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セリグ・パールマンの労働運動の理論に関する一考 察(1)

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(1)

セリグ・パールマンの労働運動の理論に関する一考 察(1)

その他のタイトル On Selig Perlman's Theory of the Labor Movement (1)

著者 小林 英夫

雑誌名 關西大學經済論集

巻 10

号 5

ページ 473‑501

発行年 1961‑01‑20

URL http://hdl.handle.net/10112/15539

(2)

.73

いまから回顧してみると︑

( 1 )  

おいても︑また独創性や理論の透徹性においても︑あるいは研究の幅と深みにおいても︑かれは︑いささか劣つて

いたといわねばならない︒にもかかわらず︒ハールマンの労働運動の理論は︑数多くの誤謬を宿しながらもある意味

コモンズも及ばないほどの影響力を後の世代に与えたのであつて︑

期間にせよ自己の著作が認められるということは︑著者にとつて何物にも代えがたい喜びではあろうけれども︑︒ハ

ールマンにあっては︑

いないのである︒しかもかれは︑晩年には自己の理論にたいするかなりの批判に苦しめられはしたものの︑最後ま

( 2 )  

でその正しさを確信していることができたのである︒幸福な生涯という言葉は︑パールマンにもつとも適当しいも

セリグ・パールマン︵思

l i g

P e

r l

m a

n )

教授は︑学者としてかなり幸福な生涯を送った

その師ジョン・ロジャース・コモンズ

( J

o h

n

R o

g e

r s

o   C

m m

o n

s )

その問題の書は一世代以上にわたって生きながらえ︑現在においてもなお支持者を失っては

1

ルマン個人の幸福ということを離れて考えてみると︑かれの理論がその欠陥をもふくめて最近ま

セリグ

それはまことに不思議なほどである︒短

知識の該博さに

パールマンの労働運動の理論に関する一考察い

(3)

. ‑ 1 . ‑

ぎのようにのべている︒ 体の受けいれられ易い性質にあるといわざるをえない︒ で無条件に受けいれられてきたことは︑労働運動の理論の進歩のうえで︑9かならずしも幸福とはいえなかったよう

である︒もちろん︑

かつ修正するつもりでまったくいたと思われる事柄をば︑ れらは︑たとえばアドルフ・シュトルムタール・

( A d o l f S t u r m t h a l )

の指摘しているように︑

( 3 )  

ひとつの独断的教説に転ぜしめ﹂たのである︒チャール

その責任は︑︒ハールマン自身よりはむしろその使徒たちにある︑ということはできる︒実際か

﹁その師自身が展開し

ズ・ギューリックとメルヴィン・バース

( C h a . r l

G u l i c k   a n d   M e l v i n

r s )

も ︑

( 4 )  

ルマンのもつとも熱烈なる追従者たちにたいして提出されねばならない﹂とのべている︒けれども︑もともとエビ

・ゴーネンなどというものはそのようなものにすぎないことを考えあわせると︑やはり問題は︑パールマンの体系自

.セリグ・︒ハールマンの思想的発展の頂点は︑もちろん一九二八年の﹁労働運動の理論﹂

( A T h e o r 1   o f   t h ,  

L a

M o v e m e n t ,   N e w   Y o r k ,  

1 9

2 8

)

る︒かれが﹁労働運動の理論﹂のなかでとくに強調したのは︑労働運動の核心としての﹁労働組合のメンタリティ

( 1 3

e n  

t a l i t y )

﹂であった︒この労働組合の哲学は︑かれによれば方向転換した社会主義哲学と改鋳された

( 5 )  

( t h e O r d e r   o f   t h e   K n i g h t s f   o   L a b o r )

の方法より生じたものなのであるが︑このユニークな結論は︑前掲書

より十年も前のものなのである︒一九一八年のジョン・コモンズ他の﹁合衆国労働史﹂のなかで︑

:

パールマンはつ

その朋芽はそれ以前のかれの歴史研究に容易に見いだすことができ

(4)

4 .  7  5 

のアメリカ改革家たちの諸イズムの注入の企てられたる短いが苦しい時期を︑成功裡に堪えたのである⁝⁝⁝︒派閥斗争の争

ーの小派は︑脱退して︑賃金意識的だが非社会主義的な哲いや騒ぎから︑東部のアメリカ化されたインタナショナルのメムバ

( 6 )  

学の基礎の上に有力な労働組合運動を建設せんとしたのである⁝⁝⁝﹂

と︒この新哲学の最終生産物は︑労使関係における立憲主義である

C

( 7 )  

﹁資本と労働の蜜月時代﹂その特徴として単なる立憲主義以上のもの︑

( 8 )  

渉力が組織産業ではよりほとんど均等化された﹂ことを指摘している︒さらにかれは︑労働協約は﹁アメリカ労働

( 9 )  

運動においてもつとも一般的に承認されたる原理のひとつ﹂となったとも論じている︒

︑とするならば︑交渉当事者の求めるべきは︑

アメリカの労働組合は政治活動に二次的な重要性しか認めないという一般的主張は︑

( 1 0 )  

( J o h n  G

a l

b r

a i

t h

)

