つながりの場としての学校 [ PDF
4
0
0
全文
(2) いに成功している地域をフィールドとして、人類学的. の国民がフランス語(国家語)を日常的に利用していな. な手法に基づいたフィールドワークを行った。単なる制. かったのである。このような状況では意思疎通もできず、. 度として学校を捉えるのではなく、学校を地域社会の結. 「国民意識」をつくることは非常に難しい。事実、人々. 節点として再帰的に利用しようとしている人々の様子を. は国家に帰属するという意識はほとんどなく、言葉(地. 描き出し、彼らの行為がどのような社会的メカニズムに. 域語)の通じる範囲である各々の地域ごとに社会の基盤. よって行われているかを社会学の概念を利用して説明、. を置いていた。国家に対する「愛着」は一般的なもので. 考察した。. はなかったのである。近代国民国家を目指す政府にとっ. 教育問題をなぜ人類学的な手法で考える必要があった. ては、まず言語的な統一を国民国家の基盤として徹底さ. のか。学校や教育という問題に関しては教育学において. せることが至上命題となった。そしてそれを成立させる. 莫大な研究の蓄積があるが、著者が本論文執筆にあたっ. ための国家の装置として「学校」が生まれたのである。. て乱読した論文や著書の多くは教育に関する制度的な問. 近代における学校とは、その成立の段階において「国家. 題への言及に留まっており、現実に「その場」において. 語」による「地域語」の征服・同化のための強力なイデ. 生きている人々へのリアリティはあまり感じられなかっ. オロギー装置としての性格を持っていたといえる。また. た。著者は、教育学におけるさまざまの教育制度への言. 学校では言語の習得だけではなく、知識や身体技法の獲. 及は必要不可欠で重要な研究であることは認めたうえで、 得も行われる。当時は工業化の波の中で、文字の読み書 それでもなお制度の枠に留まらずに現実の人々がどのよ. きや計算ができる労働者が出世していったことから、特. うに生きているのかを見つめることの大切さをより重要. に都市部の労働者を中心として平等で無償の公教育を熱. 視したいと考えた。よって現実に生きる人々へのアプロ. 望する素地が育まれていたことが、近代的な国家による. ーチとして、現地へ直接行き、そこで人々と触れ合うこ. 学校制度が普及していくことの背景であったことはいう. とのできるフィールドワークが最適であると判断し、人. までもない。. 類学的な手法を用いたのである。. このような民衆の無償公教育への熱望とはまた違うレ. 以上の考えから、前半部では教育学的な視点をもとに. ベルで、当時のフランス政府は国家による公教育を実施. して文献からみた制度への言及を行い、後半部では人類. する必要性を感じていた。それは共和派、社会主義者に. 学的な手法を利用してフィールドワークによって得られ. とっての悲願であった「非宗教化」である。つまり学校. たデータをもとにした考察を行うという 2 段構成で落ち. からカトリック教会の影響をなくして国家のものにしよ. 着くことになった。. うという目的があったからである。国家が学校を運営す る以前の公教育といえば、ほとんど教会が独占していた. 3.本論文の梗概. といっても過言でもない。教会は子どもを通じて家庭の. 1)第 1 章. 中心である女性を取り込むことに成功していた。国家に. 現在の学校が抱える問題を考えるためには、学校の成. よる公教育の実現は、教会に取り込まれていた女性を国. 立過程を探る必要がある。日本における近代教育制度は. 家の側に取り戻し、ひいては家族全体を国家に取り入れ. 1872 年の学制公布に始まると考えてかまわないだろうが、 「国民」を形成するための非常に重要なプロセスだった その学制を作る際にモデルとして西洋社会、とりわけフ. のである。. ランスにおける教育制度が参考にされた。そこでこの章. フランスにおける学校制度の普及の歴史は、公教育の. では日本の近代教育制度に強い影響を与えたフランスを. 場を焦点とした教権派と共和派および社会主義者のせめ. 中心に、西洋社会の近代教育制度がどのようにして生ま. ぎ合いの歴史であったとも言える。中世以来の情報と文. れ、発展していったのかを記述し、さらに学校制度が誕. 化の諸機能を集中したイデオロギー装置である「教会」. 生、普及したことでフランス社会がどのような変化を経. は伝統的な家族制度と結びついてその支配を懸命に維持. 験したのかということについてまとめた。. しようとし、これに対して全共和派は「反教権」の一点. 近代公教育が制度化される以前、19 世紀初頭のヨーロ. において団結して立ち向かっていったのである。やがて. ッパにおいては、まだほとんどの国で国家的な言語の統. フランス第三共和制において「無償・義務・非宗教」の. 一(言語の均一化)ができていなかった。フランスの場. 公教育が実現することとなった。かくして「教会−家族」. 合、18 世紀末のフランス革命期にはフランスの全人口の. という組み合わせから「学校−家族」という組み合わせ. 4 分の 1 から 3 分の 1 しかフランス語を話すことができ. への移行が進められ、学校こそが教会に代わる「国家の. なかった。しかも 1863 年に至っても、全人口の 5 分の 1. イデオロギー装置」[アルチュセール]として協力に機能.
