現代における財務諸表監査の報告書は依頼人及び第三者に対して財務諸表の適正性について合理的に情報を伝達 し︑併せて監査人の引き受けるぺき貴任の程度を明確に表明することをその機能としている︒この監査報告書ほ現 代においてはその内容を簡単︑明瞭に表明した短文式監査報告書が社会的に重要な機能を果すために使用せられて いるが︑長文式監査報告書ほ小規模経営で管理部門を備えていないような特別の場合に使用されるものとなってい る︒ところが米国の生成期の会計監査の実務において︑現代におけるよぎな完全に合理的な機構を備えた報告書が 作成されていたわけではない︒それは通常単に英国における監査実務の模倣に過ぎないものであったとか︑不完全 なものであったとしか説明されていない︒しかしそれらの長文式及び短文式の報告書はその当時の異なる社会経済 的背景において異なる機能を果していたと考えられる︒従ってそれらの報告書が如何なる社会経済的背景の下で如 何なる機能を果していたかを知ることが現代の報告書と︑の関連を考え︑且つ比較する場合に必要である︒嘗﹂で米 国における生成期の監査報告書のこれらの点について若干述べて見ることにしたい︒
二
第三十二巻 第二号米国における生成期の監査報告書について
森
二九二︶ 六二実
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米国における会計監査の生成の端緒は大体山 八八〇年代に求められている︒それはその頃に英国会計士が米国
に渡り米国の会社について種々の監査の仕事を行なったことが米国における会計監査の生成の契機になったと解
へ1︶ するのである︒その事情は次の如くであった︒当時の英国の資本家′は資本の投資先を国外に求め始め︑特に米国の
私企業に注目したわけであった︒そこで一つの投資方法として米国の収益的であると見られる会社を買収し︑且つ
それを株式会社観繊にしてその株式及び社債を英国の証券市場に供給することが考えられた︒この目的のために英
国の銀行業者達ほ証券発行引受団体としてレンデグートを結成したが︑このレンヂケートは買収を意図する会社の
財政状態及び収益力を調査させるために会計士を米国に派遣したのである︒このような会計監査は英国資本家の依
頼による英国の資本家及び投資家のために行なわれたものであったが︑この英国会計士の活動が米国経済界の会計
監査に対する認識を高め︑且つ当時の米国会計士をして反省せしめることとなり︑米国における会計監査の生成の
︵2︶ 契機となったのである︒
更に又米国における会計監査の生成︑発展に重大な影響を与えた事情がある︒米国でほ山九世紀の第四四半期に
ほ非常に多くの企業合同が行なあれた︒例えば一八八五年から一九〇〇年までの間に一九九件の企業合同があり︑
一八九九年たけで七八件の企来合同が行なわれた程であった︒このような経済事情に基づいて会計士の監査が屡々
利用されるようになった︒とい′うのは合併が行なわれる場合に︑合併会社の関係者にとってその合併が公正な合併
契約であるためにほ合併の対象である夫々の会社の収益︑資産価値︑負債及び財政状態の傾向等の諸事項について
の信頼し得べき資料を得ることが必要であったからである︒そこでこれらの資料を作成するために会計士が利用さ
人3し れたのである︒
︵4こ このような会社の合併の場合でも英国会計士が利用されることが多かったのは従来の米国会計士よりも英国会計
米国における生成期の監査報告書について ︵仙九三︶ 六三
︵.一九四︶ 六四
第三十二巻 第二号 士の方が財界において信頼が厚かったからである◇更に企業合同が行なわれる場合にほ会社の買収が行なわれる場
合と同様に銀行が関係してその企業合同を指導することが多く︑会計士は主とし七銀行業者のために合併の対象と
︵6︶
なる各会社を調査して合併の基礎資料を提供していたことがあったのである︒
米国におけ竜会計監査の生成期において主として行なわれた会計監査ほ現今から見れば︸種の特別監査に属する
ものであったが︑その場合にはどのような監査報告書が作成されていたのであろうか︒ゾンデダートが会社を買収
して株式会社組織にする場合には過去の年度の利益額へ年平均利益額︑その増加或は減少のパーセンチーデ︑使用
資本︑及びその他会社の買収及び資本化の基礎になる諸事項等について調査し︑その調査の過程及びその結果につ
いて璧還を作成して会社の売主或は発起人に提出すると同時に︑︑それとは別に⊥般投資家から株式引受を公募す へ¢︶
るために使用する目論見書に添付すべき利益についての証明書を作成することが行なわれていたのであった︒
又合併の場合でも大体同様なことが行なわれていた︒会計士は合併の対象である各会社の資産価値︑負債︑及び
収益力を確かめるために監査を行ない︑それに基づいて詳細な報告書を作成するが︑それが実際に合併契約を行な
う場合の基礎顔料になるのである︒更にその際に会社の規模が拡大されることが多く︑そのためにはより広範囲に
一般投資家より資本を調達せねばならない︑そこで会計士ほ株式或ほ社債等の証券発行に用いられる目論見書に添 メ
付すべき証明書を作成する︒それは合併当事者の使用する詳細な報告書とは別個の報告書︵separate repOrt︶で
あり合併の対象である各会社の収益︑営業窄収益力等の諸事項についての証明書であぺ過去数年間の各数値を
別々に垂不するのが望ましいのであるが︑通常は数年間の利益のみを各会社別でなく総計額について証明した証明
へー︶ 吾が多かったのである︒望ましい証明書の様式として次のものがあげられていた︒
CertificatiOn
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句Orfurther infO﹃matiOn r2f2renC2is made tOmy repOrtS in detai︼︶ ︸岩reWi声 JOhn ThOmpSOn﹀
Accauntant.
