• 検索結果がありません。

始期前発病免責(契約前発病不担保)

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "始期前発病免責(契約前発病不担保)"

Copied!
20
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

始期前発病免責(契約前発病不担保)

岐 孝 宏

■アブストラクト

傷害疾病保険契約には,保険者の責任開始前(契約前)に原因がある高度 障害状態ないし入院等に対する保険給付を制限する規定が設けられている。

この契約前発病不担保条項については,告知義務制度で採用されている保険 者と保険契約者の利益調整が,同条項の適用にあたっても配慮されるかが主 たる争点とされてきた。保険法制定の過程では,同条項に制約を設ける立法 の新設も検討されたが,それは実現せず,従前同様,その制約は解釈に委ね られることになった。同条項の制約にあたっては,解釈上,告知義務規定を 類推適用するのではなく,告知義務規定その他保険法の規定の精神を信義則 に反映して制約をかけることが妥当である。典型的には,契約者に知られて いない危険について不担保とされる場合,契約者に知られている危険が告知 されたが契約前発病不担保となることの十分な説明がなされなかった場合で 不担保とされる場合に,その制約が検討される。

■キーワード

保険法,契約前発病不担保条項,信義則

Ⅰ.契約前発病不担保条項とその性質 (はじめに)

契約前発病不担保条項は,高度障害ないし入院の原因となる傷害疾病が,

責任開始期以後に発生することを保険事故の要件として定め,それをもって

/平成21年8月28日原稿受領。

(2)

保険者の保障範囲を画する規定である 。契約前発病免責条項は,入院等の 原因となる傷害疾病が保険期間開始前に発生したことを免責事由として定め,

それをもって保険者の担保範囲を画する規定である 。そのため,責任開始 期以前に発生した傷害疾病に基づく高度障害ないし入院は,そもそも保険事 故でないとされるか,保険事故であっても免責される事故とされ,いずれに しても保険金は支払われないことになる。

Ⅱ.保険法制定と残された課題

1.問題の所在

契約前発病不担保条項の適用をめぐる問題は,主として告知義務制度との 関係にある。契約前発病不担保は,保険事故の限定ないし免責事由の設定と いう商品設計そのものに由来して保険金が支払われないルールであり,危険 選択時の保険契約者の帰責性(故意重過失による不告知,不実告知)を理由 に保険金を支払わないとする告知義務制度とは異なる。さらに,不担保条項 が適用される場合の法的効果と告知義務違反の法的効果も異なり,告知義務 違反では契約が解除されるのに対して,不担保条項が適用されても契約自体 の効力に消長をきたさない(契約前の疾病を原因とする高度障害ないし入院 にかかる保険金の支払がなされないのみ)という違いもある。

しかし,契約締結時に存在した事情の有無により,最終的に保険金を支払 うか否かが左右されるという構造は,告知義務制度における危険選択の構造 と同じであり,ここに告知義務制度との類似性が認められる 。その理由か

1) 竹濵修 契約前発病不担保条項の解釈とその規制 立命316号103頁。

2) 以下,特に断らない限り,便宜上,契約前発病免責条項も含めて,契約前発 病不担保条項と記す。

3) 告知義務は,契約締結前の義務であるから,義務の履行により提供される情 報で保険者は危険選択を行うこととなり,契約締結前に存在する事情について,

事前の(契約締結前の)危険選択を行っていることになる。これに対して,契 約前発病不担保条項の適用・不適用は,契約後,高度障害ないし入院の事実が 起こってから回顧的に判断されるので,契約締結前に存在する事情について,

事後の(契約締結後の)危険選択を行っていることになる。

(3)

ら,両制度の相関関係,とりわけ,両者のバランス関係が議論されてきた。

契約前発病不担保条項は,その約款規定上,契約者ないし被保険者が契約 締結前の事情(契約前の疾病)の存在を知らない場合にも適用され,契約者 等が契約前の疾病の存在を知り,それを保険者に告知していた場合でも適用 され,さらに,一部商品を除き主張制限はないから,契約後,例えば5年10 年が経過していても適用される。しかし,仮に,保険者が契約締結前の事情

(契約前の疾病)につき告知義務制度の枠組みで危険選択をしていたとすれ ば,そもそも告知義務者の知らない事実に違反は成立しないので,例えば告 知義務者が契約前の疾病について自覚症状がなくその存在すら知らない場合 にはそれを告知しなくても違反はなく保険金は払われることになる。また,

当然,適切に告知すれば義務違反は問われないし,仮にそれが不十分で告知 義務違反が成立する場合でも,保険者がその事実を知り又は過失によって知 らない場合には解除権そのものが阻却され,また,除斥期間経過後は解除権 が消滅するので,それらの場合に保険金を払わないと主張されることはない。

告知義務制度と契約前発病不担保制度とは別の制度であることは確かであ るが,後者の効力を完全に認める場合,告知義務違反の効果として保険金が 支払われないという結果は否定されるも,それとは別の契約前発病不担保条 項により保険金が支払われないという結果が起こりうる。そして,この場合 に保険金が支払われない理由は,事前の危険選択はパスしたが,事後的危険 除外(事後の危険選択)でひっかかったということにある。問題の本質は,

