源氏物語の天体描写について
山 澤 茉 莉
はじめに
るさま、 虎 狼 だに泣きぬべし。
とらおほかみと 明 きに 、いとどなまめかしうきよらにて、ものをおぼいた
あか出でたまふほどを、人々のぞきて見たてまつる。 入方の 月 い な役割を果たしているのかを記述し、考察してみたい。 特に自然描写の一つ、天体描写がどのように表現され、どのよう 越した描写がされている。そこで本稿では『源氏物語』において 『 源 氏 物 語 』 は、 地 上 の 自 然 描 写 は も ち ろ ん 天 体 に 関 し て も 卓 (新潮日本古典集成 源氏物語 二 ・ 二〇八ページ・須磨)
須磨への退去を前にして、都に残す女人達に別れを告げて回る 場面である。傾きかけながらも明るい光を放つ月に、時にかなわ ずとも霞むことのない源氏の美しさが重ね合わされている。明る い月と美しい源氏が二重映しにされることで神々しい源氏の姿を 目の当たりにするかの様な説得力がある。 天体は木や花、動物等と同様自然物の一つであり、親しみを感 じる存在である。しかし同時にそれらとは異なり、触れたり、近 くから眺めたりすることはできない。このように、一方では親し みやすさを、また一方ではある種の近寄り難さを持つ天体を、筆 者はどのように描き、そしてそれらにどのような効果を与えよう としたのだろうか。 『
源 氏 物 語 』 は 全 三 部 か ら 成 る 物 語 と 認 識 さ れ て き た。 第 一 部 は、 主 人 公 源 氏 の 誕 生 か ら 青 春、 流 離、 栄 華 を 極 め る ま で を 描 き、第二部は、苦悩の晩年、第三部は、源氏の子薫の、舞台を宇 治 に 移 し た 恋 物 語 で あ る。 本 稿 で も 最 も 一 般 的 な こ の 分 け 方 に 則 っ て 主 人 公 源 氏 の 誕 生「 桐 壺 」 か ら そ の 死 を 暗 示 さ せ る「 幻 」 までの四十一帖を調査・考察する。分析資料は、青表紙本系統中 の善本とされる通称大島本を底本としている左記の『新潮日本古
典集成 源氏物語』であるが、分量は一六六二ページ、 巻 ごとの 分量は、以下の通りである。配列は帖の順である。
表1第1部のページ数 桐 壺 34 帚 木 60 空 蟬 16 夕 顔 62 若 紫 62 末摘花 42 紅葉賀 35 花 宴 13
葵 59
賢 木 63
花散里 6
須 磨 58 明 石 53 澪 標 44 蓬 生 30
関 屋 8
絵 合 28 松 風 30 薄 雲 40 朝 顔 28 少 女 64 玉 鬘 52
石田穣二 清水好子 校注『新潮日本古典集成 源氏物語』
(新潮社 一九七六~一九七八年)
な お、 以 降 の 出 典 の 示 し 方 は 以 下 の 通 り と す る。 ( 一・ 二 八 三 ・ 四・ 末 摘 花 ) と あ る 場 合、 上 か ら 順 に『 新 潮 日 本 古 典 集 成』での巻数・ページ数・行数を示す。また紙幅の都合で用例は 抄出とする。また、私に傍線を付した箇所がある。実線は天体描
初 音 20 胡 蝶 26
蛍 26
常 夏 30
篝 火 8
野 分 24 御 幸 36 藤 袴 20 真木柱 50 梅 枝 26 藤裏葉 32 計 1185 表2第2部のページ数
若菜上 138 若菜下 127 柏 木 52 横 笛 26 鈴 虫 20 夕 霧 90 御 法 26
幻 30
計 509
写、破線は天体描写を修飾している箇所である。
1 先行研究中古の自然描写、その中でも特に天体に関する考察がなされて いるものは、管見の及ぶ範囲では以下の書が挙げられる。
秋山虔 「源氏物語の自然と人間」
『王朝女流文学の世界』
東京大学出版会 一九七二年 自然を着眼点に、源氏物語中の自然と人間の関係について考察 されており、自然描写と人間の感情、自然描写と情景描写の間の 関係について研究されている。
林田孝和 「源氏物語における「月光」の設定」
『源氏物語の発想』
桜楓社 一九八〇年 林田孝和 「源氏物語の自然描写―月光の美―」
『源氏物語の精神史的研究』
桜楓社 一九九三年 天体の中でも特に月に着目して、月光の設定に認められる三つ の型からの論文や、朧月夜一人にスポットをあてる研究など源氏 物語における自然描写の意義を多角的に考察されている。
藤河家利昭 「「源氏物語」の楽の音と自然―月を例として―」 『広島女学院大学公開講座論集
・自然と日本文学』
広島女学院大学 一九九二年 源氏物語中の月について、琴や笛とともに描かれるとき、月夜 の管弦の演奏と女君の関係、また月と合わない楽の音という視点 などから考察されている。
2 天体描写の抽出基準本稿で求めようとする月・星・太陽の全量データに基づいて分 類 考 察 を 行 っ て い る 文 献 は 管 見 の 及 ぶ 範 囲 で は 見 ら れ な か っ た。 そのため独自に抽出基準を以下のように定めた。
① 複合語 複 合 語 は そ れ ぞ れ 別 の 語 と し て 採 録 し た。 た と え ば「 月 日 の 影 」 で あ れ ば、 「 月 日 」 を「 月 」 と「 日 」 に 分 け、 そ れ ぞ れ を 「 月 の 影 」「 日 の 影 」 と 解 釈 し、 月 は「 月 」 と し て、 日 は「 日 」 と して採録した。
例 「 朝
おほ廷
やけに か し こ ま り き こ ゆ る 人 は、 明 ら か な る 月 日 の 影 を だに見ず、やすらかに身をふるまふことも、いと罪をもか なり。 」 (二 ・ 二一一 ・ 八・須磨)
② 天体を表す語が含まれていない語
月、日、星など天体を示す語が含まれていなくとも、天体を意 味していると思われるものは採録した。
例 久かたの 光 に近き名のみして 朝
あさ夕
ゆふ霧
ぎりも晴れぬ山里
(三
・ 一四〇 ・ 一四・松風)
この場合、本文には「光」としか書かれていないが、文脈から 「月の光」と認識し「月」として採録した。
③ 時間経過を表す語は省く 日や月と書かれていても、時間の経過を意味するものは採録の 対象としなかった。
例 「 つ つ し ま せ た ま ふ べ き 御 年 な る に、 晴 れ 晴 れ し か ら で 月 ご ろ 過 ぎ さ せ た ま ふ こ と を だ に、 嘆 き わ た り は べ り つ る に、御つつしみなどをも、常よりことにせさせたまはざり えること」 (三 ・ 一六五 ・ 七・薄雲)
い。よって採録の対象外とした。 「 月 ご ろ 」 は、 「 こ こ 幾 月 も 」 と い う 意 味 で 天 体 を 指 し て い な ④ 月日の名前に含まれる語は省く 一 月 や 二 月、 三 月 … な ど 一 二 ヶ 月 を 表 す「 月 」、 十 日、 二 十 日 …など、日付を表す「日」は天体を示していないので採録の対象 としない。
例 九 月 二
はつか十日 のほどにぞ、おこたり果てたまひて、いといた く 面
おも痩
やせ た ま へ れ ど、 な か な か い み じ く な ま め か し く て、 ながめがちにねをのみ泣きたまふ。 (一 ・ 一六八 ・ 一・夕顔) ⑤ 天体描写を表す語が含まれている固有名詞は省く
今回は天体描写を対象としているため、人物名など固有名詞に 含まれるものは採録の対象としなかった。
例 藤
ふぢ壺