米国における珪成期の監査報含蓄について penses Of OperatiOn and Net Earnin閃S− G2邑em2nl−be的tOadまsethatIha諾2監mined−h2reCOrd00Of−h2守OWnManufac−uriロg COm・ pany−Limited■andOfTh2JOn2SManufacturingCqmpany﹀Limited︑eaChf告aperiOdOf three 悪ars﹀andcertifytOt訂cOrreCtn2SSOごh2und2rWritteロStateme已su astO Capita−︶Earnings﹀Eヂ
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ヽ ⁚::.: 朗⁝⁝⁝ 朗⁝⁝⁝ 彷⁝⁝・ 朗⁝⁝⁝
00⁝⁚⁚= 前・︑・ CO扁ring the PeriOd giくen⁚
彷⁝⁚⁚⁚ 胡・・・ 囲=﹁==・■・︼・=∴ 朗⁚⁚⁚⁚ 窃⁝⁚・⁝ 甲⁝⁝
胡⁚⁚二⁚⁚
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謎∴こ∵
氾∴∵∵∴∵∴
讐・⁝・ 朗⁚⁝・
︵仙九五︶ 六五
︵劇九六︶ 六六 第三十二巻+第二サ
このような公表目的の証明書様式の報告書ほ出来るだけ簡潔であってあまり詳細な事項を含まないようにする
ことが載告書作成上の注意とされていた︒それほ詳細な事項の内にほ二般の人々が理解することが困難なものが多
くあるであろうし︑且つ又詳細な事項を記載することは報告書を明確なものにするよりもむしろ曖昧なものにして
しまう恐れがあるからであった︒しかし会計士の立場としてほ読者から責任を追求される場合のことを考えて上記
︵8︶ の証明書のように最後に詳細な報告讃を参照すべきことを追記しておくことが勧められたのである︒
従って米国の会計監査の生成期においてほ会社の買収及び合併におけるような特別監査が多く行なわれており︑
その際報告書として二つのものが作成されていたのである︒二カは会社の買収或は合併の当事者が利用してその判
断資料にすべき詳細︑且つ長文の報告書であり︑他はそれらの際に募集する仙.般投資家を対象にした目論見書に添付
するために使用する短文式の証明書である︒しかし後者の証明書の作成実務についてほ当時の米国においてどれ程
山般的なものであったか払疑問である︒成程前世紀に既に枕式或ほ社債等について投資家か二般に募集する場合に
︵9し 目論見書に会計士の短文式の証明書を添付していた史実は見られるのであるが︑これは英国の実務の模倣として行
なわれていたようである︒というのほ今世紀においてもこのような証明書の代りに証券発行を行なう会社の社長或
は取締役︑或ほ投資を勧める銀行家からの営業成結及び財政状態を述ぺた文書が提供されていたに留まっていたと
いわれているからである︒
ともかく米国の生成期の会計士の監査では異なる読者を対象にして二種の報告書︑即ち今日における長文報告書
と短文報告書との両方が作成されていたといいうる∵そしてそこでは公表日的ではない詳細な長文式報告書が実際
に重要な機能を果していたのであり︑短文式の公表を目的とするいわゆる証明書はかなり形式的な機能しか果して
いなかったと見られるのである︒
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tニ
次に現代の全訳監査の主流になっている株主のための決算監査についてほその頃どのようになっていたであろう
か︒英国では一九〇〇年の会社法が通過するまでは銀行以外の一般私企業に対してほ決算の会計書類の監査を行な
うことは強制されていなかったが︑叫八五六年の株式会社法︵JOintStOCkCOmpaniesAct︶は附属定款雛形を持
ち︑会社が自己の定款を作成しないときはこの定款によることを定めていた︒この定款雛形は決算監査の条項を含
んでいたので︑決算監査ほ藍恩規程であったが︑定款雛形を会社が採用することが一般的であったために英国では
九七︶ 六七 米国における生成期の監査報告苔について ( ′一、\ ′(\ 10 9 8
) ) \J
7 甘言 \・一ノ ) )︵1︶
︵2︶
︵3︶
︵4︶
〜久保田音二郎著↓会計監査﹂四〇〜四一員︒J.TAnyOn﹀ RecO芳ctiOnSOft訂eEa号 Dayひ︒f A菅er首an AccOロコtanCy●−¢N∽・pp・ⅥN〜翠
Ci一MOye♪n占aユyDeくe首mentsin America諷Auditi最√Th2Acc︒untingReまew﹀J芦−牒︼−pp・↓〜00・
