改 革 ・開放期 にお け る中国 の石 油産業 政策 の展 開(浜)3
改 革 ・開 放 期 に お け る中 国 の 石 油 産 業 政 策 の展 開
浜 勝 彦
‑よ9臼004霞U
建 国以来 の石油 開発政 策
80年 代 の開放型 石 油政策 の展 開 石油工 業 に於 け る体制 改革
エネル ギー供給 国際化 戦略 へ の転 換 第9次5力 年 計画期 の石 油政 策
1建 国以 来 の石油 開発 政策
中 国 は1960年 代 に 、 大 躍 進 失 敗 に対 処 す る調 整 期 に あ り、 しか も ソ連 の 専 門 家 引 き上 げ 、 石 油 供 給 停 止 の 可 能 性 と い う困 難 の 中 で 、 大 慶 油 田 を 開 発 して 石 油 の 「自給 」 を 達 成 した 。 ま た1966年 か ら10年 間 の 「文 化 大 革 命 」 の混 乱 の 中 で 、 さ らに 勝 利 油 田 、 大 港 油 田 を 開 発 し、65年 の1131万 トンか ら78年 の1億405万 トンへ と生 産 を伸 ば し、 「文 化 大 革 命 」 終 了 時 に は余 秋 里 、康 世 恩 、唐 克 、 宋i振明等 の 「石 油 派 」 は 、 華 国 鋒 政 権 を 支 え る実 力 最 強
の最 大 の 派 閥 と な っ て い た 。
華 国鋒 体 制 下 で 、 「石 油 派 」 は10の 大 慶 油 田 の 開 発 と い う ス ロ ー ガ ンを 打 ち 出 し、78年 に は8つ の 大 型 石 油 化 学 プ ラ ン ト導 入 の 契 約 を 結 ん だ 。 い わ ゆ る 「洋 躍 進 」(外 国 に依 拠 した 大 躍 進)が 計 られ た の で あ る。
しか し、 改 革 開放 を主 導 した都 小 平 は 、 この 華 国 鋒 体 制 と 「洋 躍 進 」 を否 定 しなが ら登 場 した た め に 、 「石 油 派 」 は勢 力 を そ が れ 、 分 散 させ られ る こ
とに な った。
この章で は、 改革 開放 期 の石油政 策 を見 る前 に、先ず 中国 の石 油産業 全般 の発展 の状 況、輸 出入 の大 きな転換 、及 び開発政 策 の流れ を概観 してお きた い。
(1)石 油 生 産 の 発 展
中 華 人 民 共 和 国建 国 以 来 の 原 油 の生 産 量 は 表1に 見 られ る とお りで あ る。
中 国 の 石 油 生 産 は 、 建 国 の1949年 に は12万 ト ン に 過 ぎ な か っ た が 、 1956年 に100万 トン を 越 え 、1965年 に1000万 トンに 達 し1978年 に は1億
トン を越 え 、1995年 に1億5000万 ト ンに達 した 。
石 油 生 産 が 伸 び た 時 期 と そ の 要 因 を 挙 げ て み る とそ れ ぞ れ 次 の よ う な も の
(1)
で あ った 。
第 一 の 時 期 は 、1949〜1960年 で 、12 年 の平 均 原 油 生 産 の 伸 び は38.18%に 達 した 。1960年 の 原 油 生 産 量 は520 万 トン に達 した 。 こ の 時 期 は ソ連 の援 助 の下 で 玉 門 油 田 の生 産 を伸 ばす と共 に、 ジ ュ ン ガ ル盆 地 の カ ラ マ イ油 田 の 本 格 的 開 発 が 行 わ れ た 。 ま た オ イ ル シ ェー ル に よ る人 工 石 油 の生 産 に も努 力 が 行 わ れ て 、1960年 に は 生 産 は100
表1中 国 の 原 油 生 産 量
単位:万 トン
年 生産 量 年 生 産 量
1949 12 1974 6485
1950 20 1975 7706
1951 31 1976 8716
1952 44 1977 9364
1953 62 1978 XO405 1954 79 1979 1061 1955 97 1980 10595 1956 116 1981 10122 1957 146 1982 10212 1958 226 1983 10607 1959 373 1984 11461 1960 520 1985 12489 1961 531 1986 13069 1962 573 1987 13414 1963 648 1988 13705 1964 848 1989 13765 1965 1131 1990 13831 1966 1455 1991 14099 1967
.・1992 14210 1968 1599 1993 14524 1969 2174 1994 14608 1970 3065 1995 1500s
1971 3941 1996 15733
1972 4567 1997 15942 1973 5361
出所:r中 国統 計年 鑑』 各年 版 。i997年
新 華社報 道
改 革 ・開放期 におけ る中国 の石 油産業 政 策の展 開(浜)5
(2)
万 トンを越 え た 。
第 二 の 時 期 は 、1963〜1966年 の 時 期 で 、 大 慶 油 田の 開 発 に よ り、4年 間 に 年26.49%づ っ 伸 び 、1965年 に は1131万 トン と な り、 前 年 比33.37%の 伸 び と な った 。
第 三 の 時 期 は 、1967〜1976年 の 時 期 で 、 こ の10年 間 は 同 時 に 「文 化 大 革 命 」(文 革)の 時 期 で も あ った が 、 原 油 生 産 は 二 桁 の伸 び を維 持 し、1970年 に は40.98%と い う伸 び を 記 録 した 。 この 時 期 に は 大 慶 油 田 の 生 産 が5000 万 トンに 達 し、 勝…利 油 田 、 大 港 油 田等 が 次hに 生 産 を 開 始 し、1978年 に原 油 生 産 が1億 トン を突 破 す るた め の 堅 実 な基 礎 を 作 った 。
第 四 の 時 期 は 、1982〜1988年 の 時 期 で あ る。 こ の 時 期 は生 産 水 準 が す で に 高 く な っ て い る 時 期 で あ っ た の で 伸 び 率 は さ ほ どで は な か った が 、1988 年 に は1億3705万 トン と な り、1982年 の1億0212万 トンか ら3493万 トン の増 産 を 実 現 した の で あ る。 この 時 期 は大 慶 油 田、 遼 河 油 田等 が 生 産 を伸 ば
した 。
1990年 代 に入 って 、 勝 利 、 河 北 、 中 原 油 田 の 生 産 が 減 退 の 局 面 に 入 り、
これ を トル フ ァ ン ・ハ ミ、 タ リム、 海 洋 油 田 の伸 び が カバ ー して 全 国 石 油 生 産 で は微 増 の 局 面 が 保 た れ て い る。
(2)石 油 の輸 出入 の動 き
中 国は ソ連 か ら50年 代 に どの くらい石 油 と石 油製 品 を輸 入 した か一 貫 し た統 計 を発 表 してい ない。
(3)
ソ連 側 の 関 連 統 計 で は 次 の よ う に な っ て い る。
石 油 製 品 の 対 中 輸 出 。1950:870万 ル ー ブ ル(対 中 輸 出 の2.9%)、1951:3300 万 ル ー ブ ル(同8.2%)、1952:2560万 ル ー ブ ル(同5.9%)。
同1953:3640万 ル ー ブ ル 、1954:3550万 ル ー ブ ル 、1955:5840万 ル ー ブ
ル 、1956:6400万 ル ー ブ ル 、1957:6860万 ル ー ブ ル(い つ れ も1961年 価 格)。
同1957:8133万 ル ー ブ ル 、1958:6964万 ル ー ブ ル 、1959:9359万 ル ー ブ ル 、1960:9086万 ル ー ブ ル 。