上記のように,危険選択の網が二重にあるところ,その一重目の網について は,法が保険契約者側の利益と保険者の利益のバランスをとり,保険契約者 に不利益に過ぎる制度とならないようにバランスをとっているにもかかわら ず,その二重目の網についてそのようなバランス考慮(一定の制約)が一切 不要かという点にあらわれる。わが国の商法は,この問題に対応してこなか ったが,他国に目を向ければ,二重目の網に制約を設ける立法例もあり ,

4) 例えば,オーストラリア保険法47条,カナダオンタリオ州保険契約法311条。

なお,アメリカの状況につき,竹濵・前掲106頁以下,中浜隆 アメリカの民

(4)

二重目の網が法的にどうあるべきかが議論されてきた。

2.法制審議会保険法部会における議論

今般の保険法制定にあたり,契約前発病ルールに関する規律を設けるかど うかが議論されたが,そこでは,告知義務制度と契約前発病不担保とのダブ ルスタンダード(二重の網)による運用は消費者の期待を害する場合もある ため,何らかの形で対応が必要であるという問題意識が共有された。しかし,

その対応策として,直接,契約法(保険法)の中に契約前発病不担保条項を 制限する規律を設けて対処するのか ,それとは別の形で対処するのか に ついて意見が対立した。議事録を見る限り,審議会では,前者の意見が優勢 であったかの印象を受けるが,しかし,そもそも私保険の担保範囲に関する 問題に法が介入することの当否 ,それがクリアできて介入するとしてもそ の仕組みをどうするのかの問題 ,保険商品の差異ないし募集スタイルの差 異をどう反映するかの問題 が残り,最終的に,保険法の中に規律は置かな いという事務局提案 が承認された。なお,正しい告知をした者の期待侵害 間医療保険と州政府の医療保険制度改革 明治生命フィナンシュアランス研究 所調査報306頁。また,待機期間について規制するドイツ保険契約法197条。

5) 保険法部会では,危険選択は強行法規としての告知義務制度に一本化するべ き,すなわち,契約前発病不担保条項そのものを否定するべきとする意見(第 12回会議議事録28頁),協会ガイドラインを法制化するべきとする意見(第7 回会議議事録54頁,第20回会議議事録9頁),無告知型には2年の主張制限を 入れるべきとする意見(第12回会議議事録24頁),自覚症状のない善意の契約 者を保護するルールを任意法規として規定するべき(第20回会議議事録2頁)

とする意見が出された。

6) 保険法部会では,これは説明義務の問題であるから,契約法の中に条項を設 けるべき性質のものではなく,保険業法の問題として対応するべきであるとい う意見(第7回会議議事録57頁)が出された。

7) 保険法部会部会資料13・4頁の事務局整理参照。

8) 保険法部会第12回会議議事録31頁,39頁参照。

9) 保険法部会第20回会議議事録18頁参照。

10) この条項は,保険事故又は担保範囲に関するものであり,法律上これを主 張することができる場合を限定するなどの規律を設けることは相当ではなく,

(5)

については契約時の説明義務の問題であるが,実務上,これまで以上にその 徹底を図っていくこと ,募集時の問題,保険金支払段階での問題として保 険監督上も留意していくこと ,また,契約法的には,保険法に制限規定は 置かれないが,信義則違反による援用制限等による救済の余地が否定される わけではないこと が,上記意見集約と同時に確認されたようである。

3.残された課題

以上のように,契約前発病不担保条項の適用をめぐる消費者保護の問題は 立法解決されなかった。今後この問題は,従前どおり,契約法上の解釈問題 として,また,保険監督を含めた保険実務のあり方の問題として,引き続き 検討されるべき問題となった 。その際,契約前発病不担保条項が援用され る問題状況ごとの整理をした上で,それぞれどのような対応が望ましいかを 考えていく必要があると指摘されている 。これが,保険法制定後に残され

また,法律上,画一的な規律を設けることに適さないとの指摘がなされている こと,正しい告知をした者の期待を害するとの問題は保険契約の締結時の説明 の問題であるとの指摘がなされ,これについては実務上の対応によることが可 能で,かつ,適切であると考えられること等を踏まえ,契約上の規律は設けな いこととした としている(保険法部会・部会資料25・13頁参照)。

11) 保険法部会第22回会議議事録48頁参照。なお,生命保険協会は,これに対応 して, 保険金等の支払いを適切に行なうための対応に関するガイドライン を改定し,契約前発病の情報提供・説明についての追加規定を設けている(同 ガイドラインⅡ−6−a−⑵−ロ参照)。

12) 保険法部会第22回会議議事録50頁,51頁参照。

13) 保険法部会第22回会議議事録50頁参照。なお,注11)ガイドラインも,同ル ールの適用については,信義則の観点からも慎重に判断することが望ましいと の文言を追加している。

14) 山下友信=上松公孝=洲崎博史=丹野美絵子=平澤宗夫 パネルデスカッシ ョン・保険法現代化の到達点とこれからの課題 ジュリ1368号90頁(洲崎博史 発言)は,信義則による援用制限で対処することのほか,保険監督を通じて約 款の適切な作成と運営を促すことで対処することを示唆する。

15) 山下友信ほか・前掲・パネルデスカッション・91頁(山下友信発言)。

(6)