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前世紀より決算監査が山般的に採用されていたのである︒
この附属定款雛形はその八四条に報告書について次のように規定している︒
﹁監査人は貸借対照表及び諸帳簿について株主に対する報告書を作成する︒そして全ての報告書には彼等の意見
において貸借対照表がこれらの規則によって要求される内容を含む詳細且つ公正な貸借対照表 ︵2 and fair
ba−ance sheet︶ であり︑且つ会社の状態の兵実月つ正確な表示︵true and cOrreCt まew︶を行なうように適正に
作成されているかどうか︑そして取締役から説明戎ほ情報な求めた場合によノつて与えられたかどうか︑及びそれら
が満足的であったかどうかを表明すべきであり︑そして上記の報告書ほ取締役の報告書と共に・通常総会で読み上げ
︵1︶ られるべきである︒﹂
しかしながら当時の英国における監査報告書の全てがこのような規程の要件に従ったものであったのでほなく︑
極めて簡潔化された監査報告書が使用されていたのである︒例えば︑一八九〇年の勅許会計士協会の地域会でG・
B.MOnkhOuSe 氏の演説の内に次のことが指摘せられていた︒監査人は九四条に基づいた報告書を作成する代り
に貸借対照表が定款の規程の要求する内容を含む詳細且つ公正な貸借対照表であり︑且つ会社の財政状態の真実且
つ正確な表示を行なうように作成されていることを確かめた後に貸借対照表に署名することによってその事実を現
わし︑且つ署名の前に﹁監査し︑且つ正確であることを見出した︒ ︵A仁dited and fOund cOrreCt︶﹂ という文
︵2︶ 言︑或は同様の主旨の文言をつ骨るということが行なわれていたのである︒
これらほ報告書といわれるよりもむしろ瓢明苔といわれる方が適当であり︑こ′のような報告書では監査の範囲及
︵3︶ びその結果について読者に誤解を生ぜしめるものであるといわれていたのである︒即ち︑か1る簡潔な証明書様式
のものでほ不充分な監査しか行なわないで部分的意見表明或は証明しか行なっていないにも拘わらず完全な監査に 第三十二巻 第二号 ︵㌦九八︶ 六八
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基づいた証明が与えられたものと誤解される場合がある︒仙九〇七年の︑McCau−戸 McLean事件でほ監査人ほ
部分的監査︵Partia−audit︶のみしか行なっていなかったにも拘わらず︑貸借対照表にほd2rtifi2d︶−として署
︵1﹂
名されていたのである︒
このような報告膏がその当時に作成されたのほ当時の英国の各会社の定款が三重ハ年会杜法の定款雛形の規程
よりも進んで︑監査人の報告書を貸借対照表の下部に印刷して公表すべきことを規定するととが一般化していたこ
とに基づくのである︒このような事情によって監査報告書ほ出来る限り短文且つ簡潔に作成されることが必要で
あり︑そのために報告書中の註釈を最少限度に制限する傾向になり︑扇の註釈或ほ文言もなくて監査人の署名だ
︑■J︑
けという証明書の様式も出して来たわけである︒
ひるがえって米国について見た場合︑英国で行なわれたこのように簡潔化された短文式の報告琶換言すれば証
明書として作成されたものが決算監査に際して模倣されたことが考えられるのである︒しかしながらその当時米国
においてほ英国のような株主のための決算監査を積極的に支持する法的背景を持た魁かった︒それは南北戦争以後
の米国産業界は急速な拡張期に入り︑立法者の態度も企業を厳格統制して行くというよりほむしろ企業の設立を促
﹁6︶ 進せんとする方向にあったといえるのである︒更に米国は連邦制度を採用しているために各州に夫々立法権が与え
られているので︑各州は白州内で出来るだけ多くの会社の設立が行なわれるよう・に設立を勧誘する手段として会社
へー︶ に対して比較的ゆるやかな立法を行なったのである︒従って会社経営者が株主に対して会社の営業成槍及び財政状
態についての報告を行なう場合でも全く経営者の自由意志に任せられており︑経営者が勝手に判断して会社の経営
についての情報を伝えたに過ぎなかった︒このような状態で・あったので会討監査の利用は産業界の必要に応じて銀
行或ほ会社経営者の要望或ほ自発的意志によって行なわれたのであった︒
米国紅おける生成期の監査報告垂直づいて ︵〟九九︶ 六九
、
︵8︶ かくして株主のために決算監査が行なわれることは米国でほ前世紀にほ未だ稀なことであり︑仙九〇二年にユー
