◎論説WTO加盟後の中国経済と日本
中 国 経 済 の 産 業 構 造 転 換 と 国 際 化
丸山伸郎・・⁝
国内の就業者人口の約五〇%が依然として第一次産業に
従事するという前近代的産業構造を抱える中国だが︑一九
九〇年代の半ば以降の変化は激しくかつ急速であった︒第
一に︑市場経済化が急テンポかつ広範に進んだことである︒
一九九〇年代半ば過ぎから︑国内の経済はいわゆる"不足
の経済"から供給力過剰の経済に転換したが︑こうした環
境の変化によって企業間の競争が生まれ︑国有企業は選別
され一部は民営株式会社となり︑不採算業種は淘汰に直面
することになった︒このなかで特に外資の影響が重要であ
り︑中国企業は外資を媒介にして否応なしに市場経済化に
適応せざるをえなくなった︒
第二に中国が今やロウテク製品からハイテク製品まで日
本︑韓国︑台湾などの企業からの受託製造を行う東アジア の製造業拠点となり︑﹁世界の工場﹂と称されることになっ
たことである︒WTO加盟が一種のショック療法となって
産業の優勝劣敗が貫徹するようになり︑外国技術を消化し
吸収する産業技術の進歩と国際的競争を乗り切る経営者が
登場してきた結果かもしれない︒こうして見ると︑一九九
〇年代半ばから二〇〇〇年代にかけての中国経済は︑産業
革命に相当する巨大な変化を遂げた時代であったといえる︒
これは戦後日本経済の成長の経験︑さらに韓国︑台湾の戦
後経済発展の経験と比べ︑どの点で共通性があり︑どの点
で異質であったのか︒こうした問題関心から︑本稿の目的
はこの期間の産業構造変動︑特に製造業の変化と産業技術
進歩の過程を追うことによって︑中国産業の近代化の行方
と問題点は何かを明らかにすることである︒
中国経済の産業構造転換 と国際化
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第九次五か年計画期における工鉱業の変化
一九九六年から二〇〇〇年までの第九次五か年計画期間︑
工業部門に対する中国政府の政策の重点は生産総量の調整
におかれていた︒このため過剰生産能力や後れた生産能力
の削減と淘汰を行い︑供給構造の調整によって生産効率を
高めることが試みられた︒一九九八年になると︑工業政策
の重点は︑第一に有効需要不足の問題を解決し︑経済成長
の持続をはかること︑第二に産業構造の合理化を進め︑資
源配置の効率化と産業競争力を高めることにおかれるよう
になった︒まずこの間に行われた主要業種のうち六業種の
生産能力の調整︑企業組織の集約化等の合理化の現状を公
ム 式報道によって見てみる︒
︿紡織工業﹀国有紡織企業は一九九三年から九八年まで︑
毎年赤字を記録していた︒一九九七年から圧縮︑人員削減︑
黒字転換を目標にした合理化が始められた︒二000年ま
でに綿紡錘九四〇万錘︑毛紡錘二八万錘を廃棄︑綿紡生産
総能力で二二%が削減された︒全従業員=二〇〇万人のう
ち一四〇万人が配置転換された︒二〇〇〇年には一年繰り
上げて黒字を達成したが︑二〇〇一年の統計では紡織業と
化学繊維製造業の利益はマイナスとなっているが︑アパレ ルその他繊維製品業は黒字となっている︒二〇〇二年には
紡織業界の調整成功が宣言された︒︿鉄鋼業﹀生産過剰の製品を制限し︑小型鉄鋼企業の閉
鎖と老朽化した生産設備を淘汰することを狙いとした調整
が行われた︒すでに七三の小型鋼鉄企業が閉鎖され︑二〇
〇一年末までに全ての平炉︑小型の高炉︑電炉︑焼結機︑
圧延機など老朽化設備が生産中止となった︒X1001年に
は閉鎖︑生産停止の目標の八二・五%にあたる八五の小型鉄
鋼所が閉鎖され︑連鋳比と圧延総合製材率が高い水準とな
り︑輸入代替もかなり進んだ︒二〇〇五年までに︑宝山鋼
鉄︑鞍山鋼鉄︑武漢鋼鉄︑首都鋼鉄の四大企業の生産量を
全国の三〇%から五〇%に引き上げる計画となっている︒︿石炭工業﹀一九九七年末から生産調整が始まり︑二〇
〇〇年末までに累計四万七三〇〇の小型炭鉱が閉鎖され︑
総生産量が三・四八億トンに圧縮された︒X1001年には一
万九四四か所を閉鎖した︒これと同時に国有重点大型炭鉱