た課題である 。以下,本稿では,このうち,契約法上の解釈問題について 検討し,範囲に限られるが,残された課題に対する取り組みの一つとしたい。

Ⅲ.契約前発病不担保条項の効力問題とその法理論

1.従来の学説及び裁判例

保険法は,契約前発病不担保条項について何も規定を置かなかったので,

保険法制定が従前の学説,裁判例に影響を及ぼすことはなく,今後も,その 発展,深化のもとに議論が展開されることが予想される。

契約前発病不担保条項の効力(有効性)をめぐり,学説では,告知義務規 定が類推適用され,契約前発病不担保条項の効力それ自体が制限されるとす る見解(以下,適用肯定説という) と,告知義務規定の類推適用はなく,

当該条項の効力それ自体は制限されないとする見解 とが対立する。後者の 見解は,さらに,信義則違反等,別の理由により,場合によっては不担保条 項を援用(主張)することに制約がかかる場合があることを認める見解(以 下,適用否定・援用制限説という) と,それも認めない見解(以下,適用否 定・援用非制限説という) とに分かれる。

適用肯定説は,次のように説く。告知義務規定は,片面的強行規定と解す る学説がある以上,その法律的効果を全く無視することができず,責任開始 前に生じた疾病について保険契約者又は被保険者から告知があった場合,あ

16) なお, 阿憲 疾病保険契約における契約前発病不担保条項について 生保 167号81頁以下(とりわけ123頁)は,制限立法の創設が課題であるとする。

17) 坂本秀文 生命保険契約における高度障害条項 ジュリ755号120頁,長崎靖 責任開始前発病不担保条項の適用基準 生経66巻3号136頁。

18) 山下友信 保険法 459頁(有斐閣2005年),甘利公人 生命保険契約法の基 礎理論 247頁(有斐閣2007年),竹濵・前掲105,119頁注8,長谷川仁彦 高 度障害保険金と実務上の課題⎜責任開始前発病の認定⎜ 生保経営73巻1号 113〜114頁など。

19) 山下・前掲・保険法459〜460頁,竹濵・前掲118頁。

20) 甘利・前掲・247頁。

(7)

るいは保険者が契約前発病を知っていたか過失によって知らなかった場合は,

責任開始前不担保条項によって不任責を主張することができず,また,被保 険者が高度障害状態になりその原因が責任開始前の疾病等による場合でも,

責任が開始してから約款所定の除斥期間である2年を経過した後に高度障害 状態になった場合,2年以内の高度障害であってもその解除事由を知ったと きから1か月以内に解除権を行使しなかった場合には,責任開始前発病を理 由に免責とすることができない 。この見解は,片面的強行規定違反を理由 に,契約前発病不担保条項のうちその一部の効力を否定するものである。

これに対して,適用否定・援用制限説は,次のように説く。保険事故の限 定と告知義務とは異なる制度であり,契約前発病不担保を告知義務の脱法で あると断言することも飛躍であり,契約前発病不担保の有効性を認めつつ,

発病を保険者側が認識していたか容易に認識しうるにもかかわらず保険契約 者に対して契約前発病不担保となることの留保をしないで保険契約を締結し ていた場合には,保険者は信義則上契約前発病不担保を援用することができ ないというように,契約締結過程における信義則の観点から解決されるべき 問題である 。この見解は,告知義務規定の類推適用は否定するが,契約締 結時における発病の認識等,保険契約者側の状況や契約前発病不担保制度の 説明その他の諸要因を総合判断する結果,契約前発病不担保の主張が当事者 間の衡平を害する場合には信義則違反による援用制限を認めるものである。

最後に,適用否定・援用非制限説は,次のように説く。契約前の発病につ いて自覚症状がない場合に契約前発病不担保条項の適用を行わないとするガ イドラインのもとで,当該条項が機能するかどうかは大いに疑問であり,約 款にも書いていない主観的要件をあえて付加して解釈することは告知義務制

21) 坂本・前掲120頁。

22) 山下・前掲・保険法459〜460頁。また,不可争期間についても,告知義務に 関する不可争期間を直ちに適用すべきでないが,保険契約者の疾病についての 認識や疾病と高度障害状態との間の因果関係の強弱などを勘案し,保険者によ る不担保の主張が信義則上許されない場合があることを認めるべきとする。

(8)

度との補完的役割を担う始期前発病条項の趣旨を減殺または没却するもので あって賛成できない 。この見解は,とりわけ契約者が善意の場合でも信義 則違反による援用制限に反対し,当該条項の危険選択機能を重視した不担保 条項の適用を行うべきとするものである。

次に,裁判例である。上記学説の争点に対応して過去の裁判例を整理しな がら,裁判例の立場を明らかにする。第一に,告知義務規定が類推適用され るか。裁判例には,これを肯定する例がないわけではないが ,反対に,告 知義務にかかる除斥期間が経過しても契約前発病不担保条項の効力は消滅し ない ,保険者が契約前発病を知り又は過失により知らない場合も不担保条 項は適用できる とし,告知義務規定の類推適用を否定するのが多数である。

第二に,信義則違反等の理由により,不担保条項の援用が制限される場合 があるか。これまでの裁判例は,最終的にその主張を入れるかどうかは別と しても,一般論としてその可能性は肯定してきたようであり,信義則違反の

23) 甘利・前掲・247頁。

24) 大阪地判昭和49年7月17日判タ325号277頁(高度障害;ベーチェット症によ る完全失明事例)。一ノ瀬和久 高度障害条項における給付責任開始日前発病 不担保約定の効力等 文研保険事例研究会レポート68号5頁参照。

