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平成30年度

岡山大学大学院保健学研究科 博士学位申請論文

内容要旨

看護学分野

齋藤 信也 教授 指導 73425601

伊藤 真理

平成30年12月提出

(2)

内 容 目 次 主 論 文

食道切除再建術後の急性期にある食道がん患者が主体性を発揮していく過程

伊藤 真理,秋元 典子 日本クリティカルケア看護学会誌,第 14 巻,23-32,2018.

(3)

主 論 文

食道切除再建術後の急性期にある食道がん患者が主体性を発揮していく過程

[緒言]

食道切除再建術は食道がんに対し優れた根治性を発揮するが,反面,過大な手術侵襲と 臓器摘出に伴う機能喪失から,患者は数ヶ月から数年にわたり,食事,生活,人生という 多側面に及ぶ困難を体験する.治療に伴う生活の困難さへの適応が求められるがん患者に は,手術や術後補助療法を自らの力で乗り越えることによる自信の積み上げが必要とされ,

外来がん患者においては主体性を促進する援助が検討されている.しかし,食道切除再建 術後の急性期にある食道がん患者の主体性に関する研究は現時点ではほとんど見当たらな い.食道切除再建術を受けた患者が,大きく変化した自分の体で生活に適応していくため には,術後急性期に主体性を発揮していく過程を明らかにし,周術期看護において新知見 を得る必要がある.これは生活支援を職責とする看護職の重要な課題である.

そこで本研究は,食道切除再建術後の急性期にある食道がん患者が主体性を発揮してい く過程を,術前からの先行要因を含めて明らかにし,その主体性の発揮を支える看護実践 への示唆を得ることを目的とする.

[方法]

本研究のデザインは因子探索型研究である.研究参加者は,初発食道がんのために食道 切除再建術を受けた術後急性期にある患者とした.データ収集方法は,参加観察法および 面接法とした.観察期間は,術後,人工呼吸器離脱時点から約7日目までとし,面接は,ICU 退室後,1人1回の半構造化面接とした.面接内容は,①術後急性期に参加者が自分を見失 わず,自分のこととして取り組んだこと,②上記①に影響したと思われる出来事,③上記

①の取り組みによって自分自身に生じた変化,などの質問で構成した.データ分析は,

Modified Grounded Theory Approach の手法を用いた.なお,分析過程では質的研究の 専 門 家 の ス ー パ ー ビ ジ ョ ン を 受 け ,2 名 の 研 究 者 間 で 分 析 を 繰 り 返 し , 真 実 性

(trustworthiness)の確保に努めた.また,豊富なデータが得られた研究参加者と集中 ケア認定看護師1名から分析結果のチェックを受け,信憑性(credibility)確保に努めた.

本研究は,「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針(2014年)」に基づき実施した.

岡山大学大学院保健学研究科看護学分野倫理審査委員会および研究協力施設の承認を得た 後,参加候補者に,研究目的と方法,研究参加の任意性と中断の自由,研究目的に限った データの使用,匿名性の保証,個人情報の保護,不利益の回避,データの管理と破棄,研 究結果の公表について,研究者が説明し,署名にて同意を得て実施した.また,参加観察 時には患者の安全に十分配慮し,面接は体調不良等に十分配慮しながら行った.

[結果]

研究参加者は15 名であった.分析した結果,生成された概念は39 概念で,概念相互の

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関係性を表す結果図を作成した(図 1).さらに,結果図の概要を簡潔に文章化したストー リーラインを以下の通り作成した.なお,『』はコアカテゴリ,【】はカテゴリ,〔〕はカテ ゴリと同等の説明力を持つ概念である.

食道切除再建術後の急性期にある食道がん患者が主体性を発揮していく過程とは,『“生”

の取り戻しのために自分を前に進める』および『自分の足場をつくる』をコアカテゴリと する過程であった.先行要因としては,参加者は術前,迷わず手術へ進む,もしくは【他 者の力を借りて一歩前に出る】ことで手術を決意した後,一方は,【手術後を見据えて助走 を始める】ことで〔自分にできるベストを尽くした上で手術当日外科医にバトンを渡す〕

過程で,他方は,〔手術を決めた時から最高級客船に乗り込み医療者の舵取りに任せきる〕

ことで手術へ至る過程であった.いずれの過程を踏んでも術後急性期は,【自分の体を預け た外科医からバトンを受け取り起動する】状況となり,【軸足をお任せから自分に移し息を するしかない・動くしかない】および【体の持ち主ならではの感覚を使いこなして息をし ていく・動いていく】ことで自分を前に進めていく.この二つのあり様は,【自分の置かれ ている状況を眺め苦しい自分にはっぱをかける】【医療者・他患者の一生懸命さに共鳴し歩 調を合わせていく】ことで促進されていたが,〔非現実的世界との混線状態に戸惑い一旦立 ち止まる〕場合もあった.また,〔ICU退室で心機一転し看護師への甘えを捨てて極力自分 でやる〕参加者がいる一方,〔場の変化に構わず常に自分でできる所まではやる〕という 参加者もいた.術後急性期において参加者が『“生”の取り戻しのために自分を前に進める』

ことは,術前から始まる『自分の足場をつくる』ことによって支えられており,それには,

【自分で自分の足場を固める】【頼れる医療者の存在により自分の足場が安定する】【“生”

が揺るがされる状況でもいつもの自分が居る】が含まれていた.

以上の過程を辿り術後急性期を脱した後,〔もらった命でも拾った命でもなく繋いでもら った自分の命だからこそ大事にして生きていく〕,もしくは,〔日常を取り戻し本来の自分 が帰ってくる〕という状況に至っていた.中には,〔道半ばでまだ先がある〕という未だ 節目を迎えていない認識の参加者もいた.

