学 説 の 対 応

四五

上級管理職員

(c on tr ol li ng o ff i c er ) その他一定の地位にある者の行為や意思を法人の それと同一視して法人に刑事責任を問う同一視原理は︑そもそもイギリスの学説上︑ウィンによって最初に唱えられ

( 12 )

1 3

)  

たと言ってよかろう︒ウィンの見解は︑イギリスで初めて法人が故殺罪で起訴されたコリーブラザーズ事件において 下された︑法人は人身に対する罪につき刑事責任を問われ得ない︑という判決に対する痛烈な批判として述べられて

( 14 )  

いる︒事案は︑

一 九 二 六 年 八 月 に 炭 鉱 会 社 の 技 師 が 電 気 施 設 長 ( ch i e f e le c t ri c   engineer)

︑ 交 替 勤 務 長 ( sh i f t ma na ge r) 並 び に 発 電 技 師 (p ow er en gi ne er ) 

曰 同 一 視 原 理 の 問 題 点

の指示で︑会社敷地内の石炭庫をこそ泥

( pi l f er i n g) 鉄条網を設置して電流を流したが︑その三十分後︑鼠取り

( ra t t in g ex pe di ti on) 

から守るために の最中に会社の敷地内に迷い込んだ 元炭鉱夫の少年の一人が当時勤務中だった会社の技師に追いかけられ︑発電所近くの波状鉄板に足を滑べらせた挙げ 句︑この電流の流れた鉄条網に触れて感電死し︑翌年一月︑電流付鉄条網の設置を指示した前述の三人

( 1 1 会 社 役 員︶と炭鉱会社が故殺罪と人身に対する罪

(O ff en ce sagainst

h   t e  P er so n  A ct

 1861) 

で起訴された︑というものであ

︵ 三

0五 ︶

(11)

第五0

る︒ウィンはこの事件をコメントする中で︑法人の行為を①主要な代表者から成る役員会

(b oa rd of   pr

im ar y  re pr e  ,  s en t a ti v e s)  

の決定・命令に直接基づいてなされた役員又は従業員の行為︑②この役員会から一般的に授権された範

囲内での役員・下級従業員の行為︑③役員・下級従業員の授権範囲外の行為の3つに分類し︑②並びに③の行為につ

いては︑法人に制定法上の絶対的義務が課されている場合に限り︑主要な代表者らが違反行為防止義務を怠ったこと

を媒介として法人に代位責任が課されるのに対し︑コリーブラザーズ事件において見られる①の行為に対しては︑法

( 15 )  

︵代位責任によらずに︶刑事責任を負うべきと主張した︒

このウィンの見解によると︑法人が故殺罪につき刑事責任を問われるためには︑法人の役員会が当該故殺行為を決

定︑命令又は指示したことを証明する必要があり︑実際︑上述のコリーブラザーズ事件ではこれが可能であった︒し

( 16 )  

かしながら︑現実に役員会が総意でかような決定を下すことは稀である︒仮にテスコ判決で示された同一視原理や一

九八九年の法律委員会による統一刑法典草案第一︱

1 0

条口項のように︑法人の上級管理職員の一人が当該犯罪に関与し

( 17 )  

た場合と拡大しても︑今日の大会社における複雑な政策決定過程に鑑みると︑かような者が︑法人の特定の業務から

生ずる生命に対する危険の存在を自ら完全に把握しつつ︑なお適切な防止措置を取らずに当該業務の続行を決定する︑

といったことは到底考えられず︑そこには必ずと言っていい程分業が働いているのであるから︑法人に刑事責任を問

( 18 )  

という批判がなされている︒︶ 

(u nd er

  , m

cl us tv e 

事実︑前述のP&o事件でも︑当該フェリー転覆の危険につき回避措置を取るべき立場にあった被告会社の取締役

は︑船長からの報告によって乗降口の開閉確認灯の設置を促されていたものの︑実際にフェリーに搭乗して乗降口を

開けたままフェリーを出港させることにつき如何なる危険が生ずるかを体験したわけではないのであるから︑何故そ う原理としては基準が狭過ぎる 人自体が 関法四六0

六 ︶

(12)

