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評価者 としての教師の責任の視点か ら

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Academic year: 2021

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(1)

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●課題研究

2 1

世紀型の学力 ・評価観をどう確立するか⑧●

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評価者 としての教師の責任の視点か ら

上越教育大学 西 穣司

本提案の意図

わが国の今 日の青少年 を取 り巻 く発達環境 は,全体社会の情報化 ・国際 化 ・高齢化 ・少子化が急速に進展するなかで,かつてとはおおいに異なる様 相を呈 してお り, とくに日常生活での彼 らの直接的な社会体験 を通 しての対 人的コミュニケーションの不足が深刻 といえる。 このような状況下において, 学校教育においてこれまで長 く保持 され,自明祝 されてきたとさえ思われる 学力 ・評価観の抜本的転換が不可欠の課題であると思われる。本提案では, 今 日においてきわめて重要なこの学力 ・評価観の転換の基本方向 と課題につ いて,学校教育の第一線の実践者 としての教師の実感や具体的行動に焦点を 当てて,筆者の率直な見解 を述べることにしたい。

ところで,このたびの教育課程の基準のね らいの一つ,ゆとりのある教 育活動 を展開するなかで,基礎 ・基本の確実な定着を図 り,個性 を生かす教 育を充実すること」 という国家的行政基準 (指導観)は,学校教師の 日々の 実践感覚において矛盾な く理解できる指導観であるといえるのか。 この行政 基準 (ね らい)は,単純にないし表面的に読んで しまえば,とくに問題がな さそうではあるが,改めてその内容を深 く吟味 してみると,相当むずか しい 実践的課題を教師たちに突 きつけていると考えられる。すなわち, どの児童 生徒 にも 「基礎 ・基本の確実な定着 を図 り」,なおかつ 「個性 を生かす教育 を充実する」 という二つの事柄は,言葉こそ椅麓ではあるが,教師の 日々の 実践の文脈に置 き換 えた場合, もともとかな り実現困難な言説の恐れがある

(2)

と思われる (駒林邦男,1987参照)0

現在種 々の教育改革の施策が積極的に展開されるなかでの 日々'の取 り組み において,教師はこうした文言や用語の意味を深 く吟埠 し,自身の実践感覚 の レベルで納得で き, しか もその中身を具体的事実 として示 しうるよう主体 的な解釈 と判断を下すことが肝要 と考える。そ うした姿勢に立つことが,学 校教育の第一線 を担 うわが国教師に求め られる社会的責任で もあると,筆者

は考える

ただ し,青少年の望ましい発達 を助成するとい う役割は,̲もともと学校教 師のみによって果たされ得るものでないことを,ここではっきりと確認 して お く必要がある。わが国の現在の社会 ・文化状況を考慮すると,学校教師は, 青少年の学習 ・発達を援助するさまざまな人的資源のなかで,血縁的関係に 基づ く保護者 と,医療的 ・法的 ・福祉的専門機関の担当者等 との社会的中間 者 (媒介者) としての特 質 と責任 を有 してい る と,筆者 は考 える (西穣 司,1999,6‑7頁参照)。 この立場 を基礎 にして,21世紀型の学力 ・評価観 をどう描 き出 し, どう具現できるかについて以下考察することにしよう

Ⅱ 21

世紀型の学力 ・評価観の基本要件

わが国の学校教育において,・これまで追求 されてきた学力やその評価 に対 する一般的傾向を考慮すると,筆者は21世紀 という新たな時代状況において 求められる学力 ・評価観 として,■次の3点が基本要件 とされる必要があると 考える。

(1) これまでわが国の青少年の測定学力が概 して高いとされてきたが,その 学力の土台ない し基底部分 (関心 ・意欲 ・態度など)の弱 きを見据え,克 服 しなければならない。

(2) 日本の学校教育における評価 は,学校教育の量的拡大過程での上級学校 への入学者選抜方法における客観性や公平性確保が重視 されて来た経緯 も あ り,数量的序列主義ない し相対主義的色合いの濃いものと受け止め られ てきた 課題学習」重視のカリキュラムと評価】。 しか しなが ら,明 らか に客観テス トの結果重視の評価 には限界があることを踏 まえて(1),これか

(3)

評価者 としての教師の責任の視点か ら は児童 ・生徒の個人差 を深 く考慮 しつつ質の高い学力保障のための総合 的援助活動 としての 「評価」(assessrpent)の考 え方が採用 される必要が ある (James,M.,1999参照)0

(3)21世紀社会に生 きる市民 に求め られる広い視野 と高い倫理性 を伴 った質 的に優れた学力 を着実に育てるためには,青少年の "学び"の意味づけを 重視する評価が可能な適切 な方策が案出されなければならない 【志向学 習」重視のカリキュラム と評価】(西穣司,1999参照)(2)0

評価者 としての教師」 という認識の意味 と課題

1.従前の学校教育における評価 をめぐる教師にとっての基本的課題 教育サー ビスを捷供 した側 (つ まり学校 ・教師)が,そのサービスの結果 や成果 を自ら 「評価」するという奇妙 さが, もともと学校教育の評価 にはつ きまとっている。しか し,仮 に教育サービスを受けた側 (生徒 ・保護者など) か らの評価 を詳細 に実施 したとして も,その評価結果が どの程度妥当性 ・信 頼性 を持ちうるかは疑問なしとしない。