つぼならびたまひて、御おぼえもとりどりなれば、かかや く 日 の宮と聞こゆ。 (一 ・ 三五 ・ 一三・桐壺)
一『源氏物語』の天体描写の諸相
は じ め に 天 体 描 写 の 部 ご と の 月・ 日・ 星 の 用 例 数 を 以 下 に 示 す。
表3
星 日 月
4 53 131
第一部
2 22 33
第二部
1『源氏物語』第一部の天体描写(1)月の描写
月の描写は、一三一例採録した。
第 一 部 と 第 二 部 の 月 の 描 写 を 比 較 し て 大 き な 差 異 は 見 ら れ な い。しかし第一部の月を特徴づけるものとして澄んだ月を挙げる ことができるだろう。これは第一部中に一〇例見られる。
例 「時々につけても、人の心を移すめる花 紅
もみぢ葉 の盛りよりも、 冬 の 夜
よの 澄 め る 月 に 雪 の 光 り あ ひ た る 空 こ そ、 あ や し う、 色なきものの身にしみて、この世のほかのことまで思ひ流 され、おもしろさもあはれさも残らぬをりなれ。すさまじ き 例
ためしに言い置きけむ人の心浅さよ」とて、 御
み簾
す巻きあげさ せたまふ。 (三 ・ 二〇八 ・ 一一・朝顔)
源氏の理想とする冬の月について論述したものである。直後に 「 月 は 隈 な く さ し 出 で て 」 と あ り、 澄 ん だ 月 の 出 た 光 景 が 目 の 前 に広がっていることが分かる。源氏が成功へ向けて歩んでいる期 間の描写であり、源氏の身も心も澄んだ様子が月に託して描かれ て い る。 「 須 磨 」 で は 実 際 に 源 氏 が「 ゆ き め ぐ り つ ひ に す む べ き 月かげのしばし雲らむ空なながめそ」という歌を詠み身の潔白を 訴えている。
第二部にも月が澄むという表現は三例見られる。一例は「若菜 下 」 の は じ め に 見 ら れ、 源 氏 の 周 囲 に そ れ ほ ど 大 き な 問 題 も な かった時期で、残りの二例は夕霧に関わるものである。 もうひとつ特徴的なのが、有明や暁の月など、後朝を思わせる 月の描写の圧倒的多数が第一部に集中している点である。 例 夜深き 暁
あかつき月
づくよ夜 のえもいはず 霧
きり わ た れ る に、 い と い た う やつれてふるまひなしたまへるしも、似るものなき御あり さ ま に て、 承
しやう香
きやう殿
でんの 御 兄
せうとの 藤
とう少
せうしやう将 、 藤 壺 よ り 出 で て 月 の 少し 隈
くまある 立
たて蔀
じとみのもとに立てりけるを、知らで過ぎたまひ けむこそいとほしけれ。 (二 ・ 一四八 ・ 一二・賢木)
これは、源氏と朧月夜の密会後の場面である。後朝の優美な情 景を作り出すのに最も貢献している残月によって源氏と朧月夜の 関 係 が 露 見 す る の は 皮 肉 だ が、 劇 的 で 筆 者 の 手 腕 を 感 じ さ せ る。 ほかにも「有明の月」や「十六夜の月」など種々の表現が見られ る。ただし有明の月とは対照的な夕月夜の描写も少なからず見ら れ、 そ れ ら は 第 二 部 で は 見 ら れ な い こ と を こ こ で 付 け 加 え て お く。
(2)日の描写日の描写は、五三例採録した。
日は単純に時間経過を表すものも多いが、特に第一部では「月 日」という形でバラエティに富んだ使用が見られる。例えば以下
のようなものである。
例 げ に、 い か さ ま に 作 り か へ て か は、 劣 ら ぬ 御 あ り さ ま は、 世に出でものしたまはまし。 月日の光 の 空
そらに通ひたるやう にぞ 世
よ人
ひとも思へる。 (二 ・ 四五 ・ 一三・紅葉賀)
源 氏 と、 源 氏 と 藤 壺 の 間 の 子 が よ く 似 て 大 変 美 し い こ と を、 「 月 日 の 光 の 空 に 通 ひ た る や う に 」 と、 夜 と 昼 そ れ ぞ れ の 時 間 に 最も明るく輝く二つの天体に例えて描いている。
例 「なほ世にゆるされがたうて年月を 経
へば、 巌
いはおの な か に も 迎 えたてまつらむ。ただ今は人聞きのいとつきなかるべきな り。 朝
おほやけ廷 にかしこまりきこゆる人は、 明らかなる 月日の影 をだに見ず、安らかに身をふるまふことも、いと罪をもか なり。 (二 ・ 二一一 ・ 八・須磨)
これは須磨へ下ることになった源氏が、紫の上との別れを惜し んで言うセリフである。蟄居することを、月日を見ずに暮らすこ とと言い換えている。
例 舟より御車にたてまつり移るほど、日やうやうさしあがり て、ほのかに見たてまつるより、 老
おい忘れ、 齢
よはひ延ぶるここち して、 笑
ゑみさかえて、まづ住吉の神を、かつがつ 拝
をがみたて まつる。 月日の光 を手に得たてまつりたる心ちして、いと なみ仕うまつる事、ことはりなり。 (二 ・ 二六九 ・ 一四・明石)
源氏の存在を、決して手で触れることの叶わない月日の光に例 えている。ただし『源氏物語』第二部との関係から考えるとほか の考え方もできる。第二部において天体を表す「月日」という表 現は「若菜上」の一例しか認められない。その第二部で唯一見ら れる「月日」の描写と、この「明石」で見られる「月日」は対応 関係にあると見ることもできそうだ。
日が単独で描かれ印象的なものでは以下のものが挙げられる。
例 京より、かの 紀
き伊 の 守
かみな ど い ひ し 子 ど も、 迎 へ に 来 た る 人々、この殿かく 詣
まうでたまふべしと告げければ、道のほど 騒 が し か り な む も の ぞ と て、 ま だ 暁 よ り 急 ぎ け る を、 女
をんな車
ぐるま多く、所 狭
せうゆるぎ来るに、 日 たけぬ 。 (三 ・ 八五 ・ 一一・関屋)
一二年前の「空蟬」は源氏と空蟬を男女の仲として描いていた ため、夜の場面が圧倒的に多かった。しかしこの巻では空蟬は既 に 夫 を 持 っ て お り、 夫 の 死 後 は 出 家 の 道 を 選 ぶ。 「 日 た け ぬ 」 と いう描写が、この先空蟬が「女」として源氏と関わることはない という作者の意図を示していると推察される。
(3)星の描写星の描写は、四例採録した。
星は喜ばしいものあるいは歓迎されないもの、対照的なそれぞ れの象徴として描かれる。以下にその各例を挙げる。
最初に源氏が准太上天皇となり、内大臣から祝福を受ける場面 を見てみる。
例 時
しぐれ雨 、をり知り顔なり。
「紫の雲にまがへる菊の花 濁りなき世の 星 かとぞ見る 時こそありけれ」と聞こえたまふ。
(四 ・ 三〇六 ・ 九・藤裏葉)
星 は 他 の 日 や 月 と 比 較 し て 圧 倒 的 に 使 用 数 が 少 な い。 そ れ ゆ え、臣下でありながら準太政天皇という地位に就いた、めったに ない喜びに逢った源氏を描くのに、同じ天体でありながら日や月 ほどには使われない星を比喩として使用したのではないかと思わ れる。
しかしこれとは反対に、あまり良い意味に星が使われていない 例もある。
例 八月 二
にじふ十 余
よ日
にち、 宵 過 ぐ る ま で 待 た る る 月 の 心 も と な き に、 星の光 ばかりさやけく 、松の 梢
こずゑ吹く風の音心細くて、いに しへの事語りいでて、うち泣きなどしたまふ。いとよきを りかなと思ひて、御 消