・エス・スチールの株主総会がプライス・クオーターハウスを監査人として儲任したが︑それほ監査人を役員或ほ
︵9︶ 取締役ではなく株主総会が選任する方針な示した最初の大会社であったといわれている︒このユー︒エス・スチー
ルはモルガン金融財閥の指導の下に前世紀末に多数の会社を合併して結成された巨大会社であり︑そのために会社
経営に直接タッチしない無機能株主が多数出現して来たために︑彼等を保護することが会社制度上必要になり︑そ
の方法として会計士による決算監査の意義が会社首脳部に認識され︑その自発的意志によって決算監査が採用され
たのである︒このことが多分に英国の会社別度の模條であることはいうまでもなく︑プライス・クオーターハウス
自身も英国系の会計士事務所であり︑その場合の監査報告書ほ短文式のものであり︑且つそれほ公表貸借対照表の
下部に印刷されていた︒その報告書の形式及び表現共に英国の実務に従ったものといえる︒侶プライス・ウオータ
一 ー ハウスが山九〇七年にユー・
︵10︶ 如くであったっ
We ha諾audited tbe abO謡Ba−ance Sheet−aコd certify tFat inOurOpiniOn it is preperly drawnup
sO aS tO ShOW the true financia−pUSi計n Of the United StateれS訂e−・COrpOratiOn and Subsidiary COm・
panies On December巴−−g戸
Price WaterhOuSe詳C〇.︶
AuditOrS.
New YOrk﹀February匝00ーー箸↓. 第三十二巻 第二号 ︵二〇〇︶ 七〇
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くノ ノ\
しかし表私企業において株主のために決筐皿査を採用するものが少数であったという事実が示すようにその実 際的必要ほ小さかったし︑単に英国の会社制度の模倣として行われたに留まり更に実際に決算監査が採用された場 合でもそれが会社経営者の側の自発的意志に依存する故に・その監査の効果は限られたものであった︒というのほそ の当時の会社では未だ株主と経営者とが未分離の状態であり︑出資者が同時に経営者として活動し︑会社を支配← ていたのであるから︑別に株主保護のために経営者を牽制すべく監査を行なうことほ会社制度上あまり重要性を持 たなかった︒且つ叉会計士に依頼して決算の会計書叛の監査を行なわせたとしても︑全てが満足であるとの証明が
得られ1ほ問題がないが監査人が取締役の業務活動について何らかの欠陥を指摘し年報告書を作成すれば︑取締役
は株主総会をも又支配している故にこのような自己に不利になるような監査報告書ほ発表せずにすますことが出来 ′
︵11︶ るのである︒二このような場合には会計監査の効果ほ全く失なわれてしまうのである︒
かくしてその当時ほ未だ表私企業では株主保護のための決算監査の重要性はそれ程大ではなく︑会社経営者の 側から自発的に責任遂行の公開的表明として決算監査が採用され︑そして監査報告書が提出されたに留るのであ る︒従ってこのような会社は生命保険戎ほ信託会社のように社会的に墓大な職能を持つ会社に多かったのであり︑ これらの会社よってほ割合早く今世紀初頭より決算監査が採用されていたのである︒即ち︑これらの会社でほ契約
者の会社に対する信用な高めるためにほ契約者に対する保護を厚くする必要があり︑会社が公正︑且つ能率的に運
営されていることな保証するために会計監査が利用され︑会計士の監査報告書が公表されたのである︒例えばEq・
uitab−eLifeAssu琶CeSOCietyの会長は山九G五年十二月にこのような目的のために決算監査を採用する方針
へu︶
を定めたことを公表していた︒ 会社経営者の側より首発的意志によって決算監査が採用された場合にほ屡々経営組織及びその道宮上の種々の点
︵二〇こ 七山
米国における生成期の監査報告番について
第三十二巻 第二号 ︵二〇二︶ 七二
について会計士の専門的な助言及び勧告を受けて経営管理に利用しようという意図をも併ぁせ有していたであろう
ことを想像することほ無理のないことであり︑かかる方向への会計士の業務の発展は実際にほInsideAudit とし
へ13し て知られていたのである︒
︵1︶ H・C・EdeyandPrOtPanitpakdi>Bri−1sFCOmpanyAccOun−首鴨and\−helaw−00定〜喜O﹂欝の﹀℃p.∽の∽〜∽芦
︵2︶ L声Dick∽ee︶Auditing︶−宍戸 p.∽声
︵3︶ lbiP﹀p.讐00.
