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『宗教研究』臨時特輯号(*66号)

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(1)

――目次――

1,

仏教の社会観と社会案,姉崎正治,Masaharu ANEZAKI,pp.1-11.

2,

仏教における分別及び分別説と弁証法,宮本正尊,Shōson MIYAMOTO,pp.12-43.

3,

仏教興起の政治的背景,羽溪了諦,Ryōtai HATANI,pp.44-68.

4,

叙事詩における天文学上の比喩,ホプキンス,pp.69-83.

5,

カータカ儀規の研究(Prolegomena),福島直四郎,Naoshirō FUKUSHIMA,pp.84-95.

6,

六派哲学における神の問題,山本快龍,Kairyū YAMAMOTO,pp.96-116.

7,

原始仏教と種姓制度,増谷文雄,Humio MASUTANI,pp.117-136.

8,

宮廷貴族と寺院,圭室諦成,Taizyō TAMAMURO,pp.137-157.

9,

鎌倉時代までの仏教社会事情,「我国における宗教と社会事業との関係,

特にその歴史的考察」の一齣,谷山恵林,Keirin TANIYAMA,pp.158-184.

10,

寺領庄園の拡張政策,上代寺院と国家権力との闘諍,細川亀市,Kameichi HOKOKAWA,pp.185-205.

11,

現代フランス仏教学の一形勢,ヂャン・ピルチルスキ教授の仏教学,友松円諦,Entai

TOMOMATSU,pp.206-225.

12,

大乗経典の研究と宗学,法華経の原形を論じて宗学との交渉に及ぶ,布施浩岳,Hirotake

FUSE,pp.226-253.

13,

法華経における常不軽・薬王・妙音・観世音等諸菩薩の或る歴史的考察,渡辺楳雄,Baiyū

WATANABE,pp.254-266.

14,

藤樹学派の仏教観,高橋俊乗,Toshinori TAKAHASHI,pp.267-281.

15,

仏教戒律の問題,長井真琴,Makoto NAGAI,pp.282-285.

16,

支那仏教史と現存偽経,燉煌出土現存偽経を中心として,矢吹慶輝,Keiki YABUKI,pp.286-304.

17,

唯識思想の発達と其一影響,宇井伯寿,Hakuzyu UI,pp.305-322.

Posted in 1931

(昭和6)年

(2)

沸教の鹿骨叙といへば、それがどういふ内容を有するかといふよりも、寧ろ彿故には敢曾額があるかと

いふ事が第一に問題にならう。沸教の究尭理想たるネハン寂静が、或る批評家のいふ如く虚無でないにし

ても、それが梅めて塩花的の理想であつて、現賓の鹿骨をそれで詮明するとか、又は敢曾改革某をそれか

ら引出すといふ様な性質のものでない。叉責除から見ても悌敦の興起は出豪鹿行者の図鰹を中軸とし、そ

れ以外世俗生活は譲歩的に認容したゞけであるから、修行者の仲間には世事政論などは禁物であつた。そ

の修行者なり、又之に附随した準修行者の在俗信者等が、慈善を行ひ、利民の事業を興した事は、決して

無税してならぬ事箕であり、印度以外で彿教停道の隆盛期には、此等の密生利民の事業︵今で云はゞ敢曾 事業︶が重要の要素にはなつてゐたが、それがどれだけその根本の敢督戦から出費したか、又どれだけの

政曾実に基いてゐたか、頗る疑問になる。

それから又、所謂る大乗彿敦は餞程現贅的で、世俗生清の中にも梯敦の理想を委壊するを主義とし、現

葦に働きかけたと云はれ、特に日本儒教は此鮎に於て出色の特徴を蜃接したと云はれる。王法悌法の冥合

儒教の敵骨栽ご社食菓

偶数の敢曾観と赦曾案

妨 崎

正 治

(3)

併教の社食覿ミ赦骨案

とか眞俗二諒とかいふ名目だけでも、此の侍色は何はれるが、さて然らばそれ等が果して彿教の敢合戦融

合理想に基いて、世謝を指導し又は政治を匡正し、産業を某配したかといふと、恐らく決定的に然りとは

云へまい。聖徳太子の一撃二貿の理想とその葦蹟とは暫く別として、一般に彿敦では、理想と現賓との問

にどうも溝渠があつて、直に理想から出た現賛の指導力至匡正とは云へない。その結果は、やはり理想は

理想、現箕は現賓として、理想を現寮以上に標致して置くに終るか、又は理想を現資に降伏させるかに終

った。繹宗の如きは前者で、眞宗の如きは後者、而して帝宗は賓際の敦としては儒教の倫理を傭ひ素って

併教の補助とし.眞宗は短めて安易な往生安楽の信仰の外は、何も汲も世俗謳歌に終った位である。その 他諸宗についても大標同じ様な傾向を指摘し得るが、今こ1には述べない。

此の細く観察して来ると、敢食生活といふ事が非常に重要になり敢曾問題の族出する現状に勤して、彿

致は頗る心細い感がする。之と封照して、キヮスーの覿督戦とかキリスト教政曾芙といふ様な旗をふりか

ざし、且つ宴際に敢曾事業の数巣を駿げてゐる現在のキリスト教を見ると、彿敦は如何にも立ち劣るとい

ふ感がある。然し、さて然らばキリスト教にも元来その宿昔の本性の中にどれだけ融合戟又は敢禽案を有

してゐたかといふと、少くとも些棺青書又は新約書の範園に於ては、的碇にそれを聖見し得ない。キリス

ト教敢曾主義などでも、緩着は天の囲に掬するキヮストの語法を、或は誓囁約に鮮繹し、或は随分迂路を

回はつて引き出してゐるに外ならぬ。キリスト教者の中には、勿論此の言に異議を出して反抗する人はあ

(4)

らうが、天の歯に閲するキサストの言説そのものが多く誓診であり、信仰の要は天の父に頼るにあり、此 の大本以外更に適切に現賓の敢曾生活に園すろ直接の指導はないのである。再臨その他終末的信仰︵それ が初期信徒にとつては非常に重要であつたと思ふが︶をぬきにして、キリストの敦が倫理的だとはいひ得 ても、赦曾的だとはいへない。 キリスト教の事を論ずるのは今の目的でない。然し、的確に敢督戦といふぺきものはなくとも、宗教的 理想があれぼ、その光りに依つて敢曾を指導し、又はその中から能管的理想を建設する可能性のある事は、 キヮスト教の例に依っても見られる次第であるから、彿敦に於てもそれが不可能でないといふ事を示す食 に、一寸言及したのである。但し今までの歴史で見れば、敦曾といふ思想と又その賽際の組織に於て、キ リスト教は、俳敦に一歩を先んじてゐ︵此にはロマ思想の房助があるにしても︶、且つ近世になつてキリス ト教は、その天顔理想を現黄に連用する事に於て、此赤燐敦よヤ先に進むだ。而して現代文化に於て敵曾 思想が重要な位置を占める今日、彿教が感化を布かうとするならば、此卦に階して特に反省考慮を要する は無論の事である。而して此の考慮は又同時に彿敦の根本理想と現葦との関係に於て、過去の経験以上更 に再検査を要し,進むでは現代の難関に射する軽平たる指導の能力を検査して見るべきである。但し、現 代の必要に應するといふのは、之に迎合し阿附するのでなく、一段の高畠からの批評と指導とを目標とす べき事も亦云ふまでもなからう。 併敦¢計石品讐三鱒曾窒

(5)

沸教の社食範ミ社食美

彿敦に融合戦がありや否やといふ事を初に疑問として出したが、彿敦には理想としてよりも寧ろ現貨の

詮明として一種の融合叡が暫Q。キリスト教では絶ての現賽を紳の意匠として説明する代りに、併敦では

総ての生活を英国美果として見る。従ってキⅥ′ス∴ト教では、祀食生活をも紳の意匠又は命令として見るに

反して、彿敦では敢曾を作り上げる衆生の各自井に共同の某国美果として見る。キリスト教との封照は主

監ではないが、生存生活の一切の成果を、衆生の業因業果として見る鮎に於て、彿数人生翫の特色があ少.