石 油 、 石 油 製 品 、 合 成 液 体 燃 料 。1959:304.2万 トン:4.6億 人 民 元:5.08 億 ル ー ブ ル(こ れ は 中 国 税 関 に よ る)。
1950年 代 、 中 国 が ソ 連 か ら輸 入 した 石 油 は 、 原 油 と 石 油 製 品 を 合 わ せ て 1400万 トンで あ っ た 。1959年 が 最 大 で あ り 、 ソ 連 か ら の 輸 入 量 は 、 原 油63 万6000ト ン 、 石 油 製 品241万2000ト ン 、 合 計 で304万8000ト ン に 達 した 。 1960年 以 降 中 ソ 関 係 が 悪 化 し て 輸 入 は 減 少 した が 、 そ れ で も 総 計 約2400万
くの
トンを輸 入 して 、 そ の代 金 と して10億 ドル を 支 払 った と い う。
そ の後 文 革 期 に は 、 石 油 の 輸 出 入 は ほ と ん ど停 止 した が 、1975年 か ら輸 出が 本 格 化 して、 こ の年 原 油987万 トン、 製 品 油210万 トンが 輸 出 され た 。 1980年 代 の 高 度 成 長 の実 現 で 、 石 油 製 品 の 輸 入 が1986年 か ら本 格 化 して 、
(5)
この 年217万 トン を輸 入 した 。
表2に 見 られ る よ う に 、 石 油 製 品 の輸 入 が輸 出 を 上 回 る よ う に な った の は 1992年 か らで 、 原 油 の 輸 入 が 輸 出 を 上 回 る よ う に な った の は1996年 か らで あ るが 、 原 油 と石 油 製 品 の 合 計 で は 、 中 国 は1993年 か ら石 油 輸 入 国 と な っ た の で あ る。
表2中 国の原 油 ・石 油製品 輸 出入動 向
(単位:万 トン) 年
1989 X990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997
輸 出
原 油
石油製品
合 計
2,439 474 2,913
2,399 526 2,925
2,260 481 2,741
2,151 539 2,690
1,943 372 2,315
1,849 379 2,228
1,885 415 2,300
2,033 417 2,450
1,983 556 2,539
輸入
原 油
石油製品
合 計
326 534 860
292 316 608
597 461 1,058
1,136 768 1,904
1,567 1,729 3,296
1,235 1,289 2,524
1,709 1,439 3,148
2,262 1,583 3,845
3,342 2,320 5,662
輸 出 入 差
2,053 2,317 1,683 786
s・ 一296 ・f 一1 ,395 一3 ,123原 油 生 産 量
13,765 13,831 X4,099 14,210 14,524 14,608 15,005 15,733 15,942
出 所=「 中 国 統 計 年 鑑1996」 、 「中 国 海 関 統 計 」 か ら 作 成 。
最 近 発 表 さ れ て い る予 測 で は 、後 述 の よ う に2000年 に5000万 トン前 後 、
改革 ・開放期 におけ る中 国の石油 産業政 策 の展開(浜)7
2010年 に は1億 トン前 後 の石 油 輸 入 が 必 要 に な るだ ろ う と され て い る。
(3)大 慶 油 田の開 発 と中国石 油工 業体 系の形 成 1)1976年 の大慶 油 田
この年 、四 人組 を逮捕 して実 権 を握 った華 国鋒 は、文 革 を終 了 して近 代化 建設 に乗 り出す こ とを発表 したが 、そ の建設 の モデル が工業 は大慶 油 田で あ り、農 業 は大 塞 生産 大 隊 で あ った。 大慶 油 田は全 国石 油生 産8700万 トンの うち2400万 トンを生 産 し、28%を 占め ていた。
大慶 油 田は黒 竜江 省 の荒 れ果 てた大地 に工業 と農 業 を結 び付 けた新 しい形 の社 会 主i義の都市 を築 い た。 人 口50万 の この都 市 は昔 か らあ った3つ の 人 民公社 の他 に家 族生 産隊 とい う主婦 を中心 と した集 団農 場 を営 んで いた。 こ
(6}
のた め、食糧 と野菜 は 自給 で あ った。
職 員 労働 者 は約10万 人 で、 直接 石 油採 掘 関連 に従事 す る労働 者職 員 は6 万人 で あ った。
大慶 油 田革命 委員会 とい う この政府 と企業 一体 の コン ミュー ンは、 自力 更 生 の精 神 に も とつ く自給 自足社 会 であ り、 中国共産 党大慶 委員 会 の指導 を受
け、 中央政府 の石油化 学工業 部 と黒 竜江省 党委 員会 の指 導 を受 けて いた。
革命 委員会 の下 に指 揮部級 の組織 が あ る。探 査指 揮部 、油 田建 設指 揮部 、 採 油指 揮部 、大慶 石 油化工 総工 場 、 な どであ る。 その下 に大 隊級 の組 織(労 農 中心村 、工場 、等)が あ りさ らにその下 に隊級 の組織(居 民点 、職 場 、等)
が あ る。
2)大 慶 油 田の特 色
以上 か ら見 られ るよ うに、 この大慶 油 田革命 委員会 は軍 の組織 が そ の まま 民間化 した こ とを伺 わせ る もので あ る。
これ は 、大 慶 油 田の建 設 の歴 史 と切 り離せ ない。
1960年2月20日 、党 中央委 員会 は黒 竜江省 で石 油 開発大 会戦 を行 う こと
を 決 定 し、2月22日 に 党 中 央 は3万 人 の 退 役 軍 人 を 動 員 し、 藩 陽 軍 区 か ら 1.5万 人 、 南 京 軍 区 か ら1万 人 、 済 南 軍 区 か ら5000人 を 動 員 した が 、 これ は 余秋 里 将 軍 以 下 軍 が ま と ま っ て退 役 して石 油 開 発 に転i換 した も の で あ る。
5月 に は さ らに 全 国 か ら石 油 関 連 の工 場 と研 究 所 、 学 校 か ら4万 人 を動 員 し
{7)
た。
大慶 油 田の開発 は、人 民解放 軍伝 統 の独特 の政治 思想工 作 を展開 して行 わ れ 、中 で も、毛 沢東 の 「実 践論 」 と 「矛盾 論」 を全 労働者 が勉 強 して これ を 用 いて開発 の困難 を解 決 した。 ま さに文 革 を展 開 しよ うと して いた 毛沢東 に と って毛 沢東 思想 に よる開発 の モ デルで あ り、1964年 には毛 沢東 は、「工 業 で は大慶 に学 べ」 と言 う呼 びか け を発表 した ので あ る。
文化 大革 命 中 にも大 き な混乱 が な く、石 油生 産が急 増 し、 また大慶 油 田か ら勝利 油 田や 、大 港 油 田な どに ま とま って人員 を派遣 して これ ら油 田の開 発 の 中核 を形成 したた め に、大 慶 油 田を中心 と した石 油派 は、 中国で最 も実 力 を持 った派 閥 と して華 国鋒政 権 を支 え る ことに な ったので あ る。
280年 代 の開放 型石 油政策 の展 開
1980年 代 には対 外 開放 が 進 め られ た が 、 エネ ル ギ ー政 策 全体 で は 、石 炭 主 導 の 「自力更 生」 型 政 策 が堅 持 され た 。石 油産 業 で は1980年 代 に海 洋 石 油 開発 が 外 国企 業 に開放 され 、1990年 代 に は 中国 西部 地 区 の油 田開発 が 外 国企 業 に開放 され た。 しか し、海洋 開発 も西部 地 区 の開発 も必ず しも初期 に 期待 した よ うな成果 を上 げ ることが 出来 なか った。
