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『宗教研究』217号(47巻2輯)

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(1)

――目次――

論文

1,

人と地:『バルナバの手紙』6・9の宗教史的背景をめぐる考察, 水垣渉, Man and Earth, A study on

the religio-historical background of the Epistle of Barnabas 6, 9, Wataru MIZUGAKI, pp.1-21.

2,

S.キルケゴール『哲学的断片へのあとがき』の構成と成立について, 小川圭治, Die Entstehung und

Struktur der “Nachschrift zu den philosophischen Brocken” von S. Kierkegaard., Keiji OGAWA, pp.23-52.

3,

伊勢神道神学発生の一基盤, 鎌田純一, The Foundation of the Theology of Ise-Shinto, Jun’ichi KAMATA,

pp.53-74.

4,

四国遍路における接待の意味:有田接待講の場合, 星野英紀, Shikoku Pilgrimage and the Meaning

of Settai, Eiki HOSHINO, pp.75-96.

5,

袈裟史における道宣の地位:六物を中心に, 川口高風, On the Role of Nan Shan Tao Hsüan (南山道宣)

in the History of the Robe (K

āṣāya), Kōfū KAWAGUCHI, pp.97-123.

書評

6,

井門富二夫著『世俗社会の宗教』, 藤井正雄, Masao FUJII, pp.125-130.

(2)

人 と 地 ︵ⅠⅠ︶

、はなはだ難解で

はないが、主として

に 考察を加えようとするものである。

後の文章を引用しておきたい。

主が アブラハム、 ㏄ )

地を嗣 ぎなさい

ヒ、色

がたに現われようと 八の 日 /@@7 ゴ Ⅰ 01 / ナ ベ の が Ⅱ 手 紙 c= , 的の """ / Ⅰ のの 九 }C のの ま | 次 甘 。 の 宙の よ

一口薬 が 見 え る

ー﹁。ハル ナ

。 ハ

の手紙﹂六・九の宗

敦史的背景をめ

ぐる考察

水垣

(3)

書 に見られる通りで 的・内容的にスムー の nF ヰ % 卜は 、 ㍉ バル 主張の根拠となって

だからである﹂という一文が前後の文脈 と文 休 ス につながっていないことを意味している。

種の註解 書 、研究 てい る一 る 。かれ かたまり によると、﹁ 六 ・ ハ| 一九は 、 の 終末論的な註釈である。 そ のほか 元来、 新しい創造を扱って のことは、何であれ、 一 い 、モーセ玉書のまとまった章句にたいす ︵ 7 ︶ 一次的である。﹂

の 類似を認めうつも、

0 との関連を重視し ︵Ⅰ 吋 ︶ ︵ 6 ︶ ︵ 5 ︶ ︵Ⅰ ギ ︶

、今日もっとも有力

に 洗礼に舌口 没 してい

動機としている。

内容的に一まとまりを成していることは、 一 般 に認められてい

行 なわれている。一つは、ロバルナ バ の手紙 L 全体、とくにこの 個

三ロ

っチ巳卜リる

。なぜなら人間は悩め

・。

ス グ l サ る 土地だ からである。実にアダム (li0) 2

(4)

している、との解釈を採

。そこで残された解明の

によれば、 コの Ⅱのロり T ロヱ| ㏄ 一 一

必要はないことになろう。︵

9 ︶

う ち顕著な用法は らの引用を導入す 後の文につながる

かで用いられて ぃ

も ﹁なぜなら﹂と 訳 る 、 よ る

が 反論の根拠とし

ことは、この手紙に ︵ 8 ︶ a と九 b との関係も明確ではない。

よ う に、伝承である。さらに六・九のなかで、 前半︵Ⅱ六・九 a 、 ・・・﹂以下︶は そ

直接的ではなく、 九

解釈を意味する﹁

(5)

イ ア こ て い る 間 ゆ ェ ゆ ダ え ス え ム pC Ⅱ tC Ⅱ

" 人 " 人

人間

人間

R

前、 、

R Ⅱ イ Ⅱ ア

受 ェ 土 ダ

受 土 難 地

こ宰寂こ翼

す か 「

ね 天

。 酌 人 ら 六 人 ・ こ 間 八 の 九 」 l 個 b な 一 所 を ど 九 を 中 の に 解 心 諾 は 明 に 表 明 し す 象 示 ょ ㌧︵ 田 的の コ ︵は 、 そこでかれは、六・九 b をふた 一| 二章に﹁大的﹂人間と﹁ 地 ︵Ⅱ ル ︶

らである。

0 あヨム

0

がのの

ゴ 出ロⅤ

ないことになる 0 そ

可能にする条件を与

つの提案のように、

、より蓋然的であろ ( Ⅰ 12)

(6)

触 することになった。

境 のなかで伝播しひ

に 、大地が受動的、

ゑの 背後には、大地 が 必要になる。 一 一 遍 的な観念であ の 関係、な の受難にっ しかしな 現を生みだ ゴ 0 由の曲Ⅴの も 、著者に

キリスト ぇ られる。

という 表

m のづりのの |

あるより

すること 創世記 L 二 ・ セと 一 と二より、人間Ⅱ土地Ⅱ

(7)

引用のすぐあとにも見られる。 ︵かれ︶

本数 的 表現に結びつけ

このような

、したがっ

しているよ ︵㏄︶

し po 的の由のの

万物の原

︵ ゴせ ︶㎝︶で 考え方を て女神を う に 、ギ Ⅰのの︵︵ io の 理 として ある、 と

える表現、ヘ

% の

qqu

ま | か り い Ⅰ の え 尤 よ @ 紀一 目 Ⅱ 世

仁弛

ト臣

白目

㍉ 動 し

尤, Ⅰ Ⅰ幸 臣Ⅰ づ 笘 Ⅱ

Ⅰハ

Ⅰ下

出リト ヴ佳

㍉㏄

ま |

0

甘口 ざ

、カ 「

椅の

れ の の

の)

( t 8 ま ・) Ⅴ 仁 日 ざ ま のの よ ナ @ ホ曲 笘 的 隼 傾 向 曲 りト曲 を 忠、 実 0 Ⅰ に侠 Ⅱ 臣 し ナ, Ⅰ し て で曲 し Ⅰ る が汗

スティ ヌス 卜は日神

われの注意をひくのり は 次の文章である。

(8)

人 と 地

ョ Ⅴ、すなむち箱型

きわめて特徴的であ︶

目 日ソは、﹁受動﹂、 ひ

で、この語は神話白 7

女性﹂の 対 ともな ︵ 笏 ︶

ことからも言うことができる。 しかし両者の意味は同じであろうか。

Ⅴと言われている

れているから、﹁質料

、﹁形相因﹂︵ nu ロの が ︵ 荻 ︶

ある。

して展開されて ぃ

曲 ︵︵ 0 えてと 内ソ 小の ド りて 払柵

問的 権威たる地位を

ト 教の神観を顕揚す 25

︶ o

していることは、 ︵四︶

力巴 、の メ の ヨづ 三日ののの口コ 宙 け目白目。 隼か笘 Ⅴ

(9)