への集中がはかられ︑全国石炭総生産量に占める割合は一
九九七年の四〇・○%から二〇〇〇年に五五・八%にまで増
え︑各地の小型炭鉱の割合は九七年の四七%から二〇〇〇
年に二一%に減少した︒従業員二〇〇万人のうち︑二〇〇
〇年末までに国有重点炭鉱で九三万六千人を他の職種に転
換させた︒二〇〇一年末︑石炭工業は全体としてこれまで
赤字経営であったが︑黒字に転換した︒石炭輸出も八五九
○万トンと前年比四六%増となった︒
︿石油化工業﹀二〇〇〇年末までに︑全国で六〇〇〇余
か所の地方の小型製油工場を取り締まり︑=一の小型製
油所を閉鎖︑原油加工能力を一一六〇万トン削減した︒さ
らに経営の不十分な卸売り企業六千社︑ガソリンスタンド
ニ・五万か所を取り消した︒こうした結果︑製油関連企業の
経営水準は一応国際的水準に達し︑部分的な不足製品の供
給も改善した︒しかし石油の純輸入は二〇〇〇年に五九九
六万トン︑一二七億三二六五万ドル︑二〇〇一年には五二
七一万トン︑一〇二億八一〇八万ドルに達するなど︑石油
輸入の増加とともに原油価格の上昇の結果︑整理した小型
製油所が復活するなど︑調整に困難がともなっている︒︿電力工業﹀二〇〇〇年において︑一部の地域において
電力供給の不足が顕在化したが︑経営不振の小型火力発電
ユニット三〇五台を停止し︑設備容量四二〇万キロワット
を圧縮した︒X1001年には︑さらに二三〇万キロワット
を停止した︒
︿建材工業﹀二〇〇〇年までに赤字から脱出する計画で
あり︑同年八月までにすべての国有および国有支配株企業
が黒字に転換した︒その背景として数多くの黒字への転換
が望めない小型企業を倒産させ︑大型企業に集中した︒さ
らに小型セメント窯を累計三一二五か所閉鎖し︑老朽化生
産能力七九三三万トンを淘汰した︒二〇〇一年には︑セメ ント生産量を五・七億トン︑平板ガラス生産量を一・七億重
量箱にそれぞれ抑え︑小型セメント窯一九〇〇か所閉鎖し︑
生産能力を五〇〇〇万トン圧縮した︒また小型ガラス生産
ライン一〇〇本を閉鎖し︑生産能力一〇〇〇万重量箱分を
削減した︒
以上は総量規制と不採算企業の閉鎖という狙いが一応の
成果をあげた業種であるといえる︒調整をマクロ的にみて
みると主要業種の変化は表1のようになっている︒
表1で明らかなように鉄鋼︑化学︑繊維のシェアが減少
している︒これは総量規制と不採算企業の整理の結果であ
るが︑全般的に見て伝統的な重工業の低迷は明らかである︒
例えばエネルギー多消費型の製品を見てみると︑その成長
率は八ー五期(一九九一〜九五)に比べ九‑五期(一九九
六〜二〇〇〇)の方が低い︒
こうした製品の生産量増加率の低下は︑エルギーの総消
費量が一九九六年の一三億八九四八万トン(標準炭換算)
をピークに減少していることからも示されている︒これは
一九七〇年代から八〇年代︑石油危機を背景に価格改革に
よって産業構造の転換を成し遂げた日本経済との類似性をムる主張する者もいる︒
もちろんこれは中国が重工業化政策を放棄したことを意
味するものではない︒市場経済化の進展によって︑これま
での野放図な資源浪費型の重工業依存からより効率的な重
中国経済 の産 業構 造転換 と国 際化
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1990年 か ら2000年 ま で の 製 造 業 の 変 化 表1 (%)
1990 1995 zOOO
変化鉄 鋼精 錬 ・圧 延加 工
6.95
...5.52
減紡織業
12.26 "1 6.01
減木 材加 工 ・家 具 製造
4.76 5.50 4.31
減 化 学原 料 ・製 品製 造11 6.95 6.71 減
石 油 加 工 ・コ ー キ ン グ 2.30 2.60 3.65
増電 力 ・蒸 気 ・熱 水
3.62
.5.38
増交通運輸設備
3.82 6.01 6.26
増電 子 ・通 信 設備
3.13 4.60
.. 増 電 気機 械 ・器材4.26 4.72 5.64