せうそこ息 や聞こえつらむ、例のいと忍びて おはしたり。 (一 ・ 二五八 ・ 三・末摘花)
荒れ果てた常陸の宮邸の情景である。星の光が明るくよく見え る と い う こ と は、 暗 い 夜 だ と い う こ と を 意 味 す る。 そ れ に 加 え 「 宵 過 ぐ る ま で 待 た る る 月 の 心 も と な き 」 と い う 視 覚 と「 松 の 梢 吹く風の音心細く」という聴覚の二つの感覚から寂しい常陸の宮 邸の様子が伝わってくる。先ほどの喜ばしいものの象徴としての 星とは全く趣を異にする描写である。
2『源氏物語』第二部の天体描写(1)月の描写月の描写は、三三例採録した。
第二部における月で印象的なのは、はなやかな月である。
例 琴
きんの御 琴
こと召して、めづらしく 弾
ひきたまふ。宮の御 数
ず珠
ず引き おこたりたまひて、御 琴
ことになほ心入れたまへり。 月 さし出 でて、いとはなやかなるほどもあはれなる に、空をうちな がめて、夜の中さまざまにつけて、はかなく移り変るあり さまもおぼし続けられて、例よりもあはれなる 音
ねに 掻
かき鳴 らしたまふ。 (五 ・ 三五三 ・ 一一・鈴虫)
第一部で描かれるはなやかな月は、プラスの描写に使用される こ と が 比 較 的 多 い が、 第 二 部 で は 少 々 趣 が 異 な る。 「 は な や か 」 とは明るいという意味であるが、言葉通りの明るい月が描かれる
のではない。むしろ明るい月を眺めることで悲しみが増すという こともあったようである。
第二部の月は、趣深いものとしても描かれる。
例 「こはなどかく 鎖
さし 固
かためたる。あな 埋
むもれや。 今
こよひ宵 の 月 を 見 ぬ里もありけり」と、うめきたまふ。 格
かうし子 上げさせたまひ て、 御
み簾
す巻 き 上 げ な ど し た ま ひ て、 端
はし近 く 臥
ふし た ま へ り。 「 か か る 夜
よの 月 に、 心 や す く 夢 見 る 人 は あ る も の か。 す こ し出でたまへ。あな心 憂
う」など聞こえたまへど、心やまし ううち思ひて、聞き忍びたまふ。 (五 ・ 三三一 ・ 七・横笛)
風情ある月の下で合奏をする落葉の宮と、月も見ずへそを曲げ ている雲居の雁を登場させることで、一方は情趣を解し、一方は 解さないという対照的な二人の姿を強く印象付けている。美しい 月を描写しながら、それを見ようとしない雲居の雁を登場させる ことによって、落葉の宮の素晴らしさがコントラストのように強 烈な印象を残す。
(2)日の描写日の描写は、二二例採録した。
登場人物の心情や情景描写にかかわる日の例は月ほど多くは見 られない。
第二部に特徴的な日の描写には「暮れる」という描写が挙げら れる。第一部より数量面では少ないが割合からすると第一部以上 に抽出された。 例 いと暑きころ、涼しきかたにてながめたまふに、池の 蓮
はちすの 盛りなるを見たまふに、いかに多かる、などまづおぼし出 で ら る る に、 ほ れ ぼ れ し く て、 つ く づ く と お は す る ほ ど に、 日 も暮れにけり 。ひぐらしの声はなやかなるに、 御
お前
まへの 撫
なでしこ子 の夕ばえを、 一
ひとり人 のみ見たまふは、げにぞかひなか りける。 (六 ・ 一四七 ・ 六・幻)
これは、紫の上を亡くし憮然としている源氏の様子である。第 二部で暮れる日の描写の割合が高いのは、右の例のようにさまざ まな不幸に襲われ、そして死へと向かっていく源氏の人生を暗示 するものかとも思われた。しかし、まだ若い夕霧の描写に使用さ れる例も少なくなく、一概にそうとも言えないようである。
例 未の時ばかりに楽人参る。万歳楽、皇麞など舞ひて、 日 暮 れかかる ほどに、高麗の乱声して、落蹲の舞ひ出でたるほ ど、 な ほ 常 の 目 馴 れ ぬ 舞 の さ ま な れ ば、 舞 ひ 果 つ る ほ ど に、 権 中 納 言、 衛 門 の 督 お り て、 入 綾 を ほ の か に 舞 ひ て、 紅 葉 の 蔭 に 入 り ぬ る 名 残、 飽 か ず 興 あ り と 人 々 お ぼ し た り。 (五 ・ 八四 ・ 一二・若菜上)
精 進 落 と し の 賀 宴 で 夕 霧 と 柏 木 の 舞 っ た 入 綾 が、 「 紅 葉 賀 」 で
源氏と頭の中将が素晴らしい青海波を舞った夕べのことを思い出 させる。往時の源氏の素晴らしさを彷彿とさせるこの場面にマイ ナスの印象はない。第一部の日暮れの描写を見てみると女性のと ころへ忍んで行く場面であったり、源氏の美しい舞姿であったり と、マイナスの印象はない。老境にさしかかった源氏と若かりし ころの源氏、そして現在若い盛りの夕霧とでは、同じ暮れていく 日とともに描かれても印象が異なる。描かれる人物の状況によっ てそれの持つ意味が異なるという意味で日は試金石のような存在 だと言えようか。
次 に 挙 げ る の は「 若 菜 上 」 の 源 氏 と 朧 月 夜 の 再 会 の 場 面 で あ る。
例 山 際
ぎはよりさし出づる 日 のはなやかなる にさしあひ、目もか かやくここちする御さまの、こよなくねび加はりたまへる 御 け は ひ な ど を、 め づ ら し く ほ ど 経
へて も 見 た て ま つ る は、 まして世の常ならずおぼゆれば、さるかたにてもなどか見 た て ま つ り 過 ぐ し た ま は ざ ら む、 御 宮 仕 へ に も 限 り あ り て、 際
きはことに離れたまふこともなかりしを、 故
こ宮
みやのよろづ に心を尽くしたまひ、よからぬ世の騒ぎに、 軽
かろ々
がろしき御名 さへ響きてやみにしよ、など思ひ出でらる。
(五 ・ 七三 ・ 八・若菜上) 最 も 時 め く 時 期 の 源 氏 の 様 子 が、 「 山 際 よ り さ し 出 づ る 日 の は なやかなるにさしあひ、目もかかやくここちする御さま」という 描写によって強く印象付けられる。明るく美しい日に勝るとも劣 ら な い 源 氏 の 美 し さ は 神 々 し い ば か り で あ る。 そ の 一 方 で、 「 め づらしくほど経ても見たてまつるは、まして世の常ならずおぼゆ れ ば、 さ る か た に て も な ど か 見 た て ま つ り 過 ぐ し た ま は ざ ら む 」 という箇所からは、中納言の君の言葉を通して朧月夜の後悔の念 も感じられる。この少し前に「年ごろは、さまざまに世の中を思 ひ知り、来し方をくやしく、公私のことにふれつつ、数もなくお ぼし集めて、いといたく過ぐしたまひにたれど」とあり、ここで 感じた後悔の気持が、朝日に負けず輝く源氏の堂々とした姿を見 て改めて身に沁みたようである。まるで太陽のように輝く源氏の まばゆさのあまり、じっと見つめることもかなわない、ここから は朧月夜のそのような切ない心情が読み取れる。また、源氏が日 や月とともに描かれる例は枚挙にいとまがないが、これほど光に あ ふ れ た イ メ ー ジ を 持 つ 描 写 は 他 に 類 を 見 な い。 「 若 菜 上 」 と い う最も源氏に勢いのあったこの時期ならではの描写である。ろう そくの灯が消える直前のきらめきを思わせる。 さ て『 源 氏 物 語 』 第 一 部 の 自 然 描 写 2、 日 の 描 写 に お い て、 『 源 氏 物 語 』 第 二 部 に は 天 体 を 示 す「 月 日 」 と い う 表 現 が 一 つ あ
