奈良教育大学学術リポジトリNEAR
貯水池における水中の二酸化炭素濃度の変動
著者 吉川 明里, 藤井 智康
雑誌名 奈良教育大学紀要. 自然科学
巻 69
号 2
ページ 31‑36
発行年 2020‑12‑25
URL http://doi.org/10.20636/00013403
キーワード: 二酸化炭素濃度,貯水池,光合成と呼吸,
放出と吸収
Key Words:CO2 concentration, reservoir, photosynthesis and respiration, emission and absorption
貯水池における水中の二酸化炭素濃度の変動
吉 川 明 里
奈良教育大学大学院 在学藤 井 智 康
奈良教育大学 理科教育講座(陸水物理学)CO
2concentration dynamics of the surface water in the reservoir
YOSHIKAWA Akari
(Graduate School of Education, Nara University of Education )
FUJII Tomoyasu
(Department of Earth Science, Nara University of Education )
Abstract
The purpose of this study is to develop and apply the carbon dioxide (CO2) measurement technique and to elucidate the CO2 concentration dynamics in the reservoir of freshwater regions, where the photosynthetic rate is high and the short-term changes are affected by the inflowing river. To clarify the CO2 concentration dynamics in the surface water, pH, dissolved oxygen (DO) and electric conductivity (EC) has been continuously and monthly measured in Sengari reservoir from 2016 to 2018.
The total alkalinity (TA) highly correlated with the electric conductivity, and a linear equation that converts EC to TA was obtained for Sengari reservoir. The values of CO2 partial pressure (pCO2) were calculated using the “CO2SYS” by CDIAC that uses pH and TA. DO and pCO2
fluctuated with high correlation (R2= 0.90). This suggests that CO2 dynamics can be measured in freshwater using this method. DO and pCO2 records at the Sengari reservoir during the summer stratification period, when the photosynthetic rate was high, indicated prominent diurnal variations corresponding to the changes in solar radiation. In summer, surface water CO2 fluctuation had large diurnal change by photosynthesis, and atmospheric CO2 is absorbed to surface water. In the autumn, CO2 in surface water is released to the atmosphere.
1.はじめに
二酸化炭素(以下CO2)は地球温暖化の原因とされ る温室効果ガスのひとつである。大気中のCO2濃度は,
1750年頃の278 ppm から2011年には 390.5 ppmと40%増 加していることが分かっている(1)。大気中のCO2の主な 吸収源は陸上植物であるとされていたが,国連環境計画