氏のいう﹁通念﹂のひとつの例と考えることができるであろうが︑それは︑

至上主義の別な表現でしかない︒実際のところ︑労働協約の基本理念はなによりもまず団体交渉にあることを前提

その交渉の自由の確立ということにならざるをえない︒このように考

えると︑︒ハールマンがつぎのように主張するにいったのも︑ごく自然のように思われる︒

﹁アメリカの労働運動は純粋に経済的なる領域に即応するにいたるにつれて︑それは︑その経済活動の自由が脅かされるよ

うになるときにのみ︑政治活動をおこなうであろうということになる︒過去において政治的術策の暗礁に難破した多くの労働

( 1 1 )  

組合についての回顧は︑うたがいもなく政治への参加にたいして逆作用をした他の要素である﹂

と︒この反政治主義は︑別ないい方をすれば︑労働運動が特定のイデオロギー的志向をもたなくなることを意味し

この労働運動の保守主義を労働組合のメンタリティとして捉え︑

いまのべた労働協約 ジョン・ガルプレイス 一八六四年のインタナショナルの労働組合哲学とともに出発し︑知識階級の土着

この労働協約の発展の時期を

すなわち﹁使用者と被用者の交

それを中心に労働運動の

(5)

セリグ・パールマンの労働運動の理論に調する一考察︵小林︶

理論を構成したのである︒.

この一九二八年の著作は︑すくなくともアメリカの労働運動研究者たちの間では︑その出現以来ほとんど古典に

たまたま一九四九年にニュー・ヨークのケレー社

( A

u g

u s

t u

s

M .

  K e l

l e y )

 

一部の支持者たちですら︑ より再版されたことが機縁となつて︑その再検討がかなり深く行なわれるにいたった︒それは︑もっぱら批判的な

パールマンの理論の若干の修正の必要を認めないわけにはいかな

かったほどである︒しかし注目すべきことには︑そのいずれの批判者たちも︑パールマン自身をしてその見解を撤

回せしめるほどの説得力をもたなかった︒これは︑パールマンほどの研究者ですら自説への愛着とその固執という

は︑まず第一に批判がそれほど致命的なものではなかったことであり︑また第二にはそれ以上に重要なことだが︑

︒ハールマンの理論は依然として正しいものをどこかに内包してはいないかということである︒

は︑︒ハールマンの体系が完全であることを意味しない︒始めにのぺたように︑

る︒けれども死にそうでなかなか死なないのが︑

もちろんそのこと

そこには多くの問題がふくまれてい

( 1 )

セリグ・パールマン教授は︑一九五九年八月一四日フィラデルフィアで亡くなったが︑故人にとつて幸福なことには︑

一 九

六 0

年四月の﹁産業労働関係雑誌﹂は︑かれを偲んでつぎのような労働運動理論のツムポジウムをおこなってい

る ︒

T h

e T

h e

o r

y   o

f   t h

e   L

a b

o r

o   M

v e

m e

n t

・ R

e c

o n

s i

d e

r e

d   : 

S y

m p

o s

i u

m ,

n     i

I n d u

s t r i

a l   a

n d

  L a

b o

r   R

e l a t

i o n s

  R e

v i

e w

 

︵ 以 下

I L

. R

. R

. と 略 す

︶ ︑

V o l .

13 

N o

.  

3 ,

  A p

r i l  

1 9 6 0  

︵ 2

︶エドウィン・ウィッテ教授も︑そのパールマンヘの追悼文のなかでおなじことを指摘している

( E

d w

i n

W i t t

e ,  

S e l i

g  

P e

r l

m a

n ,

n     i

I . L .

R . R .

,   o p

・ c i t . ,

p .  

3 3 6 )

けれどもその最大の証拠は︑パールマン自身の晩年における一論文のなかに充

人間的心理の弱点を免れなかったことに︑ 反対の表明に終始し︑ 近い地位を与えられてきたのであるが︑

ニ 四

"~·•-<·- ,~_·-

一—―--

(6)

77   ・

セリグ・パールマンの労働運動の理論に関する一考察︵小林︶

二 五

分に読みとることができる︒

S e l i g P e r l m a n ,   L a b o r   a n d   t h e   N e w   D e a l   i n   H i s t o r i c a l   P e r s p e c t i v e ,   i n   L a b o r   a n d   t h e   N e w   D e a l , e d   .   b y   M•

D e r b e r   a n d   E•

Y o u n g ,  

1

95

7)

 

( 3 )

A

 

d o l f   S t u r m t h a l ,

o   C m m e n t s   o n   S e l i g   P e r l m a n '

s   A 

T h e o r y f     o t h e   L a b o r   M o v e m e n t  

1

92

8,

i n

 

  I . L . R . R .   V o l .  

4

, 

N r .  

J u l y  

1

95

1,

 

p .  

496 

C h a r l e s  

A .  

G u l i c k   a n d   M e l v i n  

K .

 

B e

r s ,   I n s i g h t   a n d   I l l u s i o n   i n   P e r l m a n ' s   T h e o r y f     o t h e   L a b o r   M o v e m e n t , n     i I L . R . R

.