ると論述したが、それが次のものである。
例 わがおもと 生
むまれたまはむとせし、その年の二月のその夜 の 夢 に 見 し や う、 み づ か ら 須
す弥
みの 山 を、 右 の 手 に 捧 げ た り。山の 左
さ右
うより、 月日の光 さやかにさし出でて 世を照ら す。みづからは山の 下
しもの 蔭
かげに隠れて、その光にあたらず。
(五 ・ 一〇二 ・ 三・若菜上)
虚 は 人 間 の 栄 枯 盛 衰 の 運 命 を 端 的 に 象 徴 す る も の で も あ っ た 。
注1月 は ま た 太 陽 と と も に 王 権 の シ ン ボ ル で も あ っ た し 、 そ の 盈 述もある。 ことを示していたと考えることもできる。しかし以下のような記 に得たてまつりたる心ちして」とあった。その月日の光は源氏の 「 明 石 」 で、 明 石 の 入 道 が 源 氏 を 迎 え た こ と で「 月 日 の 光 を 手 注目すべきは前半である。月と太陽が共通して王権を意味した ことから、当時の入道は、源氏を迎えることで将来自分の家から 皇后と春宮が出ることを予感したと読むほうがここは適切かと思 われる。
これと類似した表現として、帝を日に例えた表現もこの巻以外 にも第一部の「朝日さす光を見ても 玉
たま笹
ざさの 葉
は分
わけの霜を 消
けたずもあ ら な む 」( 四 ・ 一 九 九 ・ 七・ 藤 袴 ) な ど 複 数 回 見 ら れ る。 こ の 点 か ら考えて、月と日を、源氏と、源氏と藤壺の子に例えた紅葉賀の 表現は、元々あった皇室の人々を日や月に託して描く表現から分 化していったものと見ることができるかもしれない。
(3)星の描写星の描写は、二例採録できた。 星 は、 こ の 世 の 天 変 に 関 わ る 天 体 と し て 認 識 さ れ て い た よ う だ。 例 この国に弾き伝ふるはじめつかたまで、深くこの 琴
ことを心得 たる人は、多くの年を知らぬ国に過ぐし、身をなきになし て、この 琴
ことをまねび取らむとまどひてだに、し 得
うるは 難
かたく なむありける。げにはた、明らかに 空の 月
つき星
ほしを動かし 、時 ならぬ 霜
しも雪
ゆきを降らせ、雲の 雷
いかづちを騒がしたる 例
ためし、 上
あがりたる世 にはありけり。 (五 ・ 一八一 ・ 九・若菜下)
第一部の「薄雲」でも通常と違う月日星が現れ、それを奇怪な 容易ならぬ凶兆とみなす描写が見られた。この例も、星を普段と 異 な る 運 行 に 変 え る と い う 描 写 で あ る こ と か ら、 「 薄 雲 」 と 同 じ く凶兆を表していると考えることができる。
例 七月七日も、例に変りたること多く、御遊びなどもしたま はで、つれづれにながめ暮らしたまひて、 星
ほし合
あひ見る人もな し。 (六 ・ 一四八 ・ 三・幻)
星が凶兆や吉兆などの意味を持たず描かれているのはこの箇所
の み で あ る。 こ の 星 は 一 年 に 一 度 で も 逢 瀬 の あ る 牽 牛 と 織 女 と、 紫の上を亡くしこの世で逢うことは二度と叶わない源氏の二組の 男女を対比させるのに効果的に使用されている。
3 まとめ第一部において月は、清く澄んだ月や有明の月などに特徴が認 められた。澄んだ月は、栄達への階段を上っていく源氏の澄んだ 状態を表現するのに使用されていた。澄みきった月の描写は第二 部においても数例見られるが、それらは源氏の栄華がまだ続いて いる間であったり、澄んだ月とともに描写されるのが源氏から夕 霧へと変化したりしていた。有明月などの描写はその圧倒的多数 が第一部に描かれている。これは有明や暁の月が後朝に似つかわ しいものであり、源氏がさまざまな女性と関係を持ったことによ るものであろう。
第二部の月では、表現内容に特徴を持つはなやかな月が興味を 引 く。 「 月 さ し 出 で て、 い と は な や か な る ほ ど も あ は れ な る 」 と いう描写があり、はなやかな月であるからといって明るいことば かりが描かれるわけではないという特徴を窺うことができる。ま た月にはしみじみとした情趣を持つものという共通認識が当時か らあったことを推測される表現が見られた。情趣のある「今宵の 月を見ぬ里もありけり」と夕霧に言わせることで、あえて情趣を 解さない者の描写に使用されている点からそれが論証される。ま た登場人物の美しさの描写として現れる表現では「月やうやうさ し上るままに、花の色香ももてはやされて、げにいと心にくきほ ど な り。 」 が あ る。 こ れ は 源 氏 の 美 し さ の 描 写 で あ る が、 直 接 に は源氏を美しいとは言わず、周囲の美しい情景を描くことで間接 的に源氏の美しさを描写している。 日 の 描 写 で は、 純 粋 な 時 間 の 経 過 を 表 す も の も 多 く 認 め ら れ た。しかし「月日」の形でバラエティに富んだ使用例を採録する ことができた。似るもののない美しさを持つ源氏と、源氏と藤壺 の子を「月日の光の空に通ひたるやうに」というように、比類な い 美 し さ を 月 と 日 の 輝 く さ ま に 託 し て 表 現 し て い る。 ま た「 明 石」では明石の入道の「月日の光を手に得たてまつりたる心ちし て」という表現が目にとまった。源氏を「月日」と例えたとも考 えられるが、第二部の「若菜上」で採録される「月日」と照応す ると見ることもできると考えられる。他に、空蟬がヒロインの地 位を降りることを「関屋」で「日たけぬ」という表現で示唆され ていた。 第 二 部 で 描 か れ る 割 合 の 高 い 日 の 描 写 に は、 暮 れ る 日 が あ る。 暮れていく日はそれとともに描かれる人間の年齢や状況によって そ の 印 象 が 異 な る。 第 一 部 で す で に 頂 点 を 極 め た 源 氏 の 描 写 に
は、人生の終わりを暗示させるような使用例が見られる一方、若 い夕霧の描写では美しさを称賛するために使用されていた。暮れ ていく日はその人物の状況が好ましいのかそうでないのかの試金 石となっているのではなかろうか。また「日のはなやかなるにさ しあひ、目もかかやくここちする御さまの、こよなくねび加はり たまへる御けはひ」という表現が目にとまった。源氏が最も勢い のあった時期の描写で、源氏が日や月とともに描かれる例は他の 個所でも枚挙にいとまがないがこれほど光にあふれたイメージを 持つ描写は他に類を見ない。また第一部「明石」で源氏を迎えた 入道の所感「月日の光を手に得たてまつりたる心ちして」と対応 する箇所が見られた。月日の光に暗示されたものを「若菜上」で 皇后と春宮の誕生という形で実現している。当時、月や太陽が王 権の象徴と考えられていたことと一致する。
星 は、 「 濁 り な き 世 の 星 」 と 素 晴 ら し い も の の 象 徴 と し て 描 か れ る 半 面、 「 例 に 違 へ る 月 日 星 の 光 見 え 」 と 凶 兆 と し て 描 か れ る ことや「月の心もとなきに、星の光ばかりさやけくて」と弱々し く頼りないものとして描かれることもあり、これだけのわずかな 用例で星の持つ役割を言い表すことは難しい。
