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4度目の正直、完結した男女平等 : 合衆国国籍法の 性差別をめぐって

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(1)

性差別をめぐって

著者 根本 猛

雑誌名 静岡法務雑誌

巻 11

ページ 5‑20

発行年 2019‑08‑16

出版者 静岡大学地域法実務実践センター

URL http://doi.org/10.14945/00026771

(2)

論 説

はじめに

 今からは信じられないことだが、アメリカ法は半世紀前まで、男女の異なる役割を 受け入れ、多くの性差別を容認してきた。「1970年代に至るまで、法における性区分 を覆すために憲法に頼ることはドンキホーテ式の試みだった」

(1)

 たとえば、陪審員は全員男性でも構わないとした1961年のホイト判決が注目に値す る。女性は志願しないかぎり自動的に陪審義務が免除される州法の合憲性が争点だっ たが、最高裁判所は「女性はなお、家庭と家族生活の中心であるとみなされている」

と述べて、これを支持した

(2)

。1961年といえば、平等を旗印に社会変革をリードし たウォーレンコートの絶頂期だが、性差別に対する違憲判断はなお10年を待たなけれ ばならなかった。

 合衆国最高裁判所が性差別に取り組むようになって半世紀近く経過した。そのうち 前半の四半世紀は、リード判決(1971年)を皮切りに、中間審査基準を採用したクレ イグ判決(1976年)、1990年代の

JEB

判決(1994年)や

VMI

判決(1996年)におけ る中間審査基準の強化へ発展していく

(3)

。そのメインストリームには、最高裁判所 の性ステレオタイプに対する強い拒絶があった。

 VMI判決後の約20年間には、ひとつのテーマを除いては、目ぼしい判決はみられ ない。唯一取り組んできたのは、国籍法の性差別だった。これについては後述するが、

最高裁判所ははっきりした態度を示さなかった。

 しかし初めての違憲判断であるリード判決(Reed v. Reed, 404 U.S. 71(1971))か らほぼ半世紀後の2017年、最高裁判所は、反・性ステレオタイプという従前の判例の 流れを完結させる画期的な判断を示した。本稿では、モラレスサンタナ判決を紹介し、

その特徴を検討し、性差別判例における意味を検討してみたい。

(1)Ginsburg, Sex Equality and the Constitution, 52 Tul. L. Rev. 451(1978).

4度目の正直、完結した男女平等

 ― 合衆国国籍法の性差別をめぐって ―

根 本   猛

(3)

2

Hoyt v. Florida, 368 U.S. 57(1961).

3

)拙稿「市民権取得要件に関する性差別」法政研究4巻4号

175

頁、

184

頁(

2000

年)

一 モラレスサンタナ判決

 事件の主役ルイス・レイモン・モラレスサンタナは、ドミニカ共和国で1962年に生 まれた。彼の父は合衆国民で、生後、彼の母(ドミニカ共和国民)と結婚して、彼が

13歳のとき一家は合衆国(プエルトリコ)に引っ越した。以来40年以上合衆国に居住

している。

 モラレスサンタナの出生当時の国籍法は、未婚の母は、いつでも1年間の合衆国居 住歴があれば、子も合衆国民になれると規定していた。他方、未婚の父が海外で生ま れた子に国籍を渡すには、10年間の居住歴とうち5年間は父が14歳以降であることを 求めていた。

 モラレスサンタナの父は、19歳の誕生日の少し前に合衆国を離れ、モラレスサンタ ナが誕生するまで帰国しなかったので、5年の居住要件を満たせずモラレスサンタナ は国籍を否定された。モラレスサンタナが合衆国民の母の下に生まれていたなら、彼 は国籍を認められたのである。

 1995年、モラレスサンタナは窃盗と殺人未遂で有罪判決を受け、これによって2000 年には国外追放処分を受けた。これに対して、モラレスサンタナ(以下、被上訴人と いう)は自身が合衆国民であると主張して、国外追放処分の取り消しを求めた。

 第2巡回区連邦控訴裁判所は、被上訴人の主張を全面的に認めて、当該規定を違憲 と判断して彼に国籍を認め、国外追放処分を取り消した。

 最高裁判所は、当該規定が違憲であるという点では原判決を維持したが(6-2の 多数決)、未婚の母についての規定を結婚した夫婦や未婚の父についての規定に置き 換えることはできないとして、被上訴人に国籍を認め国外追放処分を取り消した部分 については原判決を破棄した(全員一致)

(4)

。ゴーサッチ裁判官は不関与。

1.ギンズバーグ裁判官の法廷意見(首席裁判官、ケネディー、ブライヤー、ソトマ イヨール、ケーガン各裁判官同調)

判旨 本法の性差別は平等保護に反する。

 しかし、未婚の母についての例外規定を原則にして、結婚した夫婦や未婚の父につ いての規定に置き換えることはできない。したがって、我々は連邦議会に、海外で生 まれたすべての子に統一的に適用される居住要件を選択するように委ねる。当面、政 府は、問題の法律が性差別にならないやり方で運用されるよう確保しなければならな い。

(4)

Ⅰ 事案の概要(既述)