V o l

6,

N

 

r .  

4

, 

J u l y  

1

95

3,

 

p .  

531 

M a r k   P e r l m a n , a   L b o r   U n i o n   T h e o r i e s   i n   A m e r i c a  

1

95

8,

 

p .  

192 

( 6 )

J  

o h n   R .   C o m m o n s   a n d   a s s  

c i

a t e s ,   H i

s t o , ︑y

o f a   L b o r   i n   t h e   U n i t e d   S t a t e s ,   V o l .   ] I

,  

1

91

8,

 

p .  

354

ここにいうインタ

ナ ツ ョ ナ ル の メ ム パ ー と は

︑ い う ま で も な く ア ド ル フ

・ ス ト ラ ッ サ ー の 一 派 を さ し て い る

︒ な お こ れ と 関 連 し て い え

ば︑社会主義より﹁純粋なる﹂

( p u r e a n d   s i m p l e )

ユニオニズムヘと思想的転化をとげた最大の例は︑もちろんサ`

ュエル・ゴムパースである︒けれどもウィル・ハーバーグ

( W i l l

H e r b e r g )

  M

よれば︑ゴムパースは厳密には保守的サ

ンジカリズムより純粋ユニオニズムに転じたとのことである︒すなわち﹁::・・サミュエル・ゴム︒ハースの初期の哲学

は︑プロレタリアートの直接行動を強調し︑また政府と政治には著しく不信であって︑基本的なサンジカリズムにたい

ンツュタインの漸進的社会主義がかれの正統派的反対者の して明確な親近性を示している︒それは︑エドアルト・ペ

J

革命的社会主義と異つているのとまったく同じように︑より周知の急進的な種々のサンジカリズムと異つている︒ベル ンツュタインもゴムパースもともに︑現実的運動こそすぺてであると讃え︑日常的改良の価値を強調したが︑またとも に︑運動の直接的目的の彼方には︑究局的目標たる労働者の解放の横わっていることを認めていた︒しかしながら︑ド イツにとつてはその運動は社会民主主義であったのにたいして︑アメリカではそれはトレード・ユニオニズムであっ た︒それは前者を漸進主義的社会主義者たらしめ︑後者を漸進主義的または保守的ナンジカリストたらしめた︒この観 点よりする旧型の﹁純粋単純なる﹂卜>ード・ユニオニズムの再解釈は︑・実豊かな結果を約束するものである﹂と︒

( W

H e r b e r

g

A m e r i c a n M a r x i s t   P o l i t i c a l   T h e o r y , n     i S o c i a l i s m   a n d   A m e r i c a n   L i f e ,   e d .   b y D•  

D .   E g b e r t n   a d   S .   P e r s o n s , V o   l .  

1,

 1

95

2,

 

p p

491492)

.  

なおジョージ・ヒギンス師は︑芸でき日のゴムパースにたいするハーパーグのこ

の特徴.つけに︑賛同しているかのようである︒

( R e v . G e o r g e G•  

H i

g g

i n

s ,

U  

n i

o n

  A t t

i t u d

e s   T

o w

a r

d s

  E c

o n

o m

i c

  a

n d

 

(7)

S o c i a l   R o l e s   o f   t h e o   M d e r n   S t a t e s , n     i I n t e r p r e t i n g h e   t   L a b o r   M o v e m e n t , n d   I u s t r i a l   R e l a t i o n s   R e s e a r c h   A s s o c i a t i o n  

̀ 

19

52

,.

p .  

1 

49

) 

( 7

)   J .

・ R .   C o m m o n s , p .   o

・ c i t . ,   p .  

524 

(8)Ibud••

p . 

525 

( 9

)  

I b i d . ,   p .  

527 

( 1 0 )

ガルプ>イス氏のいう﹁通念﹂

( c o n v e n t i o n a l w i s d o m )

の特徴は︑それが受けいれられる性質をもつているために尊

重され︑またそのゆえに大きな安定性をもつていることにある︒この言葉は︑いままでの経済学説が現代の﹁ゆたかな

社会﹂にはもはや妥当しないことを意味している︒その意味では︑アメリカの労働組合の非政治的性格の主張も︑通念

化しているといつてよい︒ある意味では︑パールマンの思想体系そのものが通念化しつつあるといえるかも知れない︒

( 1 1 )  

J .   R .   C o m m o n s ,   o p .   c i t . ,   p .  