(3) するようになったのである。. 結果となった。勉強に励むことで田舎から都市への出世. 以上のような経緯を経て普及した学校制度であるが、. を果たすことが「上昇の夢」として語られるようになる。. それは教会を中心とした伝統的価値観に代わる新しい価. フランスの事例と違うのは、フランスの場合は故郷(前. 値観を生み出した。それはキリスト教に代わるひとつの. 近代)から都市(近代)への移行で立身出世物語が完結. 「信仰」であった。その「信仰」とは能力主義(業績主. するのに対して、日本の場合はさらに「故郷に錦を飾る」. 義)である。すなわち出自や家柄に関係なく誰でも能力. ことが立身出世物語のポイントとなっているところであ. さえあれば社会的な上昇が可能であるという「幻想」が. る。これは日本人にとって「故郷」という共同体がいか. 子どもたちを教える教師によって喧伝され、人々に「上. に大きなウェイトを占めているかを端的にあらわしてい. 昇の夢」を与えることで君主制に対する民主主義体制の. る。. 優越を説いたのである。そして社会的上昇を果たすため. 制度としての学校が持つ関係構造は至ってシンプルで. の具体的手段として勉学の励行が行われるようになる。. ある。それは<教える−教えられる>関係であり、固定的. 学問はもはや手段となったのである。. な関係性を押し付ける。ところが、現実の場では往々に. また、社会の非宗教化が加速して能力主義が浸透する. してその固定化された関係性が通用しない場面がある。. につれて、かつては教会の権威を背景として培われてい. 諏訪は学校制度の固定化された関係性を前提としながら、. た規範が失われ、社会にはアノミー(規範なき状態)[デ. それが時代によって変化する子どもたちの感覚に対応し. ュルケム]が慢性化してしまうこととなった。このままで. ていないことが近年の学校現場で起こる問題の理由であ. は国家が統一を失って分解しかねないと危惧したデュル. ると述べる。地域社会の公共性を失い、 「農村社会的な子. ケムは、その状況を解決するための手段として学校教育. ども」から「産業社会的な子ども」 、さらには「消費社会. を通して国家への帰属を図ることを提唱した。宗教に代. 的な子ども」へと移り変わった子どもは、絶対的な関係. わって国家による教育管理のなかで規範の内面化を求め. 性を強制する学校との不協和を示し、その結果は不登校. られることによって、学校は単なる知識を獲得するため. の増加に見て取れる。. の場所ではなくなった。学校をでることは社会にでるた. ここで学校に関係する問題の根をウチとソトの 2 方向. めの必要条件となり、それにともなって「本来、自立的・. からまとめる。ひとつは学校のウチ側の問題である。制. 自発的・能動的に行われるはずの学びが、学校によって. 度としての学校が<教師−生徒>という絶対的な関係性を. 他律的・強制的・受動的にさせられる行為に転化してい. 強制する構造しか有していないことである。もうひとつ. く状態」である「学校化」[イリイチ]が始まったのであ. の学校のソトにある問題は、個人主義を背後で支えるべ. る。これはデュルケムが目指した「規範の内面化」に到. き公共性を失ったことである。この 2 点が近年の学校を. 達した地点であった。. 巡る問題の根本的原因であるとして、これを解決するた. 2)第 2 章. めの具体的提案としてコミュニティ・スクールという概. 第 1 章ではフランスを中心として学校制度の誕生と普. 念を紹介した。イギリスの LMS とアメリカのチャーター. 及、社会に与えた影響を見てきた。それを踏まえてこの. スクールを参考にしたこの概念は、金子郁容によって提. 章では日本における近代教育の受容と社会の変化をまず. 