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ディスカッション(シンポジウム イメージと言語)

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ディスカッション(シンポジウム イメージと言語)

雑誌名 東西南北

2001

ページ 35‑40

発行年 2001‑03‑19

URL http://id.nii.ac.jp/1073/00003621/

(2)

司会先生方にお話をいただいたわけですが︑

フロアからいろいろご質問もおありのようで

すから︑先生方にだけご議論いただくのでは

なくて︑皆様からのご質問.ご意見をいただ

き︑それに答えるかたちで意見のやりとりも

なさっていただきたいと思います︒よろしく

お願いいたします︒

参会者非常に基本的なことをお伺いしたい

のですが︑パンフレットに﹁数千年の時を超

えて生きつづける宗教﹂と書いてございます︒

けれども︑私の理解では︑日本人の場合は仏

教︑西欧人はキリスト教︑中近東をはじめと

する回教︑また中国や朝鮮の儒教と︑この程

度のイメージしか湧きません︒このなかで一

番古い宗教というと何でしょうか︒

司会パンフレットのことですから︑主催者

として私が答えさせていただきますが︑一番 シンポジウムOイメージと言語一イツョアスカシン

古い宗教というものについては何も知りませ

ん︒ただ宗教の形態というものが旧石器時代

から残っていること︑これは確かです︒はた

してこの石器時代の宗教がどれほどのもので

あったのか︑ただ想像するしかありませんが︑

かなり古い大宗教が存在していたこともわか

っております︒たとえば古代ペルシアに生ま

れたゾロアスター教であるとか︑かってヨー

ロッパを支配していながら忽然として消え去

ってしまったミトラス教であるとか︑そうい

う痕跡もございます︒今回は︑現代に生きて

いる宗教ということを念頭においております

が︑人間が生きていたところに宗教的なもの

は必ず存在していると︑そういう感じで見て

いただければと思います︒

参会者現在︑地球上の人口が六○億人に達

しているといわれますが︑一番信者の多い宗 教はヒンドゥー教でしょうか︒ロベlルイスラム世界の決まり文句で.○億人の信者をもつイスラム﹂というものがあります︒その競争相手としてのカトリック教会も︑よく一○億人の信者がいるなどと言いますが︑どうでしょうか︒数字ではそうかもしれませんが︑イスラム教徒であることとカトリック信者であることとは︑内容がずいぶんとちがいます︒フランスでもイタリアでも︑自分をカトリック信者であると認めている人でも︑必ずしも毎週ミサに行くわけではありませんし︑幟悔の秘蹟も聖体拝受もしないという人が珍しくありません︒一方︑自分はムスリム︵イスラムの信者︶であると自認する人は︑カトリックの信者よりはるかに信仰生活を実現しています︒毎日の祈りを行ない︑

金曜日にはモスクに行くし︑断食期間をきち

3 5 ‑

(3)

んと守る人もとても多い︒ですから︑信仰を

実現している人という点からすれば︑イスラ

ム教徒の方がはるかに多いかもしれません︒

ヒンドゥー教について言えば︑インド人し

か信者になれないのですが︑インド人のうち

二億人か三億人くらいはイスラム教徒ですし︑

ほかにもシーク教などもありますから︑ヒン

ドゥー教徒は五億人くらいでしょうか︒

参会者きょう現在でインドの人口は一○億

人︑中国は一二億人のようです︒

ロベールヒンドゥー教の生き方というのは︑

キリスト教よりずっと日常生活のなかに入り

込んでいますが︑インドの統計はちょっと暖

昧ですからね︒

参会者さきほど﹁二諦一如の観﹂に入るこ

とを神秘体験であるとおっしゃっておられま

したが︑そうしたことは昔から日常的にあっ

たことではないでしょうか︒

ロベlルさて︑それはどうでしょうか︒慈

円自身に言わせますと︑彼にとっては毎日の

体験ではなかったみたいです︒こうした体験

を得た︑それを特別に記念して作った和歌集

なわけでして︑くわしくは九月何日から一○

月何日かまで︑どこかお寺の近くに龍って作 ったと書いております︒だから慈円にとっては特別な体験だったんじゃないでしょうか︒日付までちゃんと書いてありますから︒参会者質問させていただきたいのですが︑ロベールさんは﹁聖なることば﹂﹁聖ではないことば﹂というように言われました︒高級なことばと低級なことばというように聞こえてしまうのですが︑言語学の考え方では︑言語そのものに上下はなく︑どんな大言語も少数言語も差別はないと和光の学長先生﹇千野榮二のお話にありましたから︑そういう観念でおりましたところに︑いきなり﹁聖なることば﹂と言われるのはどういうことかと︑それがひとつです︒