︵4︶ 盲乙.﹀pp.誓∽〜∽−P
︵5︶ Hbid.︶pp.︺−00〜誓忘.
︵6︶ C・M‖W≡iamsVCummu−atiくeぎtimgfO︻DirectOr∽小−誤−らp.NO〜声
︵7︶ 山桝忠恕著﹁アメリカ財務会計﹂ 仙七頁︒
︵8︶ l・口付EdwardsいOp.Cit.︸p.∽∽.
︵9︶ J・D・Edwards∴ぎb−icAccOuntingin−訂Uni−aSIa−2S小−00諾〜−冨ご︶→heAccO邑1コg評言wゝpriニ宗一p=N畠
︵l︒︶ H・C・Be星eyuC︒rpOrat2﹃ぎanceandAccOunting∵筈00﹀p.NAN.
︵11︶ A↑D首打msOnいAcc呂ntingPract許andP岩Cedure﹂岳斥p.N声
︵12︶ EditO︻ia−﹂Ou⁝a山OfAccOuコtanCyJan小−宍戸ppけN∽∽〜N芦
︵13︶ C・W廿Has打ins小Bus−neSSEducat仙呂andAccOuntaコCy∵忘思.pp.巴瓦i−−∽.
四
当時の凍国で行なわれた株主のための決算監奄ほ経営者の自発的意志に依存するものであった︒監査報告書の効
果もか1る点において限界を持ち︑且つ英国の監査の実務の模倣として行なわれていたのであり︑当時の会社別度
ヽ
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にとり不可欠の実務でほなかった︒何故にか1る状態にあっ撒かといえば︑それほ当時の米国の会社の資本調達方
法の特色によって大きく影響されていたのである︒
南北戦争後の急速な経済発展ほ多数の大規模な会社を生起せしめた︒かゝる大会社の資本需要を個人的資力によ
って充すことは困難であり︑多額の証券発行を行なって広範囲の投資家より資本を集めることが必要であった︒
ところが当時の投資家達は自分で監視出来る地方的な会社へ投資することを望む傾向にあったので︑大規模な資
本調達は遠くの地域に及び︑且つ分散的に行なわれねばならなかったから当然地方的投資と競合せねばならなかっ
た︒このような機能を果し得るのほ大投資会社のみであり︑当時ほ十二程の投資銀行が米国中の大会社の資本需豊
︵1し の第一次的引受けを行ない︑それか二般投資家に分散していたといわれている︒
従って当時の銀行と会社との密接な関係ほ家族づきの医者 ︵fami−ydOCt♀︶ と患者との関係にたとえられる︒
即ち人間でほ家族づきの医者ほ人間が生れてから死ぬまでの一切の健康状態についての面倒を見なければならない
のと同様に︑銀行ほ会社が設立される際に最初の証券発行を引受骨︑その後に追加資金が必要であるとか︑会社の
規模を拡張するために資金が必要であるとかいう場合にはその面倒を見なければならず︑更に合併とか子会社を創
設する場合にほその段取り及び指導を行ない︑その会社が金融困難になり債務支払不能になった場合にほその会社
の更生計画を立案し︑且つ勧告し︑或は叉会社の清算により会社が消滅する場合にほその手続の全ての段階に立会
⁚●︑ うのである︒このような銀行と会社との密接な結びつきのために︑会社は資金が必要になれば証券市紛においてそ
れを求めるよりもむしろ銀行に依存することが多かったのである︒かゝる意味で米国における生成期の監査が一種
の特別監査として行なわれ︑そこに銀行が監査報告書の主要な利用者として現われていた事情も理解されるのであ
る︒
米国における生成期の監査報薯苔について ︵二〇三︶ 七三
︵二〇四︶ 七四 第三十二巻 第二骨
更に証券投資家保護のための会計監査が何故に英国の実務の模倣として行なわれることが多く︑且つ形式的なも
のに留ま・つていたかと・いうことの理由も又このような資本調達の事情に求めることが出来るのである︒即ち当時ほ
上述のように会社と副般投資家との関係は直接的なものでほなくて︑その間に銀行が証券発行の常州次的引受者と
して介在し︑劇般投資家に投資の斡旋或は助言を行なっていたのである︒従って投資家としても自分で会社を調
査︑研究して投資先を決定するというよりも︑銀行の評判に信頼を置き銀行の助言に従って投資を行なっていたと
一3
いう事情であった︒このような立場にある銀行としては証券投資家を保護すべき義務を感じていたのであろう︒そこで会計士の監査もこのような職能を行なう仙つの手段として利用されていたと見られる場合もあるのである︒米
国でほその当時︑株式或は社債等の有価証券を発行せんとする場合に会計士の監査報告讃を目論見書に添付すると
いうことはその経済社会と心てほ必ずしも要求されていなかった︒会計士の監査報告書を添付しなくてもそれらの
︵4︶ 有価証券を売却することは容易に行ない得たといわれているが︑実はその背後に銀行が会社と叫般投資家との間に
介在していたという事情があって︑有価証券の発行が会計士の監査報告書なしでも容易に行なわれたのである︒