ところで,わが国においては,生徒の学習の評価 をめ ぐって,実質的には 客観テス トの成東 による一定の集団内での相対的な 「評定」(Valuation) い し 「格付 け」 (rating)が重視 され,本来の 「生徒 にとっての今後の学習 課題の提示や意欲づけ」,さらに 「教師にとっての今後の指導内容 ・方法改 善策の案出」の機能が きわめて不十分であったといわなければならない ( 彦忠彦,1999,18'6‑187頁お よび西穣司,1996参照)。

2.評価者 としての教師」 とい う認識の意味

評価者 としての教師」 という認識は,上述のような外部指標 に基づ く, 冷たい 「評定

や 「格付 け

ではな く,個々の生徒 に寄 り添いつつ 「生徒の 今後の学習課題の捷示や意欲づけ」 と 「教師の今後の指導内容 ・方法改善策 の案出」 とい う本来的な 「評価」(assessment)の機能 を担 う教 師が ,これ か ら強 く期待 されるという意味である (佐藤真,2000参照)0

3.評価者 としての教師

に求め られる責任感 とその共有 ・履行体制の追

(4)

上記2に述べ た本来的な評価 を十全 に行 うことは, もとよ り容易 ではない が,勤務校 の同僚教 師や関係者 (生徒 の保護者 ・地域住民等) との積極 的な 連携 を図 りなが ら,高い倫理性 を伴 った責任感 を共有 し,その履行体制 ( わばアカウ ンタビリテ ィ)の確立 に努める必要がある。

ただ し, ここでい う責任感 は,青少年の学習 ・発達援助者群 のなかの社会 的中間者 (媒介者) としてのそれであって,その社会が学校教育 に付与 して いる資源 ない し条件 の制約 を免 れない性質の ものであることを確認 してお き たい。その意味で,わが国の教 師の勤務構造の適正化や学校経営 における慣 習の大胆 な見直 しも今後真剣 に取 り組 まれるべ き不可欠の課題であることを 指摘 してお きたい。

く注)

(1)客観テス トは,①すべての人に対 して同じ意味を持ち,誰が採点 しても同 一の結果 となるようなテス ト項 目を作成すること,②項 目群が全体 として 一次元性 をもち,個人差を敏感に反映するような弁別性 を備 えていること,

という2条件の特質がある。

また,客観テス トの限界 として,断片的 ・人工的な項 目の寄せ集めにす ぎ ず,個別的な知識の記憶 についてな らば測定で きる として も,論理的推 論 ・批判的検討 ・創造的総合などの高次の知的測定の困難性が指摘で きる。

梶田叡一,1992,168‑169頁参照。

(2)教育課程審議会答申 「児童生徒の学習 と教育課程の実施状況の評価の在 り 方について」(2000124日)に示 された

,

「目標 に準拠 した評価 (いわ ゆる絶対評価)」を基本 とする考え方に立ち,指導 と評価の一体化 を積極的 に推進すべ きとする方向は,筆者 もきわめて妥当であると考える。

参考文献)

①安彦忠彦 「カリキュラムの評価的研究」,安彦忠彦編著 F新版カリキュラム 研究入門』勤草書房,1999所収,181‑207頁。

②梶田叡‑ 『教育評価 (2版)』有斐閣,19920

③駒林邦男

r

r基礎 ・基本』の徹底 と r個性』重視は両立するか‑ r学習指 導要領

稔則」の部分的検討‑ 」,日本学校教育学会編

『 (

学校教育研究 7号)学習指導要領を問うj東僧堂,1987所収,4‑14頁.

④佐藤真 「教師の 『み とり』能力の本質的性格 と課題‑ 稔合的な学習』

(5)

評価者としての教師の責任の視点から における質的評価法 を中心 に‑ 」, 日本学枚教育学会編 『(学校教育研究 15号)学校のアカウンタビリティを問う』教育開発研究所,2000所収,85

‑97頁。

⑤渋谷憲一r(学校改善実践全集第9巻)子 どもを伸ばす評価』ぎょうせい,19870

(む西穣 司 「教科教育 における評価 の課題 と展望一 教 師の 自己評価 を中心 に‑ 」,上越教育大学教科教育に関するプロジェク ト研究会 (代表 :二谷 貞夫)編 『教科教育学教育の理論 と実践j1996所収,157‑166頁.

(∋西穣司 「子 ども一人ひ とりの 『よさ』を育む学校教育の課題‑ 教 え込 み主義』の学校観の吟味を中心 に‑ 」,教育 と時間研究会編 Fジャーナル 教育 と時間』第6,1997所収,3‑13頁。

(む西穣司 「教師の専門性 とは何か」,藤岡完治滞本和子編著 『(シリーズ新 し い授業 を創 る 第5巻)授業で成長す る教 師ぎょうせ い,1999所収,3

‑14頁。

@James,Mary,Using AssessmentforSchoolImprovement(Oxford:Heine‑ mann,1998)

参照

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