第9章 介護サービス契約の法的構造と介護サービスの安全性
―― 社会保険スキームとの関係を中心に ――
第1節 はじめに ―― 問題の所在と本章の構成
第2節 保険対象となる介護サービス契約とそれ以外との比較 第3節 介護サービス契約の法的構造からの把握
第4節 社会保険スキームの役割と安全性の位置づけ 第5節 介護事故における法的責任との関係
第6節 まとめに代えて
第1節 はじめに ―― 問題の所在と本章の構成
本章では、介護保険の保険対象となる介護サービス契約の法的構造について検討する。
とくに介護保険の対象となる介護サービス契約に対して求められる安全性の水準につい て、いいかえれば介護事故に際して求められる法的責任の水準について、これまでの裁 判例と、賠償責任保険等の民間保険スキームについての考察を踏まえつつ、社会保険と の関係も視野に入れて検討する。
介護保険制度では、社会保険スキームのなかで介護サービスが提供されるが、具体的 には介護サービスを提供する事業者側と利用者側の間の契約によりサービスが提供され、
その費用が保険者より給付されることになっている。ただしこのいわゆる償還払いにつ いては、実際には指定事業者についてはほとんどの場合に代理受領の仕組み(介護保険 法41条6項)を通じて現物給付化されている。
近時、このように介護保険の対象となるサービス契約が「介護保険契約」と呼ばれる 場合があるが、やや紛らわしいので、以下では「保険対象となる」介護サービス契約と 呼ぶ1。保険対象とは、当該サービスにかかる費用が、後述する介護保険法の要件に該当 して給付されることを意味する。
このような保険対象となる介護サービス契約の法的位置づけについては、これまで必 ずしも十分意識されてこなかったように思える。もちろん介護保険制度のもとでの介護
サービス契約をめぐる諸問題については縷々議論されているが、一般的に、介護保険の 保険対象となることが、介護サービス契約をめぐる法関係に及ぼす効果について、従来 の問題意識は必ずしも鮮明ではなかったように思える。
具体的には、たとえば介護サービス契約を、介護保険制度と関係なく締結することは 可能なはずである。後述するように、要件を満たさないことで「保険対象とならない」
ケースはいろいろ考えられるが、さらにいえば要件を満たしていても、当事者の意思で
「保険対象としない」という選択がありえないわけではない。
より実際的にいえば、介護保険が創設される以前から、同じようなサービス内容を目 的とする契約が、民間事業者との間でいわば通常の市場取引として締結されていたし、
後述するように、今日でもいわゆる上乗せ部分のサービス提供は、サービスの内容は同 じでも、保険対象とならない。その場合、費用が保険者から支払われることはないが、
それを除けばサービス提供の態様は、保険対象となっている場合のサービス提供とまっ たく変わらないように見えるであろう。
そこでたとえば介護サービス提供に求められる安全性の水準は、保険対象となる場合 と、そうでない場合とで異なるのであろうか。サービスの履行プロセスで事故が発生し た場合、過失の判断基準となる注意義務の水準は、両者で同じなのであろうか、異なる のであろうか。利用者側からすれば、保険対象となるかどうかによって、安全性の水準 が異なるというのは納得しづらいであろう。しかし逆に、介護サービスの提供自体はた とえば家庭内でも日常的に行われていることを考えれば、社会でのあらゆる介護サービ スの提供に、同じ程度の安全性水準を要求するのは現実的ではない。
かつてボランティアの民事責任が問われた裁判事案である東京地裁平成10年7月28 日判決(『判例時報』1665号84頁以下)2において、「無償の奉仕活動であるからといっ て、その故に直ちに責任が軽減されることはないというべきであるが、もとより、素人 であるボランティアに対して医療専門家のような介護を期待することはできないことも いうまでもない」というやや両義的な判決文があったことが想起される。
すると改めて、保険対象となる介護サービス契約と、そうでない契約との法的構造を、
社会保険スキームとの関係に焦点を当てつつ比較してみることには意義があると考えら れる。なるべく法的な構造が似ている2つの契約類型を比べてみることは、一定の契約 が保険対象となることの意味合いを浮かび上がらせることにつながろう3。
以上のように考えると、本章で行うべきことは、まず介護サービス契約が介護保険の
対象となる意味合いを把握するために、介護保険の対象となる契約と、そうでない契約 とを比較することにより、介護サービス契約と介護保険制度との結節点を把握すること であり、これを踏まえたうえで、とくに介護事故に対して、介護保険制度のもとでの介 護サービス契約のなかで可能な対応を検討することである。
そこで以下では、まず第2節で介護保険の保険対象となる介護サービス契約とそれ以 外とを比較し、第3節で保険対象となる介護サービス契約の法的構造を介護保険との関 係で分析した上で、第4節で社会保険スキームにおける安全性の位置づけについて検討 し、第5節でこれらの介護事故に対する法的評価・対応との関連に言及する。
なお本章では具体的な介護サービスの例として、訪問入浴介護サービスを中心的に取 り上げている。すなわち訪問介護の一環としての入浴介助ではなく、外部から浴槽を持 ち込んでサービスを提供するタイプである。
この訪問入浴を中心的に取り上げるのは、第一に他のサービス種類と比べて定型的で あり、介護報酬も利用者の要介護度によって異ならない点、また第二に介護保険制度の 創設以前から、民間事業者等により、いわば通常の市場でのサービス提供が行われてき ていることから、介護保険の対象となる場合とならない場合との比較を行いやすい点な どによる。
とくに同じ入浴サービスの提供でも、訪問介護の一環として行われる自宅の浴槽を用 いてのサービス提供や、施設内での入浴サービスの提供と比べると、訪問入浴ではサー ビス提供にかかるハード面・ソフト面ともに他のサービスから独立しているので、単独 で取り出して検討しやすい面がある。また本来は施設サービスを含め、他のサービス種 類についても検討すべきであるが、もっぱら論点の明確化に資する代表的サービスとし て訪問入浴を取り上げるものである。
第2節 保険対象となる介護サービス契約とそれ以外との比較
(1)保険対象となる要件
介護サービス契約や、契約に限らず介護サービスの提供が、家庭内を含めて社会の様々 な場面で行われていることを考えると、介護保険はそれら社会のすべての介護サービス をカバーしているわけではなく、その中でもいくつかの要件をみたすものが、保険対象
(介護保険による費用の給付の対象)となっていることが分かる。
したがってこれらの裏返しとして、当然ではあるが、一定の要件を満たさない介護サ ービスの提供は、それが契約形態かどうかは別として、保険対象とはならないことにな る。