い ま 富 で 蓄、 が し

。 ヘ 瀋の斗 0 口紅Ⅴ

ぃヰ Ⅱがの のゴ ppEm の︶を ︵㏄︶

が 用いられている。

言うことができる あろう。

の ㍉Ⅱが出自如 0 つ が ヱ曲|

明 もできないし、

ある程度広まって

ありえたとも推測 できるからである。︵ 8 2

き 入れられる良き土地し

ゴ 0

Ⅴにたいしては、 ︵六・一六参照︶とが対をなしており、終末 ﹁能動﹂にたいする﹁受動しの意味が認めら

よ う に 、

はなく、

0 における

土地﹂︵ 六 ・

、 ﹁わたしたちは専制 以上の ヨ日向 ロ 諸点を 笘隼めヨ ㍉ /

で白

ル目

ナの

/ で 0 日

L 目

こ ろ 。 (

Ⅲ)

こ 材 で も 対 「 」 iC よ る 思考 が存 在 す る が そ れ ま | も ま | ら予 (116)

のことを、 入 りは 曳巨 ︵

(10)

人 と 地 ている。

訳 されるとは限らな の 比 倫的 解釈は 、テ 述べているように、 日コ 臼茸Ⅴ、八方 uqO 念 が一様ではなく そのために古人 ︵Ⅱ 波 ︶ ︵㏄︶

、﹁上と 灰 ﹂を マ 9 ( Ⅰ ]17) い ク 、 ラ / Ⅰ ム 0

%

た 哲 と で を 呼 な 結 ざ 幅 の ん く び で " っ ( な も 響 い 支 け る

性て

が そ Op 大 大 れ

地 塊 を は な 「 を し あ と す 模 デ

自身、八的のⅤの 観

Ⅴでかれは次のよ う な 意味のことを述べている。 せ 概 い さ 念 て れ で も よ Ⅱ O

の こ の し と あ か ㏄ づ は い し い

、奥

。だに

O 味 隔 り あ た シ よ り る リ ア し ば 教 で ろ が あ 五 苫 う ,り

{ る し テ ン の 。 か 註 。 口 ち K

ア ヘづお違は

ぎこ

サ 拐 ・ の ド

、っな

ア の イ がりがきわめて八ロ (Ⅴ 曲 佳 ( ざ ( が ぅ と す き ち い い @ こ の 解 と 択 る 糖 お わ に 思、 し い せ ヰ Ⅹ Ⅰ ロ )

ま ,甘 い 意 ら 味 と れ 円 て 容 { い lC }C る お

(11)

的霊 ︵息吹︶なる ︵ 邸 ︶ ︵Ⅱ︶

地 的人間は、﹁地から ︵ 蝸 ︶

いるわけである。 し ︵ 4 7 ︶

っており、八三器 3 Ⅴ

呵っている、と解されている。 ︵ 佗 ︶

べている。

ロオ 0 コ簿 ︵ 鍋 ︶

は 実を結ぶのである ︵㏄︶

、壊廃性を象徴し、 ︵ 3 7 ︶

れている。

活 ︶は天的な起源 ︵ 鎗 ︶ ︵㏄︶

、それが人間の魂 と ︵ 如 ︶

元説 もある役割を演

には、﹁ 天|地 ﹂ の 対比である。

地均し人間という ︵Ⅱ︶

ができるかどうか、 訂 しておかねばならない。

リコ ︵ Fq の で 0

しと

(118) 10

(12)

ギリシア思想とに と 地 て い 「 る 受 と 動 思 、 的 わ 質 れ 科 る 」 の 地 観 的 念 大 に 問 っ が い 形 て 或 は

れ 剤 た 道 十 者 は が 質 無 料 秩 で 序 あ で る 受 か 動 ら 的 で な あ 実

%

。(

穏 ) 秩 序 づ ける ) ( 5 7 と 一口わ れ て い る と き }C 含蓄 さ れ ( ⅠⅠ 9)

的 運動の契機であ

﹁男性 | 女性しにお ける能動 | 受動の範時を超えている。 特殊化されると 重要な個所であ ず 、作用を蒙る と 解している点

いる

考え ︵ ぬ叩 ︶

の極

、人 ある。ただし、 ブ イ 六・四を註釈すると つぎに、 ブ イロン れには、まず、スト また自然において、 ︵ 乾 ︶ れている。神と 被造 づ 0 ∼ 乱コ ・・・・ ぃ隼 Ⅰ 0 二年の

︵㏄︶

れている。 ︵ 冊 ︶

の 主題に関わりのあるものをあげてみよう。 カ卜 ︵ 由 Ⅱ︶

︵㎎︶

ようとするところに

(13)

め 味 て 深 耕 、 : ⑧ 馨 顕 い 約 {C 者 の 聖 で は 書 種 の 人 出 兵 の 倉 U 造 を き刃 め

る と い ゥつ 思、 想、 は存 在 し よ @ い の 点

で 紙 ・ ま わ L 八 た れ の ま わ れ ま 弔 ㌧ 由 ぬの

の 見 解 }C 轄宙 尺土 已、 を 表 し

ナ ・ Ⅰ

を 及ぼしているか

手紙﹂では、﹁創世

可能なことであった。 た 、神話を解釈するための 範

し 、解釈のための概念であ する。六・九 b は 、 ﹁ グノ したがって、この点では、 びつけられていること、すな 時 でもない。それらは、人間を解釈する ることは、 せの ︵ ro の場合と同様である。 | シス﹂の伝承のテーゼにたいする数行 つ め﹁ qol ブ イロン と 同一線上にある。 し ね ちその人間論的解釈は、フィロンの 段 。 天と 地が。したが とである。このこと

Ⅴも ヘ 軍の 0 オの Ⅴ (1%) Ⅰ 2

(14)

﹁しかし、あなたがたが渡って行って取る地は

山と谷の多い地で、

にすぎないと見られる。︵ 3 6 ︶ と

﹁バルナ バ の手紙﹂にも共通する思想 圏 に一層 接近することがで

。両者は、ヘ % ︵Ⅴで

くとも意図において︶

の 態度を説明して ぃ

て 、六・九 b は人間

らわれているのは、

という表象は、それ 八隅の㏄︵ ゴの寓 oE の曲⋮Ⅴ

さらしものにするわけであるから、ふた

いる。﹁たとえば、土地が、その上にたび

にあずかる。しかし、 ぃ ばらやあざるをは

ぅ 。﹂︵口語訳聖書︶。 六・七の冒頭は、原文では、 たび 悔 改めにたち帰ること たび降る雨を吸い込んで、 えさせるなら、それは無用

ちり堕落した場合に

(15)

を 暗示するもの

が 舌ロっている, の

に イエスに対す ︵㏄︶

述べている。 こ

の ﹁ 地 ﹂が前提 ︵ 辞 ︶

れていると解す

のであるから、

すなわち二つの 地 という観念は、六章との 関 連 で言えば、﹁ 乳

何者に終末論的 に と こ る さ こ る は が 約 蜜 れ こ れ で 怖 、 認 説明と無関係ではない は、男性的原理として る、との観念が見出さ いる水と土との結びっ とは、小論の範囲を越