而してそれは葦に融合生活一切の責任と結果とを衆生自らに節する鮎に於て、近代的思想に通するものが

ある。︵ハクスレーが晩年に生物進化の一腰用を彿教の因果碗に於て蓉見したのもその褒である︶。

先づ衆生を個人として観て、その生存一切の状態連行を業の因果として考へる。その因果の中には根本

の性格性情は勿論、一切の思想行動言説︵即ち身口意の三業︶を含み、過去の業因が今日の葉菜として、生

存状態の一切を形成し、今日の某国は明日の業具を作り出し、此の如くにして鎮存のつゞき、生命の流れ

は、前後に連清閑展する。且つや、一個人の生存は個人孤立の生活でなく、他人との聯終、境遇との陶係

専一切の連鎖を伴ふから、その聯絡連鎖も亦必然菜因業果の法則、即ち共業師感の理に依つて形成せられ

る。即ち衆生の生存は過去現在未来といふ前後の連清のみならず、生存の伴侶、生活環境の共通といふ左

右の聯絡を舞蓋とし.その共業屏感が敢曾閲係を作る。個人を中心として、その性格や生存を作り上げる

因果を正報と呼び、その生存の伴侶環境一切を俵我と稀する。つまり業因業真の動きは正報と依報との相

(6)

互依存、不離の聯落となつて現れる。此の依存聯絡の舞塞は人と人との閲係、人と天然褒境との開係繚てを

含み、その関係は物質的生存にも精神的生活に一も亘り、功罪共に奥同、即ち共通聯絡の関係がある。此の

如き生存の舞董は、勿論千差萬別で、衆生個人、種族融合、饉土環境の別が個々に異なるのみならす、同

じ個人でも同時に異なる生存の舞蓋を有して、豪族の一員、民族の一員−その他種々の圏結の一員として、 その俵報の中に生存する。此の舞塞が即ち法界︹亡b弓・亭d︼皇亡︶で、共業所感の因果の法で営まれる境界、

而して異なる法界が同時に諸種の網を張つて衆生の生活を規定して居る。業図案集の生命は即ち法界の生

活として、個人のみならずあらゆる生存の法式を支配してゐる。此の観念を詳しく説明することは別の横

倉に譲り、彿教の鹿骨戟は即ち此の法界親たる事に止めるが、要するにあらゆる意味に於ける融合的生存

を業法といふ観念に務め、而して可見不可見種々の法界が我々の生存を規定してゐると見るが彿敦の恋曾

戟である。

さて此の法界生活に勤して標示する併の理想界はどうなるか。﹁迷へぼ衆生、悟れば併﹂といふその迷悟

の別はどこにあるか。約して云へば.此の法界の参差.生命の聯賂流通を思はず、個人的小我軌に執着す

るから、自分で自分の生存を局限して、その中に迷ひ込む。此の小我執を脱し、自分の生活を大法界に置

き、一切衆生との生命聯格を賓にする、それが一分でも出来れぼ、一分迷を脱し、一分悟に入る。それが

完全に出来れぼ彿であるが、一分でも二分でも出来れば、それだけ彿に近づく霹で、此の如き衆生の生癒

儒教の洗骨観ミ鍍甘美 五

(7)

件数り社食載ミ社食菓 六 する法界はモれだけ彿界に準小つ1あるのである。然らば、現軍我々が通常云ふ意味の融合生活に於て も、業因業果の連鎖の中にも、一分でも俳界を現するのが敢曾坪想であり.叉個人の道徳といふのもー畢 葺この理想を目標としての業因業果であるべく、明日の敢曾を考へる者は今日の生活に於て、偶人として のみならす、法界の生活に於て彿界を醍現すべきである。︵業感関係が轄じて十界互具の概法になるといふ 卦は他日に譲る悠若し沸教に融合纂が出来るとすれば、此の目標から出る某たるべきも亦雷然の事であ る。 そこで此の目標に依って、少し過去を瞼査して見ると、成績は不幸にして不良である。宰相密儀を以て 人生を装飾はし、人心に或る種の飽満を奥へたにしても、融合生活に何等の指導をもし得なかつ空彗P。 直接人心の悟道は輿へても、融合に見性の貢献をしなかつた繹や.眞俗二静を井べて、その兵籍を以て融 合的立案をし得なかつた真示。此等は一々述べるまでもなく、奈良彿敦が葦際の活動をした事は、重んず べきであるが、此も的確の融合菓があつての事ではなかつた。只王法彿法の冥合を主義とした天台系統は、l 栢融合案を有して居たのであるが、その冥含も終には改植との野合になつてしまつた。此の冥合の理想に 依って霹山浄土を此土に建立するを主義とした日蓮法華宗は、理想はそこにあつても、又折伏戦闘を以て 改植と戦つたには蓮ひないが、その冥合の某として具常葉ではなかつた。妙法を以て王法をも賛生産業を も指導せうとの理想はあつたが、此等の園係を如何些融合的に某配するかといふ具醍的考慮にまでは進ま

(8)

なかつた。然し融合菓として最も薄み込み、赦曾的親念の最も多かつたのは、便数の中では此の8遵法華 主義にあつた。然し、今日までの成漬、今日の現状について見れば.何れも五十歩百歩で、つ至り彿教範

と敢曾実は今後の世界に於ける沸教の試金石である。

彿敦の立場から云はゞ併敏の理想で人類を感化し指導するが最大事、香唯一事である。然し如何にした

ら指導が出凍るかといふには、指導すべき目的物、その構成、性質、又井びに現在の病を能く見極めるむ

要する。彿数倍侶の中には政治的進出を唱へて、議員選塵に熱中する連中もある。又何を云つても経済力

が必要だといつて、﹁軍費﹂を得る膚に賞美に結むだり或は菰植に徒事する人も出た。議員となつて攻冶に

参興し、政治を動かせば、融合改革が出来るか。﹁軍資﹂が出来さへすれば樽道の教具が奉るか。此等は殆

ど克郎に察した考で、病がどこにあるかを見分けず、汲後の見嘗をもつけずに只々投柴して見るのと同じ

である。山法師は兵力を以て朝廷を動かし、政治を左右した。然し攻治を左右するのと政治を善くするの

とは同一事でない。中古の彿教寺院は荘園寺領を擁して、富のカで他痘凌いだ。然し富力を擁するのと、

感化を布くのとは場合によつては相背く。目的を忘れて手段に没頭して出路を失ふは人間の蕗恕で、熱烈

な理想と軽平たる敢官業とを抱かすに、徒に攻治に進出し.徒に財を擁するのは、小人玉を抱いて罪あり、

却て教法その物の堕落を誘致する事は、日本沸教史の教訓が明白すぎるではないか。

されば敢曾実について考へるには、一方根本栽念と共に、他方現代の癒合病がどこにあるかといふ診断

彿教り社食観寸J鹿骨某 七

(9)

偶数の社食戦ミ社命案 八 を必要とする。第一は、財に重きを置きすぎる事、経済が人生に於ける最大叉殆ど唯一の力である如く思 はれる事。此はマルキシストもその放たる資本家も、同じであるのみならず、政治家も宗教家も同じ病に かt一hソ、同じ迷見の中に行動してゐるっ此に勤しては、富を作る産業は畢寛人間の物質的生存を維持する 鰯の手段に外ならぬ、即ち彿敦でいふ欲界の所作であるといふ根本義を明にして、祀曾生活に於け■る産業に その分に應じた位置を輿へる事を要する。分に應じない勢力を誤信する事、即ち法界混乱の基である。産 業は人間生存の基礎である、然し基訟が萬事を支配せんとするのは、根だけあつて幹故も花も革もない樹 木を作らうとするに同じである。況や現代の文化に於ては、機械産其の宏大な組織の男に、人間は本来そ の生存を維持する焉の手段たる横根や組織の奴隷となつてゐる。ラスキンの云った様に、生存と幸福の馬 のノ一、邑亡︼が却てi〓l︼−になり、敢禽をも個人をもマンモンといふ怪物の犠牲に供してゐる。彿敦の之に射 すべき態度は明白で、併界を形成すべき人間がマンモンの奴隷になつてならぬといふ自覚が根本たるべき 事は勿論.産業は産業としてその能を表すべきだといふ立場で経費する融合組綴を目標とする敢骨箕を立 ︳ てるを要する。即ち、人生に産業といふ一法界があり、線ての人はその法界に任するが、それは人生の一 面に外ならぬといふ根本見地に立って.この法界の自主提督と共にそれが他の法界を犯さぬ様にするにあ る。書生産業皆正法に願ふ賓を挙げるには、産業が彿界の一面であつて全部でなく、人間の精細的完治の 一手段たる分を守る事を要する。此の問題に聯節して、機械と精紳との園係、スピードの問鞋、産業組合 ●

