• 検索結果がありません。

私の図書館経験とこれからの同志社大学図書館

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "私の図書館経験とこれからの同志社大学図書館"

Copied!
11
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

著者 村田 晃嗣

雑誌名 同志社大学図書館学年報

号 40

ページ 6‑15

発行年 2015‑03‑31

権利 同志社大学図書館司書課程

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014111

(2)

ということでお願いをし、快諾いただきました。それでは村田先生、よろしくお願い致 します。

はじめに

 皆さん、あけましておめでとうございます。同志社大学学長の村田でございます。本 日は年初のお忙しい、しかも週末にも関わらず私どもの企画に多数お集まりいただいた ことに、心よりお礼を申し上げます。

 このあと長尾先生をはじめ日本の図書館の運営、あるいは研究の第一線でご活躍の先 生方による様々なご議論、あるいはディスカッションが展開されると伺っております。

私は前座でございまして、主催者である同志社大学の学長であること、そしていちユー ザーとしてお話をさせていただくということで御了解をいただければと思います。

映画の中の図書館

 さて図書館という事ですが。今申し上げたように私は全くの素人、いちユーザーなの ですけれども、自己紹介も兼ねて少しお話申し上げると、私は大変映画の好きな人間で す。では、映画の中で図書館というのはどのように描かれているのかな、という事をちょっ

2014年度同志社大学図書館司書課程講演会記録

私の図書館経験とこれからの同志社大学図書館

村 田 晃 嗣

講師紹介(原田)

 最初の講演者といたしまして、同志社大 学の学長であり、著名な国際政治学者でも いらっしゃる、村田晃嗣先生にお話をいた だきたいと思います。

 村田先生には、先生がお使いになった図 書館の経験等も含めてお話をいただきたい

(3)

と考えてみたわけです。

 図書館が直接のテーマになっている映画はそんなにあるわけではないんですけれども、

例えば、「華氏451」という映画を御存じでありましょうか。レイ・ブラッドベリという SF作家が書いた小説が映画化されたものであります。いわゆる近未来SF映画でして、

フランソワ・トリュフォーが監督した映画です。ラジオやテレビを見ることは自由なの だけれども、本を読むことはまかりならない、言論統制された未来の社会を描いていて、

本は発見されると「ファイアマン」と呼ばれる部隊によって焼かれてしまう。そして紙 の焼ける温度が華氏451度だそうで、これは摂氏になおすと233度になるのですけれども、

その紙が燃える温度、華氏451度というのが小説と映画のタイトルになっているわけで あります。本を焼かれて読むことができない人たちはそれでも知識と自由を求めて、残 されたわずかな本を暗唱する。ドストエフスキーを、シェイクスピアを暗唱して文学を 継承していくというような感動的なシーンが最後に描かれているわけです。

 そういうテーマで言うならば、日本映画でも最近は佐藤信介監督の「図書館戦争」と いう映画があって、岡田准一が主演でありましたが、やはり思想統制されている未来の 社会での、図書館を巡っての闘争や駆け引きがある映画でした。そのように、図書館と いうものには言論や思想の自由というものが明確に仮託されているのであろうというよ うに思えます。

 そういう映画だけではなくて、これも映画史では大変有名な映画で「ある愛の詩」と いう1970年のラブロマンスは多くの方が御存じであろうと思います。アーサー・ヒラー 監督で、「愛とは決して後悔しないこと」という有名な台詞で知られています。この映 画の中で、主人公のライアン・オニールと、そしてアリ・マッグロー、この二人が運命 の出会いをするのはハーバード大学の図書館であったわけであります。そういう意味で、

映画の中では図書館というものが多くの人の出会いの場として描かれているという事で もあります。

 さらに少しオタクな映画をあげますと、有名な映画ではありますが「薔薇の名前」と いう映画があります。これは哲学者ウンベルト・エーコが書いた小説を映画化したもの で、中世の修道院で連続殺人事件が起こり、それを主人公であるショーン・コネリーが 謎解きをしていくという映画です。この映画の中で、最後はこの修道院の中の図書館と いうのがミステリーを解くカギになっていて、その中にあるアリストテレスの本を巡っ て殺人事件が起こっていました。

 「真理は図書館にある」という、映画の中の図書館を見るだけでも、図書館というの が自由、思想の場であり、出会いの場であるという事が示されているのではなかろうか と思います。