0 双方が相働いて作物を産み出すことにな ︵㏄︶

てさして重要ではないが、この説が指示して

六 ・セー ハ の背景と関連してくることは明ら

国 ﹂のことであるか

蜜の流れる 地 ﹂に 照

の雨という観念を含 ︵㏄︶

、 Ⅰ ヘ ブル人への手紙 L 六 ・ セの 宗教史的背景 に関する次のような び 22) 14

(16)

人 と 地

、 救いの時の場所、

ト 教にも知られてい

かしながら、異邦人の

ナバ の手紙 L は 、謎 ︵

釈している。 ハグノ る パレスチナの尊称 ﹂Ⅱ﹁ 神 礼拝﹂Ⅱ﹁ め不 者において、﹁ 土

特徴的である。 用いられており、

体 的な過程が、﹁土地﹂と﹁ 水 ﹂で説明されて いる。八的のⅤに

であろう。 水

﹂と﹁

土 ﹂

説明しょうとす ﹂と 向へ 司 Ⅰ ノ つ、, Ⅴ 解釈 との る 試

される

6 9 地と

フル

人へ

。前者の後者

解釈が前者の場合よりもはるかに明瞭である。

てい

と緒

(17)

紙 つ 八 で し い ま ぜ し

の バ に の そ は バ

月、 aC の た で も あ

の 以

上 し

広い

のⅤ 合し でな の か も し の

Ⅴ の レ の と で 二 ュ の あ ズ タ

結 っ ム ヤ び た 灼 灼

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臼 た 釈 ル 01 折 在 億

して

Ⅴ と ヘ 妃卸 衷 約 の Ⅴ な い の の 結 千 手 び

て た な か 土

宗教

ルナ よっ その れは バ て 土 、 と 0 畳 拙 さ を 手 穣 は き 一 紙 を 、 に っ

お わ る 景 す 笘 れ 以 を 土 な 地

もが上

あ の で た

は福

く 、土地は肉の姿をとったイェス 宍 バルナ バ の手紙 口 六・八以下︶ 6

ルナバ の手紙 b の 著

︵ ヨ曲づ Ⅱ 0 の 片 セコのの 0 ︶

かひ

︵ 竹 ︶ らのみ理解されうる﹂。

(18)

うないが、われわれ

ことであると舌口わね は ならない。

セ 一頁。 ︵ 2 ︶ 三 小田沢、五九 |六 0 百テ

侍 Ⅰの曲 ざ wo 臣 0 ゴⅠ 臥由 。

ココ の "

田舟 由 Ⅱ コ 0% 円のの田の ヨ の コ ︵・ 目 c 下 e とくい ののの コ の。 プ曲持 鼻の・ トゆ 白の・の 円 1. のめ

es の oE ぺ ce の , ㌧ い 宙の ト の 由 H. ㏄ か ー の の

ers 曲コ隼円ゴ e ギ 口笛 c ガ由 ㍉ 0 且 コロ・ 0 Ⅹ 下 0 ト隼ドの のの, つい 1. ㏄ 印

20 コⅠのⅡ ド ㏄ こ リムのもく ぺ oq ガい の壌の ,ゅ ㏄ ︵ 8 ︶の。 オ 二 %.0 Ⅰ・ 0 岸 ・ ,卜 ㏄ 1@ のド

シス的文体の特徴を

由 づけが、われ

あることを考慮しておかねばならないけれども。 ︵ M ︶㌧ ふ港コ ︵・ 0 づ ・ n ざ ・ , Q の

げ中Ⅰ 0 降 op ずい す e コせ曲 ︵ er の ,

や ・目ミ コ pnF. 叫 と

いる。 ケ下 人

コ Ⅰ︶ 一 Ⅰの 臣住 0 コト の

(19)

めト ・ 卜づ ㏄ コ ・ 申申 ︵ ぱ ︶ Oh. ミ くぎ 曲ぢ nF.o づ ・ 曳 ︵ ,, ㏄ ひの ︵㎎︶∼ 岳ぬ e コ ︵・ 0 づ ・ 出 ︵・・ の の お )

さ ︵︶の 0 屈ぺ 。のの 0 ダぺか ︵・ ∼ e ロロ e 垣出Ⅱ め, ㌧の ふ の トめ Ⅱ ぃ ・ ドめめ片 ︵ M ︶ 木 ︵ ph ︵・ 0 づ ・ ゑ ︵: め ㏄ h. の h. H OOq. H の・ ト靭| かめ ︵Ⅱ︶ Oh. ミま ざ 0 オ ・ 0 づ ・ 乱 ︵・ , のの 卜

頁 参照。

偉ヨ 勾のⅡ 屈ヨし毛ヨ甲

Ⅹ せ ︵ トひ

耳臣 ﹁、 円由 まコ め の ロドゆ ド没・ り,ド卜め

ころが目す ハぎ ⅡⅥⅠ ︵ れ ︶ 口ざ のの コ ののⅠ aer ヱ o の 臣トの卜

0F 臼こい携, Ⅰ プ Ⅹ せ卜

ま Ⅴとしている

コ些ぢ ︶のみが 欠 けていることになる。 ︵ ぬ ︶下臣㏄仁海 ぎ 由り・早ま き Ⅰ色目い㏄・ ひ HH

・ い の㏄

︵四︶ 下 縞目 ゑぎ珪 ・ 目 。 ミ ・Ⅰ色白 お ・ ひコ ︵ 穏 ︶本論文四頁参照。

の ㏄の 0 屈 Ⅱ ce タ ㌧ 曲 二のいのの ぃ ・㏄ 肚 l い N い ︵ M ︶㌧ 寸 ︵ 0, 三の コ の メ の コ 仁のめのの曲

(20)

人 と 地

50 49 48

㏄, is,

目き

pp

Ⅴ・ 乙 八口 曲庄 のⅤ・ 0 ドコ づォ のウ オの 毛 のぺ 0 ヘ サ臣 は臣ヨ 之の 屈の づ es ヨ 0 コ 19 (127) ︵ 丑 ︶㌧ 巨 0, ロの 0 口田由 0 ヨ 目庇 窩 ・︶ひ い

0 ︵ ダミ ののの・︶ ド ゆめ㏄︵ 卜 臼憶 ・ さ乱お隼 ︶ ,ひ 1 % 参照。

ヨコ おの︵の 0 ヨロ ・︶ ロ

コ のの づ Ⅰ︶田め㏄

る主 0 のⅤ。 ︵㏄︶ 下 0 ︵ 轄 q. め 0 ︵㏄︶ OE. ぎの 盤 ・ まい の・ 臼 ・目鼻 の ︵ 辞 ︶ Oh. ぎ乙 ・・早め∼・ P の︶・ NH の

三中ヰ 0 目・ 目む棄

的な意味﹂としてそ う 述べている。

臣 0 の 巨 0% 0 ㏄ヱロの コ ガ 0 の ヨ P ⋮の コ銭臼 ﹁ ひ ⅠのⅠ 0 口 0 口のⅤであろう。 ︵Ⅱ︶本論文四頁参照。

の 5% Ⅹ つ 年年三目かの・

の Ⅱ ︵ M ︶ Pm の・ 田 r. Ⅱはの・の㏄ イ ︵ 蝸 ︶ ロヴぎ ・ , ︵︶ N, ぴ H. ︵ M ︶ ロヴぎ ・・ 目 N, ヰ ・ nh.HHN, ㌣ @ イ 出のⅡのの PN, の づ