口 学 説

四七

のような確認灯の設置が必要なのかについての認識が当時欠けていたとしても不思議ではない︒他方︑そのような認

識を持っていたとされる副甲板長は︑確認灯設置を決定できる立場にないことは勿論である︒後で行われる事例研究

で明らかにされるように︑法人が故殺罪で起訴されている事案の大部分は︑故殺罪の成立要件である危険の認識と︑

不当に危険を生ぜしめる行為につき︑それぞれ法人階層内で主体が異なる点に特徴があるのであり︑危険認識主体と

行為主体の完全な一致を求める同一視原理は故殺罪につき法人に刑事責任を問うには不適切である︑という批判は十

分な説得力を持つと言えるだろう︒

p&o事件を含む八0年代後半の一連の企業災害事件を契機に指摘された同一視原理のもう︱つの問題点は︑法人

の刑事責任が自然人の責任

( f a u

l t )

に従属するという︑派生的性質

( d e r

i v a t

i v e

n at u

r e)

であ

る︒

一連の企業災害事

故の後で作成された事故調査報告書は︑事故の直接の原因が人為的ミスであることを突き止めながら︑なぜそのよう

なミスが起き事故に結びついたのかを︑法人自体の落度

( co r p or a t ef a

u l t )

というものを想定しながら検討し︑致死

傷結果の危険が内在する一定の業務においてその危険を適切に回避しなかった法人そのものを非難している︒これを

受けて学説も︑法人の上級管理職員の落度はより広範な法人そのものの落度を推認させるものではあるが︑かような

( 1 9 )  

法人そのものの落度は同一視理論によっては必ずしも証明され得ないとか︑法人内部の自然人の落度と法人自体の落

度は︑法人を刑事責任に問う際に必ずしも一致しないため︑自然人の責任から派生しない法人の落度を構築する必要

( 20 )  

があるといった主張をするようになった︒かようにして︑メンズレア犯罪につき法人を処罰するために判例法上長い

間確立された同一視原理は︑故殺罪に対する法人の刑事責任の分野で批判に晒されるようになったのである︒

同一視原理が抱える二つの問題点︑即ち︑法人の上級管理職員が当該犯罪に関与していない限り︑た

故殺

罪に

対す

る法

人の

刑事

責任

(‑

)

︵ 三

0七 ︶

(13)

第五0

︵ 三

0

八 ︶

とえ末端の従業員の違反行為を証明しても法人に刑事責任を課せないという﹁狭すぎる適用範囲﹂

(u nd

er , 

i nc l

u   , 

si ve ne ss

)︑そして自然人である上級管理職員が当該犯罪成立要件であるアクトスレウスとメンズレアを満たし処罰

されない限り︑法人も処罰され得ないという﹁派生的責任﹂

( de r i va t i ve l i a b i l i t y )

は︑アメリカの模範刑法典が採用

する﹁高級管理職員﹂

(h ig

h ma

na ge ri al   ag en t)

法理にも共通している︒そしてイギリス︑アメリカ︑オーストラリ

アなどでは︑これらの実用的問題点を克服すべく︑様々なアプローチが提案されてきた︒以下︑これら諸説を概説す

まず︑イギリスでは︑故殺罪のようなメンズレアの証明を要する犯罪に対して法人が刑事責任を負うぺきは︑上級

管理職員が当該犯罪に関与した場合だけでなく︑末端あるいはあらゆる従業員が違反行為を行なった場合にまで拡張

( 22 )  

すべきであるという︑アメリカの連邦判例やイギリスにおける厳格責任犯罪で採用されている代位責任論を支持する

( 2 3 )  

見解がみられる︒サリバンは︑前述のP&o事件のように︑大規模会社の取締役が特定の事業に伴って発生した災

害に関与することは稀であるから︑同一視原理によってのみ法人に刑事責任を課すと責任の範囲が狭過ぎてしまうこ

とを認め︑また取締役の関与が立証されなくてもなお︑下級従業員や中間管理職の違反行為や精神状態さえ立証でき

れば︑法人の刑事責任は正当化され得ると主張する︒そして︑同一視原理が抱える﹁狭過ぎる適用範囲﹂を克服する

ためには︑永らく馴れ親しんできた代位責任論による代替が最も明快かつ実用的であるとする︒ただ︑サリバンの主

張は後述する法人特性論と違い︑法人の有責性

( cu l p ab i l it y )

はあくまでも特定の自然人によってのみ説明され得る

ものであるから︑法人それ自体がアクトスレウスやメンズレアの要件を満たすことはできず︑違反行為者の特定はな

お不可欠であるという点を強調している︒また︑アメリカにおいて代位責任論が︑法人が従業員の違反行為を真摯に る ︒

関法

四八

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民事、刑事、行政訴 訟の裁判、公務員懲 戒及び司法行政を掌 理する。.

Kikuta, Capital Punishment in Japan and the International Code, 7 Meiji Law Journal 1 2000 ; International Herald Tribune, supra note 24, at 2... International Herald Tribune,

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