(10)

の組織.資本と労働との閲係、物資の交携分配など種々のおがあり、多少の具鰹菓も出し得るが、今こゝ では立入らない。 撃一は政治の踏み蓮へである。此の踏み蓮へは、政治萬能の夢と同時に、箕は政治が産業過重見即ち経済 萬能の迷見に捕はれてその捕虜になつてゐる馬に生する。現代文化の囲では、政治と崖業との野合といふ 病的現象が、政治をも産業をも毒してゐる。産業の問題、労働階級の運動が直に轄じて攻治的革命になる 危険は賓に此の野合から生する必然の結果であつて、資本主義政治を兇岨し破威せうとする共産主義のP シヤでも、方向は反射の様でも、その案は前者と同じ迷見を追うて政治と産業とを一つにした野合政治を 行ってゐる。資本主義の奴侠となる政治も、此に異なる事はない。其から出る賓際の害は一々述べるまで もなく、要するに政治が人生の綱紀を整へるといふ本来の任務から脱出して、寮別の焉の改植濫用となつ てゐるのである。此の如き野合は即ち法界の混乱、赦曾統制の錯乱であつて、その匡正は即ち政治が融合 正義を利の外に置く事に外ならぬ。司法、督琴国防、その他国権の委動を産業葦別の支配を受けない様 にするにある。 琴こは、只宗教と云はす、文数の無力である。その無力は文教に富る人物の無力でもあるが、融合的に 見れば、産業と野合してゐる政治の不富干渉が文教を屡迫するり宗教が政治に翫弄せられ、教育草間が攻 冶と稟先の奴隷になり、文垂も垂頼も、又新聞や出版も皆商業本位になるのは、根本に於て敢曾親念と組 ■ 係数の敵曾耗ミ軽骨集 九

(11)

彿敬の社食観亡統合案

︼○

織の上に不純不調の毒素が遍滞してゐる馬である。此に封しては文教の自重笠防を貫徹しー此に依って政

曾を批評し軒導する天職監守する一事あるのみ一。此の馬に、特に宗教は一軍に恍に超然たるのではなく−

然し又直に世事にはまり込むのでなく、一段の高虞から人生を見渡して、人間藍単なる生物的生存以上に

引上げる本来の天職を主張し貫徹するを要する。﹁宗教の融合化﹂でなくて、﹁敢曾の宗教的照明﹂である。

電燈の電気と電熱の電気とを混同し誤用してはならぬ。而してそれを単に親念に留めず、宗教教育その他

文数を二指して、その各系統捕鯨等の中に自主のあると共に、文数の自主を敢骨組絨の中に確立すべきで

ある。此には勿論困錐は多い。然し国雄の多いのは却てその必要を裏書する。

此の如く産業、政治.文教の三つは人生に必要の作用であつて、今日云ふ如く嘩刀や賓利としてのみ見 るべきものではないっ傍教で鮭相招の三項を分ける用に雷るから、人生の三周と呼びl而して上述の閲係

至一両鼎立と稀しょう。此の三周鼎立は、宴に人間生存の自然の相に副ふ二扇の相互関係、人生の業相法

界関係の卑埋に外ならぬ。自然の相といふ意味は一人問の生物存在としての自然の要求−欲望に應するの が産業.鹿骨的生物として正報依報各種の生存を営む者の相互関係を律する義理焼目を統制し制裁するの が攻冶、併任を具へる人間としての向上生活に應する教法−此の三相三用である。前には現代の病に封す

る政治としての三用鼎立を概説し、叉そ抄賞際の鼎立実記・即ち自主と共に共同磯路を達するについての

具醍策については別の横倉に譲る外ないが.こ1に云はんとする所は、それが単に政策でなく、人生の原

(12)

則として考ふべき題目で雪といふ一事にある。即ち人間の政曾生活は、彿敦語で云ふ某国葉菜に成る法

界である以上二方人間の天性に基いて案配せらるぺきと共に、伯方人生に併界を発分でも嘗現すべき向

上の生活を目標として組締潜導せらるべきものである。此の見地からして、欲望と義理と理想とに應じた

三相三相をして各芸の畠を得しめ喜が、総ての難問を解決する展の大方針誓事も勿論の次第で雪。

即ち彿教の政令案は、此の大方針に依って立てらるべく、その葦行と謄用とは、勿論大切で雪が、根本

見地が明瞭にならなければー政治進出も雪景業も無意義に終るであらう。

︵伶ほ本文に盲ふれた如く、業因業果と十界十如との関係二撃一筆と三用鼎立との関係、その外三 界と三用との聯終についても・考ふべき匙は多いが、別に讃る︶。 沸教の社合成ミ社食案

(13)

我蒜晶あの人は分別が雪とか一分別盛豊あると云ふ言り万をする。その1分別﹂と賃その人の 考が溌いとか鎗いとか云ふほかに、何かしら人生のある何ものかを掘り雷て1怠る、把握して誉と感じ

て居るのではなからうか。或鱒宗教的信念とか哲拳的叡智とか或は垂術的直裁とか云ふものが、その人に

閃めいておるらしいと云のではなからうか。

﹁分別﹂とはものをわかつ作用を意味し、そのわかつ芸ふこと竺面に於てAと非Aとに二分して行く のである。明かにこれは分断し分析する菅きである。一往、判断の語が警らる⋮ユei−の作用に似て 誉と云ふてよい。しかしその分断離切作用は、他面にはMと非舛との願係をつけることになる。即ち構

童形成する警きが潜んで言っかの群慧語が軍﹂らる1⋮c貢がこの分斯し要する分別に離似

してはおらぬであらうか。

この﹁分別Lの語浣警屡竺用ゐられ且つ甚蛋要喜菓と至て雷のである。しかしこれに学ら

傍敢に於けろ分別及び分別筑ミ渾減法

偶数に於ける分別及び分別説と群忍法

宮 本

正 吾

〓一

(14)

る1原語は必ずしも一定しておらぬによつても、この語の持つ意味の多様悪が指示せられる。先づ大別し てく、封︰割勘とて、慧引の二つの語根に基く種々の用例がその代表的なるものである。今この両者の場合を 夫々に考察して、分別の桟構を明かにし、併教の考へ方の上にそれが如何なる役目を演じ来れるか、而て また今彿教の再許償に昔少て、それが我々に如何なる成就如何なる考へ方を寄輿するかを討検しやう。同 時にこれが日頃予の提唱する専門撃とLての﹁彿叡尊﹂研究或は組織的彿教導の課題の一つである方法論の 建設にも役立つことになるであらう。 一つは立場或は見方の問題であ少、他は精辞意識現象の楼怒の考究であ少、何れも重要なる蹄結を産む のである。就中第二の問題はその究轟にょりてそれのみに止任することは出来なくて、第三の新しき問題 への樽向へと開展するのである。郎ちその意識分別の構成作用が無構成無格童なるものに打成返照されて、 人として掘り常つべきものに巷徹するのである。分別ふ構童・批判療記の連接交絡があり、そこに我々の認 識意識現象の様態が稗々略示せらる1。到底我等にはその全悪を伺ふことは許されぬであらう。しかし粗 薙なる論述のうちに幾分なりとも意筒が汲み得らるれぼ蘭足するのである。因みに文章中に鍵をかけた成 語は多く予の作れるものであつて皆な他の引用句ではないのである。

先づ﹁分ち別かつしと云ふ語義に近いく封副の菱化に基く種々の弔例を見やう。この語根には分つ・配 沸教に於ける分別及び分別読ミ請託法

(15)