唱されており、2005 年 4 月から実施されている政策でも. まとめ、その後制度としての学校が抱える構造的な問題. ある。地域が学校に深く関わることによって学校と地域. 点を指摘した。さらに戦後の激動する社会状況のなかで、. 社会の齟齬をできるだけなくし、なおかつ地域の共同性. その問題点が学校の教育現場においてどのように露呈さ. 形成にも役立てようとする理念を持ったコミュニティ・. れていったのかを現役の教師である諏訪哲二の著書をも. スクールが、学校に関する諸問題をすべて解決するとは. とにして記述していった。またそのような問題を解決す. 言わないが、従来の公立学校ではケアできなかった部分. るためのオルタナティブな公教育として、コミュニテ. をフォローするためのオルタナティブな公教育として期. ィ・スクールという概念を紹介している。. 待することができるのではないか。. 日本の場合、学校制度の受容はフランスよりもスムー. 3)第 3 章. ズであったと考えられる。もともと識字率が高かったこ. 千葉県習志野市秋津の秋津小学校を中心にフィールド. とと、江戸期における檀家制度によってある程度の非宗. ワークを行った。秋津地区の地理的・心理的中心に位置. 教化を果たしていたために公教育に対する宗教側からの. する秋津小学校は、コミュニティ・スクールが導入され. 抵抗がなかったことが理由として挙げられる。学校制度. る前に地域と学校の連携に成功している。小学校の敷地. の普及はフランスと同様に能力主義という信仰を広める. 内に地域住民が集まるための場所であるコミュニティル.
(4) ームを設置し、そこでは非常に自主的な活動がなされて. 合させており、そしてその試みは現在のところ成功を収. いる。学校と地域社会が上手く融合しあって、お互いの. めているのである。. メリットを生かしあう、WIN-WIN の関係を構築している のである。. コミュニティ・スクールという概念は未だに曖昧模糊 としており、地域性が大きく作用するので、これを導入. 1980 年に作られた埋立地で地域性もなかった秋津に第. すれば教育問題が解決するという性格を持ったものでは. 一次入居者である団塊の世代が「子どもたちのために」. ない。コミュニティ・スクールという選択がそれぞれの. 故郷を作り上げようとした。その過程で地域としての共. 地域社会に適合するかは未知数である。地域住民の努力. 同性を育んでいった彼らの関係性は「子縁」という表現. なしには成功しないだろうし、努力したとしてもすべて. で呼ぶのがふさわしい。そしてその関係性を象徴する場. の事例で成功を収めるのは到底無理だろう。しかし、現. 所として秋津小学校がある。学校と関わるのは直接保護. 在の学校を巡る問題に対して一石を投じるものであるこ. 者に限らず、むしろ子どもが卒業した人のほうが時間に. とは間違いなく、秋津のように現実に成功している事例. 余裕があることもあって積極的に参加している。特に男. があることは将来的な可能性を感じさせる。. 性の学校へのコミットメントは特筆すべきで、図書室や 裏庭に設置されたビオトープも父親たちの手作りである。 4.おわりに 学校側も地域住民がサークル活動などの際に学校に自由. 著者は持続可能な人間社会において地域共同性が必要. に出入りすることができ、地域の祭りには学校の教室や. だと考える。そもそも共同性とは社会的動物である人間. 校庭を開放して場所を提供するなど、実に積極的である。. にとっては欠くべからざるものであり、自己を取り巻く. 学校と地域住民との相互理解がしっかりしているために. さまざまな共同性との連関によってアイデンティティや. このようなことができるのであり、それは制度としての. 社会性を作り上げていくものである。前近代に中心的な. 