開発生産 体制 にお いて も、石 油産 業 の上流部 門 、下流部 門 の両方 が それ ぞ れ充 分 な関連性 を持 た ない ま ま、か な りのば らっ き を持 って建 設 され 、中 国 は総合 的 な石油 政策 を充 分 に確 立 し得 ない ま ま、石 油産業 のみ が各地 で発展
(8)
した と言 え る の で あ る。
改革 ・開放期 におけ る中 国の石油 産業政 策 の展 開(浜)9
1990年 代 半 ば に 入 って 、 高 速 の 経 済 発 展 に 対 して 石 油 生 産 が 大 き く立 ち 後 れ て い る こ とが 大 き な 問題 と な り、 石 油 開 発 、 生 産 、 流 通 政 策 に 対 す る全 体 的 再 検 討 が 進 め られ る よ う に な り、 組 織 の 見 直 しと改 革 案 の 策 定 も進 み つ っ あ る。
(1)開 発生 産 シス テム 1)石 油 開発 生産 管理機 構
文 革 中 の石 油管 理 部 門 は燃 料 化学 工 業 部 で あ った(71年 に余秋 里部 長 か ら康 世 恩部 長 に人事 異動 が あ った)。75年 には石 油化学 工業 部(部 長:康 世 恩)と 石 炭工 業部 が分離 した。
78年 に は 石 油 化 学 工 業 部 は 石 油 工 業 部(部 長:宋 振 明)と 化 学 工 業 部 (部長:孫 仲 文)に 分離 し、副総 理 で計 画委員 会主任 が 余秋里 、 同経済 委員 会 主任 が康世 恩 と、石 油派 が経済 枢要 部 門を独 占 した。石 油派 の唐 克が 冶金 工 業部長 に任 命 された 。
都 小 平 時代 に入 って、80年8月 余秋 里 は国家 能源 委員 会主 任 に左 遷 され 、 計 画委員 会主 任 には銚依 林 が就任 した。宋振 明石 油工 業部 長 は 「渤海2号 事 件 」 の責任 を と る形 で 辞 任 させ られ た 。82年 、 国家能 源 委 員 会 は機構 改 革 で 国家経 済委 員会 に吸収 され て しま った。 それ 以降 の石 油工業 部長 は康世 恩 (81年3月 一82年5月)、 唐 克(82年5月 一85年6月)、 王 濤(85年6月 一 88年4月)と な って いる
1980年 代 に入 って、海 洋 石 油 開発 に外 国石 油企 業 の投 資 を促 す た め に 、 82年1月30日 〈対外協 力海 洋石 油 資源 開発条 例 〉が公 布 され 、2月15日 に 中 国海 洋 石 油 総 公 司(CNOOC)が 設 立 され た。83年6月 には 同公 司 の 下 に、四つ の地方 公 司が設立 され た。
1981年 か ら82年 にか け て多部 門 に所 属 して い る地 方 の石 油化 学工 場 を統 合 して、上海 高橋 石油 化工公 司、金 陵石 油化工 公 司、撫順 石 油工業 総公 司 、
等 が 設 立 され 、 こ う した 地 方 コ ン ビナ ー トを統 括 す る全 国会 社 と して 、83 年7月 に 中 国石 油 化 工 総 公 司(SINOPEC)が 設 立 され た 。
1988年6月 の 大 幅 な 政 府 機i=構改 革 で 、 エ ネ ル ギ ー 関 連 政 府 部 門 を 統 括 す る形 で 、能 源 部(エ ネ ル ギ ー 部)が 設 置 され た 。 これ は 、 水 利 電 力 部 の電 力 部 門 、石 油 工 業 部 、 石 炭 工 業 部 、 の 各工 業 部 を統 合 し設 置 さ れ た も の で あ る。
しか し、 実 際 に は 同 年9月17日 に 中 国石 油 天 然 ガ ス総 公 司(CNPC)と
い う政 府 級 の会 社 が 設 置 され て(王 濤 総 経 理)、 以 前 の石 油 工 業 部 の 行 政 機 能 を遂 行 し、 人 数 の 少 な い 能 源 部 に は 実 際 にCNPCを 管 理 監 督 す る能 力 が な か った 。 そ の 結 果93年3月 に は 能 源 部 は電 力 工 業 部 と石 炭 工 業 部 に 分 割 され て 消 滅 し、 石 油 産 業 の 行 政 はCNPCが 代 行 す る と い う不 正 常 な状 況 が 成 立 し、 今 日に 至 って い る。
した が っ て、 現 在 、政 府 が 石 油 産 業 全 体 を 管 理 す る行 政 機 構 を設 置 す る こ
{g}
とが 必 要 で あ り、CNPC自 身 も これ を 要 請 して い る状 況 に あ る。
こ う して 、 体 制 上 、 石 油 探 査(地 質 鉱 産 部)、 石 油 採 掘(中 国石 油 天 然 ガ ス総 公 司)、 石 油 化 工(中 国 石 油 化 工 総 公 司)、 石 油 貿 易(中 国 化 工 輸 出 入 総 公 司)、 海 洋 石 油(中 国 海 洋 石 油 総 公 司)、 とい う よ う に石 油 工 業 の 上 流 と下 流 、 生 産 ・供 給 ・販 売 、 国 内 ・国外 貿 易 の 機 械 的 分離 が行 わ れ て お り、石 油
cro>
生 産 に 内在 す る連 関 に沿 った合 理 的 分 業 関 係 が形 成 され て い な い。
これ らを市 場 経 済 の発 展 に合 わ せ て どの よ う に再 組 織 して い くか が 、1998 年 の行 政 改 革 の 中心 的 テ ー マ と な っ て い る。
(2)80年 代 の石油 開発戦 略 の変遷 1)海 洋石 油開 発の推 進
1978年1月 に 当時 の石 油化 学工 業 部 長康 世 恩 は中 国石 油代 表 団 を訪 米 さ せ 、3月 に海洋 石油 開発 を対外 開放す る ことを提起 した報告 書 を党 中央 と国 務 院 に提 出 した。 さ らに79年8月 に康 世 恩 は郵 小平 に手紙 を書 い て、保 障
改革 ・開放期 にお け る中国 の石 油産業 政策 の展 開(浜)11
貿 易 の 方 式 で 外 国 企 業 に リス ク探 査 と共 同開 発 を行 わ せ る契 約 を提 案 した 手 紙 を 送 り、 登β小 平 か ら 「賛 成 す る。 も っ と早 くす る よ う 主 張 す る」 と の 返 答
を得 た 。
康 世 恩 は 、1982年 に設 立 さ れ た 中 国海 洋 石 油 総 公 司 を 、 西 側 石 油 企 業 並 に制 度 化 され た 企 業 に形 成 す るべ く努 力 した と い う。
同 総 公 司 は 、1993年 に は 「石 油 、 ガ ス を 同 時 に発 展 させ 、 ガ ス に傾 斜 す
(11}
る」 と の戦 略 目標 を決 定 した 。 2)東 部 安 定 、 西 部 発 展 戦 略
第8次5力 年 計 画(8・5計 画:1991‑95年)で は 「東 部 地 区 を安 定 さ せ 、 西 部 地 区 を発 展 させ る」 と い う石 油 工 業 発 展 戦 略 を 決 定 した 。 力 を集 中 して タ リム を 重 点 と した 西 部 地 区 の 石 油 、天 然 ガ ス探 査 ・開 発 を行 う もの で 、 1995年 の 目標 は 陸 上 産 油1.45億 トン(タ リム500万 トン、 トル フ ァ ン ・ハ
ミ250万 トン)、 海 上 産 油500万 トンで 、 合 計1.5億 トン、 天 然 ガ ス70億 ト ンで あ った 。2000年 の 目標 は 天 然 ガ ス 込 み で2億 トン、 う ち陸 上 が1.65億
(12)
トンで あ った 。
タ リム の95年 原 油 生 産 は253万 トンで 、 西 部 地 区 の生 産 が 目標 に達 して い な い 。8・5計 画 で は石 油 と天 然 ガ ス を 同 時 に 発 展 させ る とい う方 針 の 下 にオ ル ドス と 四 川 省 、8aで 天 然 ガ ス確 認 埋 蔵 量 の増 加 が 見 られ た 。
