繩文土器の鉱物組成 : 愛鷹山東麓地域の繩文早期 土器について
著者 増島 淳
雑誌名 静岡地学
巻 23
ページ 24‑29
発行年 1972‑11‑05
出版者 静岡県地学会
URL http://doi.org/10.14945/00025786
陣 地 学 第
23
号 (1972 )
縄 文 の 鉱 物 組
(愛鷹山東麓地域の縄文早期 について〉
う十
増
東 麓 の 舌 状 台 地 上 に は , 数 多 く の 先 史 時 代 遺 跡 で 知 ら れ て い る
O
こ れ ら の 遺 跡 を 残 し た 人 々 が 使 用 し た 土 器 の 母 材 に つ い て の 考 察 を , 土 器 片 に 含 ま れ る 鉱 物 と , 周 辺 の 河 川 , ロ ー ム 層 中 に 含 ま れ る 鉱 物 と の 比 較 に よ っ て 試 み たO
数 多 い 遺 跡 の う ち , 今 回 は 縄 文 早 期 と さ れ て い る 沼 津 市 @ 池 田 遺 跡 苦 長 泉 町 ③ 中 峰 遺 跡 に つ い て の ベ る
O
池 田 遺 跡 : ,南小林池田に し,昭和
36
年 沼 が 出 土 し たO
こ れ ら は 縄 文 早 期 中 葉 の も の と さ れ るO
出 の 梓 在 が 肉 援 で 確 認 出 来 る の が 特 徴 で あ るO
中 蜂 遺 跡 :!駿東郡長泉町署長窪中蜂に存在しF 昭 和42年 の で , 土 器 型 式 は 厚 手 ( 関 東 型 と 考 え ら れ る ) と 薄 手 ( 関 代 は 縄 文 早 期 末 葉 と さ れ て い る
O
を 行 な っ た 際 , 多 数 の の約
1/3
に は , 多 量 の際 , 緊 急 調 査 さ れ た も の も の に 大 別 さ れ る
O
時の 出 土 層 は , 地 表 面 下 致 十
c m
の所F い わ ゆ る 富 士 黒 土 層 に 相 当 す る も の で あ るO
方法:試料は乳鉢で粉砕し書 日
C
..iとより平均8
回クリーニングを行ない,水中ふるい別で1 / 4 ‑ ‑ ‑1/8
混筋の 鉱 物 を 選 び 検 鏡 し た
O
内容は,1)
全 鉱 物200
粒中の軽鉱物の係,2)
重 鉱 物200
粒の鉱牧組成(た だ し 雲 母 に つ い て は 耳CL
に よ り 分 解 し , 作 業 中 に 流 出 す る も の が 多 い 為 , 組 成 表 か ら は の ぞ き , そ の無 の み を 確 認 し た ) ,
3)
軽 鉱 物 に つ い て , 石 英 と 長 石 の 比 率 な ど を 調 べ たO
土 器 母 材 の 産 地 を 知 る 手 が か り と し てp 愛 鷹 山 東 部 を 流 下 し 黄 瀬 )
1 1
に注ぐ桃沢)11
の砂粒鉱物,下 流 域 及 び 中 峰 遺 跡 附 近 の 愛 鷹 ロ ー ム 層 中 の 砂 粒 鉱 物 に つ い て , 土 器 中 の 鉱 物 と 同 様 の 作 業 を 行 な っ た (ただし,乳鉢による粉砕は行なわない)0
各 試 料 の 検 討
桃 沢)
1 1 :
'桃沢)11
は , 愛 鷹 山 を 北 西 一 南 東 に 切 る 断 層 線 上 を 浸 蝕 し 流 下 し て い るO
そ の 左 岸 に は 愛 鷹 山 の 古 期 活 動 に よ る 中 部 凝 灰 角 レ キ 岩 騒 が 分 布 し , そ の 成 分 は , お お む ね , カ ン ラ ン 石 及 び 普 通 輝 石 を 含 む 玄 武岩 よ りなるO
高 岸 に は 新 期 活 動 に よ る 中 部 安 山 岩 震 が あ り , 両 輝 石 及 び 斜 長 石 を そ の 成 分 と し て いるO なおF こ れ ら の 堆 積 物 は 奴 十 致m