具体的には第一に、一定の当事者のみが、保険対象となる介護サービス契約の当事者 となりうる。すなわち利用者側は、申請に基づく要介護認定を経た要介護者・要支援者 である必要があり、また事業者は、都道府県の指定を受けている必要がある4。
したがって、たとえば介護保険法に定められた訪問入浴が、介護認定で自立と判定さ れた利用者に対して提供されても、保険対象とはならない。
第二に、契約の対象となるサービス種類は、訪問介護・訪問入浴・通所介護等々、そ れぞれ法定された在宅サービス・施設サービスに限られている5。
したがって、要介護者に指定事業者からサービスが提供されても、当該サービスが法 定サービスでなければ、保険対象とならない。
第三に、要介護度別に定められている支給限度額の範囲内の介護サービスであること を要する。この限度額を超えた部分については、いわゆる上乗せサービスとして、全額 自己負担でサービスを利用することになる6。
したがって、要介護者が指定事業者から訪問入浴サービスの提供を受けた場合でも、
支給限度を超えていれば、その部分は保険対象とならない。
第四に、介護保険法や政省令・通達等により、契約義務、秘密保持義務、記録整備義 務、衛生管理義務、賠償義務等々の契約の態様に対する規制が課されることになる。た とえば在宅サービスであれば「指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関す る基準」(平成11年3月31日厚生省令第37号)等が、これらを詳細に規定している。
これらのいわゆる公法的規制により、「契約の自由」が縮減されていることになる。
ただしこれらの公法的規制が、契約の私法的効力に影響を及ぼすかどうか、すなわち 公法的規制に違反する契約は私法上の有効性も否定されるかどうかについては、よく知 られているように一般論としても、また介護サービス契約に限っても議論がある。さら にいえば第一から第三の点と異なり、介護保険法や政省令・通達等が定める要件に合致 していないことが、直ちに保険対象とならないことを意味するかどうかについては、少 なくとも実態上は微妙である。すなわち公法的規制に合致していたかどうかは、事後に なって判明し、問題となることが多い。見方によっては要件というよりは、保険対象と なることが契約に及ぼす効果として機能しているともいえる。
(2)保険対象となる効果
これらの要件を満たす契約が、保険対象となり、保険給付に要する費用が保険者から 給付される。これが「(1)保険対象となる要件」で述べてきた一定の要件に対応する法 的効果と考えられる。
保険対象となる場合、利用者が支払う金額・事業者が受け取る金額は、一律に法定さ れている。たとえば訪問入浴の介護報酬は、原則として1250単位で算定され、1単位 が10円だとすれば、1回のサービス価格は12,500円となる7。
ただし費用の給付といっても実際には代理受領により現物給付される場合が多く、そ の場合には利用者は事業者に対して原則1割の一部負担のみを支払うことになる。また 介護認定前の利用、基準該当サービスの利用、保険料の滞納時等々、代理受領の要件を 満たさない場合、サービス利用の際に費用の支払が発生するが、その費用の原則9割が 償還されることになるから、利用者は実質的には当該介護報酬の原則1割を負担するこ とになる。
(3)両者の比較
ここで論点をクリアにするため、「(1)保険対象となる要件」で述べた第三の要件に 焦点を当ててみたい。すなわち同じ当事者間での、同じサービス種類(たとえば訪問入 浴)にかかる介護サービス契約であっても、支給限度額を超えていれば保険対象となら
ない。
そこで思考実験としては、支給限度内での1回の訪問入浴の利用にかかる介護サービ ス契約と、それを超えた1回の訪問入浴の利用にかかる介護サービス契約とを比較して みることが有益であろう。
もちろん実際にはケアプラン策定を介して一括して契約されることが多いであろうし、
さらに実態としてはそもそも、このような上乗せサービスの利用は多いとはいえない。
それでもこのような観点から見ることで、保険対象となる介護サービス契約と、そうで ない契約との差異が明らかになると思われる。
先行研究において、介護サービス契約やこれに限らず福祉契約全般にかかる法理が検 討される際には、その特殊性が平面的に列挙される場合が多い。すなわち①事業者側は 専門性を有しており、②利用者側は社会的弱者であり、③サービス内容は無形・属人的・
身体侵襲的・継続的であり、④公的給付の対象であり、という形である8。
確かにこれらが重畳的に、利用者保護にかかる法的要請を導いているという面はある。
しかし理論的には、これら平面的に並べられた特性を分節的に検討する必要があるよう に思われる。いいかえればこれらが必要条件なのか、十分条件なのかということである。
そこで本章では、上記の①・②・③の条件は同一にした上で、④だけを変数として取り 出して、いわば因子分析を企図しているわけである。
そこで前述したような様々な要件が課された保険対象となる介護サービス契約と比べ て、給付限度額を超えて保険対象ではなくなった介護サービス契約においては、同じ当 事者間・同じサービス種類(たとえば訪問入浴)の提供に際して、どのような「契約の 自由」が回復するであろうか。
たとえば「(1)保険対象となる要件」の第四の点で挙げたような様々な公法的規制に ついては、それが保険対象ではなくなったときにどうなるであろうか。1つには、もろ もろの公法的規制は引き続き遵守すべきだとの論が成り立ちうる。保険対象でなくなっ たから、急に契約書も締結しない、賠償義務も放棄するというのでは、事業者としての モラルが疑われるのは当然である。
ただしこの点は、「(2)保険対象となる効果」で述べた保険対象となる効果との関係 で再検討する必要があるであろう。すなわち保険対象となるかどうかは、事業者にとっ ては介護報酬が保険者から支払われるかどうかということを意味するが、あわせて契約 内容という面での保険対象となることの重要な効果は、その価格の一律性である。たと
えば訪問入浴の介護報酬は前述したように、原則として 1 回のサービス提供につき
12,500円と定められている。
いいかえれば保険対象ではなくなることで、契約当事者は契約価格面での自由を回復 する。訪問入浴の1回のサービス価格を、当事者間で 12,500 円としても、それ以上と しても、逆にそれ以下としても構わないはずである。
そこで仮に当事者間の合意で、価格を2万円とした場合、あるいは逆に500円とし た場合、第四の点として挙げたもろもろの公法的規制は、なお遵守されるべきなのであ ろうか。さらに介護サービス契約にかかる他の要素、たとえばサービス提供にかかる安 全性の水準や、介護事故に際して求められる注意義務水準についても、契約の価格(対 価)の水準は影響を及ぼすのであろうか。これらが次の問題となろう。
いずれにせよ保険対象となるということの、介護サービス契約の側から見た重要な効 果は、価格の一律性である。この点を意識しつつ、介護サービス契約の法的構造につい て次節以下で検討する。