もうひとつは霊蝉率経﹂をフランス語にお

訳しになられたというお話でございますが︑

もともとはサンスクリット語で書かれたもの

ですから︑批判汗的な方がたのお話によります

と︑横文字を縦文字に直したのが漢訳である

から︑言語的にはまるで異質な言語間の翻訳

で︑鳩摩羅什は大した天才で両言語に通じて

いたとしても誤訳がある︑そういう指摘が

方々でなされています︒先生は︑そういう点

は今度の翻訳にあたって指摘されておられた んでしょうか︒ロベlル聖なることばと俗なることばというのは︑私が言い出したのではなくて︑事実として言っているだけです︒私は言語学者ではないですけれども︑言語学としては聖なることばも俗なることばもないということは︑もちろん前提として認めます︒

さて︑おもしろいことにサンスクリット語

の場合もラテン語の場合も︑仏教で使われる

サンスクリット語︑キリスト教で使われるラ

テン語は︑文献学者の目からすると駄目なん

ですね︒文法的には間違いだらけなんです︒

こうした聖典を書いた人に教育のなかったこ

とが︑はっきりとわかります︒とくにラテン

語訳の聖書がそうです︒アウグスティヌスや

ヒエロニムスも書いていることですが︑キリ

スト教に改宗することの一番の妨げは︑ラテ

ン語聖書に書かれているひどい言葉遣いだと

いうのです︒それこそ俗語だったんですけれ

ども︑この俗語が聖語になってしまった︒言

語としてみますと︑非常に大衆的なことばだ

ったわけです︒だから文法規則はまるで守ら

れていません︒

ギリシア語の場合もそうだったんです︒一

− 3 6

(4)