分する三分する・切断する作用を有し罵ってまた詳細に亘り靡く好詮する括らきを有するのである。 その時異な一例ゴー︸l−小′誉・まd仰の語より出発しやう。この語は沸教に於て何時如何にして用ゐられたので あるか。阿育王が印度を統一した事は、有史以衆初めて印度に於ては賓に天輪聖王の出現が眼のあたり具 笹化されたのである。その彼が沸教々臨の統一を望み、彼の理想なる﹁法dぎ︼旨コ.の餌﹂を賓現せんと努力 した。かくてかの所謂パ†ナ曾議を開催したと云はる1のである。而てその時彼は正餐彿陀の敦は何か、 何宗と云ふぺきか︵︶r、i苧£d−1︶ を先づ長老に問ふたと停へらる1。而してその節、正統上座の宗として定 められた呼び名が、﹁分別論者﹂即ちゴ妄告→各d二であつた。即ちこれは鐸倉の立場は分別論者であつたと 一 云ふのである。﹁繹食の立場﹂と云ふのはこれを﹁彿数的立場﹂と云ひ按へてもよいであらう。尤も繹迦敦と 彿敦とを区別して見んとする行き方もあるが。正統梯教の看板は何かと問ふた肝に、褒吸着の両目も躍如 としておるが、それを問はれねばならなかつた昔時の不振且つはつきりせぬまちくの救国事情も反顛せ られておる様にも思はれる。 而てその節かの南方論事汽邑−p一旦tぎが作られたと云ふのである。尤もパトナ魯議に就いても論事梨仲 に就いても異論があるのであるが、今その論事を見るにその最もカを濁せるは、かの﹁我﹂を説く我論者 ︼−ニg温≡射きに封抗して無我訣A邑l⋮監Pを論定することであるから、玄に我々は果して彿陀の言葉が曾 議の決の如く分別詮であるか青かを考察するに富少.克づこの書がその有名なる第一章を捧げておる我諒 悌教に於け一小骨別ガび分別詑ヾし群詩法

(16)

と無我諒との封駄的論評の革む危械に注意を沸はねばならぬ。換言すれば彿陀が分別論者であると云ふ論 鮎の大隈は.傭陀が無我論者であると云ふことに横っておるとさへ思はしむる程であるからである。而て 同様の趣きは同じく正統上座の人々に屈すると見らる1、ギザシ殖民地のミサンダ王と龍軍冨g累日p比丘 との艶話問答であるミリンダ王閉経の設相にも看取せらる1。 静々俳敦の無我朱は諸行無常・諸行苦・理解寂静と共に三法印とか開法印の随一に数へらる1のである。而 て彿教が以つてその槽職︼﹂をユ望盲 となす最大なるものであるが、その無我戟は果して然らば何時頃に決 ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ 足せられ、また法印として経められたものか。兎に角それは彿陀最初の教法たる初転注総経には束だ判然 ヽ︳ヽヽヽヽヽヽ と説かれておらぬ事箕は特に拳者の注意を排はねばならぬ粘である。 阿合に散詮せられる無我戟の要旨は、我々の経験よりすれば五藷が無常であり苦であり囲簸生であり不 自由であるから、そこには何等常一重宰の我がないと云ふのである。これは傍敦者が我論者に勤して常に 振返す無我訣の空であるが、賽は我論者の主張要請には直接煽れる事なしに過ぎておるのである。経典に ありては両者は各々の云ひ分を云ふ丈けである棟である。しかならしめておる最大原因はかの十四妊の問 題があるからであらう。この世界常無常・遽無季身命一撃如来死後有無の如き形而上拳的問題は、霹尊が 獣殺し捨置せるものであつたとせられるからである。而も我無我論者の封立のうちには恰も及の雨脊にか かつておる如き危機が戎されてをるのである。 係数に於ける分別及び分別筑ミ耕評注

(17)

係数に於ける分別及び分別硯ミ耕詮津 〓ハ その分析的方法は克明に上座部が如何に分別論者の意義を把握しておるかを語るものである。その分析 的分別主我は自我を五藷に鰐筐分許するものであり、義等がいのちそのもの義等が最ち具鰹的なる曜みそ ■ のものをたゞ意識現象と身鰐要素とに蓬元捨象するものであると和賀せらる㌔而てこの上座のゝ邑箋s は統一的なる生命壬鰹を多元の要素に分解するのである。この趣きはかの設一切有部宗が、同様なる封法 分別方法によりて得たる要素を賓在成して、諸法各々有となすに顕しておる。即ち賞在的なる﹁隔歴多元 設﹂評者︼−ぎよ㌢に堕せるよりする無我詮と相去ること遠くはないのではなからうか。 リス・ヂゲィズ夫人はGOl萱1こ︼1e21ニ牢誇き琴等琶蔓の考が自蹄依自燈明の眞自我1−岩n・ill・⋮2Jの自発 的把握にあり一とし、多分に放香子ノ、蔓puきの我論を敷革し、無我観の如きは自我常存と自我斯波の原話 断常二遽の過を避けたる悪しき折申分別主義の産物とさへ見るのである。予の語をこれに富つれば、それ は繹告のオサヂナルな設ではなく、ある歪められたる爽雑的敦説に過・ぎぬと云ふのである。無我学芸Pの ヽヽ ヽヽ 否定の呂はもとく﹁自我は心でもなく身でもない﹂と云ふ我の展性を示す賢詳のうちの打滑しであつた のが、主語の自我に附属してしまつたのであるとさへ見るのである。元来無我親の異義を有鮮や南方上座 部の設に極るとのみ解しておる夫人の理解には、その他を顧みぬ不足のある事は否まれぬ。傍教は歴史の 進展と環境の摸大に坪ひ漸次﹁爽難性Lを複雑にして充たのであるが、それを遥蕩してオヮヂナルなものを 見んとする夫人の努力には敬意を表すべきであ少、またその節論の要旨にも甚だ噸改すぺきものがある。

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′. 乍然夫人の峯戟の理解は甚だしく歪められておる。更に客観に深められた無我碗や、峯額にしても析峯救 とか鰹垂範とか或は﹁必過性峯論﹂才堅忍PY賢yp の論理に沈錬されておるものにとりては、夫人の論法は その要旨と時に零韓を来たし、研かその節論の教具を薄めておる。 更に問題の屏在に蘇らう。阿育王昔時かの正統上座部がその表峨を無我論者とはせずに分別論者なりと 掲げたことには、多分の意味がある。それは有我論無我論の両者はこれを封立的に固執すれぼ、それは正 しく南極に走れる論法である。而て捏磐経作者や籠樹等の著書が明かにそれを認めておる。たゞ経典の無 我戟は我々の経験の分析的記述であつて、それは必ずしも多元的要素の葦在を主張するのではあるまい。 また我論者の自我は要請であつて、全鰹的なるもの1弾みの碇へそのものを越えて、これを賛在成するの ではなからう。我論者にLても五藷十二應十八界の三科償立の理解があり、非釘非離籍と云ふ肝にまた折 申分別がなされておる。その自我は畢尭上座部の無我論の方法論よりは解れられぬ限界に構っておるので ある。形而上畢的に設定すれば過境的な超越をなしておるものかも知れぬが、箕は生命の直接的把握がそ の要請となつておるのであるから、そこには単なる分析的方法では動かし得ぬものがあるのである。 障って有我論者もその行論を見れぼ等しくそれは﹁分別論者﹂には達ひはないのであるけれども、上座部 ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ の分別論者とは、その﹁分別﹂の仕方その意義の重粘のおき方に隔りがあるのである。その立場の相異或は 彿教に於ける分別及び分別読ミ邦語法

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上座部の無乗設の意固は何れにあるか。世界常無常等の十四妊の形而上拳的封象に閲し繹尊が無記a﹂息・ F︷pであるとせられたことに就いては幾多の畢者の見方がある。問題の所在を理解Lてをらなかつたので あるとさへ許するものがある。か1る過境的封象に就いての理論的認識の限界がその執れる葦践的立場上