Ⅱ 第三者の権利主張

 1409条は、息子と娘を同等に扱っているので、モラレスサンタナは自分の性別に よって差別を被っているわけではない。彼は、父親に対する性差別を主張している。

 通常、訴訟当事者は、自分自身の権利だけを主張すべきで、第三者の権利に基づい て、法的救済を主張できない。しかし本件のように、第三者の権利を主張する訴訟当 事者が権利の持ち主と密接な関係を有し、かつ第三者が自身の利益を守れないような 障害があるときは、我々は例外を認めてきた。ホセ・モラレスが息子である被上訴人 に国籍を渡す能力は、密接な関係の要件を満たす。また「障害」の要件も満たされる。

ホセは本件が発生する前の1976年に亡くなっているから。

Ⅲ 違憲審査基準

 本件の規定は、男女に関する過度に広汎な一般化がわが国の法典がありふれていた ころに遡る。1970年以降の判例が確認しているように、性別に基づき資格ある両親に 利益を与えたり否定する法には、平等保護の保障の下で高次の審査が求められる。

 父母に別個のルールを規定する1409条は、我々が過去に違憲と判断した区別と同じ ジャンルであり、過去の事件と同様、高次の審査が必要である。こうした法律を合憲 とするには「非常に説得的な正当化理由」が必要である。

 

A 性区分の目的

 性に基づく区別を合憲とするには、少なくとも、問題の区別が政府の重要な目的に 役立ち、しかも区別という手段がその目的に実質的に関連するものであることを立証 しなければならない。さらに、その目的は現在のものでなければならない。というの は、新たな考察や社会的理解が、かつては気づかれずに見過ごされてきた許されない 不平等を明らかにすることを、平等保護の解釈にあたって認識してきたからである。

本件で、政府は「非常に説得的な正当化理由」を提示しなかった。

 歴史をひもとくと1409条の背後にあるものが見える。国籍法が制定されたのは1940 年だが、このころ、2つのかつてありふれたものだが現在では支持されない前提がわ が国の国籍法に浸透し裁判・行政実務の土台となっていた。結婚においては夫が主人 で妻は部下であり、未婚の母は子の自然でただ一人の保護者であるという前提であ る。

(5)

(前者については、20世紀初めまで、男性の合衆国市民は外国人妻に自動的に国籍を 渡せるのに反対は不可だったり、海外で生まれた子が国籍を取得できるのは父だけを 通じてだったことなどが紹介されている)

 未婚の父母については、父が支配するという伝統は決して採用されなかった。代わ りに母が、子の自然で唯一の保護者とみなされた。1940年法で、連邦議会は、結婚し ている父母についての父支配の前提は捨てたが、未婚の父母についての母がただ一人 の保護者観念を法典化した。この観念に照らすと、1409条の性別による居住要件の違 いは理解できる。

 半世紀近くの間、当裁判所は、「男女の異なる才能、能力または選好についての過 度の一般化」の依拠する法を疑いの目でみてきた。特に「法律の目的が、性別の役割 と能力についての固定的な概念に依拠する、どちらかの性別のメンバーの排除や『保 護』であるなら、その目的自体が正当ではない」

 こうした理解に立って、当裁判所は、「未婚の母に比べて未婚の父は子の責任を引 き受けるのにつねに相応しくない」という廃れた見解に基づく法律はいかなる重要な 利益にも役立たないと判示してきた。本法も同様である。こうした過度に広汎な一般 化は、たとえ多くの人々がそうであったとしても、束縛的な効果を持つ。女性の家庭 内の役割に関するステレオタイプに基づいて利益を与えたり否定する法は、女性が家 庭の主要な世話焼きであることを強いる差別の循環を生み出す。同時に、そうした法 律は、子の養育責任を引き受ける男性に害を与える。当裁判所が、1971年以降展開し てきた平等保護の判例に照らすと、親としての責任を引き受けた未婚の父母について の本法の男女別の居住要件は、驚くほど時代遅れである。

B 政府の反論 先例との関連

 にもかかわらず、当裁判所がモラレスサンタナの平等保護の主張を退けるべきだと して、政府は3つの先例を引用しているが、いずれも本件の結論を左右しない。

 フィアロ判決で、当裁判所は外国人の出入国に関する連邦議会の「例外的に広汎な 権限」に依拠し、最小限の審査によって、合憲判断をした。しかし、本件は外国人の 入国に関するものではなく、モラレスサンタナは合衆国市民であると主張しているの である。この種の主張の審査にあたっては、フィアロ判決の場合とは違って、当裁判 所は、厳格な審査基準の適用を否定してこなかった。

 ミラー判決とグエン判決で平等保護に違反するか争われたのは、外国で生まれた子 に国籍を渡したい未婚の父に認知を求める規定だった。本件のモラレスサンタナは認 知要件についての争いを蒸し返していないし、政府もモラレスサンタナの父がこの要

(6)

件を満たしていることは争っていない。

 両判決における認知要件とは違い、本件の居住要件はもっぱら子の出生前に両親が 合衆国に住んでいる期間にかかわる。子に国籍に関連する価値を植えつけるため国内 に居住する期間が、女性はさほど長く必要ないなら、それは男性も同じことである。

そして、グエン判決の認知要件とは異なり、1409条の年齢を限定した居住要件は、と ても「最小限」とは呼べないものである。

C 政府の反論 重要な目的に役立つ

 1409条は男女がどういうものであるかについての伝統的な考え方に由来するにもか かわらず、政府は、本法は2つの重要な目的に役立つと主張している。しかし、いず れの主張も高次の審査に合格しない。

