静岡強震 (その4)
著者 長島 昭
雑誌名 静岡地学
巻 82
ページ 21‑30
発行年 2000‑11‑18
出版者 静岡県地学会
URL http://doi.org/10.14945/00025122
静 同 地 学 第82号 (2000)
静 岡 強 震 ( そ の 4)
長 島 昭
はじめに
第 I回(本誌第79号)では、静岡強震の際の被害の概要並びに静関市の被害について、第2田(同 第80号)では、清水市の被害、下田市の被筈について、第3田(問第81号)では、静両市の静関市 の被害と地盤の関係についてみてきた。今回は、清水市の被害と地盤の関係についてみることにするO
清水市の被害と地盤の関係については、静岡強震続報には「清水市街地の被害は比較的新しい砂州 上と砂丘列の問に分布する低地に発達した町と最近まで田であった地域に進出した新開地とに限られ ているようである j と、報告されているO
1 .清水市街の地形
清水市の市街地は有度山の北斜面と北方第三系(中新 統)の山地との関を清水港に流れる巴}l1の深い埋積各を 埋める低地と、それに続く有度山の東斜面(海食産)の 下の平地(海食台が下にある?竜華寺東方170m付近 の土木工事で、沖積面の下約4 mの深さ
とした沖積面の鎮斜とほぼ並行した平坦な棚状地が れている)と、北流する大沢J[I (巴J11の支流で北 脇で合流)の浅い谷を隔てて南北に走る丘の上と、その 丘の東側の巴}I!沿岸や清水港周辺の平地に広がっている
(図‑1)0
の前面には谷の口に小薦状地が形成されてい るO 天王山遺跡のある場所もその 1つであるO
2.静岡地震の被害が大きかった地区
きかったのは 80号p33の表 1参照)、①入船町13.2%、② 25.9%、③船越 11.8%、④有東坂@今泉24.2%、
⑤七ツ新屋13.9%、⑥捕新田 9.7%などであるO
また、巴JlI左岸の海岸地区の被害については前回ふれ
たが、今回 地質柱状図、
21
図‑ 1 清水市高部地形図
(土盛一:ボーリング地点国より作成)
地質図など にして被害と地質の関係 えてみたい。
3.被害が大きかった地区と表層地質 これらの地区は下の図 2
111に挟まれた砂州の先端にあり、
挟んだ、東側の丘の西斜面に広がっており、南側には 山
下 の 北 端 の で、南方に船越があるO 七ツ新屋と
の東端近くの 巴JlI低地への緩やか 斜聞にあり、
七ツ であるO
図 2 5 IIIの 80%以 上 める
によっ
る)によれば、①入船 町、②元追分、③船越、
⑤七 ツ
盤であり、
るO これ らの地盤の中
く、
になるO 泥砂擦互層も 泥質地盤よりは地震に 強いが、 3
よっては泥質地盤と同 様に建物や構築物の支 持力を失う地盤の液状 化 を 起 こ す こ と が
に① ⑥の番号で示しであるO 入船町は清水港と は追分1鯵 2丁目など)は有度山の北東端と大沢111
いるO e今 泉
しユ
尽 民 ぷ 匂
言
言 警長
砂がち砂混襲撃Ji爆
泥砂警護Jをi欝 ①入船町
設
会 勝 ② 元 追 分
函 ; g砂 警 護 懸 Q③齢、越号
庄司
ノj、E霊 験 殿 ⑤ 七 ッ四回
緩E生懸潟産警 @補新国内
震醐
図 2
第 82号 (2000) 静問地学
るO
特に入船町のように、清水港と巴JI!に挟まれた砂州の地区では地下水が高いので、液状化の危険性 カまあるO
70",
90m
80m
60m
50m
40",
3合同
‑10m
‑ d O m
‑20m
‑30m 20m
10m
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4.被害が大きかった地区の地 質断話国
次に静時県地質断面図@静間 清水地域によって、上記①から
⑥の各地区の地質新面について (同地 質断面図・ EW‑51)は、入船 町北隣の万世町
@橋新田の北 る地質断 一七ツ
によれば、万世町で 3
( c )
I1側には粘土@シルト り みることにするO 図
であるO
この
いる砂 る
さら しているO
り、地盤の液状化も そ の (G)が25m (D)
=
に伝わり、
日以下) があって、
て、
ー が‑50m
(E W‑51の部分) 図‑3
るO
自より きてい
おC
いるO
こと
(約 m) 山北斜面と、
ツ
10 し
るO
さ し
(G)
︑れけ/
@シノレト@
23‑
日以下の軟弱 ら
Zまう ら 以上〉
て大揺れとなり、被害が増大するO
元追分では基盤 (D)が30数mの深さにあり、その上に厚い砂層(s )、薄い襟層 (G)があって、
味占土@シルト@泥層が (m1• N値 目 以 下 ) が 重 な り 、 表 面 に 砂 層 (s )があるO