このような場合には銀行は第一次的に引受けた証券を仙般投資家に斡旋し︑売却するのである︒従って銀行ほ斡
旋し一た一腰投資家に対してその会社を全体として保証せねばならないから︑前もって会計士を利用してその会社の
財政状態及び収益力を調査し︑その会社の証券を引受け︑且つ斡旋してもよいかどうかを判断せねばならない︒従
て銀行自身が利用して判断資料とすることが出来るような諸事項についての註釈を含めた詳細な報告書を会討士に
作成させることが必要なのである︒
銀行ほかゝる詳細な報告書に従って証券の引受け及び斡旋を行なっているのであるから投資についてほ一般投資
家に代って調査︑研究していることになる︒そこでこの詳細な会計士の報告書がその当時の経済社会では実際的な機
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能な果していたのである︒従ってそれ以外に目論見書に添付して一般投資家に提示するために使用する簡潔な短文
の監査証明書が作成されたとしても︑これは前述したようにその当時の経済社会において不可欠のものであったの
でほなく︑全く形式的な意味しかなく︑且つ英国の実務の模條として行なわれたに留まるのである︒
更に又銀行が或る会社の有価証券の発行を引受けて一般投資家に分散した場合にほ︑発行後もその有価証券が証
券苗場において良好な地位な保つことに銀行が大きな関心を持つことは当然である︒従ってその会社の経営が健全
且つ能率的に行なわれるように会社に直接に干渉したであろうことほ勿論であるが︑それ以外に証券市場において
その会社の有価証券の価格を安定︑維持するために市場操作を行ない︑他方において成会社が誠実に︑且つ能率的
に経営されていることを保証する劇つの手段として会社の経営者が毎年︑或ほそれ以上会計士の監査を受けること
︵5︶ を銀行が望んだといわれている︒このょうに当時の会社の長期金融に関して銀行が主要な役割を果していた故に︑
山般投資家保護の機能も彼等が分担し︑会計士の監査もそのために利用されたという事情が見られたのである︒
叉その当時の会社ほ短期金融に頼ることが多く︑銀行ほこのような関連において又会計士の監査証明書を利用し
ていた︒このことはモイヤーも指摘するように︑米国では前世紀末頃より為替手形や商業手形等の短期金融方法の
他に単名手形︵sing−eロamepaper︶が広く利用されるに至り︑これにより信用調査の必要が起り︑これが会計監
へ6︶ 査に重大な影響を与えたのである︒
このような短期金融方法の広汎な利用に従って︑受信者の側が資産の過大評価及び負債の過小評価な貸借対照表
において行なっていたために銀行が尤大な損失な蒙ったという事件もあったので︑有力銀行筋ほ受信者側が会計士
による監査を受けてその監査証明書を添付する︑のが望ましいことを強調するに至ったのである︒その結果山九〇八
年コロラド州デンバーで開催された米国銀行協会の総会において信用情報委員会︵COmmitteeOnCredit−nfOrm
︵二〇五︶ 七五 米国における生成期の監査報告書について
第一二十二巻 第二号
︵二〇六︶ 七六象○已ほ﹁各会員は手形仲買人より買入れる全ての手形に公認会計士の監査した財務諸表を添付して提出させる
ように力を用いるべきである﹂ことを主張し︑総会がその目的のために雪月会報望を採択し︑﹁各会員が手形を仲
\ 眉人より買入れる場合には公認会計士が監査した貸借対照表を添付した手形を優遇することを勧告﹂すべきこと
へ7︶ 要求したのである︒
このような場合に使用される監査証明書としては銀行は簡潔︑明瞭なものであることを望み︑且つその標準化が
望ましいと考えていた︒モソトゴメリーも手形仲買人の使用する貸借対照表に添付する監査証明書には最も短文の
へ8︶
ものを例示して勧めていたのであった︒それは次のようなものである︒
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しかし実厩に標準化の試みが行なわれたのは完元年の﹁統芸計﹂︑その再版である翌年の﹁貸借対照表作成 の公認方法﹂に含まれている監査証明書雛形であるが︑実際ほこの雛形より短文のものか︑或はより詳細なものが
作成されたのである︒そして会計士業界で一般的承認を始めて受けたのほ叫九三四年の﹁会社会計の監査﹂の標準 ︵9︶
様式であった︒
このように短期金融に関して利用されはじめた会計監査においては短文式の監査証明書が経済社会で重要な機能
を果しっつあった︒倫この際に依頼者ほ会社経営に参考にすべく長文式の詳細な報告書を同情に依頼して作成せし
めたことはいうまでもないであろう︒
OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
︵1︶ T.C.COChraneWT訂Am2ricamB仁SinessISyste1月pp・遥〜00〇・
︵2︶′−雷d..pp・00○〜遣.
