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最適性理論における心理学の影響 ヒューリスティックとバイアスについて 櫻井啓一郎 谷光透 意思決定をテーマに心理学や経済学や経営学などを中心に様々な理論が生み出されてきた 経済学におけるように理想的な意思決定をすることができれば問題はないが 実際の意思決定は完全なものはありえない ある状況下において

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(1)

〈現代社会学 11〉  29

櫻井啓一郎・谷光 透

 意思決定をテーマに心理学や経済学や経営学などを中心に様々な理論が生み出されてき た。経済学におけるように理想的な意思決定をすることができれば問題はないが、実際の 意思決定は完全なものはありえない。ある状況下において最適な意思決定ができることが 最も良い選択と言える。その選択については現代の言語理論を利用することにより、人間 の脳から生み出される出力の過程を理論で分析すること、つまり認知科学、によって説明 することができると考えられる。本稿では音韻論のひとつの理論である最適性理論を用い て、さらに心理学のヒューリスティックやバイアスなどの概念を取り入れることにより、 意思決定についてより緻密な決定が可能であると提案する。ただし最適性理論で用いられ る制約は普遍的なものでなければならず、心理学のヒューリスティックやバイアスについ て普遍的な制約として新たに生み出さなければならない。  キーワード:最適性理論、ヒューリスティック、バイアス

1.はじめに

 言語学における音韻論のひとつの理論である最適性理論は、派生の無い理論として80年代以 降、派生音韻論が主流であった音韻論から大きく前進した。この最適性理論はまず₃つの構成要素 (GEN、EVAL、CON)からなり、それぞれの役割について簡潔に述べると、GEN は候補者を選定し、 EVAL によって入力から最適な出力を生み出し、CON は生得的に保有している普遍的な制約を適 切に配列する、ものである。制約の並び替えについては言語によってその配列が異なることだけで、 その配列の方法について詳しく述べられることは今までなかったし、またこれを経営学の意思決定 に適用するには個人別に配列順序を変えなければならず、それを個人の好みや感性の問題と説明す るしかなかった。  つまりこれは認知の問題であり、社会科学における経営学の大家である Simon (1989)₁︶ はこの 認知科学を使って経営学の意思決定を論じた。経営学の意思決定は経済学の意思決定とは異なり、 最適なモデルは経済学的モデルであり、これはあくまでも理想であるために実現不可能である。し かし経営学における最適なモデルとは最大に満足するモデルであり、個人にとってその状況下にお ける最大に満足できるモデルが最適なモデルとして選択されるのである。  言語学の最適性理論の「最適」も経済学で使用される「最適」ではなく、そのときの環境や状況 に最も適したもので、数々の制約に違反しても構わないが、違反の度合が一番少ないものが最適な





最適性理論における心理学の影響

― ヒューリスティックとバイアスについて ―

(2)

30  〈現代社会学 11〉 出力として選択されるのである。また同じ制約違反でも制約の順序付けで低い位置に順序付けられ た制約に違反するよりも、それよりも高い位置に順序付けられた制約に違反する方が違反の度合が 高く、その場合最適なものとはいえない。つまり最適性理論の「最適」とは経営学で言う「満足化 原理」の「満足」に近い意味で使用されているといえる。  社会学上の問題点は言語学におけるものとは異なり、ことばがそれぞれ文法や発音について決 まったパターンが出来上がっているのに対して、人間の個人の意思決定については決まったパター ンはない、ということである。また上記のように好みが人それぞれ違い、制約の順序も当然人によっ て変わってくるわけだが、その順序付けも条件次第では変化してしまうこともあるのだ。社会学の 分野で最適性理論によって個人の意思決定を説明するためには、言語のような一定の制約の配列順 序をもっているものとは別の「個人的」条件が存在し、制約の順序がその条件の下で入れ替わって しまうことを示さなければならない。  櫻井 (2008)₂︶ で制約の順序の入れ替わりについて論じたが、そのときに提案した制約構成要素 の ASTER だけでまだ説明しきれない事象があるのだろうか。さらに認知科学の出所である心理学 では意思決定に大きな要因を挙げている。それがヒューリスティックとバイアスである。このヒュー リスティックとバイアスは人間の心理を左右するもので、上記の最適性理論において制約の順序付 けに関わっていると思われるが、それらをどのように関連づければよいのであろうか。つまりヒュー リスティックとバイアスは CON による制約の順序付けと EVAL による最適な候補者の選択につ いて、どれくらい大きな影響を及ぼす可能性があるのだろうか。  本稿ではまず最適性理論について概要を示し、その後でヒューリスティックとバイアスについて 詳述する。

