時輪教の先駆者ヴァジラパーニと
後期インド仏教世界の規律
―勇者の 宴儀礼再考―
静 春 樹
1.
後期インド仏教世界の二極構造
インド初期中世に仏教徒として括られる在俗瑜伽行者が居たことは,現在に残
る多くの典籍の存在からも否定できない.それは,所作タントラの段階で既に形
成されていたこの傾向が,タントラ仏教の成立を担う瑜伽行者が影響力をもつ過
程で,金剛乗に至ってより顕著になったと考えられる事態である.在俗瑜伽行者
と僧院に依拠する金剛乗の比丘のどちらを欠いても金剛乗の成立・展開・営為は
あり得なかった.そして,僧院に止住する金剛乗の比丘たちも競い合って作った
タントラ的実践儀軌の全てが現実の場での遂行を意図しない絵空事であったとし
ない限り,儀礼が「大小共住」の僧院内部では実行不可能である以上,外部に実
践の場が要請されることは明白である
1).そこには在俗瑜伽行者の関与が不可欠
であるとの結論が導き出されることから,この二極構造は金剛乗にとって不可避
的な在り方であったと考える以外はない.金剛乗に固有な貪欲行の実践を主導す
るのが金剛阿闍梨である.それは,財貨とサーヴィス交換の視点からも僧院の内
外に跨る集団的な修行として行われるはずである.儀軌が語るところ,金剛阿闍
梨の地位は高く,それに付随する利得も大きいものがある.阿闍梨を三種
(比 丘・沙弥・在家)のカテゴリーに区分し,その内で,「かつて比丘であったが,灌
頂を受けて持金剛者となった上師が最上である」と規定し,比丘のアイデンティ
ティをもつ阿闍梨の優位を主張する一方で,神通の有無という能力主義を強調す
るのが
Laghusaṃvaratantraṭīkā(以下,LTṬ)の作者ヴァジラパーニ
(10世紀後半∼11 世紀前半)である.
2.
勇者の 宴儀礼の提唱者ヴァジラパーニ
ムスリムの僧院破壊と殺戮から逃れた真言阿闍梨ラトナラクシタは
Padminīで
LT
Ṭ からの引用を出し,
『聚輪儀礼如意宝珠』は「ヴァジラパーニの教説に随順
する」と述べる.ここから,インド金剛乗の最終段階まで
LTṬ は大きな影響を
もったことがわかる.本稿では最初に,いくつかのガナチャクラ
(聚輪)儀軌に
付帯儀礼の形で述べられる勇者の 宴
(vīrabhojya, vīrābhojya)儀礼を取り上げる.
聚輪が已灌頂者の男性瑜伽行者が女性とペアで行う修法・祝宴であるのに対し
て,勇者の 宴は,僧伽の六衆を構成メンバーとする集会であって,男女別立て
となっており,比丘
(または比丘尼)が集会の導師をすることになる.この男女ペ
アという参加者の構成の点から,アバヤーカラグプタ
(*1064–1125)は,「上師以
外の者たちに般若母が居なければ,その場合は,勇者の 宴とは言われるが聚輪
ではない.上師には,勇者の 宴の場合でも,印契女は必ず献じられる」
2)と述
べる.儀礼内容の点では,『聚輪儀礼如意宝珠』は,「何〔の聚会〕であれ肉と酒
と精液〔を具えた集会〕だけが〔聚輪と呼ばれる〕.聖者ヴァジラパーニパーダ
が,「〔聚会が〕肉と酒と精液を具えていなければ徳性と福徳が損なわれる〔と
仰っておられる〕」
3)と述べる.そもそも,単性の集会では,般若と方便の楽は望
むべくもない
4).ここから,勇者の 宴は「飲酒と肉食と性瑜伽」を不可欠とす
る聚輪よりも劣った儀礼とされていることが分かる.さらに,集団的修法である
聚輪は理念的な聚会曼荼羅の現実態と理解される.その曼荼羅として見た場合,
聚輪はペアとなった男女瑜伽者からなる身輪・語輪・心輪の三重の同心円が核と
なる.他方,勇者の 宴は比丘・沙弥・優婆塞
(または比丘尼・沙弥尼・優婆夷)が
西・北・南面に各別に座を占める一重の方形となる
(東面には飲食用の資具が並べ られる).纏めると,瑜伽行者が中心で行うとされる聚輪儀礼に対して,勇者の
宴はその姉妹儀礼であり,聚輪の僧伽内ヴァージョンであると言えよう.勇者の
宴の形態と構成について
LTṬ から引用する.