25) 札幌地判昭和62年10月23日文研生保判例集5巻144頁,控訴審=札幌高判平 成元年2月20日文研生保判例集6巻5頁(高度障害;緑内障による両眼失明事 例;告知義務制度と不担保制度とは要件効果を異にすることをその理由とす る),福岡地判平成19年6月13日,控訴審=福岡高判平成19年12月21日いずれ も判例集等未登載:保険事例研究会レポート230号9頁参照(高度障害;網膜 色素変性症による高度障害事例;告知義務制度と不担保制度とはその趣旨を異 にするもので,告知義務違反における約款上及び商法上の除斥期間を類推適用 する基礎がなく,実質的にみても,契約開始前に発症しているがその後長期間 を経てはじめて高度障害状態に至る疾病に対応できないので類推適用は不当で あることを理由とする)。

26) 東京地判平成17年1月27日LLI/ID06030290(簡保重度障害;脳梗塞による 重度障害事例;両制度は,要件効果を異にする制度であり,保険契約上定めら れた支払要件を充足しないときまでも保険金を支払わなければならないと解す ることは,告知義務違反を理由とする契約解除が制限された趣旨を超えるもの であることを理由とする)。

(9)

主張を認めて援用を制限した例も僅かに1件 であるが存在する。それでは,

適用否定・援用制限説がいう問題状況下で信義則違反を認めることについて,

裁判例はどのような態度にあるか。適用否定・援用制限説は,契約前発病を 保険者が知り又は容易に知り得た場合で,個別的に契約前発病となることを 留保しないで契約を締結した場合に援用することは信義則違反であるという 考え方を提示している。この点,裁判例は,その状況下で援用しても信義則 違反はないとするようである 。

また,この説は,契約前発病を契約者が認識していない場合又は契約前の 発病と高度障害状態との間の因果関係が弱い場合に,その適用を行うことは 信義則に反する場合があるという考え方も提示している。この点,その状況 下での援用が信義則違反となるか否かが争点化された裁判例は見当たらない。

というのは,従前の裁判例において,契約者に発病の認識があったか否か,

契約前の症状と後の高度障害状態との関連性(因果関係)があったか否かは,

約款にいう 責任開始前の疾病 の意義をめぐる問題の中で議論され,発病 の認識がないのに又は因果関係が薄弱であるのに不担保条項を適用すること が信義則違反になるかという形では議論されてこなかったためである。

27) 大阪高判平成16年5月27日金判1198号48頁(高度障害;クラッベ病による両 下肢機能全廃事例)。

28) 大阪高判昭和51年11月26日判時849号88頁(高度障害;ベーチェット症によ る完全失明事例)は,ベーチェット症にかかっていることを告知したこと,そ の事実について募集人が告知妨害を働いたこと,契約前発病で不担保となるこ との説明がなかったことを理由に不担保主張は禁反言になると主張した事案で あるが,高度障害保険金の制度について説明しなかったことは相当でなかった が,それは支払義務の存否に全く関係のない事柄であるとする。宇都宮地裁大 田原支判平成10年6月30日生保判例集10巻242頁(高度障害;契約前遭遇の交 通事故による視力喪失事例)は,交通事故により視力低下があることを契約時 に告知していたこと,契約前発病不担保条項の説明がなかったことを理由に,

その援用の信義則違反が主張された事案であるが,口頭による説明はなくとも 契約のしおり による説明はあったとして,信義則違反はないと判断してい る。これは,説明は一切不要とする立場ではないようであるが,結局,告知を 踏まえた不担保の説明は不要とする立場と思われる。

(10)

しかしながら,契約前の疾病(発病)の意義ないしそれに関連する高度障 害状態等との間の因果関係をめぐる解釈にあたって,例えば, 契約者に自 覚症状がない場合,発病はない とか, 契約前に疾病があったとしても,

それが後の高度障害状態等を引き起こす確率が低い場合は,契約前の発病に あたらない(又は,その場合は契約前の疾病と高度障害状態との間に因果関 係はない) という議論を展開することは,約款解釈のレベルで衡平な結果 を導きだそうとするもので,これは法的構成こそ異なれど信義則違反の議論 と基本思想を同じくする議論になる。したがって,上記約款解釈にかかる裁 判所の判断は,潜在的に信義則違反の判断に通じるものでもあり,裁判所の 態度を知る手がかりにとして重要であると思われる。

そこで検討するに,まず,契約前発病の意義については,契約者の認識の 有無とは関係なく,純粋科学的観点ないし臨床医学的見地から判断するべき とされるので ,これを字義どおり解せば,発病とは, 罹患 を意味する ことになる 。しかし,これまでの裁判例の中で,高度障害状態等の原因疾 病またはその原因症状について自覚症状がまったくないのに不担保条項を適 用した例は見当たらないばかりか,かえって, 本件では,何らの外面的症 状がない状態であるのに発症があったとしているわけではない という判示 をしている例 や 遅くとも患者自身が症状を自覚した時点で発病したと認 められる と判示する例 が見られる。このような例は,他覚的所見ないし 自覚症状の発現を付加条件とすることで, 罹患 というよりは 発症 に 近い発病概念を理解するものであるが,この傾向はその他の裁判例にも見ら

29) 神戸地判平成15年6月18日金商1198号55頁(高度障害;クラッベ病による両 下肢機能全廃事例),大阪高判平成16年5月27日(前掲),福岡地判平成19年8 月13日(前掲),福岡高判平成19年12月21日(前掲)。