2.最適性理論

 最適性理論は Prince & Smolensky(1991)₃︶ によって「最適性」(Optimality) という論文でデビュ

ー し、「 最 適 性 理 論: 生 成 文 法 に お け る 制 約 関 係 」(1993)₄︶ (Optimality theory: Constraint

Interaction in Generative Grammar)によって言語学の世界を席巻した。 それまでの音韻論は Chomsky & Halle (1968)₅︶ から発達していった生成音韻論が主流で、その生成音韻論からさらに

様々な音韻論が発展し、多くの音韻理論が生み出されてきた。  アメリカ構造言語学を批判する意味で登場した、この生成音韻論は文法的な出力を求めるあまり、 数多くの規則と制約を生み出し、それに合わないものは例外とみなした。つまりことばを発話しよ うとすると、まずその発話の基になる入力から始まり、その派生の段階において、制約に違反しな いように様々な規則をかけていくことにより、適切な出力を作り出していった。このような規則と 制約による音韻論からの脱却を図った音韻論学者が1990年代の初頭に何人も登場するのであるが、 Goldsmith(1993)₆︶ や Lacoff(1993)₇︶ や Mohanan(1993)₈︶ はその代表格であり、このあたりで認

知言語学への傾倒への予兆が見られるようになる。

 その後登場した最適性理論は「制約違反を認める」という点では画期的であり、より実際の言語 事象に近づいた理論と言える。Prince & Smolendky(1993)₄︶ の中で、彼らは忠実性制約と有標性

制約の₃種類の制約群を使い、今までの生成音韻論の中心的な存在であった「規則」を排除してし まった。つまり違反可能な制約のみで派生を行おうとするものであり、その違反数の少ない候補者

(3)

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FOOTLESS: no unfooted syllables

FAITH (ǻ): pronounce unstressed vowels

                    Hammond (1997, p.49)9)

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Hammond (1997, p.49)9)

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 FOOTLESS: no unfooted syllables

 FAITH(σ): pronounce unstressed vowels

      Hammond(1997, p.49)₉︶

FAITH(σ)は強勢のある母音は発音しなければならない、という制約で、FOOTLESS は韻脚 (foot) のない音節があってはいけない、という制約で、FAITH(σ)は強勢のない母音を発音しなければ ならない、という制約であり、CON によって⑵のような制約順序付けがなされている。

⑵ FAITH(σ) ≫ FOOTLESS ≫ FAITH(σ)

 ⑵は FAITH(σ)が FOOTLESS よりも優先順位は高く、FOOTLESS は FAITH(σ)よりも優 先順位が高いことを示す。また最適な候補者を選び出すのに普遍的な機能を持った構成要素は EVAL(evaluator)と呼び、最適な候補者を出力として選び出す。

 表₁は /glorify/ の発音について、最適性理論により最適な出力が出されているのがわかる。 表₁

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́ ́ ́ ́ ́ ́ ́ ́ ́ ́ ́ ́ ̌ ̌ ̌ ́ ́ 4