勇者の 宴において,施主は一切智者の憧幡をもつ金剛阿闍梨を東面して住させるべし. その右側に老若の順で比丘である持金剛者の阿闍梨の列を東面して作るべし.つぎに西南 から東南の端まで老若を区別して北面した沙弥5)の阿闍梨の列,北東から北西の端まで老 若を区別して南面した在家(優婆塞)の阿闍梨の列で,聚会の上首などを作って,北西か ら西南の端まで比丘の阿闍梨の列を作るべし6).飲食物などは東側に用意し,中央に色粉 曼荼羅がなければ,牛の尿で〔地面に〕四角を作る.そこで香華などで供養し,聚会導師 の左脇に羯磨印契女を一人,聚会導師の印契として住させるべし.(略)以前に比丘尼で灌 頂された者は東面して老若の区別で,沙弥尼で灌頂された者は北面して,優婆夷で灌頂さ れた者は南面して,聚会女性導師の左脇には阿闍梨が施主によって作られるべきである7).ここでは,太字で示した二語が厳密に区別されている点に注意する.前者,
「比
丘である持金剛者の阿闍梨」とは第四灌頂までの全てを成満して持金剛者となっ
た比丘,後者は四灌頂の内の阿闍梨灌頂までしか受けていない比丘を示している
と考えて間違いではない.女性勇者の 宴
(vīrābhojya)の構成が出されているこ
とは両性の対称性が押し出されている稀有な例と言える.
管見では,この勇者の 宴儀軌の出現は時輪教の勃興と時を同じくしている.
Cicuzzaは,時輪教の「菩 の三部作」
(プンダリーカ作『無垢光』(VP),LTṬ,ヴァジ ラガルバ作Hevajratantrapiṇḍārthaṭīkā)の内で,
LTṬ が先行することを明らかにした
8).
従って,勇者の 宴儀軌の提唱者はヴァジラパーニとなる.
3.
金剛乗の上首ヴァジラパーニ
今や五濁の時代で,贍部州の人間たちは特別に聖なる国土において短命で劣慧となるであ ろう.金剛阿闍梨である者たちは根本堕罪に堕ちるであろう.比丘たちは十不善〔業〕を なす者となろう.在家たちは三宝の財を貪る者となろう.学匠たちは聴聞してもいないタ ントラを講釈するであろう.学匠は増上慢からタントラへの難語釈や 釈の作成者となろ う.タントラの顛倒した意味を説示して地獄へ堕ちるであろう.愚鈍な仏教徒たちは,い ずれも愚かな信心のせいで在家の阿闍梨たちに親近するであろう.一切智者の幢幡を持つ 者たちを ろにするであろう.弟子たちは正しい上師のあら探しをするであろう.食物以 外は念頭にない悪い上師を讃嘆し供養するであろう.上師を喜ばせると説かれた仏言が行 われなくなろう.法の説示者たちは十不善を奨励するであろう.修行者たちは他人の食物 と飲物の享受に貪着するであろう.女性たちは愛欲に れるであろう9). 真言理趣においては,阿闍梨も三種である.在家と沙弥と比丘は下と中と最上であると言 われて,在家は十真実に通暁し灌頂と許可を得ているとしても同等ではない.タントラで 世尊が説かれたお言葉がその理由である.(略)また,「先に比丘」とは,以前に比丘であ り,金剛阿闍梨によって灌頂されて持金剛者となった上師は,いついかなる時にも比丘た ちによって頂礼されるべきであると言うのが決定である.在家や沙弥の両者であっても神 通を獲得した者は比丘や王によっても頂礼がなされるべきである.