づ 0 タす 0 口 毛 。 あお Ⅴ

(21)

﹁エゼキエル 書 L 二 ︵ M ︶ 甲 0 ゴ mq 口 まヨ︵の ゴ の﹁・︶ い か・ⅡⅡ お ︶ 0E プ 0 曲 ノ目ひ

の寸のの ざ住 ﹁ ぎ qpq ぜ ・ 狗 Ⅰ 0 コ Ⅰ。 ロ ・の曲 目ヴサ m 巨幅の ︵呂ののの,︶ ド の白㏄︵Ⅱの つ n. ︶・ ト ㏄ 肚 ︵ M ︶の rm ﹁・ め A, のめ ︵ 梼 ︶Ⅱ ヴ 山ロ・・ め p,q の ︵㏄︶ ロす日 ・ , N か ・の ト

︵㏄︶ rm の・目ロ, H H め ・ ひト

のコグ の 0 岸 Ⅱののの 0 下 Ⅱ 缶 ︵㏄︶本論文二頁参照。 ま 0 二コのの いべ N. ㌧ 曲 ふ めト の べ ︶ , い い吋 Ⅰ

のコト の壌の︶ b. め ㏄ ト ︵㎝︶Ⅰ 圧ロ ・・ の めの 叶ド

分 けにされた︶を あ

えの場合と同様

目ゆけ卜 ・㏄ ト

曲コが ︵㍗ 0 コで 0 ︵ 0 コ ︶ を

はないかと想像

・ めべ の,世一 c Ⅱ

0 人間詩的解釈が行なわれていることになる。

めか,のの 申 ︵㏄︶ 三 小田 沢 六五頁。

(22)

人 と 地

ⅠⅠ

( アサ Ⅰ ( l 90 Ⅰ ( l うん イⅠ 二 00 ⅠⅠ

Ⅰ(

ク Ⅱ AU ( 介 ムリ

句碑

はる " 0 壷 円

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以下

)とに亡臣Ⅰ Ⅰ の ヤ い 0

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コ の) コ 巨, る Ⅰヰ音 ( バ

つ むヴ

匡さ五

の Op 目 1

臣 O つ 文

に人

P%

コ め (

保育

毛 c

21@ (129)

(23)

丁 哲学的断片 へ のあ とがき コ の 構成と成 立は ついて

させ、﹁田舎へ行っ

2

のがあった。

て 論じられた問題︵

ぐって論じられてきた

のの ゴ の 曲 ︵ , l ㌧ q0 サピヨ, った 。そこに提起されている問題のなかには、 たとえば次のようなも ﹂は、キルケゴール自身 ︵ 2 ︶ e 、あるいはその﹁中間 点 ﹂ たって見られる﹁美的著作﹂ 的な﹁転回 点 ﹂なのである。 ︵Ⅰ︶ が、かれの﹁全著作活動の転回 点 ﹂︵ ぺ甲 ︵ 口ぎ 目ロ コ討 ︵注︶であるといっている。 したがって本書は、キルケゴールの思想

幸治

・﹁あとがき

b の問題

S.

キルケゴール

構成と成立について

(24)

の 構成論理である 実 らい、キルケゴール べているところは 非 フラーテル・タキトウル ヌス の読者への手紙﹂ とか、本書の第二部 などがその例である の 実存の三段階とい とんど皆無といってよい。それは﹁非学問的﹂ な ﹁断片﹂という 表 に 自覚している キル 。そしてこの問題を る 。 しめるはずであっ るようになった。 そ されているという 見 味を明らかにし、 キ な手がかりは、 向哲

の 構造を解明するこ (132) 24

(25)

圧 哲学的断片へのあ とがき ロ の構成と成立について b の問題﹂という 見 上 の一般啓示と梓 する。﹁ドイッにおい

られる。すなわち

る 信仰でもないとし ル についてだれがも ︵ 5 ︶ は、 疑いもなく バル ︵ 6 ︶ ・デー ム に対してい 断絶面に注目し、 ヒ には、一九二一 0 年代 的な理解だといえ 全体についても考え 、その部分でヒル シ 近の G . マランチュ 発展過程の相互関係﹂ いる。︵ 8 ︶ じられる。 A と B 25 (1 お )

(26)

面 に注意する立場で

中心とした論争は ︵ 9 ︶ 、

論点にかかわるもの

うとしているのかと

らに H.M. ガレリ

。これは少し極端な

能 であり、 目 あとが

である。

重要な鍵であり、

四つの例をみてもわ

説の構造にしても、

問われている。第二

おいてとらえる場合

特殊性の立場を代表

狂的主体性と超越的

、 ﹁いかにしてキリ

なわち真理としての

あるだけではなく、 (134) 26

(27)

『哲学的断片への の い と 偏 る こ B に 。 の の

が 成 約 い 二 の な 6 部 ア も の に ン の で 分 バ 」 あ け ぅ が る ら ン と が れ ス り 、 て は 扱 第 い 、 わ 一 る さ れ 編 の ら

0 部 現 章 は わ に 二 れ 分 っ て

A の﹁激情的なもの﹂

0% あとがきしの主要な よん

があり、第二節では

A

ているのに対し、第二部

が 三節に区分されている

分 までしかないが第二編

理由のひとつは、 て アンバランスな構成にある。 い

える。 二 ﹁あとがき﹂の構成

あとがきしそのもの

27 (135)

(28)

またこの問題 対一 0 である 学的断片﹂の ﹁行論﹂の 四 構成 70 の Ⅰ よ B V S 共 ﹂ 古り と ︶ え ェ ま 表 B への

総和の の 序 論 そ 第 0 匹 第 章 第一部 傍観的問題」元史的考察」 て者 一 @c 飾 っ

は い 第二郎 穂弁的 考察」 「 て

学 と

研 こ 片 こ ヒ , tC の は 構 他 想、 の 付ま幸ワ。 ンチク 丈堆 で 章 方 に 同 な づ い 皆 % 弱 ィ た と "

に 」 区 最初にして最後の 言明 と 分 ひ が ぅ あ っ 約 り 四 虚 一 、 か る で っ は 成 げ

あ の 今 古 み 分 あ 、 で と っ な ら 破 る 本 り 節 量 め る 量 る 第 あ 第 て 図 れ っ が 書 " の に て と 比 の 五 る 二 大 分 て て " で

(136)@ 2&

(29)

仁 哲学的断片 へ 、キルケゴールの (137) のあ とがき コ

みたい。 三 ﹁あとがき ヒ

の成立過程

の 構成と成立について 容 的な論理展開に とがき﹂の各段階に 六倍であるの る 。それはまた、 は 一対五・五であり、 鼻 をもっという点にも現われている。 測 される。

る L しヰ 9 み れ いけ、同七の L し たのではないかと 推 ・ル の他の著作、 一冊に書いており、 ると、この不均衡 な 論理構成のとら

(30)