第3節 介護サービス契約の法的構造からの把握
以上の保険対象となる介護サービス契約とそれ以外の契約との比較を踏まえて、介護 サービス契約の法的構造の把握を試みたい。すなわち契約構造の中で、どの部分に「保 険対象となっている」ないしは「保険対象となっていない」ことが反映しているのかと いう観点からの分析である。
(1)契約の中心的部分と付随的部分という把握
契約法理論の領域では、契約の構造について、その中心的部分と付随的部分とに分け て把握することを提唱する学説がある9。
2000年に制定された消費者契約法においてはこの二分法の影響が見られる。すなわち 契約を「主たる給付内容」と「付随的内容」とに分けて、消費者保護的な要請に応える ために、前者については契約締結過程における情報提供により問題に対処する一方、後 者については不当条項リストにより対処するという形で、法的対応の方向性を明確に塗 り分けているのである。
そこで介護サービス契約について、このような二分法は適用できるであろうか。いい かえれば介護サービス契約の中で、主たる給付部分、すなわち当事者が獲得しようとし ている部分は明確に出来るであろうか。
「法と経済学」の考え方によれば、人が契約を結ぶのは、余剰(surplus)を増加させ るためである10。ここで契約というのは、文書化されているかどうかにかかわらず、当 事者間の法的関係を意味する。当事者双方にとって余剰が増加するときに、契約が成立 する。本章に即していえば、利用者は、介護サービスの利用により余剰を増加させるこ とができるからこそ、介護サービス契約を締結するのである11。もちろんここまで迂回 しなくても、人が契約を締結するのは、何らかの意味で幸福ないしは効用・福利が増大 するからだと考えるのは自然であろう。
このとき本人の余剰(幸福・効用・福利)の増大に直接かかわる部分を、契約の中心 的部分として把握することができる。すなわち「何を、いつ、どこで、だれが提供する か」に関する部分であり、たとえば事業者から利用者に提供される、訪問入浴のサービ
ス自体に関する部分である。
もちろん第4章でも見たように、そもそも介護とは何か、看護や医療との違いはどこ にあるのかという議論はありうるものの、とにかく何らかの介護サービスが提供されな い限りは、いかなる意味においても当事者の余剰(幸福・効用・福利)は増加しないの であり、その意味でこれを契約の中心的部分と呼ぶことができる。いいかえれば契約締 結の前後で、何らかの意味で当事者の余剰(幸福・効用・福利)は増加するはずであり、
そうでなければ契約を締結するはずがない。その余剰(幸福・効用・福利)の増加に直 接関与する部分こそが、契約の中心的部分である。
そしてこの点は、すべての当事者に、あるいは本章に即していえばすべての利用者に、
妥当するものと考えられる。いいかえれば一定の介護サービスを利用するという以外の 目的を中心に据えて、契約を締結するということは、少なくとも通常は考えられない12。 他方、契約の中にはこのような中心的部分とは異なり、当事者の余剰には直接かかわ らない部分、すなわち付随的部分がある。付随的部分としては典型的には裁判管轄、料 金の支払方法、キャンセル料の取扱等々が挙げられる13。
もちろん一定のしかるべき事態においては、これらも当事者の利害に直接かかわって くるものであり、だからこそ介護サービス契約においても契約文書の中でこれらを明確 化することが要請されているわけである。すなわち契約履行プロセスで何らかの正常で はない事態が発生した場合においては、この付随的部分が当事者の余剰に、いわば事後 的に大きく影響する。
それでも当事者は、そもそもたとえば裁判管轄を一定の内容に定めるために契約を締 結しているわけでも、料金の期日を月末に定めるために契約を締結しているわけでもな い。いいかえれば正常ではない事態さえ起きなければ、このような契約条項がどうあれ、
介護サービスの提供により当事者の余剰は増大する。そうした意味で、これらを契約の 付随的部分と位置づけることが可能である。
付言すれば、契約の中心的部分と付随的部分という区別は、多くの民法上の議論がそ うであるように、主として物の売買を念頭に置いたものである。その限りで、区別は比 較的明確であるが、それを役務提供契約に適用することには、無形のサービスにおいて はその中心的部分と付随的部分が渾然一体となっていることから、疑問が呈されること もある。しかし本章で検討するとおり、介護サービス契約についてはこの区別をもとに 分析する意義が小さくないと考えられる。
このように介護サービス契約について、契約の中心的部分と付随的部分とを観念する ことができるが、さらに第三に、この両者の中間的な部分があると思われる。具体的に は、「一定の」当事者にとって、その余剰(幸福・効用・福利)の成否に重大な影響を及 ぼす部分である。これは両者の境界領域というにとどまらず、むしろ中心的部分とも付 随的部分とも異なる性格を有し、法的対応としても異なる方向性が求められる領域では ないかと考えられる14。
いいかえれば、すべての当事者にとって、契約による余剰の成否を決する中心的部分 と、契約による余剰の成否とはかかわらない付随的部分との間に、一定の当事者にとっ て契約による余剰の成否にかかわる中間的部分があるというのが、本章の採用する契約 構造についての図式である。
以上をもとに、以下では介護サービス契約の構造に即した分析を試みたい。
(2)契約の中心的部分
まず契約の中心的部分については、そもそもの契約目的、いいかえれば余剰(幸福・
効用・福利)の増大に直接かかわる部分として位置づけられる。すなわち特定の種類・
内容の介護サービスが、特定の相手方から提供されるということであり、仮にその「特 定」という点が必ずしも一義的でないにせよ、ある程度までは双方の当事者にとって内 容が明確であるからこそ、契約が成立するのである。
たとえば訪問入浴であれば、特定の事業者が、特定の利用者に対して、特定の日時に 利用者宅を訪問して、訪問入浴サービスを提供するというのが契約の中心的部分となる。
もっともこの点で、介護サービス契約の不明確性、不完備性がしばしば指摘される。
契約のまさに中心的部分であるべき介護サービスが、文書で完全には書きあらわせるも のではなく、そのため契約が正確に履行されたかどうかの基準が一義的に明確にはなら ないことが、強く意識されるのである。訪問入浴などは、介護サービスの中でも比較的 定型性の高いものだといえるが、たとえばホームヘルプによる家事援助では、その行う べき仕事の範囲等について、トラブルが生じやすい。そのため介護サービスを契約とい う法的構成で提供することには無理があるという趣旨の指摘も出てくることになる15。
しかし契約の主たる給付内容であるかどうかと、その内容を一義的に文書で書きあら わせるかどうかは、別の次元の問題である。物の売買等と異なり、主たる給付内容を一
義的に文書で書きあらわすことが困難であるのは、一般的な役務提供契約についても共 通していえることである。