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 まず入力の /glorify/ から GEN によって4つの候補者(gl(ó)ri[fy]、[glór](i)[fy]、[glorify](y)、 [glóry][fy]) を表の縦の列に生み出している。そして CON によって普遍的な制約のうち FAITH(σ) と FOOTLESS と FAITH(σ)が⑵で見たように適切な順序に従って配列され、表の最上部に左 から右に優先順位の高い方から低いほうへと示されている。次に EVAL により最適な候補者であ る [glóri][fy] が出力として生み出されている。ここでは音韻論はこの論文の趣旨ではないため、詳 述は避けてその過程のみ解説する。  最初の候補者である gl(ó)ri[fy] は制約 FAITH(σ)に違反しているため、アステリスク記号 (*) がつけられている。その横の感嘆符 (!) はこの候補者は最適な候補者とはいえないことを示して いる。そしてこの候補者はその右に配列された優先順位の低い制約については、まず FOOTLESS に違反し、次に優先順位の低い FAITH(σ)には違反していない。しかし、これらの制約について の記述はすでにこの候補者が1番優先順位の高い制約に違反しているため、この候補者が出力とし て選択される可能性がなく、残りのふたつの制約に違反している、していないについては記述する 必要ないため、網掛けがしてある。次に第₂の候補者である [glór](i)[fy] であるが、FAITH(σ) と FOOTLESS の上位ふたつの制約には違反していないが、優先順位では最後の FAITH(σ)に違 反しているため、この制約のところにアステリスク記号がつけられている。₃番目の候補者である [glórify](y)は最初の候補者と同じく FAITH(σ)に違反しているため、アステリスク記号がつけ られている。あとのふたつの制約には違反していないが、最初の制約違反が致命的であるので残り の制約には網掛けがなされている。₄番目の候補者である [glóri][fy] はどの制約にも違反していな いため、どのような記号もつけられていない。₂番目の候補者と₄番目の候補者は₃つ目の制約違 反があるかないかであるが、この制約違反が致命的となり₂番目の候補者は出力として生み出され ることはなくなるので、感嘆符がつけられている。  上記の₃つの生成構成要素のうち、CON については櫻井 (2008)2) がある状況下における制約の

順序変更が行われることを示し、ASTER (asterisk proportion) という新たな生成構成要素を提案 した。ASTER は制約違反の数の差の問題で、順序付けされた前後の制約間の違反数の差があまり にも大きいときには制約の順位変更が行われるというものである。  これは今まで最適性理論で扱われてきた言語事象と異なり、個々の人間の問題となるからで、状 況の変化がそのまま制約の順序の変化に結びつくためである。もしも最適性理論を社会学に適用す ることを考えるのであれば、人間についての理解、つまり認知科学への深い造詣が必要であり、そ のために CON についてのさらなる考察が必要である。  表₂では最適性理論の₃つの制約構成要素だけでは説明しきれないので、ASTER を利用し、表 ₃のように「値段」と「おいしさ」の制約を入れ替えた例である。ASTER は以下のように定義さ れる。 表₂