象 徴 と し て 使 用 さ れ て い た。 「 空 の 月 星 を 動 か し、 時 な ら ぬ 霜 雪 「 若 菜 下 」 で の 星 は、 第 一 部「 薄 雲 」 と 共 通 し て、 天 変 地 異 の ための工夫だったと考えられる。 権の象徴である月や太陽を使用せずにその素晴らしさを言い表す ていた。また、準太政天皇となった源氏を星に例えた表現は、王 という二組の男女の姿を描くことによって源氏の孤独さが際立っ る。逢瀬を果たした牽牛と織女、そして最愛の妻を亡くした源氏 いる。ここでは星が凶兆や吉兆などの意味を持たずに描かれてい た「幻」では牽牛と織女の二星が逢う「星合」について描かれて う い っ た 共 通 認 識 が あ っ た と 考 え て も 間 違 い は な い だ ろ う。 ま と は 異 な る 状 態 を 凶 兆 と し て い た 点 か ら、 当 時 の 人 々 の 間 に そ 同 じ 表 現 で は な い が、 「 薄 雲 」 と「 若 菜 下 」 で 共 通 し て 通 常 の 星 を 降 ら せ、 雲 の 雷 を 騒 が し た る 」 と い う も の で あ る。 ま っ た く
二『源氏物語』の天体描写の特質
天体は単なる情景描写としての役割だけではなく、登場人物の 感 情 や 情 況 な ど を 託 さ れ る こ と も あ っ た よ う で あ る。 秋 山 虔 氏 も、 『 源 氏 物 語 』 の 自 然 の 情 景 描 写 に つ い て 以 下 の よ う な 指 摘 を している。 宇津保の場合、その刻明な情景描写のデテールをいくら反芻 してみても、それはくだりの文字どおりの意味で、客観的な 背景がそうなっているというだけのものである。ところが源
氏物語の場合は、単に背景としての自然の情景がかたどられ て い る の で は な い。 「 心 に 思 ふ 事 あ る 時 は、 こ と に 空 の 気 色 木草の色も、あはれをもよほすくさはひとなるわざなり」と 宣長もいっているわけであるが、それは自然と人間と同次元 同 等 の 資 格 を も っ て せ り 出 し て い る と い う 特 質 が こ こ に あ る
注2。
(1)月の描写月は、趣を感じさせる場面で登場することが多い。そして趣を 感じさせる場面の一つである音楽演奏の場と月の関係について述 べられた文献があるので次に示す。 自然と人の関わり方は密接である。その関わりの一つと言え るであろうが、楽の音が自然に引き立てられる時には、直接 に自然に向かうのとは異なった作用を人に及ぼすように思わ れる。特に月に引き立てられた妙なる楽の音は、時間と空間 を超えて故人や他者の心と繋がり、また、男女の心をも結び 付けていくようであ る
注3。
右のように月と楽の間には密接な関係があるようである。以下 に挙げる「松風」以外にも「初音」や「少女」など確かに管弦の 遊びの際、月の描写は多く見られる。
例 おのおの 絶
ぜ句
くなど作りわたして、 月 はなやかにさし出づる ほ ど に、 大
おほ御
み遊
あそび は じ ま り て、 い と 今 め か し。 弾
ひき も の、 琵
び琶
は、 和
わ琴
ごんばかり、笛ども上手の限りして、をりに合ひた る 調 子 吹 き 立 つ る ほ ど、 川 風 吹 き 合 は せ て お も し ろ き に、 月 高くさしあがり 、よろづのこと澄める 夜
よのややふくるほ どに、 殿
てん上
じやうびと人 四五人ばかり連れて参れり。
(巻三 ・ 一三九 ・ 九・松風)
このような大規模な管弦の遊びの際に限らず、気の知れた者同 士 の ち ょ っ と し た 演 奏 な ど の 折 に も し ば し ば 月 の 描 写 が み ら れ る。しかし管弦の遊びの場面に必ずしも月の描写があるわけでは なく、反対に月の描写がある際に必ず管弦の演奏があるわけでも ないようである。
林田孝和氏は月の登場する場面を以下の三つに分類してい る
注4。
① 月をめでて人々が詩歌管弦で心をいやし、あるいは宴に興 ずる観月の宴や遊びの場
② 人を偲ぶことによって、その人の霊が出現するとき
③ 男女の逢瀬、または 語らい
000の場面の背景として
確かに①と③は多くの用例を採取でき納得できるが、②につい ては腑に落ちない。その理由は二点ある。まず、林田氏が②の例 と し て 挙 げ て い る 二 つ の 例 が、 「 人 を 偲 ぶ こ と に よ っ て、 そ の 人 の 霊 が 出 現 す る 」 場 面 と は 考 え に く い こ と、 そ し て も う 一 つ が、
一つの項を立てるのが妥当と考えられるほどの数の用例が見当た らないということである。
まず初めに挙げた点に関する根拠を論述したい。氏は②の用例 として「横笛」から夕霧の二つのセリフを挙げている。
もありけり」 「 こ は な ど か く 鎖 し 固 め た る。 あ な 埋 れ や。 今 宵 の 月 を 見 ぬ 里 でたまへ」 「 か か る 夜 の 月 に、 心 や す く 夢 見 る 人 は あ る も の か。 す こ し 出 夕霧がこのように言ったあと月光の下でまどろんでいると、柏 木の霊が現れたというのであるが、これは文脈をやや軽視しては いないだろうか。この会話と柏木の例が枕元に現れるまでには多 少の時間の経過が感じられ、この会話と柏木の霊の出現にはそれ ほど強い結びつきがあるとは思われない。これは若くして未亡人 となった奥ゆかしい落葉の宮と、所帯じみた雲居の雁の対照的な 姿を浮かび上がらせることによって夕霧の失望感を表現している と読むのが妥当である。
続いて二番目に挙げた項を立てるほどの数の用例が見られない と い う 点 に つ い て で あ る。 「 人 を 偲 ぶ こ と に よ っ て、 そ の 人 の 霊 が出現するとき」という状況が元々多くなく、管見の及ぶ範囲で は月と霊が同一の場面で描かれることはほとんどないと言っても 良い。ただし、霊が出現せず単に人を偲ぶ場面においてはしばし ば月は描かれる。 さ て、 こ こ か ら は 立 項 し た 三 つ の 天 体 の 中 で 最 も 用 例 数 の 多 かった月を、林田氏を参考に独自に三つの項目を立てて、それを 元に考察していく。はじめに以下に三つの項目を示す。 ① 美しさや、しみじみとした情趣を感じさせる場面の月
② 音楽の宴などの華やかな場面の月 ③ 男女の逢瀬、または語らいの場面で描かれる月 ただし②の月については、林田氏が「すでに民俗学的研究方法 によって先学の闡明されたところである」と述べられてい る
注5ため 本稿では改めて述べることはしない。
でははじめに①の月の用例を挙げる。
例 「時々につけても、人の心を移すめる花 紅
もみぢ葉 の盛りよりも、 冬 の 夜
よの 澄 め る 月 に 雪 の 光 り あ ひ た る 空 こ そ、 あ や し う、 色なきものの身にしみて、この世のほかのことまで思ひ流 され、おもしろさもあはれさも残らぬをりなれ。すさまじ き 例
ためしに言い置きけむ人の心浅さよ」とて、 御
み簾
す巻きあげさ せたまふ。 月 は 隈
くまなくさし出でて 、ひとつ色に見えわたさ れるに、しをれたる 前