(4)

図書館学年報 第40号

同志社大学図書館の思い出

 私自身の限られたインテレクチュアル・ヒストリーを遡ってみますと、私が同志社大 学に入学したのは1983年なんですけれども、今も学生のみなさん、あるいは教職員の皆 様もお使いの図書館は、1983年にはもうできていたわけであります。当時はかなり新し い図書館であったわけで、しかしそれからもう三十数年も経って、この同志社大学の図 書館もかなり老朽化してきているものだと思います。何十年も前に作られているわけで ありますから、いい図書館なんだけれども、例えば今であれば常識になっているような バリアフリーなどが、十分にできていない。

 今のニーズには適っていないところがあるのですけれども、しかし、やはり大学に来 たとき、入学したときに同志社の図書館をしばしば利用して、ゼミの論文やレポートを 書いたというのが、学生時代の懐かしい思い出であります。映画と同じように図書館に よって、一階のフロアをぶらぶらして誰か仲間を見つけて、昼飯を一緒に食べに行くと か、お茶を飲みに行くかという、友達探しの場として図書館が機能していたというのも 思い出すところです。

アメリカ議会図書館:図書館とアーカイブズ機能

 大学院では別の大学にまいりましたけど、石造りの立派な図書館がありました。やが てアメリカに留学する機会がありまして、様々な図書館に出会いました。

 私の限られた経験の中で一番印象深い図書館を挙げろと言われれば、やはりアメリカ の連邦議会図書館、the Library of Congress(LC)ではないかと思います。なんといっ ても荘厳でありますし、物理的にいっても世界一大きな図書館という事になるのです。

さきほど少し調べてみたところ、本だけではなく地図とか歴史的な資料、そういうもの を含めて、LCの所蔵しているアイテムは、全部で1億4,709万点であるということです。

約1億5千万の資料をLCは持っている、そして年間の予算は、6億1,339万ドルとい うことで、本当に途方もない予算を用いているということであります。LCは1800年に ワシントンに作られたもので、これはイギリスの大英博物館を模したということですが、

できたときには大英博物館の数倍の規模になっていたという事で、世界第一の大図書館 です。このLCの読書室、これは一般の方も入ることができるわけで、本当に荘厳な趣 の中で、人々が静かに本を読んでいる。高い天井があって、壁面一帯が古い本に囲まれ たようなところで、人々が静かにページをくっているというようなところが、今でも印 象深く思い出されるわけであります。

 LCはそういう大きな図書館機能を持っているのと同時に、アーカイブズとしての機

(5)

能も持っていて、多くの政治家の資料ですとか、歴史的な資料がこのLCに保管をされ ているわけです。これはLCに限りませんで、アメリカの大学図書館も、大きな大学に なりますと、図書館の機能とアーカイブズの機能を併せ持っているところが非常に多い と思います。私が修士論文を書くときに最初にアメリカにリサーチに行って立ち寄った のがプリンストン大学で、そこのシーリー・G・マッド・ライブラリーというのは、ラ イブラリーでありますけれども、基本的にはほとんどがアーカイブズを収蔵した建物で して、政治家や外交官たちの資料が多くのボックスにおさめられている。そこに世界中 の歴史家研究者がやってきて静かにその資料を読んで研究をしている、というようなと ころでした。

 私の修士論文の研究テーマをお話してもしかたないのですが、ジェームズ・フォレス タルというアメリカの海軍長官で戦後初代の国防長官になった人が私の修士論文の研究 のテーマでした。そして彼が、プリンストンの中退者だったんです。ジェームズ・フォ レスタル・ペーパーズと言いまして、何百ものボックスに入ったペーパーがプリンスト ンのシーリー・G・マッド・ライブラリーにおさめられています。みなさんもご承知の 通り今、図書館はどんどん変わりつつあり、電子化されていろんな情報が瞬時に見られ る便利な環境にありますが、おそらく図書館というところの恐ろしいところは、非常に アップデイティッドなところ、今日的なところと、極めてアナクロニスティックなとこ ろが共存している。それが図書館という、知的空間の大きな魅力ではないかと思うので す。今私がお話したジェームズ・フォレスタル・ペーパーズは電子媒体化されてなかっ たのです。それと言いますのは、ジェームズ・フォレスタルが自殺したという経緯もあ るんですけども、遺族のレギュレーションがかかっていて、史料をコピーすることがで きなかったのです(当時。2015年3月現在は、研究目的での1部のみのコピーは認めら れる方針となっている: 編集部注)。ですからシーリー・G・マッド・ライブラリーで研 究者は、自分が注文したボックスがライブラリアンによって運ばれてくると、一生懸命 に、黄色いペーパーに鉛筆で筆写していく。そういう作業を私もやったことを懐かしく 思い出すわけです。

