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既存建築物のコンバージョン過程にみる空間構造のシンボル化ーアムステルダム”Grain Silo”に始まるスクワット事例を通して [ PDF

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Academic year: 2021

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31-1       川口 尚美 1. はじめに  近年、「創造都市」や「クリエイティブクラス」、「ソー シャルキャピタル」注 )など、建物や道路といったイン フラでなく、人間や共同体の活動・関係づくりに着目 した建物やまちづくりの考え方が浸透しつつある。そ うしたなか、アムステルダムには、ユーザーであるク リエーター達が、市や国の文化支援制度を巧みに利用 して、造船所跡地に造り上げた独自のシステムを持つ コンバージョン事例 "NDSM-werf" が存在する。これは、 創造都市の先進事例として知られているが、その成立 の背景には、オランダのスクワット文化注 )が深く関係 していると考えられる。そこで、本研究では、その前 身ともいえる穀物サイロを転用したスクワットビル、 “Grain Silo”に始まるスクワット事例のプロセスを分 析し、特定のコミュニティにおける空間構造と社会構 造との関連を明らかにすることで、今日に繋がるコン バージョン手法の手がかりを探りたい。 2. 研究概要 2.1. スクワットと Grain Silo に始まる3つの事例  アムステルダムのなかでも有名な Grain Silo(旧穀 物サイロ)と、その後の旧造船所 ADM と NDSM − werf の 3つのスクワットビルを分析対象とした。(table.1,photo.1,2)  Grain Silo では、明確な構造を持った建物に、創作 意欲の高いスクワッターが住むことで、独自のコミュ ニティが生まれていた。Grain Silo閉鎖後その活動は 大きく2つに分かれた。1つは、スクワットビルらし いアナーキーな側面を引き継ぎ、今なお、所有権をめ ぐって激しい居住運動を続ける ADM での活動。また、 もう1つは、Grain Silo での経験を引き継ぎつつ、文 化支援制度を巧みに利用した NDSM-werf での活動であ る。(table.1) 2.2. 研究方法  2009 年 9 月に現地調査を行い、必要な図面や資料の 収集や関係者へのヒアリングを行った。Grain Silo の スクワット時の状況は、文献及び調査資料(1)を参照し、

NDSM-werf と ADM については、Grain Silo の元居住者 であり、現在は ADM に居住者している Milou Vueling と、NDSM-werf のクリエイティブ・プロジェクト・ディ ベロッパーである Eva de Klerk から話を聞くことがで きた。これらの資料をもとに、本研究では、あるコミュ ニティが建物に住み着いていくプロセスを明らかにす るため、文化人類学的な視点から分析を行った。 2.3. 分析視点  構造・シンボル・意味 - かつて、オランダ構造主義は、文化人類学の成果を 建築理論にとりいれ、空間構造と社会構造の関係性を 示した。当時は、構造の意味を解釈するプロセスにつ いては特に言及されていなかったが、現代の文化人類 学では、構造と意味をつなぐものとしてシンボルとい う概念(fig.1)がある。本研究では、この概念を用いるこ とで、使われなくなった建物をユーザーが解釈し、新 たな意味を持たせるまでのプロセスを分析する。 (1) 文化人類学にお け る シ ン ボ ル と い う概念  「ある一つの対象 を 見 た と き に、 各 人が、それぞれ全く別の概念、使用法を思い浮かべる のでは、集団内における相互コミュニケーションは図

既存建築物のコンバージョン過程にみる空間構造のシンボル化

ーアムステルダム”Grain Silo”に始まるスクワット事例を通してー

photo.1: Grain silo の現在 photo.2: 周辺地図 table.1:スクワットの歴史とその3つの事例との関連 fig.1: A・P・Cohen が示すコミュニティ⑸