そしてこの中心的部分の介護サービス本体とは、まさに介護保険法(40条等)で給付 種類として列挙されているサービス内容である。さらにその「いつ、どこで、どのくら いの量を」という基本的な提供方法が、サービス内容と不即不離のものとして、契約の 中心的部分として特定されているものと考えられる。物の売買等と異なり、役務提供契 約であるため、これらが特定されないと契約の履行にならないからである。
以上を前節との関係でいうと、保険対象となる介護サービス契約では、①当事者は一 定の範囲に限られ、②サービス内容である給付種類は法定の範囲のものに限られ、③サ ービス量は、支給限度額の範囲内で限られることになる。逆にいえば、保険対象となら なくてもよいということであれば、これらの制約は外れることになる。
とりわけ契約の価格(対価)との関係でいえば、保険対象となる場合には、その価格 である介護報酬が基本的に一律であることから、特定の利用者で考えてみると、判定さ れた要介護度によって定められた支給限度額、あるいはその中で当該サービスに割り当 てられる限度額により、サービスの量の上限が自動的・一義的に決まることになる。た とえば要介護度2と判定されて、1ヶ月に約20万円に相当するサービスを利用できると した場合、他のサービス利用との関係で、そのうちの1/4の5万円を訪問入浴に当てら れるとすれば、介護保険の給付の範囲内で訪問入浴を利用できる回数は自動的に約4回 までとなる(12,500円×4=50,000)。そこではサービスの価格の高低との関係で、利用 者側が契約の相手方やサービスの質を選ぶ余地は基本的にはない。
(3)契約の付随的部分
次に契約の付随的部分であるが、この部分は本章が採用する契約構造の図式において は、余剰(幸福・効用・福利)の増大に直接かかわらない、しかし法的な関係が織り成 されている領域として位置づけられる。
介護サービス契約のモデル契約書などの作業において意識されているのは、主にこの 部分である16。いいかえれば介護サービスを契約という法的構成により提供することに 伴って、契約文書に盛り込まれるに至ったのは、契約の中心的部分である介護サービス そのものではなく、主にこの付随的部分といっても良い。たとえば訪問入浴においても、
裁判管轄、料金の支払方法、キャンセル料の取扱等々が契約書の中で定められるのが通 常である。
この点も、介護サービスを契約という法的構成により提供することに対する別の種類 の批判を招いた。たとえば「事業者側に有利な条項が増えるだけで、かえって利用者を 縛るものになる」「契約に書いてあっても、利用者は理解できない」「約款のようなもの であり、法制化したほうが良い」等々の趣旨の指摘がこれにあたる。
いずれも正しい要素を含む指摘だが、一般的な役務提供契約においても、このような 付随的部分は必要であり、それらは往々にして定型的・約款的なものとならざるを得な い。当事者同士が個別に交渉して契約内容を定めるよりは、一律に契約内容を定めるほ うが、公平かつ効率的であるためである。
そこでこの付随的部分については、消費者ないしは利用者保護的な要請がしばしば指 摘される。いわゆる不当条項規制の守備範囲であり、モデル契約書の役割もここに集中 している。
さて、この付随的部分については、前節との関係で、介護保険の保険対象となってい るかどうかを前面に出して議論する必要性は、かなり薄いのではないかと考えられる。
いいかえれば介護サービスを提供する契約であれば、それは保険対象であれ、そうでな いものであれ、同じように消費者保護的な要請が働くといえる。さらにいえば介護サー ビス契約以外でも、たとえば高齢者が契約当事者であることのみによって、あるいは役 務提供契約であることのみによっても、消費者保護が要請される場合も多いように思わ れる。
もちろん一定の介護サービス契約が保険対象となっており、その財源に多くの保険料 に加えて公費も投入されていることが、より強く消費者保護的要請をもたらすという論 理は、感覚的には十分理解できるものがある。しかし逆に、それでは保険対象ではない 介護サービス契約の場合は、消費者保護的要請が一段弱まるとはいえないのではなかろ うか。より具体的にいえば、一定の付随的条項が、保険対象となる契約であれば不当条 項として効力を否定され、保険対象ではない介護サービス契約であれば有効だというこ とはやや考えづらい。
介護サービス契約における不当条項への規制を正当化するために、保険対象となって いる点を持ち出すことが、たとえば裁判の場などで実践的な意味で有用なことは確かで ある。しかしそのような公的契機は、消費者保護のための必要条件ではないように思わ
れる。
とりわけ契約の価格(対価)との関係で、条項の内容が左右されることは好ましくな いと考えられる。たとえば付随的部分に「より手厚い保護条項」を盛り込んだ場合は、
あるいはその逆の対応をした場合には、それは間接的であれ、サービスの提供コストに 反映する17。しかしこのような点は、契約締結の際に当事者(利用者)によって意識さ れ、契約締結の成否に影響を及ぼすことは考えづらいことからしても、事業者ごとの競 争原理が働くものではない。そもそも利用者の関心が向けられることがないのが、契約 の付随的部分なのである。したがって、保険対象とならない介護サービス契約で、価格 の一律性の制約がない場合であっても、この付随的部分で「高い価格に応じた手厚い内 容」や、逆に「安かろう悪かろう」があるのは妥当ではない。
付言すれば、この領域では契約前の情報提供により解決されるべき要素もそれほどは ない。このような付随的部分について、事前に逐一利用者に説明して理解を得るという のは限界がある18。
いいかえればこの付随的部分は、むしろ一般的な約款規制等に服するべき部分ともい え、そこでは不当条項への一律的な規制が主たる法的課題となろう。
(4)契約の中間的部分
以上のような契約の中心的部分・付随的部分とは別に、もう一つの中間的部分を観念 することが、介護サービス契約の構造把握においては有用であるように思える。この中 間的な部分とは前述したとおり、一定の当事者にとっては余剰(幸福・効用・福利)の 増大の成否に影響を与える領域をさす。いいかえれば契約の中で、「そういうことについ て気にしない人も多いが、気にする人にとっては重要」というべき領域である。
そしてより具体的には、この介護サービス契約の中間的部分には、個々の利用者が自 己決定により決めていくべき部分と、社会保険スキームの中で、社会的・一律に決めて いくべき部分とがあるように思われる。
一般的な役務提供契約においても、そのサービス提供の具体的態様にかかるそれぞれ の要素に限ってみれば、当事者(利用者)によってその関心に濃淡があることがある。
たとえば訪問入浴についていえば、具体的な訪問担当者、用いる浴槽や湯温・湯量、実 際の入浴方法等々、様々な要素からなっている。これらサービス提供にかかるひとつひ