3)国 際 国 内 資 源 活 用 戦 略
1996年 か ら始 ま る第9次5力 年 計 画 に於 け る石 油 産 業 の 主 な戦 略 は 、 引 き続 き 「東 部 を 安 定 させ 、 西 部 を 発 展 さ せ る」、 「石 油 と天 然 ガ ス の 同 時 並 行 」 で あ るが 、9・5計 画 で 新 し く登 場 した 政 策 は 、 「二 つ の 資 源 、 二 っ の 資 金 、 二 つ の市 場 を利 用 す る とい う原 則 に基 づ い て 、積 極 的 に 国 外 の 石 油 ・ 天 然 ガ ス の 探 鉱 、 開 発 の市 場 に進 出 し世 界 の 石 油 ・天 然 ガス 資 源 を 分 か ち合
(13)
う」 とい うもので あ った。
これ は、 中国 に於 け る経 済 の高成長 に国 内石 油生産 が対 応 で き ない現 実 を
認 め ざ る を得 な くな った 結 果 、 自力 更 生 を基 本 とす るエ ネ ル ギ ー ・石 油 政 策 を 大 き く転 換 した こ と を示 して い る。
そ の結 果 と して 、 東 南 沿 海 経 済 発 展 地 帯 で は 、 石 油 、 天 然 ガス の輸 入 の合 理 性 が 積 極 的 に評 価 され る よ う に な り、 イ ン ドネ シ ア 、 ロ シ ア極 東 部 か らの
(14}
天 然 ガス の 導 入 も盛 ん に研 究 され る よ う に な った 。
こ う した 新 しい戦 略 へ の 転 換 過 程 と 、新 しい政 策 の現 実 的 展 開 にっ い て は 、 第4章 で 詳 述 す る。
(3)生 産 ・流 通 政 策 の 展 開 (1)1億 トン生 産 請 負 政 策
第6次5力 年 計 画 開 始 の1981年6月3日 、 国 務 院 は石 油 工 業 部 が1億 ト ンの原 油 生 産 の 請 負 政 策 を 展 開 す る こ と を決 定 した 。 全 業 種 で 一 定 の生 産 を 請 け 負 う の は は じめ て の ケ ー ス で あ った 。 生 産 超 過 、 も し くは節 約 した 原 油 は 輸 出 して 、 国 際 価 格 と国 内価 格 の 差 額 を留 保 し、 探 鉱 開 発 資 金 に 充 て る 、 と い う も の で あ る。 中 国海 洋 石 油 総 公 司 も 、 中 国石 油 化 工 総 公 司 も こ の 政 策 を 利 用 して 自己 の 発 展 基 金 を捻 出す る こ と に な った 。
81年8月 に 、 石 油 工 業 部 は 勝利 油 田 で 原 油 生 産 量 請 負 の モ デ ル ケ ー ス を 展 開 す る こ と に な った 。 石 油 生 産 請 負 い政 策 は 、 これ 以 降 全 国 の 工 業 部 門 で 利 潤 上 納 の請 負 責 任 制 が 一斉 に 展 開 され る こ と に な った 動 き を 促 進 した 。
2)高 生 産 目標 の 提 起
1億 トンの 原 油 生 産 請 負政 策 の 展 開 で 、 確 か に老 油 田 の 潜 在 力 発 掘 が 進 み 83年 以 降 は 生 産 が 上 向 い た 。 これ を 見 て84年4月 に は 当 時 の 国 務 院 指 導 者 は 「中 国 石 油 工 業 は 新 た な 発 展 の 時 期 に 入 っ た 」 と 述 べ 、7・5計 画 (1986‑90年)で は 年 年500万 トン増 産 して2000年 に2億 トンを 実 現 す る と した 。
1億 トン生 産 請 負 制 策 に よ る過 度 の潜 在 力 発 掘 は 油 田 の老 化 を は や め 、増
改革 ・開放期 におけ る中 国の石油 産業政 策 の展 開(浜)13
産 の臨 界点 が近づ いた。 他方 国際石 油価 格 は大 幅 に下 が って輸 出に よる実 質 収 入 は、 当初 の予想 よ り大幅 に減 少 して、 も ともと重 視が 足 りなか った探 鉱 投 資が 弱体化 す る結 果 にな った。 しか し、硬 直化 した政策 決定機 構 で は政 策 の調整 が遅れ て石 油生産 を困難 な状況 に追 いや る ことに な った と、現在 で は
(15)
評 価 さ れ て い る。
各 油 田 は7・5計 画 初 期 に指 標 を 高 く した た め 、 油 田 の 安 定 的 基 礎 を損 な い 産 出 量 の逓 減 の 加 速 化 と埋 蔵 採 油 率 の上 昇 を 招 い た 。 各 油 田 は 、7、8年 の 苦 労 と努 力 を経 て 、安 定 的 産 出量 を保 っ と い う前 提 の下 で 、 や っと油 田 内
部 の生 産 比例 関係 を基 本 的 に うま く調 整 した 、 とい う。
3)価 格 引 き上 げ政策
1993年12月 、 国務 院研 究 室 と中 国石 油天 然 ガ ス総公 司 は共 同で 高級研 究 討論 会 を開 い て、石 油産 業 政 策 の全 面 的再 検 討 を行 った。 ここで94年5月
1日 に計 画 内原油価 格 を トン700元 に一 気 に引 き上 げ て市 場価 格 に近づ け る とす る方針 が合 意 され た。 そ れ で も石 油 天然 ガス総 公 司 の94年 の建 設 資金
{17)
不 足 は100億 元 あ る と い う。
95年 末 の 総 公 司 扱 い 原 油 の 総 合 価 格 は トン860元 に 達 し、 こ の 価 格 は 国 際 価 格 との 差 が あ る も の の そ の 差 は 大 き く な く、 三 大 油 田 以 外 の 価 格 は 自 由 化 して い るた め ず っ と高 く、 した が って 今 後 は石 油 価 格 を 調 整 して発 展 を 求
{18)
め る余 地 は 少 な くな って い る。
3石 油 工業 に於 け る体制 改革
(1)国 有石 油公社 改革 の方 向 1)改 革 の 緊要性
石油工 業 にお い て主体 を なす陸 上石 油生 産体制 の改革 が緊要 な もの とな っ てい る理 由と しては三 点が挙 げ られ て い る。
① 石油 生産 の発展 速度 が経済 成長 にっ いて行 けず 、経 済成 長 を制 約す る要 因 に な って い る こと。
②市 場競 争 が激 しくな ってい る。 政府 は既 に石油 、天然 ガス資源 に対 して 統一 管理 を実行 し、統一 的 に開発 区 を指 定 して全 国 に入 札 に 出す こ とを決 め てい る。 中 国石 油天 然 ガス総公 司が 開発 と建設 を独 占 していた時代 は終 わ っ た。
③ 国 内原 油価格 値 上げ の余地 がだ んだ ん少 な くな り、探 鉱 開発 の難度 が増 し、物 価 上昇が加 わ って コス トが上 が り、建設 資金 不足 が突 出 して きた。
1994年 に政府 は石 油価 格 を値 上 げ した ので1988年 以来 の赤 字 の局面 は な くな った が、 あ と二 三年 もす れ ば原 油価格 を コス トと税金 が 上 回 るよ うにな り、改 革 の リス クと困難が 高 ま る。 そ のため に改革 は早 くや らなけれ ば積 極
(19)
的 な効果 を上げ るこ とが 出来 ない。
2)政 府 と企業 の機 能の分離i
1988年 に成 立 した能 源 部 と中 国石 油 天 然 ガス総 公 司 の石 油 産業 に関す る 管理 権 限 をめ ぐる関係 は、極 め て複 雑 で あ り、 明確 に分離 され てい るとは言
え なか った。
以下 、鉱産 資源 の探鉱権 と採 鉱権 を含 む 「鉱産 権」 をめ ぐる両者 の関係 に
{20)
つ い てみ てみ よ う。