30) 福岡地判平成19年6月13日(前掲)は,明確に罹患という概念を用いる。

31) 神戸地判平成15年6月18日(前掲)。

32) 津地判平成11年10月14日生保判例集11巻574頁(高度障害;網膜色素変性症 による両眼失明事例)。

(11)

れる 。つまり,約款解釈としては,臨床医学的判断による発病,すなわち 罹患をもって発病があったと判断するのが基本であるが,その発病に対する 自覚症状がまったくない場合にも発病があったとすることは問題であるとの 認識も内在させているのである。そうすると,裁判例は,自覚症状がないの に発病(罹患)があったとして不担保条項の適用を行う場合に,信義則違反 による制約を必ずしも否定しない立場であると推察される。次に,契約前発 病の意義ともかかわる契約前の疾病と契約後の高度障害状態等との間の因果 関係であるが,これについて裁判例の立場は分かれる。多数の裁判例は,契 約前の疾病(症状)が高度障害状態等の原因の一つとなりうるものであれば 足り,高度障害状態等をもたらす確率(蓋然性)が高いものである必要はな いとする 。換言すれば,契約前に何らかの疾病・症状が存在し,それが高 度障害等をもたらす蓋然性をもたないものであっても高度障害等の原因の一 つになりうるものであれば,契約前の発病があったと考えるのである。これ に対して,契約前に何らかの疾病・症状が存在しても,それが高度障害状態 等をもたらす蓋然性をもっていることが必要で,それがなければ,契約前の 発病があったとは考えない(換言すれば,契約前の疾病と高度障害状態との 間の因果関係が否定される)とする裁判例もある 。結局,契約前の疾病と 高度障害状態との因果関係が弱い場合に不担保条項の適用を行う場合につい 33) 福岡高判平成19年12月21日(前掲)は, 罹患 という概念を使用した福岡 地判平成19年6月13日(前掲)を変更して, 発症 という概念に変えている。

その他,東京高判昭和61年11月12日判時1220号131頁(高度障害;脊椎腫瘍に よる両下肢機能全廃事例)。

34) 札幌地判昭和62年10月23日(前掲),札幌高判平成元年2月20日(前掲),東 京地判平成17年1月27日(前掲)。

35) 大阪地裁堺支部判平成16年8月30日(介護費用;脳出血(再発)による要介 護状態発生事例)。疾病には,慢性疾患などを含め様々な病態があり,一口に 疾病に罹患しているといっても,疾病の内容によって保険事故たる要介護状態 を発生する危険率について様々な段階があり得る。そして,保険事故を発生す る蓋然性が高いといえない疾病まで,当該疾病の再発と評価できることをもっ て,当初の発症の段階で保険事故が生じているとすることは,保険制度の趣旨 に反するものであるとする。

(12)

て,多数の裁判例は,信義則違反の制約を否定する立場にあると推察される。

2.契約前発病不担保条項の効力問題にかかる法理論の選択

契約前発病不担保条項の効力に関して,どのように考えるべきか。これま では,それを制限すべきという議論を中心に見てきたが,学説には適用否 定・援用非制限説のように,そもそも制限には否定的な見解も存在するので,

まず,その点から態度決定をしていく必要がある。不担保制度の趣旨目的に 照らして考察すると,適用否定・援用非制限説は,不必要に保険者の利益を 尊重するものであり,賛成できない。この見解は,契約者の主観を考慮すれ ば,意図された危険選択が行えないことを理由に,その制限に反対するもの である。しかし,この理由が説得性を持つのは,保険者が契約者に自覚症状 がない場合でも不担保とすることとして予定事故率を維持している場合であ る。この点,昭和57年以降,自覚症状がないときには適用を行わないという 実務が業界の取り組みとして行われているのであって ,保険者は,その場 合は保険金を支払うことを前提に予定事故率を計算しているはずである。今 や,契約者に自覚がない場合に適用を行わなかったとしても,予定事故率の 維持という保険者の利益は害されない 。

それでは,制約が否定されるべきではないとして,適用肯定説,適用否

36) 吉田明 国民生活審議会約款適正化報告に対する生保業界の約款モデルにつ いて(その1) 生経51巻3号26頁参照。

37) さらに,不担保制度の趣旨目的として,保険事故発生時の偶然性を確保する こともあげられるが(平澤宗夫 高度障害保険 塩崎勤=山下丈編 新裁判実 務大系・保険関係訴訟法 418頁(青林書院2005年),協会ガイドライン参照),

事故の偶然性は,主観的で足りるので,自覚症状がない場合に問題は生じない

( ・前掲・124〜125頁参照)。また,その目的として,逆選択の防止もあげら れるが(山下・前掲・保険法458頁,東京海上火災保険編 損害保険実務講座 7・新種保険 159頁(有斐閣1989年)),自覚症状がない場合,逆選択は問 題になりえないので,この点も問題は生じない(長谷川・前掲・109頁参照)。

結局,約款がそう規定しているということ以外に,保険者に主張を認めるべき 必要性が何一つ存在しないということである。

(13)

定・援用制限説のいずれによるべきか。適用肯定説は,告知義務規制が解釈 上片面的強行規定であることを主張の基礎としてきたが,保険法では,解釈 上ではなく,明文をもってこれらが片面的強行規定とされたので(保険法70 条,94条1号),その主張の基盤を益々かためたことになろう。しかし,告 知義務制度と契約前発病不担保制度は,要件効果が相当に異なる制度である。