とつの要素をみていけば、ほとんど誰も気にしない部分から、一定割合の利用者が気に する部分、ほとんどすべての利用者が気にする部分まで、区々であろう。利用者によっ て、その要素への関心の濃淡があることから、極論すればまったく同じ態様でサービス が提供された場合であっても、利用者によって、不完全履行と感じられるかどうかが違 ってくる可能性もある。
しかしそのことを承知した上で、これらの領域を、自己決定にもとづく合意を通じて、
いかに契約という法的構成の内部に取り込んでいくかを工夫していくことは、今後の重 要な課題の1つだと考えられる。そのことが利用者の余剰(幸福・効用・福利)を増加 させるからである。いいかえればこのような中間的領域は、契約という法的構成の意義 を積極的に活かしうる領域だといえる。
ところでこれらのサービスの質は、しばしば価格との関係が明確である。すなわち高 い質のサービスを実現するためには、高いコストを要する。たとえば訪問入浴であれば、
なるべく広い浴槽で、ゆっくり入浴したいというのは比較的多数の利用者に共通したニ ーズだと思われるが、このニーズに極力応えようとすれば、そうでないときと比べて多 くのコストが発生する19。
そうだとすると、保険対象となる介護サービス契約の場合は、各サービスの価格が介 護報酬として一律に法定されていることから、客観的な高低を伴うサービスの質につい ては、これを画一的に定めるか、あるいは選択肢を別のなんらかの質との「差し引き」
で設定するしかない20。
さて、これらはサービスの質の中でも個々人の関心に即した要素ということであった が、それとは別に、比喩的な表現ではあるが、「社会的関心」ないしはより直裁にいえば
「政策的要請」というべきものが存在し、それが契約の中間的部分のあり方に影響する 場合があると考えられる。
たとえば訪問入浴については、省令で原則として3人(看護職員1人及び介護職員2 人)での提供が決められている21。利用者の中には、そのことを気にする人もいれば、
しない人もいるであろう。仮に2人でサービス提供を行い、何の問題も無く終了するこ とも考えられる。大げさにせず2人くらいによるサービス提供の方がよいという利用者 もいるかもしれない。
このように訪問入浴の際の介護人数は、見方によってはサービス提供の中核部分にか かわる部分ではあるものの、必ずしも債務の本旨そのものではなく、いいかえれば所定
の訪問人数を満たしていたかどうかが債務不履行の有無にかかる判定とは直結するもの ではなく、これに対する当事者による関心が区々であることからすると、本章の図式か らすればまさに契約の中間的部分といえる。しかしこの訪問人数については、個々人の 関心に即したサービスの質とは異なり、いわば社会的関心・政策的要請に裏付けられた 公法的規制により、保険対象の介護サービス契約の内容に組み込まれているとみること ができる。そしてこの点は、契約の価格(対価)と関係しており、この人数を別の形で 設定すると、当然サービス提供に要するコストは変わってくるはずである。
なお第1節で述べたとおり、訪問入浴の場合、利用者の要介護度にかかわらず介護報 酬は一律である。これは訪問入浴では、利用者の要介護度によって、サービスの提供に 要するコストが大きくは変わらないためと考えられ、この点は訪問介護や訪問看護も同 様である。厳密に考えれば、利用者の要介護度が重ければ、コストも多く要するはずで あるが、在宅サービスのように限られた時間内で一定のサービスを提供するに際しては、
介護報酬を段階別に設定するほどにはコストの差が生じないものと考えられる。他方、
通所サービスや施設サービスにおいては、利用者の要介護度が重ければ、介護に要する コストも多く要するので、介護報酬も高くなっている。そのコストの中には、利用者の 要介護度に応じた安全性の確保に要するコストも構成要素として含まれているものと考 えられる。
これらの点は、保険対象となる介護サービス契約でなければ事情が異なると考えられ る。たとえば同じ事業者が、介護保険とは関係なく、利用者との合意により、2人によ るサービス提供を定めた契約について、その法的効果を公序良俗違反として、あるいは 消費者保護の観点から、否定することは容易ではないであろう22。
また具体的な公法的規制の内容としても、たとえば人数について、この3人というの が唯一絶対の基準かといえば、議論はあろう。安全性という観点からは、手厚い配置の 方が望ましいが、あまり手厚い配置を要求すると、幅広いサービス提供に支障が出るこ とも考えられる。したがって省令の内容は、見方によってはある程度の安全性と効率性 を顧慮しながら、とりあえず一定のラインを決めただけのことともいえる23。そうでな ければ、すなわちもし3人というのが一義的、最低限の社会的要請であるならば、保険 対象とならない契約によるサービス提供であっても、一律にこの規制は守られるべきだ と考えなければ整合性が取れない24。
いいかえれば保険対象となることで、介護サービス契約に対して、訪問人数を通じて
サービス提供の安全性に関する一定の枠組みが与えられる。このような形でサービス提 供に、社会的関心や政策的要請にもとづく一定の枠組みを与えることに、社会保険スキ ームの1つの意義があるといえる。
このような文脈の中で、いくつかの公法的規制を理解することができる。社会保険ス キームの中で、社会的に決定する意義があるのは、給付水準だけではなく、サービスの 種類や、その具体的態様・質についても同様である。とりわけ市場や家族における介護 サービスの提供との比較で、この点を指摘することができる25。
このように介護サービス契約の契約構造については、その中間的部分をさらに、利用 者の自己決定を重視する部分と、社会的関心・政策的要請が反映する部分の2つに分け て把握して、それぞれの特性に応じた法的対応を図っていくことが適切ではないかと考 えられる。
とりわけ中間的領域のうちでも後者の保険対象となることで、社会的関心・政策的要 請が色濃く反映する領域については、その反映にかかるメカニズムを意識することの意 義が大きい。なぜなら保険対象となるサービス契約の場合、その価格の一律性を活用し て、すなわち介護報酬を上下させることを通じて、一定の社会的関心・政策的要請を、
契約の内容に埋め込んでいくことが可能であるからである。このメカニズムを明確に意 識することで、法政策的に対応可能な地平が拡がるものと考えられる。次節で述べると おり、介護サービスの安全性にかかる議論は、この文脈に位置づけられるべきである。
第4節 社会保険スキームの役割と安全性の位置づけ
社会保険の制度設計は通常、何を保険事故として、どのような給付を行うかという点 が、保険料との関係で議論される。介護保険においては、給付内容としてのサービスの 種類は、第2節で見たとおり、介護保険法(40条等)によって定められている。
しかしサービス種類としては保険対象となる場合でも、その具体的態様、すなわちサ ービス契約の構造における中間的部分により、保険対象となるかどうかが選別される場 合がある。そこに社会で広く行われている介護サービスに対する社会的関心・政策的要 請があらわれることをみてきた。