〈鉱 産 資 源 法 〉 は 、1986年10月1日 に 実 施 され 、 これ に基 づ い て 元 石 油 工 業 部 は1987年12月24日 に 、 〈石 油 及 び天 然 ガ ス 探 鉱 、 採 鉱 登 記 管 理 方 法 〉
を実 施 し、 元 石 油 工 業 部 は 鉱 産 資 源 管 理 組(司 局 級)を 設 置 して 登 録 管 理 を 開 始 した 。1988年3月28日 正 式 に 登 記 申 請 を 受 け 付 け 、4月8日 、 大 港 石 油 管 理 局 、 大 慶 石 油 管 理 局 、華 北 石 油 管 理 局 、 中 原 石 油 探 査 局 に探 鉱 ・採 鉱 許 可 証 が 発 行 され た 。
1988年6月 国 務 院 の 機 構 改 革 で 石 油 工 業 部 は廃 止 され 、 能 源 部 が 国 務 院 の石 油工 業 主 管 部 門 と な った 。 同時 に中 国石 油 天 然 ガス 総 公 司 が 設 立 され た 。
改革 ・開放 期 にお け る中国 の石 油産業 政策 の展 開(浜)15
組 織案 に よれ ば、 中国石 油天然 ガス総公 司 は、能源部 に協 力 して 「鉱 産権 」 許可証 を発 行 し、監 督 と管 理 を行 うこ とにな っていた。
1988年9月 総 公 司 は石 油天 然 ガス 資源 管理 局 を設 立 し、10月 能源 部 は文 書 に よ り、総公 司 が 「能 源部石 油 天然 ガス資 源管理 弁公 室」 の名義 で登録 機 関 の職能 を遂行 し、法 律執 行 に責任 を負 う権 限 を与 えた。1988年 か ら1993 年3月 まで、 この体制 が機能 した。
1993年3月 国務 院 の機構 改 革 で能源 部 が廃 止 され た 。鉱 産 資源 の 登録 管 理 の職能 にっ いては 国務 院 の調停 によ り、国家計 画委員 会 が責任 を負 う こと
に な った 。1995年9月 国家 計 画委 員 会 は石 油 天 然 ガス資源 管理 弁 公 室 を設 立 し、中 国石 油天 然 ガス総公 司か ら、登録 、法律 執行 の権 限 を引 き継 いだ 。 そ して11月 に鉱 産権 の登 記 を開始 した 。
1994年 か ら1995年 にか け て中 国石 油天 然 ガス総公 司の石 油 天然 ガス資源 管 理 局は 、総 公 司の 内部 機構 とな り、主 な仕 事 と しては 、油 田の外部 環境 の 改善 と法規集 の 出版等 で、前 者 で は陳西 、甘粛 両省 で の石 油天 然 ガス鉱業秩 序の混乱 の調 停 に当た った ◎
1994年6月 現在 、有効 な鉱 産 資源探 査開発 登録 許 可証 は、376個 で、 内中 国石 油 天然 ガス総 公 司が328個 、 中国海 洋 石 油総 公 司が26個 、地質 鉱 産 部 が18個 、省 市が4個 とな っていた。
3)探 鉱 、開発 、生産 、加 工 への 多主 体 の参 入
中 国石 油天然 ガス総 公 司 は、9・5計 画期 の改 革 目標 と して、産 業構造 の 調整 と組織構 造 の調整 を進 めて 、石 油精 製 と化学工 業 へ の経 営多角 化 を強 力 に進 め 、今世紀 末 まで に独 山子 、 コル ラ、 中原、 大慶及 び渤海 湾 周辺 に、 そ れ ぞれ特 色 のあ る石 油化学 基 地 を建 設す る ことに してい る。 こ う した動 きの 理 由と して、石 油産業 の上流 と下 流 を一体化 す るこ とは 国際的 な大石 油企業
(21)
の慣 行 で あ るか らだ と して い る。
こ う した 上 流 と下 流 の相 互 乗 り入 れ の 改 革 の 方 向 は 、1997年1月24日 、
地 質鉱 産部系 統 が新 た に 「中 国新 星石 油公 司」 を設 立 し、政府 が これ を認 可 した ことに よ りい っそ う明 らか に な った。宋 瑞祥地 質鉱 産部 長 と郷 家華 副総 理 は、 これ を単0の 地質 鉱産 探査 か ら、探査 、開発 、加工 の一体化 した 企業 へ の転i換と位 置づ け 、 また これ に よ り、石油 天然 ガス田 の探 査 、開発 に 、連 合 もあれ ば競 争 もあ り中国 の特 色 を持 った石 油工 業管 理体 制 を打 ち建 て る こ
(22)
とにな る、 と述べ て い る。
今後 中国石 油化工総 公 司 も、探 査 開発面 に進 出 し、中 国海 洋 石油総 公 司 も 石油加 工面 に進 出す る ことと なろう。
4)持 ち株 会社 と石 油会社 の関係
1993年11月 、 中 国共産 党第14期3中 総 会 は 「社 会 主義市場 経 済体 制建 設 の若干 の 問題 に関す る決定」 を採択 して 、体制 改 革 の見取 り図 を示 した。 国 有 企業 改革 の方 向 と して近代 的会社 制度(現 代 企業 制度)の 導入 を決 めた 。 近 代的会 社 制度 の主体 は有 限責任会 社で 、 その 中 には 国の単独 出資 の国策会 社 と複数 出資 の一 般会社 が あ り、有 限責任 会社 の一 部 が株 式 会社 と な り、 そ の一部 が上場 され る。
中 国石 油工 業 の場 合 、 この近 代的 石油会 社 は どの よう な規模 の ものか、 ま た 、国家 の投 資 を管轄 して い る持 ち株 会社 は どの よ うな会 社で あ るべ きか 、 これ が現 在模索 され てい る改革 の重要 な 内容 とな って い る。
陸 上石 油工 業 企業 の改革 は 中国石油 天然 ガス総 公 司 とその傘下 にあ る石 油 企業 の改 革 の問題 で あ る。g・5計 画期 の改革 目標 では以下 の方針 が決 ま っ
(23)
て い る。
総公 司 の改革 で は、徐 々に国家級 の持 ち株 会社 に改組 す るこ とを 目標 に し て、職 能 を転換 し、機構 を簡 素化 し、仕事 の効 率 を高め るこ とに重点 を置 く。
国務 院 の権 限授与 によ り、総公 司は 中央 国有 資産 の所有 者代 表 とな り、 中央 国有 資産 の投 資主体 と経 営主体 とな る。 総公 司 と石 油企業 は財 産権 関係 を絆 と して親 子会社 関係 を構 成す る。総 公 司は持 ち株 会 社 とな って 、主 と して総
改革 ・開放期 におけ る中 国の石 油 産業政 策 の展 開(浜)17
公 司の発展計 画 と経営戦略 を制 定 し、重大 なプ ロジ ェク ト投 資の決定 を行 い、
企業 の経 営計 画 と予算 を審査 承認 し、企業 の経営 状況 に対 して審 査 を行 い、
企業 経営 者 を任 免 し奨 励懲罰 し、企業 の生産 経営 活動 を協 調 し、企業 にサ ー ビス を提 供す る。職 能 の転換 に応 じて、総公 司機 関 はそれ に応 じた調 整 を進 め、簡 素 で効 率 が高 く、統0し 、協調 した活 動機 構 を樹 立す る。
大 慶 油 田等 の石 油 企業 の改 革 で は、近代 会社制 度 の樹立 を 目標 と して 、組 織構 造 の調整 を進 め 、 メ カニ ズム の転 換 を重 点 とす る。各石 油 ガス田企業 は 石 油会社 の道 を歩 む ことを堅 持 して、石油 会社 、専業 技術 サー ビス会 社 、生 活 サ ー ビスの社 会化 の三部 分 に向 けて 「大 き くて何で もそ ろ った 、小 さ くて 何 で もそ ろ った(大 而 全 、小而全)」 体制 を解 体 し、企業 集 団体制 を形成 し、
次第 に地 区 に跨 った 専業 サー ビス(集 団)会 社 を形成 す る。各石 油企 業 は ま ず 「両 定 、両 自、一掛 鈎」(注)の 経営 政 策 を改 善完 備 し、次 第 に資 産経 営 責任制 を実 行す る。 さ らに石油 企業 内部市 場体系 を建 設完 備 し、次第 に規 範 化 した運営 を実 現す る。 引 き続 き大港 油 田等 の企業 で 、有 限責任 会社 、あ る い は株 式 有限会 社建 設 のモ デル を立 派 に行 い、本世紀 末 には大 多数 の石 油企 業 が 初歩 的 に近 代会 社制度 を打 ち立 てなけれ ば な らない。