せん栽
ざいの蔭心苦しう、 遣
やり水
みずもいといたう む せ び て、 池 の 氷 も え も い は ず す ご き に、 童
わらはべ女 お ろ し て、
雪まろばしせさせたまふ。 (巻三 ・ 二〇八 ・ 一一・朝顔)
初めの例は、月明りに映える雪の美しさを源氏の口を借りて論 述したものである。直接月を称賛したものではないが、源氏が理 想とする美しい雪景色には澄んだ月の光が不可欠である。本稿の 「『源氏物語』の天体描写の諸相」で論証した、澄んだ月によって 描かれる美しさがここに現れている。
次に挙げるのは、第一部、第二部を通して最も月の描写の分量 が多い「須磨」の一場面である。この箇所は月の寂しげな面にス ポットを当てた描写が見られる。
例 月 おぼろにさし出でて 、池広く山 木
こ深
ぶかきわたり、心ぼそげ に見ゆるにも、住離れたらむ 巌
いはほの中おぼしやらる。
(巻二 ・ 二一三 ・ 一一・須磨)
須磨へ退去する決心をした源氏が、春のおぼろな月に照らされ た花散里の邸の池や木々を見て須磨での生活を心細く思う。花散 里は源氏の庇護だけを頼りに暮らしてきたため、須磨に移ったあ との邸がどんなにさびれるだろうと考えると自分がこれから暮ら す須磨のわびしさが更に思いやられる。はじめに挙げたように月 は、 は な や か な 宴 の 場 面 に も し ば し ば 描 か れ る。 し か し こ こ で は、そういったはなやかさ、美しさよりもさびしげな面に注目し た描き方がされている。全体の用例数が多いということは、それ だけさまざまな描写に使用されるという一つの例である。 例 月 さし出でぬれば 、大 御
み酒
きなど参りて、昔の御物語などし たまふ。 霞
かすめる 月の影 の心にくき を、雨の名残の風すこし 吹きて、花の 香
かなつかしきに、 御
おとど殿 のあたりいひ知らず匂 ひ満ちて、人の御ここちいと艶なり。
(巻四 ・ 二五九 ・ 八・梅枝)
二つ目の例は薫物競べの場面である。こちらの月は前者と対照 的な霞んだ春の月である。楽器演奏の際には、秋の澄んだ月と音 楽がお互いに引き立て合うが、ここでの主役は香りにある。そし て こ の 月 は そ の 存 在 を 主 張 す る の で は な く、 あ く ま で 脇 に 徹 す る。これは香りを聞く際に、秋の澄んだ月がかえって邪魔になる からではないだろうか。匂いを感じるためには、匂い分子が物質 から発散されて空気中を浮遊していなくてはならず、湿度が高い ほ ど 匂 い 分 子 が 多 く な り 匂 い を 感 じ や す く な る と 言 わ れ て い る。 触覚の変化に伴い嗅覚がより鋭くなる、これは複数の感覚が影響 しあう高次の感覚表現であると言える。月という視覚の描写で触 覚や嗅覚までを表現してしまう巧みな技である。
続いて③の月の用例を挙げる。
例 明けぬれば、夜深う出で給ふに、 有明の月 いとをかし 。花 の木どもやうやう盛り過ぎて、わづかなる木陰の、いと白
き 庭 に 薄 く 霧 り わ た り た る、 そ こ は か と な く 霞 み あ ひ て、 秋の夜のあはれにおほくたちまされり。
(巻二 ・ 二〇七 ・ 四・須磨) 例 例 の、 月 の 入 り 果 つ る ほ ど、 よ そ へ ら れ て、 あ は れ な り。 女君の濃き御 衣
ぞに 映
うつりて、げに濡るる顔なれば、
月かげ の宿れる袖はせばくとも とめても見ばやあかぬ 光 を いみじとおぼいたるが、心苦しければ、かつはなぐさめき こえたまふ。
「 ゆきめぐりつひにすむべき 月かげ の しばし雲らむ空なながめそ 思へば、はかなしや。ただ知らぬ涙のみこそ、心をくらす ものなれ」 (巻二 ・ 二一四 ・ 八・須磨)
右に挙げた二例はどちらも男女の逢瀬の前後の描写である。前 者は須磨流謫を前にして致仕の大臣の邸に暇乞いに行った源氏が 中納言の君と逢った折の、後者は同じ時期の源氏と花散里の場面 である。紙幅の都合上すべては挙げないが、この二例に限らず男 女の語らいや逢瀬の場面にはしばしば月が描き込まれており、男 女の描写に月が欠かせないものであったことは間違いない。そこ に描かれるのは、有明の月はもちろん、清く澄んだ月、曇りのな い月など多種多様である。ただし朧月や霞んだ月とともに描かれ る女性は末摘花と花散里の二人である。この二人は美女ではない という点で共通しており、その点から考えると朧月と醜女の間に は相関関係があったと認めることもできる。 さ て、 こ れ ま で 月 と 深 い 関 わ り を 持 つ 場 面 に つ い て 見 て き た が、ここからはそれらとは対照的に月と全く関わりを持たない場 面について述べていきたい。 月と人間の間に深い関係性があるのとは対照的に、ある場面で は全く月が現れないということが認められた。それは死の場面で あ る。 『 源 氏 物 語 』 は お よ そ 七 〇 年 に わ た る 長 編 の 物 語 で 登 場 人 物も多いため人の死の場面も少なくない。しかしながらそれだけ の数を有する死の場面で月が全く現れないというのは注目に値す る事実である。葵の上は六条の御息所の生霊にとり殺されるが六 条の御息所の霊が現れてもそこに月が描かれることはない。死の 場面に月は描かれず、むしろ死後思い出したように描かれる印象 である。葵の上の葬送の箇所と、夕霧が源氏とともに紫の上の死 に顔を見るという箇所を挙げておく。 例 八月 二
にじふ十 余
よ日
にちの 有
あり明
あけなれば、空のけしきもあはれ少なかる に、 大
おとど臣 の闇にくれまどひたまへるさまを見たまふも、こ とわりにいみじければ、空のみながめられたまひて、
のぼりぬる 煙
けぶりはそれとわかねども なべて 雲
くも居
ゐのあはれなるかな (巻二 ・ 九四 ・ 四・葵)
御禊の見物に行ったところで日の描写があって以来天体の描写 はない。その間に六条の御息所との車争いや、生霊の御息所に苦 しめられるなどいくつかの劇的な場面があるにもかかわらず、天 体 描 写 の な い 期 間 は『 新 潮 日 本 古 典 集 成 源 氏 物 語 二 』 に し て 二五ページにもわたっている。
例 御几帳の 帷
かたびらを、もののたまふまぎれに、引き上げて見たま へば、 ほのぼのと明けゆく 光 もおぼつかなければ、 大
おほとなあぶら殿油 を近くかかげて見たてまつりたまふに、 飽
あかずうつくしげ に、めでたうきよらに見ゆる御顔のあたらしさに、この君 のかくのぞきたまふを見る見るも、あながちに 隠
かくさむの御 心もおぼされぬなめり。 (巻六 ・ 一一六 ・ 二・御法)
紫 の 上 の 死 に つ い て も 葵 の 上 同 様、 死 を 迎 え て 数 時 間 ま で は、 月はおろか天体描写そのものが全くされていない。天体描写のさ れない期間はこの「御法」の直前の「夕霧」の帖で、落葉の宮と の一件に怒って里帰りした雲居の雁を夕霧が迎えに出向く場面以 来である。先ほどと同じく『新潮日本古典集成 源氏物語六』の ページ数で表すと二三ページにわたる。 右で見られた特徴を考察してみると、おそらく人が死のうとし て い る 場 面 で は、 本 来 天 体 が 持 っ て い る 美 し さ や 神 秘 的 な 側 面 と、死なせないよう必死に努力をする緊迫した人間の感情とが相 容れないから、また月の神聖性が死の穢れを受け入れないからと いった考え方ができるのではないだろうか。 『
