大
日
經
義
釋
諸
本
の
成
立
に
關
す
ろ
小
考
(上)
清
田
寂
雲
目 次 序 言 第 一 節 善 無 畏 の 大 日 経 講 説 第 二 節 一 行 の 筆 録 と 整 理 (附 ) 山 家 本 義 記 の 成 立 第 三 節 廿 巻 疏 の 成 立 事 情 第 一 項 十 四 巻 疏 と 廿 巻 疏 第 二 項 廿 巻 疏 は 草 本 な り や ( 一 ) 題 號 と 撰 號 ( 二 ) 巻 數 と 各 巻 の 紙 數 (三 ) 悉 地 出 現 品 の 牒 文 第 三 項 廿 巻 疏 の 成 立 事 情 第 四 節 慈 覧 本 義 釋 の 成 立 事 情 第 一 項 智 簸 ・ 温 古 の 治 定 ( 一 ) 治 定 の 年 代 (二 )治 定 の 程 度 ( 三 ) 温 古 再 治 の 事 實 あ り や 第 二 項 慈 覺 本 の 傳 承 系 統 第 三 項 宗 叡 ・ 遍 明 兩 本 と の 異 同 第 五 節 智 謹 本 義 釋 の 成 立 事 情 第 一 項 智 證 本 の 特 質 ( 一 ) 牒 文 の 變 改 ( 二 ) 釋 文 の 刪 補 (三 ) 押 紙 等 の 多 い こ と (四 ) 巻 數 と 別 本 の 序 第 三 項 智 證 本 の 原 本 と 改 訂 者 ( 一 ) 本 書 の 原 本 に つ い て ( 二 ) 慈 覺 本 と の 關 係 (三 ) 改 訂 者 (四 ) 改 訂 の 年 代 第 六 節 義 釋 諸 本 の 成 立 に 關 す る 東 密 一 派 の 獨 斷 説 を 排 す ( 一 ) 東 密 學 者 の 読 明 要 旨 ( 二 ) 廿 巻 疏 草 本 説 は 東 密 の 教 權 的 要 請 に 基 く ( 三 ) 義 記 ・ 義 釋 の 混 同 と 菩 提 心 義 抄 大 日 經 義 釋 諸 本 の 成 立 に 關 す る 小 考 四 九大 日 經 義 釋 諸 本 の 成 立 に 關 す る 小 考 五 〇 序 言 大 日 經 義 釋 は 支 那 日 本 ﹁ 千 二 百 年 に 亙 る 密 教 流 傳 史 の 大 源 泉 を な し て 居 る 。 意 を 密 教 の 研 鐙 に 潜 め ん と す る 者 は 何 を 措 い て も 先 づ 此 書 に 封 す る 注 意 を 怠 つ て は な ら ぬ 。 即 ち 密 教 史 を 究 め ん と す る 者 は 第 一 に 義 釋 に 顯 は れ た る 密 教 、 換 言 す れ ば 善 無 畏 ・ 一 行 の 密 教 を 正 し く 素 直 に 墨 的 に 理 解 し 、 そ れ を 基 點 と し て 台 東 兩 密 の 教 學 に 向 つ て 研 學 の 歩 を 進 め て 行 く べ き で は な い か と 思 ふ 。 さ て 義 釋 密 教 の 徹 底 的 検 討 に は 先 づ 以 て そ の 成 立 事 情 を 明 ら か に す る 必 要 が あ る 。 何 故 な ら ば 本 書 に は 古 來 幾 多 の 異 本 が あ る 。 其 等 の 中 で 何 れ が 眞 の 草 本 ︱ 乃 至 は そ れ に 近 似 せ る も の︱ で 、 何 れ が 最 も 整 理 さ れ た 本 で あ る の か 、 且 つ そ れ は 如 何 な る 事 情 に よ り 行 は れ た も の な る か 、 之 を 辨 別 す る の が 必 須 の 基 礎 工 作 で な く て は な ら ぬ 。 で な け れ ば 諸 種 異 本 中 何 れ の 本 の 何 塵 ま で が 、 眞 實 に 善 無 畏 の 説 で あ り 一 行 の 理 解 の ま ゝ の も の か 、 見 當 が つ き か ね る 事 と な る で あ ら う 。 本 稿 に 論 じ や う と す る の は 正 に そ の 點 で あ る 。 現 今 義 釋 諸 本 成 立 事 情 の 説 明 と し て 辨 書 類 や 密 教 關 係 書 に 云 ふ 所 は 、 東 密 家 の 口 傳 説 ( 恐 ら く は 鎌 倉 時 代 頃 成 立 か ) で あ つ て 、 之 に 封 し て 堂 女 と 批 判 が 加 へ ら れ た 事 實 は 、 寡 聞 に し て 未 だ 承 は つ て 居 な い 。 然 る に 自 分 の 比 較 研 究 の 結 果 は 、 右 の 舊 説 を 全 然 否 定 す る に は 至 ら ぬ ま で も 、 少 く も 相 當 の 是 正 を 要 す る と 主 張 す べ き 、 有 力 な る 根 據 を 次 女 と 發 見 し た の で あ つ た 、 由 つ て 茲 に 之 に 関 す る 卑 見 を 取 り ま と め て 開 陳 し 、 先 進 諸 師 の 高 評 を 仰 ぐ 次 第 で あ る 。 但 し 異 本 の 種 類 や 分 類 に 関 す る 大 髄 は 既 に 叡 山 學 報 第 十 九 輯 に 記 し た の で 、 今 は 其 後 に 披 見 封 校 し た 得 清 本 即 ち 釋 義 に つ い て の 私 見 を 出 だ し 、 か ね て 智 證 本 に 關 し て も 論 じ て 見 た い と 思 ふ 。
第 一 節 善 無 畏 の 大 日 經 講 説 温 古 の 義 釋 序 に よ る と 本 經 課 出 の 記 事 に 績 い て 尚 慮 持 誦 者 守 文 失 意 神 師 又 請 三 藏 解 釋 其 義 等 と あ る が そ の 年 月 等 の 詳 細 は 一 向 に 記 し て な い 。 崔 牧 の 大 日 經 序 に も 釋 經 の こ と を 記 し た 次 に 重 請 三 藏 和 上 敷 暢 其 義 随 録 撰 爲 記 釋 十 四 巻 と あ る 。 之 も 前 書 同 様 年 月 場 虚 聽 講 者 等 の 詳 し い こ と は 全 く 不 明 で あ る 。 猶 そ の 他 善 無 畏 ・ 一 行 の 傳 記 を 見 て も 本 經 講 読 に 關 .す る 精 細 な 事 情 は 知 り 得 な い 。 清 水 谷 恭 順 教 授 は 曾 て 叡 山 學 報 第 十 六 輯 に ﹁ 一 行 阿 閣 梨 傳 考 ﹂ を 發 表 せ ら れ 、 其 中 温 古 の 序 を 引 用 し て 之 は 明 か に 一 行 が 善 無 畏 に 大 日 經 の 解 釋 を 請 ひ 、 自 ら 之 を 筆 録 せ る も の な る こ と を 知 る 。 而 し て 其 の 撰 述 の 場 所 は 恐 ら く 善 無 畏 の 住 處 で あ つ た と こ ろ の 大 福 先 寺 で あ り 、 又 其 の 時 機 は 大 日 經 の 譯 了 後 直 ち に 行 は れ た も の と 思 ふ 。 何 と な れ ば 前 記 の 如 く 、 大 日 經 の 翻 譯 は 開 元 十 三 年 で あ つ て 、 一 行 神 師 の 四 十 三 歳 の 時 で あ る 。 然 も 神 師 は 其 の 後 僅 に 二 年 に し て 、 即 ち 開 元 十 五 年 (七 二 七 ) 十 月 に は 入 寂 せ ら れ た の で あ る か ら 、 義 釋 は 大 日 經 の 翻 釋 終 了 後 、 即 ち 大 凡 開 元 十 四 及 十 五 の 二 年 の 間 に 行 は れ た も の に 相 違 な い 。 當 時 、一 行 は 自 身 が 病 身 で あ つ た で あ ら う 上 に 、 八 十 九 歳 の 老 齢 に あ る 善 無 畏 の 遷 化 等 を 慮 つ て 斯 く は 、 速 か に 大 日 經 の 解 釋 を 講 ふ た も の で あ ら う 。 と 論 ぜ ら れ た 。 論 旨 隠 當 に し て 敬 服 に 債 す る と 思 ふ 、 但 し 講 読 の 時 期 等 に つ い て は 猫 一 暦 明 確 に さ れ る こ と が 望 ま し い が 、 文 献 の 不 備 な る 爲 め 嚴 密 な 考 究 は 恐 ら く 不 可 能 な の で は な か ら う か 。 故 に こ の 講 義 は 開 元 十 三 年 大 日 經 全 七 巻 譯 了 後 、 多 分 そ れ に 引 續 い て 始 め ら れ 、 翌 十 四 年 或 は 翌 女 十 五 年 の 某 月 某 日 を 以 て 終 つ た の で あ ら う 、 と 云 ふ の 外 は な い 。 唯 そ の 際 の 講 録 が 後 に 述 べ る 如 く 十 雀 も あ つ た ら し い 所 か ら 見 て 、 正 確 に 大 日 經 義 釋 諸 本 の 成 立 に 關 す る 小 考 五 一