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5        ᰞ੗ (2008, p88)2)  ASTER: ޽ࠆ೙⚂ߦ߅ߌࠆޔࠕࠬ࠹࡝ࠬࠢߩᢙߦߟ޿ߡ୥⵬⠪ A ߣ୥⵬⠪ B ߩᏅߩഀว ߇޽ࠆ৻ቯએ਄ߦ޽ࠅޔߘߩ೙⚂ߩߔߋ਄૏ߦ޽ࠆ೙⚂ߢߩᏅ߇޽ࠆ৻ቯએਅߩߣ߈ޔߎ ࠇࠄߩ೙⚂ߩ㗅ᐨ߇ㅒォߔࠆޕ ᰞ੗ (2008, p88)2)  ߎߎߢߪ࡟ࠬ࠻࡜ࡦA ߣ࡟ࠬ࠻࡜ࡦ B ߩߤߜࠄ߆ࠍㆬᛯߔࠆ႐วޔޟ୯Ბޠߢㆬ߱ߩ߆ޔ ޟ߅޿ߒߐޠߢㆬ߱ߩ߆ߪ୘ੱߦࠃߞߡ⇣ߥࠆޕ଀߃߫ޟ୯Ბޠࠃࠅ߽ޟ߅޿ߒߐޠࠍఝ వߔࠆੱߩ႐วޔ⴫ 2 ߩࠃ߁ߦߥࠆޕߒ߆ߒޟ୯Ბޠ߇ᗐ௝ߒߚએ਄ߦ㜞޿႐วߦߪޟ୯ Ბޠࠍఝవߖߑࠆࠍᓧߥ޿႐ว߇޽ࠆޕASTER ߦࠃߞߡ೙⚂ߩ㗅ᐨ߇౉ࠇᦧ߃ࠄࠇߚ⚿ᨐ ߇⴫3 ߢ޽ࠆޕ೙⚂ߩ㗅૏ࠍᦧ߃ࠆߎߣߢޔ⴫ 2 ߢߪ࡟ࠬ࠻࡜ࡦ B ࠍㆬᛯߒߡ޿ߚ߇ޔ⴫ 3 ߢߪ࡟ࠬ࠻࡜ࡦ A ࠍㆬᛯߒߡ޿ࠆޕ᥉Ბߪ࡟ࠬ࠻࡜ࡦࠍㆬᛯߔࠆߣ߈ߪޔ߅޿ߒߐߢㆬ ߱ੱ߇޽߹ࠅߦ߽୯Ბ߇㜞޿ߚ߼ߦᵅߊᵅߊ୯Ბߦࠃߞߡᗧᕁ᳿ቯߔࠆ႐วߢ޽ࠆޕߎߩ ႐วޔ୯Ბߩࠕࠬ࠹࡝ࠬࠢߩᢙ߇࡟ࠬ࠻࡜ࡦA ߣ࡟ࠬ࠻࡜ࡦ B ߣߢߪ߆ߌ㔌ࠇߡ޿ࠆߎߣ ߣޔ߅޿ߒߐߢߘߩᢙ߇߭ߣߟߒ߆ߥ޿ߚ߼ߦ೙⚂ߩ㗅ᐨ߇ᄌൻߔࠆߩߢ޽ࠆޕ ⴫3 ୯Ბ ߅޿ߒߐ ڡ࡟ࠬ࠻࡜ࡦA 㧖 ࡟ࠬ࠻࡜ࡦB 㧖㧖㧖㧖㧖㧖㧖㧖㧖㧖 ᰞ੗ (2008, p88)2)  ߎߩ೙⚂ߩ㗅૏ᄌᦝߦߟ޿ߡߪޔࠕࠬ࠹࡝ࠬࠢߩᢙߩᏅߩ໧㗴ߛߌߢߪߥߊޔ᭽ޘߥᔃ ℂ਄ߩ໧㗴ࠍ⠨߃ߥߌࠇ߫ߥࠄߥ޿ߣᕁࠊࠇࠆߎߣ߇޽ࠆޕ਄⸥ߩࠃ߁ߥ଀ߢ߽ੱߦࠃߞ ߡߪޔ߹ߚߪหߓੱߦࠃߞߡ߽߿ߪࠅ࡟ࠬ࠻࡜ࡦB ࠍㆬᛯߔࠆߎߣ߽޽ࠆߢ޽ࠈ߁ޕ଀߃ ߫ੱ㑆ߪ⍮ࠄߥ޿߁ߜߦ⥄ಽߩᗧᕁߣߪⵣ⣻ߩㆬᛯࠍߒߡ޿ࠆ႐ว߇޽ࠆޕ਄⸥ߩ⴫ 1 ߩ ⸒⺆ቇߩ଀ߪੱ㑆୘ੱߦࠃߞߡ⇣ߥࠆ߽ߩߢߪߥ޿ޕ⊒⹤ߩᐲߦ↢ߺ಴ߐࠇߚ㖸ჿߪᲤ࿁ ⇣ߥࠆ߇ޔߘࠇߪ⇣㖸ߩ▸࿐ߦ౉ࠆ߽ߩߢ޽ࠅޔ㖸⚛ߩᄌൻߢߪߥߊޔ಴ജ⥄૕ߪᄌࠊࠄ ߥ޿ޕߣߎࠈ߇⴫2 ߣ⴫ 3 ߩࠃ߁ߥᗧᕁ᳿ቯߩ໧㗴ߢߪޔฦ୘ੱߘࠇߙࠇߩᦨㆡߥ୥⵬⠪ ߪ⇣ߥࠆߒޔߘߩ୘ੱߦࠃߞߡ߽⁁ᴫߦࠃߞߡߪᦨㆡߥㆬᛯߪ⇣ߥࠆޕߘࠇߦߟ޿ߡੱߪ ߘࠇߙࠇᜬߞߡ޿ࠆଔ୯ⷰ߿߅߆ࠇߡ޿ࠆⅣႺ߿⁁ᘒ߇⇣ߥߞߡ޿ࠆ߆ࠄߢ㧔ߘߩ߅߆ࠇ ߡ޿ࠆⅣႺ߿⁁ᘒߪ㐳޿ᦼ㑆ߩ߽ߩ߽޽ࠇ߫⍴޿ᦼ㑆ߩ߽ߩ߽޽ࠆ㧕ޔ⸒⺆ߩࠃ߁ߦ޽ࠆ⒟ ᐲߩ㓸࿅ߏߣߦ⏕┙ߐࠇࠆߎߣߪߥ޿߆ࠄߢ޽ࠆޕ 3. ᗧᕁ᳿ቯߩⷐ࿃ 〈現代社会学 11〉  33  ASTER: ある制約における、アステリスクの数について候補者 A と候補者 B の差の割合がある 一定以上にあり、その制約のすぐ上位にある制約での差がある一定以下のとき、これらの制約の順 序が逆転する。 櫻井 (2008, p88)2)   ここではレストラン A とレストラン B のどちらかを選択する場合、「値段」で選ぶのか、「おい しさ」で選ぶのかは個人によって異なる。例えば「値段」よりも「おいしさ」を優先する人の場合、 表₂のようになる。しかし「値段」が想像した以上に高い場合には「値段」を優先せざるを得ない 場合がある。ASTER によって制約の順序が入れ替えられた結果が表₃である。制約の順位を替え ることで、表₂ではレストラン B を選択していたが、表₃ではレストラン A を選択している。普 段はレストランを選択するときは、おいしさで選ぶ人があまりにも値段が高いために泣く泣く値段 によって意思決定する場合である。この場合、値段のアステリスクの数がレストラン A とレスト ラン B とではかけ離れていることと、おいしさでその数がひとつしかないために制約の順序が変 化するのである。 表₃  この制約の順位変更については、アステリスクの数の差の問題だけではなく、様々な心理上の問 題を考えなければならないと思われることがある。上記のような例でも人によっては、または同じ 人によってもやはりレストラン B を選択することもあるであろう。例えば人間は知らないうちに 自分の意思とは裏腹の選択をしている場合がある。上記の表₁の言語学の例は人間個人によって異 なるものではない。発話の度に生み出された音声は毎回異なるが、それは異音の範囲に入るもので あり、音素の変化ではなく、出力自体は変わらない。ところが表₂と表₃のような意思決定の問題 では、各個人それぞれの最適な候補者は異なるし、その個人によっても状況によっては最適な選択 は異なる。それについて人はそれぞれ持っている価値観やおかれている環境や状態が異なっている からで(そのおかれている環境や状態は長い期間のものもあれば短い期間のものもある)、言語のようにあ る程度の集団ごとに確立されることはないからである。