源 氏 物 語 』 一 部、 二 部 一 七 四 六 ペ ー ジ 中 に は 合 計 二 四 五 の 天 体描写が存在する。平均しておよそ六ページ弱に一つの天体描写 がある計算である。しかしながらこれらの例では死を描く場面を 含め二〇ページ以上も天体描写が現れない。特に葵の上の死には 六条の御息所の生霊が深くかかわっているが、その間月は描写さ れていない。林田氏は霊と月の関係性を強調するが、その論には 疑 問 が 残 る。 こ の と き の 六 条 の 御 息 所 の 生 霊 が「 人 に 偲 ば れ る 」 存 在 で な か っ た と い う 点 で は、 林 田 氏 の 主 張 す る、 「 ② 人 を 偲 ぶ ことによってその人の霊が出現するとき」という分類と完全に合 致する用例ではないかもしれない。しかしこの反例への説明がな されなくては、霊の出現と月の存在が密接なものであったと断言 することには無理があるように思われる。月と霊の関係は、深く 結びついていたというよりはむしろ水と油のように決して交わる ことがないものであったのではないだろうか。
(2)日の描写
日 の 描 写 は、 そ の 運 行 に 関 わ る も の が 多 数 を 占 め る が、 こ う いった描写に見るべきものは少ない。しかし運行以外の修飾がさ れている用例も採録された。
例 日 のいとうららかなる に、いつしかと霞みわたれる梢ども の、心もとなきなかにも、梅はけしきばみほほゑみわたれ る、とりわきて見ゆ。 (一 ・ 二八三 ・ 四・末摘花)
末摘花の姿に衝撃を受けて帰った源氏が、若紫と二条の院で過 ごすほのぼのとした情景が「日のいとうららかなるに」という描 写によって表されている。
例 夕日 はなやか にさして、山際の梢あらはなるに、雲の薄く われたれるが、鈍色なるを、何ごとも御目とまらぬころな れど、いとものあはれにおぼさる。
入り日さす峰にたなびく薄雲は もの思ふ袖に色やまがへる 人聞かぬ所なれば、かひなし。 (三 ・ 一六九 ・ 六・薄雲)
『王朝語辞典』から月の項を引くと次のような記述がある。
そ の 澄 ん だ 光 が、 現 し 世 を 超 え た は る か な 思 い に い ざ な う 月 は ま た、 ( 中 略 ) 宗 教 的 な 悟 り の 象 徴 で も あ っ た。 そ の 場 合、月にかかる雲は煩悩の象徴となり、また月は西に沈むの で西方極楽浄土への願生のシンボルともなったのであ る
注6ここで沈んでゆくのは月ではなく太陽であるという点でこの記 述をそのままあてはめるには問題はあろうが、この場面で描かれ て い る の は 単 な る 太 陽 で は な く 月 と 同 じ 西 方 に 沈 む 入 り 日 で あ る。その点から、藤壺が極楽往生を果たしたことを示唆している と考えてもそう的外れではないと思われる。心のうちには様々な 苦悩を秘めていたにせよ、藤壺は極楽往生を果たす。一方、源氏 自身はそれをいまだ果たせず、彼女との永訣により悲しみにくれ るしかない。極楽往生を暗示させる入り日とそこにたなびく薄雲 を同じ情景に描き込むことにより、二人の対照的な感情が、入り 日に照らされた峰と鈍色をした薄雲の二つの自然物を使用して描 かれ、強烈な印象を与える。
例 屏風なども皆畳み寄せ、ものしどけなくしなしたるに、 日 のはなやか にさし出でたるほど、けざけざと、ものきよげ なるさましてゐたまへり。 (四 ・ 一三六 ・ 一二・野分)
台風によって屋内も取り散らかった状態であるが、そこに日が 差すと、一人整った玉鬘が座っている。暗い室内に明るく差す日 の光はスポットライトのように玉鬘を照らしはしなかっただろう か。はっきりと日の光によって源氏が女性の顔を見るという描写 がされるのは玉鬘と末摘花に限られる。同じ日の光を受ける描写
でも、一人は源氏に醜女であることを知られ、一人はその美しさ を再認識させるという二人の差異が興味深い。
(3)星の描写星は、全体を通してもわずか六例しか抽出できなかった。その うち二例は天変地異や凶兆の象徴として使用されており、他の一 例は吉兆として使用されていた。星に関する記述のある文献を見 つけたので以下に載せる。 そ の 他 イ ン ド 伝 来 の 天 文 法 に よ る 星 占 い が あ る。 天 体 ( 二 十 八 宿 七 曜 ) の 運 行 が 天 上 地 界 を 支 配 す る か ら そ れ に よって人間の運命を予知しうるという考え方で仏家・陰陽師 らにも採用され た
注7。
これは先ほど言及した、天変や凶兆、または吉兆の象徴として 使用されていると考えられる以下三例に該当する記述ではないだ ろうか。
例 その年、おほかた世の中騒がしくて、おほやけざまにもの のさとししげく、のどかならで、 天
あまつ空にも、 例に 違
たがへる 月日 星の光 見え、雲のたたずまひありとのみ、世の人おど ろくこと多くて、道々の 勘
かむが文
へぶみどもたてまつれるにも、あや しく世になべてならぬことどもまじりたり。
(巻三 ・ 一六四 ・ 四・薄雲) 例 この国に弾き伝ふるはじめつかたまで、深くこの 琴
ことを心得 たる人は、多くの年を知らぬ国に過ぐし、身をなきになし て、この 琴
ことをまねび取らむとまどひてだに、し 得
うるは 難
かたく なむありける。げにはた、明らかに空の月 星 を動かし 、時 ならぬ霜雪を降らせ、雲の雷を騒がしたる例、上りたる世 にはありけり。 (巻五 ・ 一八一 ・ 七・若菜下)
以上が天変地異、凶兆を示す例である。どちらも「例に違へる ( 星 の 光 )」「 ( 星 を ) 動 か し 」 と あ り、 先 ほ ど 挙 げ た「 天 体 の 運 行 が 天 上 地 界 を 支 配 す る か ら そ れ に よ っ て 人 間 の 運 命 を 予 知 し う る」という記述から考えて、異常時の表現であることが分かる。
次の例は天変や凶兆の暗示ではなく、対照的な事態の好転を示 唆している。人物の内面にかかわる描写というよりは先に挙げた 例と同様、人の手によっては変えることのできない周囲の状況に ついて描写しており、同系統の表現と考えられるためここに挙げ る。
例 やうやう風なをり、雨の脚しめり、 星の光 も見ゆるに、こ の 御
お座
まし所
どころのいとめづらかなるも、いとかたじけなくて、寝 殿 に 返 し 移 し た て ま つ ら む と す る に、 焼 け 残 り た る か た も、うとましげに、そこらのひとのふみとどろかしまどへ るに、 御
み簾
すなどもみな吹き散らしてけり。
(巻二 ・ 二六三 ・ 六・須磨)
須磨に退去していたときに遭った嵐が収まってゆく際の記述で ある。星の光が見えることは嵐が収まることを意味し、好ましい こ と で あ り 吉 兆 で も あ る。 先 に 挙 げ た 二 つ の 星 の 例 に は、 「 例 に 違へる」や「動かし」といった修飾がされていた。しかしここで 見られる星は修飾語の付属しない、言わば平常時の星と言うこと が で き る。 嵐 の 最 中 か ら 見 れ ば 平 常 時 は 好 ま し い も の に 違 い な い。嵐という異常が終わりを告げ、平常へと戻る。その変化が修 飾 語 の つ か な い「 星 」 に よ っ て 表 さ れ て い る の で は な い だ ろ う か。以上の三例から、星には人知を超えた大きな力が働く際に使 用されていたことが論証された。