いいかえれば社会保険スキームには、市場や家庭内で提供されているサービスの中か ら、一定のものを定型化してピックアップする役割がある。この定型化は、社会的関心・
政策的要請にもとづき、一律の価格を付与することにより行われる。
このメカニズムは、社会保険スキーム側から見れば、定型に外れたサービスを社会的 に禁止することなく、規格に当てはまるものだけに費用を給付する仕組みである。また 利用者側からすれば、保険対象となっていれば、社会的関心・政策的要請に裏付けられ た定型にはまっていることが識別できるし、保険給付として費用の給付を享受できる一 方、それ以外のサービスの利用も否定されることはない。
注意すべき点は、いわゆるサービスの安全性の問題も、このような社会的関心・政策 的要請にもとづくものであり、介護サービス契約の法的構造の上では中間的部分にかか わるということである。訪問入浴について例として挙げてきた人員配置基準などは、端 的に安全性の問題として位置づけられよう。
通常、安全性は絶対的な価値と位置づけられることが多い。しかし多くのサービスと 同様に、介護サービスにおいても「安全かどうか」は必ずしも択一的な問題ではなく、
むしろ安全のためにかけたコストとの関係でその水準が決まってくるという側面が強い。
たとえば介護サービス提供の際の人員配置を手厚くすればするほど、介護事故の裁判例 に多くあらわれる「ちょっと目を離した間の事故」を防げる確率は高くなろう。
そして第3章第4節および第6章第8節で検討したとおり、理屈の上では安全のため にかけたコストと、それによる事故防止効果との関係から、どの程度のコストをかけて、
どの程度の水準の安全性を確保するのが望ましいかという目標を、社会的費用最小化の
観点から定めることができる。実際には理屈どおりに一義的な目標水準を算定できない としても、明らかに人手不足に起因する事故を防ぐためにはどの程度の人員を配置すれ ばよいかという想定は、経験的に可能であろう。すなわち少なくとも考え方としては、
事前の対策として、たとえば人員配置基準において「あるべき安全性水準」を実現でき るような人員数を想定することができる。
しかし一定の「あるべき安全性水準」があったとしても、その安全性水準を下回るサ ービスを社会から完全に排除することには問題が多いし、現実的ではない場合がある。
たとえば家族介護にもその基準を適用することや、基準に達しないサービスを直ちに私 法上無効とすることなどは、画一的に過ぎよう。他方、だからといって、この安全性水 準を個々の自己責任に基づく意思決定に委ねることにはまた問題が多い。事後的・回顧 的に高い安全性を求めるのは容易であるが、事前に、とりわけ一定の対価との関係で、
高い安全性を求めるかどうかという意思決定を行うのは、個々人にとってはきわめて困 難なことだからである26。
このとき社会保険スキームの中で、具体的にはサービスの価格の一律性を活用して、
安全性の水準を社会的・一律に決定するという方策が有効だと考えられる。つまりその ような安全性水準を確保するために要するコストを織り込んだサービス価格を定めてお けば、事業者側がそのサービス価格をもとに、適切に対処する限り、サービスの安全性 は実現されるはずである。
このように、人員基準を定める政省令等の公法的規制の内容は、いわば限られた範囲 内での強行規定として機能する。いいかえればこれらは保険対象となる介護サービス契 約のスタンダード・パッケージを指し示している。それは利用者からは、介護サービス 契約の安全性に関する識別指標ともなりえよう27。
このようなプロセスは、介護報酬が一律に定められている以上、すでに事実上行われ ていることでもある28。しかしこの点をより自覚的にとらえ、政策的にこのメカニズム を積極的に活用していくことが可能である。安全性をはじめとするサービスの一定の品 質は、このメカニズムの中でコントロールできる部分があるはずである。すなわちこの メカニズムの活用により、介護保険の対象となる介護サービス契約に対しては、安全性 を確保するために要するコストを織り込んだサービス価格・介護報酬を定めると同時に、
高い基準での注意義務を求めることで、あるべき水準のサービスの安全性を実現すべき ではないかと考える。
ただし、安全性を確保するために介護報酬を引き上げても、その通りに安全性が確保 されるとは限らない。ひとつには、高い水準の介護報酬が確保されたにもかかわらず、
事業者が安全性の確保に注力しない場合であり、もうひとつは安全性確保に注力したに もかかわらず、事故が発生した場合の取り扱いである。したがって、介護事故が発生し た場合の法的責任の評価において、このメカニズムとの整合性をとる必要がある。この 点については次節で検討する。
第5節 介護事故における法的責任との関係
ここまで検討してきた点を、介護事故への法的評価および対応に即して再構成すると、
以下の通りである。
第一に、介護サービスの安全性を確保するためには、事故防止努力の投入が必要であ るが、事業者がそれに経営資源を差し向けることができるように、契約の対価面で配慮 を行う必要がある。具体的には介護保険における介護報酬の算定に際して、この事故防 止努力に要する費用を構成要素として位置づける必要がある。
ただしどの程度までの安全性を確保するかは、一義的な回答はなく、政策問題である。
少しでも安全性を高めようとすれば、投入可能な経営資源は限りないからである。そこ で理屈の上では第3章第4節および第6章第8節で述べたように、社会的費用が最小値 をとるポイントを基準とすべきだと考えられる。このポイントの特定およびこれに見合 う介護報酬の算出は、きわめて困難ではあろうが、何らかの形で決めなければならない 事柄である。あるいは何も決めなければ、事故防止にかかる費用の部分はゼロと算定さ れてしまう可能性があるともいえる。そうだとすれば少なくともその検討は、現場に任 せるべき事柄ではなく、もっとも専門的知見を集約しうる介護報酬策定・改定の場にお いて行うべきであろう。
介護サービスの提供が「措置から契約へ」移行することにより、いわゆる公的責任が 後退したとしばしば指摘される。確かに事業者に対する公的主体による直接的コントロ ールや、事業者の責任を公的主体の責任と同視するような法的構成が難しくなったのは 事実であろう。しかし上記のような適切なポイントの算定と、それを可能とする介護報 酬の設定、そしてこれを通じた安全性の確保が、いわば新たな公的責任として位置づけ られ得るものと考えられる。
実際問題としては過小な経営資源により、現場での人員不足や業務の繁忙などに起因 する事故は起こりやすく、次に述べる法的判断においても、往々にしてその点が問題と なる。すなわち限られた人員では、いかに奮闘しても、この程度しか事故防止努力は尽 くせなかったという場合である。このような場合に、被害者救済の観点から法的責任を 認めて賠償を命じると、現場に対しておよそ現実的ではない事故防止努力を求めること になってしまうため、裁判においては困難な法的判断をせまられる。裁判例としては、