530 

まずセリグ・バールマンの理論の基本的構造を明らかにしなければならない︒かれは︑

﹁⁝⁝⁝三つの要素が︑近代のいかなる労働情勢においても基本的なものとして現われたのである︒すなわち第一は︑それ

自身の歴史的発展によって決定される資本主義の抵抗力︑第二は︑資本主義の抵抗力を一様に過少評価し︑急進的変革にたい

する労働者の意志を過大評価するところの知識階級のメンタリティ

( M e n t a l i t y )

による労働運動への支配の程度︑第三は︑

( 1 )  

労働組合のメンタリティの成熟性の程度である﹂

︒ そ し て こ の 三 要 素 の も つ そ れ ぞ れ の 力 の 組 合 わ せ 如 何 が

︑ 現 実 の 労 働 運 動 の 発 展 お よ び そ の 形 態 の 如 何 を 決 定 す る

︒ か れ は

︑ 以 上 の 命 題 を ロ シ ア

︑ ド イ ツ

︑ イ ギ リ ス

︑ ア メ リ カ の 四 国 の 労 働 運 動 の な か に 証 明 し よ う と し た の

組みたてている︒

パールマンの三要素表式

セリグ・パール・マンの労働運動の理論に関する一考察︵小林︶

その構造をつぎのように

二 六

""""""'—. ,~,._

‑ ‑ ・ ‑

(8)

479 

組合のメンタリティの成熟度の低さの結果であり︑

のちに指摘するように︑

んでいるのは︑

二 七

( 2 )  

である︒たとえばロシア革命は︑資本主義の抵抗力の弱さ︑知識階級のメンタリティの強大な支配力︑および労働

アメリカの組合主義は︑資本主義の高度の抵抗力︑労働運動に

たいする知識階級の影響力の弱さ︑および労働組合のメンタリティの完全なる成熟の結果であるとされる︒

この一︳一要素表式の構成には若干の問題が含まれている︒けれどもより多くの問題点を妊

この三要素表式よりはむしろ各要素そのものである︒それゆえまず各要素の解明から出発しなけれ

(1 ) Se li g  Pe rl ma n,

 

Th eo ry   of h e   t  L ab or   Mo ve me nt ,  Kelley, 

1 9

4 9

,  

P. X  (2 )I b ,

Pa rt

 

H is t o ri c a l,   Ch ap te r 

I l ,   ] [ ,  

I V ,  

V .  

﹁近代の労働情勢における基本的なものとして﹂

う表現は︑非常に理解されやすい装いをしているけれども︑ の資本主義の抵抗力

(t he  r e s is t a nc e   p

ow er o   f  ca pi ta li sm ) 

. . . I J

その具体的内容となると︑それはかならずしも明確で

一体なにをさすのであろう︒それをもつともよく説明していると思われるのは︑

﹁⁝⁝⁝資本主義は︑そこでは資本家階級という一階級が生産︑交換および分配の手段を所有し︑その一方では労働者とい

う他の階級が賃金をうるために雇用されるという物質的または管理上のひとつの取り決めにすぎないのではなく︑また本来的

にすらそうなのではない。資本主義は、むしろ権力への有効意志(•

e ff e c ti v e   w i l l  to  po we r"

)

をもつ一階級によって統轄さ

れる社会組織なのであって︑かかる意志は︑すべての新参者にたいして自己の権力を防衛する能力を意味するのである︒その ︒ハールマンのつぎの文章である︒ はない︒資本主義の抵抗力とは︑ ばならない︒

その

(9)

﹁ ロ シ ア の 資 本 主 義 は

は︑そのことを示している︒ と︒第一の意味での抵抗力は︑

つぎに引用する文章

防衛は︑かならずしも物理的力によらない︒なぜならかかる力は︑それが危機においていかに重要であっても︑結局は砕かれ

るかもしれないからである︒壬の防衛は︑それがドイツでなされたように︑かれら資本家のみが︑万人の物質的福祉の依存し

ている近代社会の複雑な経済機構をいかに運営すべきかを知つているのだと︑他の諸階級に確信させてしまうことによるので

( 1 )  

あ る

︒ ﹂

右の説明から判断すれば︑資本主義の抵抗力には二つの概念が含まれているようである︒チャールズ・ギューリ

ックとメルヴィン・バースのふたりは︑

この点をつぎのように批判している︒

﹁⁝⁝⁝資本主義の抵抗力という言葉について二つの解釈が︑示唆される︒第一に︑われわれは︑個人の集合としての資本

家階級に焦点をむけることができる︒そしてわれわれは︑抵抗力をば︑この階級のメムバーが︑支配集団として生き残るため

の努力の過程において示すところの気力、活力、決意および抜目なさと考えてよい。……•••他方われわれは、抵抗力をば、小

支配集団によってではなくてむ●ろ全社会制度によって示されるものと考えてよい︒⁝⁝⁝あきらかにこの関係での抵抗力と

は︑競合してくる社会組織形態によってみずからが取って代られることにたいして抵抗する資本主義の能力に言及しているの

( 2 )  

である︒それゆえ抵抗力とは︑制度の安定ということと同一となる⁝⁝⁝﹂

パールマンがもつとも念頭に置いていたもののようである︒

一 八

0

年のころから他のいずこの資本主義ともまったく同じ外観を有しており︑その生産単位の規

模の大きさとそのまさに熱狂的な発展とによって︑すくなくともその成長のテンポにおいては︑他国の資本主義を追いこした

かのようにみえさえしたのである︒しかしながら生きるための有効意志の所有に関するかぎりでは︑すなわち社会的土壌に真

( 3 )  

に根をおろしているや否やに関するかぎりでは︑かかる外観は完全に欺睛的なものであった﹂

﹁社会的地位におけるかれら︵ドイツのユンカ 1 階級をさしている︶の大なる重要性は︑ひとつの確立せる政府が支配して

セ "

︐ グ

・ パ ー ル マ ン の 労 働 運 動 の 理 論 に 関 す る 一 考 察 ︵ 小 林

ニ 八

~--- --• —---—-

ー.‑‑ ‑‑‑・‑ ‑ ‑ ‑- ' - • - -

(10)
(11)

つぎのように描いている︒

三〇

( 9 )  

ける狡猾さ︑機敏さ︑もしくは生きのこらんとの欲望の欠除よりも︑ずつとより重要なる何物かであった﹂という

ことなのである︒

その

( 1

)

Se li g  Pe rl ma n,  o p .  c i t . ,   pp . 