九世紀にエジプトでパピルス写本が発掘され

る以前は︑新約聖書のことばがあまりにも古

典ギリシア語とちがうものですから︑神様の

作ったことばだという意見さえあったくらい

です︒あるいは神学者のあいだでは︑キリス

ト教のために作られたギリシア語だという意

見もありました︒それほどひどいギリシア語

だったわけです︒それでパピルス写本が発掘

されて︑はじめて晩期ギリシア語時代の日常

語がもとだとわかってきたんです︒

ですから聖なることば︑俗なることばとい

っても︑言語学的にどうとかいうのではなく

て︑文化と歴史という範囲のなかでこの語を

使おうとしています︒

鳩摩羅什の場合も︑もちろんそうです︒す

でに述べましたように︑東アジアにおける仏

教思想を理解しようとしたら︑鳩摩羅什をよ

りどころにしないとわからないんです︒たと

えば先ほど﹁十如是﹂に関する和歌を引用し

てみましたが︑﹁十如是﹂という観念もこと

ばも考え方もサンスクリット語の原典にはな

いんです︒ですから言語学的に言えば︑これ

は間違いといえるかもしれません︒誤訳だっ

たんです︒けれども後の東アジアにとっては︑ 思想からいっても歴史からいっても不可欠の語となっているわけです︒

私は︑いわば横文字から縦文字になったも

のをまた横文字に戻したことになります︒私

の若い頃︑六○年代のパリでは︑プロテスタ

ントの本屋でも日本語とか中国語の本はとて

も少なかったものです︒あるとき中国語の聖

書を買いに行きましたら︑そこの本屋のおじ

いさんは﹁東洋人は恵まれている﹂といいま

した︒なぜですかと聞くと︑神のことばを読

むというのに︑西欧人は横文字ですから横に

首を振って﹁zPz巳といいながら読んでい

る︒それにたいして縦文字の東洋人は縦に首

を振りながら︒鼠.罵竺といいながら読ん

でいると︒だから私のようにコベ色を﹁z己

に戻したことは︑冒涜なのかもしれません︒

参会者五世紀頃のインドのヴェーダーンタ

学者でバルトリハリという方がおられますね︒

この人物は﹁スポータ説﹂という学説を出し

ているようで︑ことばそのものがブラフマン

だといっております﹇バルトリハリ﹃ブラフ

マンとことば﹂平凡社﹈・ブラフマンという

のは︑じつに神秘的な力をもつ真実のことば

という意味のようですけれども︑それをつか さどるのがバラモン教のバラモン︑カーストのなかの最上級の者だそうです︒この︑ことばそのものがブラフマンだという考え方は︑たとえば日本の言霊にあたるとはいえませんか︒先ほどお話しされていた﹁ヨハネ伝﹂冒頭の︑ことばは神とともにある︑ことばは神だということは︑ことばそのものの力をいっているのでしょうか︒

インドでも日本でもヨーロッパでも︑こと

ばそのものの神秘性というか︑力を見ている

ように思います︒きょうはこの点については

触れられなかったようなので︑このことを伺

いたいのですが︒

松村私は専門ではないので︑どうお答えし

ていいのかよくわからないんですが︑たしか

にことぱというものに力があるというのは︑

毎日皆さん︑日常生活のなかで感じておられ

ると思います︒それを哲学化し︑体系化して

いこうという発想は︑おそらく世界中になん

らかのかたちでいつもあるだろうと思うんで

す︒そういう考え方のうち︑あるものが日本

の言霊という考え方とか︑インドのブラフマ

ンを核とする言語の考え方とか︑それからさ

らには新約聖書︑新約聖書のなかでもことば︑

3 言

(5)

ロゴスというものを至上化する︑最高位につ

けているのは四つの福音書のうちの﹁ヨハネ

伝﹂だけですから︑それはやはりキリスト教

のなかでも︑ある一部の限られた考え方に見

られるものなのでしょう︒

いずれも確かにことばというものを至上化

することでは共通性があると思いますし︑そ

れには何らかの普遍的な要因というものが働

いていると思うんですが︑それが歴史的現在

のなかでどういうかたちを取るかというのは︑

偶然性に左右される部分もあるのかもしれな

いですね︒

けつきよく私たちがやっていることは︑普

遍的な問題が歴史的なコンテクストのなかで

どういうかたちで立ちあらわれてくるか︑そ

このところを具体性と抽象性のバランスを取

りつつ何らかの表現をしていこうということ

だと思うんです︒それぞれの関心はちがうわ

けですけれども︑めざしている考え方は共通

しているでしょう︒そのおおもとをたぐって

しまえば︑人間は言語についてそんな考え方

をする傾向があるのかなと思っています︒

口ベールここで少し付け加えたいのは︑中

国語では﹁ロゴス﹂︑ことばという観念を翻 訳するために﹁道﹂aeという語が採られたということです︒しかし︑この語にことばという意味はほとんどありません︒白話という明︑清時代の小説に使われている会話に近いことばでは﹁言う﹂という意味がありますけれども︑ことばという意味はほとんどないんです︒ですから︑ロゴスを﹁道﹂と訳してことばを遊んだ人は半分はごまかしだったでしょうけれども︑中国の文化史には大きな成果をもたらしました︒ことばよりもタオの思想に戻ったということでしょう︒参会者松村さんにお聞きします︒現代の神話とは何かということなんですけれども︑最近読んだのですが︑日本で神様とか仏様とかいう場合︑神道とか仏教というのは危険なイメージが非常に強いと︑そういうアンケートがありました︒七○%以上がまがい物だと︒そういう意味で今後の神話というのは︑たとえば自然や風土に根ざした神話︑あるいは理性︑知性というような︑そこから神話が生み出されるためには歳月というものが必要かと思いますけれども︑これはどう考えればよろしいんでしょうか︒松村山本さんと私とでは︑神話ということ ぱの使い方がちょっとちがっているのかなとお話を伺っていて思ったんですが︑私はどちらかというと実用主義といいますか︑機能主義的に神話をとらえているんです︒エリァーデのように神話を理想化したくはないんですが︑私たちが毎日を生きていくうえで心の支えになっているものを神話と呼んでみたいんです︒山本さんのおっしゃる神話というものは︑かなり条件が厳しい︒たぶんこれは現代の神話とは呼べないものなんです︒