の ロ ー ム 層 に よ り お お わ れ て い るO 試 料 採 集 地 点 と 検 鏡 結 果 は , 第1
図 , 第3
図 に 示 し たO
重 鉱 物 組 成 は , 全 試 料 と も カ ン ラ ン 石 量 同 輝 石 を 主 成 分 と し , 軽 鉱 物 組 成では,長石類が圧倒的に多し'0
なお第5
図 に 示 し た ロ ー ム 層 と 比 較 す る と , 重 軽 鉱 物 比 が 相 当 異 る の は ? 河 川 の 砂 粒 を 採 集 す る 時 ど う し て も 軽 鉱 物 が 上 部 に 集 中 し て い る こ と に よ る と 思 わ れ るO
意 土)
1 1
下 流 : 静 岡 一 山 梨 県 境 附 近 よ り 河 口 ま で 7地 点 で 試 料 採 集 を 行 な っ たO
同 地 域 で の 富 士 川 は 酸 性 岩 堆 積 層 ( 小 河 内 層 : 石 英 , 斜 長 石F
黒 雲 母9
角 関 石O
浜石岳層:普通輝石,シソ輝石,角閃石等〉+
十
三島北高定時舗
‑ 24一
6 4
刃
8 1
8ら73
9 1 7 1
桃沢)11の鉱物組成
3
国的
i8
79
イi符限必‑::1...一・・・・ごててててってつ γ
一一一下関誌同No2
8 4
e2n
出 千{
イ
i ' ι 必0/ガー・・・・・・・・・・・・..,ド幽血血担問醐同一怜ら
山 南 東 麓 地 形
i
下流の鉱物組成4
図の鉱物組成
ロ ー ム
93 ib
79
丘三三~ト一一一二ゴ 00M
出口口広時一一二二ニゴ8 5
ぬ51:;::.;町一一一仁二 8493 94
部
1 i
イi
イ1
区~沼
~五三ヨ
銭
安三日沼会一一一一一::J洛
区~沼~婦たコ時一一一一一晴子嶋位回目志田四時ベ 90 mWP/ffÞm~・ 4 ・・・・ 1こ勝機翻齢9 四日五日空自 56 B7士 川 下 流 域 地 形
2
図を浸蝕し,また同様の支流を集め流下し
F
試料A:5以下では, を流下してくる支流を集めて いるO
古富士丘陵の下部及び右岸には,岩淵安 が 広 く 分 布している
O
とも,重鉱物組成には雲母を含み,普通輝石,角関石,シソ輝およりなる, A: 5以下でシソ 石の割合が増加するのは,古富士
f r
陵からの支流の影響によるものと考えられる(国1,表 2
)。昭一ム暦:変!露出には数 十数
m
の摩さのローム震が堆積しているO
試料採集地点は罷 1に示 すO
試料とローム層との関係について略記すると, A:1
表土雪必: 2
富士黒土器と呼ばれるもので,縄文各時代の遺跡を包含している
o
A:3 ‑ ‑ ‑
A:9
一上部ローム, A:8
,9 ‑
中部ローム, A:10
ー 下 部 ロ ームであるO
の
の傾向としては,玄武岩質火山灰〈吉富士〉だが,下部ローム及び中部ローム下部には,安 火山〈箱根〉より供給をうけていることが解る
O
また上部ローム層最上部の休場層〈無土器遺跡、を包る〉での採集諒料は,カンラン石を殆ど含まず,シソ輝石が圧倒的に多く
9
軽鉱物に石英量が多い で目につく。これらローム の鉱物組成は,桃沢)11の鉱物組成試料と同じ傾向を示している
O
なお箱根山については,その噴出物の大部分が基性安山京ないし であり,その西麓に は労皇室山と同様のローム
池田遺跡土器片(第
6
図〉している
O
A:
1
肉 眼 ( 外 見 上 の 特 徴 ) 撚 糸 の 紋 様 を も ち1
液晶弱の無色鉱物がわずかに認められるO
組成(顕微鏡観察の結果)風化粒非常に多く,雲母含まず,中性岩の性質を示す。
A:
2
肉眼:押型文土器,土器全体に1
脇前後の雲母が多量に見えるのみO
組成:角関石,石英に富み,角関石と軽鉱物がくっついているもの〈ロ…ム中の鉱物に見られ る伺合関係ではなく〉が
10
場強認められるO
酸性岩的組成を示しているO
A:
3