4 5  

( 2

)  

Ch ar le s 

A .  

Gu li ck   an d  M el vi n 

K .   B

er s,  I ns ig ht a  nd  I l l us i o n.   i n  Pe rl ma n' s  Th eo ry f     o th e  L ab or   Mo ve me nt ,  i n  

L . I•

R . R .

 

V o

l . 

6 ,

N r  

.   4

,  

p . 

514 

( 3

)  

Se li g  Pe rl ma n  op .  c i t . ,   p . 

25 

(4 )I bi d.

̀  p

69  , 

.  

(5 )  I b i d . ,   p . 

1 4 8  

( 6

)  

Ch ar le s  G ul ic k  a nd   Me lv in   Be rs   ̀ o p. ci t.

p .

514 

(7 )

パールマンが﹁米国社会の基本的特質﹂と称するどころのもの︑たとえば私有財産制度の強さ︑アメリカ労働者の階級 意識の欠除︑政治的手段の不充分さなどは︑この第二の意味での抵抗力を意味しているものと考えてよいであろう︒

(P er lm an ,  o p .  c i t . ,   pp . 

155176) けれどもセリ︑グ・パールマンは︑マーク・パールマンの指摘するように︑制度的発

展を形成する市湯やその他の一般的文化的諸力についてのコモンズの概念を用いている

(M ar k Pe rl ma n, a  L bo r  Un io n  Th eo

s

i n  Am er ic a  p

2 0 8 )

.  

︒たとえば︑米国社会の基本的特質などは︑コモンズ﹁合衆国労働史﹂第一巻の序文に詳

細にのぺられているものを︑踏襲しているにすぎない︒︵

J.

R .  

Co mm on s,  H is to ry  o f  L ab or  i u  t he  U ni te d  S ta t e s,   V ol .   I ,  

In tr od uc ti on ) 

( 8

)

9

)  

Gu li ck   an d  Bers, 

o p.   c i t . ,   p .  

515 

パールマンによれば︑労働運動の歴史の上で支配的な第二の要素は︑知識階級の影響力である︒かれは︑それを

セリグ・パールマンの労働運動の理論に関する一考察︵小林︶

.,, ‑‑---一~● 

(12)

4 a ・ 3 ・  

セ リ グ ・

︒ ^ ー ル マ ン の 労 働 運 動 の 理 論 に 関 す る 一 考 察 ︵ 小 林

右に引用された文章では︑ ﹁⁝⁝⁝近代社会における反資本主義的諸勢力の現われてきたのは︑知識階級

( t h e i n t e l l e c t u a l ) か ら で あ っ た

にたいして自己自身のメンタリティに特徴的な教義︑すなわち産業の国有化または社会化︑

労 働 運 動

および新社会秩序のための合憲的

または違憲的なる政治活動︑を押しつけたのも︑かれらであった︒かれらはまた︑中産階級にその同じ見解を教えこむのに忙

しくしてきたのであり︑かくして資本主義の重要なる支柱を︑またある程度までは資本家自身の抵抗精神をさえも損なうのを

( 1 )  

助 け た の で あ る ︒

﹁しかし労働者を抽象的な勢力に捉えられたる抽象的集団と考えることは︑つねに知識階級の主要なる特徴であった︒もち

ろん知識階級という言葉の意味するところは︑労働組合団体にたいして得られたる影響力をとおして間接的にか︑またはみず

からの力でなった労働指導者としてかどちらかの方法で︑労働運動との接触を確立したところの教育ある非筋肉労働者

( n o n

( 2 )  

m a n u a l i s t ) で あ る ⁝

⁝ ⁝

⁝ ⁝

﹂ 右の二つの引用文のうち第二の文章は︑知識階級の定義であり︑第一の文章は︑過去におけるかれらの歴史的活 動を記述している︒その定義からもわかるように︑ここにいう知識階級とは︑

労働運動との非常に特殊な関係からして︑限定された内容をもつものであることがわかる︒したがつてギューリッ クとバースのつぎのような批判は︑あまり正鵠を得たものとはいえない︒

﹁⁝⁝⁝天賦のオある学者も︑もしかれが労働組合員に⁝⁝⁝広汎なる政治活動の放棄と職業統制の強化のみへのエネルギ

ーの支出とをすすめるならば︑知識階級ではない︒他方︑無政府主義︑サンヂカリズムまたは社会主義を説くところの学問の

( 8 )  