私が考えているのは︑いつの時代にも人間

は神話︑これは別の名前でもいいんですが︑

何か自分たちが生きていくうえでの心の支え

になっている物語をもっているはずだという

ことです︒

だから︑既成宗教ではない︑なんだか漠然

と目に見えないかたちで心の支えにしている

ものはなんだろうかということを私は研究し

たいんです︒過去の時代の︑もう現代の私た

ちには無関係となってしまったいわゆるつ神

話﹂と呼ばれる物語ではなくて︑別のなにか

に私たちはすがって生きているのではないか︒

何が私たちの支えになっているのか︒この考

え方は間違っているかもしれませんが︑これ

− 3 8

(6)

もまた私なりの神話学の考え方です︒正しい

という保証はありませんが︒

科学技術によって何でも可能になる︑人間

は幸せになれるという発想だって︑私のよう

な者からいわせれば神話じゃないか︑俗語的

な意味でいう神話じゃないのかと言いたくな

ります︒答えになっているかどうかはわかり

ませんが.

参会者私もじつは科学というのは︑つじつ

まの合うかたちで世界を説明できる方法かと

思います︒そこで科学などが神話学と結びつ

くのかなと︑世の中の仕組みや自然現象など

を説明する方法として神話ができあがってく

るのかなと思います︒

松村つじつまが合うから納得するか︑その

説明を心の支えにするかというと︑それはち

ょっとわからない︒先ほど愛の神話という例

を出しましたが︑愛ほどつじつまの合わない

こともありませんしね︒

参会者どうもありがとうございました︒先

進国ほど︑概して心の支えを失うような︑そ

ういう状況があるかと思いますので︑この問

題を考えさせてもらいたいと思います︒

司会皆様︑ありがとうございました︒予定 の時間を過ぎておりますので︑シンポジウムの後にも懇談できる場を用意させていただきましたから︑とりあえずは会をしめさせていただきたいと思います︒

それでは﹁シンボル文化研究会﹂を代表し

て︑和光大学の前田耕作から閉会の挨拶を申

し上げます︒

前田本日は︑長い時間を私たちのシンポジ

ウムにおつきあいくださいまして︑まことに

ありがとうございます︒

今回のような主題でのシンポジウムは︑私

たちとしても初めての試みでしたが︑それぞ

れ個性のちがった論者を集めたのは成功だっ

たと感じます︒山本さんも私の挑発にちゃん

と乗ってくださいまして︑見事な反論を立て

られ︑なかなか鋭い切り口を見せてくださっ

たと思います︒フィールドを踏まえた神話へ

の関心を見せていただきました︒

私たちもあちこち調査に出かけます︒私た

ちはイメージ文化学科という学科に属してい

る教員ですけれども︑フィールドワークを非

常に重視して︑それぞれの領域でフィールド

ワークを行なっております︒たとえば山本さ

んが日光に行かれるということになれば︑私 たちも日光についていって勉強させていただく︑そういうように相互のフィールドの交錯をもめざしておりまして︑今回のシンポジウムもその成果のあらわれといえます︒

私たちがアジアに出かけ︑たとえばアショ

ーカ王の記念柱などを見ることがあるわけで

す︒アショーヵは︑自分の政治理念を広く伝

えるために領土のあらゆる場所に大きな柱を

立て︑そこに銘文を刻みこませました︒その

銘文は︑それを読む人が理解できる言語で表

現しなければ意味がないわけですから︑その

土地に見合った言語で書き込むのです︒たと

えば︑現在は残念ながら行くことができませ

んけれども︑アフガニスタンの北辺にあたる

土地にもアショーカ王の足跡があって︑そこ

には柱がないので岩に刻みこまれた銘文が残

っているのです︒彼はインドの王ですから︑

﹁法﹂のことは﹁ダルマ﹂という︒サンスク

リット語ですね︒ところがアフガニスタンに

いた人びとはというと︑そこにはペルシア語

とギリシア語の話者しかいないんです︒です

から﹁ダルマ﹂などといっても︑当然のよう

に通じない︒ですから︑必ず二カ国語の碑文

をそこに掘らせるわけです︒ところがそれは

3 ←

(7)