[考察]

食道切除再建術後の急性期にある食道がん患者が主体性を発揮していく過程は,『“生”

の取り戻しのために自分を前に進める』および『自分の足場をつくる』をコアカテゴリと する過程であった.

『“生”の取り戻しのために自分を前に進める』に内包される【軸足をお任せから自分に 移し息をするしかない・動くしかない】および【体の持ち主ならではの感覚を使いこなし て息をしていく・動いていく】が得られたことは,参加者が過大侵襲手術後の過酷な状況 でも,生きて生活するための動作主は自分しかいないと覚悟し行動していたことを意味し ている.【体の持ち主ならではの感覚を使いこなして息をしていく・動いていく】は,参加 者が医療者の目には見えない自分の身体感覚を使いこなす学習を術後急性期から既に始め ていること示している.

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術後急性期の主体性とは,一見,独立・自立した行動に見えるが,【頼れる医療者の存在 により自分の足場が安定する】【医療者・他患者の一生懸命さに共鳴し歩調を合わせていく】

が得られた通り,他者との関係性の中で促進されていた.日本人は,他者を信頼して一体 化することにより連帯的自律性をもち,自己の問題解決力を高める性質がある.術後急性 期にある患者が,医療者から得る安心感および医療者との共鳴によって主体性を発揮して いたという関連は,日本の文化的特性と考えられる.

先行要因において興味深い点は,〔手術を決めた時から最高級客船に乗り込み医療者の舵 取りに任せきる〕態度をとった参加者の場合でも,術後急性期の主体性発揮は阻害されな かったことである.術前のお任せは,積極的感情調整的対処であり,任せきることを可能 にする医療者への強い信頼が『自分の足場をつくる』ことに繋がったと推察される.

以上のことから得られる看護実践への示唆として,まずは術前から始まる患者の足場づ くりへの支援が挙げられる.足場づくりに不可欠な医療者から得る安心感は,高度な医療 技術を有した専門職チームや専門的知識が豊富な看護師が提供する助言に由来していた.

看護師は,術前から患者に「手術直後,自分で息をする,座る・立つ・歩くことが困難に なるが,その取り戻しは誰も代わってくれない自分でやるしかない課題である」と伝え,

必ず側で支援することも伝えておくべきである.

次に術後急性期から自分の身体感覚を使いこなす学習が始まることへの支援である.

看護師は,患者の身体感覚を注意深く聴く相手となり,「痰が貯まっている感覚があったら 教えて下さい」など,あなた自身の身体感覚が重要なサインというメッセージを伝えてお く必要がある.患者の主観的身体感覚と ME 機器等に表示される客観的数値を患者と看護師 が総合的に共に解釈することは,両者の対等で連帯的な関係形成へと繋がり,患者の主体 性発揮を支える看護実践を可能にするだろう.

[結論]

食道切除再建術後の急性期にある食道がん患者が主体性を発揮していく過程は,『“生”の 取り戻しのために自分を前に進める』過程であり,術前から始まる『自分の足場をつくる』

ことによって支えられていた.先行要因は,術前より【手術後を見据えて助走を始める】,

または〔手術を決めた時から最高級客船に乗り込み医療者の舵取りに任せきる〕という 二通りの過程であった.参加者は,術後急性期に【軸足をお任せから自分に移し息をする しかない・動くしかない】,【体の持ち主ならではの感覚を使いこなして息をしていく・動 いていく】という姿で自分を前に進めていた.看護師は,患者が過大侵襲手術後の過酷な 状況でも「動作主は自分しかいない」と覚悟し行動できるように,術前から準備を始める 必要があると示唆された.

(6)

自 分 にで き る ベス トを 尽 くし た 上 で 手 術 当 日外 科 医 にバ トン を渡 す

軸足をお任せから 自分に移し 息をするしかない・動くしかない

体の持ち主ならではの感覚を 使いこなして 息をしていく・動いていく 手

術 を決 め た 時 から 最 高 級客 船 に 乗 り込 み 医 療 者の 舵 取 り に任 せ き る

日 常を 取 り 戻し 本 来の 自 分 が 帰 って く る

も ら った 命 で も拾 っ た 命で も な く 繋 い でも ら っ た自 分 の 命 だか ら こそ 大 事 にし て 生 きて い く

図1 食道切除再建術後の急性期にある食道がん患者が主体性を発揮していく過程

コアカテゴリ カテゴリ カテゴリと同等の

説明力を持つ概念 出来事 つながりと

その方向性 支える力

時間

退 室 で心 機 一 転 し看 護師 への 甘 えを 捨 てて 極 力 自分 でや る I C U

促進する力 道 半ば で ま だ先 が あ る 医療者・他患者の

一生懸命さに 共鳴し歩調を 合わせていく 自分の置かれている

状況を眺め 苦しい自分に はっぱをかける 迷

わ ず手 術 へ進 む

手 術 決 意

手

術

非現実的世界との混線状態 に戸惑い一旦立ち止まる

このデータにはない が推測できる動き

場 の変 化 に構 わ ず 常 に自 分 でで き る 所 まで はや る

術 後 急 性 期 を 脱 出

“生”の取り戻しのために自分を前に進める

I C U 退 室 自

分 の体 を 預け た 外科 医か ら バ ト ンを 受 け取 り起 動 する

自分で自分の足場を固める “生”が揺るがされる状況でもいつもの自分が居る 頼れる医療者の存在により自分の足場が安定する

手術 後 を見 据 えて 助 走 を始 める

他者 の力 を 借り て一 歩 前に 出 る

自分の足場をつくる

先行要因 帰結

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