大 日 經 義 釋 諸 本 の 成 立 に 關 す る 小 考 五 二 何 年 何 月 と は 知 り 得 な く と も 相 當 長 期 に 亙 つ た で あ ら う と は 、 想 像 に 難 か ら ぬ 所 で あ る 。 次 に 善 無 畏 が そ の 際 に 梵 文 原 典 を 講 本 に 用 ひ ら れ た 事 實 も 亦 着 目 す べ き だ と 思 ふ 。 そ れ は 後 述 の 得 清 本 釋 義 の 第 一 ノ 上 の 内 題 に 梵 本 毘 盧 遮 那 成 佛 經 抄 記 と あ る こ と か ら も 窺 は れ 、 又 疏 ・ 義 釋 中 の 古 い 部 分 ︱ ︱ 未 再 治 の 部 分︱ と 思 は れ る 所 に は 、 現 行 の 大 日 經 と 合 致 し な い 所 謂 る 未 會 の 經 丈 を 牒 起 し て あ り 、 而 も そ れ が 梵 文 直 課 ら し く 見 え る 、 等 の 諸 點 か ら 略 々 疑 ひ 得 な い 様 に 考 へ ら れ る 、 そ れ は 既 に 凪 島 隆 純 師 が 云 は れ た ( 藏 漢 對 釋 大 日 經 住 心 品 一 四 一 頁 ) 様 に 、 善 無 畏 が 印 度 人 で あ つ た か ら で あ ら う 、 と 共 に 又 、 經 の 原 意 を 闡 明 す る に は 原 本 に 據 る の が 第 一 で あ つ た 爲 め と 思 は れ る 。 而 し て そ の 原 本 と は 無 論 譯 出 の 際 に 用 ひ た 無 行 獲 得 本 で あ つ た に 違 ひ な い 。 善 無 畏 自 身 の 將 來 し た 本 經 梵 本 は ﹃ 有 勅 並 令 進 入 内 ﹄ の 故 に 翻 釋 の 時 に 用 ひ 得 な か つ た と い ふ の が 、 彼 の 傳 を 記 す 諸 文 献 の 一 致 し た 記 述 で あ る 。 固 よ り こ れ は 大 き な 疑 問 を 挾 む 絵 地 が あ る が 、 自 分 は 未 だ 全 く そ の 解 決 を 得 な い の で 今 は 觸 れ な い 。 猶 こ の 講 義 に 當 つ て 善 無 畏 が 印 度 撰 述 の 註 釋 書 を 参 考 さ れ た か 否 か 、 之 も 一 考 の 要 な し と し な い が 、 當 時 の 印 度 に 大 日 經 の 註 疏 が 存 し た 可 能 性 は 絶 無 で な い と し て も 、 さ り 'と て 善 無 畏 が 直 接 何 等 か の 梵 本 の 註 釋 を 依 據 と し た こ と は 、 自 分 の 今 ま で の 研 究 か ら は 何 等 の 根 捺 も 獲 見 出 來 な い 。 叉 善 無 畏 の 講 義 が 實 に 懇 切 町 嚀 を 極 め 、 文 字 通 り 微 に 入 り 細 を 羅 し 、 一 字 と 錐 も 等 閑 に 附 せ ざ ら ん と し た こ と は 、 義 釋 本 丈 を 一 讀 す れ ば 何 人 も 認 め る 所 で あ ら う 。 蓋 し 善 無 畏 は 該 博 な る 學 織 と 圓 熟 せ る 思 想 を 傾 け て 、 講 説 の 完 壁 を 期 し た も の と 云 は ね ば な ら ぬ 。 而 も 愼 重 な 中 に も 意 外 な 飛 躍 を 見 せ た 教 權 的 解 釋 も あ つ て 、 特 色 あ る 學 風 は 遺 憾 な く 顯 れ て ゐ る 。 又 印 度 人 ら し く 重 複 し た 説 明 も 處 女 に あ る 。 而 し て そ れ ら が 次 節 に 論
す る 日 行 の 態 度 と 相 俟 つ て 、 今 日 見 る 様 な 精 密 な 註 書 と な つ て 遺 つ た こ と を 思 ふ 時 、 我 等 は 弘 法 の 爲 め に 飽 く ま で 眞 摯 敬 慶 で あ つ た 兩 師 の 態 度 を 、 讃 仰 せ す に は 居 ら れ な い の で あ る 。 さ て 大 日 經 の 講 義 を 聞 い た の は 果 し て 誰 々 で あ つ た か 、 文 献 の 之 を 明 記 す る も の は 無 い 様 で あ る け れ ど も 、 無 論 一 行 の み で は な く し て 、 善 無 畏 受 法 の 弟 子 中 そ の 席 に 列 し た 者 は 少 く な か つ た に 違 び な い 。 例 せ ば 温 古 の 序 に 智 倣 の 事 蹟 を 記 し て ﹃ 與 三 神 師 一 同 受 三 業 於 無 畏 一﹄ 云 女 と あ り 、 温 古 自 身 も 亦 ﹃ 嘗 接 諸 賢 末 難 預 聞 此 經 ﹄ と 云 ふ か ら 、 少 く と も こ の 兩 人 は 講 義 の 座 に 在 つ た と 考 へ て 不 可 な か る べ く 、 さ れ ば こ そ 智 儼 は 後 に 一 行 か ら 本 書 再 治 を 囑 せ ら れ 、 温 古 亦 之 に 序 を 加 へ る に 至 つ た も の と 想 は れ る 。 要 す る に 大 日 經 講 説 は 、 本 經 の 成 立 時 期 (大 盟 七 世 紀 後 半 ) か ら 飴 り 隔 た ら ぬ 頃 、 印 度 人 に し て 而 も 本 經 の 翻 譯 者 た る 善 無 畏 が 、 譯 出 の 直 後 に 梵 典 を 講 本 に し て 之 を 行 つた 、 而 も そ れ は 漢 課 の 際 の 最 も よ き 協 力 者 一 行 の 要 請 に よ つ た と い ふ 點 、 天 台 の 法 華 經 講 読 等 と は 非 常 に 異 な る 意 味 で 注 目 さ れ ね ば な ら ぬ 。 本 書 が 後 世 事 教 二 相 に 亙 り 密 教 の 主 要 な る 大 原 典 と さ れ た の は 、 洵 に 所 以 あ る こ と 、 思 は れ る 。 實 に 本 經 講 説 は 支 那 日 本 正 純 密 教 の 一 大 稜 足 點 と し て 、 重 大 極 ま る 大 事 件 で あ つ た 。 (註 一 ) 若 し も 課 者 將 來 の 梵 本 を 用 ひ た と す れ ば 、 講 義 の 時 に 二 つ の 原 典 が あ つ た 課 で あ る が 、 之 に つ い て は 既 に 大 正 大 學 々 報 第 九 輯 に 清 水 谷 教 授 が 、 善 無 畏 め 大 日 經 將 來 を 否 定 す る 見 解 を 表 明 さ れ た 。 自 分 は こ の 説 を 傾 聴 し つ ゝ も 猫 未 だ 了 解 し 得 な い 所 が あ る の を 遺 憾 と す る 。 い つ れ 稿 を 改 め て 論 ず る こ と に し た い 。 (註 二 ) 或 は 智 綴 の 如 き は 講 義 の 要 鮎 を 多 少 と も 筆 録 し て 居 で 、 後 に 再 治 の 資 料 と し た の か も 知 れ な い 〇 と も か く 大 日 經 講 説 の 事 情 は 出 來 る 限 り 明 白 に し た い の は 山 々 乍 ら 、 資 料 の 不 足 に 妨 げ ら れ て 何 と も 致 し 方 な い の が 實 状 で あ る 。 大 日 經 義 釋 諸 本 の 成 立 に 關 す る 小 考 五 三
大 日 經 義 釋 諸 本 の 成 立 に 關 す る 小 考 五 四 第 二 節 一 行 の 筆 録 と 整 理 温 古 の 序 に 記 す 所 で は 一 行 の 筆 録 た る や 無 言 不 窮 無 法 不 壷 墨 三淺 秘 兩 釋 會 衆 經 微 言 支 分 有 疑 重 經 捜 決 事 法 圖 位 具 列 其 後 で あ つ た と 云 ふ 。 精 密 周 到 な 態 度 方 法 を 察 す る に 足 る と 思 ふ 。 例 へ ば 書 中 往 汝 に し て 更 問 の 二 字 を 挾 ん で ゐ る 、 之 は 無 論 大 村 西 崖 氏 の 密 教 護 達 志 (四 五 七 頁 ) に 云 は れ る 如 く 、 今 一 度 善 無 畏 に 質 し て 決 答 を 得 て 呉 れ よ と の 意 味 に 相 違 な い 。 抑 女 一 行 は か の 有 名 な 開 元 大 衛 暦 を 撰 し た 大 天 文 學 者 、 數 學 者 で あ つ た 。 斯 く 科 學 者 で あ つ て 而 も 又 敬 處 な 信 仰 に 燃 え た 入 で あ つ た か ら 、 決 し て ご ま か し 的 態 度 を 執 ら な か つ た の は 云 ふ 迄 も な く 、 終 始 一 貫 し て 學 に 忠 實 で あ つ た こ と は 、 と つ て も つ て 自 ら 我 等 の 深 く 戒 心 を 要 す る 所 で あ ら う と 思 ふ 。 さ て 一 行 筆 録 の 大 日 經 講 録 は 如 何 な る 内 容 の も の で 其 後 如 何 に な つ た か 、 之 に つ い て は 前 記 叡 山 學 報 に 私 見 を 陳 べ た の で 今 は 省 く が 、 要 す る に 尊 勝 儀 軌 巻 下 に 所 謂 る ﹃ 釋 義 十 雀 ﹄ 、 玄 肪 將 來 の ﹃ 義 記 十 雀 ﹄ ( 八 家 秘 録 ) が 草 本 の 爲 し で あ つ た と 思 は れ る 。 草 本 は 當 初 に 於 い て は 珍 貴 な 書 と し て 、 例 へ ば 玄昉 の 如 く 密 教 專 門 家 な ら す と も 傳 爲 し た 人 が 少 く な か つ た で あ ら う 、 が 其 後 整 理 本 等 が 現 れ る に 及 び 次 第 に 行 は れ な く な つ た も の か 、 支 那 撰 述 の 文 献 に は そ の 消 息 が 見 ら れ ぬ 様 で あ り 、 日 本 で も 平 安 朝 頃 ま で は 時 に 對 校 の 材 料 に さ れ た こ と は あ つ て も 、 飴 り 依 用 さ れ た 様 子 は な い ら し い 。 而 し て 此 本 が 現 今 傳 は つ て ゐ る か 否 か 自 分 は 未 だ 知 ら な い け れ ど 原 典 と い ふ 上 か ら は 何 よ り 貴 重 な 資 料 故 、 樹 出 來 る 限 り 捜 索 し て 見 た い と 思 ふ 。 第 二 に 一 行 の 整 理 本 に つ い て は 温 古 の 序 に 次 文 刪 補 目 爲 義 釋 勒 成 十 四 巻 と あ る か ら 、 前 記 の 如 く 最 初 十 雀 あ つ た 草 稿 を 一 行 自 か ら 整 理 し て 十 四 巻 に 調 へ た ら し い 。 思 ふ に 海 雲 血 脈 巻 下 に 至 ﹃ 大 毘 盧 遮 嚢 釋 或 分 爲十四巻 ﹄ と か 、 大 日 經 序