それらについて,ある法律規定を機械的に類推適用することが果たして合理 的であるかは疑問である。告知義務制度と不担保制度で共有すべきは,告知 義務規定そのものではなくて,告知義務規定の中の精神,すなわち,契約者 の利益保護の観点も含めて危険選択がどういう姿であるべきなのかという精 神(基本思想)ではなかろうか。要件効果が相当に異なる制度間で,しかも,

商品内容ないし性質が様々であるという状況下において,その精神を共有す べきという価値観をどのような法的構成のもとで行うのが合理的であるか考 えた場合,その精神を信義則の要件論の中に反映させて,柔軟な処理を行う という手法を採用すべきである。問題状況が様々であるにもかかわらず,適 用肯定説のように,機械的に処理するという手法は,明確である反面,それ ぞれについて必ずしも合理的結論を導かない。この難点については,この説 の論者自身,自認するものである 。また,告知義務規定の類推適用を安易 に認めては,告知義務制度では行えない危険選択の手法それ自体を門前払い することになり,その結論の当否からも問題が残る。結論として,信義則に より制限を考える適用否定・援用制限説が支持されるべきである。

3.信義則による制限

最後に,信義則による制限がかけられる問題状況の類型化とその際の法理 論構成を含めた要件の具体化について検討する 。

38) 高度障害保険も2年の除斥期間に服する点につき,坂本・前掲・120頁。

39) 紙幅の関係上,典型的な場合のみの検討とする。

(14)

⑴ 契約者に知られていない危険について不担保とされる場合

第一に,契約者に知られていない危険に関する事故が起こった場合にも,

不担保とされる場合が問題になる。ここでは,契約者に知られていない危険

(リスク)を誰が負担するのが衡平といえるかが問題となる。

これについては,保険事故の偶然性の問題として,保険法上,保険事故は 客観的に確定していても,主観的に不確定であれば足り,契約者の主観にお いて偶然である限り,そこに保険保護がなされるのが基本である。また,契 約者に知られていない危険事実は,告知対象にすらなりえないのであり,そ れが顕在化してもそこに保険保護が与えられなければならない。つまり,保 険法には,契約者に知られていない危険は,保険者が負担するという基本原 理があると考えられる。そして,この保険法の基本原理があることで,それ を前提とした契約者の保険保護への期待(契約者に知られていない危険は,

保険者が負担してくれるという期待)が形成されている。同時に,この期待 は,保険契約の効用のあるべき姿という観点に照らして,至極正当な期待と 評価できる 。

したがって,契約者に知られていない危険に関する事故が起こった場合に も,不担保とされる場合には,上記内容での契約者の保険保護の期待を裏切 ることになり,衡平の観点から問題が生じる局面として,信義則違反により その制限がかかることになると解する。問題は,これをどう法理論構成する かである。適用否定・援用制限説のいうように,その場合には,不担保条項 を援用できないと構成することが一つの方法である。実際,他国には,その 理論構成を採用して契約者を保護する例がある 。しかし,この理論構成は,

40) 契約者に主観的に偶然な危険であっても,保険者が一切危険負担を行わない 場合があり,その場合に契約者は不担保を甘受しなければならないという保険 者の主張には,保険者の職務放棄があると見られてもしかたがない。

41) 例えば,オーストラリア保険法47条2項は, 契約締結時に,疾病または高 度障害について,被保険者が知っておらず,かつ,合理的な一般人であっても,

その状況においては知っていなかったとは考えられなかった場合,保険者は,

契約締結前の被保険者がかかった疾病又は高度障害を引きあいにすることで,

(15)

契約前発病免責条項のもとでは問題がないにしても,契約前発病不担保条項 のもとでは問題が生じるとの指摘がある 。契約前発病不担保条項は,契約 前の発病を保険事故から除外する構成をとり,約款上,契約者が知らない危 険でも保険事故に該当しないとしているから,その場合には,そもそも保険 金請求権そのものが存在していないことになる。したがって,保険金の支払 を認めて契約者を保護するためには,信義則違反による援用制限以前の問題 として,その場合にも保険金請求権が存在するという前提がなければならず,

その前提なくして信義則違反による援用制限がかかるということは,ありも しない請求権を認めることになるという指摘である。確かに,信義則による 援用制限理論を採用する際の理論上の難点は指摘される通りであり,ある意 味,説得的である。しかし,信義則とは,もともと,杓子定規の理論,理屈 によってはどうしても不衡平となる状態のもとで,結果の衡平を追求して救 済を図るという理論であるから,結果の衡平性に重きを置くがゆえに厳密な 理論からは難点が生じるとしても,それは制度内在的に不可避のことと考え たい。

どうしてもその理論上の難点が克服されなければならないというのであれ ば,消費者契約法10条を適用して,問題になる部分について約款の効力を一 部否定し,保険金請求権に基礎を与えた上で解決するほかないであろう 。 契約上の自らの責務を制限または除外する効果を持つ契約上の規定を援用する ことはできない と規定する。Marks Balla,Guidebook To Insurance Law  In Australia, 2ed., 1987,pp.331‑333によれば,保険法46条(物保 険 

における既存欠陥の援用制限規定)及び47条の立法趣旨は,被保険者が真に既 存欠陥・契約前発病について認識がない場合,その基礎のもとで保険者の責任 を除外するのは不公平(unfair)であり,その状況下で保険者が既存欠陥条項 を恣意的に使用することから被保険者を保護することにあるとされる。