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31-2 れない。(中略)シンボルの役割とは、同一社会に属 する諸個人に対して同じ思考様式を与えることを目的 としていることに他ならないのである。」(4)また、シ ンボルは、記号のうち、特に表示される対象と直接的 な対応関係や類似性をもたないものでもあり、「シン ボル(象徴)機能が働くことによって、人間は物事を 抽象的に思考し、適度な距離を置いて物事と関係する ことができ、物事の意味を多様なかたちで表現するこ とができる。」(5)と指摘されている。例えば、儀礼と 共同性の体験を通した、コミュニティの境界のシンボ リックな表出や主張は、人々のコミュニティに対する 自覚と感受性を高める。その一方で、「同じ」儀礼に 参加しながらその儀礼に相異なった意味を見出す。コ ミュニティ内の共通性は形態の共有(行動様式)であっ て、その内容(意味)は成員によってさまざまなもの となる。(5)このように、シンボルという概念を用いる ことで、コミュニティにおける個性と共通性という相 反する現象を説明している。 ⑵本研究の分析視点  これらを踏まえて、本研究では、以下のように解釈 し、事例分析を行う。 ・構造:使われなくなって機能を失った建築構造。・シ ンボル化:他との差異を強調するなんらかのコンセプ トを掲げ、空間に対する感覚や認識を住人たちが共有 している状況。・意味:転用後の機能とその使われ方。 3.Grain Silo 3.1. 概要  Grain Silo は、戦時中の飢餓対策として 1898 年に 建てられ、長さ 104.5m、幅 20.45m、高さが 20m ある。 外観は、ゴシックの教会をモチーフにデザインされた。 1986 年にサイロはその役割を失い、1989 年からスク ワッターらが徐々にサイロに手を加えていきながら住 み着いていった。産業構造物であるサイロに住むこと には常に危険が伴っていた。当初は、深さ 18m のサイ ロシャフトや装置は剥き出しになっており、また蛾や ネズミの住処になっているなど安全面も衛生面におい ても過酷な環境にあった。快適な住環境を求める切実 なニーズから、このコンバージョンは行われた。1995 年の時点で、図(fig.2)のような構成で成り立っていた。 とくにサイロに隣接するバキュームポンプ小屋を転用 して、1990 年にできた Kroeg Cafe は、入居者らのコ ミュニティースペースとして、建物の運営上大きな役 割を果たした。しかし、アイ河の再開発に伴い、1990 年に建築家 Andre'van Stigt によって 2000 年に集合 住宅にコンバージョンされた。この際、所有者(Y-Grain 会社)との交渉は決裂し、スクワッターらはこの建物 から立ち退くことになった。 3.2. 空間分析 ⑴構造  この穀物サイロの主要な空間は、3.5m 角×高さ 18m の 120 本のサイロで埋め尽くされ、地上階と屋上階に はベルトコンベアが通っていた。地上階は、サイロを 支える厚い壁で仕切られており、穀物を運ぶベルトコ ンベアのラインが南北方向に2本通っていた。彼らは、 まず始めに、かつて事務所があり、既に電気や水道等 のインフラが整っていた中央部分や比較的侵入しやす い地上階から順に占拠していった。中間層のサイロ シャフトに、人は住むことはできなかったが、その非 日常的な空間性を利用して、インスタレーションなど を行った。 ⑵シンボル化  複数の人々が一つの建物に住むという状況下で、 徐々に、壁に囲われた細長い区画が居室の単位(fig.3)、 fig.2:Grain Silo の空間構成 (1995) photo.3:地上階のアトリエスペース       fig.3:1 区画の大きさ 

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31-3 南北に通されたラインが通路として認識されるように なっていった。個々の領域が明確なことで、入居者数 の変動にも柔軟に対応していた。新しい居住者は、話 し合いのもとに決定され、スペースを分配された。そ の結果、部屋数は、1989 年から 1996 年の間に 40 になっ た。入居者の数の変動に伴い、居住空間はグリッドに 沿って変動した。(fig.4) 穀物サイロという用途のもとに 合理的に作られた骨格は、住居としてシンボル化しや すい形態であったといえる。さらに、巨大な装置が置 かれ、自らの手で転用することができなかった部分を 彼らは、" ミュージアム " と名付けることで、サイロ の記憶を留め、創作のインスピレーションを与える場 所として新たな価値を見出した。(photo.6) このように、 構造の使い方に関する認識をコミュニティー内で共有 していたのである。また、サイロという特殊な形態と 建物の知名度は、文字通りのシンボルになり、スクワッ ト組織としての結束力を高めた。彼らの一部は、オラ ンダでよく知られている“Silo Theatre”を結成し、 ここを活動の拠点とした。メンバーの Milou Vueling は、「サイロに強いインスピレーションを受けた。活 動の拠点を ADM に移した後の細長い筒から上を見上げ るような作品は、サイロを下から覗き込んだ時の空間 体験が原点である。」と振り返っている。 ⑶意味(解釈の多様性)  同じ、3.4m × 20m の細長いスペース(fig.3) でも住民 によって、その用途や内装は様々であった。(photo.3,4,5) 居住者は、ワークショップ、パン屋、ダンス教室、カ フェなど様々な活動を行う。屋根裏階は、サイロシャ photo.4:屋根裏階の住居 photo.5:住民の様子 photo.6:ミュージアム fig.4: Milou Vueling の住居の変遷