この地質断面図によれば、基盤 (D)か ら の 地 震 波 は 砂 層 (s )に伝わり、その上の粘土@シルト 泥層 (m1 値目以下)で増嘱されて上の砂層 (s )に伝えられ、地表を大きく揺らしたのであろうO
静岡強震概報の地域踏査報告に f元追分部落に入るや家は皆一斉に大きく東方へ傾斜し、内部の 襖等の破壊は甚しく、沿線中最も被害を被っているO 沿道南側の家々は補強工事をせねば再び住 むに堪へまいと思はれるO 尤も家は皆相当古い様であるJとあるので、家の強度がこの揺れに堪えら れなかったと思われるO
次に、 NS 76 (七ツ新屋と檎新田の関を南北に通る)地質断面図をみることにする(図 4) 0 七 ツ新屋と楠新田は!日国道l号線に沿って東西に連なり、有度山北斜面に続く深い埋積谷(約70m)の
}清水市一一一一一
図…ヰ 地質新田図 (NS ‑76の一部)
清 水 市 正w・50
B 円 お 貯 金f蓄量亀絡用
図‑5 地質断商図 (EW‑50の一部)
00",
90 ..
80 ..
70m
60m
50 ..
40 ..
30m
20、句
10m
0",
‑10m
伊20m
…30",
扇舟40..
向 島 。m
第 82号 (2000)
静岡地学
上にある。
この谷の下部には粘土@シノレト@泥麗 (mρN値 10以上)が約40mの厚さで存在し、その上に 20 m位の粘土@シルト@泥層 (m10N値目以下)が重なり、さらにピート層 (P)が5"'‑'6m、
粘土@シノレト@泥層 (m1 ‑N11痘10以下)が薄く被っているO
この断面でも基盤 (D)からの地震波を増幅する厚い粘土@シルト@泥層 (m1) が挟まれ、さらに ピート属、薄い粘土@シルト@泥層 (m1) が載っていることが被害を大きくしたといえようO
静問県地震対策基礎調査報告書によればJ有度山北麓の小窮状地群上に連なる集落のうちではその 東端にある有東坂が大きい被筈を受けた。有東坂、今泉、船越を合わせて全壊34戸、半壊74戸で、
そ の 他 多 く の 家 屋 が 滑 勤 し ( 東 へ)、回転し(時計回り)、傾斜し た。これらの地区では低地寄りよ り、丘陵寄りにある家震の被害が 大きいのが特色であるjとの報告
そして
52 51
船越付 があるO
5は存東坂、
る地質断面図EW‑50で 闘
90問
ι10守、
‑50間
ゐ20m
前本 気ぷ 渓滋 怖附
一30m
40m 50,"
70m
60",
50m
30m 40問
10m 20m
むm 材
料 抗 府 議 一
大相件什什
近を
あるO この図によれば、有度山北 東部の海食崖形成に伴う海食台が
(D) となり、そのよ
(G)があり、粘土@シルト@泥
(mr‑N値 目 以 下 )
78であるO
が行われた。
なって
: ミ
坂 @
となっているO この谷に 山側と北の第三系の山から
ロ1
n1
5mほどに浅くなり、
なって
船越付近を南北
ユであり、
( s )の上に 10
は次第に深くなり、
さ30 を過
‑6は
総付近では 面図NS
し〉るO
地震護奇麗関 (NS ‑78の一部) 図‑6
25 (m1 ..笹山以下)
り、さらに 3"'‑'4m シノレト@
を大きくした犯人は地震波を増幅させた粘土@
これらの地層のうち、
( s )が載っており、
であることはいうまでもない。
シノレト@泥層 (m1倫 N値 目 以 下 )
有東坂@今泉については基盤 (D) は地下約 10mにあって、その上の堆積層の大部分は粘土@シノレ その上に小蔚状地の米国結の砂磯層が載っているO
(m1) に入った地震波は増幅され、さらに薦状地の堆積物で増 で、
(m1 • N1i盲目以下) (D)から粘土@シルト@
ト。
えられるO
幅されて地盤の滑動が起きたものと
ユ扇状地の 10以下)の上
堆積物の砂磯層 (G)が載っているので、大きな被害が出たのであろうO
m 中占土@シノレト e
(D) のよに 船越につい
5.被害が大きかった地区の地震柱状断間関
静間清水地域地質柱状断面閣の中から、① ⑥の地区のものを拾ったのが次の図 7であるO
R 160,425同
N 官室
e問 却 却 特 随 時 間
綴 商 事 例 問
。
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‑‑ 81 11 31 1a・・1i42f4tit‑‑lati
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15
地震柱状断面図(1)
ffi{]‑7
さ約5mの砂層があり、その下に砂機j欝で、 N値は砂層で20位、砂 ユ砂層は十分に水に浸されているので液状化しやすい。