(略)そこで,三者の 内で,以前に比丘で後に持金剛者とされた者は聚輪や善住式における聚会の導師である. それが居なければ沙弥〔の阿闍梨が導師〕であり,それも居なければ在家である.比丘の 阿闍梨が居るにもかかわらず施主が聚会の導師にしなければ,供養の対象と供養〔の法規 へ〕の違犯から,袈裟の標幟をもつ者(比丘)の名誉を汚したことで施主には福徳の顛倒 となってしまう10). ここで,外において,瑜伽者が安穏と暴悪の尊格たちの成就法を為す時は,それらの三昧 耶に承事すべきである.そうせずに,別の三昧耶によって別のことをしては成就せず,タントラで説かれた儀則を放棄した修行者たちに死を与えると言われる.従って,外と内に おいて諸の三昧耶を守護すべきである.灌頂などの際に,日中では,外の諸の三昧耶は常 に極秘に為すべきである.その後で,善男子たちには,正しい上師が禁止すべきである. 比丘たちには灌頂の時であっても与えるべきではなくて,上師が自らの言葉ですべてを説 明すべきである.そうしなければ,上師に三昧耶の破滅が生じる.この者たちには大乗 (波羅蜜乗)に心を生起させ,身と語の三昧耶を与えるべきである.声聞の学処どおりに 身と語〔の三昧耶〕によって防護すべきである.比丘たちは三昧耶の防護を為すべきで あって,法衣を纏う者たちは三昧耶に承事すべきではない.法衣を放棄すれば,身語心の 所作による三昧耶に随順することによって,確実な金剛阿闍梨の地位獲得のために羯磨印 を手渡す灌頂(般若智灌頂)が授けられる11).
これらの引用でヴァジラパーニは,僧俗に対する金剛乗の具体的な運用・規範
を説いている.その末尾では,まさに筆者が言うヴァーギーシュヴァラ準則「比
丘を持金剛と作すべし」
(bhikṣuṃ vajradharaṃ kuryāt)12)が問題とされている.そこで,
そのような彼自身のアイデンティティが問われることになる.
Cicuzzaは,ヴァジ
ラパーニ,「つまりこの名前をもつ一人の阿闍梨は時輪学派のメンバーであり,そ
の教義を信奉し,詳論し,規範となる著作の編纂を始めた最初の瑜伽行者であっ
た」
13)と述べる.ここで時輪教とは,所論の権証に『最勝本初仏』
(Paramādibuddha)を根本タントラとして挙げるグループの謂であるとすれば,その通りであろう.
しかし,『最勝本初仏』からの引用があるとしても,時輪教典籍の冒頭に出るカー
ラチャクラ尊
(本初仏)への敬礼偈,金剛手の化身スチャンドラ
(Sucandra)の釈尊
への請問に始まる時輪教成立の神話,文殊の化身ヤシャ王を物語の中心とするシャ
ンバラ国の「歴史」からなる三点セットのいずれももたない
LTṬ の作者を「時輪
学派のメンバー」と断言できるかどうかは疑問である.また,上記の彼の発言の
立ち位置からその経歴は,先に比丘であったが,法衣を脱ぎ捨て,灌頂を円満し
て,比丘と瑜伽行者の相対するレヴェルを超えた金剛手菩 の我慢
(ahaṅkāra)を
もつ人物とする以外はない.もちろん,本来の声聞乗の比丘からすれば,それは
「魔説」を説く「敗壊の比丘」の増上慢に過ぎなかったであろう.
Āmnāyamañjarīが紹介する当時の仏教世界にあった時輪教に批判的な意見
14)の裏には,時輪教
の典籍編纂者たちに見られるこの我慢への反撥もあったのではなかろうか.
4.
