博 士 ( 医 学 ) 飴 田 要
学 位 論 文 題 名
高齢男子の膀胱排尿筋機能異常に関する ウ ロ ダ イ ナ ミ ク ス 的 考 察
学位論文内容の要旨
膀胱排尿筋は蓄尿と排尿というニつの重要な生体機能に大きく関わっている組織である。
その機能はさまざまな修飾をうけ、特に高齢者においては下部尿路閉塞や老化との関連は密 接であるが、殊、男性においては、加齢現象のひとっとされる前立腺肥大が排尿筋機能異常 と複雑に絡み合っていることが最近徐々に明らかとなってきた。病理学的前立腺肥大と下部 尿路閉塞は別個に考えるべき事象であり、閉塞や肥大の程度と患者の自覚症状(下部尿路症 状)は必ずしも相関しない。いわゆる前立腺肥大症に対する手術治療成績を規定する因子も判 然としない現状にあるが、その一方で、排尿障害・蓄尿障害を訴えて受診する高齢患者数は 年々増加の一途を辿っている。
ウ口ダイナミクス(尿流動態学)とは、水力学的側面から下部尿路の機能や病態を把握し ようとする比較的新しい学問であり、コンピューターの発展とともに、近年の泌尿器科領域 でも著しい進歩を遂げっっある領域のひとつである。上述のような背景から、その診断治療 の有カな武器となるウ□ダイナミクスの役割は確実に大きくなっているが、今回の研究は、
特に高齢男性に的を絞り、ウ口ダイナミクスという臨床的手法を用い下部尿路機能異常を解 析解明しようとするものであり、中でも膀胱排尿筋の機能異常に注目し、臨床像の詳細を明 らかにすることを目的としたものである。
今回用いたウ□ダイナミクスは、膀胱の蓄尿機能評価のための膀胱内圧測定、下部尿路閉 塞 及 び 排 尿 筋収 縮 力 評価 の ため のpressure flow study( 排 尿 圧尿 流 量同 時 測 定) 、 micturitional urethral pressure profilometry、そしてcontinuous occlusion testである。
第1部では高齢男子の代表的疾患である前立腺肥大症を主軸とし、そのウ口ダイナミクス所 見を種々の角度から検討した。さらに前立腺切除術の治療成績についての詳細な検討から治 療予後規定因子を考察した。第2部では下部尿路症状という自覚所見に注目し、膀胱機能異 常との関連を検討した。特に下部尿路に閉塞のない症例群の自覚症状と膀胱機能異常に関し て詳細な検討を行い、加齢と膀胱機能の変化に関する考察を行った。最後に、高齢男子の排 尿筋機能異常の特徴を捉え、そのウ口ダイナミクス的検索の意義を整理し、排尿筋機能異常 の自然史に関する考察を行った。以下、結果を要約する。
第I部 前 立 腺 肥 大 症 と 膀 胱 機 能 異 常
(1)前立腺肥大症と蓄尿時膀胱内圧所見
経 尿 道 的前 立 腺切 除 術(TURP)を行 った前立 腺肥大症437例の術前 膀胱内圧 検査所見 を検 討 した結果 、約60%に 蓄尿相にお ける排尿 筋の無抑 制収縮(DDを認めた。DI陽性群は陰性 群に比し、高齢傾向であり、かつ排尿障害・蓄尿障害とも高度であった。また、コリン作動 薬 に対する 膀胱の除 神経過敏反 応を全体の12.5%で認め、陽性例のほとんどはDI陽性例で あ った。DIお よび除神 経過敏反応の陽性率とも年齢とともに高まった。術後の蓄尿障害改 善 不良例の 特徴は術 前DIを有する高齢者であった。また、術後の排尿障害は高齢で術前DI や 除 神 経 過 敏 反 応 を 有 す る 排 出 障 害 の っ よ い 症 例 で 遷 延 す る 傾 向 に あ っ た 。
(2)前立腺性閉塞の有無と膀胱機能
TURP前 後にpressure flow studyを施 行し、閉 塞の有無や 排尿筋収縮カと自覚症状を中 心とした臨床所見との関係を検討した結果、自覚症状は他覚所見に非特異的であった。自覚 症状の程度は尿流率や閉塞の有無の指標とはならず、また、症状の背景には閉塞の有無に関 わ ら な い 排 尿 筋 収 縮 カ の 低 下 やDIな ど の膀 胱 機能 異 常 が存 在 する こ と が判 明 し た。
(3)ウ□ダイナミクスと手術成績
TURPはpressure flow study上閉塞が 明らかで ない症例に 対しても有効であったが、術 前 に閉塞の 不明瞭な 症例群をDIの 有無で2群 に分別す ると、DIを有する症例群で術後の症 状改善率が有意に不良であった。