この立法趣旨及び条文の内容からして,信義則違反による援用制限の理論が とられていることがわかる。

42) 山下典孝 簡易生命保険における重度障害状態による保険金給付に関する法 的諸問題 立命300・301号547頁参照。

43) ドイツ通常連邦裁判所判決(BGH,VersR94,549)は,契約者に知られてい ない危険についても適用がある不担保条項の効力制限につき,この理論構成で

(16)

さて,このような問題状況は,典型的に,被保険者が契約前の発病(罹 患)について全く自覚症状を有しない場合に生じる(いわゆる契約者の善意 の場合) 。しかし,その場合に限られず,同じように評価し契約者を保護 する問題状況があると思われる。例えば,被保険者が契約前の発病について 自覚症状は有していたがそれが契約後に問題となる疾病そのものの発現では なく,その原因症状の一つであって,その原因症状から問題となる疾病に進 行する蓋然性が必ずしも高くなく,そのゆえに医師等からも進行後の疾病の 可能性について指摘されていない場合である。換言すれば,自分が自覚した 症状と後に発現する疾病との間の因果関係が必ずしも高くない場合や両者の 関係が必然でないため(医学的に未知である場合を含む),契約者が,後の 疾病と条件的因果関係がある自覚症状を経験したとしても,それを自分自身 の後の危険因子として重過失なく認識できなかった場合である 。

ガイドラインをはじめ,自覚症状がない場合の扱いが議論されているが , 問題は自覚症状の捉え方次第であって,先に見た多数の裁判例のように,後 の疾病との因果関係の強弱を無視して(医学的見地からの条件的因果関係が あればよいとして)自覚症状の存在を広く認定するとすれば,いくら自覚症

処理している。なお,本判決は,旅行保険約款における契約前発病不担保条項 を,約款規制法違反(信義則違反)として無効とするが,契約者が知らない危 険がある場合,契約者は不可避的に保険者を頼らざるをえない状況にあり,そ の部分の危険負担は保険者が負うべきであって,それを保障しないとする条項 は,契約目的を危殆化させるほどに契約者の保険保護に対する権利を制限し,

それゆえに信義に反すると判断している点が注目される。なお,Bruck/Mol- ler,Versicherungsvertragsgesetz, 9Aufl., 2008, 19,Anm. 166(Rolfs) も,この判例を支持するようである。ドイツにおける判例,学説については,

新井修司 ドイツ保険法といわゆる契約前発病不担保条項 生経164号1頁以 下, ・前掲85頁以下に,詳細な研究がなされている。

44) 例えば,HIVウイルスや肝炎ウイルスに罹患していたが自覚症状がなく,

後にAIDSや肝硬変・肝がんを発症した場合等にこのような状況となろう。

45) 例えば,軽度の高血圧症や高コレステロール血症の自覚があった場合で,後 に心筋梗塞,脳梗塞を発症した場合等にこのような状況となろう。

46) ・前掲・121頁等。

(17)

状がない場合は適用が制限されるという議論を展開しても,そこで救われる べき契約者が必要以上に限定されてしまうのではないか 。その意味で,自 覚症状の有無が救済されるかどうかの決定的基準とされるべきでなく,因果 関係の強弱,被保険者における自覚症状から疾病に進行することの認識可能 性も考慮要素に加えて,契約者が契約前の状況を自分自身の後の危険因子と して認識できたかどうかを救済基準にすべきであろう。このように考えて,

自覚症状が全くなかった状況下ではもちろん,自覚症状はあったが因果関係 の薄弱さ等から後の疾病を認識できなかった状況下についても,信義則によ る制約がかかるものと解したい 。ところで,上記の期待を抱いている契約 47) 例えば,網膜色素変性症による失明(高度障害)が問題となる場合に,小学 生や中学生の段階で,夜盲(夜目が見にくい)症状を自覚していたから,あな たは保護されませんというのは,一般の契約者の感覚と相当ずれるのではない だろうか。少なくとも筆者がその状況に置かれれば,その結論に納得しない。

48) なお,本文のように,因果関係の強弱や被保険者における後の疾病の危険因 子であることの認識可能性も考慮要素とすることで,契約締結後,長期間が経 過した後に不担保とされる場合の問題にも一定の解決を与えることができよう。

この問題は,高度障害保険や主張期間制限を設けない医療保険で問題になりう るが,契約締結から長期間経過後は,危険選択に影響がなかったとして不問に 付すという考え方(保険法84条4項参照)との関係で,いつまでも主張できる という結論には何らかの制約があってしかるべきである。この問題につき,芦 原一郎 第三分野の保険 落合誠一=山下典孝編 新しい保険法の理論と実 務 49頁(経済法令研究会2008年)は, 個別保険契約類型ごとの事情も含め て総合的に評価し,それが著しく不合理である場合を除き無制限に行使できる と解されよう とするが,何故,不合理な場合でも制限がかからないのか(著 しく不合理を要求するのか)明らかでないし,仮に,無制限の主張を認めるこ とを既定路線として,著しくという付加要件を課しているとすれば賛成できな い解決法である。そうかといって,例えば,カナダ・オンタリオ州保険契約法 311条のように,告知義務違反にかかる主張期間制限と平仄を合わせ,原則と して2年の主張期間制限を設けるといった解決法(これについては,Jones, Canadian Life and Health Insurance Law, 1992,p.361参照)も,その硬 直性ゆえに直ちに賛成することができない。現段階における結論として,長期 間の時間経過の事実は,因果関係の存在や被保険者の認識可能性にネガティブ に作用する要素であるから,契約締結後長期間経過後の主張にはこの点の内在 的(間接的)制約がかかるという解決法をもって対処する道を選択したい。