 まず、1409条の性別の区分は、海外で生まれた子どもが出生時に国籍を取得するこ とを正当化するほど合衆国との十分に強い関係を持つことを保証するためだという主 張である。以前の事件ではしなかった新しい主張である。

 政府の主張によれば、未婚の母は出生時、子の唯一の法的に認められた親であり、

未婚の父は、第2の親として、そのシーンに後から入ってくる。外国人の母の「競合 する国の影響」ゆえに、未婚の父にはより長期の合衆国との関係が正当化されると政 府は主張している。

 このデザインは、未婚のカップルの外国人の父は親の責任を果たさないという前提 の上にある。こういう前提は、未婚の父は子に無関心であるという長く維持されてき た考え方と一致するものだが、もはや平等保護の審査に合格しない。

 仮に連邦議会がその目的のために男女別の居住要件を要求したという主張を受け入 れたとしても、性別による区分は目的にほとんど役立たない。このスキームでは、未 婚の母は、子の出生以前に1年の居住があれば、この出生後すぐに外国人の父と結婚 し、その後一切合衆国に戻らなくても、子に国籍を渡せる。それに対して未婚の父は、

居住要件にわずか数日でも足りないと子に国籍を渡せない。たとえ、出生時に子を認 知して合衆国内で子を育てたとしても。

 連邦議会が本法で男女の区分を設けたのは、海外で合衆国市民の子が無国籍で生ま れるリスクを軽減するためだと政府は主張している。政府によれば、このリスクは、

未婚の母の子のほうが、未婚の父の子に比べて実質的に大きいという。しかし、無国 籍の懸念が居住要件の差異の動機だったと信ずる理由はほとんどないし、未婚の母の

(7)

子の無国籍のリスクがより大きいという証明もない。

 控訴裁判所が指摘したように、本法が制定された議会のヒアリングや報告には、ひ とつの例外はあるが、海外で生まれる子の無国籍に関する言及はない。本法の男女の 区分の理由は、子の苦境ではなく、未婚の子の自然な保護者という母の役割だった。

「訴訟に対応するために後から」性差別の目的を仮定したり発明したりすることはで きない。

 また、無国籍のリスクという政府の主張は、根拠に欠ける。...

 海外の法制を検討すると、未婚の母は国内で生まれた子に国籍を渡せない国が30ヶ 国、同じく国外で生まれた子に国籍を渡せない国は45ヶ国ある。このように当時も現 在も、子の無国籍のリスクは、合衆国市民の未婚の母についてより、未婚の父につい てのほうが大きい。

 2014年、国連難民高等弁務官は、無国籍をなくす10年間のプロジェクトに着手した。

国籍法における父母いずれかに対する差別が無国籍の主因であるとの認識から、弁務 官は、こうした性差別の除去をプロジェクトの鍵に据えた。これに鑑みれば、我々は、

子に国籍を渡すことに関する未婚の父母の差異を違憲とする理由ならまだしも、その 差異を支持する理由として、無国籍のリスクを認めることはできない。

 要約すれば、政府は、本法の男女別の居住要件を正当化する「非常に説得的な」理 由を示せなかった。こうした区分は、男女の市民の平等な尊厳と地位(stature)の 尊重を政府に求めている憲法に違反すると判断する。

(トーマス裁判官は、救済を認めない以上、法廷意見の平等保護に関する判断を不必 要とみている。しかし、当裁判所が繰り返し強調してきたように、差別それ自体が、

憲法が保障する平等な処遇と矛盾する時代遅れのステレオタイプ的な考え方を永続さ せることになる)

 

Ⅳ 救済方法

 未婚の父についての長い居住要件が平等保護に違反することは明らかだが、当裁判 所は、未婚の母についての1年という居住要件をモラレスサンタナの父にも拡張する ことによって、モラレスサンタナに救済を与えることはできない。

 先例が示すように、差別があるとき、救済の選択肢は、法律全体を無効とするか排 除された人たちにも適用を広げるか、2つある。平等取り扱いの権利が問題となって いるときには、優遇されている人々に給付をやめることによっても、排除されている 人々に給付を広げることによっても、適切な救済は実現できる。どちらを選ぶか、憲 法は沈黙している。

 その選択は、法律に示された立法者の意思による。

 法律全体を無効にするのではなく拡張が普通であることを、我々は繰り返してき

(8)

た。連邦政府の給付にかかわる一連の判決で、当裁判所は、少数のグループには給付 を認めない例外規定を違憲と判断して、そのグループへの給付の拡張を認めてきた。

しかし、本件では、差別的な例外規定が少数のグループを優遇している。差別的な例 外は違憲という先例のアプローチに従うと、長い居住要件という原則を、優遇されて きたグループにも適用することになる。

 長めの居住要件のポリシーは、連邦議会がこの国での居住を重視していることの表 れである。そして、拡張を認めると法律全体がばらばらになる可能性が大きい。とい うのは、未婚の父に1年の居住要件を拡張すると、結婚している父母に、未婚の父母 より長い居住要件を求めることになり、あまりに不合理である。

 連邦政府の給付にかかわる事件では給付の拡張が一般的だが、本件ではすべての要 素が逆方向を示している。選択を求められれば、連邦議会は例外規定を廃止して、原 則を維持するのではないかと考えられる。

 