第II部下部尿路症状を有する高齢者の膀胱機能
(1)下部尿路症状を有する高齢男性の排尿筋収縮能
排 尿に際し膀胱排尿筋が収縮を開始してから終了するまでの持続時間(DCD)に注目し、58症 例 におい て下部尿 路症状(LUTS)や閉 塞の有無 との関連 を検討し た。その 結果、下 部尿路 閉 塞の指標 のひとつ である最大 尿流時排 尿筋圧とDCDの間には弱い相関を認めたが、排尿 筋収縮カの弱い非閉塞群と収縮カの強い閉塞群との群間比較では有意差を認めなかった。特 にLUTSの 程 度 とDCDの 間 に は 何 ら 相 関 を認 め ず、 多 変 量解 析 の 結果 、DCDは 最 大 尿流 時排尿筋圧.膀胱容量および収縮カの組み合わせにより最も良く表されることがわかった。
(2)閉塞のない高齢男性の膀胱機能異常
LUTSを 有しなが ら、尿水 力学的に前 立腺肥大 による下 部尿路閉塞を認めない193症例の膀 胱 機能異常を検討した結果、最も多く認められた機能異常はDIであった(49%)。排尿筋収 縮カの低下も高頻度に認められ(46%)、両者の合併が12%にみられた。一方、17%の患者は 下 部尿路 機能異常 を全く認め なかった 。LUTSはDI有り 群、収縮 力低下群 、DI有りか つ収 縮 力低下群 、正常群 の4群間で全 く有意差 を認めな かった。DIを有する患者および排尿筋 収 縮カの弱 い患者の 割合は年齢 とともに増加する傾向を示したが、LUTSに関しては一切加 齢に伴う傾向を示さなかった。
以上の結果より、高齢男性の排尿筋機能異常は多様性を有し、併存する前立腺肥大に伴う 種々の程度の下部尿路閉塞や老化による修飾を受けることが明らかとなった。また、背景に ある各膀胱機能異常の罹患率は加齢に伴い上昇する傾向にあることがわかった。ウ口ダイナ ミクスにより前立腺肥大症に対する手術予後を詳細に予測することが可能であった。特に重 要な機能 異常はDIと考えられ、DIは閉塞に随伴し、年齢と相関し、背景に神経因性膀胱を 疑しゝ、そして、手術成績不良例を予測可能であった。閉塞と膀胱機能異常、老化などが複雑
に関連している一方で、これらに関係なく下部尿路の症状は類似しており、鑑別が困難であ ることが判明した。患者の下部尿路機能をより正確に把握し、より適切な治療指針を打ち出 す上で、高齢男性におけるウ口ダイナミクスの意義はきわめて大きいものと考えられた。
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
高齢男子の膀胱排尿筋機能異常に関する ウ ロ ダ イ ナ ミ ク ス 的 考 察
学位論文内容についてュまず申請者より以下の如く説明があった。
ウ 口 ダ イナ ミ ク ス( 尿 流 動 態学 ) と は、 水 力 学的 側 面 から 下 部 尿路 の 機 能や 病態を 把握し よ うと す る 比較 的 新 しい 学 問 で ある が 、 今回 の 研 究は 、 特 に高 齢 男 性の 膀 胱 排尿筋 の機能異 常 に的 を 絞 り、 ウ 口 ダイ ナ ミ ク スと い う 臨床 的 手 法を 用 い 、臨 床 像 の詳 細 を 明らか にするこ と を目 的 と した も の であ る 。 用 いた ウ 口 ダイ ナ ミ クス は 、 膀胱 の 蓄 尿機 能 評 価のた めの膀胱 内 圧測 定 、 下部 尿 路 閉塞 及 び 排 尿筋 収 縮 力評 価 の ためのpressure flow study(排尿圧 尿流量 同時測定)、micturitional urethral pressure profilometry、そしてcontinuous occlusion test で あ る 。 第1部 で は 高齢 男 子 の代 表 的 疾患 で あ る前 立 腺 肥 大症 を 主 軸と し 、 その ウ 口 ダイ ナ ミ クス 所 見 を種 々 の 角度 か ら 検 討し 、 治 療成 績 に つい て の 詳細 な 検 討か ら 治 療予後 規定因子 を 考 察 し た 。 ま ず 、 経 尿 道 的 前 立 腺 切 除 術(TURP)を 行 っ た 前 立 腺 肥 大 症437例 の 術 前 膀 胱 内圧 検 査 所見 を 検 討し た 結 果 、約60%に 蓄 尿 相に おける 排尿筋 の無抑制 収縮(DDを認め た。