 アメリカの多くの大きな大学、あるいは議会図書館ではライブラリー機能と合わせて そういうアーカイブズの機能を持っています。さらにLCは言うまでもなく議会図書館 であって、長尾先生が館長をお勤めになっていた国立国会図書館は戦後それをモデルに 作られたわけですけれども、一義的には議会の立法活動を支えるために存在しているわ けです。LCのすぐ横には経済学や政治学、あるいは様々な分野の専門家たちがオフィ スをかまえています。国立国会図書館にも調査及び立法考査局という議員の立法補佐を する部局がありますけれども、LCの中にはCongressional Research Service(CRS)

という、議会調査局という部局があって、そこが議員の立法補佐などのさまざまな調査

(6)

図書館学年報 第40号

をやっています。ほとんどの担当の人は博士号を持った専門家で、経済学や地理研究や 政治学などのいろんな分野から研究をして、議員のサポートをやっています。LCの中 でもCRSだけで日本の国会図書館の規模があるわけです。それだけのPh.Dを持った スタッフたちが、日夜議員の立法活動を支えている。そういった研究者たちのオフィス を尋ねて、いろいろな意見交換をしたりアドバイスを求めたというのも大学院生時代の 私のなつかしい思い出です。LCというのが館内の図書館に留まらずに、アーカイブズ や研究所の複合体として、ワシントンの中心にあるという事を懐かしく思い出すわけで す。

 しかも、このLCは1800年創立ですからもう二百何十年の歴史を持った図書館であり ますけれど、今の館長は、ジェームス・ビリントンという方で、13代目ということです。

この二百何十年という歴史の中で、館長が13人しかいない、つまりは一人あたり非常に 長くなさるということですね。このジェームス・ビリントンに至っては1987年からずっ と館長をやっておりますからもう四半世紀以上館長をやっている。そしてこの方、有名 なロシア研究者であって、LCの館長は定冠詞のtheをつけて「the Librarian」と言 いますけど、この「the Librarian」をなさる前は同じくワシントンにあったウッドロウ・

ウィルソン・インターナショナル・センターという、大変有名な学術機関のディレクター をなさっていたのであります。このウッドロウ・ウィルソン・インターナショナル・セ ンターは立派な煉瓦造りの建物と庭を持ち、さらに一画には美術館を持っているという、

格調高い施設であります。城のような形をしているところから、通称「the Castle」、

お城と呼ばれております。そこの館長が議会図書館の館長を四半世紀務めている。さら にその前の議会図書館の館長は歴史家であったダニエル・ジョセフ・ブーアステインと いう方で、アメリカ史の大家がなさっていた。まさにこの知の殿堂という趣を強く持っ ているという、私にとっては一番印象深い図書館としてLCが挙げられます。

アメリカの大学図書館

 アメリカに四年ほど住んでおりました時に一番頻繁に利用していた図書館は、やはり 自分が留学していた先のジョージ・ワシントン大学の図書館でした。建物そのものは LCやウッドロウ・ウィルソン・インターナショナル・センターのように趣のある立派 な建物というわけではなくて、近代的な大きな建物の中に図書館が収まっていました。

日本から留学してきたいち学生として一番印象深かったのは、これは当たり前のことか もしれませんが、アメリカでは図書館が24時間開いているということですね。24時間の リーディングルームというものが確保されていて、みんなそこで真夜中まで勉強してい る。これは多くの日本の大学では見られない光景だと思います。

(7)

 しかし、では同志社大学も24時間図書館を開館させればいいじゃないかということで はないんです。どういうことかと言いますと、当たり前の事実として、アメリカの大学 生、とりわけ学部生は、オンキャンパスに住んでいる。ドミトリーがキャンパス周辺に あって、そこに学部生がたくさん住んでいるから、つまり図書館と自分が住んでいるド ミトリーが非常に近いから、24時間図書館がオペレートしていて使う意味がある。日本 の大学では、地下鉄が23時何分に止まってしまったらもう学生たちが通って来られない。