に 記 す ﹁ 記 釋 十 四 雀 ﹄ と か は 、 こ の 整 理 さ れ た 一 行 本 を 意 味 す る も の で は な い か 。 更 に 考 ふ べ き は 義 釋 目 録 や 八 家 秘 録 に 云 ふ 得 清 (或 は 徳 清 ) 將 來 本 で あ る 。 該 本 は 十 四 雀 で 温 古 の 序 な く 内 題 は 匠 々 で 而 も 有 無 定 ま ら す 、 そ の 上 撰 號 が 全 く 缺 け て ゐ た こ と ゝ 各 雀 の區 切 り が 現 存 三 本 即 ち 弘 法 本 ・ 慈 覺 本 ・ 智 證 本 と 相 當 相 違 し て ゐ た こ と 等 が 義 釋 目 録 に よ つ て 窺 は れ る 。 自 分 は 恐 ら く こ の 徳 清 本 が 一 行 整 理 本 な ら ん と 想 像 す る 者 で あ る 。 そ の 理 由 は 下 に 論 す る が 、 茲 に 注 意 す べ き は 得 清 本 が 完 本 で は な い が 現 存 し て ゐ る と い ふ .事 實 で あ る 。 澁 谷 亮 泰 師 の ﹃ 昭 和 現 存 天 台 書 籍 綜 合 目 録 ﹄ に よ り 、 京 都 粟 田 口 な る 青 蓮 院 門 跡 の 秘 庫 吉 水 藏 の 中 に ﹃ 大 毘 盧 遮 那 經 釋 義 十 雀 ﹄ な る も の が あ る と 教 へ ら れ た 自 分 は 、 直 ち に 青 蓮 院 御 門 主 に 封 し て 之 が 拝 見 を 願 出 た 所 快 く 許 可 せ ら れ 、 私 藏 の 慈 覺 本 と 封 校 す る こ と が 出 來 た 。 之 よ り 先 自 分 は 二 十 雀 疏 と の 異 同 を 右 慈 覺 本 の 欄 外 に 記 入 し て ゐ た ( 但 し 息 障 品 ︱ 悉 地 出 現 品 中 途 ま で を 除 く ) の み な ら す 、 卍 續 藏 經 所 記 の 智 證 本 と の 相 違 鮎 も 爲 し て 置 い た の で 、 こ の 封 校 に よ つ て 青 蓮 院 本 と 現 流 三 本 と の 不 同 は 略 々 知 悉 し 得 た 。 該 本 が 得 清 本 で あ る と 推 斷 す る の は 義 釋 目 録 と の 比 較 に ょ る 。 若 し 義 釋 目 録 無 か り せ ば 今 本 の 如 き は 取 扱 に 苦 し ま ね ば な ら な い で あ ら う 、 自 分 は 鼓 に 今 更 乍 ら 智 證 大 師 の 學 恩 を 痛 感 し た の で あ つ た 。 加 之 青 蓮 院 本 に は 第 三 雀 (巻 二 上 ) の 奥 書 に 比 叡 山 止 觀 院 一 切 經 本 莫 出 院 外 と 記 し て 朱 線 を 以 て 之 を 清 し て ゐ る 。 思 ふ に 本 書 は 義 釋 目 録 に 誌 す 傳 教 大 師 所 爲 の 得 清 本 を 轉 爲 し た の で 、 原 本 の 奥 書 を そ の ま ゝ 筆 爲 し 、 後 に 之 を 抹 殺 し た も の で あ ら う 。 筆 爲 年 月 を 誌 し て ゐ な い け れ ど も 古 色 蒼 然 た る 雀 子 本 で 、 各 雀 と も 茶 色 の 表 紙 を 附 し て 黒 塗 り の 軸 を 用 ひ 極 め て 簡 素 な も の で あ る 。 最 終 雀 た る 第 七 ノ 下 巻 末 に 朱 筆 を 以 て 比 叡 山 延 暦 寺 總 持 院 僧 釋 憐 昭 本 大 日 經 義 釋 諸 本 の 成 立 に 關 す る 小 考 五 五
大 日 經 義 釋 諸 本 の 成 立 に 關 す る 小 考 五 六 と 記 入 し て あ る 。 こ の 憐 昭 と は 恐 ら く ﹃ 天 台 法 華 宗 即 身 成 佛 義 ﹂ の 著 者 で は な か ら う か 。 果 し て 然 あ ば 右 即 身 義 の 末 尾 に 此 略 問 答 謹 依 閣 梨 高 命 記 録 奉 上 一 字 一 言 集 以 師 説 一 半 句 半 頚 無 非 先 聞 唯 恨 言 不 窮 志 筆 不 難 言 元 慶 元 年 四 月 廿 九 日 弟 子 憐 照 上 と あ る 所 か ら 見 て 今 本 の 書 爲 年 代 も 一. 千 數 十 年 前 と 考 へ ら れ る 。 惜 し む ら く は 元 來 十 四 軸 あ つ た 中 の 三 上 、 四 上 、 五 下 三 軸 が 缺 本 と な り 、 ニ 下 は 最 後 部 (木 版 本 四 丁 に 相 當 ) が 僅 か に 残 存 す る の み で 、 結 局 完 全 な の は 十 軸 を 存 す る の み で あ る が 、 併 し 之 だ け で も 得 清 本 の 面 影 が 立 派 に 偲 び 得 ら れ 、 殊 に 四 下 (慈 覺 本 第 八 巻 に 當 る ) が 完 全 に 残 つ て ゐ る こ と は 、 學 者 に 取 つ て 非 常 な 幸 で あ る 。 さ て こ の 得 清 本 が 一 行 整 理 本 の 系 統 に 属 す る と 考 へ る べ き 理 由 は 、 大 體 以 下 の 三 點 に よ る 。 第 一 に は 巻 數 に つ い て 目 録 ・ 秘 録 ・ 青 蓮 院 本 と も に 七 雀 上 下 の 十 四 雀 と な つ て ゐ て 、 從 つ て 温 古 の 序 ・ 經 序 の 十 四 雀 と い ふ 記 事 と 一 致 す る と 見 て 宜 し く 、 第 二 の 得 清 が 此 の 本 を 筆 爲 し た 年 代 を 考 へ る 時 に 、 目 録 縁 起 に よ る と 彼 の 入 唐 は 唐 の 大 暦 七 年 ( 七 七 二 ) で 、 一 行 滅 後 四 十 五 年 を 經 て ゐ る 、 恐 ら く そ の 頃 は 既 に 草 本 は 行 は れ す し て 整 理 本 や 再 治 本 が 盛 行 し て ゐ た の で は な か ら う か 、 蓋 し 整 理 本 出 現 の 後 は 草 本 は 次 第 に 影 を 潜 め る の が 普 通 で あ ら う か ら 。 第 三 に は 傳 教 大 師 が 之 を 借 覺 書 爲 さ れ た 事 で 、 目 録 縁 起 に は 傳 教 大 師 は 初 め 玄 肪 將 來 本 を 借 覺 さ れ た 所 、 餘 り に も 錯 雑 多 く し て 讀 め な か つ た の で 之 を 返 却 し 、 代 り に 西 大 寺 得 清 大 徳 の 本 を 借 り て 爲 さ れ た と あ る 、 こ の 點 か ら 考 へ る と 前 記 叡 山 學 報 に 論 じ た 如 く 、 得 清 本 は 玄昉 本 に 比 す る な ら ば 少 く も 一 往 は 整 理 さ れ た 本 で あ つ た と 思 は れ る が 、 無 論 温 古 の 序 が 附 い て 居 ら ぬ 所 か ら 見 て 温 古 よ り 前 の 或 八 の 治 定 で な く て は な ら す 、 恐 ら く そ れ は 一 行 自 身 で あ ら う と 思 は れ る の で あ る 。 た ゞ 此 處 で 一 つ の 難 點 と も 云 ふ べ き は 外
題 で あ る 。 即 ち 温 古 の 序 ・ 海 雲 記 に は 義 釋 と し 、 目 録 に は 之 を 記 さ す 、 秘 録 に は 義 記 と あ り 、 經 序 に は 記 釋 と 記 さ れ 、 青 蓮 院 本 は 明 白 に 釋 義 と 書 い て あ る 。 一 見 頗 る 匠 々 で 何 れ が 眞 な り や 判 定 に 苦 し む が 、 經 序 は そ の 撰 述 年 代 不 明 な る を 以 て 今 論 外 と し て 、 又 秘 録 の 記 事 は 次 に 述 べ る 山 家 本 の 題 號 に 準 じ て 云 つ た も の と も 思 は れ る か ら 之 亦 且 く 除 外 す れ ば、 温 古 の 序 の 義 釋 と 青 蓮 院 本 の 釋 義 と が 残 る 釋 で 、 そ の 何 れ が 一 行 の 命 名 し た 所 な の か を 考 へ ね ば な ら ぬ 。 筆 者 は 曾 て 叡 山 學 報 誌 上 に 温 古 の 序 の ﹁ 目 爲 義 釋 録 成 十 四 巻 ﹂ な る 一 段 を 引 い て 、 義 釋 な る 題 名 は 一 行 の 定 む る 所 な り と 論 斷 し た 。 併 し 其 後 に 至 つ て 青 蓮 院 本 を 見 る と 右 の 如 く 釋 義 と な つ て 居 り 、 新 し い 疑 問 が 湧 出 た の で あ る が 強 ひ て 云 ヘ ば 蓉 読 を 取 消 し て 、 一 行 は 釋 義 と 名 け た の を 智 倣 等 再 治 後 義 釋 と 改 め た の で は な い か 、 と も 考 へ ら れ ぬ で は な い け れ ど も 、 未 だ 論 斷 す る 迄 に 至 つ て 居 ら な い 。 併 し 何 れ で あ つ た に し て も 義 釋 と 釋 義 の 相 違 は さ ほ ど 大 問 題 と す る に は 足 ら ぬ で あ ら う 。 次 に 然 ら ば 一 行 の 整 理 即 ち 温 古 の 所 謂 る 刪 補 と は 如 何 な る 程 度 と 範 圍 で あ つ た か 、 之 も 他 の 文 厭 に よ つ て 窺 ふ こ と が 出 來 な い の は 遺 憾 で あ る が 、 諸 種 の 異 本 を 比 較 封 校 し て 見 る と 、 再 治 本 も 未 再 治 本 も 佳 心 、 具 縁 の 二 品 に 於 い て 大 な る 相 違 を 見 す 、 而 も そ の 牒 丈 は よ く 現 行 の 經 文 と 一 致 し て ゐ る 。 之 に 反 し て 次 の 息 障 ・ 普 通 眞 言 藏 ・ 世 間 成 就 の 三 品 と そ の 次 の 悉 地 出 現 品 の 中 途 ま で は 、 兩 系 統 の 相 違 頗 る 甚 し く 、 そ れ 以 下 の 部 分 は 一 致 す る 品 も あ り 相 違 の 甚 し い 所 も あ る が 、 直 繹 風 の 經 文 を 牒 起 し て ゐ る 黙 は 大 髄 同 一 で あ る 。 由 つ て 思 ふ に 、 一 行 の 整 理 は 恐 ら く 初 の 二 品 だ け で は な か つ た か 。 つ ま り 佳 心 ・ 具 縁 の 二 品 に 關 す る 限 り 、 一 行 が 既 に 略 々 現 形 の 通 り に 仕 上 け て ゐ た 、 而 し て 彼 の 意 圖 と し て は 無 論 一 部 十 四 雀 悉 く 整 理 す る 筈 で あ つ た が 、 健 康 が 許 さ な か つ た の か 或 は 其 他 の 理 由 か ら か 、 具 縁 品 ま で 、 中 止 の 外 な く な つ た の で 以 下 を 智 儼 に 囑 し た 大 日 經 義 釋 諸 本 の 成 立 に 關 す る 小 考 五 七