増 注:各 業 種 の 当年 価 格 に よ る工 業 生産 額(GVIO)を 総GVIOで割 っ た シ ェ ア。 変 化 とは1990年 に比 べ た2000年 の シ ェ ア の変 化 。
出所:『 中国 統 計年 鑑 』 各 年版 。
エ ネル ギー 多消 費型製 品生 産量 の増 加 率 の変化 表2 io)
鋼材
セ メ ン ト
化学肥料 ガ ラス 発電量1991‑1995 1996‑2000
11.7 7.9
18.0 4.7
6.2 4.5
14.3 4.5
10.0 6.1
出 所:『 中 国 工 業 発 展 報 告2002年 』152頁 。
工業化政策に転換し始めたとみるべきであろう︒
今後︑鉄鋼︑石油化学製品︑機械製品などの重工
業製品が︑中国の重要な輸出品になっていこう︒
一方︑経営効率の悪い小型企業の整頓というこ
とは︑地域の雇用確保からみて厄介な問題である︒
産業構造の調整に伴う従業員の変動をみてみると︑
二〇〇〇年と一九九五年とを比較して︑表3のよ
うな減少ぶりとなっている︒
従業員の削減については当然︑成長業種は少な
く︑低成長業種は多くなる︒﹁下高﹂されたものを
含めた都市の実質失業率は二〇〇〇年︑七・五%︑
バヨ 一五〇〇万人に達する︒
中国政府も再就職訓練センターを設置し︑失業
者に対する再訓練を行っているが︑その量的規模
の大きさからその処置も簡単ではない︒第三次産
業や伝統的なサービス部門︑さらに非公有制経済
と労働集約型企業を発展させること︑国有大中型
企業の補助業務への吸収をはかることなどが就業
機会拡大の方途としてあげられている︒雇用を確
保するためには近代的産業部門だけでは不十分で
あり︑伝統的な労働集約部門も動員せざるをえな
いが︑これは中国経済の近代化の方向と必ずしも
一致しない︒
一一成長の牽引車
1995‑2000年 各 工 業 業 種 の 従 業 員 の 減 少 表3
2000/1995(%) 減少 人数(万 人)
食 品 製造 ・加 工
67.2 190
紡織業
55.3 362
木 材加 工 ・家 具 製造
50.1 82
石 油 加 工 ・コ ー キ ン グ 80.3 16
化 学 原料 ・化 学 製 品
71.9 136
医薬品製造
:.1 16
化学繊維製 品
76.4 13
金 属 精 錬 ・圧 延 加 工
71.8 144
機械工業
58.2 353
交通運輸設備
72.5 116
電 気機 械 ・器 材 製 造
73.6 82
電 子 ・通信 設 備 製造
ioo.s 十 〇.95
儀器儀表な ど計量器具製造
58.5 40
非金属鉱物製品
51.4 389
出 所:『 中 国 工 業 発 展 報 告2002』139頁 。
以上︑九‑五期間の製造業の変動について見てきたが︑次に近
年の成長産業の実態をみてみよう︒二〇〇〇年︑工業総生産額︑
工業付加価値︑製品販売額︑生産量等の指標を合成した各業種の
パフォーマンスを見てみると︑表4のようになる︒
成長を牽引したのは電子および通信設備︑家電︑自動車製造︑
機械設備など機械工業である︒日本や韓国の経験と同じように機
械工業が牽引車となる構造に転換しっつあることを示している︒
これを貿易面からみると表5のようになっている︒
X1001年︑工業製品輸出は総輸出の九O.1%と圧倒的であ
り︑うち機械および輸送設備は三五・七%と︑軽工業品・繊維品・
ゴム・鉱産物を抜いて第一位を占めている︒機械のなかでは三大
製品が圧倒的であり︑それは﹁電力機械︑器具およびその電気部
品﹂がトップで︑それに続くのが﹁オフィス用機械および自動数
値処理設備﹂︑三番目が﹁電信および音声録音および放送関連設
備﹂である︒家電や録音機およびその部品が輸出の主力というこ
とになる︒
機械類のなかの﹁電子および通信設備製造業﹂をみてみると︑
一九九八年から二〇〇〇年まで︑付加価値レベルの全国シェアで﹁電力蒸気熱水生産供給業﹂と﹁石油と天然ガス開発﹂につぐ第三
位の位置を占めている︒それだけ製造業における高付加価値部門
中国経済の産業構造転換 と国際化