(UNEP)報告書において,全世界から排出されるCO2
量のうち森林など陸上で約11%,海域で約31%吸収して いると見積もられていることが示され,海域でのCO2吸 収量が陸上よりも多いことが示された(2)。
海域の中でも沿岸海域は,陸域からの豊富な栄養塩 や有機物が流入する水域であり,一次生産(光合成)が 盛んであるため大きなCO2吸収が見込める。実際に海洋 で貯留されるCO2のうち半分以上を沿岸浅海部の生態系 で吸収していることが報告されている(2)。沿岸海域のCO2
収支を明らかにするためには,ダム湖を含む陸水域での CO2収支を明らかにすることが重要であると考えられる(3)。
沿岸域におけるCO2濃度の変動に関する研究は,例え ば,大阪湾沿岸域におけるCO2の挙動や測定手法に関す る研究,CO2放出・吸収量や収支に関する研究が数多く 進められている(4) (5) (6)。
吉 川 明 里・藤 井 智 康 32
一方で陸水域においては,河川水中のCO2放出・吸収 に関する研究(7)はあるものの,沿岸域に比べ少ないのが 現状である。また,貯水池は河川と比較して光合成・有 機物分解速度が大きく,CO2濃度の変動が激しいと示唆 されるが,貯水池を対象としたCO2の変動に関する研究 はほとんど見られない。
そこで本研究では,陸域-沿岸域のCO2収支を明らか にする上で重要である大阪湾に流入する河川上流部の貯 水池における水中のCO2濃度の解析方法を検討するとと もに,その変動特性を明らかにすることを目的する。
2.調査及び解析方法
2. 1. 調査地点
千苅貯水池は,宝塚市,三田市および神戸市にまたが り存在する神戸市の自己水源の 1 つである。上流部では 波豆川と羽束川の 2 つの流入河川が流入し,流域面積 94.5km2の南北に長い形状をした貯水池である(図 1 )。
2. 2. 現地調査 2. 2. 1. 連続観測
図 1 に示すSt.Aの水面下0.5 mに多項目水質計 WQC-24
(東亜DKK社製)及びメモリー水温塩分計 INFINITY-CT
(JFEアドバンテック社製)を設置し,水温,溶存酸素濃 度(DO)、電気伝導度(EC),pH を測定した。測定時間 間隔は,pH,DOについては30分,水温,ECについては 10分として、2018年 4 月19日~2019年 1 月15日まで連続観 測を行った。
2. 2. 2. 定期調査
2015年 9 月~2019年 1 月まで,月に 1 度定期的に図 1 及び表1に示す14地点で調査を行った。各調査地点で は,直読式総合水質計AAQ-177(JFEアドバンテック 社製)を用い,水温, EC,DO,pH,濁度,クロロフィ ル蛍光,光量子量の鉛直分布を水深0.1m間隔で測定し た。本研究では,表層で測定された結果を用いた。
また,神戸市水道局では,貯水池の水質管理のため に,取水塔の前(St.1付近)において毎月調査を実施し ており,水深 0 m及び10 mの2002年 4 月~2018年 1 月の 水温,pH,DO,EC,全アルカリ度(TA),のデータ を提供頂き,本論文の解析に用いた。
2. 3. CO2の解析方法
水中の各炭酸系の濃度を求めるためには,二酸化炭素 分圧(以下pCO2),pH,全炭酸,及びTAの 4 項目の中か ら任意の 2 項目を測定すれば,残る項目を計算で求める ことができる。本研究では,機器測定により連続的なデー タを取得することができるpHとTAから算出した(4) (5) (6)。
ただし,TAについては,機器による連続計測ができな いため,後述するECとTAの関係より算出した。CO2
分 圧 の 計 算 はCDIAC (Carbon Dioxide Information Analysis Center)が提供するCO2SYSを用いた(8)。
なお,CO2濃度(ppm)とCO2分圧(μatm)との関 係には(1)式が成り立つ。
pCO2 (μatm) ≒ (P-e)×CO2 (ppm) (1)
図1 調査地点 表1 測点位置 表1 測点位置
度 分 秒 度 分 秒
St.1(取水塔前) 27.6 34 52 38.34 135 16 9.82 St.A 21.8 34 52 40.31 135 16 15.80 St.2 28.0 34 52 45.48 135 16 14.76 St.3 24.5 34 52 56.70 135 16 11.30 St.5 21.6 34 53 8.18 135 16 9.27 St.7 19.2 34 53 22.08 135 16 21.08 St.10(郡界) 14.0 34 53 22.21 135 16 45.80 St.13 11.9 34 53 35.60 135 16 37.17 St.15 10.6 34 53 46.30 135 16 56.24 St.17 8.4 34 54 1.20 135 16 52.23 St.19(合流) 5.7 34 54 14.32 135 17 7.22
