博 士 ( 地 球 環 境 科 学 ) 河 村 幸 男
学位論文題名
Biochemical Analysis of theESubunit of Plant Vacuolar H+ ‑ATPase: Fundamental Study for Understanding the Cold Inactivation of Plant Vacuolar H+ ‑ATPase
(植物液胞 膜H+ −ATPase のE サブユニットの生化学的解析:
植物液胞膜H+ 一ATPase の低温失活を解明するための基礎的研究)
学位論文内容の要旨
熱帯・亜熱帯性植物の低温傷害は液胞膜H+一ATPase (V―ATPase)の低温失活と深く関わって いる。その為、植物がどのように低温耐性を獲得してきたかという進化上の問題や、低温感受性作物 の低温耐性向上という農学的観点からも、本酵素の低温失活機構の解明は興味深い問題である。
V―ATPaseは11〜13種のサブユニツ卜で構成される複合酵素である。高次構造はATP合成酵 素(Fi Fo一ATPase)に似ていることから、親水性部位をVl、膜を貫通している部位をVoと呼んでい る。近年、ATP合成酵素の高次構造が明らかになりつつあり、V−ATPaseの構造もATP合成酵素と の比較により推定されている。Vlの構造は、ATP加水分解能を持つAサブユニットとその類似体であ るBサブユニットの六量体(A383複合体)と、その中心で回転してATPの加水分解エネルギ―をVoに伝 える部位ならびにVoに対しA383複合体が回転しないように両者を固定する部位の3っより形成され ている。後者の2つはまとめて軸サブユニツ卜と呼ばれている。VOはA383複合体に対して回転する 部位と固定されている部位とによって形成されており、両者の相互作用によりH+輸送が行われる。
一般に、精製した本酵素を疎水性相互作用を撹乱するカオ卜ロピックアニオンと基質である Mg−ATPとの存在下で低温にさらすと、本酵素はVlを遊離して失活する。植物の低温傷害でも、加 vitroの系と同様の機構で低温失活が起きるものと考えられている。加vitroでの低温失活機構には必 ずMg−ATPが必要なため、ATP加水分解時に本酵素は低温に対して不安定になると考えられる。特 に軸サブユニットはATPの加水分解エネルギーを伝達するのみならず、VlとVoをつなぐ役割を果た しているため、低温失活機構に深く関与するものと思われる。しかし、軸サブユニットの機能解析の 研究は動物や醇母を含めてもあまりない。そのため、植物由来のV−ATPaseの軸サブユニットの機能 を明らかにすることは、本酵素の性質のみならず低温失活機構の解析には必要不可欠と考えられる。
そ こで 本 研究で は、軸 サブユニ ットの1つで あるEサブユ ニットに 注目し て解析を 行った。
マメ科植物の中で低温感受性のヤエナりと低温耐性のエンドウに由来するV−ATPaseは、加 vitroでの低温感受性が大きく異なり、エンドウ由来の本酵素はO℃でも低温失活しない。そこで、ヤ エナリ下胚軸とエンドウ上胚軸よりV―ATPaseを精製し、サブユニツ卜組成を比較した結果、軸サブ ユニットと予想される30〜40kDaに位置するサブユニツ卜の組成のみ両者の間で大きく異なってい
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た。そこで、エンドウV‐ATPaseの35、37、40 kDaサブユニツ卜を単離し、部分アミノ酸配列分析 および特異抗体を用いたイムノブロット解析を行った。その結果、35kDa (Dl)と29kDa (D2)サブユ ニットはDサブュニツ卜アイソフオーム、40kDa (El)と37kDa (E2)サブユニツ卜はEサブユニットア イソフオームである事が示唆された。動物細胞のV−ATPaseでは、D、Eサブユニットは1つの酵素 に1分子ずつしか含まれない為、エンドウ上胚軸には本酵素のアイソタイブが複数存在することが予 想された。陰イオン交換カラムを用いて本醇素のアイソタイプの分離を試みたところ、Eサブユニツ 卜アイソフオームの割合のみが異なる2つの画分が得られた。これらについてATP加水分解活性に おける速度論的解析を行ったところ、El含量の高い酵素画分の方が、KmとVmaxの低い性質を持つ ことが分かった。この結果より、Eサブユニツ卜が本酵素の加水分解活性に深く関与している可能性 が考えられた。また、いくつかの組織より粗膜画分を集めてイムノブロッ卜解析を行ったところ、
E2は用いたすべての組織(葉、胚軸、根など)で検出されたが、Elは葉や子葉ではほとんど検出さ れなかった。ー方、Dサブユニツ卜アイソフオームについても葉と上胚軸の液胞膜画分でイムノブ ロットにより解析したところ、D2は葉で検出されなかった。さらに、エンドウの葉と上胚軸由来の 液胞膜画分を用いて、H+輸送効率を測定したところ、上胚軸に比べて葉の方がH+輸送効率の高い酵 素が存在することが明らかになった。以上の結果より、D、Eサブユニットが本酵素の機能に密接に 関係していることが推測された。