かなり乏しきアジテークーは︑その名称をうくる資格が充分ある﹂

﹁知識階級﹂という言葉が︑

パールマンの定義とは異つて一般的な意味に用いられて いると思われる節がある︒たとえば﹁天賦のオある学者﹂とか﹁学問のかなり乏しきアジテーター﹂という表現か

一般的な意味でのそれではなくて︑

(13)

ら判断すれば︑またとくにそれらの言葉がパールマンの定義にたいして椰楡的に用いられていることを考えあわせ ると︑知識階級の資格が︑知識や学問の有無ないしは多寡に帰せしめられているようである︒フィリップ・クフト

( P h i l i p  

Ta

ft

)

この点の誤解をとくのに大いに役立つと思われる︒

﹁⁝⁝⁝もし知識階級という言葉が︑労働人口のなかに︑または思想をとり扱う個人の能力のなかにみられる知識の程度に

関係ありとするならば︑討議する問題点はないであろう︒もしそれが問題点だとすれば︑ひとは︑︒ハールマン教授の諸著作と

歴史および社会諸科学についてのかれの知識とを指摘し︑﹁あなたもまた知識人です﹂とたんに宣言することにより︑その問

1

その組織をつうじてプラグマティックな経験的方法で日常の問題に関与するのか︑それともかれは︑もつばら新しい型の経済

( 4 )  

﹁知識階級という言葉によって描かれているものは⁝⁝⁝労働組織にたいするひとつの態度であつて︑読み書き計算する人

( 5 )  

と︒もつともこの点は︑さきにあげたギューリックとバースも理解していたようである︒というのもかれらは︑

( 6 )  

﹁知識階級﹂という言葉を﹁職業意識的ユニオーーズムの対極たる型のプログラム﹂を指すものと解釈することによ

り︑パールマンのいう﹁知識階級﹂の意味内容とその用語との間の矛盾を解決しているからである︒

けれどもクフトのように﹁知識階級﹂をひとつの態度と解釈することは︑すこしく︒ハールマンに好意的にすぎる

ようである︒やはりかれは︑

( 7 )  

る︒問題は︑労働運動に関係しとくに社会主義的影響をおよぼした一部の知識人に︑無限定にして一般的な﹁知識 階級﹂という用語をもちい︑しかも後者の内容を前者に限定せんとしたことにあった︒いいかえればそれは︑特殊

﹁知識階級﹂のなかにそのような態度をとる具体的な人間を意識していたと思われ

‑‑‑‑‑・.  ー・・・‑‑‑‑‑

(14)

485 

セリグ・パールマンの労働運動の理論に関する一考察︵小林︶

いからである︒ 一般を特殊によって限定せんとすることにあったといえる︒さらにその欠点は︑労働運動にイデオロ

( 8 )  

ギー的影響をおよぼしたものを︑非筋肉労働者だけに限ったことにもみいだすことができる︒けれども以上の指摘

は︑資本主義の抵抗力についての概念区分と同様に︑用語上の不適性を明らかにするものではあっても︑その用語

によって︒ハールマンが意味しようとした事実の存在をば否定するものではない︒というのも労働運動にたいする一

部の知識階級の指導と影響とは︑例外として誇張されがちのアメリカを別とすれば︑とても無視することはできな

(1 )

S e l i g   P e r l m a n ,   o p .   c i t . ,   p .  

( 2 ) I b i d s   p .  

280 

( 3 )

C

 

h a r l e s   G u l i c k   a n d   M e l v i n   B e r s ,   o p .   c i t . ,   p .  

513 

( 4

)  

P h i l i p   T a f t , h   T e o r i e s   o f   t h e   L a b o r   M o v e m e n t ,   i n   I n t e r p r e t i n g   t h e   L a b o r   M o v e m e n t ,   I n d u s t r i a l   R e l a t i o n s   R e s e a r c h   A s s o c i a t i o n  

( 以 T

L R . R . A .

D e c e m b e r ,

19

52

, 

p .  

2 9

  (5 ) 

I b i d . ,   p .  

30 

( 6

)   G

u l i c k   a n d   B e r s ,  

, P.  

c i t . ,   p .  

513 

( 7

)  

P e r l m a n ,   o p .   c i t . ,   C h a p t e r  

¥ f i l .  

この章のなかで︒ハールマンは︑知識階級を革命的なもの︑倫理的なもの︑および能率的

なものの三者に分類しているが︑そこではそれぞれ具体的な人間の具体的なる行為が浮彫されており︑その行為は︑労 働運動にたいする労働者のひとつのアプローチの表象にすぎないのではなくて︑知識階級そのものの属性と考えられて

いるようである︒

( 8 ) ッュトルムタールの指摘するところでは︑ヨーロッパでは︑イデオロギーの吸収に急であったのは知識階級よりはむし

ろ労働者であった由である︒

( A d o l f S t u r m t h a l ,   C o m m e n t s   o n   S e l i g P   e r l m e n ' s

  A 

t h e o r y o f     t h e   L a b o r   M o v e m e n t ,   i n   L L . R . R .   V o l .  

N r .  

4,

 

p p

なおパールマンの如益識臨

HK492494)

.  