つまり24時間図書館を開けていたとしてもなかなか誰も来ないわけであります。アメリ カの大学は学生たちがほとんどキャンパスに住んでいるという前提があるわけですけれ ども、それでも24時間図書館がオペレートしていることは、日本から来た私のような学 生には大変な驚きであって、そして私自身もオンキャンパスに住んでいましたのでその 恩恵に大いにあずかりました。

 それから、これも日本の大学ではしていないように思いますけれど、大学の授業で先 生方が、「来週までにこの本の第二章と第三章を読んできなさい」というように、いろ んな本を宿題にする、リーディング・アサインメントというのをお出しになるわけです ね。日本の大学でもようやくシラバスが定着しつつありますけど、アメリカではシラバ スが非常にしっかりしていて、「第二週にはこの本の第何章を読んでくる」などのこと を前提に議論をするわけです。つまり読んでこないと議論に参加できない。そしてアメ リカでは、私が通っていた大学では、先生が教科書に指定した本は普通の一般書架と別 に配架されています。それらのリーディング・アサイメント、授業で読むことをアサイ ンメントされている、命じられている本については、図書館の中で例えば二時間だけ借 りる事ができる。そういうシステムでやっています。そうしないと何十冊かの限られた 本を、その授業をとっている学生たちがみんな借りていってしまって、ほかの学生は借 りられないということになって困るわけです。二時間限定や三時間限定で、ある本の二 章なら二章を、その時間の間に必死に読んで返さないとといけない、そうすればその授 業をとっている他の学生たちもその本を読むことができるわけです。この制度があまり に合理的で、アメリカらしいなというように思った体験としてあるわけです。

 日本の大学がおかれている位置だとかその授業の進め方など、アメリカのそれとはま だまだ違うところがありますから、必ずしも同じようにやればうまくいくという事では なかろうかと思います。しかしまだまだ海外の、とりわけ大学図書館の運営の仕方に、

われわれが考えるヒントのようなものが、あるいはアイデアのようなものがあるのでは ないだろうかと思います。

(8)

図書館学年報 第40号

大統領図書館

 さらに私、研究者としては、ご紹介いただいたように国際政治、アメリカの外交を勉 強しています。そうしますと、大統領図書館というものに行く機会があるんですね。

 アメリカではすべて大統領経験者は図書館を作ることができる。これは法律で定めら れていて、地元の財界とか地元の大学とかが協力して、図書館を作るわけであります。

日本の総理大臣のように毎年変わっていると、その度に図書館を作っていると日本中図 書館だらけになりますが、アメリカの大統領はまだ四十何人ほどしかおりませんので、

みんなそれぞれ図書館があるわけですね。そういう大統領図書館をたずねて、資料を読 んだり、見学できるというのも、アメリカの外交の研究をしている者にとっては大変あ りがたいことでございます。

 大統領図書館も非常に様々です。わたしが今研究テーマにしているのは、ロナルド・

レーガンという第40代大統領で、ロナルド・レーガン・ライブラリーというものがあり ます。このロナルド・レーガン・ライブラリー、非常に面白いことに大統領の個性がで ていまして、ライブラリーとしてはたいしたことがないんですけれども、併設されてい るミュージアムがたいへんおもしろいんですね。やはりこれは、俳優から政治家になっ たレーガンのエンターテイナーとしての個性が、死んだあとの大統領図書館のミュージ アムにまで現れているように思います。このミュージアムの中にはレーガンが大統領時 代に使っていたエアフォース・ワン(大統領専用機)が一機まるごとおいてあるわけで す。そこにやってきた観光客たちは、直にその機に乗り込み、写真を撮ることができま す。レーガンは死んでもなお、アメリカ国民にエンターテイメントを提供しているとい う様子がわかります。レーガン・ライブラリーはアメリカの大統領図書館の中でももっ とも人気の高い図書館でありまして、連日家族連れがまさに聖地を巡礼するように、あ るいは観光地を楽しむように訪れています。この人たちは別にレーガンの大統領時代の 政治には興味がないだろうという人も、つまり半ズボンにキャップをかぶったような典 型的なアメリカ人の家族たちが、ポップコーンなんかを食べながらやってきます。