りは自ら結果したものであると考へ得る。これは繹笠の生活せられし彙境及び時代と云ふ文化史的爽建性

一八

沸教に於ける分別及び分別詑、、J耕語法 見方の離隔が評論の源となるのであるが、他面よりすればこれ異能く同を成するの謂ひであつて、彿敦思 想曹遷に就いて貿に光彩ある一駒を形成しておるものである。然し必ずLも問題がそこに終結したのでは なくて、その再認詩に富りては、常に活澄々地の様態豪我等に里露するのである。 我論者の主張には爽錐重境的見方からしては、毘舎雛に於ける零邪教の影響も考察に入れねばならぬで あらう。そこにはサダニール河の束速を過ぎる達観の境域に所在はするが、辞令をしてかの七不退法の讃 嘆をなさしめたるよき共和攻鰹の図柄なりしことにも論及する必要がある。特にまた繹舎人滅の後に富っ ても、阿難が命ほ未だ所謂畢解分別の頓に放逸しおるに三十棒を喰はしたのは矢張り枇黎時弗多く告puざ− の年少弟子であつたと云ひ、それが阿雄の捏察の眞義を鮭恕せる動機になつたと云ふ如きは甚だ意味深き 挿話である。更に維摩や捏梁系統の大乗詩経典に示されたる毘舎蛙や放者等に閲すを記録を考察に加へて もよいであらうが、今は閲読せぬ。

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よ少も論許せらる1のであるが、かの四静の敦詮に於ても了解せらる1如く、併教の解脱捏薬観は自然的

立場を止蕩して般若昔馬の立場に於てものを見んとするからであらう。我々の直接経験の柏に於ては、も

のが相掬して詰らきお少、それを自然的隔歴の孤在に於て理論化することを避けるが褒であらう。彿敦の

客観はよくものを経験に於てある相そのものとして直記せしめ、そこに賓相論的立場が動いておるからで

あらう。細筆にものを知ると云ふのはそれであらう。併しそこに自我の有する先験的活動が全慰に於て顕

現しておらぬと云ひはしないであらう。﹁括らきの相﹂に於て見るのであつて、葦在的にその存在を理論化

せんとする方法は執らないのである。

無我戦が単なる分析的なる事賓判断に終らざらんには、無封無窮の捏察観が常に光りをなし、客観の無限

なる香定が随伴せねぽならぬのであらう。それは不放逸なる勤行精進の賓際生活に菊鹿として返照せらる

る内戦の内容をなすものであらう。これを分別施設のもとに碇へれば我観も無我親もともに畷有のもので

ある。極言すれぼ﹁分別の世界が畷︵ヲ告旦i︶﹂なのである。因みにこの熟読恨部を時に分別部と謬するが、

果してそれはたゞ誤謬と片付けられぬのである。かく内観的には無我観と生命の自律的自費作用とが微妙

な表裏的開展をなしておる。随ってそれは眞箕なる﹁分別論者﹂はそれを内容的な宿らきに捉へ、名想の世

界にはこれを慣と見る分別論の立場に坐しておるのである。かの上座部が自らを分別論者な少と付姑した

と云ふ肝にその停統にして正富なる辞舎の批判精神を見出し得る。四に説く如く罷樹にまたこれを見る。

儒教に於ける分別及び分別祝モ綬定法

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併教に於ける分別及び分別訳ミ舛定法 二〇 もともと上座部が分別論者であると云はれた所以のものには、その分別が大鮭有無商連止揚の批朝的方 法を執る傾向にあつたが究めであらう。而してこれは籠樹の大智度論に南印度の坤勒門p訂軍p号kpは有 無の立場を執つたらしく記してあるのに敬することが出来る。障って無我論も結局は分別論者の一表現 であると認め符らる1が、その無我観のみが分別論であるわけはないのである。囲諦八聖道論も分別論で ぁると共に∵縁起諭も分別論であり得るのである。換言すれば無我論にせよ縁起論にせよ四静八聖遣論に せよ、それ等は各々我々の生活経験に於ける見方であり味ひ方である。その何れかの一のみが眞軍観であ 、、、、−、、、、、、、1、、、、、、、1ヽヽヽヽヽヽヽ ると限定されるのではないのである。寧ろその何れもが.これ等を一貫して、しか観察せしむる全鰹的な 、、、−、、、、、、、、、、、、、、、 、、、、、、、−−1 、−、、、、1 、 、、、 ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ る法爾の立場に興らしめらる1のであつて、たゞ夫々の経験の黎理の仕方、なのである。それ等を通じてそ 、、、、 、、−、、−、 1、、、、、、、、、、、1、、、、 、、、−、、、、、、、ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ こにある﹁全鰹的の括らき﹂とそれを表示する立場があるのである。その立場を或は法の立場とか中道の立 、、、、、、、、、、、、、、、、−、 −、、、、、、、、、、、1、、、、 、、、、、、、 ヽ ヽ ヽ 壊とか或は批判的なる分別論の立場と、か、それを名付けることが出来るであらう。而してその立場に即す ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ ることを排琵的開展と名付けてもよいであらう。今の問魅ではこれを﹁分別論者﹂の立場と云ひ得らるlの である。貰は上座部正統派内の所論と云ふても、組織的に寝められてあるわけではなく、多くの爽雄性を附 帯して散記せられたる資料を有するに過ぎないのであるが.今はこれ等の窄理組織と共に先づその全鮭的 ヽヽヽヽヽヽヽ 立場を見やうと言ふのである。一言にして云へば﹁俳数的尭場﹂とは何かと云ふのである。阿育王も正費彿 −、、、、、、、、−、、、、−、、、 1 、 1 、、、、、、、 1 、、 1 、、、、、、−、、、 ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ 陀は何宗かと直裁簡明に質問したと云ふことが重要なる怨である。それが二千年後の現代に於ても試みに

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ヽ’ヽ︳ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ一 問はるべき緊切なる問題ではなからうか。たゞそれに勤して問題を諜合的に取扱って行くのである。 上座正統派の併読が分別論であることは史賓も停ふる併であり、また上の論述によりても明かであらう が、その分別論者たるやは一往阿育重富時の付貼であるのであつて、必ずしもそれはその正富上座の賓質 的濁占に終るのではないのである。発きにも三ロせる如く異端凍なる我論者の方法論も明かに﹁分別論﹂で ある事に注意を喚起しやう。携言すれぼ、雨着ともに分別論者であるのであるが、両者が執れる分別論の ヽヽヽ’ヽヽヽヽヽヽ 方法に差異があつたのである。或に於てか﹁分別論の機構﹂の蕃評償を必要とする。阿育王宮時に於ける上 t ︳ ︳ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ’ ヽ ヽ t ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ’ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ 塵部の分別論の一時的爽尭性を明かにし、顧みられざりし多くの分別論の方法及び様態を採取して弦に彿 ヽ t ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ︳ ヽ ヽ ヽ t ︳ ヽ ︳ ■ 数的なる﹁分別論者﹂の踪合的軒先の締結を得たいのである。 二 右の如く上座部が阿育王の障﹁分別論者﹂であるとせられたと偉ふるのであるが、然らばその分別論者と は如何なるものかと云ふ説明は何鹿忙もないのである。この滑息は竃樹の根本中頃が中諒と唱博せられつ つ、約四首四十五もある侭項のうちに∵誓三倍房に中道の語が記されてあるのみであつて、その他何鬼 にも見出されず、またその中なる理由をも記述しておらぬと同趣である。而も中論の如きはその全論が中 を以て貫かれておるのである。予はこれを特に﹁中一・中無限﹂の趣きとなすが、今の分別論者の場合にも雷 てはめてよいであらう。 儒教た於け革労朗及び分別就ミ耕荘法

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今梓尊の立場を分別論者と認めた記録を経典に求めるならば、僅かに巴利中部第九九控∽l︼bF邑t鯵のう

ちに見出されるのである。即ち≦b︼−告邑。罫Op訂m蔓訂︶m首壬︰n賢βett訂elハ邑彗覧。の文である。

英評者は吉まe尋・繋.q邑i許d−n〇t旨s。富eとし、サス・ヂグーズ夫人は ⅠIe−・ein aロこPp邑e己Prizerこ冒nO

g。毒已i軍 としておる。夫人は時にこれを二ヨtereェndet邑としまた単にA邑旦もi註e↓としておる。チ ルダースはその辞書にターナーの○〓訂rel乾。ロ。〓n讃tigP邑t星ビを紹介しておるが、自らにはrd萱0ヲコr どgi⋮、冒琶nと云ふ謬む出し、且つ﹁悌陀は五藷等を分別するによりて分別論者である﹂と云ふ解脱戒経