(注)石 油 ガスの初 期 可採 埋蔵 量 を確 定 し、企業 の実 現利 潤 と上納 利 潤 を確定 し、埋 蔵 量有 償使 用 費 を全額 上納 す る(両 定)。 生産 経 営 は 自 ら損益 に責任 を負 い 、建 設 資金 は 自 らバ ラ ンス させ る(両 自)。 賃 金 総 額 は、企業 の営 業額 と実 現利潤 に結 びっ け て変 動 させ る(一 掛 鈎)。
石 油企 業 では近代 会社 化 の改革 を進 め る上 で 、三つ の大 き な問題 を解 決 し なけれ ば な らなか った。 第一 に、会社 が抱 え込 んで い る公 共機能 であ る学校 、 住宅 、病 院等 を生 産部 門か ら分離 して、地方 自治体 に移 管す ること。第二 に、
多 く抱 え込 んでい る余剰 労働力 を分流 させ て、多角経営 等 に振 り向け ること。
第三 に、 ほ とん ど解 決不 能 に まで抱 え込 んで いる負債 を処理 して、生 産企業 が経=営可能 な財務 状態 にす る こと。第 四 に、 こう した前提 の上 で有 限責任 会
社 を設 立す る こと。
これ らの課 題 は まず モ デル企業 で実 行 して、後 続 の企業 に道 を拓 くことに な った。
5)改 革 の方向 に関 す る議論
以上 の よ うに改 革 の方 向は 明 らか に な って い るが、 現実 に、 どの よ うな規 模 で石 油会社 を組 織す れ ば うま く行 くのか に関 しては まだ決 定的 な具体 案 は 存在 して い ないよ うであ る。
石 油工 業体制 の改革 が 明 らか に立 ち後 れ てい る原因 にっ い て、既 得権益 の 障碍 が あ る他 に、改革 に明確 な 目標 と、実行 可能 な具体 案が ない ことが問題
ゆ ラ
で あ る と して、石 油管理 専 門の学者 は、次 の よう な提案 を行 ってい る。
競 争 のあ る石 油産 業組織 を形 成す るため に四つ の改組 案が考 え られ る。
① 現在 の四大 会社(総 公 司)を 改組 して四大持 ち株 会社 と し、 国有資産 の 経営 と管理 に当た らせ 、国務 院 と人民代表 大 会の監 督 を受 け る。
②大型 油 田を基礎 にい くっか の石油化 工企業 集 団を形成す る。大慶 、勝利 、 遼河 、 を中心 とす るが 、残 りを どの よ うに組織 す るかが 問題 と して残 る。
③ 区域 に応 じて若 干 の石 油化工 企業 集 団公 司 を作 る。
④現 在 の各総 公 司の二級 企業 を基礎 に独 立 した石 油会社 を作 る。 これ は規 模 が小 さす ぎ る難点 が あ る。
この論文 で は、近期 は第 一案 が 、中期「的 には第二案 が現実 性 が あ ると して い る。
(2)現 代企 業制 度導 入の モデ ル 1)大 港 油 田
1992年8月 、総公 司は大 港石 油管 理 局 を総合 改革 の モデ ル単位 と確 定 し、
さ らに、1994年11月 総 公 司 の推薦 で大港 石油 管理 局は 国務 院が確 定 した全
{2s>
国100の 現代 企業 制度 改 革モ デル に指定 され た。
改革 ・開放 期 にお け る中 国の石油 産業政 策 の展 開(浜)19
1995年 前 半 、大 港油 田では 国家 の文 書、 「会 社法 」及 び近代 会社 制 度 の理 論 を学 習 して、深 く調査研究 を行 った基礎 の上 に、モ デル実施 案 を作 成 した。
この案 は、9月12日 、 総公 司 と国家経 済 体制 改 革 委員 会 の連 合 の審 査 をパ ス し、9月19日 にモ デル実 施案 が承認 され た。 挑和 清が 董事 長 、総 経 理 、 党 委 副書 記 に任 命 され 、王鵬 が党 委 書 記 、副 董 事長 に任 命 され 、12月1日 大港 油 田集 団有 限責任公 司成 立大会 が開かれ 、改 革案が実施 の段階 に入 った。
改革案 の主 な内容 と しては次 の ものが挙 げ られ る。
① 大港 石油管 理 局全体 が大港 油 田集 団有 限 責任 公 司 に転 身 した 。中 国石油 天然 ガス総公 司 の投 資 に よる独 資会社 であ るが、将来 は多元 的投 資 によ る有
限責任会 社 あ るいは株 式有 限会 社 に移 行す ることに な って い る。
② 董事 会 、監事会 と総経 理 グルー プをお く。党組織 と労組 の責任 者 が会社 法 人機構 に入 って い る。 労組 は従業員 を代表 して会社 と集団 労働契 約 を結 ぶ。
③石 油会社 を中核 とす る集 団公 司 とす る。 探査 、開発 、精 油、輸 送販 売 、 地 質研究 院等 は支社 と し、施工 単位 、補 助生 産、 多角経 営 、生活 関連 は 、子 会 社 と して分 離す る。 集 団公 司 一 開発 公 司 一 採 油 作業 区 一 工 区の 分級 管 理 を行 う。
④集 団公 司 内部 で市場 化管理 を実行す る。 企業 集 団内部 の人材 、物 資、技 術 、商 品等 の多 くの市場 を設 置す る。生 活 サー ビス、 文教衛 生で は 内部 分離
を実行 し、専業化 管理 、社会 化経 営 を実 行す る。
⑤負債 の資本金 化等 によ り資産 負債構 造 が軽減 され たQ 2)中 原石 油探鉱 局(中 原 油 田)
1995年12月20日 、 国家 企業 管理調 査研 究 グル ー プが書 いた 「中原 油 田の 改 革 の経 験 は高度 の重 視 に値す る」 とい う レポー トが 、朱鋸 基 、那家 華 、呉 邦 国等 国務 院指導 者 の注 目す る ところ とな り、 国務院弁 公庁 と社 会科学 院 が 連 合 調査 グルー プを派 遣 して調 査 を行 い、96年 半 ば に そ の 自力 に よ る困難
(26)
打 開 の 改 革 が 一 斉 に 宣 伝 され る こ と に な った 。
これ らの論 文 の紹 介 す る と こ ろ に よ る と 、 中 原 油 田 の 問 題 点 と、 改 革 に よ る打 開 の 特 色 は 次 の 点 に あ る。
① 中 原 油 田 の 困難
中 原 油 田 は 世 銀 と 日本 政 府 の 借 款9.6億 ドル 、 国 内 借 款28億 人 民 元 で 建 設 さ れ た も の で 、 国 家 が計 画 価 格 で 原 油 を 買 い 付 け 、 さ らに為 替 レー トの 切 り下 げ で 負 債 が か さみ 、94年 末 の投 資 負 債 残 高 は85億 元 に の ぼ り純 資 産 負 債 率 は104%に も な り、94年 の 負 債 償 却 元 利 は14.5億 元 、95年 に は17.5億 元 で 、 売 り上 げ収 入 の37%を 占め て い た 。
原 油 生 産 は88年 の722万 トンか ら95年 に は410万 トン に 下 が り 、95 年 の 新 増 可 採 埋 蔵 量 は 出油 量 の40%を 占 め るに 過 ぎ なか った 。1000万 トン
の 生 産 に合 わ せ た 人 員 配 置 で あ るた め 、 従 業 員 の9万 人 の う ち5万 人 が 余 剰 で あ り、 集 団 、 家 族 労 働 者3万 人 と 、失 業 子 女1.5万 人 が 居 り、 就 業 圧 力 が 非 常 に 大 き か った 。
② 改 革 措 置
模 擬法 人+模 擬 政 府+市 場 化 の実 行 。