約1.5mの埋土の下には貝化石を含む砂泥層が約5 m、 の下 地表から
しかし、
(大沢jf 1109入船町
で30位であるO 1090 BS
BS
静岡地学 第 82号 (2000)
は貝化石を含む粘土@シノレト@泥層があり、薄い砂層を挟む粘土@シノレト@泥麗の繰り返しであるO
Nfl産は貝化石を含む砂泥層の下部で約30であるほかは、地下20mまで誌とんどがお以下であるO B 0‑750元追分(大沢JI/右岸)表土の下に 1m以下の砂層、薄い粘土@シノレト泥層を挟み、再び、
砂層(約2m)、砂泥 (1m以下)、薄い砂溝、約3.5mの砂泥層、薄い砂層、約2mの砂泥層で10.5 mに達しているo N frnrは10"'‑'15位であるO 地震波を増幅する砂泥の層が3分の 2を超えているO
元追分の 2地点の共通性は、上部層は比較的下部層に比べてN値が大きいが、 20を超えることはな い。従って基盤からの地震波は、下部の軟弱層の増幅作用や液状化によって家屋の被害が増大したの
(新幹線東京起点、 160.425km)薄い表土の下に薄い粘土@シノレト@
らずの砂泥躍、 1m余の砂層があり、その下に約6mの厚さの粘土eシルト@泥層、
であろうO
R 160.425 km七ツ その下に 2m
となっているO
その下は泥炭 e 1m位の砂泥躍があり、
り、その下には約2mの砂穣層があって、約8mの粘土@
長 160.440km
l i l l i
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o 10油 部 組 部 的 問
B 1 865檎新菌
をへて、泥炭@
0 7
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BM 1021七ツ新盤
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‑i・1・i
シノレト@
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地質柱状断面盟(2) 国‑8
り、その下に
〉、
1021七ツ 1
B忌を
eシノレ 5m
(約2m)があって、
@シノレト@
@シノレト e 3台、
っているO
50
27 つ
︑めり/
5位 、 地 下25m ト@
以上、七ツ新屋の3本の地質断面図から有度山北麓の小扇状地の 2本では、地下10mを超えないと 硬い地盤にはならないことがわかるO 山麓から離れi自国道1号線沿いでは地下約25mにある貝化石 を含む砂溜までが殆どがN 20以下の軟弱層で、薄い機層、砂層などを挟んでいるのであるO 地震波が 基盤や地表に向かう間に粘土@シルト@泥層などで増幅されるだろうO
B 1 865楠新田(1日国道1号線沿い)地表から 4 m近くの粘土@シノレト@泥層、その下に約10m の砂泥層、約5mの粘土@シノレト泥層、薄い様層を挟み、 151TI余の操層、 5 m位の砂泥層、 5 m位 の際交じり粘土層、 10m位の擦層、そして砂泥層となっており、基盤からの地震波を増轄する粘土@
シルト@泥鰭や砂泥層が何層か入っていることがわかるO
B M 1009楠新田(ポーラー化成付近)約 1.5mの埋土の下に植物片を含む粘土@シノレト@泥層が 約 4 m、その下に砂擦層が続く。上部の植物片を含む粘土@シルト@泥層のN値は 10、次の砂泥層は 10位、植物片を含む粘土@シルト@泥層の下部で10内外、砂泥躍の下部で20位、砂探層の下部では 40 {立となっているO
BO 749船 越
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問問
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ら伝わる を増幅する性質のある粘土@シルト@
し〉るO
BM 1025鉛 越
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‑‑ iJ 14
勺
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図‑9 地質柱状甑面国(3)
15
かい層によって地震波が増幅されたのであろうO
く含まれて
船越については「低地寄りより りにある きいのが特色jと報告されている ので、海食態下の地質柱状図を選んでみることに する(図 9。)
BO 〉砂層があり、
の下に粘土@シルト@泥層となっているo N{@は 上部は 10以下であるが、 5 m位からは 30'"'‑'40と なっているO