Ⅴ 結語

 性差別は、控訴裁判所が判断したように、平等保護に違反する。しかし、我々は、

連邦議会だったら採用した救済方法を採らなければならない。たしかに優遇を拡張す るのが典型的な事件ではよくあるルールだったが、本件はそうした事件ではない。そ のようにすると、連邦議会が未婚の母について認めた1年という居住要件の特別扱い を原則にすることになる。したがって、海外で生まれた子の大多数に適用される長い 居住要件は維持されなければならない。連邦議会は、今後この問題を検討し、性別に よる利益や不利益がない統一的な規定を制定することが望まれる。当面、政府が示唆 するように、未婚の母の子についても5年の居住要件が適用されるべきである。

2.トーマス裁判官の意見(アリート裁判官同調)

 本日、当裁判所は、被上訴人の父が本法により被ったと主張する平等保護の損害を 救済する権限がないと判断している。私はこの判断に賛成である。法廷意見が結論す るように、先例によれば、未婚の父に1年の居住要件を拡張することは、平等保護違 反に対する適切な救済手段とはいえない。それどころか、この種の訴訟で求められる 国籍の付与という救済手段を、連邦議会が規定する根拠以外で、当裁判所が採りうる のかさえ疑問である。

 救済手段に関する判断によって本件は解決する。いずれにせよ被上訴人は救済を得 られない以上、本法が平等保護に反するか否かなどの判断は不必要である。したがっ て、控訴裁判所の判決を破棄するという結論にのみ賛成する。

4

Sessions v. Morales-Santana, 582 U.S. _ ; 137 S.Ct.1678 (2017).

(9)

二 判決の評価 1.法廷意見の要旨

 かなり長い法廷意見なので、最初にその要点を確認しておこう。

 モラレスサンタナに、父に対する性差別を理由とする違憲の主張を認め(Ⅱ)、以 下、本法の性区分が合憲か検討する(Ⅲ)

 まず違憲審査基準は、これまでの判例で確立した高次の審査、すなわち、性に基づ く区別を合憲とするには、少なくとも、問題の区別が政府の重要な目的に役立ち、し かも区別という手段がその目的に実質的に関連するものであることを立証しなければ ならない。さらに、その目的は現在のものでなければならない(A)。

 そのうえで、本法の背後にあるのは、未婚の母は子の自然でただ一人の保護者であ るという前提だが、「未婚の母に比べて未婚の父は子の責任を引き受けるのにつねに 相応しくない」という廃れた見解に基づく法律はいかなる重要な利益にも役立たない として、本法の男女別の居住要件は驚くほど時代遅れであると重大な疑念を呈してい る(A1・2)。

 次に、モラレスサンタナの平等保護の主張を退けるべきだとして政府が引用する3 つの先例は、いずれも本件の結論を左右しないと退ける(B)。

 そして、政府が主張する2つの重要な目的はいずれも高次の審査に合格しないとす る(C)。

 第1の海外で生まれた子どもが出生時に国籍を取得することを正当化するほど合衆 国との十分に強い関係を持つことを保証するためという主張は、この目的自体が未婚 の父は子に無関心であるという長く維持されてきた性ステレオタイプに基づくものだ と退ける(C1)。

 第2の海外で合衆国市民の子が無国籍で生まれるリスクを軽減するためという主張 も、連邦議会で検討された形跡がほとんどないことから真の目的とはいえないと退け たうえで、未婚の母についてより、むしろ未婚の父についてのほうが子の無国籍のリ スクは大きいとだめ押ししている(C2)

 要約すれば、政府は、本法の男女別の居住要件を正当化する「非常に説得的な」理 由を示せなかった。こうした区分は、男女の市民の平等な尊厳と地位(stature)の 尊重を政府に求めている憲法に違反すると判断する。

 最後は救済方法である(Ⅳ・Ⅴ)。最高裁判所は、連邦議会だったら採用した救済 方法を採らなければならない。たしかに優遇を拡張するのが典型的な事件ではよくあ るルールだったが、本件はそうした事件ではない。優遇を拡張すると、連邦議会が未 婚の母について認めた1年という居住要件の特別扱いを原則にすることになる。した がって、海外で生まれた子の大多数に適用される長い居住要件は維持されなければな

(10)

らない。連邦議会は、今後この問題を検討し、性別による利益や不利益がない統一的 な規定を制定することが望まれる。当面、政府が示唆するように、未婚の母の子につ いても5年の居住要件が適用されるべきである。

2.本判決の評価

 法廷意見の意義は次の3つと思われる

(5)

(一)一貫した反・性ステレオタイプの姿勢

 表面的な不利益が誰に及ぶかよりも、法制度のなかに性ステレオタイプが存置され ることの害悪を重視するこれまでの判例の流れ

(6)

が本判決においても貫かれた意義 は大きい。

 法廷意見の性ステレオタイプに対する姿勢は、以下の2点において顕著である。

 問題の国籍法の規定の背後にある性ステレオタイプのうち、特に未婚の母は子の自 然でただ一人の保護者であるという前提を問題視して、たとえ多くの人々がそうで あったとしても、女性の家庭内の役割に関するステレオタイプに基づく法は、女性が 家庭の主要な世話焼きであることを強いる差別の循環を生み出すと同時に、子の養育 責任を引き受ける男性に害を与えると断じている。

 歴史をひもとくと1409条の背後にあるものが見える。国籍法が制定されたのは

1940年だが、このころ、2つのかつてありふれたものだが現在では支持されない前

提がわが国の国籍法に浸透し裁判・行政実務の土台となっていた。結婚においては 夫が主人で妻は部下であり、未婚の母は子の自然でただ一人の保護者であるという 前提である。