︵3︶ M出.Watermanこn諾Stment Baコkinm F仁nCtiOn﹂誤㌘p.N可︐
︵4︶ Street Rai−ways Securities−−ASympOS岩m﹀−○宍na−Of AccOunt呂CyL喜e−宍薫p・彗・
︵5︶ EditOria−−JOurna−Of AccO旨tanCyV−une−讐N−pp︐おー〜畠∽●
︵6︶ C.A.MOyerV Op.Cit: p・P
︵7︶ MOntgOmery︸ A亡diting一−浮のーppけN∽〜N㌣
︵8︶ −bidこ pp・N㌫〜N会.
︵9︶ H.Ste昌er−Auditi計princip−es.p.∽芦
五
米国においてほ上述のように種々の場合に会計士の監査が利用せられ︑それに関連して報告書が作成されていた
のであるが︑その報告書の内容ほ山般的にいって監査証明書︑監査及び貸借対照表についての註釈︑附属明細表をつ
︵1︶ けた貸借対照表及び損益計算書及び特別明細表等であった︒その監査証明書とほ今日の短文式報告書に相当するも
のであり︑監査の結果について簡潔に綜合的表明を行なうものであり︑主として公表日的のために使用されるもの
であった︒そして監査についての註釈とは個々の項目について使用した監査手続︑及びその結果について詳述した
もので濁る︒従って監査報告書とは内容的に見れぼ今日いう所の長文報告書と短文報告書との両方が含められて提 ︑
出されていたと考えることが出来る︒
しかしながら上に述べて来たように短文式の監査証明書が公表目的に使用されることほその当時においてあまり
︵二〇七︶ 七七 米国における生成期の監査報告書について
︵二〇八︶ 七八
聴塑一手二巻 野草
重要なことではなかった︒例えば短文の監査証明書が証券発行の場合に使用せられたことがあるのであるが︑それ
は主として英国の実務の模倣であったのであり︑その当時の経済社会においては形式的な意味しかもたなかったの
であるひその後続いて短文証明書が使用されていたとしてもノそれほその当時の実務の惰性が大きく働いていたと考
︵2︶
えられる︒又株主のための決算監査が行なわれたにしてもそれが経営者の側の自発的意志に基づくものであったか
ら︑その監査証明書ほ経営者の意志によって公表されない場合もあるのでその効果ほ制限されていたのである︒ま
して公表を目的としない場合にほ短文式の監査証明書を作成することは必ずしも必要ではない︒当時の大部分がそ
うであったように︑会社が少数の株主によって所有されている個人会社的色彩の会社である場合にほ長文式ゐ報告
︵$︶ 書で全ての目的が満たされ得たのであって︑短文菰の監査証明書を作成しなくとも事足りたのである︒
従って一般的にその当時の監査報告書は短文式の濫査証明書を含むとされていたが︑逆にその短文式の監査証明
書を省いた野合も多かったと考え得る︒スチットラーが彼の著書において今世紀初頭の不完全な監査報告書の例と
︵4︶ して挙げたものほ︑かように短文式の監査証明書な省略した場合のものであったと思われる︒その論証としては当
幡の会計の書物の著者であるベントレイが監査報告書の例示としてあげたものはスチトッラーが不完全なものとし
て批判した滝のと同じ様式のものであったという事実を挙げうる︒ベントレイが挙げた報告書ほ次のようなもので
︵6︶ あった︒
De登Sir⁚
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OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
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E舛hibit A−仁1厨a−ance SFeet l December00ー一︼讐戸
Sched已e−−StatementsFOWin内amOuntS due frOm
Schedu−e柏1Statement shOWing amOunt and cOStOf ins彗anCe in fOrCe.andthee舛piredpremium︸
as Of December 巴−害の.
Schedu−e∞・−Statement shOWing amO亡ntS︑due trade creditOrS−December巴︑−害の.
E粥hibit B−PrOfit酔LOSS Statement−year ended December∽−︸−苦の.
Sched已e−−Statement Of prOductiOn COSt l year ended December望︑−讐戸
EHhibit C−Adjusting jO彗na−︑eロtries as O叫December∽−︶−筈の.