ン不ス ・ デ ・シレンチオ 著

V ㈲敬虔な話し方についての事柄

ヴィ

トル・

エレ、、、

。十二月二

0

日に

があるか、負い目

テル・タキトゥル

めぐる最初の論評が

、キルケゴールが

まさにかれが

月数回、近隣への

ものであるかも知れ

L

と題される予定であった。㌧

曲づ

計画どおり仕事が

には、大幅な計画の

変更、あるいは発展のあとが認められる。

れている。

C1%) 30

(31)

新しい質がどのようにして現われるか。 哲学的断片 之 。 ㎏ 範 八 歴 は 史 的 世

界歴

意味 fc 史 っ が い 次

にて。

第 活 字 1C さ れ る と き の 略 圧 で あ る の か

ている。

では、﹁ぬ冊 理 的問題 L と % よ の 構成と成立について ㈲神の審判。 ・苦悩の物語。心理学的実験。

㈹試論。

徒弟試験の提出作品。 A.W.A.H 。 編集児曹徒弟ローゼンプラーズ。﹂

至行路の諸段階 ヒ

れる。というのは、

恕 されており、のち

単純な V あとがきし

る 。またここに引用

のまえがき﹂をもっ 31 ( Ⅰ 39)

(32)

Ⅰ著作集 L 第六巻 二 二一ぺージ。︶ が、はじめは 向 哲学の一片、 S. れる予定であったことからもわか られたとき、著者もキルケゴール の共通の著者であることからも、 佳鯨 Ⅱの︶ 汀 Ⅱの コ の目口 汀 ㌧ 巨 ︶ 0 の 0 づ 牙山︶ oh の・ パ ︶のⅡ ガ 0% 曲銭 P 之 o. ごと題さ

り 、表題が コ 哲学的断片 L に変え

改よ り らた杣、そみ Ⅱ ぷ朋日あレし * 朋き ﹂ L し この二冊の書物の相関関係は明らかである。 の の 前 件 か、 が Zo. ト 飛躍について。

いて。

省略三段論法

結論。 二 一分論法。

ナ @ よ Ⅱ Ⅴ @ Ⅰ。 zo. ㏄実存とはなにか。﹂

ぼ 主要な方向づけ

キリス卜者となる

ている。

て 、ほんと う の 名

ともに、この小編

れた事柄にほんと

せ ・ い Ⅰ・ 0, の ・ののが (140) 32

(33)

と肢罪 という特殊的問題 安心したためか、それとり

在 証明の不可能性を論じ 哲

、 逆にキリスト教の 8 よ り

信仰を﹁あの幸福な 情

に ﹁哲学的断片 ヒ におい

り 扱われており、神を

罪を ﹁理解するための 条

いう 0 ついて

したあの小品自体の

田 ・︶という。普通は

意 深く読みとおしさ

ヒ がその場合の前編

史の衣裳を施しなが

おいては、

コ 哲学的

なかったし︵

P

(34)

(142) 34 に だ だ 的 で と 書 「 こ 教 啓

0

「 % あ "

い信示

のす。

だで著に

でれの

6 景

ジで

l Ⅴ

まっ

りて

哲だ屈

横木きと、

しのた

超は

越神

ろ に 著 明 べ 初 ソ 問 前 緒 学 と の の 対 ん の 概 う 果 は 確 き の か さ に 人 計 て 性

西安

証す遍さテ

ま 弔 ろ こ れ 明 遂 す が な ら て の な を た ぅ 公 の

法 」

にりさ

きでし

け片り

と 付 そ の な に ト

(35)

干 哲学的断片 Ⅰ 下り思弁 ハ 二 b 思弁的考察 B . 巧 あ の 2 教会 へ とが 1 聖書 舵 ﹁ B . Ⅱ 構

て の a 歴史的考察 き 成立 1 につ 、 る れ て い る し ナ, Ⅰ が て の 四 断 片 ま | ほ と ん ど 同 時 {C 書 か れ 力, Ⅰ と 考 え て よ い そ で @@ Ⅰ 丁ひ Ⅰ 次 の よ 尤 よ @ 構 成 }C よ 尤 て い ' て

の 続編。第二部

︶と序論でこと

0 枠をはみ出し

に 前節に見たよ

ある。

で、草分けの

分けプランは 、

た 断片︵ B.m ︶とともに、二つ折り四片の 一 つ め フォリオに 書 さ 構 ぅ 、 わ は か き 成 な も ら カュ 35 (1 ㏄ )

(36)

次のように展開されている。

1

レッシングに捧げる感謝﹂

ていることであ

ことを意味するの

あろう。そのかわり

リスト教の真理性の

れられる。したがっ

したと考えてよい。

Ⅰレッシンクに捧げる感謝

ということ︶。

信仰を得

誘惑。﹂

いず、﹁主体的問題﹂を論じることとレッシ

グ毛

その手がかり

( Ⅰ 44) 36

(37)

T 哲学的断片へのあ とがき』の構成と 成立について

の 内容はまだほとん

、つまり客観性の視

基本的立場の確認の形で考え直されている。 ﹁ B.W 問題設定

して。祈ること は、 神に語りかけることである。

他 のしゃれ好き 0 人たちの一人と立ち話をしないということ。 るのかである。思考規定の総体。 がいわれるのかである。

まさに情熱 そ のものなのだから。﹂

。しかしⅢの b の

いわば第二位置に深

出ている。このあた めたと考えてよいであろう。

込みでは、さきの

計画されているもの 37 W Ⅰ W45)

(38)

つ めは、なにを意味

ぬめ 幸いはその点

ることも最大の不幸であるということである。

対する無関心な

うことである。﹂

容 が相当具体的に構 恕 されはじめたことがあらわれている。

への手直しがなさ

係 のある点のみを 指

が 、全体が﹁ 1 レ

題の表現は多少違っ

㈹レッシングいわ

あるが、この原稿の

もまだ表題は変更さ れていないことがわかる。

が 、それは﹁ B の

書かれている。 つ ま (1 拍 ) 38

(39)

正 哲学的断片へのあ とがき』の構成と 成立について などの節分けもなしに書きつづけられている。 までに、のこりの主要部分が書き上げられる。 見出しがそのまま出てくる。 その次におかれている B. ㏄ ! ㏄は一まとめ れている。すな ね ち、 ﹁ B.

㏄論理的問題

ョ ハン 不ス ・クリマクス 著 ・ S . とあるのが次のぺ ー ジで ﹁ B. ㏄ ヘ 哲学的断片Ⅴへの結びとしての 八 ポス Ⅰスクリプト ウム ︵精神であるが冗長なあとがき︶ キルケゴール刊行﹂ 単純な V あとがき ョ ハンネス・クリマクス 著 ・㏄でみたよ う に B の は ﹁付録﹂の主要部分 ・兜に﹁付録﹂が 、 早 第一節までの草稿で であり、第三章の 1 か その内の ェ 、 2 、 3 る 。 B . 兜から B . ㏄ 0 ぺージ前後 づつか き 竺 という最終 稿の っに 表題の変更がなさ 39@ C147)

(40)

(1%0 40

表紙裏のモットー

べたように、これら

できないが、すくな

上った直後になさ

、第一穂に対する

S

と表記されて

ま |

﹁ B .