St.22 3.1 34 54 22.05 135 16 47.39 St.23 4.4 34 54 23.53 135 17 7.39 St.30(羽束川) 4.8 34 54 33.64 135 16 36.62 St.32(波豆川) 4.0 34 54 31.08 135 17 21.01
緯度 経度
水深(m)
ここで,Pは大気圧(Pa),eは水蒸気圧(Pa)である。
一般に,eはPの約1 ~ 3%であるため,pCO2(μatm)
≒ CO2(ppm)となり,CO2濃度とCO2分圧を比較する ことが可能である(7)。
大気CO2濃度と比較するために,気象庁が測定してい る綾里地点(39°02'N,141°49'E)及び南鳥島地点(24°
17'N,153°59'E)の1997年から2019年のデータを取得し,
解析に用いた(9)。両地点の大気CO2濃度の変化を図 2 に 示す。
両地点の大気CO2濃度の平均値は,388 ppm(最小値:
355.6 ppm,最大値:419.4 ppm)であることから,本 研究では,現在の大気pCO2を400μatm(≒CO2濃度400 ppm)とし,計算で求めた水中のpCO2と大気のpCO2の 差(ΔpCO2)が正の時(ΔpCO2> 0)を水中から大気 への放出,負の時(ΔpCO2< 0)を吸収とした。
また,沿岸海域においては塩分からTAを算出する方 法が,十分な精度で求められることが示されている(10)。 塩分は,水温,EC,水圧から計算で算出されるように,
TAとECとの間にも密接な関係がある。
アルカリ度は,河川水中の炭酸塩,水酸化物および炭 酸水素塩のアルカリ成分を炭酸カルシウム(CaCO3)の 濃度に換算したものである。特に河川水中には,カルシ ウムイオン(Ca2+)が多く溶存しており,溶存イオン濃度 と電気伝導度との関係には高い正の相関があることが知 られている(11)。したがって,TAとECとの間には高い相 関があると考えられ,本研究では河川水やダム湖水など の淡水におけるECからTAを算出する方法を検討した。
3.結果及び考察
3. 1. 表層のECとTAの関係
2002年 4 月~ 2018年 1 月までの取水塔前水深 0 mに おけるECとTAとの関係を図 3 に示す。
千苅貯水池におけるECとTAとの関係には(2)式の関 係があり,強い正の相関がある(R2=0.80)。
TA=0.31 EC-3.5 (2)
実測されたTAと関係式を用いて算出したTA比較し た。実測TAと計算TAの偏差の平均値は,1.7 mg L-1で あった。
3. 2. DO・pH・pCO2の短期変動
St.Aでの連続観測期間のうち,水温上昇期であり,
アオコの要因となる藍藻類が発生し始める時期,及び AMeDAS三 田 地 点 の 雨 量 が 0 mmが 3 日 以 上 連 続 し て続く期間を抽出し,解析を行った(12)。抽出期間は,
2018年 4 月27日~ 5 月 1 日である。
DOの変動は,飽和溶存酸素濃度を超える10 mg L-1以 上で変動し,日中に上昇し,夜間に低下する日周期変 動がみられた(図 4(a))。pHの変動は,ほぼ飽和溶存 酸素濃度となっている 4 月28日には7.0と低いが,DOが 15 mg L-1となっている5月1日には9.0と高pHとなってい た(図 4(b))。この期間のpCO2の変動は, 4 月30日以 降では,平均186μatmと大気平衡400μatmと比較して低 く,CO2吸収となっていた。一方,飽和溶存酸素濃度と ほぼ同じDOの4月28日~ 29日では,平均1102μatmと高 く,CO2放出となっていた(図 4(c))。
日中( 6:00~18:00)にDO,pHともに上昇し,夜 間(18:00~ 6:00) に 低 下 し て い る。 一 方,DOと pCO2の変動は,日中にDOが上昇し,pCO2が低下し,
夜間には日中とは逆の変動をしている。このことは,植 物プランクトンによる光合成が活発となる日中は,水中 のCO2消費・DO生成,夜間はその逆過程で呼吸・分解 によりCO2生成・DO消費していることを示している(図 4(a)~(c))。
図2 綾里及び南鳥島における大気CO2濃度の変化