の詮をも挙げておる。チルダースの見方は犀利である。

このS。hh書l−さは漢謬中阿第一五二の鶏鳴経に相富するのであるが、漢謬では﹁此事不定な少、︵中略︶我 常に汝の屑に具さに分別して読くべし﹂と表はされておるに過ぎずして、巴利文の如く1我は分別論者にし

て一向論者に非す﹂と云ふ特異なる表現を有しておらない。乍然その意味する屏は南緯相一致しておる○今

ぁる求道者が出家と在家と何れが宗教的券畳であるかと云ふ一般論に勤して、その何れとも答へすしてそ

れを内容付ける理想修道の有無を要とすると.分別して答へるのである。か1る論法は繹尊が常に用ゎら

れたものであつて、かの四姓別の階級的優劣批判の如きはそのよき一例である。階級の封立闘宇に就いて

も内容的に綴係を諭ずることになれば同様であらう。繹告の論法が常にソクラテス的論法であると云はれ

儒教に於ける分別及び分朗読ミ沸蛮法

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ヽヽ︳ヽヽ︳ヽヽヽヽヽ︳ヽヽヽ一ヽヽヽヽヽ︳ヽヽ︳ヽ る屏に、その態度・方法・見方を見るべきである。即ち分別論者と些一法を分別して、その密着せる﹁内容の ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ︳ヽ 義﹂を顛示する方法なのである。最初より一向に専著してその一連を兵藤とし飴を虚妄と執擁するのでは ないのである。その二法分析の方法は問短の内容的解醍を促がし.却って先入の偏見を自崩せしめ、正し き相に於てもの1相を浮き出さしめやうと云ふのである。かの無我戟に連用された分析論も同様に云はる ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ︳ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ. ▲のである。この意味よりして洋食が分別論者であり、分別論者が俸統正統の彿教徒であると云ふのは正 ヽ︳ しい。その根本の意義が忘れられて、たゞ或る固定せる敦繰教義を分析解改すると云ふことが分肝論者で あつて、それが正統なる沸教着であるか否かを撲り分ける付貼となつたとしたならば、それは寧ろ原意の 歪曲である。そこには滞溢厨化が起つて必ずやそこに好鰹解放運動が随伴して新運動が醸動するであら ぅ。而して席数史の動きがまたそれであつた。﹁新鋒倉の創唱﹂の所以も弦に萌すのである。 繹尊のか1る分別論者的態度は、更に他に論証の方法はあるのであるが、今は時にこの5bざ邑p邑−の

語を主として論ずることにしやう。

巴利檜一部の撃二の分寮の下に有名なる四記答の詮がある。これは中阿藤︼一九の設虞経に相嘗する。

それは一向記E打p計pY甘打p虐p分別記5b言j三富打⋮号反間記り阜官ec事項賢弓書p捨置記︼JPpT邑¥TY

首き琶の由記答であつて、この期記答は問題要貼の推求と到達との封詩的持家方法と考へられるのであ

併敬に於ける分別及び分別読寸J済諾法

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沸教に於ける分別及び分別説ミ沸話法 二四 る。この四記答をしてあるべきやうに騙使する人は共に語るに足ると云はれておるのである。 この四記答は犬毘婆沙等の小乗論部、智度論線伽給等の大乗論部にも夫々説明があるのであるるが、甚 だ部分的な阿毘澤磨的な解揮であつて、必ずしも予の弦に詮いておる如きものに解れてはおらない。然し その節謂阿品護摩的解繹のうちにはかの蹄納的託明の措辞が動いておる。予の特に云はんとするのは、こ の四記答の随一なる分別設なるもの1特異性を保留すると共にこの内記の夫々をしてしかあらしむる活動 を吾人の自覚作用と考察せんとするのである。その全鰹的なる自費作用の活動及びその過程を﹁分別﹂と名 くる事は一往許され得る。而てこれが揮含の受託の過程であつたと見る所に≦b亘j守畠dPの高められたる ︳ ヽ ヽ ▼ ヽ ▼ ヽ ヽ t ヽ ヽ ︳ ’ ︳ ︳ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ▼ ヽ ヽ ’ ︳ ’ ヽ ヽ ︳ ▼ ▼ ︳ ヽ 意義が存するのである。即ち囲記を夫々に活用せしむる全軽的なる自発作用の特異なス二表現がこの分別 ヽヽヽヽ・ 記であると考へられる。 この四記を論理畢の演繹節約の論法と比較することは有益である。また捨置記の意味は十国難無記の問 臣と共に、軍なる形式論理の理解では不足を来して批判哲畢の領域に喰ひ込んで行かねぼならぬのであら う。一向記は決定答とも時に謬されておるが、これは分別記と相勤して沸教に於ける批判の智諭と執持の 信との関係を考察するに必ず重要性を帯び来るものである。四記の一々が分離してあるのでなく全鰹的な る白魔活動の夫々の表示である。 鰐尊の費茫の過程はく訓辞lの語根の種々なる用例b邑−√Juddbiもb罫告ぎdd訂√蔓月号訂昌−1畠ddbp等に示

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さる1が如く、保障や彿敦の語のみならす正撃正偏知・党琴始撃木像等の澤詰も管﹂れに由来するのであ る。その﹁垣詮の過程﹂の研究に就ては之をた£単に分別・批判の語によつてのみは途げ得られないのであ ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ る。それは魔の分耕と迂悟即ち﹁所詮﹂の討瞼に待たねばならぬ。乍然その分別・批判の作用がその重要な る一機格をなしておることに留意し、且つ繹舎を分別論者なりと云ふ史賓に依りつ1、今は分別・批判の研 ヽヽ ヽヽヽヽヽヽヽヽヽ 究に力を瀕くのである。かの梓記法せ⋮巳d善がもともと問答封話の技術方法であつたと云はるゝ時、それ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ、、、−−−、、1、、、、、、、、−、、、、、、、、、、、、、、、、、、、−− が同様に四記答本来の性質であるに徹して、今分別論を﹁詳記法﹂として論じ得ることは必ずしも偶然の因 ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ t ヽ 簸ではないであらう。 三 次でこのく引写l劃の他の用例として奉げるべきはくibll邑肇である。 ヽヽヽヽ これは分別し分類し解説するの意義を有しておるから、かの阿見達磨論書の法相分別の性質を克明に物 語るものである。而してその適例を南方の七論のうちゎ毘肇朋伽≦b一−鼻pの存在に見出すのである。し かしこれに至らずとも阿含のうちに己に多くのくibぎ首を見出し得るのであつて、その代表的なるもの は中阿第四二審より讐一巻に亘る﹁根本分別品﹂に於ける分別六界大串戦法・無謬・大業等及び巷七の分別聖 諦の諸経である。己にこれ等の諸経は根本と云ふ併にその分別も典型的なることを敦測せしむるに充分で あるが、これが偶々巴利中部に於ては一三五よカー四二に戻る一連の諸経に柏督し、雲de等≦写邑撃Ar羊 儒教に於ける分別及び分別祝ミ耕定法