大 日 經 義 釋 諸 本 の 成 立に 關 す る 小 考 五 八 も の で あ ら う 。 斯 く 諸 本 對 校 の 結 果 か ら 推 測 す る な ら ば 、 玄昉 本 の 如 き 草 本 で は 初 の 二 品 と て も や は り 直 課 の 經 丈 を 學 け て 之 を 釋 し 、 引 用 書 目 の 如 き も 餘 程 少 か つ た も の と 思 は れ る 。 猶 内 題 に つ い て は 得 清 本 一 上 に は 、 ﹁ 梵 本 毘 盧 遮 那 成 佛 經 抄 記 ﹂ と あ り 、 ニ 上 に は ﹁ 大 毘 盧 遮 那 經 義 記 ﹂ と し 、 ニ 下 に は ﹁ 大 毘 盧 遮 那 經 釋 義 ﹂ ( ニ 下 の み は 青 蓮 院 本 鉄 け た る 散 義 釋 目 録 に よ る ) と 書 か れ 、 七 下 に は ﹁ 大 毘 盧 遮 那 經 釋 義 ﹂ と 記 さ れ て ゐ る 。 思 ふ に 一 行 の 時 に は 内 題 は 未 だ 一 定 す る に 至 ら な か つ た も の で は あ る ま い か 。 こ の 得 清 本 即 ち 一 行 整 理 本 は 、 本 邦 で は 傳 教 大 師 に よ つ て 書 爲 ・ 研 究 さ れ て 、 そ の 教 學 構 成 の 上 に 大 き な 力 を 興 へ た こ と は 周 知 の 事 實 で あ る が 、 一 方 支 那 に 於 い て も 亦 再 治 本 完 成 の 後 ま で も か な り 行 は れ た ら し い こ と は 、 恵 果 の 許 で 爲 し て 來 た 筈 の 弘 法 本 二 十 雀 疏 が 、 本 書 と 全 同 で は な い け れ ど も 同 系 統 に 属 す る こ と は 動 か し 難 い 所 か ら も 察 せ ら れ る 。 (附 ) 山 家 本 義 記 の 成 立 義 釋 目 録 並 に 同 縁 起 に よ れ ば 、 傳 教 大 師 は 或 時 得 清 本 を 借 用 し て 二 部 の 爲 本 を 作 ら れ た と い ふ 、 而 し て そ の 一 部 は 原 本 そ の ま 、 の 爲 本 で あ り 、 他 の 一 部 は 大 師 が 或 程 度 の 手 入 を 加 へ て 整 理 さ れ た 、 所 謂 る 山 家 勘 定 本 で あ つ て 共 に 止 観 院 一 切 經 藏 に 牧 め 、 特 に そ の 後 者 は 大 師 を 始 め 門 下 達 が 以 後 慈 覺 大 師 節 朝 頃 (約 一 五 一 〇 年 ) ま で 專 ら 依 用 し た 本 と 察 せ ら れ る 。 大 師 が 得 清 本 を 爲 さ れ た の は 何 時 の こ と か 古 文 獄 に 記 さ れ て ゐ な い 様 で あ る が 、 捜 決 抄 に は 明 白 に ﹃ 山 家 大 師 御 歸 朝 後 ﹄ と 云 つ て ゐ る 、 併 し そ の 根 據 と す る 所 が 何 れ に あ る の か 、 筆 者 に は 今 の 所 不 明 で あ る が 、 清 水 谷 教 授 の ﹃ 天 台 の 密 教 ﹄ に は ﹁ 入 唐 以 後 な ら ば 入 唐 の 時 當 然 傳 來 す べ き で あ る し 、 若 し 傅 來 せ ぬ と す る も 、 弘 法 大 師 か ら 借 覧 す れ ば 事 は 足 り る 、 從 つ て 入 唐 以 前 に 義 釋 を 研 究 さ れ た と 見 る が 至 當 だ と 思 ふ ﹂ ( 七 〇 頁 ) と 論 じ て あ る 。 筆 者 も
こ の 説 に 賛 意 を 表 し た い と 考 へ る 。 教 授 も 指 適 さ れ た 様 に 傳 教 大 師 は 入 唐 前 已 に 密 教 研 究 を せ ら れ た と 考 ふ べ き 理 由 が あ り 、 殊 に ﹁ 入 唐 七 年 以 前 に 一 切 經 の 書 爲 讀 誦 を な さ れ て を ら る ゝ ﹂ か ら 、 恐 ら く そ の 頃 に 本 書 の 書 爲 も 行 は れ た の で あ ら う と 思 ふ 。 入 唐 の 時 に 之 を 將 來 さ れ な か つ た の は 還 學 生 の こ と 、 て 、 在 唐 期 間 が 非 常 に 限 定 さ れ て 居 つ た の み な ら す 、 特 に 越 州 龍 興 寺 滞 在 の 時 日 は 極 め て 短 か つ た の で 、 灌 頂 を 受 け 種 々 の 經 疏 儀 軌 を 傳 爲 す る こ と は 容 易 な ら ぬ 業 で あ つ た と 思 は れ る 。 從 つ て 大 師 が 書 物 を 爲 す に 當 つ て も 既 に 本 邦 に 將 來 さ れ た も の は 除 外 し 、 未 渡 の も の ゝ み 爲 す 様 に さ れ た の は 止 む を 得 ぬ こ と で も あ り 、 又 賢 明 で 数 果 的 な 態 度 で あ つ た と 云 へ る 。 ま し て 本 書 の 如 き 十 四 雀 も あ る 大 部 の 本 は 、 爲 し 且 校 合 す る に 少 か ら ざ る 時 日 を 要 す る 爲 め 、 事 情 が 許 さ な か つ た も の と 思 は れ る 。 け れ ど も 若 し 順 曉 阿 閣 梨 の 手 許 に 慈 覺 請 來 本 の 如 き 再 治 本 が あ つ た と す れ ば 、 恐 ら く 大 師 は 萬 難 を 排 し て も 之 を 手 爲 請 來 さ れ た で あ ら う 。 然 ら ざ る 所 か ら 見 る と 順 曉 藏 本 は 得 清 本 と 同 様 未 再 治 系 の 本 で は な か つ た か 。 ヘ へ 次 に 大 師 の 勘 定 と は 如 何 な る 程 度 の も の で あ つ た の か 、 目 録 縁 起 に よ れ ば 大 師 縁 三 彼 本 二 巻 已 下 元 缺 内 題 重 複 繕 爲 准 外 題 加 添 之 兼 録 經 品 示于 當 巻 所 釋 起 盡 と い ふ か ら 、 原 本 た る 得 清 本 に は 内 題 が 有 無 定 ま ら す 且區 々 で あ つ た の を 、 一 定 し て 各 雀 に 悉 く 附 せ ら れ た こ と ゝ 、 同 時 に 各 雀 に 解 釋 し て あ る 經 丈 の 範 園 を 夫 々 巻 首 に 示 し 、 又 品 題 を 一 一 記 入 さ れ た と い ふ の で あ る 。 而 し て 目 録 に よ る と 大 師 が 定 め ら れ た 内 題 は ﹃ 大 毘 盧 遮 那 成 佛 神 變 加 持 經 義 記 ﹄ で あ り 、 從 つ て 外 題 も 當 然 義 記 と さ れ た こ と 、 思 は れ る 。 蓋 し 内 題 が區 々 に 分 れ 而 も 有 無 定 ま ら ぬ 様 で は 體 裁 上 面 白 か ら す 、 義 記 と い ふ 名 稱 が 最 も 適 當 と 思 考 さ れ た 爲 め で あ ら う 。 又 品 題 を 記 入 し た り 所 釋 の 範 圍 を 各 巻 首 に 示 さ れ た の は 、 讀 む 者 に 取 り 非 常 に 便 利 な こ と は 云 ふ 迄 も な い 。 同 時 に 大 日 經 義 釋 諸 本 の 成 立 に 關 す る 小 考 五 九
大 日 經 義 釋 諸 本 の 成 立 に 關 す る 小 考 六 〇 又 調 巻 の 變 更 も 注 意 さ れ ね ば な ら ぬ 。 即 ち 得 清 本 と 山 家 本 は 十 四 雀 と い ふ 巻 數 は 同 じ で あ る が 、 目 録 や 青 蓮 院 本 に よ つ て 見 る と 、 山 家 本 は 各 巻 の 區 切 が が な り 變 は つ て ゐ る こ と を 知 る 。 之 は 大 師 が 多 分 經 文 の 文 段 を 考 慮 し て 斯 く 改 め ら れ た も の と 思 は れ る 。 特 に 息 障 品 以 下 に 於 い て 得 溝 本 は 往 々 品 題 を 記 さ す (青 蓮 院 本 に よ る と そ れ ら は 品 末 に 品 題 を 記 す ) 、 且 一 品 の 解 釋 が 二 巻 に 亙 る も の が 決 し て 少 く な い 。 然 る に 山 家 本 に は 各 品 初 に 必 す 品 題 を 標 記 し た の は 勿 論 、 第 三 品 以 下 に 於 い て は 一 品 を 二 雀 に 亙 つ て 釋 す る 所 は 一 も 見 ら れ す 、 各 雀 の 初 め は 必 す 或 品 の 初 め に 當 り 、 各 雀 の 末 尾 は 必 す 或 品 の 終 り に 當 つ て ゐ る 。 如 何 に も 整 然 と し て ゐ る こ と を 認 め ね ば な ら ぬ 。 最 後 に 文 言 に つ い て も 亦 多 少 の 手 入 れ を 施 し て 易 讀 な ら し め 、 文 意 を 明 快 な ら し め ん と さ れ た で あ ら う こ と は 當 然 想 像 さ れ る 。 誤 字 脱 字 の 訂 正 補 入 も 大 師 の 推 定 に よ つ て 行 は れ た と 思 は れ る 、 併 し 何 と 云 つ て も そ の 治 定 は 形 式 的 方 面 が 主 で 、 内 容 に 封 し て は 大 し て 見 る べ き 程 の も の で は な か つ た で あ ら う 、 之 は 大 師 自 か ら 善 無 畏 ・ 一 行 に 面 接 し て ゐ な い 以 上 止 む を 得 な い こ と で あ る 。 大 師 に し て 若 し 慈 覺 本 の 如 き 再 治 本 を 披 見 し て 居 ら れ た な ら ば 、 如 何 ば か り か 得 ら れ る 所 が 多 か つ た で あ ら う に 、 時 至 ら す し て そ れ が 出 來 な か つ た の は 實 に 残 念 至 極 で あ る 。 唯 我 々 は 大 師 が そ の 旺 盛 な 研 學 心 を 以 て 、 忠 實 な る 學 究 者 と し て の 努 力 を 、 密 教 の 根 本 た る 本 書 に 向 つ て も 亦 + 二 分 に 發 揮 せ ら れ た 事 實 に 封 し 、 末 學 と し て 深 く 敬 服 す る 次 第 で あ る 。 (註 一 ) 叡 山 學 報 第 十 九 輯 九 七 、 八 頁 参 照 o (註 二 ) 但 し 義 釋 目 録 に 記 す 各 巻 の 區 切 り は 悉 く 青 蓮 院 本 と 一 致 す る と は 限 ら ず 、 第 四 下 の 初 が 目 録 で は 世 間 成 就 品 の 初 に 當 り 、 青 蓮 院 本 で は 密 印 品 の 後 部 に 當 つ て ゐ る 。 何 放 に 斯 .様 な 相 違 が 顯 は れ た の か 明 ら か に し た い も の で あ る 。 ( 註 二 ) 此 書 は 開 元 十 六 年 に 作 ら れ た と 末 尾 に 記 し て あ る が 、 そ の 内 容 の 餘 り に も 奇 々 怪 々 な る 所 か ら 見 て 、 恐 ら