 未婚の父母については、父が支配するという伝統は決して採用されなかった。代 わりに母が、子の自然で唯一の保護者とみなされた。1940年法で、連邦議会は、結 婚している父母についての父支配の前提は捨てたが、未婚の父母についての母がた だ一人の保護者観念を法典化した。この観念に照らすと、1409条の性別による居住 要件の違いは理解できる。

 半世紀近くの間、当裁判所は、「男女の異なる才能、能力または選好についての 過度の一般化」の依拠する法を疑いの目でみてきた。特に「法律の目的が、性別の 役割と能力についての固定的な概念に依拠する、どちらかの性別のメンバーの排除 や『保護』であるなら、その目的自体が正当ではない」

 こうした理解に立って、当裁判所は「未婚の母に比べて未婚の父は子の責任を引 き受けるのにつねに相応しくない」という廃れた見解に基づく法律はいかなる重要 な利益にも役立たないと判示してきた。本法も同様である。こうした過度に広汎な 一般化は、たとえ多くの人々がそうであったとしても、束縛的な効果を持つ。女性

(11)

の家庭内の役割に関するステレオタイプに基づいて利益を与えたり否定する法は、

女性が家庭の主要な世話焼きであることを強いる差別の循環を生み出す。同時に、

そうした法律は子の養育責任を引き受ける男性に害を与える。当裁判所が1971年以 降展開してきた平等保護の判例に照らすと、親としての責任を引き受けた未婚の父 母についての本法の男女別の居住要件は、驚くほど時代遅れである。

 もうひとつは、未婚の父は子に無関心か?という点で、長く維持されてきた考え方 であっても、性ステレオタイプに基づく男女の区別は許されないことを明確にしてい る。

 政府の主張によれば、未婚の母は出生時、子の唯一の法的に認められた親であり、

未婚の父は、第2の親として、そのシーンに後から入ってくる。外国人の母の「競 合する国の影響」ゆえに、未婚の父にはより長期の合衆国との関係が正当化される と政府は主張している。

 このデザインは、未婚のカップルの外国人の父は親の責任を果たさないという前 提の上にある。こういう前提は、未婚の父は子に無関心であるという長く維持され てきた考え方と一致するものだが、もはや平等保護の審査に合格しない。

 この判決で初めて最高裁判所は国籍の決定に関する連邦議会の性区分を違憲と判断 した、またミラー判決とグエン判決の反対意見が多数意見になったと、その意義を強 調する

Collins

は、以下のように論評している

(7)

 最高裁判所は、平等保護法理の反ステレオタイプの論理が未婚の父母にも及ぶこ とを確認した。…… さらに最高裁判所は、政府の第1の理屈だった全能理論は適 用されないとして、国籍に関する法に対する高次の司法審査の役割を明確に確立し た。

(二)ほぼ唯一例外だった国籍法でも、他領域と同様の判断

 国籍法の性差別に、これまで最高裁判所は及び腰だった。そのことは、最高裁判所 が性差別事件に熱心に取り組むようになってからも変わらなかった。Condonは、全 能理論(plenary power doctrine)の影響で、平等保護違反の救済に慎重になったり 審査を弱めたりすると批判している

(8)

 まず、移民にあたって種々の優遇措置が受けられる合衆国市民や永住権者の両親や 子について、非嫡出子と父の関係だけを除外していたことが争点となったフィアロ判 決(1977年)である。フィアロ判決は、性差別には中間審査基準が適用されることを 宣言したクレイグ判決の翌年だが、6対3の多数決で、国籍法については全能理論に よって、最小限の合理性があればよいという判断が示された

(9)

 ミラー判決(1998年)とグエン判決(2001年)の争点は同一である。合衆国市民が 子に国籍を渡せるかに関連して、未婚の母は合衆国に1年居住すればよいのに対し

(12)

て、未婚の父は、さらに諸々の要件が付加されていた。判決で争われたのは、子が18 歳になるまでに、準正や認知などを求める1409条(a)(4)の規定である。

 ミラー判決は6対3の多数決で、違憲の主張を退けたが、多数派裁判官は3分され 法廷意見は示されなかった

(10)

。結論を導いたスティーブンズ意見は、中間審査基準 を適用して合憲とするが、中間審査基準に合格しないゆえに違憲とする3裁判官の反 対意見のほか、スティーブンズ意見には同意できないとするオコナー裁判官の結果的 同意意見(本件では原告に性差別を理由とする違憲主張適格は認められないゆえに合 憲判断には同調)があった。すなわち適切な当事者から違憲の主張が提起されれば、

違憲判断に行きつく可能性が予想された(他にそもそも裁判所には国籍付与権限なし とするスカリア裁判官の結果的同意意見(トーマス裁判官同調))。

 グエン判決では、ミラー判決でオコナー結果的同意意見に同調したケネディー裁判 官が、保守派4裁判官の賛成を得て、中間審査基準を適用したうえで合憲判断に至っ た(5対4の多数派)

(11)

。①生物学的な親子関係が存在することの保証と、②子と市 民である親、そして子と合衆国との関係につながる真の絆を発展させることは重要な 目的であり、これらの立法目的を実現するために、未婚の父母を区別することは、実 質的関連性を有するというのである。