次の例では、登場人物の心情描写というよりは、普通ではない ものの象徴として星が使われている。
例 時
しぐれ雨 、をり知り顔なり。
「紫の雲にまがへる菊の花 濁りなき世の 星 かとぞ見る 時こそありけれ」と聞こえたまふ。
(巻四 ・ 三〇六 ・ 九・藤裏葉)
源氏が臣下の最高位である準太政天皇に叙せられ、太政大臣か ら祝福を受ける場面の、源氏を褒めたたえた歌である。こういっ た例がこの一例しかないため断定はできないため、以下は私見で ある。月と太陽が王権の象徴であったことは既に論述した。しか し源氏はあくまで臣下であるため準太政天皇の地位には就いても 王権を手に入れることは決してできない。そこで王権の象徴であ る月や太陽と同じように空にあり、明るく輝くもの、つまり星を 源氏の比喩に使用したのではないだろうか。栄華を極める第一部 の最終章にふさわしい描写である。
まとめ月と音楽との間に相関関係があることが確かに認められた。管 弦を楽しむ宴の場面には多く月が描かれる点からこれについては ほぼ断言できるであろう。しかし音楽の描写がある際に必ずしも 月が描かれているわけではない。また林田氏は月を三分類して考 察されていたが、不適な分類が認められたため独自に次の三項を 設け、①と③に焦点を絞って考察を行った。 ① 美しさや、しみじみとした情趣を感じさせる場面の月
② 音楽の宴などの華やかな場面の月
③ 男女の逢瀬、または語らいの場面で描かれる月
①については雪の美しい情景に不可欠な要素として澄んだ月が 描かれる。また月に照らされた庭を目にしてしみじみと感じられ る寂しさなど、多様な用い方がなされていた。また月を視覚的に
捉える一方で、触覚(その場の空気)から嗅覚(薫物の香り)へ と読者の五感を誘うという高次の感覚表現も抽出された。
続いて③に関しては、男女の逢瀬、語らいにはしばしば月が描 かれることから、男女の逢瀬の場面には月が不可欠な存在であっ たことは疑いない。そこに描かれる月は有明の月に限らず曇りの ない月、澄みきった月などさまざまな月である。
ま た、 死 の 場 面 に は 決 し て 月 が 現 れ な い と い う 特 質 も 見 ら れ た。これのはっきりとした理由は分からないが、おそらく月と死 は、神聖性と穢れのように相容れない要素を持っていたためでは ないだろうか。
日に関しては、月ほど多様な使用例は見られなかった。しかし 本来月がその役割を担ってきた、極楽浄土を示唆するような用例 を西日という形で採録できた。また同じ日の光を受けながら美し さを再認識される者がいる一方で、醜さが露呈する者もいるとい う対照的な描写を発見した。
最後に星に関しては、わずかな例外を除き天変地異や凶兆、ま たは吉兆として描きこまれることがわかった。これはインドから 渡来した星占いに端を発する当時の人々の思想と一致する。例外 的な使用法としては太政大臣の源氏に宛てた歌の中に見られる源 氏を星に例えたものがある。これは決して臣下の身分から逃れる ことのできない源氏を、王権の象徴である月や日を使用せずに描 こうとした筆者の技法ではないだろうか。
おわりに
全体を通じて三つの天体の中で最も用例数が多かった月は、第 一部では清く澄んだ月、また有明の月という形での出現に特徴が 見られる。澄んだ月は、実際に源氏が歌に詠みこみ源氏の身と心 の潔白を暗示している。有明の月はそれが後朝の場面にしばしば 用いられる。それゆえ主人公の女性遍歴が最も盛んな時期である 第一部に自然に多く用いられたと考えられる。
第 一 部 に 現 れ る 日 で は、 「 月 日 」 の 形 で 用 い ら れ て い る 表 現 に 着目した。美しい二人が非常に似ていることを「月日の光の 空
そらに 通 ひ た る や う 」、 蟄 居 生 活 を「 明 ら か な る 月 日 の 影 を だ に 見 ず 」、 源氏を迎えたことで「月日の光を手に得たてまつりたる心ち」が するなどさまざまな種類の使用例が見られた。日が単独で描かれ た も の で は「 関 屋 」 で の 源 氏 と 空 蟬 の 再 会 の 箇 所 が 目 に と ま っ た。日が高くなるという描写により、この先二人は夜に逢うこと はない、つまり空蟬のヒロインとしての人生はここで終わりを告 げることを示唆していると考えられる。
星は、第一部では四例のみの採録であった。その内容は、月の
暗い夜の心細さ、事態の好転の示唆、凶兆、素晴らしい存在とい う意味での使用である。四例のうち事態の好転の示唆と凶兆を表 す例の二つは占星術的な側面からの表現であると考えられる。し かし第一部で採録した四例というわずかな例から断言することは できない。
第二部では、はなやかな月に特徴が見られた。はなやかな月は 第一部からも採録されたが、第一部と違うのは、明るい月を見て しみじみとした想いにとらわれるという描写が比較的多く見られ た点である。また深い情趣を持つ存在という共通認識があったこ とが、同じ月を見る女性と見ない女性が並行して描かれていたこ とで論証された。月は、登場人物の美しさを描くのに用いられる こともある。その場合、美しい情景の描写によってそこにいる人 物が美しいということを読者に伝える手段が用いられている。
日は「暮れる」という描写が第一部と比較して高い割合で現れ た。源氏の人生が終わりに近づいていくことが「日が暮れる」と いう描写によって表現されるためかとも思われたが、この表現は 源 氏 以 上 に ま だ 若 い 夕 霧 に 使 用 さ れ て い た。 そ の 点 か ら 考 え て、 暮れる日によって描写される人物の状況によりさまざまな側面を 見 せ る ユ ニ ー ク な 天 体 で あ る と 言 え る。 「 暮 れ る 」 と い う 表 現 が 目 に つ く 一 方、 「 は な や か 」 と い う 表 現 も 見 ら れ た。 第 二 部 の 初 めにはほかに類を見ないほど「はなやか」な日の描写によって描 かれる源氏がいた。人生の下り坂にさしかかる直前の最後の源氏 の 輝 か し い 姿 が 見 て と れ る。 第 二 部 で 唯 一 の「 月 日 」 の 表 現 は、 第 一 部 の「 明 石 」 と 対 応 関 係 に あ っ た。 「 明 石 」 で 感 じ た「 月 日 を手に得」る気持ちがここで皇后と春宮の誕生という形で実現し ていた。 第二部で採録した星もわずかに二例であった。しかし第一部の 用例と併せて考えると、星には人知を超えた大きな力が働く際に 使用されることがあったのではないかと推測される。また、凶兆 や 吉 兆 の 暗 示 で は な い 星 が 一 例 採 録 で き た。 こ れ は 牽 牛 と 織 女 と、紫の上を亡くした源氏を対比させるための描写だと考えられ る。 月は、藤河家利昭氏が論述されているように、音楽の演奏され る 場 面 と 関 わ り が 深
ふかい
8
注
。 一 方 林 田 孝 和 氏 は「 源 氏 物 語 に お け る 「月光」の設 定
9
注