まとめ
LTṬ の作者ヴァジラパーニは後期インド仏教の各当事者に向かって重要な提言
を出している.彼以後の集団的修行を述べる儀軌には勇者の 宴儀軌が聚輪儀軌
に付属して現れる.この儀礼が
Szanto(2010: 294)の述べるように,金剛乗の比丘
たちが「僧院に属さない阿闍梨に対して挑んだ教義上の全面戦争」の過程で作成
されたことは確かである.瑜伽行者中心の聚輪とは位相を異にする僧伽の構成員
のカテゴリーで構成される儀軌を創出したという事実,同時にその儀礼は聚輪の
付帯儀礼であり,一段劣った儀礼であるとの位置づけこそが,時輪教のこの「全
面戦争」で取った戦略を物語っている.また上師への帰依・崇拝を説く金剛乗に
おいて,阿闍梨を三種に分けた上で,比丘の優位性を出し,さらに比丘から転じ
た持金剛者を二極世界の頂点に置く組織原則を旗印としたことは,時輪教の壮大
な物語の底に流れる政治的姿勢として強調するに値すると考えられる.
1)VP vol. 12, p. 6, l. 25に出るmantravihāraの実体の解明が必要である.2)Toh 1198 Āmnāyamañjarī Cha.303a5–b5. 3)Toh 2494 Zhi.253b7–254a2.
4)LTṬ p. 105, l. 23–p. 106, l. 2.
prajñopāyasukhena vinā maithunabodhicittāsvādanena rahitaṃ khānapānena kevalena vīrabhojyam ucyate na gaṇacakram /
5)cellakaの語を「沙弥」と訳したが,阿闍梨である沙弥については静(2007: 230–232).
6)Toh 1186 Vajrapādasārasaṃgrahapañjikā Ga.138a1–2では以下である.
shar du dge slong ma dbang bskur ba rnams nub tu kha phyogs par rgan pa dang gzhon pa i dbye bas nye bar khod par bya o // 東に未灌頂の比丘たちを西に面して老若の区別で着座させる.
7)LTṬ p. 107, l. 8–p. 108, l. 2, VP vol. 12, p. 146, l. 25–p. 147, l. 1参照.
vajrācāryaḥ sarvajñadhvajadhārī vīrabhojye pūrvābhimukho dānapatinā kartavyaḥ / tasya dakṣiṇāṅge nukrameṇa jyeṣṭhakaniṣṭhabhikṣuvajradharācāryapaṅktiḥ kartavyā pūrvābhimukhī / tato jyeṣṭha-kaniṣṭhabhedena uttarābhimukhī cellakācāryapaṅktir nairṛtyād ārabhya yāvad agniparyantam / īśānād ārabhya vāyuparyantaṃ dakṣiṇābhimukhī jyeṣṭhakaniṣṭhabhedena gṛhasthācāryapaṅktiḥ / gaṇādhipādim kṛtvā vāyavyād ārabhya nairṛtyaparyantaṃ bhikṣvācāryapaṅktiḥ kartavyā / khāna-pānādikaṃ pūrve kartavyam / madhye rajomaṇḍalābhāve gomayatoyena caturasram kartavyam tatra gandha puṣpādibhiḥ pūjāṃ kṛtvā gaṇādhipavāmapārśve karmamudrām ekāṃ sthāpayed gaṇ ādhipa-mudrāṃ krtvā /(. . .) prāgbhikṣuṇyo bhiṣiktāḥ pūrvābhimukhā jyeṣṭhakaniṣṭhabhedena cellikyo
bhiṣiktā uttarābhimukhā upāsikā abhiṣiktā dakṣiṇābhimukhāḥ / gaṇanāyikāvāme ācāryo dānapatinā kartavyaḥ /
8)Cicuzza(2001: 24–25). 9)LTṬ p. 51, l. 13–p. 52, l. 3. 10)LTṬ p. 106, l. 3–p. 107, l. 2.