 これに対して、4裁判官を代表するオコナー反対意見は、当該規定に実質的関連性 ありとする主張は、生物学的な差異ではなく、母親は父親に比べて子の世話をする関 係を築く可能性が高いというステレオタイプそのものだと批判している。

 フローレスビラー判決の争点は本件と全く同じである。控訴裁判所の合憲判決に、

最高裁判所が裁量上訴を認めたので、違憲判断の期待が高まったが、2011年、最高裁 判所は4対4の同点票決で原判決の結論だけが維持された(当然、理由づけは示され なかった)

(12)

 いずれの判断も全能理論の直接・間接の影響があるのではないかと論評されてい

(13)

。フィアロ判決は言うまでもない。全能理論に従うことを明言している。

 ミラー判決の結論を導いたスティーブンズ意見とグエン判決のケネディー法廷意見 は中間審査基準を適用するとして、表向き全能理論と決別したようにみえる

(14)

 だが2つの点で、全能理論は生き残っていたと評するべきだろう

(15)

 第1に、適用された中間審査基準は「高次の審査の水割り版」だった。すなわち、

グエン判決の法廷意見はたしかに高次の審査基準を適用した、しかしその適用が表面 的であった。「強制的な母性と邪魔された父性」という刺激的なタイトルのコメント によれば「ある状況(未婚の父子関係)では正当な関係の承認を拒否し、他の状況(未 婚の母子関係)ではそうした関係の存在を根拠もなく推定することによって、1409条 は、真の親子関係の達成の確保という政府の目的を実質的に促進することができな い」

(16)

(13)

 第2に、グエン判決の法廷意見は最後の部分で、そもそも問題の規定の合憲性にか かわらず、最高裁判所には国籍付与権限がないという政府側の主張に関連して、「本 法は性差別に適用される審査基準を満たすので、この争点を検討する必要がない。先 例にみられる、連邦議会の移民・帰化権限の行使に対する広い敬意(全能理論のこと、

根本)の意味合いについても同様である。こうした議論は、規定が平等保護の審査基 準に合格しないと判断されたならば、検討されなければならない」と述べている。す なわち、全能理論をどう考えるかは、将来その判断が必要なときまで保留という説明 である。

 Collinsも、グエン判決の法廷意見を、親子関係についてもう死んだと思われてい た男女の違いを理由として持ち出し、平等保護の判例法理に逆行するもので、フィア ロ判決以上に、法律家が性差別を擁護する根拠になったと批判する

(17)

 また

Kay & West

は、グエン判決は

VMI

判決を判例変更したのか?、国籍法事件 では、高次の審査基準に例外を設けたのか?と厳しい見方をしている

(18)

 その点、本判決の法廷意見は、全能理論を否定するまではしなかったが、他の領域 の性差別事件と同様の高次の審査を行って違憲の結論に到達した。「グエン判決の認 知要件とは異なり、1409条の年齢を限定した居住要件は、とても「最小限」とは呼べ ない」と述べて、グエン判決を批判するのではなく区別したのは、グエン判決で法廷 意見を執筆したケネディー裁判官への配慮だったのかもしれない。

 名実ともに高次の審査をすることによって、少なくとも性差別の合憲性が問われて いるときには、全能理論の出る幕はないことを明確にした意義は大きい。

Abrams

は、

(全能理論一辺倒ではなく)個人の権利と国境管理の政府の利益をバランスさせるの が1970年代以降の判例の流れだとしたうえで、この展開は2017年に結実した。通常の 性差別事件に用いられる中間審査基準を適用して「驚くほど時代遅れの法」と違憲判 断した、と評する

(19)

(三)救済方法では妥協か? レベルダウンは平等保護事件では異例

 国籍法の問題の規定を違憲とするのに、被上訴人に国籍を認めた原判決を破棄した ことが議論を呼んでいる。この点を重視して、判決は「一歩前進、二歩後退」という コメントまであるのは驚きである

(20)

 Collinsが言うように他の分野でも救済方法には慎重ということはあったし、司法 審査には熱心だが論争を生む介入はその権限を弱めることを認識して救済方法は慎重 というあたりが手堅い見方のようにも思える

(21)

 最高裁判所ウォッチャーとして名高いグリーンハウスのコメントが参考になると思 われる

(22)

 法廷意見の「連邦政府の給付にかかわる事件では給付の拡張が一般的だが、本件で

(14)

はすべての要素が逆方向を示している。選択を求められれば、連邦議会は例外規定を 廃止して、原則を維持するのではないかと考えられる」という説明は、説得的ではな いとする。しかし、ギンズバーグの第1の観客は自分(グリーンハウス)ではなく、

同僚裁判官だとして、次のような推測を開陳している。

 モラレスサンタナ事件は前年の11月9日の口頭弁論から判決まで7ヶ月以上か かった最も古い事件で、その間に大変な闘いや交渉があったことは明白。救済方法 でのレベルダウンは、ギンズバーグが多数派を獲得するために払わざるを得なかっ た代償では?