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二大 沸教に於ける分別及び分別読ミ痍記法 守≦bど阜習等の如く何れも≦︶h星章 の名を附帯しておるのである。而してその分別たるや、世登の略説 を廉く分別解説する意味にとられておる。加ふるに彿弟子中解説嬉一と科せらる1大過妨延の床分別を特 にその例に牽いておこることによりても明かであるが、このノ、ib打者P の譜藤は多くの聾者の注意する如 く、法相解説の阿見達磨諭書の初期を属しおると見倣される。就中、申阿一六四の分別観法捉は中部一≡ 八 dddes守≦b訂厨aに雷るのであるが、これは明かに経自身が己に﹁略説﹂u己勺歩の﹁贋分別﹂寡訂者Pと 名薬つておる如く、克明にこの種の分別の意義を語っておる。簡単なる悍尊の教義の綻臼的なるものを本 母冨til品 と云ふが、この本母に射して阿毘達磨がその分別解説である関係が丁度この控の説明に椙富す ると見らる\更に檜一阿合に揃して分別功徳論がある。要之、これらは解読風の分別論者の型である。 この中阿の根本分別の譜経は何れも重要なる経説であるが、更に相腰部十二の空中キ誓言1≡pには﹁縁 起﹂を説く甚だ重要なる諸鐙−ぜ含んでおつて、そのうちに特に≦b−1邑gHrと名付けらる1経がある。これは 雉阿巷十二三九八の線撃ぞ法と義とに如ひて説く経に相雷するのである。こ1では≦b訂阜笥と特に云は る1所以のものは、たゞ単に分別解読すると云ふのではなく﹁法論義説﹂する意味に規定せられてあるので ある。この法談義詮の意は或は時に分別するにその初めも中も覚りも書く、義あり文あり純一清浄にして 梵行が顕現しておる云々と表現さる1場合も経典のうちに多く見出されるのである。随って一室−邑gPと云 ふ場合は必ずそれは法詮義諭することに名付けらる1ものと見てよいのである。然らば如何に法論義課さ

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る1やと云ふに、今この薙阿に合れたるノさ11邑的Fに就て見やう。而てそれは吊完e古賀専ltつ−Aee−p︸Ti︼を・ 弓亡ざAY蒙p罵P笥−Aひ賢P琶ごJ叫白転。−−⋮の嚢要なる詩経に見らる1如′\二遽を杜れて中道を行すると云 ふ﹁中道詮﹂になつておるのであ一わ。それ等中道詮のうちには有無二連を離る1となつておるものが一番多 いのであるが、身命一其の二遽を醒る1とするもの、自作他作の断常二見を練る1と褒すものもある。因 みに阿含に於ける中道設の重要なるものは、中阿五六渾産経釦ち巴利中部聖求経の苦楽二速の中道詑及び 昔面の所論の≦b−︸邑望に屈する中阿の拘穣痩無辞任射ち巴利中部一三九の分別衆評痙A蔓写≦bぎ首一の 苦楽二遽中道詮である。この雨着は初轄法輪経と併停の中道説を櫓承しておるものである。殊に羅摩経は 阿含のうちに於ける彿俸である。次に重要なるものは相腰部二二・九〇のニー隻雲pの有無二遽、同期甲一 〇A享邑。の断常二見中道詮である。その他委細の論は今略する。 か1る中道詮が5bぎ︼首 と果して如何なる関係にあるのであらうか。而も記樹がその中論に引用せる 粘よりして甚だ注目すべきは今弦に問題となつておる相應部十二の苧cc葦⋮g蔓。の中道説である。更に 彿陀最初の詭法たる中道詮が引用されてあるのは分別無詩経のくi茅邑望 である。かくすると阿合に於け る中道詮の最も重要なる部分は今このノJbF音■の法論義詭に相督するものであり、この事は決して軽々 に看過さるべきことではなく、また偶然であるわけでもないのである。かの阿合の中が必ずしも長阿の長に 封するのではなく﹁中﹂の分別詮に由来するのではないか。 係数にこ於けろ分別及び分別説ミ戎森漆

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沸教に於ける分別及び分別託ミ押絵法 二八 、 、 、 、 ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ 、 − ヽ ヽ ヽ 、 ヽ ヽ ヽ 、 ヽ ヽ 、 ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ︳ ヽ 、 ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ 発きには無我詮が分別論の〓畢示であると説いたが、今は扱起詮がその一表示であることを知h∴中道 ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ︳ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ 詮がまたその法説裁設のく≡1乱撃である事を知り得たのである。 己にかくの如くであるから﹁縁起中道設﹂はもとより籠樹に至って明瞭判然して充たことは動かすべくも ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ ないのであるが、この雉阿の﹁分別設﹂に充分熱して居ると云ひ得られることは、分別説・中道読・併記法の掲 ヽ︳︳ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ 係に甚だ重要なる茫左を輿ふるものである。更に無我の分別読も容義に深めらる々時には中道諒となりて、 その有我無我の二遽が分別止揚せられてくるのである。因みに大昆婆沙あたりで分別記切詮明を業兵法に 閲して説いておるのも矢張り中阿根本分別品の鶏鳴経や分別大業経の≦bざ阜苛■即ち分別説の詮相に随ふ ものであらう。かくの如くして阿合に於けるゴb︸−邑笥 には重要な種々の問題が蕗熟しておるのである。 而てまたそれがその分別読のよく﹁法設素読﹂と云はる1肝以であるのである。 かの大乗起信論の要語はその立義分に示されておるが、それは摩討街の﹁法﹂と﹁義﹂とである。法は衆生 心であり義は位相用である。即ちその法と義とを説く起信の特異なる縁起詮はこれまた等しく法論義託さ れたる分別訣ではないか。更に天台の﹁開合﹂華厳の﹁敵合﹂等々の読も等しくこれ分別詮である事を論許す るはこの際興味あることであるが、.今はそれにオ到らぬ。 四 以上先きには分別論者の意義を究明し、これを繹窒の立場或はその批判的精細そのものを示すと見たの

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であるが、今またその注記義設の分別詭が中道説を指しておると云ふ締結を得来ったのである。 中道詭の批判主義であり所詮法である事は.己に予は﹃根本中の研究﹄に論琵したのであるが、今峰分別重 義の考察よりして再び中道舞記法の問返に移行して禿たのである。傍教に於ける分別主義はかく中道浄想 と結合することによりてそれは費薩の批判的精神の群鐙法的開展の一重ホであり施設であると考へ得る。 ヽヽヽ▼ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ 予は夙に籠樹は軍なる大雪土義着ではなく寧ろ正統停統の根本彿敦の立場を鮮明した畢看であると詭い て居るが、今宮面の分別問題に就いて例記しやう。それは﹁話法の綽相別相を巧みに分別するが故に婆伽 婆と名く﹂と云ふ智度論の輝である。これ籠樹が繹普の立場を﹁分別論者﹂と解したものであ少、上座が ≦bF邑守雲d叫となしたに相通するのである。即ち﹁根本併数的立場﹂の一貫であゎ、﹁全鰹的立場﹂の顕現で ある。 ﹃根本中の研究﹄のうちに予は阿毘澤磨論師智蒙dl−彗.m詳声毘婆沙師ぎ≡居ぎは般若中親の諸姉と相封 立するが、阿昆蓮磨の本義は中道精紳によりてこの正反を止揚綜合せる屏に存するのであると属した。而 て阿含・婆沙・異部痕若・中朝轟伽等に亘りてその哲峯的精紳の顕現を指示した。而てそれ等の踪合的研究に ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ 示唆せらる1自費の全駐的立場及び過程が、最もよく中道所詮法にょりて把握せらる1と見たのである。 次に﹁法談義詮﹂の意義に解れるに先立ち、更に弦に加へんとするは大毘婆汐その他に散見する鬼婆閣婆 堤即ち﹁分別論者﹂の意義の考察である。勉強覇羅の毘婆汐講師がその相手を呼んで分別論者と鳥すは果し 倍数に於け革労別及び分別説ミ沸衰法

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沸教に於けろ分別及び分別祝ミ舛記法 三〇 て如何なる立場の人々か。これ甚だ興味のある茹である。換言すれぼその名が己に示しておるやうに白か らが分析的方法によりて法を観察し分類し旗諭する立場にある毘婆沙師謹ぎ亭老打馴sが殊更に呼んで分別 論者と云ふのであるから、その分別の意義は何を意味するか、等しく学者の関心を唆る問題である。自ら の分別主義に更に輪をかけたものとは考へられす、それかと云ふて中正なる批判主査と評債したのでもあ るまい。更にこれ等の一群の人々は具経的に何部波に威するかと云ふことも論ぜねばならす、前述せる南 方上座部の くib£j守Y監p とは如何なる関係にあるやも深く考へねばならないのである。たゞしかしこの うち部波所感の問題に託ては己に本誌第二奄に於て赤沼智善教授の﹁分別論者に就いて﹂及び故木村奉賛博 士の﹁分別論者と部次の肝属に放て﹂なる二論文がある。博士はその所属を論事のAlldl︸をーの四波及び北 道波及び大審派即ち南印度に於ける大衆部系の遊睾となし、その分別論の分別の意は﹁中正︵なる批判主義︶ と云ふよりは寧ろ理論的態度と云ふ方が意味強くな少、反射波の側からは却って小理窟を弄すを自由論者 と云ふ位の意味にまで轄化せしめらる1に到るも亦自然の数であらねばならぬ﹂とせらる1。 予考ふるに婆沙が自らを應理論者Yuぎ急d−と云ふのであるから、そ.の自らの分別主義は法説義設にし て理に契首席同し障ってその璧珊竺殻安富性を帯びておると自任するが、分別論者の分別はそれに蔓っ ておらぬと見ておるのであらう。法談義訣でなく主数的な得手膠手なる自由論或は客想論であると妃して おるのであらう。かの唯謡の封象論に因縁埜に勤して﹁分別菱﹂と云ふことを云ふが、幾分相通ずるものが