肉眼:押型文土器,多量の鉱物がみられF とくに7
脇大の無色鉱物2
脇の雲母が詰立つ。組成:若干苦再輝石を合むが, A: 2と類似する
O
A:
4
肉眼:押型文土器,少量の無色鉱物が散在する中に2
御大の有色鉱物がl
粒目立つO
雲 母 は 見 られないO
組 成 : できず,普通輝石,シソ輝石及び小量の角関石よりなり, も少い。中性 岩的組成を示している
O
A:
5
肉眼:押型文土器,表面には目立つ鉱物粒なしO
断面に1
脇弱の無色鉱物が相当量存在するO
組成:A:
4と酷似している O
A:
6
肉眼:押型文土器,ゑ吾輩の1
伽弱の無色,有色鉱物を含みp 裏面には鉱物粒の脱落し た穴が多数見られるO
組成:A:
3
に酷似しているO
まとめ:試料は次の 3クソレープに分類できる。
A)
雲母を含み,重鉱物組成では角関石が庄倒的な量をしめ豊軽鉱物に A:2, A:3, A:6‑ 26
が多いもの
O
¥I JJ
B 書角閃石,普通輝石がこれに次ぎ, の比較的少いもの
O
を含まずF シソ輝石にA.1
C)
雲母を含まずF 普通輝石に富み9 シソ輝石がこれに次ぎ苦角関石9 石英量の少いものO
A.4雪A.5 (両土器片は,外見雪組成より同一土器の可能性もある〉
中峰遺跡土器片〈第7図〉
A.1 肉眼:厚手の関東的性質をもっ無紋土器片,鉱物粒荒く苦
1‑‑‑3̲
の 物中に散在するO
1 ‑ ‑ ‑2
脇 の 無 色 鉱組成:角関石に富み,シソ輝石がこれに次ぎ,
多く苦酸性岩的性質を示す。
A.2 肉眼:厚手無紋土器
1 m m前後の無色鉱物を多量に含み苦
,カンランおが若干含まれる
O
も る
O
組成:角閃石,石英に富み, A. 1と同質の傾向を示す。
If;'
3
肉眼:厚手無紋土器1
伽弱のくさった外見の無色鉱物が多数存在し,その中に4
伽 ほ ど の 無 色鉱物が目立つO
組成:全体の約 55婦が判定不可能な風化粒で,シソ輝石F
も多く,酸性安山岩的性質を示す。
及び角閃石を含み
p
石英A.4 肉 眼 : 多小粒のくさった無色鉱物 る
O
組成:全体の 60婦が風化粒よりなり, A. 3と同じ傾向を示す
O
A.5 肉眼:厚手無紋土器,くさった小粒の無色鉱物が点在するのみ
O
組成:全体の 62婦が風化粒よりなり,不透明鉱物も多いがF 他の組成はA.3, 4と同様0
A.
6
肉眼:薄手で関西的傾向を示す無紋土器片,1‑‑‑2
脇の無色鉱物が話立つO
雲母見えずO
組成:角関石と不透明鉱物からのみなるが,雲母は確認できない。石英量多いことからも酸性 岩的な性資を示している
O
A.7 肉眼:薄手無紋土器,多紋の 1脇前後の無色鉱物中に 2‑‑‑3仰の無色鉱物が点在する
O
組成:角関石,石英多くA.6と同じ傾向を示す。雲母確認出来ず。
A.8 肉眼:薄手無紋土器
1
脇前後の無色鉱物が散在するO
組成:シソ輝石
F
普通輝石,角関石及び若干のカンラン石よりなり,不透明鉱物は全て磁鉄鉱 よりなるO 石英量は少く F 中性岩的性質を示しているOA.9 肉眼:薄手無紋土器
1
伽以下の無色鉱物が多数存在しているO
組成:角関石を欠き,石英量も少いが,はっきりした磁鉄鉱に富み, A. 8に類似している
O
A. 1
0
肉眼:薄手無紋土器1
m;筋前後の無色鉱物が多叡存在している。組成:シソ輝石p 普通輝石署磁鉄鉱,角閃石よりなり 9 石英量が比較的多い点をのぞけば歩A.
8と類似する O
まとめ:試料は次の
5グループに分類、できる O
A)
雲母を含み多重鉱物組成では角閃石が圧倒的な量を占め,軽鉱物組成においても石英の多いものO
A.1, A.2
B)
雲母は確認出来なかったが雪その他の点でA)
と同一な傾向を示すものo
A.6
, A.7C)
雲 母 を 含 ま ずF シソ輝石と普通輝石の 化粒が非常に多いものo
A.3
, A.4
,必: 5 D)
雲母を含まず,シソ輝石の量が抱を圧し章A.