く 善 無 畏 そ の 他 當 時 の 印 度 人 か ら の 直 接 の 傳 聞 で は な く 、 數 十 年 も 後 に な つ て か ら 撰 述 さ れ た も の で は な か ら う か と 思 ふ 、 そ の 詳 細 は 後 程 善 無 畏 三 藏 傳 の 研 究 に 於 い て 論 ず る こ と に し た い 。 (註 四 ) 同 誌 六 八 頁 参 照 、 温 古 の 序 と 青 蓮 院 本 と 何 れ を 上 位 に 置 く か に よ つ て 一 行 の 定 め た 題 名 も 動 揺 する 譯 で あ る 。 第 三 節 廿 巻 疏 の 成 立 事 情 次 に 未 再 治 系 統 に 属 す る 諸 本 中 最 も 精 査 を 要 す る 本 と し て 、 弘 法 大 師 請 來 と 云 は れ る 廿 雀 疏 に つ い て 能 ふ 限 り 詳 密 に そ の 成 立 を 討 ね た い と 思 ふ 。 周 知 の 如 く 東 密 家 の 傳 説 に よ ゐ と 本 書 は 正 し く 一 行 の 筆 録 し た 草 本 そ の ま 、 で 、 一 字 一 句 と 難 も 他 人 の 取 捨 を 混 へ ざ る 至 高 唯 一 の 絶 對 的 原 典 な り と 云 は れ る 。 果 し て さ う で あ ら う か 。 筆 者 は 今 諸 本 對 校 の 結 果 に 照 し 、 且 又 八 家 秘 録 等 の 記 事 を も 併 せ 考 へ つ ゝ 、 嚴 正 公 平 に そ の 實 否 を 檢 討 し や う と す る 者 で あ る 。 第 一 項 十 四 巻 疏 と 廿 巻 疏 弘 法 大 師 請 來 の 大 日 經 疏 と は 御 請 來 目 録 に 大 毘 盧 遮 那 經 疏 一 部 二 十 巻 一 行 禪 師 撰 と あ る の が そ れ で あ つ て 、 .義 釋 目 録 に も 皿第 三 高 雄 寺 法 名 神護也 本 一 部 二 十 巻 と 記 し 、 同 書 の 末 の 方 に も 已 上 二 十 雀 者 高 雄 寺 室 海 和 尚 從 西 京 所 傳 本 也 と あ る か ら 、 弘 法 本 は 最 初 か ら 二 十 雀 で あ つ て 疏 と 名 け ら れ て ゐ た こ と は 明 白 で あ のる 。 然 る に 一 方 八 家 秘 録 に よ る と 大 毘 盧 遮 那 經 疏 十 四 巻 (+ ﹁ 在 貞 觀 寺 ﹂ (甲) ) 高 野 海 贈 僧 正 大 毘 盧 遮 那 經 疏 二 十 巻 海 贈 僧 正 治 定 と 記 し て あ る 。 之 に よ れ ば 弘 法 大 師 は 十 四 巻 疏 を 請 來 さ れ た の で あ つ て 、 二 十 巻 の 本 は 大 師 の 治 定 に よ つ て 出 來 た も の と 解 せ ね ば な ら ぬ 。 併 し 左 様 な 事 實 は 御 請 來 目 録 に 書 か れ て な い ば か り か 、 義 釋 目 録 に も 背 く 譯 で あ る 。 然 ら ば そ の 何 れ が 眞 な り や 、 二 十 巻 疏 成 立 考 大 日 經 義 釋 諸 本 の 成 立 に 關 す る 小 考 六 一
大 日 經 義 釋 諸 本 の 成 立 に 關 す る 小 考 六 二 は 先 づ 此 の點 か ら 考 へ ね ば な ら ぬ 。 若 し も 秘 録 の 記 事 が 眞 實 な り と す れ ば 、 智證 程 の 學 者 が 全 く 之 を 聞 か す に ゐ た と い ふ の は 甚 だ し く 不 自 然 で あ る 。 智證 は 義釋 研 究 に か け て も 古 今 を 通 じ ての 大 權 威 者 で あ つ て 、 廣 く 諸 異 本 の 比 較 研 究 を 試 み た 結 果 か の 義 釋 日 録 を 著 し 、 特 に 二 十巻 疏 を 以 て 慈覺 本 等 の 再 治 本 よ り 劣 れ る こ と を 強 調 し て ゐ る 。 該 日 録 撰 述 の 目 的 の 一 は 確 か に 此點 に あ つ た ら し い 。 し て 見 る と 彼 若 し 秘 録 に 云 ふ 如 き 事 實 を 知 つ て ゐ た な ら ば 、 目 録 中 何 ら か の 言 を 以 て 之 に 論 及 せ ぬ 筈 は な い で あ ら う 。 否 彼 一 流 の 論 鋒 を 以 て 猛 烈 に 攻 撃 せ ね ば 止 ま な か つ た で あ ら う に 、 毫 末 も 之 に つ い て 言 及 す る 所 が な い の を 見 る と 彼 は 十 四巻 疏 の こ と を 知 ら な か つ た ら し い 。 然 ら ば 秘 録 の 記 載 は 安 然 師 の 捏 造 で あ ら う か 、 或 は 後 人 の 故 意 的 附 加 で あ ら う か 、 於茲 考 へ ら れ る こ と は 安 然 師 の 二 大 名 著 の一 た る 菩 提 心 義 抄巻 第一 に 、 菩 提 心 論 所 引 の 大 日 経 疏 の文 が 疏即 ち 弘 法 本 に 見 ら れ な い こ と に 論 及 し て 、 (正 藏 七 五 ・ 四 五 一 頁 ) 問 抑 大 日 経 疏 無 所 引 文 何 言 准 疏 耶 答 高 野 十 四巻 二 十巻脱 此文 也 慈覺 大 師 遍 明 和 上 園 城 和 上 圓覺僧 正 等文 並 有 其文 故 知 高 野 抄 本 脱 去 (甲 本 ○ 字 な く 、 ● の 下 ﹁ 疏 ﹂ 字 あ り ) と 云 つ て ゐ る 。 こゝ に も 亦 弘 法 本 十 四巻 疏 の 存 在 が 明 記 さ れ て ゐ る こ と が 注 目 を ひ く 。 而 も 秘 録 に 於 い て も 十 四 巻 疏 の 下 に ﹁ 在 貞 観 寺 ﹂ と 註 記 す る 甲 本 は 、 康 保 二 年 ( 一 六 二 五 ) の 寫 本 で あ つ て 、 秘 録 の 撰 述 當 時 (仁 和 元 年 ? 延 喜 二 年 ? ) か ら 凡 そ 六 七 十 年 を 隔 て る の み で あ る か ら 、 こ の 記 事 は 信 用 し て 宜 し い の で は な い か と も 思 は れ る が 、 安 然 師 の 著 以 外 に 之 を證 す べ き も の が な く 、 且 智證 が 何 故 に 之 を 知 ら な か つ た か の 理 由 も 明 白 で な い 以 上 、猶 論 断 は 出 來 な い 様 に 思 ふ 。 さ て 他 の 文 獻 に よ つ て 此 問 題 が 解 決 出 來 ぬ と す れ ば 、 更 に 異 な る 角 度 か ら 詳 し く 之 を 吟 味 せ ね ば な ら ぬ 。 次 項 に 論 す る 二 十巻 疏 の 本文 研 討 が即 ち そ れ で あ る 。
第 二 項 廿 卷 疏 は 草 本 な り や 前 記 の 如 く 本 書 が 草 本 そ の まゝ で あ る と の説 は た ゞ に 東 密 の 所 説 た る の み な ら す 、 現 時 學 界 の 通 説 と さ れ て ゐ る 様 で あ つ て 、 筆 者 の 寡 聞 な る 未 だ 曾 て 正 々 堂 々 た る 論 陣 を 張 つ て 之 に 反 蜀 せ ら れ た 學 者 あ る を 耳 に し な い 。 果 し て 此 説 が 事 實 を 物 語 る と す れ ば 原 典 的 研 究 を 志 す 者 に 取 つ て 、 二 十巻 疏 こ そ は 實 に 無價 の 寳 珠 と も稱 す べ く 、 此 の 上 も な い 珍 貴 な 資 料 で あ ら ね ば な ら ぬ 。 然 る に 先 年 本 書 と 慈覺 本 と を對 校 し た 際 に 、 此 點 に 關 し て 少 か ら ぬ 疑 問 を 懐 か ざ る を 得 な か つ た 筆 者 は 、 一 昨 年 末 に 近 い 頃 青 蓮 院 得 清 本 を 對 校 す る に 及 び 、 略々 確 定 的 な 私 見 を 有 ち 得 る に 至 つ た 。 以 下 に 論 す る 所 に し て 大 過 な し と す れ ば 、 在 來 の 通説 と さ れ た 義 釋 諸 本 成 立 の説 明 は 、 殆 ん ど そ の 根 底 か ら 再 批 判 を餘 儀 な く さ れ る で あ ら う 。 一 題 號 と 撰 號 義 釋 諸 本 の 題 名 は 頗 る 區々 で あ る が 、 そ の 中 疏 と 呼 ば れ る の は 弘 法 本 に 限 ら れ て ゐ る 。 