 (トーマス、アリート両裁判官は違憲判断に加わらなかったのに)首席裁判官がギ ンズバーグ法廷意見に全面的に賛成したのは注目に値する。ロバーツにとって、違憲 判断は自然なことではなかった(前回2011年のフローレスビラー判決では、ロバーツ は合憲判断だったと推測される)。何がロバーツを動かしたか? たぶん救済方法の 判断が彼に安心感を与えたのではというのである。

 法廷意見の結論が「一部原判決維持、一部原判決破棄」となっていることも話題に なっているようだ。Baudeによれば、本件では「モラレスサンタナは合衆国民か」

が唯一の争点だった(もちろん国籍法の規定が違憲か?と違憲だとして彼に国籍は認 められるか?という2つの法的問題はある)。たしかに最高裁判所は原判決の違憲判 断は維持したが、その結論(its judgement)には全く同意していないようにみえる。

だとすれば、原判決を破棄するだけにすべきだったのでは?という

(23)

 Baudeはその理由をいくつか推測しているが、国籍法に対する違憲判断を、本件 での実際の請求や救済とは切り離して維持されるべき別個の部分と最高裁判所は考え たという見方を最有力とみている―Baude自身は、連邦裁判所がすべきことではな いとネガティブに評価するが。

 グリーンハウスが言うように、法廷意見を執筆したギンズバーグにとっては、国籍 法の性差別に明確な違憲判断をすることは被上訴人を救済することよりはるかに重要 だったのだろう。その点では、法廷意見には一貫性が欠けるなど問題があるという批 判は甘受するという姿勢ではないか。グリーンハウスは結論として、以下のように述 べている。

 ギンズバーグにとっては、政府のすべての部門が平等という目標を共有すること が最も重要である。とすれば救済方法の判断は妥協だったとしても、議会に解決を 委ねるという妥協は喜んでしたものだった。本件が示すように平等の代償は高い。

しかしギンズバーグにとっては、なお残る男女のあるべき一般化に基づく法を叩き 潰すためには、払うに値する代償だったことを疑わない。

(15)

5

本判決のコンパクトな解説として、大江一平「国外で出生した婚外子の市民権取得に関す る移民国籍法の性的区分が修正5条の平等保護に違反するとされた事例」総合政策研究会 誌1号35頁(2018年)が有用である。大江は「判決の意義は、移民法制について政治部門 の幅広い裁量を認める絶対的権限の法理を緩和して高次の審査基準を適用し、「子どもの 養育を行うのは母親である」という性的ステロタイプを退けて平等保護を徹底した点にあ る」としている。

また、山口真由の手堅い解説が参考になる。山口によれば、全能理論の下で違憲とされな かった分野での初めての違憲判決の意義は大きいという(2018〔アメリカ法〕101頁)

(6)拙稿「性差別とライフスタイルの自由」法経論集75・76号224頁(1996年)に詳しい。

(7)

Collins, Equality, Sovereignty, and the Family in Morales-Santana, 131 Harv. L. Rev 170, 197-98 (2017).

8

Condon, Equal Protection Exceptionalism, 69 Rutgers U. L. Rev. 563

569-70 (2017).

Condon

によれば、移民の権利をめぐる平等保護は例外だらけ、すなわち例をみない複雑

さと相互矛盾があって、その結果、平等が損なわれることになっているとして、例外扱い を再考すべきときと主張する。

9

Fiallo v. Bell, 430 U.S. 787(1977).

10

Miller v. Albright, 523 U.S. 420(1998).

11

Nguyen v. INS, 533 U.S. 53(2001).

(12)

Flores-Villar v. U.S., 564 U.S. 210(2011). 拙稿「アメリカ法における国籍取得要件の性差

別―残された男女平等―」法政研究17巻1号406頁、390頁(2012年)

(13)

Nowak & Rotunda

によれば「最高裁判所は国籍法の事件では、実際には、連邦議会の判 断を別個に審査する中間審査基準ではなく、非常に敬譲的な審査基準を適用したようにみ える」 

Nowak & Rotunda, Constitutional Law(7

th

ed) 904(2004).

なお

Condon, supra note 8

も同旨。

(14)

Spiro, Explaining the End of Plenary Power, 16 Geo. Immigr.L.J. 339, 274-75 (2002) は、

全能理論という簡単な理由づけがあったのに、性差別という面倒な理由づけに拠った、そ して、通常の性差別の審査基準をなんら変更せずに適用したとして、全能理論からの撤退 の可能性を示すと読む。

Abrams

も、結論は問題だが全能理論を適用せずに中間審査した と肯定的にとらえる。

15

)拙稿「アメリカ法における男女平等法理の現在―グエン判決を中心に―」法政研究7巻4 号64頁、22頁(2003年)

(16)

Chlopak, Commentt Mandatory Motherhood and Frustrated Fatherhood: The Supreme Court's Preservation of Gender Discrimination in American Citizenship Law, 51 AM.U.L.REV.967, 970-71 (2002).

17

Collins, supra note 7, at 194-95.

18

Kay & West, Sex-Based Discriminatin 121(2006).

(19)Abrams, Family Reunification and the Security State, 32 Const. Commentary 247,

276(2017). 全能理論は死んでいない、軟化しただけという Abrams

だが、結論として、

保守的とみられるロバーツコートでも、家族の権利は拡張され全能理論の影響は徐々に減 少するのではと予想している。

at 280.

20

Comment: One Step Forward and Two Steps Back: The Victory and Setback Issued

by the Suprem Court of the United States in Morales-Santana, 33 Wis. J.L. Gender &

(16)

Soc'y 178(2018).