3.意思決定の要因

 個人の意思決定の要因は大きく分けて、結果に対する期待効用と確率上の判断がある。 結果に 対する期待効用とは必要性や欲求に影響されるものであり、表2のような各個人の好みやおかれて いる状況に左右される。それに対して確率上の判断とは、例えば「雨が降る確率が高いから傘を持っ ていくという意思決定をする」ことである。Lund (2008)₁₀︶ によると、これらふたつの要因は Von

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34  〈現代社会学 11〉

的期待効用説(subjective expected utility (SEU)) として確立した。期待効用と確率上の判断は その両方を合わせて意思決定が行われるため、この (SEU) ではこれらふたつを掛け合わせて得ら れる。 SEU = 期待効用 × 確率上の判断  しかし上記のように計算するにはそれぞれの確率や効用の数値を設定しなければならないし、主 観的効用は様々な要素があるので、それをすべて数値化することは不可能と思われる。さらにそれ らの要素間の数値の価値を同じにしなければ、計算されてその数値が同じ場合でも SEU の価値が 同じとは言えない。  最適性理論では異なった要素間の価値については制約の順序によって、数値の差については制約 違反度によって解決する。例えば宝くじを買うのに以前に何度も当選が出た店で買うよりも買うの に便利がよい(地理的条件など)店で買うのを選ぶ人と、その逆に便利さよりも当選確率で選ぶ人 に分かれる。この場合、便利さと確率の価値基準は異なり、同じ数値で表すことができない。最適 性理論では便利さの制約と確率の制約の順序付けだけで解決する。便利さを重視する人はその制約 を当たる確率よりも上位に、当たる確率を重視する人はその逆に便利さよりも確立の制約を上位に 配置すればよいのである。  また数値の差については、例えば制約の順序が同じで、ともに当たる確率を重視して店を選ぶ人 がふたりいるとしよう。その場合、宝くじを売る店の選択を市内の10店の中から行うとき、当たる 確率が₁番高い店で宝くじを買う人は制約違反を全くしていないが、当たる確率が₃番目の店で買 う人は₂つ制約違反している(つまり₁番確立の高い店で購入しない時点でひとつの制約違反をしている ので、アステリスクをひとつつける。さらに₂番目に確立の高い店でも購入しないので、もうひとつアステ リスクをつける)ので、アステリスクを₂つつける。それによって最適な候補者は当たる確率が一 番高い店に行くのが適切な選択として生み出される。  しかし別の心理学的要因が意思決定に大きな影響を与えることがある。上述の制約の順位は候 補者にとって意識的な選択要因といえるが、人間には無意識のうちに選択してしまうことがある。 ヒューリスティックとバイアスは心理学で発展した意思決定に大きな影響を及ぼすアプローチであ る。