photo.7:ADM 俯瞰 photo.8:点在するバラック

photo.9:ファサードが剥き出しになった事務所  photo.10:Robo dock のアトリエ

フトがないため比較的自由度が高く、テラスや天窓を 設けるなど住人オリジナルの工夫がみられる。Milou Vuelig は、「サイロの空間を探索し自分の居場所発見 していく過程に魅力があった」と語っていた。ヒエラ ルキーのないフラットなコミュニティを目指すアムス テルダムのスクワッターにとって、Grain Silo の明快 な構造は、共同生活を送る上でのいわば暗黙のルール であり、また各々が自由に発想し解釈する手がかりで もあった。こうして、Grain Silo は、多様でありなが らも秩序のある空間が実現していたのである。 4. 旧造船所 ADM  ⑴概要

 ADM 造船所は、Grain Silo が閉鎖される直前の 1997 年にスクワットされ、現在アーティストグループや 冒険家、職人など 125 名が住んでいる。そのなかに は、Grain Silo の主要なメンバーも含まれる。ADM で は、建物所有者とスクワッター間のトラブルが絶えず、 1998 年にはオーナーが強制的に建物を取り壊そうと大 型クレーンを率いて敷地内に侵入する事件が起こり訴 訟にまで発展した。 ⑵構造を失ったスクワッター 広大な敷地には、造船施設の "Robo Dock”と事務所 棟の2つの建物(photo.9,10)を中心に無数のバラックが点 在している。(photo.8)  そこには住人でさえ把握してい ない居住者もいるという。ADM は、アーティストらの 活動拠点として充分な広さを持っており、Grain Silo の時のように、限られたスペースを協議し、分配する 必要性が失われ、必然的にコミュニティは希薄化し、 混沌とした状況が生まれた。また、Grain Silo には 明確な構造があり、コミュニティの内と外、あるいは