B M … 1025谷 の 口 地 表 か ら 3.5mまで砂泥 その下に約2mの砂層、薄い砂泥層と砂層、
約3mの粘土@シノレト@泥層、 1m足らずの砂泥 から約5 mの砂麗に移っているo N{[査は上部の では 10以下、砂層に入ってお近くになり、
くなって 30以上になるO これら 2
い砂泥層、粘土@シノレト e
に軟らか (N値目以下)が挟 まったり、載っていることであるO これらの軟ら
静間強震の際に大きな被害を受けた清水市の地区とその地質との関係をみてきたのであるが、これ らの地区は表層地質留によると、泥砂襟互層地盤か、泥質地盤に属する部分にあり、地形的にいえば、
有度山山麓の小扇状地や巴J11沿岸の低地や砂州、iや砂丘間の後背湿地跡、などにあった。また、自]1/は勾 配が緩く、感潮河川で、沿岸では地下水が高いので地盤の液状化が起きる危険があるO
(2000)
清水市街の地下には有度山を構成する地層が基盤を構成し、その一部は市街北東部に丘陵を形成し この基盤は有度山北側では深い埋積谷を形成しており、これを埋める厚い軟弱な堆積層が巴 JlI流域の平地を造り、そこに住宅地が周囲から広がりだしているO 有度山東側では基盤に起伏がある ので、堆積層の厚さや堆積物の種類に変化があるので、地震の揺れは所により異なるので、被害も地 区によって変化があると考えられるO
第 82 静岡地学
ているO
6.静悶強震で大きな被害を受けた地区は東南海地震でも被災 静岡強震で大きな被害を受けた地区は、東南海地震 [1944
ら約180kmも離れているのに大きな被害を受けているO
でも、
12月7日13時36分、 M8.3J の被害について 1によれ
*
議号事例 7ト
OOm
90m
60問
70問
60m
50m
40m
30m
20問
i資 7)<
港
巴川
ji ll ii 関滋
lHV線
11 11 if 大沢 川川
n v n e F
Q
9.1 1.833 17.0
162 205 53
107 2.398
30.6 456
236 2.263
24.4 373
233 2,482
水 区
一 見 区 20.0
0.7 0.5 8.8 139
8 70
1 120
24 3 1.295
1.065 596
ば、被害の大きいのは辻区を除いて、巴n[に沿う地 域であり、辻区は下に砂丘列の後背湿地のあった所 3 2雪
8のし 8
p 34の である (80
の地区)。
10m
。 問
にあり、入江思、関区、清水区、
あり、幸町は巴JlI河口近くの
るように、
I
[左岸の江尻や右岸の入江地区の地下には函‑
10の 地 質 断 面 図 ( い粘土eシルト e
〉砂層があるO
52)に
(mz • N~富山以上)
は巴JI
不二見区は巴j[
あるO
を これら
どのように反応するかが き
地震時諮問 (EW‑52) 国‑10
その揺れの毘期
29
し
かったということは揺れが大きし く、
有 周 期 (2階建てで0.3'"'"'0.5秒)に近く、共振作用を起こして建物が壊れたのであろうO
今の木造2階建ては屋根が軽く、柱や壁が多く、国有周期は 0.24秒位であるから、これらの地盤の データに基づいて、これから起きる被害を想定することはできないが、参考にはなるだろうO
関東大地震 (1912年9月1日 午 前 日 時59分 :M 7.9)の際の旧東京市内各町別の木造建築の被害 と、町内の沖積層の厚さとの関係、は図 11のようであるO
100
80
n u
被害率( 円 ︒
% 40
20
o 10 20 30 40 50
沖積層の摩さ(m)
この図によると、沖積層の摩さが増すとともに、被害率の急増す ることがはっきりわかるO
7. N 値について
N値の測定方法については前述したが、測定は深度50'"'"'60mを 限度として、打撃回数は50自を限度として打ち切ってよいことに なっているo N11誌の欠点としては、深さが増加すると打撃の効率が 低下するから、同じ硬さの地層でもN値は大きく出るO また、地下 水面下の透水係数の小さいシノレト質極縮砂でも、実際はあまり硬く ないのに値は大きく出るO
細粒土層で Nf~が O 三五 5では建物の基礎地盤として不良、粘土@
図 11 沖穣患の厚さと木造建 シノレト@縮砂@ピート層で民値が10以下ではやや不良、砂層でN11直 (関東大地
が 10'"'"'20であればやや良好、と言われているO
N値 12以下(地下8m)で地下水で飽和された砂質地盤で液状化 現象が新潟地震 (1964.6 .16 : M 7.5)の際に起きていることから、巴川流域では注意が必要であるO
主な参考文献
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