4.ヒューリスティック

 ヒューリスティックについては、Kahneman & Tversky (2007)₁₃︶ の研究が有名であるが、

Newell & Simon (1972)₁₄︶ によって発展したものである。それは最も可能性が高い解答を探すため

に選択的な検索を可能にする。しかしこのヒューリスティックは解答への近道であることは確かで

あるが、これだけに焦点を当てて考えていると正解にたどりつくことはできない。Lund (2008)₁0︶

によれば 上記の Kahneman & Tversky は判断に使われるヒューリスティックは数が限られてお り、これらヒューリスティックによる方法は通常正確な意思決定につながるが、誤りやバイアスに つながる場合もある、ということである。バイアスについては後で見てみることにするが、まずは ヒューリスティックについて詳しく見てみることにする。上記の Kahneman & Tversky によると、

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〈現代社会学 11〉  35 ヒューリスティックには代表性ヒューリスティック (Representativeness)と利用可能性ヒューリ スティック (Availability) と係留調整ヒューリスティック (Adjustment and anchoring) の₃つが 存在している。  代表性ヒューリスティックについては、「物体 A が B という種類に属している可能性はどのくら いか」という質問に対して、人々は典型的に代表性ヒューリスティックに頼る傾向にあり、 そこで は可能性は A が B を代表する度合い、つまり A が B に類似している度合いによって評価される。 例えば土曜日に大学構内で職員が漫画の雑誌を拾った場合、それを誰かが落としたのか、捨てたの か、もしくは置き忘れていったと考えるであろう。土曜日は授業がほとんど開講されないため、職 員はほとんど出勤しておらず、学生の姿もまばらである。しかし漫画雑誌を拾った者が学生にせよ、 職員にせよ、大方の者が落とし主は「学生」だと推定するであろう。職員だって漫画を読む者はた くさんいるのにもかかわらず、大抵の者は学生が落としたものと決め付ける。それはどうしてかと いうと、人は「学生」のステレオタイプと「大学の職員」のステレオタイプを勝手に決め付けてい るからなのである。漫画雑誌から「若者」のイメージがするのであろうが、実際は多くの年配の人 たちも読んでいるし、土曜日の大学構内は学生の姿はほとんどなかったわけであるから、落とし主 が職員の可能性が高い。ほとんどの人が「大学」と「漫画」のふたつのキーワードから学生を連想 することであろうが、可能性としては職員や外部からやってきた人の可能性もあるわけである。 次に利用可能性ヒューリスティックについて述べる。Kahneman & Tversky は、「人々は例や出 来事が心に浮かぶ容易さで、分類の頻度や出来事の可能性を判定する状況がある。例えば知り合い に起こったことを思い出すことで、中年の人々は心臓発作の危険性を判断するかもしれない。同様 に特定のベンチャービジネスが今から待ち受けているであろう様々な困難を想像することで、それ を辞めてしまう可能性を判断するかもしれない。この判定ヒューリスティックを利用可能性ヒュー リスティックと呼ぶ」と説明している。また別の例を挙げると、東京に行くのに飛行機は事故が怖 いから、新幹線や車で行くと言う人がいるが、実際は飛行機の方が事故率は少ない。にもかかわら ず、飛行機を敬遠する人は飛行機事故の大きさから新聞に大々的に掲載されるし、一回の事故の被 害者の多さから想像して、どうしても飛行機の方が危ないと決め付けるからなのである。