これまでに、加水分解されないATP類似体を用いてATP加水分解時の酵素の構造変化を解析 した例が報告されている。ATP類似体のーつであるAMP−PNPを本酵素ヘ作用させると、類似体は活 性中心に結合した状態を保ち、反応過程での本酵素の構造変化を維持すると考えられた。このAMPー PNPをヤエナリV―ATPaseに反応させると、Eサブユニット内でジスルフアド結合による構造変化が 検出されたが、基質であるATPの場合にはこれは検出されなかった。その為、基質類似体の結合に ょって生じるA383複合体の構造変化によって引き起こされたEサブユニツ卜の構造変化が途中で滞っ たため、結果的にEサブユニット内にジスルフィド結合が形成されたものと予想された。また、この 構造変化はエンドウやシロイヌナズナでも同様に検出された。植物のEサブユニツ卜はシロイヌナズ ナを含めて5つの植物で遺伝子の塩基配列が決定されており、予想される―次配列には共通する2つ のシステイン残基が保存されていた。本酵素のATPの加水分解はAサブュニットで行われる。N−エ チルマレイミドはAサブユニットのATP結合部位に存在するシステイン残基をアルキル化することに より本酵素のATP加水分解を阻害する事が知られている。N−エチルマレイミド処理はEサブユニット の構造変化を阻害した。この結果は、Eサプユニツ卜とAサブユニットの間に何らかの相互作用が存 在することを意味する。
これまで報告では、DサブユニットかEサブユニット、もしくはDとEサブユニットのぺアがV― ATPaseの軸サブユニット候補として考えられてきた。しかし、加vitroでのヤエナリVーATPaseの低 温失活実験では、Eサブユニツ卜は比較的弱いカオトロピックアニオン処理でもA383複合体と共にVo より遊離したが、Dサブユニツ卜は強いカオ卜ロピックアニオン処理でなければ遊離しなかった。こ の結果は、Eサブユニットの方がDサブユニツ卜に比べてA383複合体との相互作用がより強いことを 示唆する。次に、サブュニット間の位置解析をDSPと呼ばれるクロスリンカ―を用いて構造解析を 行ったところ、EサブユニットとBサブユニットが近くに存在する事が示唆された。BLOCKSデータ ベースを用いたモチーフ検索(http://www.mot,If.genome.ad.jp/)は、植物のEサブユニツ卜がF− ATPaseの回転軸であるYサブユニットと類似したモチ―フの一部を持つことを示した。以上の結果 より、少なくとも植物由来の本酵素では、Eサブユニットが回転軸サブユニツ卜である可能性が高い ことが示唆された。
本研究により、植物のV−ATPaseにおけるEサブユニットはA383複合体の近い位置に存在し、
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ATP加水分解活性に深く関与している事が予想された。今後、低温感受性植物と低温耐性植物のEサ ブユニットの構造並びに機能に関する比較研究を行うことにより、本酵素の低温失活機構の解明に貢 献できるものと考えている。
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学位論文審査の要旨 主 査 教授 田中 歩 副査 教授 山本興太朗 副査 助教授 藤川清三
副 査
助 教 授
前 島 正 義
( 名 古 屋 大 学 大 学 院 生 命 農 学 研 究 科 )
学位論文題名
Biochemical Analysis of theESubunit of Plant Vacuolar H+ ‑ATPase: Fundamental Study for Understanding the Cold Inactivation of Plant Vacuolar H+ ‑ATPase
( 植 物 液 胞 膜
H+
ーATPase
のE
サ ブ ユ ニ ッ トの 生 化学 的 解析 : 植物 液 胞膜H+
一ATPase
の低温 失活を解明 するための 基礎的研究 )熱帯・亜熱帯性植物の低温傷害は液胞膜H゛‑ATPase (V‑ATPase)の低温失活と深く 関わっている。しかし、本酵素の低温失活機構の研究はほとんど進んでいない。これ は本酵素が、非常に複雑な酵素であることに由来する。V‑ATPaseは11〜13種のサブ ユニットで 構成され、 親水性部位 をVい膜 部位を
Vo
と呼んでいる。本酵素はATP
合成酵素(F‑ATPase)と構造が類似しており、ATP合成酵素との比較により高次構造が 推定されて いる。特にVlの構造は、ATP加水分解能を持つA
、Bサブユニットの六 量体(A383複合体)と、その中心で回転してATP加水分解エネルギーをVoに伝える部 位ならびにVoに対しA383
複合体が回転レないように固定する部位の3っより成り立 つ。後者の2っは軸部位と呼ばれている。一般に、精製した本酵素を疎水性結合を撹 乱するカオト口ピックアニオンと基質であるMg‑ATPとの存在下で低温にさらすと、本酵素はVlを遊離して失活する。低温感受性のヤエナりと低温耐性のエンドウの
V‑ATPase
は、in vitro