の 完 8 まは︑さきにもふれたように明らかにその師

(15)

コモンズ教授のそれを借用している︒コモンズによれば︑﹁知識階級﹂という言葉は﹁かれら自身の経済的利益または

生活手段がさしあたりかれら自身の筋肉労働から得られる賃金以外のあらゆる方向に存しているということ﹂をしめす

に す ぎ な い の で あ る ︒

(J.

R .  

C o m m o n s   a n d   a s s o c i a t e s , i   H s t o r y   o f   L a b o r   i n   t h e   U n i t e d   S t a t e s ,

V ‑ o  

l .  

H  . 

1 9

1 8

,  

p .  

1 9 )  

その三

﹁労働情勢において第三のもつとも重要なる要素は︑労働組合運動である︒本質的にプラグマティックな労働組合主義は︑

職場や産業における所得や保障や自由からみたる機会の増大をもとめて︑たえず雇用主にたいして斗争するのみならず︑組合

の綱領を立案しその政策を作製せんとする知識階級にたいしても︑意識的にか無意識的に︑また積極的にかたんに消極的に

か︑斗争するのである︒知識階級による支配にたいする組織労働者のこの斗争において︑われわれは︑そのヴィジョンの中心

に具体的労働者を据えるイデオロギーと︑労働者をたんに抽象的勢力に捉えられたる抽象的集団として描くところの競合的イ

( 1 )  

デオロギーとの衝突をみるのである︒﹂

と︒ここには二つの点が明らかにされている︒すなわちひとつは労働のイデオロギーの内容であり︑

それと知識階級のイデオロギーとの対立︑

いまひとつは い わ ば 三 要 素 表 式 に お け る 第 二 の 要 索 と 第 三 の 要 素 と の 対 立 で あ る

︒ と ころでこの労働のイデオロギーについて︑︒ハールマンはつぎのように論じている︒

﹁労働者自身の内部から成長したイデオロギーは︑労働者自身の諸制度の労働規則の研究をつうじてのみ︑あきらかにされ

る︒労働組合は今日での労働者の制度であるが︑過去における労働者の制度︑と<にギルドからもまた︑多くのことが学ばれ

ロシアの農民にせよ︑近代の賃金労働者にせよ︑あるいは中世の親方労働者にせよ︑筋肉労働者集団

( m a n u a l g r o u p s )

は ︑

う る

最後に︒ハールマンのいう第三の要素は︑

つぎのように説かれている︒

セリグ・パールマンの労働運動の理論に関する一考察︵小林︶

--——--- ‑ ‑ ‑ ・ ‑ ‑ ‑ ‑ ‑ ‑ ‑ ---—--- ‑ ‑ ‑

(16)

487 

セリグ・パールマンの労働運動の理論に関する一考察︵小林︶ と︒さらにかれは︑

( e c o n o m i c   a t t i t u d e

)

会をば集団を構成する個人の間に割りあて︑個人としてのメムバーがその機会の一部の占有を許される条件について集団がそ はこの稀少意識とともに出発し︑団結を実現し︑現存する経済的機会の総体の集団全体による共有を主張し︑集団がかかる機 その経済的態度が根本的には機会稀少の意識によって決定されていたというのが︑著者の主張である⁝⁝⁝︒筋肉労働者集団

( 2 )  

のメムバーを統制し︑短かくいえば﹁機会の共有制﹂にまでたちいたったのである︒﹂

右の理論は︑なかなかにユニークなものである︒ただ中世ギルドのメムバーと近代の賃金労働者との間にどれほど の類似性を認めうるかは︑のちにふれるように若干の問題を妊んでいるところである︒けれども賃金労働者の機会 の稀少は︑すくなくとも︒ハールマンの時代までは厳然たる現実であった︒それゆえ労働組合の規則のなかに︑かれ が機会稀少の意識よりする労働者の機会の共有制を発見したことは︑看過されてはならない功績のひとつである︒

問題は︑労働者の機会はなぜ稀少であるかという理由の解明であらねばならないが︑この点は︑︒ハールマンにまつ た<欠けているところである︒ただここでひとつだけ注意すべきことは︑パールマン自身ものべているように︑か

﹁ わ

た く

し は

ナボレオンがかれの時代の理想主義者に軽蔑的にもちいた言葉からうけつがれたイデオロギーという言葉

を︑社会主議的知識人の用法にならってしばしば使用する︒しかしながらわたくしは︑その言葉が︑科学者が﹁観念﹂または

﹁理論﹂とよび︑哲学者が﹁理想主義﹂または﹁倫理﹂とよび︑実業家および労働者が﹁哲学﹂とよんでいるものと︑まった

く同意義であるのを見いだすのである︒組合主義者は︑﹁労働組合主義の哲学﹂について語る︒もしかれらが知識階級であれ

ば ︑ か れ ら は そ れ を ﹁ 理 論 ﹂ ︑

べてをわたくしは︑ときどき﹁メンクリティ﹂

﹁経済的態度﹂ れの特殊なる用語法である︒

﹁ イ

デ オ

ロ ギ

ー ﹂

﹁観念﹂または﹁理想主義﹂または﹁倫理﹂とよぶであろうが︑

( 3 )  