 大統領図書館は、どれくらい整備されているかは別にして、その大統領の就任中の資 料を、やはりきっちり収集しているわけです。まじめなリサーチャーたちも大統領たち の残した資料というのを読んで、しっかりと研究をしているのです。これも私の限られ た体験によるものですが、いくつかの図書館を訪れたことがあります。やはりアメリカ の図書館で特にすぐれていると思うのは、こういう研究を主体とした図書館です。アー カイブズを兼ねた図書館で非常に優れているなと思うのは、こちらが何の研究をしてい るのか、レーガン大統領のどういう性格に興味があるのかというところを押さえている。

例えば「レーガンの政権一期目の日本に対する政策を調べている」、「わたしは何月何日

(9)

までの間にリサーチに行きたいと思っている」というようにアーキビストにメールを送 ると、たいていの場合非常に懇切丁寧な返信があって、そして実際行った際には「あな たのテーマなら、この資料とこの資料と、この手紙も見ておいた方がいい」というよう に、いくつものボックスを用意してくれている。非常に専門性を持ったアーキビストが、

外国人に対しても懇切丁寧に対応してくれる。こういうシステムができているというこ とが、アメリカの歴史研究の質を非常に担保しているのではないかなと思います。

これからの同志社大学図書館

 これから日本の大学図書館もどんどん電子化が進んでいくでありましょうし、それは 不可避でありましょう。しかし私のような関心を持っているものからすると、主要な大 学たちがアーカイブズの機能をどれだけ持っていけるのか。同志社大学の場合も同志社 大学図書館がありますが、同志社の歴史の資料は同志社社史資料センターがございます。

そういったところと図書館がどうやって有機的にタイアップできるかということが大き な課題ではないかなと思います。

 それからこれも、私はど素人ですので夢を語らせていただければよいのですが、図書 館というものがキャンパスの中で利便性の良い場所にあって、オープンな空間で、いろ んな方がそこへやってくるわけですから、実際地方の公立図書館などではそういうケー スが非常に多いと思うんですけれども、図書館で映画を上映していますね。同志社でも 寒梅館で非常にいい映画を上映してくれているのですが、図書館の中で本を読みながら、

映画を見ることができる。そんなことになれば私のような映画好きの人間からすると、「図 書館にまた行きたい」というモチベーションが高まるように思います。今出川の図書館 もだいぶ古くなってきて、今後この図書館をどうやってリノベートするのか、もしくは 建て直すのかというのは、同志社の教育と研究においても非常に大きな課題であります。

いろんな方々のご意見をうかがいながら考えていかなければならないことだと思います。

 同志社の正門をお入りになってまず一番に目に入るのが有終館という建物です。この 有終館、「終わりの有る館」というやや不思議な名前の建物ですけれども、これは1887 年に作られた建物です。この今出川キャンパスには五つの重要文化財の建物がございま す。これは私が学長になって以来、常々自慢しているのですが…みなさん、日本の大学 で一番重要文化財が多い大学ってどこだと思いますか。同志社ではないんです、残念な がら。東京大学ではないかとおっしゃる方もいるんですが、北海道大学なんです。北海 道大学は、重要文化財の数では一番多い。東京の大学が存外少ないのは空襲でやられて いるから。だから慶應も三田の旧図書館と演説館、早稲田は大隈講堂が重要文化財です が、早慶でも重要文化財指定されている建物は一つもしくは二つしかございません。し

(10)

図書館学年報 第40号

かし同志社は五つの重要文化財の建物を持っていて、しかもそれをみんな今でも使って いる。そして、私が普段勤務しております彰栄館というこのすぐ近くの建物であります が、あれは同志社の建物のなかでも一番古い。新島が生きていたころにすでに完成して いた建物なんですが、もちろん重要文化財です。私のつい最近までの自慢の種は、日本 には781も大学があって、単純に考えると781人くらい学長がおられるわけですけれども、