での低温感受性が大きく異なり、エンドウのV‑ATPaseは低温 失活が起こりにくい。両酵素の低温感受性の差が特にどのサブユニットのどの様な機 能に由来するかを知ることが、V‑ATPaseの低温失活機構を解明する手掛かりとなる。申請者は、まず両植物の
V
−ATPaseのサブュニット構成が、D、Eサブユニッ卜で 異なることを見いだした。これらは軸部位のサブユニットであるが、機能解析の研究 はあまり進んでいない。申請者は、これらの機能解析が低温失活機構の解明には必要 不可欠だと考え、以下の研究を展開した。ヤエナリ下胚軸とエンドウ上胚軸より精製したV‑ATPaseのサブュニツ卜構成は、
30
〜40kDa
に 位置 するサ ブユ ニッ トのみが大きく異なった。エンドウV‑ATPaseの35、37
、40 kDa
サ ブ ユ ニ ッ トの 部 分 ア ミ ノ 酸配 列分 析は 、35kDaサブ ユニッ トはD
サ ブ ユニ ット 、40kDa伍1) と37kDa (E2)サブュニットはEサブュニットアイソフオームで あ る 事 を 示 し た 。 動 物 細胞 のV‑ATPase
で は 、E
サ ブ ュニ ッ ト は1
つ の酵 素に1
分 子 ずっ しか含まれない為、エンドウ上胚軸には本酵素のアイソタイブが複数存在するこ とが 予想 され た。 陰イ オン 交換 カラムにより、Eサブュニットアイソフオームの割合 の み が 異 な る2
つ の 酵 素 画 分 が 得 ら れ た。El
含 量の 高い 酵素 画分 は、ATP加 水分 解 活 性 のKm
とVmax
の 低 い 性質 を 持 つ 事 が 明ら かと なっ た。 また イム ノブ ロッ ト解 析 は、E2
は 解析 に用 いた すべ ての 組織 (葉 、胚 軸、根 など )で 発現しているが、Elは 葉や 子葉ではほとんど発現していないことを示した。エンドウの葉と上胚軸由来の液 胞膜 画分 を用 いたH+
輸 送効 率の 測定 結果 は、 上胚軸 に比 ぺて 葉の方がH+輸送効率の 高い酵素が存在する事を示した。こ れ ま で に 、 加 水 分 解 さ れ な い
ATP
類 似 体の ー つ で あ るAMP
―PNP
を 用 い てATP
加 水 分 解 時の酵 素の 構造 変化 を解 析し た例 が報 告さ れて いる 。AMP‑PNPを本 酵素 ヘ 作 用 さ せ ると、 反応 過程 での 本酵 素の 構造 変化 を維 持す ると 考え らた。 このAMP
−PNP
を ヤ ェ ナ リV‑ATPase
に 反 応 さ せ る と、E
サブ ュニ ット 内で ジス ルフ ィド 結合 に よる 構造 変化 が検 出さ れた が、 基質であるATPの場合にはこれは検出されなかった。その 為、 基質 類似 体の 結合 によ って 生じ るA383複合 体の 構造 変化によって引き起こ さ れ た
E
サ ブ ュ ニ ッ ト の 構 造 変 化 が 途 中で 滞っ たた め、 結果 的にE
サブ ュニ ット 内 にジ スルフィド結合が形成されたものと予想された。また、この構造変化はェンドウ やシ ロイ ヌナ ズナ でも 同様 に検 出された。植物のEサブュニッ卜はシ口イヌナズナを 含め て5つの 植物 で遺伝 子が 決定 され てお り、2
つの シス テイ ン残基が保存されてい た 。 本 酵 素 のATP
の 加 水 分 解 はA
サ ブ ュ ニッ トで 行わ れる 。N‑エチ ルマ レイ ミド はA
サ ブ ュ ニ ッ ト のATP
結 合部 位 に 存 在 す るシ ステ イン 残基 をア ルキ ル化 する こと に よ り 本 酵 素のATP加 水分 解を 阻害 する 事が知 られ てい る。N‑
エ チル マレ イミ ド処 理 はE
サ ブ ュ ニ ッ ト の 構 造 変 化 を 阻 害 し た 。 こ の 結 果 は、E
サ ブ ュ ニ ット とAサブ ユ ニットの間に何らかの相互作用が存在することを意味する。こ れ ま で の 報 告 で は 、
D
サ ブ ュ ニ ッ ト かE
サ ブ ュ ニ ッ ト 、 も し く はD
とE
サ ブ ュ ニッ トの べア がV‑ATPaseの 回転 軸サ ブュ ニッ トの候 補と して 考えられてきた。しか し、in vitro
での ヤェ ナリV‑ATPase
の低温失活実験では、Eサブュニットは比較的弱 い カ オ ト 口ピッ クア ニオ ン処 理で もA383複 合体 と共 にVoより 遊離 したが 、Dサブ ュ ニッ トは強いカオト口ピックアニオン処理でなければ遊離しなかった。この結果は、E
サ ブ ュ ニ ッ ト の 方 がD
サブ ュ ニ ッ ト に 比べ てA383複 合体 との 相互 作用 がよ り強 い こ と を 示 唆する 。次 に、 サブ ュニ ット 聞の 位置 解析 をDSPと呼 ばれ るク 口ス リン カ ーを 用い て構 造解 析は 、Eサ ブュ ニッ トとB
サ ブユニ ット が近 くに存在する事が示唆 した。BLOCKSデータベースを用いたモチーフ検索(http://www.motifgenome.ad.jp/)は、植 物 の