8
, A.l0 E)
§ ふ
を含まず聖シソ
箆掲
し書角関石がこれに次ぎ,石英量多く聖さらに風
も 多 く , 普 通 輝 お , 角 関 石 が こ れ に 次 ぐ も の
O
量磁鉄鉱よりなり, の少いもの
o
A. 9ここでは聖鉱物組成より, の母材の産地となる可能性をもっ地域の推定を中J心にのべる
O
〈ただし,土器母材の産地が遺跡、の 池 田 遺 跡 出 土 土 器 片 に つ い て
にあったものと し
の十器の流行としてF 多 量 の 雲 母 を は り つ け た も の が 各 所 か ら 出 土 し て い る が , 池 田 出 の中にも
9
この傾向が見られる(A
グノレ}プ)0
このグノレ}プに含まれている雲母は,比較的大 粒 な も の が 多 く , 外 見 も 美 し い 為 , 人 為 的 に 混 入 し た こ と が 十 分 考 え ら れ る が , 母 材 の 鉱 物 組 成 を 見 る と苦雲母が入ってもおかしくない酸性岩でありー雲母のみが取り出され,イ也の土器母材に特に混入され たものではないことが解るO
このグル}プの土器母材は,富士川流域の芝川町より上流に分布するO
の自費件芦鎖(特に小河内層の組成に類似している〉を使用したものと思われる
O
Bグノレープは, の 試 料 に は 該 当 す る も の が 見 当 ら な い の で , 同 地 域 と は 関 係 の な い 地 域 で 製 されたか,叉は愛鷹ローム中の角関石を含むロームから,カンラン石だけが風化脱落し9 人 為 的 に 軽 鉱物が多量に混入されたものか,富士川支流域のものから雲母だけが脱落したものかもしれない。
C
グループの土器母材は宮両輝お安山岩的な岩体を主体としているものと考えられるO
これに栢 る京‑相は, ~兵石岳層中の砂岩,岩淵安山岩層中の下部及び愛鷹山新期安山岩中にみられる O しか 山 の 場 合 に は , 表 層 の ロ ー ム か ら , カ ン ラ ン 石 の 供 給 を 受 け る 可 能 性 が 大 で あ る の に , そ れ を 欠 い て い るO
これよりして,土器母材は,富士川流域に求める方が適当かもしれない。中 峰 遺 跡 出 土 土 器 片 に つ い て
Aグループの は
F
池田のAグループと同様の組成 し安富士川流域の第三系の を 合 む 酸性岩類、と思われるO
おグループは?雲母を欠く点で A グループと異るが,角関石 iこ富むことより,富士川の支流,佐野J1
1
周辺に分布する十島火成岩類中の関緑岩ないし関緑玲岩等を母材としたものと考えられる
O
Cク、、ループの組成は,両輝石雪角関石の比率など及び石英量が多い事より,現在の富士川河口附近の 組成から雲母をのぞいた形になっている
O
いずれにしろ酸性岩の特徴が強く現れていることより,J 1 I
流域と考えるのが妥当だろうO
Dグループについては,角閃石の量及び両輝石の入り方などより,岩淵安山岩謄下部が浸蝕
F
運搬さ れ雪富士J 1 I
と合流する附近のものを母材としたと考えることができるO
Eク。ループは重鉱物組成及び全鉱物中の軽鉱物比よれ愛鷹ローム中の休場層を母材に使用したと考 えられる
O
なお重鉱物組成において,カンラン石の量が少いのは,駿性岩あるいは中性岩が母材になった為か,
あるいは,カンラン石が早期に風化した為か量疑問点が残る
O
‑ 28 ‑
土 器 形 式 の 相 違 が 鉱 物 組 成 に 反 映 す る か
池田遺跡については苦
B
グループの.1&.1
だけが撚糸文土器よりなり,A
,C
グループに含まれるもの は令て押型文土器であるが雪撚糸文土器片が一片しかないので)決定的なことは言えない。中蜂遺跡の土器片は?厚手
p
薄手に分けられるO
厚手土器はA
ないしB
グループに含まれ多は
C
,D
,E
グループに含まれ雪土器型式の違いにより母材も異るが?巨視すると両者共に寓士川下 流域にその母材となる可能性をもっ岩体があり(E
をのぞく)t
共に富士川下流域で製造されたと考えられる
O
軽 鉱 物 の 人 為 的 混 入 に つ い て
両遺跡共通して言えることであるが量重軽鉱物比における軽鉱物の量が,同川の試料より
10
領 強 ほ ど多く,また粒径も大きく苦補強の意味で土器母材に軽鉱物を人為的に混入した事が十分考えられるO
また土器母材としては,ロームを利用した可能性が少く習わずかに中蜂遺跡で生活面直下の休場層を 利用した土器片が一片あるのみで,また遺跡附近の戸[)
1 1
の土を利用した跡も認められず,土器母材はも っぱら富士)1 1
流域に求めている可能性が強いのが自立つ。これはp 縄文早期中 末葉に生活し,両遺跡 を残した人々が猟をしながら点々と渡り歩いた中で,うことが十分考えられ,土器母材において両遺跡は ない。同様の研究資料を集めることにより 9
ることが出来る様にも思われる。
i
流域にその生活の中心をおいていたであろi
流域間(仮称〉に含まれると言えるかもしれ とは別の角度から宮先史時代の生なお試料土器の提供及びその時代, については,沼津女子高校内 ,他 の指濯をいただきp 鉱 物 粒 については9 静大農学部の加藤芳郎先生,一 の高橋
講義~
を何
j
ぎましたO
献
沼津図幅地質図:地質調査所,
1955
年 山麓のローム層;第四紀研究第8
上長窪遺跡群:静岡県長泉町教育委員会,
1971
国研グループ,