ācāryo pi mantranaye trividhaḥ–––
gṛhasthaś cellako bhikṣur adhamamadhyamottamaḥ // iti /
gṛhastho daśatattvaparijñātāpy abhiṣikto nujñāto pi tulyo na bhavati / tantre bhagavatoktavacanāt /
(. . .) prāgbhikṣoḥ punaḥ prāgbhikṣuvajrācāryeṇābhiṣiktasya vajradharakṛtasya sarvakālaṃ guror vandanā kartavyā bhikṣubhir iti niyamaḥ / gṛhasthacellakayor abhijñāprāptayor api bhikṣubhir narādhipenāpi vandanā kartavyā /(. . .) atas trayāṇāṃ prāgbhikṣuḥ paścād vajradharaḥ kṛto gaṇacakre pratiṣṭhādau gaṇanāyakaḥ / tasyābhāve cellakas tsyāpy abhāve gṛhasthaḥ / yadā bhikṣur ācāryo
vidyamāno pi gaṇanāyako na kriyate dānapatinā tadā pūjyapūjāvyatikramena puṇyaviparyāso bhavati dānapatīnāṃ kāṣāyaliṅgaṃ dūṣaṇeneti /
11)LTṬ p. 158, ll. 2–15.
iha yadā bāhye devatānāṃ saumyaraudrāṇāṃ sādhanaṃ kartavyaṃ yoginā tadā teṣāṃ samayāḥ
sevanīyāḥ / anyathā nyasamayenānyakriyayā na sidhyanti sādhakānāṃ mṛtyudā bhavanti tantrokta-vidhirahitānām iti / ato bāhye dhyātmani samayā rakṣaṇīyāḥ / yadā bāhyasamayāḥ sekādike dine tyantasuguptena kartavyāḥ paścāt kulaputrāṇāṃ niṣedhanīyāḥ sadguruṇā / bhikṣūṇāṃ punaḥ sekakāle py na deyāś cīvaradhāriṇāṃ / svavācayā guruṇā sarvaṃ pratipādanīyaṃ / anyathā guroḥ
samayabhraṃsatā bhavati / teṣāṃ cittotpādo mahāyāne kāyavācoś ca saṃyamo dātavyaḥ / yathā śrāvakaśikṣā tathā kāyena vacasā pālanīyā iti samayapālanā kartavyā bhikṣubhir / na samayasevā cīvaradhāribhiḥ / cīvare tyakte sati kāyavākcittakṛtena samayānuṣṭhānena karmamudrāsamarpaṇenābhiṣeko bhikṣūṇāṃā deyaḥ prakaṭavajrācāryapadalābhāya / samayabhedena siddhihānir bhavaīti niyamaḥ // 12)静(2015: 102–106).
13)Cicuzza(2001: 25–26).
14)Toh 1198 Āmnāyamañjarī Cha.198b7–199a2.
〈一次文献〉
LTṬ The Laghutantraṭīkā by Vajrapāṇi. Ed. Claudio Cicuzza. Serie Orientale Roma, vol. 86. Rome:
Instituto Italiano per L africa e L oriente, 2001.
VP Vimalaprabhā. Ed. Vrajavallabh Dwivedi and Shrikant Bahulkar. Rare Buddhist Text Series 12. Sarnath: Central Institute of Higher Tibetan Studies, 1986.
Āmnāyamañjarī. Toh 1198. Vajrapādasārasaṃgrahapañjikā. Toh 1186. 〈二次文献〉 静春樹 2005 「〈勇者の 宴〉儀礼と金剛乗の比丘」『密教文化』214: 1–25. ― 2007 『ガナチャクラの研究』山喜房仏書林. ― 2015 『ガナチャクラと金剛乗』起信書房.
Cicuzza, C. ed., 2001. The Laghutantraṭīkā by Vajrapāṇi. Serie Orientale Roma vol. 86. Rome:
Institu-to Italiano per l Africa e l Oriente.
Szántó, P. D. 2010. The Case of the Vajra-wielding monk. Acta Orientalia Academiae Scientiarum
Hungaricae 63(3): 289–299.
〈キーワード〉 ヴァジラパーニ,勇者の 宴,時輪教,ガナチャクラ(聚輪),ヴァーギー シュヴァラ準則