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31-4 個人と公の境界が明確だったのに対し、ADM は、境界 が曖昧であったことも、要因の1つと考えられる。 5.NDSM-werf ⑴概要  北アムステルダムに位置する NDSM 埠頭は、サッカー 場 10 面分以上の敷地を有する造船所であった。1984 年に操業停止して以来空き地となっていたが、1999 年、 「キネティック・ノード」というクリエーター集団が そこに創造拠点を築き始める。彼らはアイ河の再開発 で、余儀なく埠頭に移住したスクワッターであった。 彼らは、市当局と交渉を重ねこの地の利用権を勝ち取 り、自らプロジェクトを立ち上げ、ネットワークを構 築して NDSM-werf を築き上げた。この活動は、創造都 市の実現を目指す横浜市の関係者が 2005 年に視察す るなど、創造都市の先行事例として知られている。 ⑵構造を活用したプロジェクト  NDSM-werf の特徴は、制度の巧みな利用にあるが、 もう1つの特徴として、ワークショップを開き、大空 間に個々のスタジオをつくるフレームを、使い手自ら がデザインしたことが挙げられる。これは、長年のス クワット経験を踏まえた独自の理論に基づいたアイ ディアであった。(fig.6) 彼らは、このプロセスを小さ な都市計画に見立て、そのインフラに当たるストラク チャーと通路をデザインすることで、建物に対するイ メージを共有することに成功している。 6. まとめ  設計者の介入なしに、あるコミュニティが転用を行 う際、彼らは、一度意味を失った空間構造を言語など の媒体手段を用いてシンボル化する。シンボルは、同 じコミュニティに所属する諸個人の心に、同じ感覚や 意識を生じさせる。(この際、構造が明快でシンボル 化しやすいことは重要である。)そうすることで、今 度は、空間構造が、居住者に対して影響力をもつよう になる。こうして空間構造と居住者は、互いに影響を 及ぼしあい、構造の意味は、個々の解釈によって多様 なかたちで表現される。つまり、コンバージョンの際、 構造そのものだけでなく、それをシンボル化して価値 を見出すプロセスが重要になってくる。アムステルダ ムでは、Grain Silo などのスクワット経験からそれを 体感的に見出し、NDSM-werf で構造をシンボル化する プロセスをフレームの設置やワークショップという形 で再現し、成功を収めたと考えられる。 photo.11:内部のストラクチャー fig.6:空間操作 fig.5: 3つの事例のまとめ 7. さいごに   哲 学 者、 文 芸・ 芸 術 評 論 家 の 宇 波 彰 は、“ 建 築 雑 誌”の特集のなかで、次のように述べている。「都市 空間を記号化・象徴化していくのは人間の仕事であ る。・・・(中略)空間は、元来は空虚な場所であり「カ ラッポ」である。そこに何かを入れることは、その空 間を特別な空間として、意味を持たせることである。 そして、人間が意味を持たせたその空間が、それ自体 の言語を持つようになり、人間に対して語りかけてく る。」(10)本研究で取り上げたのは、アムステルダムの 事例であったが、横浜の「BankART 1929」注)や福岡の 「Travelers Project」注)などの出現からみても、空間 構造のシンボル化は、既存建築物に新たな価値を見出 す手法として、国内でも有効だと考えられる。 ■注釈 【スクワット】:「放棄されたか、あるいは誰も住んでいない建物や場所を、所有権も、 賃借権も、使用権も持たずに所有する行動」で、 そのなかでもアムステルダムは、、「一 年以上空いており、使用されていない土地建物を占拠しても罪に問われない」という 規定があり、スクワットが容認されていた。これは、1985 年から 1995 年頃まで、景 気が低迷したため、土地や建物が投機目的で放置されるのを防ぐことが目的であった。 しかし、2010 年に新しい法が作られ、スクワットは違法行為になった。【ソーシャル・ キャピタル】:社会学、政治学、経済学、経営学などにおいて用いられる概念。人々 の協調行動が活発化することにより社会の効率性を高めることができるという考え方 のもとで、社会の信頼関係、規範、ネットワークといった社会組織の重要性を説いて いる。/【BankART 1929】:横浜市が推進する歴史的建造物を活用した文化芸術創造の 実験プログラム。BankART(バンカート)は元銀行であったふたつの建物(旧第一銀行 と旧富士銀行)を芸術文化に利用するという意味を込めた造語。【Travelers Project】: 事務局トラベルフロントが企画・運営する、建物再生プロジェクト。トラベラーズと は、新たな生き方にトラベル ( 挑戦 ) する人を指し、デザイン、アート、アパレル、 リラクゼーションなど様々な業種のディレクターが入居する。これまで、冷泉荘など 3つの実績がある。■参考文献 ⑴ DAVID CARR-SMITH :IMPROVISED ARCHITECTURE IN AMSTERDAM INDUSTRIAL SQUATS & COLLECTIVES http://www.davecarrsmith.co.uk/ D-WWW_LOD-1_INT.htm ⑵ Peti Buchel and Bert Hogervorst:The Turning Tide,The IJ Industrial Building Guild,1997 ⑶久保田裕之:Amsterdam におけるスクワッ ティング居住に関する調査―居住・生活・芸術運動の視点から―, 第 81 回日本社会学 会大会一般報告 ,2008.11 ⑷清水強志:デリュケームにおける認識とシンボル , シン ボルとコミュニケーションの社会学 , 恒星社厚生閣 ,2004. ⑸ A・P コーエン:コミュ ニティは創られる , 八千代出版 ,2005.3 ⑹ヘルマン・ヘルツベルハー:都市と建築の パブリックスペース , 鹿島出版会 ,1995.4 ⑺山口涼子:北アムステルダムの創造拠 点「NDSM-werf」の空間分析 ,2009 年度日本建築学会九州支部研究発表会梗概集⑻吉 本光宏:空間のエスプリ - 海外事例のビジュアルレポート創造都市アムステルダムを 象徴する巨大アーティスト・ラン・スペース「NDSM」-, 地域創造 ,pp28-34, 財団法 人地域創造 ,2008 ⑼エヴァ・デ・クラーク:オランダにおける芸術文化再生プログラ ムの実践 , 創造都市交流 2007-2008 事業実施レポート , 財団法人横浜市芸術文化振興 財団 ,2008.3 ⑽宇波彰:象徴空間論 , 建築雑誌 ,vol.115,No.1459,2000.9 ■図版出典 fig.1 参考文献⑷ , fig.2:Stadsarchief; Collectie bouwtekeningen の資料をもとに 筆者作成 , fig.3,4,5,6: 筆者作成 /photo2,4,5,6,9: 参考文献⑴ , photo.2,7:google earth, photo.1,8,10,11:2009 年調査時撮影

参照

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