(1997年~ 2019年)
図3 電気伝導度ECと全アルカリ度TAとの関係
吉 川 明 里・藤 井 智 康 34
3. 3. DOとpHおよび,pCO2との関係
DOとpHとの関係(R2=0.88), DOとpCO2との関係(R2
=0.90)及びpHとpCO2との関係(R2=0.99)においても 高い相関関係を示している(図 5(a)~(c))。
なお,関係式については相関係数が最も高くなる関数 を試行錯誤的に決定した。
このことは,DOの低下とともにpHが低下し,pCO2
が上昇していることを示し,また,pCO2の上昇にとも ない,pHが低下していることを示している。つまり,
植物プランクトンによる光合成が活発となる時期では,
DO,pHが高く,水中のCO2消費も大きいことを示して いる。
3. 4. pCO2の季節変動
取水塔前の表層ではpCO2は 6 月~ 8 月に低下し, 9 月頃から上昇し始め,12月頃に最大となり,再び低下し 始めた(図 6(a))。貯水池中流部にあたるSt.10の郡界 においても取水塔前のSt.1とほぼ同様の変動がみられた
(図 6(b))。
水温上昇期であり,水温成層が形成される時期の 6
~ 8 月の貯水池表層ではCO2の吸収域になっていた。一 方,10月以降は貯水池の混合期(全層循環)となり,底 層の貧酸素水塊中の高pCO2水と表層水との混合により CO2の放出となっていた(表 2 )。
また,波豆川及び羽束川からの流入河川水の合流部に あたるSt.19においては,St.1及びSt.10と比較して高い値 を示し,夏季でも放出域となる月がみられ,流入河川水 の影響を大きく受けることが推察される(図 6(c))。
2018年においては,2016年及び2017年の変動と比較し て高い値を示している。これは,2018年においては, 7 月の西日本豪雨, 8 月の台風20号, 9 月の台風21号によ る雨量により流入河川流量が増大し,貯水池内の水を大 きく入れ替えたことが要因であると推察される(図 7 )。
図4 St.Aにおける(a)DO,(b)pH及び(c)pCO2の変動
(2018年 4 月28日~ 5 月1日)
図5 (a)DOとpH,(b)DOとpCO2及び
(c)pHとpCO2との関係
(2018年 4 月28日~ 5 月1日)
4.結論
本研究では,貯水池の水中のCO2の算出方法の検討,
水平分布,季節変化及び短期変動を明らかにするために 現地調査を行った。その結果,以下のことが明らかになっ た。
1 ) 千苅貯水池において,ECとTAには強い正の相関 関係があり,ECからTAを算出することが可能で ある。
2 ) 本研究の測定手法によって,CO2の値を連続的に 求めることができることが示された。
3 ) 水中のDOとpCO2の短期変動には,日中は植物プ ランクトンの光合成による水中のCO2消費・DO 生成,夜間はその逆過程で呼吸・分解によりCO2
生成・DO消費を示す日周期変化が見られる。
4 ) 千苅貯水池表層では,成層期である夏季において はCO2吸収,循環期である秋季~冬季にかけては
CO2放出となっている。
5 ) 流入河川水の影響を大きく受ける地点や気象条件 によっては大きなCO2放出となる。
謝辞
本研究を実施するにあたり,神戸市水道局水質試験所 及び神戸市水道局北神事務所の皆さまには,現地調査及 びデータ提供に関し,多大なるご協力頂いた。ここに記 して感謝致します。
引用文献
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(a)取水塔前 (St.1),(b)郡界 (St.10),(c)合流 (St.19)
(2016年~2018年定期観測)
図7 取水塔前(St.1)における各層の水温 及び流入河川合計流量の変動(2018年)
表2 pCO2の平均値(2016~2018年)
取水塔前St.1 郡界
St.10 合流
St.19
6~8 月 135.5 198.6 557.0
9~12 月 1547.4 983.9 1139.6
単位:μatm 表2 pCO2の平均値(2016 ~ 2018年)
吉 川 明 里・藤 井 智 康 36
developed for CO2 system calculations. ORNL/
CDIAC-105, Carbon Dioxide Information Analysis Center, pp. 1-21.
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令和 2 年 5 月 7 日受付,令和 2 年 8 月12日受理