最後に係留調整ヒューリスティックである。これについても Kahneman & Tversky は「多くの 場合、人々は調整された最初の価値から見積もり、最終的な答えを出す。その最初の価値もしくは スタートポイントは問題の形に暗示されることもあるし、または部分的な計算の結果となることも ある。どちらの場合も調整は典型的に不十分である。つまり、異なったスタートポイントは異なっ た見積もりを生み出し、それは最初の価値に偏見を持たされているのである。この現象を係留と呼 ばれる」と説明している。 例えば、A 島は人口が少なく、学生に「では A 島の人口は50人より も多いか、少ないか」という質問をして、「多い」と答えた学生と「少ない」と答えた学生にそれ ぞれ、「ではどのくらいいると思うか」という質問に対して、ほとんどの学生は「100人」とか「30 人」とか、50人から極端に離れない答えを言う傾向にある。というのも学生たちは「50人」を係留 点として考えたからで、心の中で基準を作ってしまったからなのである。  以上のヒューリスティックによって我々は意思決定を誤ってしまうことがよくある。最適性理論 の CON で重要なことはひとつひとつの事例を客観的に見ることであり、意思決定以前の認知環境 を一度白紙に戻すことである(ここでは間違った固定観念のことを述べているのであり、必要な認知環境 まで白紙に戻す必要はない)。直観によって経営が上手くいく事例が、よく成功の秘訣とかで書物に

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36  〈現代社会学 11〉 出ているが、この直観こそが危ない意思決定を生み出していることがよくある。つまり間違った固 定観念の出来上がった認知環境では正しい選択などできるはずがないのである。  これらのヒューリスティックを最適性理論で用いるならば、必ずそれぞれの制約の価値基準を明 確にさせて間違った認知環境を作り上げないことである。それぞれの制約に対するイメージは人に より異なるが、その数値だけは正確なものを出しておかないと、ヒューリスティックによって間違っ た方向に向いてしまうことが考えられるからである。

5.バイアス

 バイアスについても Kahneman & Tversky がフレーミング・バイアス(framing bias)などを提 示しているが、これはまさに人間の心理上の問題で、科学的な対策はほとんどないのではなかろ うか。フレーミング・バイアスについては以下のように Mankteow (2004, p199)₁₅︶ が Tversky &

Kahneman(1981) の例を出して次のように述べている。

あなたは発生しそうな新しい病気のために計画を立てている医療関係の職員です。それによって600人が亡 くなると予想されます。科学の専門アドバイザーがふたつの可能な対策のプログラムをあなたに教えてくれ る。それは絶対に200人は助かるというプログラム A と、それに対して600人が助かる確率は₃分の₁(0.33) しかないプログラム B である。どちらのプログラムをあなたは選択するであろうか。Tversky & Kahneman の研究のほとんどの被験者が A を選択した。では今度はあなたの同僚が直面している状況を考察してみよう。 その人の選択は確実に400人が亡くなるであろうプログラム C と亡くなるであろうと予想されている600人の うち、本当に亡くなるのは₃分の₂であるプログラム D である。どちらを選ぶであろうか。ほとんどの被験 者がこの観点から D を選択した。 Mankteow(2004, p199)₁₅︶   つまり話し手の提示の仕方によって、同じ内容であるにもかかわらず、聞き手は全く異なった意 味(概念)内容を心に表示しているものと思われる。上記の例の場合、プログラム A とプログラ ム B、そしてプログラム C とプログラム D はそれぞれ同じ内容を表しているにもかかわらず、被 験者はほとんどが A と D を選択している。このことについて Mankteow は 「ここで起こったことは、 利益が予想されるとき人は危険を回避するが、可能な損失を避けるために危険を冒しがちであると いった傾向があることの立証である。SEU 理論の観点から、数値は変わっていないため、決断は どのような形をとっているのかということに依存するべきではない」と述べている。  では最適性理論でこのバイアスをどう処理すればよいのであろうか。一見すれば上記のプロ グラム A とプログラム B は同じ内容なので、異なった制約設定をすることは難しい。しかし Mankteow が言うように、人はリスクを避ける傾向があるので、それを制約に反映させることがで きれば問題ない。例えばリスクを避ける制約 (- RISK) といったような新たな制約を設けておけ ば、その制約に違反しない場合はプログラム A を選び、違反する場合はプログラム B を選ぶこと になる。ただしその制約は普遍性があるかどうかは疑問であるので、ここでバイアスについて最適 性理論で説明可能かどうかを結論づけるわけにはいかない。