学校を超えたコミュニティ・スクールの目指すべきあり. 共同性としては地縁と血縁があるが、そのいずれも現代. 方の具体的な形だといえる。. では紐帯が弱くなってしまった。血縁はまだしも地縁に. 4)第 4 章. 関しては、移動が容易になり住居が流動的になったため、. 秋津地域において上記のような実践がなぜ成功してい. 地域によってはほぼ消滅していると行っても過言ではな. るのかをジンメルおよびギデンズの理論をもちいて説明. いほどである。代わりに社縁、サークルなどの新しい共. している。制度としての学校が硬直化した関係性を押し. 同性概念が生まれ、共同性は個人が「選択して」属する. 付けるときに、そこでは個人を「教師」や「生徒」 、 「保. 社会に付随するものとして捉えられるようになった。. 護者」といったカテゴリに押し込めることで成立させて. このような状況の中で、著者があえて地域共同性に注. いる。それは学校という社会における内的な側面(社会. 目するのは、そこに子どもという切り口を加えるためで. 的役割期待)のみに目を向けたものである。しかし、人. ある。ある程度年齢を重ねた個人であれば、自らの意思. 間は学校に必ずしも適応していない側面(社会外的な側. で属する社会を選択することも可能だが、子どもにとっ. 面)も持っている。従来の制度としての学校では外的側. てその選択肢は決して多様ではない。なにより生れ落ち. 面は意図的に無視されていたが、それをあえて前面に出. た場所から子ども自身の意思で移動することはほとんど. すことで全人格的な付き合いが可能になる土台を作り出. 不可能である。そう考えると、子どもにとって地域共同. した。つまり、従来型の固定的な役割期待を解体したの. 性の必要性は以前と変わりないのではないか。そして子. である。. どもが次代を担う存在である以上、将来的に彼らに担わ. また、彼らは保護者ではない地域住民が学校に関われ. れる大人たちにとっても必要である。地域共同性は大人. るように「地域の大人」というカテゴリを新たに生み出. ―子どもの縦軸と同時代に生きる人々の横軸とをつなぐ. し、自らをそう自己定義することで PTA 以外にも地域社. ものであり、それがないと持続可能な社会を形成できな. 会と学校の接点を増やすことに成功した。ここでは一旦. いのではないかと憂慮するのである。. 解体した役割規定を読み替えることで再帰的に利用して. 学校は次代を担う子どもたちに大きな影響を与える。. いる。そして地域の共同性を作り出していったのである。. その意味で学校を考えることは我々の社会の将来像を描. ギデンズの理論によれば、彼らの行為は実践的意識の. くことに直結する。人口減少が始まり、少子高齢化がま. 表れである。彼らは間違いなく意識的に役割期待の解体. すます加速する今こそ、学校を巡るさまざまな問題を真. と創出を行っている。説明はできないにしても暗黙知の. 剣に考える必要があるだろう。. レベルで、彼らは近代のシステムである学校を現実に適.
(5)
関連したドキュメント
コミュニティ・スクールの制度は、平成 �� 年4月 に導入され、平成 �� 年4月1日現在、全国 �� 都道 府県で �����
平成 26 年 9 月 17 日 千葉大学
4 コミュニティ・スクールの指定の予定 コミュニティ・スクールの指定の予定について は、「今のところ予定はない」が
の空間でもある。記念誌に寄せられた卒業生の
《名張高等学校》 学 校 の 特 色 ○ 全体像
区 もあ る。また、 A中 学校 の特徴的な ところは学校 と地域 とが密着 して教育活動 を行 つ てい ることである。小学校 の総合 の時間では、地域
・コミュニティ・スクールの推進等に関する調査研究協力
2 4 ヒアリングについて (1)ヒアリングの対象