( m e n t a l i t y )

と い う 言 葉 に 含 め て い る ﹂

﹁経済的集団心理﹂

( e c o n o m i c g r o u p   p s y c h o l o g y )

または こ

れ ら

(17)

( b a s i c e c o n o m i c   p h i l o s o p h y )

または個人﹁心理﹂

( i n d i v i d u a l p s y c h o l o g y )

という表現を随所に使

( 4 )  

いずれも﹁メンクリティ﹂という言葉に包含されるもののようである︒総じ

て︒ハールマンの用語法には厳密性を欠くものがあり︑その点は︑かれの理論を検討する上で忘れられてはならない

ものである︒というのもそれは︑概念の非厳密性と理論の不明確性の一因ともなっているからである︒たとえば労

( 5 )  

働組合のメンタリティと知識階級のイデオロギーとの対立は︑前者と政治活動との対立に発展せしめられるが︑そ

の対立と︒ハールマンのいう﹁稀少意識﹂との間にどれほどの関連性︵すなわち因果関係︶をみいだしうるかは疑わし

( 6 )  

( 1 )

S e l i g   P e r l m a n ,   o p .   c i t . ,   p p .  

5 6

  ( 2 ) I b i d .

p .

( 3 )  

I b i d , .  

p . 

( 4 )

ギューリックとパースはつぎのようにいう﹁ときに同一のようにみえ︑またときには類似しているかまたは相異してい るとさえみえるとこるの観念を表現するのに︑パールマンがさまざまな用語を融通性をもたせて用いていることは︑か れの理論の分析者にとつて重大なる問題を提出する︒この問題は︑ひとつの言葉にふたつまたはそれ以上の意味を詰め

こむというかれの︑一層の慣行によって︑複雑となる﹂と︒

( G u l i c k a n d   B e r s ,

  o p . cit••  

p .  

5 1 2 )  

( 5 )

対立というのは︑政浩活動の完全なる排除ではなく︑労働組合が﹁巨視政治的﹂

( m a c r o p o l i t i c a l )

よりはむしろ﹁微視

政 治 的 ﹂

( m i c i ‑ o p o l i t i   c a l )

であることを意味する︒

( G u l i c k a n d   B e r s ,  

o p .   c i t . ,   p .  

5 1 3 )

こ れ は ︑ n o n ‑ p a r t i s a n s h i p という表現に示される有名なアメリカ的方式のことであり︑その方式により達成せんとされる目標は︑つねに微視的な 日常的な問題である︒なおアメリカ労働組合の圧力集団方式については︑一九五

0

年の選挙における

CIO

と民主党と

の関係を論じた

F a y C a l k i n s , T   h e   C I O   a n d   t h e   D e m o c r a t i c   Party•

1 9 5 2

が参考になる︒本書のなかでコーキンス嬢 は︑政治学者としての立湯から︑利益集団としての労働と政党との間の可能な関係の種類︑そのある特定の関係を選択

セリグ・パールマンの労働運動の理論に関する一考察︵小林︶

→ ← ‑‑‑‑‑

(18)

489 

セリグ・バールマンの労働運動の理論に関する一考察︵小林︶

第三に︑第二の要素と第三の要素とは︑ は︑第二の要素によって限定され︑またその逆も成立する︒

させる力︑政党との協働または政党内部での活動に必然的な労働側の妥協︑労働指導者の戦術とタイミングの問題︑労 慟組合が政党に支配力をおよぼしうる条件などを五つのケースについて論じている︒過去の活動も︑本書よりある程度

類推することができる︒

(6

) 

G u l i c k   a n d   B e r s ,   o p . cit••  

p . 

524 

いまや残されたる問題は︑

いままでに検討されてきた﹁近代の労働情勢に基本的な﹂三要素の間の相互関係の究

明である︒この点については︑くりかえし引用するようではあるが︑チャールズ・ギューリックとメルヴィン・バ

いまさら付言を許さないほどに見事な分析をおこなっている︒その要点は︑

ぞれ独立の力ではあるけれども︑﹁より厳密に分析すれば︑それらは解きほぐしえないほどに相互連関しているよ

( 1 )  

うであり︑事実部分的には定義によれば同一である﹂ということにある︒

第一に︑資本主義の抵抗力は︑社会の大部分のものが資本主義の基本的諸原則を受けいれるときに増大するけれ

ども︑それは同時に反資本主義的な﹁知識階級﹂の立場の拒否を意味する︒すなわち︒ハールマンのいう第一の要素

第二に︑成熟せる労働組合のメンクリティは︑職業意識

( j o b

, c o n

s c i o u s n e s s )  

定されたる政治活動を意味するが︑ への集中︑階級意識の拒否および限

それは資本主義の翠固であることの一面を描くにすぎない︒かくしてパールマ

ンの第一と第三の要素は﹁部分的にはそれぞれ相互のタームで定義され﹂ているのである︒ その四

これらの三要素はそれ

﹁同一鋳貨の単なる相反する面﹂にすぎない︒この両者は相対する両極

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