中 原 油 田 に は 二 級 単 位 が38個 あ り、 そ れ ぞ れ 分 散 した 小 社 会 を 形 成 して い た の で 、 二 級 集 団 が 医 院 、学 校 、 住 宅 、 退 職 者 管 理 等 を 引 き受 け て い た 。 二 級 単 位 は 、 コス ト、 経 営 観 念 が な く、 不 足 す れ ば 上 部 に対 応 を要 求 す るだ
け で あ った 。
油 田管 理 局 は 模 擬 政 府 と な って こ う した 社 会 負 担 を全 部 集 中 して 管 理 す る こ と に し、 二 級 単 位 を 模 擬 法 人 と して 生 産 と経 営 に 専 念 させ た 。
労 働 者 に は そ れ ぞ れ の ポ ス トにっ い て 、 上 崩 、 試 崩 、 待 崩 の 「三 崩制 」 を 実 行 した 。 全 労働 者 が 試 験 を受 け て合 格 者 が 仕 事 に 就 き 、 不 合 格 者 は3カ 月 で 再 試 験 を受 け 、 不 合 格 者 は レイオ フ とす る 、 も の で あ る。
資 源 、生 産 、 経 営 の 各 分 野 で 、 公 開 競 争 入 札 を行 い 、独 占を 止 め 、 価 格 を 自由化 し、 内部 市 場 の 健 全 な運 行 を保 障 した 。 財 務 、 会 計 決 算 セ ン タ ー を設
改革 ・開放 期 におけ る中 国の石油産 業政 策 の展 開(浜)21
置 して、所 属 単位 の1000近 くの銀行 口座 を取 り消 した。
一部 の掘 削作業 隊 は ま とめ て民用建 設 に転 業 させ た 。油 田建 設部 隊 は全 国 で入札 に参加 し、パ キス タ ンの道 路建 設 な どに参加 して年3億 元 を稼 いだ。
特 殊 自動 車修 理工 場 は特 殊 車輌製 造工場 とな り、電子部 との合 弁 で電 子関係 の組立工場を起 こす など、こう した工場は10数 カ所で従業員は1万 人近 くなった。
こう して1995年 か ら中原油 田は経 済状 態 を改善 し始 めた ので あ る。
(3)価 格 、 人 事 、 労 働 、賃 金 等 の 改 革 1)石 油 価 格 の 引 き上 げ
1994年5月1日 、 「 〈原 油 、 石 油 製 品 流 通 体 制 改 革 に 関 す る意 見 〉 に 関 す る通 知 」21号 文 書 に基 づ い て 、 原 油 と石 油 製 品 価 格 の 大 幅 な引 き 上 げ が 行 わ れ た 。 主 な 内 容 は 原 油 の 価 格 を 一 級 で1ト ン700元 に 、 二 級 で1240 元 に 、平 均 で820元 に 引 き上 げ る も の で あ った 。 これ は 石 油 価 格 全 体 を次 第
に 二 級 の 国 際 価 格 水 準 に 近 づ け 、 ま た1988年 以 来 赤 字 と な って い る石 油 工
(27)
業 全 体 の採 算 を黒 字 にす る こ と を 目標 と して い た 。
一 級 は 二 種 類 に 分 か れ、 大 慶 原 油 が1ト ン754元 、 勝…利 原 油 が684 元 、 二 級 価 格 は3類 に 分 か れ 、 大 慶 類 が1320元 、勝 利 類 が1230元 、 遼 河 凋 油 と勝…利 孤 島 原 油 が1160元 と な って い た 。
天 然 ガ ス も適 当 な価 格 引 き 上 げ が 行 わ れ た 。 一 類 は 四 川 の 天 然 ガ ス で 、 1000㎡ 井 戸 出 し価 格 が 、化 肥 用470元 、住 民 用530元 、工 業 用490元 、 商 業 用 670元 と な った 。 二 類 は そ の他 の 油 田 の 天 然 ガ ス で 、 化 肥 用440元 、 住 民 用 460元 、 そ の 他520元 、 三 類 は 超 過 生 産 と節 約 分 の 自主 販 売 で 、900元 で10
(28)
%の 上 下 変 動 と な って い た 。
価 格 引 き 上 げ の 大 き さ を 対 比 す る た め に 、1989年3月 と1990年3月 の9 省で の原 油価 格 の実状 を見 る と、それ ぞれ 、前 者 が計 画価 格:156元 、市場 価格:
{29}
487元 、 後 者 が 、 計 画 価 格:94元 、 市 場 価 格:555元 で あ っ た 。
2)人 事 、 労働 、保 険 等 の 改 革
中 国 石 油 天 然 ガ ス 総 公 司 の 管 轄 下 に あ る 職 員 労 働 者 は95年 末 現 在156 万 人 で 、 そ の う ち 幹 部(事 務 系)は45万 人 で 、 そ の 内 の87%が 専 業 技 術 幹 部 で あ った 。
(30)
96年 の改 革の 内容 と して周 永康総 公 司副総 経理 は 、次 の ように述べ た。
① 各石 油企業 で 、局級 の幹部 に招聰 制 を実施 す る。 トップの責任 者 は総 公 司 によ って任命 され るが 、そ の下 の補佐役 の行 政幹 部 は、今 まで の委任制 か
ら招聰 制 に変わ る。
②各 企業 、事業 単位 は普 遍的 に全員 労働 契約制 を実 行す る。
③す べ て の単位 にお いて、統 一的 な職員 労働 者養老 保 険制度 を創 設 ない し は健全 化 させ 、個 人 が一定 の費用 を納 め て、個 人 に保 険金 手帳 を配 る。
④引 き続 き住宅 制度 の改 革 を推進 し、公共積 立金制度 を設置 し、改 善 し、
住 宅 資金 に対す る管理 を強化 す る。
4エ ネ ル ギ ー供 給 国 際 化 戦 略 へ の転 換
(1)政 策 転 換 の 過 程
1)中 国 の エ ネ ル ギ0生 産 ・消 費 構 成
中 国 の エ ネ ル ギー 生 産 は 、1995年 に 、標 準炭 換 算 で12億9000万 トンで あ っ た 。 そ の う ち 、 石 炭 が75.3%、 石 油 が16.6%、 天 然 ガ ス が1.9%、 水 力 発 電 が6.2%を 占め て お り、 石 炭 中心 の エ ネ ル ギ ー構 成 と な っ て い る。
全 体 と して の 大 き な特 徴 は 、 エ ネ ル ギ ー の 自給 度 が 高 い こ とで あ り、1995 年 に は1.6%が 輸 入 に よ る も の で あ った 。
中 国 は石 炭 の 資 源 大 国 で あ る が 、 こ う した 自 国資 源 の 可 能 な限 りの 開 発 に よ る石 炭 主 力 の 自給 自足 型 の エ ネ ル ギ ー 生 産 、 消 費 構 造 は 、厳 しい 冷 戦 の 中 で 余 儀 な くされ て き た も の で あ った 。
改 革 ・開放期 にお け る中 国の石油産 業政策 の展開(浜)23
1980年 代 の 改 革 開 放 の 時 代 に な る と 、 厳 しい 資 源 と エ ネ ル ギ ー の 制 約 の 中 で 高 成 長 を 実 現 して きた 。 そ の 結 果80年 代 の経 済 成 長 率 は 平 均9%で 、 エ ネ ル ギ ー一・の生 産 の 伸 び 率 は4〜5%、 エ ネ ル ギ ー 生 産 弾 性 値 は0.5程 度 で あ った 。
1990年 代 に 入 る と 、 石 炭 大 量 消 費 の 問 題 点 が 大 き く な った 。 主 な問 題 点 は 、 資 源 が 東 北 、 西 北 に遍 在 して い て需 要 地 で あ る沿 海 地 区へ の 輸 送 が 困 難 で あ る こ と と 、 環 境 汚 染 が重 大 で あ り、 大 衆 の環 境 保 護 意 識 が 向上 して き た こ と で あ る。
そ こで 、 ク リー ンエネ ルギ ー で あ る石 油 と天 然 ガス の 消 費 が 急 速 に拡 大 し、
主 と して 沿 海 工 業 都 市 の需 要 が 増 え 、 輸 入 も急 増 す る よ う に な った 。 2)9・5計 画 策 定 とエ ネ ル ギ ー の 制 約