文字ですから︑これは山本さんも指摘されて

おりましたが︑文字化した場合は伝わり方が

ちがってくる︒文字の場合は文字を読めるよ

うな階級の人びとにしか受け取られないわけ

ですが︑それはそれで政治的な意図もあるの

でいいんです︒どんな言語を使うかといえば︑

アラビア語とギリシア語です︒アラビア語は

当時のペルシアの公用語ですから︑その言語

を解する人が必ずそこにいるわけです︒

たとえばインドのデリー博物館にあるアシ

ョーヵ王柱を見ると︑碑文は当然インドのこ

とばで書かれている︒これがもととなる文章

だと見ることができます︒ところがそれをギ

リシア語に訳し︑さらにアラビア語に訳され

るわけですから︑どんどん中身が変化してい

きます︒同じ司法﹂といっても︑それをそれ

ぞれの文化の読み方︑理解の仕方で受け取っ

てゆくことになるのです︒

もっとおもしろいのは︑インドのことばで

﹁父と母﹂という順序で書いてあるものを︑

ギリシア人はそのまま﹁父と母﹂と訳す︒と

ころがアラビア語を使う人びとは﹁母と父﹂

と書くんですね︒そういう文化だからです︒

こういう碑文を読んでいると︑言語を受け渡 してゆくときの受け手の違い︑文化の違い︑コンテクストによっては受け手が必ずしも同じ意味を受け取っていないことが見えてくるんです︒なかなかダイナミックな問題が秘められています︒この点については︑きょうロベールさんが宗教とことばという︑もうひとつ異なったテキストのなかで説明なされたこ

とでした︒

また驚くべきことは︑﹃神話﹂という用語

は明治時代に翻訳されてできた語だというこ

とです︒そういう観念がなかったのか︒それ

とも別の表現を日本人がもっていなかったの

かどうか︒これはあらためて追求すべき問題

でしょう︒

似たような観点からいえば︑﹁アジア﹂と

いう語も近代語なんです︒近代になって私た

ちが受け取った語であって︑もともとは遥か

遠く中央アジアから現在のトルコあたり︑︑そ

うした場所から生まれた語なんです︒それが

どうやって私たちのもとに届いたのか︒これ

は意外なことで︑大英帝国のアジア支配とと

もに﹁アジア﹂という語が聞こえてきて︑そ

れを私たちは昔ながらのもののように逆に使

っている︒さらに間違えて︑アジアの中心は 自分たちだなどと誤解してしまっている︒これもまた問題です︒

浮遊する言語︑旅する言語というものを追

求し︑文化のコンテクストや歴史の流れの間

隙を縫ってたどれば︑それだけでもダイナミ

ックな文化の姿が見えてくるはずです︒

そういうわけで︑今回は宗教︑とくに神と

いった問題を中心にしましたが︑次回はもう

少し突っ込んだ話を皆さんの前で披瀝できる

機会をもちたいと思います︒どうぞまたこう

いう催しのおりには︑これに懲りずに足をお

運びいただいて︑思い思いのことを語りあい

たいと願っております︒御礼申し上げます︒

司会本日は長時間おつきあいいただいてあ

りがとうございました︒今後もこういう機会

をたびたびもとうと考えておりますし︑その

お知らせは大学のホームページや和光大学総

合文化研究所︑あるいは各学科のページを見

ていただきますと︑最新の情報が載っており

ます︒ぜひご覧ください︒

宮§廷妄勇暑●看農︒●胃台﹈

*発言中に﹇﹈でしめしたのは︑関連する文献

などです︒ご参照ください︒

− 4 0

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