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〈現代社会学 11〉  37

6.結語

 本稿では言語学の最適性理論を用いて、心理学のヒューリスティックとバイアスについて説明で きるかどうかを考察してみた。最適性理論はこれまでの規則と制約の言語学とは異なり、制約違反 を認める理論であり、人間個人の違いを表すのに都合のいい理論である。人間ひとりひとりについ て考察する場合、認知についても考えなければならず、心理学の問題も避けて通れない。特にヒュー リスティックとバイアスは意思決定において、重要な影響力を持っているため、最適性理論でも説 明がつくかどうかが今回の問題であった。ヒューリスティックについてはもともと最適性理論の制 約の価値基準を明確にして、間違った制約の解釈をしないようにして、誤った認知環境を持たない ようにしなければならない。  そしてバイアスについても新たな制約を設けることで説明することができるが、その制約は普遍 的なものでなければならない。例えば人がリスクを避ける傾向があるのは普遍的であると思われる が、他のバイアスも合わせて今後の研究を必要とする。 【参考文献】 ₁︶ Simon HA : 経営行動 -経営組織における意思決定プロセスの研究- (松田武彦、高柳暁、二村敏子訳). ダイヤモンド社 , 東京 , 1989. (Administrative behavior. Macmillan, New York, 1957.)

₂︶ 櫻井啓一郎 : 最適性理論による意思決定の分析 . 現代社会学 , 9, ₈₁-₉₂, 2008. 

₃︶ Prince and Smolensky : . Talk given at Arizona Phonology Conference 3, University of Arizona, Tucson, 1991.

₄︶ Prince and Smolensky : , RuCCs Technical Report #2, Rutgers University Center for Cognitive Science, Piscataway, N.J., 1993.

5) Chomsky N and Halle M : . Harper & Row, N. Y., 1968.

6) Goldsmith J : Harmonic phonology, in , edited by Goldsmith J, The University of Chicago Press, Chicago, ₂₁-₆₀, 1993.

7) Lakoff G : Cognitive phonology, in , edited, by Goldsmith J, The University of Chicago Press, Chicago, ₁₁₇-₁₄₅, 1993.

8) Mohanan KP : Fields of attraction in phonology, in , edited by Goldsmith J, The University of Chicago Press, Chicago, 61-116, 1993.

9) Hammond M : Optimality theory and prosody. in Optimality theory: An overview, edited by Archangeli D and Langendoen DT, Blackwell, Mass., ₃₃-₅₈, 1997.

10) Lund N : . Routledge, N.Y. 2008.

11) Von Neumann J and Morgenstern O : . Princeton, Princeton University Press, NJ., 1944.

12) Savage LJ : . Wiley, N.Y., 1954.

13) Kahneman D and Tversky A : Judgment under uncertainty: Heuristics and biases, in

, edited by Kahneman D and Tversky A, Cambridge University Press, Cambridge, ₃-₂₀, 2007.

14) Newell A and Simon HA : . Prentice-Hall, N.J., 1972. 15) Mankteow K : . Psychology Press, East Sussex, 2004.

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38  〈現代社会学 11〉

On the Effect of Psychology upon Optimality Theory:

Heuristics and Bias

Keiichiro SAKURAI & Toru TANIMITSU

To date, numerous theories about decision-making have been generated in fields such as psychology, economics, and management. It would be best if idealistic decision-making could be attained as in economics, but it is very difficult to identify the best decision to take. Achieving optimal decision-making under a particular circumstance can be said to be making the best choice. It is thought that the choice can be explained by utilizing modern theories of language, and analyzing the process of outputs generated through the human brain, that is, through cognitive science. In this paper, I propose that we can achieve more systematic decision-making by utilizing Optimality Theory, which is a theory associated with phonology, and by introducing the principle of heuristics and biases from psychology. The constraints used in Optimality Theory have to be universal, and it will be necessary to create new universal constraints on heuristics and biases.

参照

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