スチットラーほこのような報告書では財務諸表についての意見或は証明には何等言及されていないが︑会計士の
監査に基づく報告書中に財務諸表が含められているのであるから︑この報告書の読者はその財務諸表が完全なもの
● ︵¢︶ であるとの承認を得たものと誤解するであろうと批判した︒しかしベントレイの例示した報告書の監査についての 註釈の内にほ財務諸表上の個々の項目について行なわれた監査手続及びその結果について述べていたのであるか ら︑その報告書が全く意見或は証明を欠いていたというわけではない︒唯その場合に個々の項目毎に述べられてい るために限定などが含まれ1ぼ綜合的な意見表明というより︑個別的意見表明になってしまったであろう︒従ってそ のような場合にはスチットラーが指摘するように行なわれた監査手続は充分なものであるかどうか︑或ほその財務
︵7︶ 譜表が綜合的に見て信頼し得るものであるかどうかについては読者自身が判断せねばならなかったであろう︒
更に監査についての註釈が多く付けられるようになると︑今日の報告書において存在する除外︑限定の理論︑意
︵二〇九︶ 七九 米国における生成期の監査報告苔について
︵二一〇︶ 八〇 第三十二巻 第一/言了
見表明の差控等が確立していなかったために︑それらの多くの註釈の内容を包括した綜合的にして︑しかも簡潔な
短文式の監査証明書を作成することほ当時の会計士にとっては困難なことであったであろう︒従って監査について
︵8︶ 多くの註釈が加えられる場合には報告書から監査証明書を省く実務が行なわれていたといわれる︒このような事情
を考え合せて見れば短文式の監査報告書ほ当時の経済社会でほ未だ充分に表面化していなかったものといえる︒
尚当時において信用調査の意義が認識されて来るにつれて短文式の監査報告書の利用が社会的になりつつあっ
た︒しかしながらその報告書の利用者たる銀行ほ仙般大衆とほ異なり会計についての専門的知識を有しており︑会
社との特別な関係によりそれ以外にも特別の情報を要求することが出来るし︑或ほ更に稽極的に会社の経営にまで
干渉することが出来るのであるから︑その短文式報告書の社会的意義といってもそれ程に重大であったとは思えな
い︒しかし信用調査において用いられるこのような短文式の監査報告書の社会的に重要な機能を認識させたこと
が︑山九三〇年代の証券投資家保護のための会計監査の場合に使用された短文式の報告書の社会的意義の基礎を築
いたと考え得る︒
( へ ′ ̄ヽ ( ( ( ( ′{■ヽ
7 6 5 4 3 2、1
ヽ−/ ) ) ) ) 、・一・′、 )
MOntgOmeryけOp・Cit.﹀p.N缶.
S.W.Pe−Oubet and率土eatOnJntegMa︷ed Auditing.−誤00いp.宗.
M.Pa訂n−RepOrt Writi口内fOr AncO亡ntant.−茂Ⅵ.p.㌶
H.Stett訂rいOpけCit.﹀p.誓∽.
H.C.Bent訂y.COrpOrate Financeand AccOunt訂g∵石宗一p.N∽〇.
H.Stett訂r︸Op.Cit.u p.∽3.
1bid.u p.笥P
OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
︵8︶ MOntgOmery一A亡ditヨ..g−−¢NN.p.∽筈.
六
米国における生成期の会計監査では短文式の監査報告書の機能ほ形式的なものであったということが由来るが︑
それは当時の米国の会社の資本調達方法の事情に基づくものであることは既に述べて来た所である︒そこに存在し
た銀行と会社との密接な関係ほ山九二〇年代まで続き︑山九一ニU年代頓になると会社が資本を必要とすれば︑銀行
よりも直接に証券市場へ行きそれを求める傾向になった︒それは証券市場の整備に伴なって銀行の助けを借りずと
も証券市像において広範に分散した㌦般投資家から多額の資本調達を行なうことが可能になったからである︒
従ってそこにおいては会社と山般投資家とほ直接的な関係に置かれ︑山般投資家自身が会社を投資の対象として
判断して決定しなけれはならなくなる︒その場合仙般投資家ほ無機能化しているために会社の経営に直接タッチす
ることほない︒従って非常に広範囲に分散した証券投資家を如何にして保護するかが社会的に重大な問題となりつ
っぁった︒それは仙九二〇年代より存在していた問題であるが︑山九二九年の世界的大恐慌によって岬時に表面化
し︑それが一九三〇年代の仙連の投資家保護立法として現われたのである︒そして一般投資家の判断の資料となる
会社の年度末の財務諸表が会社の財政状態及び経営成績を社会的基準に照して公正に表示しているか否かについて
会討士が意見を表明した監査報告書を公表することが要求せられた︒か1る背景において今日の短文式報告書の社
会的重要性が藷諭され︑こ∴﹂に英国の実務の模倣を脱して米国独自の報告書理論の発展へ進んだのである︒
米国における生成期の監査報告書について ︵二山 こ 八山