但 し 慈覺 本 も 請 來 録 に は 疏 と な つ て ゐ る が 、 之 は 眞 實 そ の 外 題 に 斯 く あ つ た 爲 め な の か 便 宜 上 の 記 載 な の か 明 ら か で な く 、 恐 ら く は 但 に 便 宜 に 從 つ て 名 け た に 過 ぎ ぬ の で あ ら う 、 内 題 は 勿 論 義 釋 と あ つ た に 相 違 な い (註 一 ) こ と は 現 今 傳 は つ て ゐ る 慈覺 本 か ら し て 明 瞭 で あ る 。 之 に 反 し て 弘 法 本 は 外 題 は 固 よ り 内 題 も 亦 悉 く 疏 と あ つ た こ と は 、 義 釋 目 録 を 始 め 現 存 の 各 古 寫 本 に よ つ て 明 白 で あ る 。 一 體 こ の 疏 な る 題 號 は 草 本 の そ れ と 考 へ 得 べ き も の か 否 か 。 若 し 草 本 に 於 い て 既 に 疏 と い ふ 題 號 が 定 ま つ て ゐ た と すれ ば 、 恐 ら く 草 本 を 指 し て ゐ る に 相 違 な い と 思 は れ る 尊 勝 儀 軌 雀 下 に 、 釋 義 と あ る の は 如 何 で あ ら う か 。 又 一 行 入 寂 後 四 十 五 年 も 経 て 入 唐 し た 得 清 の 寫 本 の 轉 寫 な る 青 蓮 院 本 に 、 外 題 が 悉 く 釋 義 と あ り 内 題 が 區 々 に 分 れ て 有 無 定 ま らず 、 そ の 他 義 釋目 録 に は 玄昉 ・ 得 清兩 本 は 題 名 も 記 さ す 、 八 家 秘 録 に は 何 れ も 義 記 と 記 す ( た と へ 便 宜 上 、 或 は 推 定 に も せ よ ) 等 と い ふ の は 、餘 り 大 日 經 義 釋 諸 本 の 成 立 に 關 す る 小 考 六 三
大 日 經 義 釋 諸 本 の 成 立 に 關 す る 小 考 六 四 に も 奇 怪 な こ と で は あ る ま い か 。 一 行 が 定 め た 名 が あ つ た 程 な ら ば 後 に な つ て 斯 く も 種 々 の 異 名 が 生 ず べ き 謂 は れ は な い 。 況 ん や 得 清 本 第 一 ノ 上 の 巻 初 に 記 さ る ゝ ﹁ 梵 本 毘 盧 遮 那 成 佛 經 抄 記 ﹂ な る 題 號 は 、 最 も よ く 本 書 成 立 の 由 來 を 物 語 る も の な る に 於 い て を や 。 第 二 に は 之 を 温 古 の 序 に つ い て 見 る に 、 云 ふ 迄 も な く 此 序 の 半 分 は 義 釋 の 縁 起 序 で あ つ て 、 義 釋 成 立 の 事 情 を 知 る に は 極 め て 權 威 あ り 且 最 古 の 文 獻 で あ る が 、 そ の 中 何 庭 を 見 て も 一 行 が 草 本 と 云 ば ず 整 理 本 と 云 は ず 、 之 を 疏 と 呼 ん だ 形 跡 は 見 え な い 。 又 智 儼 や 温 古 自 身 も 左 様 な 名 稱 は 附 し て 居 ら ぬ 。 此 の 二 點 か ら 考 へ る な ら ば 弘 法 本 の 題 號 は 明 ら か に 是 れ 後 人 の 附 す る 所 、 一 行 そ の 人 は 何 等 關 知 し な か つ た こ と ゝ 断 定 し て憚 る 所 は な い 。 思 ふ に 智證 が 義 釋 目 録 に 於 い て 頻 り に 疏 な る 名 稱 を 不 當 な り と 攻 撃 し 、 嚴 に そ の 改 題 を 要 求 し て ゐ る の も 、 或 は 彼 が 本 書 を 疏 と 命 名 し た 責 任 者 を 察 知 し た 爲 め か も 知 れ ぬ 。 猶 之 に つ い て 今 一 つ 注 意 し た い こ と は 、 現 に 大 正 大 藏 經 所 収 の 二 十 巻 疏 の 第 二 十 巻 末 に も 亦 明 ら か に ﹁ 大 毘 盧 遮 那(+ ﹁ 成 佛 ﹂ 原 )経 繹 義 ( 疏 原 ) 雀 第 二十﹂ と あ る 、 更 に 思 ひ 合 は さ れ る の は 前 出 の 青 蓮 院 本 第 七 ノ 下 巻 末 に も ﹁ 大 毘 盧 遮 那 經 釋 義 巻 第 七 下 ﹂ と 記 す 點 で あ る 。 思 ふ に 之 は 何 等 か の 事 情 に よ つ て 二 十 巻 疏 が そ の 末 尾 に の み 偶 々 原 形 を 留 め て ゐ る の で は ( 註 二 ) な か ら う か 。 と も か く 疏 が 眞 の 草 本 の 題 號 で な か つ た こ と は 以 上 で 略 々 明 ら か で あ ら う 。 品 題 に つ い て も 亦 同 様 な こ と が 云 へ る 。 二 十 巻 疏 に は 各 品 の 釋 文 の 初 め に 必 す そ の 品 題 を 記 し て あ る が 、 得 清 本 に は 例 へ ば 具 縁 品 (之 は 實 は 牒 文 の 一 部 と 見 る 方 が 妥 當 か も 知 れ ぬ ) や 字 輪 品 ・ 菩 薩 戒 品 の 如 き は 之 を 標 記 し て ゐ る が 、 其 他 の 諸 品 に は 佳 心 品 の 如 き は 前 後 倶 に 之 を 記 さ ず 、 或 は 釋 文 の 終 に の み ﹁ 已 上 ・ ○ ○ 品 了 ﹂ と 記 す 所 が 少 く な い 。 蓋 し 佳 心 品 の 如 き は 初 品 の こ と 故 初 め に 態 々 品 題 を 書 記 す 必 要 な く 、 終 り も 亦 釋 文 を 讀 め ば 初 品 終 了 の こ と は 明 白 で あ る と で も 考 へ た も の か 。
又 一 品 の 終 了 に の み 品 題 を 記 す こ と は 正 し く 印 度 の 書 物 の 體 裁 で あ り 、 即 ち 善 無 畏 の 講 説 に 對 す る 忠 實 な ノ ー ト の 面 影 を 傳 へ た も の と 云 へ る 。 斯 く 見 來 れ ば 品 題 に つ い て も 亦 二 十 巻 疏 よ り は 得 清 本 の 方 が よ り 草 本 的 で あ り 、 換 言 す れ ば 二 十 巻 疏 が 絶 對 的 草 本 に 非 ざ る 理 由 は こ ゝ に も 見 ら れ る の で は な い か と 思 ふ 。 第 二 に 撰 號 に つ い て 考 へ る の に 、 現 流 の 二 十 巻 疏 の 各 巻 は 内 題 の 次 に 必 ず ﹁ 沙 門 一 行 阿 闍 梨 記 ﹂ の 八 字 が 見 (註 三 ) え る 。 慈覺 ・ 智 證兩 本 に は 各 巻 と も ﹁ 沙 門 一 行 述 記 ﹂ と な つ て ゐ る 。 さ て こ の 兩 者 を 比 較 す れ ば 何 人 た り と も 二 十 巻 疏 の 撰 號 を 以 て 、 再 治 本 の そ れ よ り 古 形 な り と は 云 ひ 難 い で あ ら う 。 無 論 副 行 自 身 が﹁一 行 阿 闍 梨 ﹂ と 稱 す る の は 理 論 上 少 し も 矛 盾 で は な い が 、 一 行 そ の 人 の 性 格 等 か ら 考 へ る 時 に ど う も 相 應 し く な い 様 に 思 は れ る 。 ま し て 得 清 本 に は 一 巻 と し て 撰 號 の あ る も の が な い 、 若 し も 草 本 に 既 に 二 十 巻 疏 の 如 き 撰 號 が あ つ た と す れ ば 、 再 治 者 と て も 勝 手 に そ の 中 か ら ﹁ 阿 闍 梨 ﹂ の 三 字 を 削 除 す べ き 理 由 も な く 、 況 ん や 得 清 本 に 各 巻 残 ら ず 之 を 缺 く と い ふ の は 不 合 理 千 萬 と せ ね ば な ら ぬ 。 此 の 點 か ら 見 て も 亦 二 十 雀 疏 を 以 て 草 本 そ の ま ゝ 、 一 字 を 改 め ざ る 原 典 な り と は 到 底 考 へ ら れ な い 。 二 巻 數 と 各 巻 の 紙 數 前 記 の 如 く 一 行 の 草 本 は 十 巻 で あ つ た ら し く 想 は れ 、 整 理 本 は 十 四 巻 で あ つ た 事 が 判 然 し て ゐ る が 、 二 十 巻 と い ふ 巻 数 は 唐 朝 の 記 録 に も 絶 え て 見 え ぬ 様 に 思 ふ 。 但 し 考 へ 様 に よ つ て は 草 本 の 十 巻 を 開 い て 二 十 巻 に し た の で は な い か 、 と も 考 へ ら れ ぬ で は な い が 何 等 根 據 と す べ き も の が な い 。 加 之 各 巷 の紙數 を 検 す る と 愈々 以 て 二 十 巻 を 草 本 の 巻 數 と は 考 へ 難 く な る 。 即 ち 二 十 巻 本 の 紙 數 は 各 種 異 本 中 最 も 平 均 し て ゐ る 、 尤 も 第一 巻 の み は 聊 か 過 大 の 様 に 見 え る が 、 そ れ に し て も 他 の 得 清 本 や 慈覺 本 特 に 後 者 に 於 い て 、 第 八 巻 は 四 十 四 丁 に 過 ぎ ず 第 七 巻 は 七 十 一 丁 に餘 る の に 比 す れ ば 、餘 程 よ く 揃 つ て ゐ る と 云 は ね ば な ら ぬ 。 而 も 二 十 巻 疏 の 區 切 り は 經 文 や 釋 文 の 文 段 に 大 日 經 義 釋 諸 本 の 成 立 に 關 す る 小 考 六 五