主体のかかわり

第三車レッシングのこと

1

、感謝

2

、レッシングの可能的命題﹂

書かれている。さら

のように変えられている。

S , キルケゴール刊行

(41)

﹁ B. ㏄ 1 レッシングに捧げる感謝 ある可能な弟子による

主体性はいかにあるべきか a いかにして主体的となるか ほ心 ﹂。

・如の検討から明ら

0 部分までが書き上げら

ちであることは疑いな

よ う に思われる。 ると、おそらく、第一橋

ってはじめて訂正され

くであると考えられ

めるとのメモがあるが、

部 第二編第二章第二節

という見出しがおかれ、 的

に、 まぎらわしさを避け

、第二章に、 81 、 41 (149)

(42)

ま序

わ 、 B. オ ︶では、 第

くと考えているようで

歴史の衣裳﹂を着せると

想は 、第一部﹁客観的問

あるが、第二で、これを

わりでとり上げようと 初 と 考える。すなわ

付最

二部は今日見られるような形では 構 ある。そして、さきに見たよ う に 日 いう﹁単純な﹂﹁論理的問題 L とし 題 ﹂で、聖書論、教会論、教会主な ﹁主体的問題﹂として実存の視点か すると、仕事は予想のごとく、自動 ち 第一部 想 もされ 哲学的断 て論じ ろ どの点か ら ﹁ い か 的に論理 ( 表 2) 回 あ とがき J ( 草稿 ) の構成 がき 碕何 一 2

一 b) 「,思弁的考察」 「主体的問題」

かる

体内地︶︶

約百﹂

体ソ

実性

︶︶

録 ︶ ab 付 。

一一一一

題 ﹂ 問 的 休 ﹁ 主 分コ のの 嫌 A 揃 B 輪 一一一一一一一 分コ 部 ム " 印 甘 結 壬 一口 にして最後の 言明 討から、さきに述べた㍉あ とがき L の構成のアンバラ シ スの原因についての仮設 は 、ほぼ裏書きされたもの s2 が第一

︶︶

& 、 B など うように、 文のどとく る ︵ 表 Ⅰ 参 以上のよ きヒ の草稿 編 、第二編に 、 が 1 、 2 にとい 今日の全集の本 に改められてい 照 ︶。 キノ な 円斗のレ しが の 成立過程の検 (1 ㏄ ) 42

(43)

午 哲学的断片へのあ とがき』の構成と 成立について 43 (151) 在 た て 冬 な 赤 紐 で い う づ ぅ 二 裳 の け に 部 」 応

あ の と っ 名 が れ を と が か 絶 こ で る 、 編 り 題

た所

。 、 き し ば 心 思 、 れ 対 ま あ 。 B 第 ス と 解 要 わ 例 て 的 で る そ が 四 卜 し さ つ の 明 と れ 外 い な で が の 策 章 教 て 引 用

「は

歴、

も ほ 朋 直 も と 洪 郎 け あ な 、 ぼ を 接 こ が の の る る る る コ 書 参 的 の き 章 表 宗 以 埠 昂 か ぺ か 照 に 立 が 分 記 教 上 こ

も ン れ し は 論 成 け の 性 、 こ 知 ハ た 、 確 の 立 の か A 実 に い す っ り い 食 性 質 た 因 て

先 ル 橋 か か こ あ あ 草 る 単 ト

の り つ l L 稿 の 雑 に 要 は 」 論 ジ い か 各 が 検 に 改 と 諭 と

理 ナ て の 巻 す 討 な め な じ じ

的ル

展の想

0

番 号 末

のて

べかりてつらう

ら、

いてれこ

柄 の そ U 確 分 る く な と に し こ 個 め で

別 く 伏 的 く せ 。 具 り ら 休 る れ 的 す て な る い

(44)

歴史的興味以上の

い のこ 目ずガ C Ⅰ 妃リコ ㏄の |

笘 コ日 リコサセせ ㏄ 0 0 コ

序論﹂に引用されて

れが歴史の出来事で

かかわる意識を呼び

口 Ⅰ・ g p の㏄・日立 旧

い て、すでに前節で

てやると ハ キリスト

のものなのである﹂

う 立てまえに立って いる。

次のようなテーゼに まとめられている。

者のことを、 向 哲学的断片 b のタイトルページ に人 出八炉た杣た ﹁ 五 断 ︵ 1

︵の 臣 ⑪ ぺ 何のが 目 ㏄ ゴ ③ 宙 ︶といっている。それが、 時間内に生きる人間

対的

超越とのかかわを

(45)

ニ 哲学的断片へのあ と がきコ の 構成 と 成立について グと 、その論敵で 正 |ジ 、とくにその 訳 ル 谷 べ の 作 土 る さ

に 、一貫して構想 論 が立てられて ぃ

録を永遠の真理の

口 &,0. ひ き,﹁ 著 もその右手に一切

れ にむかって入選 まつ るであろう。

H .S . ライマー

である。ここでは

o

同あ 論理が までを S. グ 見 ﹂に として

ような立場で

思弁的歴史性

m 、 N.F.

﹁比類なき 発

リエーション

論などが、 い 45 (153)

(46)

判 的に越える地点 に 、実存の主体性の立場を設定している。

れば、キリスト教の﹁唯一無二の歴史的事件﹂ としての性格も明

ケ ゴールは予想して

片 づかな い 問題があ

る B. 的には、論述

事象︵ ロ om 陣コ田の︵ 宇

ぎり解明しようと 努

式は二次的意義しか

は 次のような論点が

がなにを意味するか

もっために弁証法的 ︵Ⅱ リ ︶ ︵ 甘 ︶

派を左に、熱狂的改

それをめぐる ヤコ|

を 介して行われたこ

ここでは、啓蒙的 理

、両陣営を批判的に

は 、キリストの出来 (154) 46.

(47)

『哲学的断片へのあ と

﹁主体性が不真理で

といわれ、﹁主体性が

う 事実、つまり原罪 り

絶対的逆説﹂だとも

へと展開する。

ルケ ゴールが い お うとす ふん の 構成と成立について

両性こそ真理である

著作集 L 第八巻四二

性は 不真理である﹂

﹂というテーゼに 至

理解しようとせず、

なもの﹂の主題が明 確になりはじめたことがわかる。

できない。しかし

る ﹂との見出しの 下

という定式に対して、 矛盾にたえる思考の情﹂。二重の 傍点なしでくりかえされており、

い 。一行あげて a とその問題点が 証 法的難関﹂とある。この abc の

(48)

らかな相違点がみとめられる。

編 第四章第二節 8

て 、その冒頭でこの ㏄ )

﹁断片 ヒの タイトルページと﹁あとがき ヒ の﹁ 序論﹂における定式 ひ っに 書かれている。 て 決定される。 さ

のには不条理によら

の丑のの せ ︶ 幅 0 のが ヌ蛇ダの Ⅰ

が円 ︶Ⅰの圧ののが 目 ︶︵ 目 el

いかが 日曲かす目づ の隼のこ

﹁著作集 ヒ 第九巻一一ぺ ー ジ︶。 司 あとがき ヒ の 論述では、 い隼 ・ や

定式のあ い だには 明

(49)