多くの判決が、規定人員が少なかったことを理由とした免責を行わないなかで29、転倒 事案において、「常時監視することは、被告施設ないし行政、最終的に市民が負うべきコ ストも考慮すると、現実的とは言い難い」とした判決もあり30、裁判例のなかでも考え 方の違いがある。これらからすると、裁判に際してこのような困難な判断をせまられる ことがないように、具体的な裁判になる前に、あらかじめ政策的・制度的に対応をはか っておくことが望ましいといえる。
そして第二に、このような事故防止費用の確保を前提として、これと整合性をとる形 で事業者側の法的責任を問う必要がある。すなわち事業者側に重い法的責任を問うのは、
事故防止努力に経営資源を差し向けることが可能であるにもかかわらず、それを行わな かった場合ということになる。
もちろん経営資源の範囲で防止努力を尽くしても、事故が発生する場合はあるし、そ の逆の場合もある。しかしそれはあらゆる事故に共通する事柄であり、また全般的に見 れば、事故の防止努力を尽くすにつれて、事故の発生は少なくなることが合理的に期待 できる31。事故が生じた場合の法的責任の有無ないし度合いは、あくまで事故防止努力 の多寡によって決せられるべきであろう。
図式的にいえば、訪問入浴であれば、原則として3人の人員が配置され、それぞれが 事故防止努力を尽くすことが、求められる注意義務の「総量」になる。したがって、人 員が3人配置されていなかったり、配置されていた人員が、自身のとりうる事故防止努 力を尽くさないなかで発生した事故については、重い法的責任が問われるべきである。
他方、3人がそれぞれ事故防止努力を尽くしたにもかかわらず、偶発的に事故が発生し た場合は、仮により事故防止のための人的・物的資源投入を行えば結果を回避できる可 能性があった場合でも、重い法的責任は問わないということになる。なお逆に事故防止 努力を尽くさなかったが、偶々事故が発生しなかったケースも、損害が発生していない ので、少なくとも民事関係では法的責任は問われない。
ただしこれらの点は、あくまで適切な事故防止努力水準に見合う人員配置と、その配 置が可能な介護報酬が法定されていることが前提であり、現行の基準や介護報酬を前提 ないしは是認するものではない32。
もっともそのように上記で述べた注意義務水準を満たしていても、なお事故が生じた 場合も、法的には一定の「それほど重くない」責任と賠償義務は発生させるべきだと考 えられる。その理由は、第8章で検討したように、事故は不可避的.
とはいえ、なお防止
可能性があること、債務の内容として安全性の確保が位置づけられ得ること、また重い 責任を負うべき領域との境界線が不分明であることに由来する。具体的には、損害に応 じた定額的な賠償だけを行うべきだと考える。
したがって保険料コストとしては、通常の賠償責任保険と、「それほど重くない」責任 に伴う事故についても損害自体に着目した定額的給付を行う保険商品の2種類のコスト を要することになる。
もちろんこのように政策的に注意義務水準を定めることは、被害者救済の観点からは 問題を生じさせる可能性がある。財政的な制約を原因として被害者救済の範囲を画する ことは、見方によっては本末転倒だからである33。しかし介護保険という枠組みを、社 会的な合意にもとづく保険制度だと考えれば、何らかの水準で政策的に注意義務の境界 線を定めること自体は容認されるものであろう。保険料の水準と保険給付の水準の組み 合わせを、収支が均衡する何らかの形で選択し、契約内容とするのが保険の基本的な考 え方だからである。
第三に、それらの賠償義務を確実・迅速に履行するために、民間保険商品等による裏 づけを行う必要がある。そしてこれに要するコストである保険料相当額は、介護保険を 通じて、具体的には介護報酬の構成要素のなかに位置づける形で社会的に供給すべきだ と考えられる。とくに事業者側の事故防止努力不足に由来する、いいかえれば相対的に 防止可能な事故の損害をカバーする保険商品に要するコストまで、社会的に負担するこ とには疑問があるかもしれないが、これは一種の産業の高度化に伴うリスクとして、被 害者救済を重視する観点からも、社会全体で負担することが合理的である。この点につ いては、第8章第2節で扱った。
なお、これらの対応を前提として、事業者が保険に加入していない場合でも、上記の ような保険対応を前提とした賠償義務は免れないものと考える。そのことにより、個別 の事業者の賠償資力の問題は残るものの、結果的に事業者に対する保険加入義務を課し たのと同様の効果をうむことができよう。
第6節 まとめに代えて
介護保険制度においては、介護サービスの提供が契約という形で再構成されるととも に、その費用が社会保険スキームから支給されるという形で、社会保険と契約との新し い関係が生まれた。「措置から契約へ」のスローガンと、介護保険法上の償還払方式は、
この結節関係を強く意識させるものであった。しかし実際にはもっぱら契約という手法 と福祉サービスとの不整合が指摘されることが少なくない。
だが介護サービス契約の法的構造について、とくに社会保険スキームと契約との結節 点を仔細にみれば、一方ではより自己決定を活かす余地があり、また他方ではより社会 的決定の意義を活かすべき領域があるように思われる。本章では後者の社会的な側面を 中心に議論したが、このような法的構造を自覚的にとらえることで、利用者個々のニー ズと社会的関心・政策的要請の双方に即した法政策を展開することが可能となろう。
民事法理の枠内で、あるいは逆に社会法理の枠内だけで問題を解決しようとするので はなく、むしろ両者の結節点を見据えた法政策を展開することが、あるべき福祉関係の 構築に寄与すると思われる。
そのことが端的に必要とされる局面、あるいは有用な局面として、介護サービスの安 全性の確保と、これと連動する介護事故に対する法的評価の問題があると考えられる。
いいかえれば介護事故や介護サービスの安全性の問題は、民事法理と社会法理とが四つ に組み合う交錯点なのである。
従来、介護サービスの安全性の問題は、質の確保の一環として、供給主体への規制の 中に位置づけられ、社会保険の枠組みとは別の次元の問題として考えられてきた。しか し社会保険という仕組みは、そこで給付するサービスの安全性を社会的・政策的にコン トロールする可能性をもった枠組みである。社会保険は、給付の一律性にひとつの特徴 があるが、それを給付水準以外にまで及ぼして考えることは不可能ではない。
介護サービスにおいても、その安全性の水準は、事故防止のためにかけたコストのい わば関数であることから、介護保険の対象となるサービスの価格の一律性を活用して、
その安全性をコントロールしていく道は模索に値する。
そのためには、この事前に制度的・政策的に確保すべき安全性の水準を、介護事故の 事後的救済における法的基準に反映させることが必要である。介護事故における被害者