原 油 と石 油 製 品 の 合 計 で は1993年 に 始 め て 純 輸 入 に 転 換 し、 こ の 年 は 981万 トンの純 輸 入 と な った 。
1980年 代 以 来 の 石 油 生 産 を 見 る と 、70年 代 に大 き く伸 び た 石 油生 産 は 、 1978年 に1億 トン に達 し、80年 年 代 前 半 に2000万 トンを 増 産 し、 そ の 後 も 増 産 努 力 を続 け 、1996年 には1億5733万 トンに達 した。
主 な 政 策 努 力 と して は 、1982年 に 中 国海 洋 石 油 総 公 司(CNOOC)が
設 立 され て 、 中 国 の 沿 海 地 域 で 外 国 石 油 会 社 と100件 以 上 の 開 発PS契 約 が 結 ば れ て 、15年 間 に30億 ドル 以 上 が 探 鉱 ・開 発 に 投 入 さ れ 、200坑 以 上 の 試 掘 井 が 掘 削 され 、1996年 に は 海 洋 油 田 の 原 油 生 産 が1501万 トンと な り全 体 の9.5%を 占め る よ うに な った 。
90年 代 前 半 の 第8次5力 年 計 画 期 に は 「東 部 安 定 ・西 部 発 展 」 と い う 石 油 戦 略 が 採 択 され た 。 東 部 の既 存 油 田 の 生 産 を 維 持 す る こ と に努 力 し、 同 時 に タ リム 盆 地 な どの 西 部 の石 油 ・天 然 ガス の 探 鉱 ・開 発 を 行 う もので あ る 。 1993年 か らは タ リ ム盆 地 の鉱 区 の 開 発 が 対 外 開 放 さ れ て 、 外 国 石 油 会 社 も
「西 部 発 展 」 に 参 加 す る よ う に な った 。1996年 に は 西 部 全 体 の 原 油 生 産 は
1616万 トン と な り、 全 体 の10.2%を 占め る よ う に な った 。
第9次5力 年 計 画(1996‑2000年,以 下9・5計 画 と略 す)の 策 定 は 1993年 頃 か ら本 格 化 さ れ た が 、 こ こ で は 、15年 後 の2010年 の 経 済 を 目標 イ メ ー ジ と して2000年 の 計 画 が 定 め られ た 。2010年 の経 済 のバ ラ ンス シ ー ト を 計 算 した 結 果 、 引 き続 く7〜8%の 高 成 長 の 下 で 、 エ ネ ル ギ ー と食 糧 問 題 が 深 刻 化 す る こ とが は っき り して きた 。
そ う した 予 測 の 中 で注 目 され た も の が 、 中 国科 学 院 国 情 分析 研 究 グ ル ー プ が 発 表 した 『開 発 と節 約 』(1992年)と 言 う レポ ー トで あ り、 エ ネ ル ギ ー と
(31)
食糧 需給 情勢 を厳 しく分 析 して 、資源節 約型 国 民経 済体系 の形 成 を訴 えた。
そ の後 食糧 問題 で は、「農 業 の強 化 を 国民経 済発 展 の首 位 に置 く」 ことに な り、農業保 護政 策へ と転 換す る ことに な った。
需 給 関係 が最 も厳 しい石 油 産業 で は、2010年 に 向け て の生 産 と消費 の 計 画 が検討 され 、 この 中では 、東部 油 田の生産衰 退傾 向が くい止 め られ ない こ と、海 洋 油 田の探鉱 がす で に頭 打 ち とな った こと、中東諸 国の 巨大 油 田並 の 資源 を予想 した タ リム盆地 の状 況が 大 き くは期待 で きない こ と、等 が確認 さ れ た よ うで あ る。
1993年12月 には国務 院研究室 と中 国石 油天然 ガス総公 司(CNPC)が 、 高級 セ ミナー を開 くな ど問題点 を研 究 し、そ の中で次 第 にエネ ルギ ー供 給 国
(32)
際 化 の 方 向 が 固 ま っ て き た の で あ る。
3)エ ネ ル ギ ー 国 際 化 戦 略 の 概 要
9・5計 画 に於 け る石 油 産 業 の 主 な戦 略 は 、 引 き続 き 「東 部 を 安 定 させ 、 西 部 を 発 展 させ る」、 「石 油 と 天 然 ガ ス の 同 時 平 行 」 で あ る が 、9・5計 画 で 新 し く登 場 した 政 策 は 、 「二 つ の 資 源 、 二 つ の 資 金 、 二 つ の 市 場 を 利 用 す る と い う原 則 に も とつ い て 、積 極 的 に 国 外 の 石 油 ・天 然 ガ ス の 探 鉱 ・開 発 に
(33)
進 出 し、 世 界 の石 油 、 天 然 ガ ス 資 源 を 分 か ち合 う」 とい う もの で あ った 。 これ に した が って 、 中 国 で は 、 中 東 、 ロ シ ア の シベ リア ・極 東 部 等 の 資 源
改革 ・開放 期 におけ る中 国の石油 産業政 策 の展 開(浜)25
開発 に向か うことが想定 され 、 中 国の東南 沿海発 展地 帯で は、石 油 、天然 ガ スの輸入 の経 済合理 性 が積 極 的 に評価 され るよ うに な り、 中東 か らの輸入 原 油 を精 製す る合弁 の製 油所 の建設や 、 イ ン ドネ シアか らの天 然 ガス(LNG)
の導入 も検討 され るよ うに な った。
(2)エ ネ ル ギ ー供 給 多角 化 戦 略 の 始 動 1)活 発 な油 田開 発 へ の参 入
1994年 にCNPCは 始 め て ペ ル ー で 、 開 発 して100年 に な る タ ラ ラ 油 田 を 買 収 した 。 当時 、年 産8万 トンの 老 朽 油 田 で あ った が 、 中 国 の 石 油 技 術 者 の3年 の 努 力 で 回 収 率 が 大 い に 高 ま り、 年 産32万 トン に な り、 あ る坑 井 で は 日産3000バ レル の 産 出 を 得 、 ペ ル ー 紙 は 「ペ ル ー 石 油 界 の 今 世 紀 最 大 の
(34}
ニ ュ ー ス 」 と 報 道 した 。
1994年9月6日 、 中 国 海 洋 石 油 総 公 司(CNOOC)は イ ン ドネ シ ア 、 マ ラ ッ カ海 域 で の 開 発 権 の32.58%の シ ェ ア を 獲 得 した 。 翌 年 さ ら に こ の 油 田 の6.93%の シ ェ ア を 得 て 最 大 の エ ク イ テ ィ ー ・ホ ー ル ダ ー と な っ た 。 1994‑96年 の3年 間 に 生 産 シ ェ ア 原 油40万 トン を 獲 得 し、96年 末 に 投 資 の
(35)
元 利 をす べ て 回 収 した 。
1995年 に は 、 ス ー ダ ンで マ レー シ ア 国 営 石 油 会 社 ペ トロ ナ ス 、 カ ナ ダ の 会 社 、 ス ー ダ ン政 府 と共 同 投 資 で 石 油 資 源 を 開 発 す る こ と に な り、 中 国 は 40%の シ ェ ア を 得 、 操 業 会 社 を 担 当 す る こ と に な った 。1997年 に は 中 国 海 洋 石 油 総 公 司(CNOOC)が 人 員 を ギ ニ ア に 派 遣 して 、 欧 米 メ ジ ャー と協
(36)
力 して ギ ニ ア近 海 の石 油 を探 査 す る可 能 性 を探 った 。
1991‑95年 の8・5計 画 期 に 、CNPCは 外 国 の 会 社 と5つ の 契 約 を 交 わ した 。 ペ ル ー で は二 つ の鉱 区 の 古 い 油 田の 開 発 権 を 獲 得 し、 パ プ ア ニ ュー ギ ニ ア で は 一 つ の 探 鉱 鉱 区 を 獲 得 した 。 ス ー ダ ンで は 一 つ の 探 鉱 開発 区 を獲
(37)
得 し、 カ ナ ダ と タ イ で は す で に 油 田 の 開 発 事 業 に参 加 して い る。