牢 哲学的断片へのあ とがき甘の構成と 成立について

えぱ 、宗教性 A

との

殊 啓示、つまりキリ

法的二重性に 弛 なら 4 玉

なす

び 編までが書き上 レッシング的主 らなくなってし づき、それが、 き b は、すでに 物だと考える。

も、 はな

カまつ とが

6 着

があったのではないか、と解釈してみたい。 よっ あっ 極 する歴史性で

き ﹂第二部第一 点の確認とともにあらわれているのであ っな 新たな限定を ぅ けなければならな

。すな ね ち、 日 あとがき﹂の課題は 、

ることであった。しかしこの﹁歴史の る 。 かったのであろうか。それを すでに実質的には解決されて 衣裳﹂そのものが、不条理に

(50)

主 ;

Ⅰ抽が ヴ m. の セ ︶隼の コ 佳生・

一九五ぺ ー ジ

を 素描した解釈を許すのかいなかについても、 もっと立入った検討 ︵ 蝸 ︶ めて論ずるつもりである。

いて述べた 弓あ

﹁あとがき﹂そのも への新た によって A と弁証 対象とな いうこと 性も確立 論 的に対 とによっ

の 出会いに

情 的なもの

的 歴史学の

的 逆説だと

絶対的超越

越性 が二元

と 出会うこ

止 するのである。

㍉あとがき b 第二部 0

存的 構造論だと い わ 58)

形での 日 あとがき﹂ ひ

﹁断片 L の 八 問題Ⅴ

(51)

仁 哲学的断片へのあ とがき』の構成と 成

c ついて

ⅠⅠⅠⅠ 3 ( つ夕

2

・Ⅰ

( 11 ( O ( 9 ( 8 ( 7 ( 6 ( 5 ( 4 ( 3 下 る を 参 一 l こ の 言下 三

よ燕 いつ 司 る 同 - て 用

い の 六

り、

のと 生い 口 月 金

四 は すに 八 一 る す ぺ 童 部 る 性 分 。

以 51 (1%)

(52)

ては、の づ ・ 援由 き,の ・ き 9 同著作集 L 第九巻三八三ぺージ参照。

その他、先にあげの

(53)

伊勢神道神学発生の 一基盤 53

の 注進状をのせてい

りして、それは遥かり

より大分時代を下っ

承平四年

は 出来ず 、 ︵九三四︶ それが 既 に 、新政権樹立に成功 のとみられる。而して たシナ思想の影響もあ る点が多いようにみら いて、それは外宮祠官 同等と主張せんがため

神学も前代より習合した密教教理の影響、 ま

行政を基盤として形成されて行ったとみられ

国常立尊と詐称し、外宮が内宮より優位乃至

えその非を指摘してみたい。

鎌田純

ズム の基礎の上

(54)

信仰を高めたものと

られるが、またその

いうだけでなく、 硫

うであるが、そのよ

洪水で、多くの人々

宮人はなかったとみ

いたが、藤原氏の 勢

較 的自由に社寺参詣をなされるようになった。 また丁度その頃、社

たが、華厳経大法界

らえ、そこへの信仰

安 初期頃に既に山 嶽

をなし、識者に注目 ︵ 3 ︶

れる。而して白河上

貴顕がこれに続いて

述の如く一には藤原

時 かなり流行して ︵ 4 来 ︶

属 したとされるが、

何か一つのブーム と (162) 54

(55)

伊勢神道神学発生の 一基盤 こ 朝 間 代 に し し に あ で る 経 関 る 尤 こ " つ " 一 イ二戸 と が に に 神 政 、 待 る あ 。 済 政 よ さ と な に は 治 親 早 砥 浩 史 望 っ 例 豹 治 う て み フ 追

うが、そのよ

く 隆盛にさせ られるのである。

シズム と 呼べ

た 。従来の摂

不安があり、

いたのであ

望んでいたの

出現したので

的にも、人々

得 権を保証 ︵ 5 ︶

して 力 を発揮

政の上に 、殊

どの影響を時

が 伊豆配流の ︵ 6 ︶

った 。その 頼

を 示すような

宮などを崇敬 55 ㏄ 63)

(56)

国元御厨に立ちそこ

るのである。この神

、 寿 、水元年二一八 二︶二月八日には、

桂現 ︶

発させているのであ か に 神宮に祈願したのである。 たあと頼朝は安房 国へ 渡ったが、その十一日、 給之昔 。最初朝 御敷地 - 。安平治 元 処 。 廿 余年往事。

薪 御厨 - 。 重以可レ - 也 。︵五二妻 鏡 ︶

、それはまた結果

意を用い、その落慶

に対し直接格別の

6

(57)

伊勢神道神学発生の 一基盤 セ月 二日

謹上頭左中弁

殿 との如くあり、更にまた、文治三年 伊勢 国 没官領事。加藤大升 員随 百二具諒 - 之 間 。 宜 レ ニエ 停止 - 之由 。 との如くある。かく頼朝の神宮神領 うくするものがある場合、如何に信 二 一八 セ ︶ 。 令ニ 注進 - 之。 今日 被 ニ足下 に対する態度 頼 する部下の 六月二十日の条に 、 被ドニ二 地頭 - 之処 。 :。異状 云 。︵略︶ 一 、それは徹底したも 場合と難も容謝せず 彼 葦船工大神 のであった。 それを検断。 宮 御領 - 政二濫行 - 之由 。色 神宮御領を押領し、その し、それが頼朝の勢力の及 二所々 - 存在を危 び 難 い権 57@ (165) 御判

こヰ |

所レ被 。柳二道左中弁光長 之許 - 。 為ニ 奏聞 - 也。

- 之旨 。 成二 下文 - 。 謹以 進上 之候 。恐々謹言

乃 守利仁田 刀 守利 仁護幸倍給 借上 恐天 悪天幸中太牢人。

に 祈願しただけで

たものであった。 そ な ム ﹁ 乃例 遠計 天 。二宮仕新加乃御領 於 甲立 夫 。︵中略︶

二千百司民庶 秩 。 る 0 その願文のなかに、 賞志腸倍 。 兼 又吉

(58)

によって、神宮は経

に 至ったのである。

っ たと云えよう。 院

ズム を有していた

、伊勢の神宮なるこ

居たることから、 そ

基盤とし、また現実

解消する 頼 朝の権威 して、信仰を持つに至ったのであろう。

頼 朝の信仰態度よ

みられる。 頼朝は治

倉に 入っての十二日、

・。 令 三景 義執二 行宮寺 車す - 。︵五口 妻鏡 ︶

るようなところも ろ

どを始めていること ︵ 9 ︶

朝 自身、神社・寺院 のである。それは神 (166) 58

(59)

伊 が 伊勢神道神学に影 5 生 寿 、 杢 二年二月日 発

源頼朝

よう。殊にその中の恒例の

式目を守り仏事を別とし の 一基盤 していた。例えば 吾 を 記しているが、 な かに 許

㌔:真記

云 。 ︵略︶ 一 、諸社 事

2 曲。風聞出来

作文俊。 可レ被 ニ個 勤行 - 山。 殊可 。百工専御沙汰 - 候 。 一 、仏寺門事 穂木 レ聞 。無二用 @ 朝之 沙汰 - 。 至二 - 官兵上文中。研二 存 恩給 - 也 。 以前。条々 事 。言上 知件 。

(60)