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あるであらう。今はこの間題に深入りする心算はないのであるが、偶々北方にも﹁分別論者﹂の名が存する のであるから、これに解れたのである。 分別詮はこれを法論義託として述べられておるが、それが 註訂乱:ib言j¢y箋iなどとそこには墓訂が 問題となつておるのである。蔓訂は義と謬されるが、境と謬す時は封境の意味であつて封象をさすのであ る。更に封象一般としてはものと云ふ意味もある。これには財知とも浮きれる場合があるのであるから、 物をも指すと見てよい。ものと云はる1時には法d一−雪コJpにも相似た場合があるが、大鰹、法は先任七十 五法或は盲法と云はる1やうにものと云はる1場合がある。諸法と云ふ字が多︿用ゐらる1に見ても分る。 しかし法の立場と云はれる場合がある。もの1規準法則となる方面が特にあらはれて牢わ。更にまた必然 性を由来する根按を示すのである。義の方は封象的であり内容付けるのである。安富性と云ふことが重要 ゼツ となつておるのである。唯詩で本質の世界など云ふのがそれである。純粋経験の世界の相を示すに、離分 別であり無虚妄相であると云ふ現量の如きも客性旨n苫釦 ではあるが、義は義相應であり﹁義の弾みもの の弾み﹂邑l岩k茸別 に即しておるとせらる1。その鶉は太質の妥常任を内容としておるものである。随つ ︳ヽヽヽ て眞箕の分別詭なるものはか1る法設義詮であるのでなけれぼならぬ。即ち立場と安富とが問題である。 分別訣と云ふことには勿論極めて形式的な分別購読の意味が存する。またその法設義設にしても、如法 に義利ある詮と解し去ることは出来ぬことはない。たゞその如法とは何か、表別あるとは何かと云ふ理由 儒教に於ける分別及び分別祝ミ群臣法

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を棲むることになつて、上述の如き内容的なる分別詮があるのである。 五 ﹁田小量分別﹂と日常にも云はる1が如く、我々の意識現象は一両これを分別作用であると云ふてよい。そ の分別と云ふのは能肝主客を分けて見る活きである。名言・耗・徳盛・買等を施設して、ものを判断するので ある。換言すれば、それに憫有なること或は他と共通なる鮎、打とか黒とかの性質、噴くとか吠へるとか 云ふ括らき、角があるとか羽毛があると云ふ粘などが細かに分別せられてくるのである。 この思慮に封する俳教で用ふる原語はぐ告コ掛なるべく、分別は先づ 古書小一である。分別はこれを有 分別と云ふのであつて、その際は苧碁号已ハpである。更にこの分別は判断作用であつてlハ㌢1−1pと云ふ 字が昔てられる。この︼邑pP−1pは判断作用の最も根本的な形悪を属すものである。比較・推理・判琴綜合の 作用もこれに外ならぬのであるから、我々の思妨とか思想と云ふものも、それによつて成立すると云ふて よい。︼邑官象rを分別とすれぽ墓・1暑pは経度構童の過程形態を指すと見てよいが、両者は何れもヾ再引 の語根の種々なる用例に屈するのである。施設し虚理する・準備する・しつらへる・創造する・想像する、構想 するなどの意喘があるのであるから墓ハ音声にも 蛋p己l別にもそれ等が何鬼かに含まれておると見ねぼ ならぬ。 係数では大昆婆沙等多くの論書ではこれを自性笥已し訂Tp・註昔日随念S己SI已r眉P・碁音声計度立話官膏・ま打 係数に於け′r・分別及び分別説ミ辞意法

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与Pの三分別となしておる。時に有椙・無相・任準轟求・伺察轟汚・不染汚の七分別に細かく分けるのである

が、大隈上の三分別は我々の認識作用の基本的な分類である。更に雑集論と同じく施大乗論は松本線相・

顆嘩練絹壁異・封相愛草地引・不知準如理・執着・散勤の十分別む数へ、第十散勤分別に更に次の十分別を開

いておる。即ち無締着柑痕琴損減睦喪性自性尭別・知名取撃細義取名である。而て般若経の説く﹁無分

別智﹂なるものはこの十種の散動分別を退治する斜めであると説いておる。この分別と無分別智のことは

第三節に入りて鱒れるであらう。

自性分別は心の尋軍痍了・顕示・托寧輯豊・分別嘩分別類の括らきである専一ぎrkp と、詩心の何琴随行・ 隣轄療流・障属の括らきをなす伺ノ、i替pをその木質とする分別作用である。直撃直接知魂量に祷着せる我

我の感覚及び意識の下唇機構学なすものであるが、要するに純度播妾をなす尋の作間であるから、己に二

分し分折する抽象的な判断作用である。情念分別は意識相應の念書二⋮を駐とするから過去の印象記譜を

随念し想起して類似の比較伸男によりて現在過去彼此の柏軍閥係を分別して識別判節する作用であぃ′、計

度分別の本鰹は苦繁nPであつて諸法の自椙共相を分別し揮法決嘉す去作用であるからこれは分別の上席

的なものである。隣って我々が俗に思増分別に富むなど云ふ表現には思・琴念・琴何の意識作用が柏逆鞘し

てある判断を結果するのであつて、そこには成心攣推学制餅の詩作刷が含まれておる。而てそれが現畳の

穐援知姦術的直撃宗教的叡智等に前後交給して異屏的にも連闊して括らいておるものと見る事が出来る。

偶数に於ける分別及び分別祝ミ鞘記法

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雷撃に於ける妨定法ロi已きilハが元来曾話の技循であり群論の方法であつた茹は、くib言j守一忌kき雲 に 掬し予の己に前節に運べた如く、分別記の矢張り揮宜の問答封詔の方法の随一である事に貞比せられるが、 同時にまた両者が所詮法として相通することは甚だ興味ある事である。予は今この西欧に撃遷せる哲撃の D㌻一e打tilハの機構を弦に研究せんとするのではないが、これを沸教導師究よりして卵迂の熟語を術語とLて 如何に周ふべきかを考察し、これが自発作用を表示するに甚だ適切なることを提唱する。唯未だか1る企 ヽヽヽヽヽヽ を組織的に究明せる研究はないのであるから、之はその草分けの試みである︸ 邦に常てらる1原語を求むるならばきl−封gpであらう。これは離とも謬されることはあるが、軽も舛も 二分分割封略せしむる分離作用である。妄︼盈Pは■ぎょ に由来するのであるから、これは前節に於て越 併故に於けろ分別及び分別設・こ班描法 三四 現孟と分別直観と反省直接具拉と抽象・分別と無分別の諸問題が開展しておるものと考へられる。純粋経 験など云ふことも現最知と属し得るが−然らばその場最知は無分別智、正智と如何なる闘様にあるかと云 ふ問題になれば、彿教に於ける自覚兇誼作用の根本的なるものに燭れてくるのである。かくて分別の作用 が軍に分野思琴別知の領域に封じ込められてのみおかれなくなり、その比較痛撃批判の作用が白壁作用 ヽヽヽ’ヽヽ︳︳ の目的的なる綜合的開展に随伴し読刺されてくる。即ち兜謹の分摂と詮悟に関係する肝に悌敦に於ける韓 と茫即ち﹁受諾の群記法﹂が考察されてくるのである。

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