大 日 經 義 釋 諸 本 の 成 立 に 關 す る 小 考 六 六 拘 は る こ と な く 、 專 ら 紙數 本 位 で 分 け ら れ た 様 で あ る 。 筆 寫 の 際 便 宜 上 大 體 二 十 等 分 し て 寫 し た 爲 め で は な か ら う か 、 而 し て そ の 責 任 者 は 恐 ら く は 弘 法 大 師 か と 思 ふ 。 猶 そ の 事 情 を 詳 し く 知 り た い も の で あ る 。 さ て 右 の 諸 點 は 何 れ も 形 式 上 の こ と で あ つ て 、 内 容 に つ い て ゞ は な か つ た 、 故 に 外 形 上 斯様 に變 更 を 來 し た と し て も 内 容 が 取 捨 さ れ て さ へ ゐ な け れ ば 、 依 然 と し て 二 十 巻 疏 を 草 本 と 認 め て 宜 し い 筈 で あ る が 、 萬 一 に も 形 式 を 整 へ た 際に 内 容 に 迄 も 手 入 れ を し て ゐ た な ら ば 問 題 で あ る 。 少 く も 外 形 を 斯 く も 整 備變 更 し た 以 上 、 内 容 に も 亦 何 等 か の 程 度 に 改變 が 加 へ ら れ た の で は な い か 、 と の 疑 問 は 當 然 起 り 得 べ き も の で あ ら う 。 三 悉 地 出 現 品 の 牒 文 曾 て 慈覺 本 と 二 十卷 疏 と の 對 校 を 試 み た 際 に 、 慈 覺 本 第 七 巻 の 初 め か ら 第 八 巻 四 十 二 丁 右 第 三 行 第 十 字 、 即 ち 息 障 品 の 初 め か ら 悉 地 出 現 品 の 中 途 迄 は 、兩 書 の文 章 相 違 頗 る 著 し く 到 底 そ の 異 同 を 欄 外 に 記 す こ と は 出 來 な か つ た 、 こ の 部 分 は 是 非 と も 比 較 し や う と す れ ば 各 々 の 全 文 を 寫 し て 上 下 對 照 に で も す る 外 は な い 。 所 が 慈 覺 本 の 右 の 箇處 以 下 即 大 正 藏 經 第 三 十 九 、卷ノ 三 ・ 六 九 六 頁 上 段 終 り か ら 第 十 一 行 第 十 三 字 ﹃ 次 云攝 意 者 ﹄ 以 下 は 、 再 び兩文 相 似 の 状 態 に 復 し て 來 る 。 け れ ど も そ の 間 に 出 没 多 く 異 同 の 數 甚 し い こ と は 到 底 具 縁 品 ま で の 比 で は な い 。 殊 に こ の 悉 地 出 現 品 後 半 の 部 分 に 於 い て 日 に つ く の は 、 慈 覺 本 に 牒 起 す る 經 文 が 甚 だ し く 拙 文 で あ る 、 否 漢 文 と し て は 不 自 然 極 ま る も の で あ る こ と で 、 而 も 之 を 理 行 の 漢 譯 經 文 に 照 す と 相 似 て は ゐ る が 合 致 し な い 。 然 る に 二 十 巻 疏 の 牒 文 は 一 一 現 行 の 經 文 と 一 致 し て ゐ る 。 於 茲 吾 人 が 想 像 し た こ と は 、 慈 覺 本 の 牒 文 が 漢 文 ら し く な い 不 自 然 な 文 章 で あ る 所 以 は 、 そ れ が 梵 文 原 典 の 直 譯 で あ る 爲 め で は な か ら う か 、 而 し て そ れ は 取 り も 直 さ す 草 本 の 面 影 を 傳 へ て ゐ る も の で あ り 、 一 方 二 十 巻 疏 の 文 は 或 人 に よ つ て 漢 譯 完 成 し た 經 文 に 改 め ら れ た の で は な か ら う か 、 と い ふ こ と で あ つ た 。 筆 者 が 二 十
卷 疏 を 絶 對 的 草 本 な り と す る 在 來 の 説 明 に 、 一 の 不 審 を 懐 き 始 め た の は 實 に 此 の 時 か ら で あ る が 、 後 に 至 つ て 青 蓮 院 本 を 校 合 す る に 及 び 此 の 疑 は 始 め て 氷 解 す る と 同 時 に 、 曾 て の 想 像 が 決 し て 間 違 つ た も の で な か つ た こ と を 知 つ た 次 第 で あ る 。 前 記 の 通 り 息 障 品 乃 至 悉 地 出 現 品 ま で の 部 分 に 於 い て 未 再 治 本 と 再 治 本 と の 相 違 が 特 に 甚 だ し い が 、 そ の 理 由 は 後 節 に 論 ず る 如 く 再 治 者 の 努 力 が 主 と し て 此 の 部 分 に 注 が れ た 爲 め で あ ら う 。 所 が 疏 と 同 様 未 再 治 系 に 島 す る 得 清 本 は 、 こ の 部 分 に 關 し て も 亦 よ く 古 形 を 残 し て ゐ る 。 特 に 普 通 眞 言 藏 品 、 '世 間 成 就 品 の 邊 は ( 但 し 眞 言 藏 品 末 尾 に 近 い 邊 ま で 訣 本 ) 疏 と 大 差 な い 様 で あ る が 、 悉 地 出 現 品 に 於 い て は 品 初 よ り 通 じ て 直 譯 風 の 經 文 を 牒 し て ゐ る 。 慈 覺 本 は 先 に 記 し た 中 途 の 部 分 ま で 現 行 の 經 文 と 同 じ 丈 を 牒 し 、 二 十 卷 疏 は 一 品 悉 く 現 流 の 經 文 に 合 す 、 か く 對 照 し て 、 此 點 得 清 本 は 頗 る 特 異 な 存 在 で あ り 貴 重 な 資 料 で あ る 。 我 々 は 之 に よ つ て 二 十 卷 疏 が 斷 じ て 草 本 通 り の も の で な い 確 證 を 把 握 し 得 る 。 以 下 一 二 の 例 を 擧 げ て 之 を 證 明 す る で あ ら う 。 第 一 に 該 品 の 最 初 の 部 分 な る ﹁ 三 世 無 量 門 決 定 智 圓 滿 法 句 ﹂ に つ い て 、 得 清 本 と 二 十 卷 疏 と の 牒 文 を 比 較 す れ ば 左 の 如 く で あ る 。 ︹ 得 ︺爾 時 世 尊 得 観 察 一 切 願 滿 足 三 世 無 量 門 決 定 智 滿 足 故 法 句 説 (○ ⋮ ⋮ ﹁復 ﹂ の 寫 誤 ? ) ︹疏 ︺ 爾 時 世 奪 復 觀 諸 大 衆 會 爲 欲 滿 足 一 切 願 故 復 説 三 世 無 量 門 決 定 智 圓 滿 法 句 ︹得 ︺ 虚 空 無 垢 無 自 性 巧 智 種 々 與 ︹ 疏 ︺ 虚 空 無 垢 無 自 性 能 授 種 々 諸 巧 智 ︹ 得 ︺ 空 自 性 常 縁 生 甚 深 難 見 ︹ 疏 ︺ 由 本 自 性 常 空 故 縁 起 甚 深 難 可 見 ︹ 得 ︺ 於 長 時 恒 殊 勝 進 隨 所 思 念 施 與 最 上 果 ︹ 疏 ︺ 於 長 恒 時 殊 勝 進 隨 念 施 與 無 上 果 ︹ 得 ︺ 如 諸 宮 室 虚 空 得 有 (? ) 無 取 著 ︹ 疏 ︺ 譬 如 一 切 趣 空 室 皆 依 虚 空 無 著 行 大 日 經 義 釋 諸 本 の 成 立 に 關 す る 小 考 六 七
大 日 經 義 釋 諸 本 の 成 立 に 關 す る 小 考 六 八 ︹ 得 ︺ 此 清 淨 法 亦 如 是 三 有 無 余 清 淨 生 (註 四 ) ︹ 疏 ︺ 同 右 ︹ 得 ︺ 修 行 此 勝 生 嚴 有 一 切 佛 行 ︹ 疏 ︺ 昔 勝 生 嚴 修 此 故 得 有 一 切 如 來 行 ︹ 得 ︺ 非 他 句 有 難 得 遍 明 作 如 佛 ︹ 疏 ︺ 非 他 句 有 難 可 得 作 世 遍 明 如 世 尊 ︹ 得 ︺ 説 極 清 淨 法 修 行 無 分 別 離 法 深 廣 不 壞 無 盡 ︹ 疏 ︺ 説 極 清 淨 修 行 法 深 廣 無 際 離 分 別 而 し て こ の 三 世 無 量 門 決 定 智 圓 滿 法 句 に つ い て 、 今 一 つ 注 目 せ ね ば な ら ぬ と 思 ふ こ と は 、 慈 覺 本 第 八 卷 二 十 三 丁 左 の 末 か ら 二 十 五 丁 左 の 第 七 行 に 亙 つ て 、 そ の 原 (註 五 ) 丈 を 出 し 音 譯 と 句 義 を 附 し て ゐ る 點 で あ る 。 今 之 を 右 の 得 清 本 と 比 べ て 見 る の に 、 大 體 に 於 い て よ く 合 致 す る 様 で あ る 、 左 に 慈 覺 本 の 句 義 の み を 掲 げ や う 。 (一) 虚 空 ・ 無 垢 ・ 無 ・ 自 ・ 性( 二) 巧 ・ 智 ・ 種 々 ・ 授 與 三 空・ 自 性 ・ 常( 四) 縁・ 生 ・ 甚 深 ・ 難 見 ( 以 上 第 一 偈 ) (一) 恒 ・ 殊 勝 ・ 往( 二) 菓 ・ 最 上 ・ 與 ・ 隨 所 思 念 (三) 如 ・ 諸 ・ 趣 ・ 空 室( 四) 虚 空 ・ 得 有 (○-○= 有 得 (一) ) 無 取 著 ・ 行 (以 上 第 二 偈 ) (一) 亦 ・ 如 是 ・ 清 淨 ・ 法( 二) 三 有 ・ 無 余 ・ 清 淨 ・ 生 (三) 修 行 ・ 此 ・ 勝 生 嚴( 四) 有 ・ 一 切・ 諸 佛 ・ 行 (以 上 第 三 偈 ) (一) 非 他 ・ 句 ・ 有 ・ 難 得( 二) 遍 ・ 明 ・ 作 ・ 如・ 諸 佛 (三) 説 ・ 極 清 淨 ・ 法 ・ 修 行( 四) 無 (之 は 誤 謬 な り 、 原 本 の に 無 の 義 な し ) ・ 分 別 ・ 離 (以 上 第 四 偶 ) ︹ 廣 ・ 法 ・ 深 ・ 無 盡 ( 無 壞 ) ︺ ( 此 の 四 語 は 助 聲 ) 之 を 前 と 比 較 す れ ば 得 清 本 の こ の 部 分 は 直 譯 文 と 大 差 な く 、 全 然 同 一 の 句 す ら あ る こ と が 知 ら れ る 。 た と へ 隋 譯 の 金 剛 經 程 で は な い に し て も 、 漢 文 と し て 洗 練 さ れ て ゐ な い こ と は 言 を 俟 た ぬ 、 併 し 二 十 卷 疏 の 文 は 潤 色 完 成 し た 漢 譯 大 日 經 と 寸 分 違 は ぬ こ と は 疑 を 容 れ な い 。 猶 こ の 品 の 牒 文 は 得 清 本 で は 始 め か ら 終 り ま で 斯 様 な 有 様 で 、 一 一 擧 げ る の 繁 に 堪 へ な い か ら 今 は 僅 か