との如く、ここにも のあったことが知ら た平安末期に盛んに 物語などにもみられ れるのであり、それ 次にその時代に国 は 、頼朝の命令を受 五︶三月 廿 四日の条

と 、頼朝自身にかかるわが国を神国とみる 観 念 ,

思潮としての神国の観念を昂揚したものとみ,

ある。

に 於ける大事である。吾妻鏡文治元年︵一一 Ⅰ / に 、その時の模様が詳しいが、中に 、 月 四日の条に 、

一回

レ被 レ ニエ 勧賞 於 神社仏寺 - 事

正 二神社 之 領 - 。 不レ 仏神。雨下 加二 冥顕 之罰

已開 。 如レ 無二光跡 - 。 候 。 顧 二仏寺 之領 - 。押領 之間 。 遂依 二具 各 - 。 セ月 - 給 正也。全非 二頼朝 微力 芝所フ及 。黙考 可レ 寺領 知 レニエ 可レ 竹二本所 - 之由 。卓司レ ニエ 宣下 -

。 頼朝は 、その時 ㏄ )

に 唱えたか否か疑わ ひ

二年︵一一八三︶ 十 響 するところとみられるのである。

(61)

伊勢神道神学発生の 一基盤

ヤウ

ーニ

有シの

ダヲシ ハカリ ツベ 、 ノ " 。 察局奉レ抱 三党 軍。 + 共以没二 海底 - 。

の 浦で入水のとき、

末と 云わぬ は なるまい。而して更に 其 後軍士等 乱二 入御 船 - 。武者 欲レ奉 。 開二 賢所 - 。

ヰ乏

間 。彼等 ま玉 : 後 朱雀院 今 。 猶 顕二神変㍉ 可レ仰可レ 情意。 その四月十一日に頼朝のもとに届いているが、 その中に

四日に京都に帰京されたが

権 右中弁 兼忠朝

ニ大宮 - 入 二 御侍 賢 新一口々。

う 懸命に当り奉迎し ている様相が知られす。また愚管抄

にち、︵

0 ︶ 巻互

(62)

︵ 穏 ︶

上疏 - 。 今就 二化垂問 - 。達三愚意 - 許也 。

。 用レ妓楚 建ニ引火

下指 二役朝 - 抹 有 。 祈

多 。 至 二千世 条 - 者。

可レ 被毛 ぎ 他事 - 之

- 之由 。竹二内外 - 。 ︵ 乾 ︶ 欺 、 誠 仏法王法滅尽 之秋也 。 息之外 無二他事 -

実は 、 ︵ⅡⅡ︶ ラス ニ 。︵略︶

与えたものとみられ

まに、後白河法皇が 後鳥羽天皇を践 作 させられたが、玉葉に 抑 宝鋤 ウ セ / Ⅰ ア ノ ン 事 王 法 / ヘ l 已 Ⅱ ウ キ テ 侍 疋 ヲ モ l 已 t ヰ尋 べ キ 道 理 定 テ ア / し Ⅰ ラ 案 グ ,170) と - 一 - ロ - 己 す が 更 @ ま 尤 " Ⅰ 62

(63)

との如く歎じたのである。

全くそれまでに で 源氏の追撃を ぅけ 大きな衝撃を与え ろ 重複したのである。 ののあったことが知られる。

察せられる。 盤 基 の神宮に対する庶民の信 対する格別の崇敬 心

ま えられる。 ︵Ⅱ︶

。 只以レ目耳 。 た と

日 即位式が行われ 。 兼 実は 、

哉否 。千波。間三

而放 下叡慮 弁 識者

(64)

の上に立 伊勢神 皇大神官 今世 記 ﹂ 二所大神

あった。

坐 伊勢二所

木記﹂﹁使姫

忠が ﹁伊勢

神祇 耐紗 ﹂

た 。それは当然の帰 ︵ ︶ⅠⅠ 7

こなしていたが、 そ 大きな国民信仰の上 代 以来の私幣禁断 に 信仰者を拡大して

始めたのであり、

ところをみて、更に︶

。庶民は先に熊野にひ

ものの、もはやそれ

ないが、そこには 前

とともに、頼朝の 出

て 信仰する 頼 朝、 わ

頼 朝の出現を機に形成されて来たのであった。

(65)

伊勢神道神学発生の 一基盤 て ら の に も が と と 倉 主 入 さ ら し 「 い れ な 男 松 と 日 あ あ

るるか

けに

本る夫

6

音詩がてに。

張っ

うて

何 瑚

%

も こ 法 頓 食 し に と 者 神 大 し に こ の そ が な

そ 奈 て に し 日

般 法 た の 援 的 之 神 閑 道 の 頼

は れ も 古 借 た

朝が

用 し 大 な - 息

係 よ 書に 書に な て の 事 仰 慈 て き 出 仕 り 影 も 強

神宮

みり

通り

古思

語想

「 豊 も で % 分 そ え る 以 神 得

ら で 思 拾 が 葦

か 斯 べ を 理 と の こ 頭 に 依

ここ

く仏し

低 て 守っ 推 な みら 上に 一 国 そ 渋 渋 て 測 れ 頼 政 の を を の で な 胡 ん 仏 退 避 祭 は い に だ 散

け け 儀 な か よ と

出 よ 式 の し と り 払 う 自 助 で の て る 天 。 教 と を 行 あ こ 改 と と し 守 で ろ と め も

る 謂 れ 諸 仏 し 伊 Ⅱ 。 さ よ ea' し 典 て え な 用 い ば

れ、

神宮

が 語 る 御 祠 そ 神

、 は の ら る こ 鎮 官 の 国 か の の 古 な 深 と 信 な 6c 情 思 伝 い ろ

初 念 る そ し み 記 期 の 語

65 (173)

(66)

尊厳につい

かも知れない

尊 して行った いのである。 とされた一点

それ以前の撰 外宮神道と称さ 響 であ

り、か

られな

金打

外宮

ような

考 型式が無関係とす

覚し、神仏習合の変

なものでなく、仏教

社 とは一線画したものとしての観方である。

二神明 之 霊威 項 。﹂ との表現構造は﹁貞永式目﹂の 、 一 、可 下 惨毒神社 - 、 専 。集福上妻 のなかの 、

か 直接的なその影響 をしのばせるものもあるのである。 (174) 66

(67)

︵㎎︶

などに載せられている

6

記紀二典の最初に記

としたとみられるのであ

であり、二宮兼行思想

︵ 騰 ︶

荒木田氏と対抗し、

なし、以て天照大神

せ むための手段とし

一の心理状態なりと よこしまがあるとの批難である。それに つ い 豊 受を月神とし、月を水に取り水は御飯 を欲 ふか。或は造化に 湿 し、或は理 説を以 塞 んす。所謂造工 妖書 妖言 ョの 徒にして莫大 と記したころより端を発して、 殆 んど通説と ﹁是等の諸 側 は 、 何れも豊受大神が天照大神 るものとす。即ち、彼等伊勢神道諸家は年代 ては、吉見幸和がぬ して内宮に相 雙 ばんこ と

舌口を費して人の耳自ら の 罪人なり︵五部書 説弁 ︶

中 より関係文を掲げ、

もの

なるを証明せ

はれたる国常立尊︵ 書

参照

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