救済等の事後的な適切な対応と、介護事故の防止に向けた事業者側の実効的な取り組み を両立させるためには、このような介護保険の社会保険としての特性を積極的に活かし た法政策を展開していくべきであろう。
第9章 注
1 「介護サービス契約」、「介護契約」、「介護保険契約」等の用語法については、大村 敦志「成年後見と介護契約」『法の支配』No.136(2005年)74頁が整理を試みている。
2 第6章〔参考裁判例-1〕参照。
3 医療サービスに関しては、すでに保険医療診療契約と自由診療契約とは費用の支払 い方が異なるだけだという民法学者による見解(河上正二「診療契約と医療事故」『法学
教室』167号(1994年)65-66頁)に対して、社会保障法の立場から岩村正彦「社会保
障法入門44」『自治実務セミナー』41巻11号(2002年)14頁は、「診療契約の中核に、
医療保険の制度枠組みに従った保険診療の提供が存在する」と述べている。
4 ただし要介護認定前のサービス利用も保険対象とはなりうる。また上記の要件に該 当する利用者であっても、保険料滞納、その他の一定の要件(介護保険法63-65条)に 該当する場合には給付が制限されることがある。実際の場面で当該契約が保険対象とな るかどうかについては、被保険者証提示をめぐる議論等がある。たとえば山口浩一郎・
小島晴洋『高齢者法』(有斐閣、2002年)177頁を参照。
5 介護保険法40条等。ただし自治体が独自に保険給付を定めることはある。
6 ただし自己負担額については、一定の要件のもとで高額介護サービス費として償還 される(介護保険法51条)。
7 指定居宅サービスに要する費用の額の算定に関する基準(平成12年2月10日)(厚 生省告示第19号)別表「2 訪問入浴介護費」。予防給付や介護報酬の割引、一部負担 の事実上の割引等については、ここでは措く。
8 文献は多数あるが、たとえば品田充儀「介護保険契約の特徴と法的問題」『ジュリ
スト』1174号(2000年)70-71頁、額田洋一「福祉契約論序説」『正義と自由』52巻7
号(2001年)14-21頁、菊池馨実「社会保障法の私法化?」『法学教室』252号(2001
年)119-124頁、秋元美世「福祉契約の特質と課題」『週刊社会保障』2214号(2002年)
20頁、伊藤周平『改革提言 介護保険』(青木書店、2004年)122-124頁など。
9 契約を中心的部分と付随的部分に分類する代表的な所説として、河上正二『約款規 制の法理』(有斐閣、1988年)249頁、大村敦志『消費者法』(有斐閣、1998年)132-133 頁。大村敦志教授によれば、契約構造の中心部分とは、契約によって当事者が獲得しよ うとしている主たる給付を定める部分であり、付随部分とは、それ以外の、主として契 約関係の調整を自ら行うための措置を講ずる部分を指す。この両者では消費者が有する 関心のあり方が同じではなく、このような構造上の差異が規律の原理と手法を異なるも のとすると述べる。このような契約構造に関しては、近時、石川博康「『契約の本性』の 法理論(1)」『法学協会雑誌』122巻2号(2005年)191-253頁が法制史的沿革を踏まえ た分析を行っている。
10 ちなみにアメリカ法においては、契約を余剰の拡大としてとらえるのは比較的一般 的な発想といえる。樋口範雄『アメリカ契約法』(弘文堂、1994年)317-327頁、Kaplow,
Louis and Steven Shavell, Fairness versus welfare, Cambridge: Harvard University Press, 2002.、Kaplow, Louis, and Steven Shavell,“Any Non-welfarist Method of Policy Assessment Violates the Pareto Principle,” Journal of Political Economy, Vol.109, No.2,(2001): 281-286。
11 事業者も当事者であるが、本章では主に利用者に焦点を当てている。なお事実的契 約関係や事務管理のケース、当事者の契約締結能力の問題等はここでは措く。
12 サービス利用以外の目的とは、たとえば事業者の事業活動を支援するためとか、特 定のヘルパーに会いたいというケースを想定している。もちろん限界は微妙であり、た とえば後者については契約締結の重要な動機として位置づけられるケースもあろう。し かしそのような場合でも、そのヘルパーが何もサービスを提供しなければ、それは債務 不履行となろう。
13 大村敦志『消費者法』(有斐閣、1998年)166-167頁によれば、このような付随 的契約条件は、給付関連条項、責任制限条項、紛争処理手続条項に分けることができる
14 この中間的部分という考え方は、直接的には廣瀬久和「内容規制の諸問題」『私法』
54号(1992年)32-50頁の示唆による。
15 前注8で挙げた福祉契約論に関する諸論稿を参照。
16 自治体や日弁連をはじめとする多くの団体が、介護サービス契約にかかるモデル契 約書を公表している。
17 たとえば裁判管轄条項にせよ、代金支払条項にせよ、利用者に「寛大」な条項を設 定すれば、正常ではない事態においては事業者側に負担が発生することになろう。
18 その意味でも第3節(1)で述べた消費者契約法における契約領域の二分法には一 定の意味があるというべきであろう。
19 ただしサービスの質の中でも、もっぱら各利用者の趣味や性向により選好が決まり、
客観的な高低がないものについては、価格とはしばしば無関係に、いいかえれば同一の コストで複数の選択肢を設定しうる。たとえば訪問入浴で具体的にどのスタッフが訪問 するかについては、人員配置に支障がない範囲では同一のコストの中で利用者の要望に 応える余地があろう。
20 これに対して保険対象とならない介護サービス契約の場合には、このようなサービ スの質についても、価格への影響を顧慮せずに選択肢を設定できる。つまりコストがか かる選択肢については、全体のサービス価格を上げればよいだけであり、その意味で選 択肢を幅広く設定できるわけである。
21 指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準(平成11年3月31 日)(厚生省令第37号)50条。
22 公法的規制の私法上の効果については、近時両者の峻別を避ける方向での議論が あるが、このような介護サービス契約が、民法90条違反等により社会から一括して駆 逐されるべきかといえば、そこまで悪性の強いものとも考えづらい。たとえば家族間や 施設内では、入浴介助が1人で行われるのは日常的な事柄だからである。
23 もちろん訪問入浴介護の介護報酬の具体的な制定経緯からすれば、他のサービス との整合性を取りつつ、従来からの基準を維持したという説明になろう。介護保険制度