に そ の 一 部 を 出 し た の み 。 斯 く 牒 文 を 改 め た 結 果 と し て 二 十 卷 疏 に は 釋 文 の 方 に も 細 部 に は 多 少 の 改 訂 が 行 は れ た 形 跡 が な い で は な い が 、 大 抵 微 細 な 部 分 の み で あ る か ら 今 取 上 げ な い こ と に す る 。 次 に 慈 覺 ・ 智 證 兩 本 が 得 清 本 と 合 し 疏 獨 り 異 つ て ゐ る 實 例 を 示 す な ら ば 、 同 じ く 悉 地 出 現 品 の 後 牛 慈 覺 本 第 八 卷 四 十 二 丁 右 第 六 行 第 十 五 字 以 下 の 二 三 行 が 次 の 如 く な つ て ゐ る 。 ( 慈 覺 本 ) 王 は 智 證 本 得 は 得 清 本 次 第 二 月 者 塗 香 等 奉 作 饒 益 衆 生 諸 種 々 類 ( + ﹁ 念 誦 之 他 月 又 利 益 離 利 如 ﹂ 王 + ﹁ 念 誦 之 月 又 他 利 養 離 利 者 ﹂ 得 ) 如 前 世 間 (○= 門 得 ) 行 中 亦 有 塗 香 等 供 養 此 中 復 説 者 意 (○= 得 本 无 シ )與 前 殊 異 也 ( 二 十 卷 疏 ) 次 於 第 二 月 奉 塗 香 花 等 而 以 作 饒 益 種 々 衆 生 類 又 復 於 他 月 捨 棄 諸 利 養 者 如 前 世 間 行 中 亦 有 塗 香 等 供 養 此 中 復 説 者 意 與 前 殊 異 也 右 の 如 く で あ つ て 得 清 本 も 寫 誤 な し と は 云 へ な い が 、 大 體 は 慈 覺 本 と よ く 一 致 し て ゐ る 。 但 し 念 誦 之 月 等 の 十 一 字 は 何 故 か 現 行 慈 覺 本 に 脱 落 し て ゐ る 。 智 證 本 は 念 誦 等 の 十 一 字 に 若 干 の 手 入 れ を し た 跡 。か 見 え る が そ の 他 は よ く 右 二 本 と 合 す る 、 け れ ど も 二 十 卷 疏 の み は 次 於 第 二 月⋮⋮ 捨 棄 諸 利 養 の 三 十 字 が 全 く 現 流 の 經 文 に 同 じ い 。 此 の 様 な 諸 點 を 綜 合 し て 考 へ る 時 に 、 二 十 卷 疏 な る 本 は 智 儼 ・ 温 古 以 外 の 或 人 に よ つ て 或 程 度 の 加 筆 改 訂 が 行 は れ た こ と は 何 と し て も 蔽 ひ 難 い も の が あ る 。 第 三 項 廿 卷 疏 の 傳 承 系 統 前 項 に 於 い て 二 十 卷 疏 は 決 し て 草 本 の まゝ で は な く 、 得 清 本 よ り 新 し い の は 勿 論 或 る 部 分 で は 慈 覺 本 よ り も 更 に 新 し い 所 さ へ あ る こ と を 指 適 し た 。 然 ら ば 進 ん で 本 書 は 一 體 何 人 に よ つ て 現 形 に 整 へ ら れ た の で あ つ た か 。 筆 者 の 知 る 限 り 唐 朝 の 文 獻 に は 之 に 答 へ る も の は 勿 論 な い 。 從 つ て 之 を 弘 法 大 師 が 將 來 さ れ た 事 實 大 日 經 義 釋 諸 本 の 成 立 に 關 す る 小 考 六 九
大 日 經 義 釋 諸 本 の 成 立 に 關 す る 小 考 七 〇 か ら 考 へ て 、 大 師 の 法 系 を 辿 つ て 類 推 す る よ り 外 な か ら う と 思 ふ 。 し て 見 る と そ れ は 不 空 ・ 玄 超 ・ 恵 果 ・ 弘 法 の 四 者 の 間 に あ る と 想 像 し て 差 支 な い の で は な か ら う か 。 但 し そ の 中 不 空 三 藏 は 再 天 譯 經 等 々 に 忙 殺 せ ら れ 、 表 製 集 に 牧 む る 臨 終 上 表 に よ れ ば 、 折 角 將 來 し た 十 萬 頌 の 金 剛 頂 經 す ら 飜 譯 し 得 ず し て 入 滅 さ れ た 程 で あ つ た 。 そ の 彼 が 本 書 の 治 定 に ま で 手 を 出 す 餘 裕 が あ ら う と は 考 へ 難 い 。 又 玄 超 阿 闍 梨 は 何 分 に も 傳 歴 頗 る 不 明 確 で あ つ て 、 胎 藏 法 の 達 入 、 恵 果 の 師 と は 云 ふ も の ゝ 、 彼 に 本 書 整 形 の 功 を 歸 せ し め る こ と は 何 等 根 據 と す べ き も の が な い 、 第 三 の 恵 果 阿 闍 梨 は 固 よ り 事 教 (註 六 ) 二 相 の 達 人 で 、 現 圖 漫 荼 羅 は 恐 ら く 彼 の 創 案 な ら ん と 云 は れ 、 從 つ て 彼 な ら ば 本 書 治 定 も な し た こ と 、 考 へ 得 る が 、 此 所 で 思 ひ 出 さ れ る の は 前 記 八 家 秘 録 の ﹁ 海 贈 僧 正 治 定 ﹂ の 註 記 で あ つ て 、 安 然 師 は 明 白 に 之 を 弘 法 の 所 爲 と 説 明 し て ゐ る の で あ る 。 而 し て か の 十 四 卷 疏 の こ と ゝ 思 ひ 合 は す 時 に 、 之 は 單 な る 師 の 想 像 と は 思 は れ ず 、 何 等 か の 傳 聞 に 基 い た も の で は な い か と 考 へ ら れ る 。 御 請 來 目 録 並 に 義 釋 目 録 が 障 碍 と な る こ と は 知 り つ ゝ も 、 筆 者 は 現 在 の 所 八 家 秘 録 の 記 事 を 信 用 す べ き で は な か ら う か と 考 へ て ゐ る 。 今 一 つ 殘 る 疑 問 は 二 十 卷 疏 治 定 者 は 何 故 に 、 悉 地 出 現 品 の み 牒 文 の 變 更 を 行 つ た の か と い ふ 點 で あ る 。 直 譯 の 經 文 を 牒 す る こ と は 何 も 決 し て こ の 一 品 に 限 つ た 譯 で は な く 、 息 障 品 以 下 の 諸 品 悉 く 然 ら ざ る は な い 、 何 が 故 に 他 の 諸 品 を 顧 み な か つ た の で あ ら う か 、 悉 地 出 現 品 の 牒 文 の み の 更 新 す べ き 理 由 ・ 必 要 は 何 虚 に あ り や 、 之 亦 筆 者 に 取 つ て は 未 だ 解 決 し 得 な い 所 で あ る 。 以 上 二 十 卷 疏 成 立 に つ い て の 私 見 を 陳 べ た 、 要 す る に 本 書 は 未 再 治 系 中 の 一 異 本 で あ る 。 が 之 に つ い て 特 に 附 言 し て 誤 解 を 避 け た い と 思 ふ の は 、 ﹃ 二 十 卷 疏 は 草 本 そ の ま ゝ で は な い ﹄ と い ふ こ と ゝ 、 ﹃ 二 十 卷 疏 に は 草 本 的 價 値 が な い ﹄ と い ふ こ と ゝ は 固 よ り 別 個 の 問 題 と
せ ね ば な ら ぬ 點 で あ る 。 右 に 指 摘 し た 加 筆 治 定 が 本 書 の 草 本 的 價 値 に 如 何 程 の 影 響 を 與 へ た か 、 そ れ に つ い て は 次 の 機 會 に 獲 表 す べ き ﹃ 義 釋 諸 本 比 較 概 觀 ﹄ に 讓 り 、 今 は 唯 成 立 の 事 情 を 討 ね る に 止 め て 置 く 。 (註 一 ) 慈 覺 本 第 十 卷 密 印 品 の 釋 に は 、 疏 、 疏 主 、 疏 説 等 の 語 が 屡 々 出 る 。 勿 論 そ の 疏 と は 一 行 整 理 本 の こ と で あ ら う が 、 之 は 單 に ﹁ 註 釋 書 ﹂ と い ふ 一 般 的 稱 呼 に 過 ぎ ず 、 例 せ ば 法 ケ 文 句 を 天 台 法 ケ 疏 と い ふ が 如 く で あ る 、 菩 提 心 論 に ﹁ 毘 盧 遮 那 經 の 疏 に 準 ぜ ば ﹂ と い ふ の も 此 の 意 味 に 外 な ら ぬ 。 (註 二 ) 大 正 藏 經 本 は 原 本 ・ 甲 本 と も に 平 安 末 の 筆 寫 に か ゝ る 仁 和 寺 藏 本 で 、 乙 本 は 縮 藏 本 で あ る か ら 、 何 れ も 堂 々 た る 權 威 あ る も の で 、 そ れ ら の 諸 本 中 原 本 の イ 本 以 外 悉 く 、 第 廿 卷 末 に 釋 義 と あ る の は 決 し て 偶 然 と は 云 へ な い と 思 ふ 。 ( 註 三 ) 義 釋 目 録 (佛 教 全 書 本 ) に は 廿 卷 疏 第 四 卷 の 撰 號 を ﹁沙 門 一 行禅 師 述 記 ﹂ と し 、 第 十 三 ・ 十 七 兩 卷 は ﹁ 一 行 禅 師 述 記 ﹂ と し て ゐ る 。 現 今 の 大 正 藏 經 本 は 各 卷 と も 撰 號 の 不 同 は な い 。 之 に 關 し て は 義 釋 目 録 の 古 本 を 探 査 し た 上 で な く て は 批 判 は 出 來 ぬ と 思 ふ の で 今 論 じ な い 。 (註 四 ) こ の 一 句 の み 得 清 本 と 疏 と 全 同 で あ る 。 猶 得 清 本 に は こ れ ら 未 再 治 の 牒 文 の 右 肩 に 細 字 で 、 漢 譯 經 文 の 相 當 部 分 を 附 記 し た 所 が あ る が 、 そ れ は 明 ら か に 後 人 の 書 入 れ で あ ら う か ら 、 今 記 さ な か つ た 。 ( 註 五 ) 現 行 版 本 義 釋 の 梵 本 に は 誤 謬 な し と は 云 へ な い が 、 音 寫 文 字 と も 大 抵 よ く 合 し て 居 り 、 句 義 も 一 ケ 處 を 除 い て 正 し い 様 で あ る か ら 、 恐 ら く 之 は 再 治 の 時 に 載 せ ら れ た も の で 、 如 何 に 見 て も 日 本 へ 來 て か ら 附 加 さ れ た も の で は な い と 思 ふ 。 (註 六 ) 栂 尾 博 士 ﹁ 曼 荼 羅 の 研 究 ﹂ 一 〇 七 、 八 、 九 頁 。 大 日 經 義 釋 諸 本 の 成 立 に 關 す る 小 考 七 一