DI陽 性 群 は 陰 性 群 に 比 し 、 高 齢 傾 向 で あ り 、か つ 排 尿 障害 ・ 蓄 尿障 害 と も高 度 で あっ た 。 ま た 、 コ リ ン 作 動 薬 に 対 す る 膀 胱 の 除 神 経 過 敏反 応 を 全 体の12.5% で 認め た 。DIお よ び除 神 経 過 敏 反 応 の 陽 性 率 と も 年 齢 と と も に 高 ま った 。 術 後 の排 尿 障 害は 高 齢 で術 前DIや 除 神 経 過 敏 反 応 を 有 す る 排 出 障 害 の っ よ い 症 例 で 遷 延 す る 傾 向 に あ っ た 。 次 に 、TURP前 後 に pressure flow studyを 施 行 し、 閉 塞 の有 無 や 排尿 筋収 縮カと 自覚症状 を中心 とした臨 床所見 と の関 係 を 検討 し た 。そ の 結 果 、自 覚 症 状は 他 覚 所見 に 非 特異 的 で あっ た 。 自覚症 状の程度 は 尿流 率 や 閉塞 の 有 無の 指 標 と はな ら ず 、ま た 、 症状 の 背 景に は 閉 塞の 有 無 に関わ らない排 尿 筋 収 縮 カ の 低 下 やDIな ど の 膀 胱 機 能 異 常 が存 在 す る こと が 判 明し た 。 手術 成 績 に関 す る 検 討 で は 、 術 前 に 閉 塞 の 不 明 瞭 なDI群 が 成 績 不 良 で あ る こ と が 判 明 し た 。第2部 で憾 下 部 尿 路症 状 と いう 自 覚 所見 に 注 目 し、 膀 胱 機能 異 常 との 関 連 を検 討 し た。 ま ず 、排尿 に際し膀 胱 排尿 筋 が 収縮 を 開 始し て か ら 収縮 を 終 了す る ま での持 続時間(DCD)に注 目した 。その結 果、
症 状 の 程 度 とDCDの間 に は 何ら 相 関 を認 め な かっ た 。 他 覚的 に も 有用 な も ので は な かっ た 。 次 にLUTSを 有 し な が ら 、 尿 水 力 学 的 に 前 立腺 肥 大 に よる 下 部 尿路 閉 塞 を認 め な い症 例 の 膀 胱 機 能 異 常 を 検 討 し た。 最 も 多く 認 め られ た も のはDIで あっ た(49% ) 。排 尿 筋 収縮 カ の 低
彦 雄生 知 邦行 柳代 野 小田 眞 授授 授 教教 教 査査 査 主副 副
下も高頻度に認められ(46%)、両者の合併が12%にみられた。一方、17%の患者は下部尿路 機 能 異 常を 全 く認 め な かった。LUTSは4群間で全 く有意差 を認めな かった。DIを有する 患 者および 排尿筋収 縮カの弱い患者の割合は年齢とともに増加する傾向を示したが、LUTS に関しては一切加齢に伴う傾向を示さなかった。以上の結果より、高齢男性の排尿筋機能異 常は多様性を有し、併存する前立腺肥大に伴う種々の程度の下部尿路閉塞や老化による修飾 を受けることが明らかとなった。また、背景にある各膀胱機能異常の罹患率は加齢に伴い増 加する傾向にあることがわかった。ウ口ダイナミクスにより前立腺肥大症に対する手術予後 を詳細に予測することが可能であった。一方で、背景の病態によらず下部尿路症状は類似し ており、鑑別が困難であることが判明した。患者の下部尿路機能をより正確に把握し、より 適切な治療指針を打ち出す上で、ウ口ダイナミクスの意義はきわめて大きいものと考えられ た。
引き続いて、ウ口ダイナミクスの方法論や定義に関すること、前期後期高齢者の機能異常 と治療成績について質疑が成された。次いで、加齢に伴う下部尿路機能異常の自然史に関す る質疑があり、高齢女性の下部尿路機能の変化や特徴についての質疑に続いた。全身の神経 学的評価においても高齢者はいわゆる老化による種々の変化が認められる旨、副査よルコメ ン トがあり 、正常な 老化と神経学的な異常の線引きが難しいこと、例えばDIに関しても、
本 当にDIなの か、神経 因性膀胱に伴う排尿筋過反射なのか、診断が難しい場合がある点が 強調された。
これら一連の研究は米国泌尿器科学会、国際禁制学会をはじめとする関連の国際学会で発 表され、高い評価を受けた。既に関連の一流雑誌にも掲載されており、今後のさらなる発展 が期待されている。
審査委員一同は、これらの成果を高く評価し、申請者が博士(医学)の学位を受けるのに十 分な資格を有するものと判定した。