その中で重要文化財で仕事をしているのは私だけだ、というものでした。実は去年、神 戸女学院が丸ごと重要文化財に指定されてしまったものですから、神戸女学院の院長先 生も重要文化財の中でお仕事をされているということになるんですね。私の自慢の種が 一つ消えたんですけれども。しかしあの有終館、正門から入ってすぐのところ、あそこ が学校法人の本部でございまして総長や理事長があそこで執務されています。去年の三 月までは学長室もあそこにありました。そして実は有終館というのは、同志社の初代の 図書館だったんですね。書籍館という名前で作られた、1887年に作られたころには実は 西日本で最大の図書館であり、最大の煉瓦造りの建物であった。図書館として作られた 時には蔵書数は3,000くらいだったそうです。それがなぜ「有終館」という名前になっ たかというと、ついに図書館としての役割を終えたとき、図書館は別に作って、元の建 物を事務機能を持つものにした時に、「図書館としての役割が終わった」ということで、

当時の同志社の総長であった海老名弾正という人が有終館という名前を付けたそうです。

同志社の正門を入ってすぐのところに、実は我々はかつての図書館を持っているという ことなんですね。同志社の歴史の中でも図書館は非常に大切な存在であるということで す。

 そういう図書館の歴史を考えながら、これからどんどん変わっていく図書館の形態に 対応できるような図書館の機能を私どもも考えていかなければならないと思います。そ して私にとっての理想の図書館というのは、最新のテクノロジーがありながら、しかし どこかアナクロニスティックな雰囲気を残した知的空間である、というのがたいへん重 要なのではないかと思うわけです。これは図書館だけではありませんけれども、日本の 大学がいまいろんな形で社会連携という事を問われています。産官学の連携をやらなけ ればいけない、それからもう就職が非常に厳しい状況でありますから、就職活動の支援 も熱心にやっていて、いろんなセミナーがキャンパスの中で開かれたりします。大学が 昔のように、象牙の塔で、外界と隔絶した自分たちだけの社会で、というのはできない のです。社会と繋がっていく、そして学生と社会の橋渡しをするという役割が大学にま すます求められているというのは言うまでもないことです。しかしアメリカの有名な哲 学者、リチャード・ローティーの言葉で、感銘をうけたものに、「大学とは何かに熱中 するための人の逃避の場所である」というのがあります。社会に出たら、ビジネスの様々 な利害や人間関係に絡め取られていく若者達が、キャンパスにいるあいだは純粋に哲学

(11)

に、純粋に歴史に、科学に、あるいは思想に没頭できる。そういう場所を提供するのが 大学の機能である。残念ながら今の大学はもう、学生たちに四年間逃避の場を提供する ことはできなくなっています。社会との関係、あるいは就職活動などで、学生を社会に さらしていかなくてはならないのです。しかし、四年間のうちのせめて二年間は、二年 が無理なら一年、それが無理なら半年間でも、学生をなんとしてでも社会から守りぬく という機能を大学が失えば、大学は企業の研修機関となってしまうでしょう。そういう 意味で、大学は企業とは隔絶した、静謐な空間と時間を持っていることが根本的なアイ デンティティであって、その中核に図書館というものがある。だから、テクノロジーが どんどん進んでいくことと同時にアナクロな、そういう不思議な組み合わせの図書館と いうものを持ちたいなと思っているところでございます。

 冒頭申し上げましたように私は図書館学の専門でもなんでもございませんので、自分 が学生時代から図書館に接してきた若干の感想と、それから希望のような全く取り留め もないお話を申し上げました。この後は専門の先生方のご講演があると思いますので、

皆様の図書館に対する理解をさらに深めていただければと思います。私は素人の冒頭に あたる話題提供をさせていただいたということで、容赦いただければと思います。ご清 聴まことにありがとうございました。そしてこの後の議論が盛会なることをお祈り申し 上げます。ありがとうございました。

(むらた こうじ。同志社大学学長)

参照

関連したドキュメント

厳密にいえば博物館法に定められた博物館ですらな

以上の結果について、キーワード全体の関連 を図に示したのが図8および図9である。図8

 当図書室は、専門図書館として数学、応用数学、計算機科学、理論物理学の分野の文

キャンパスの軸線とな るよう設計した。時計台 は永きにわたり図書館 として使 用され、学 生 の勉学の場となってい たが、9 7 年の新 大

 大学図書館では、教育・研究・学習をサポートする図書・資料の提供に加えて、この数年にわ

自分ではおかしいと思って も、「自分の体は汚れてい るのではないか」「ひどい ことを周りの人にしたので

図および図は本学で運用中の LMS「LUNA」に iPad 版からアクセスしたものである。こ こで示した図からわかるように iPad 版から LUNA にアクセスした画面の「見た目」や使い勝手