法廷意見は、性ステレオタイプから未婚の父の居住要件は1年では不十 分としているわけではないので、このコメントは法廷意見を曲解しているきらいがある。

(21)Collins, supra note 7, at 176. Collinsはまた、モラレスサンタナにとっては、実際に救済 はないこともありうる空虚な勝利になるかもしれない、と論評している。Id at 171.

22

Greenhouse, Justice Ginsburg and the Price of Equality, https://www.nytimes.com/

2017/06/22/opinion/ruth-bader-ginsburg-supreme-court.html

23

Baude

The judgment in ‘Morales-Santana’, https://www.washingtonpost.com/

news/volokh-conspiracy/wp/2017/06/13/the-judgment-in-morales-santana-and-a- supreme-court-symposium/?utm_term=.31f52d2ed960

結びに代えて

 グエン判決のオコナー反対意見の最後は次のような一節だった。

「何人も、法廷意見の分析を性区分に関する平等保護判例法の注意深い適用と誤解 してはならない。それどころか本日の判決は、憲法違反か否かを判断するために 我々が注意深く高次の審査を適用してきた一連の判例からの違背である。これらの 判例の深さと生命力は、本日の誤りが逸脱であることを保証すると確信する」

 反・性ステレオタイプを貫いた本判決はこれを実現したことになる。実に16年とい う長い年月を要し、その間にオコナーは最高裁判所を去った。

 20年近くの間、国籍法の性差別をめぐって揺れ動いた最高裁判所だったが、この判 決で明確な決着をみた意義は大きい。その生涯を、前半は訴訟代理人として、後半は 裁判官として、性差別撤廃に捧げてきたギンズバーグの筆によるものだったことはま ことに感慨深い。

 最後に、関連する他の分野について、今後を展望して結びとしたい。

 トランプ大統領が指名した2人目の裁判官、カバノーに上院は僅差だが同意して、

最高裁判所の勢力図は、はっきり保守派優位になった。ただ、同性婚や人工妊娠中絶 を支持する判例が次々に覆されるだろうという論調は大いに疑問である。アメリカ法 はそんないい加減なものじゃないというのがアメリカ法研究者の共通理解だろう。

 まず、同性婚や中絶を最高裁判所が違憲とするだろうという見方は完全な誤解だ

(24)

最高裁判所で争われてきたのは、両者をどうするかを決めるのは最高裁判所か州議会 かということだった。だから、万一現在の判例が保守派の裁判官によって全面的に覆 されたら、問題の解決は州議会に委ねられることになる。

 カバノー裁判官の前任者・ケネディーが長く最高裁判所のキーパースンだったの で、こういう議論が出ているのだが、ではケネディーに代わるキーは誰か? ロバー ツ首席裁判官だと思う。

(17)

 ロバーツがわが国でも有名になったのは、オバマケアが合衆国憲法に反するかが争 われた事件で、強制徴収される健康保険料を税金だとみなせば合憲というウルトラC の理屈で、オバマ政権に助け舟を出した(2012年)

(25)

。保守派ではあるが、最高裁判 所の権威を守ることに腐心する首席裁判官と感じた。同性婚にせよ中絶にせよ確立さ れた判例を覆すには相当の理屈や説明が必要である。私は、ロバーツがそれをすると は思えない。

 特に中絶は憲法上の権利とするロー判決は46年前のものである。中絶が自由だった ほぼ半世紀を最高裁判所が一片の判決でひっくり返すことはできないと思う―現に

1991年のケイシー判決は先例拘束性の原理を拠りどころにロー判決の中核的判断を維

持した

(26)

。ちょうど、白人と黒人を別々の学校に通わせることが人種差別にあたる としたブラウン判決(1954年)

(27)

を変更することが不可能なように。

 もちろん、カバノーの最高裁判所入りで、何も変わらないという意味ではない。現 在の判例は、州の規制が女性の中絶の選択への「不当な負担」なら違憲、そこまでで なければ合憲とする。州内の中絶クリニックが激減したことによって、中絶希望の女 性が遠くまでドライブしなければならないことを「不当な負担」とみるか? 2016年 の最高裁判所は

yes

と答えたが

(28)

、現在の最高裁判所がどう判断するか、これは分 からない。

 

(24)町山智浩「トランプ政権の最高裁判事指名と同性婚・人工中絶禁止を語る」

https://miyearnzzlabo.com/archives/41954

25

National Federation of Independent Business v. Sebelius, 567 U.S.519 (2012).

樋口範雄 の解説が『アメリカ法判例百選』

34

頁(

2012

年)。

26

Planned Parenthood v. Casey, 505 US 833(1992).

高井裕之の解説が『アメリカ法判例百 選』98頁(2012年)、また樋口範雄「妊娠中絶と合衆国憲法」『アメリカ憲法判例』269頁

(1998年)が詳しい。なお、拙稿「人工妊娠中絶とアメリカ合衆国最高裁判所」法政研究 2巻2号41頁(1997年)参照。

ま た、

Roe v. Wade, 410 US 113(1973).

小 竹 聡 の 解 説 が『 ア メ リ カ 法 判 例 百 選 』

96

2012

年)

27

Brown v. Board of Education, 347 U.S. 483(1954).

安部圭介の解説が『アメリカ法判例 百選』80頁(2012年)

(28)

Whole Woman's Health v. Hellerstedt, 136 S.Ct. 2292(2016). 拙稿「人工妊娠中絶論争の

現在―いわゆる

TRAP

法をめぐって」法政研究21巻3・4号202頁(2017年)

参照

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