(18)

者に対して,その期待はかなえられないということを契約時に徹底的に説明 している場合,同じ結論が維持されるかは理論上問題になる。しかし,この 問題状況では,そもそも契約者に危険状況に対する認識がないのであるから,

契約者は自らの問題としてその説明を聞くことができず,結果,制限のない 保険保護を期待するのが通常であろう。そして,自らの問題としてその説明 を聞かなかったことについて契約者を責めることはできないと思われ,その ような状況にもかかわらず,説明はしたから制限なく援用できる(信義則違 反も生じない)というのは不当であり,衡平の見地から容認できない結論で ある。結局,この問題状況は,構造的に契約時の説明義務の履行では対処で きない類型であり,説明義務の履行の問題とは没交渉に,主張自体が不当・

不衡平な類型として信義則違反による制限が生じると考えたい。

⑵ 契約者に知られている危険が告知されたが,契約前発病不担保となるこ との十分な説明がなされなかった場合で不担保とされる場合

契約者に知られている危険について不担保主張をする場合,そもそも主張 自体が不衡平であるという先の問題は生じない。そして,この類型について は,契約者に知られている危険について不担保主張をするのであるから,当 該危険が後に顕在化しても不担保となることの説明を,契約者は自らの問題 として聞くことができるという状況にある。したがって,この問題状況は,

構造的に契約時の説明義務の履行で対処できる類型であり,それを前提とし た考察が必要になる。この問題状況では,契約者に知られている危険が問題 となるので,契約上,告知義務が課されている場合,契約者はその危険につ いて同時に告知も行うことになる 。そこで問題になるのは,告知をして引 き受けてもらった以上,その部分について保険保護があるという期待を保護 するかどうかであり,保護しないことが信義則違反となるかどうかである。

49) 以下の論説は,契約上,告知義務も課されており,契約者の認識した危険が 同時に告知事項でもある場合で,契約者がそれを告知をした場合を念頭におい ている。したがって,告知義務が一切ない無告知型商品はもとより,契約上告 知義務は課されているが,契約者の認識した危険が告知事項ではないので告知 されていない場合は念頭においていない。

(19)

確かに,告知した部分について告知義務違反は問われないが契約前発病不 担保となることは契約者にとって落とし穴である。したがって,告知して引 き受けがあった以上,その部分について保険保護があると期待することはや むを得ない面もある。しかし,告知義務では不可能な危険選択を行って予定 事故率を維持するという保険者の利益も,少なくとも当該問題状況のように,

契約者に知られている危険を問題とする場合には顧慮してよいもので,その 主張そのものが当然に不当という評価もできないし,他方でそのような危険 選択手法の採用は,告知義務制度のみでは不可能な高次元の危険選択を可能 とすることにおいて有用性もある。この問題をどう考えるべきか。

保険法には,危険選択の制度として告知義務制度しか予定(法定)されて おらず,一般の契約者もまた,危険選択はそれのみで行われると考えるのが 通常であろう。それ以外の手段でも危険選択が行われること,また,そこで は,告知義務では不可能な危険選択を行うという目的ゆえ,告知義務規定に 体現される契約者保護の諸原理,とりわけ,保険者が知り・過失不知の場合 に契約者に不利益は生じないとする原理(保険法84条2項1号,94条1号参 照)が働かないという事柄は,一般の契約者が容易に知りえず,容易に理解 できない保険技術にかかわる事柄である。それゆえ,契約者が容易に理解で きない技術(制度)を利用して,自ら利益を得ることになる保険者は,その 利益(援用)の対価として十分なる説明義務を負う。反対に,十分な説明を 受けた契約者は,その内容での保険の効用を踏まえて契約を締結しないとい う選択ができるほか,その契約を締結する場合であっても,告知したから保 険保護があるという期待を抱くことがない(期待があったとしたらそれは自 らの責めに帰すべき誤解である)から不担保の結果を甘受しなければならな いと考えるべきである。保険者が自らに課されている義務(説明義務)を履 行しないで権利(利益)のみ得ようとすることは,衡平の観点から問題であ る。加えて,契約内容の解釈という観点からすれば,告知があったが,契約 前発病(不担保)となることの説明を行わずに引き受けがなされたという契 約当事者間の一連のやり取りは,告知部分につき,約款外で担保合意(契約

(20)

前発病で不担保としないことの合意)を行ったと考える余地を多分に残すも のである。したがって,契約者が知っている危険について,告知が行われ,

保険者が契約前発病となることの十分な説明を行わずに引き受けた場合,信 義則違反及び禁反言法理により,不担保条項の援用が制限されることになる と解する 。

次の問題は,十分な説明とは,どのような内容かである。裁判例にあるよ うに,契約のしおり,重要事項説明書等の注意喚起情報として記載するのみ で足るとする考え方もありえようが,それで契約者に保険保護の期待が形成 されるのを回避できるかは疑問であり ,そのような注意喚起の実務が既に あるにもかかわらず問題が依然生じているのは,それでは不十分であること を物語っている。告知が行われた場合は,それぞれの回答に応じて,たとえ ば,最近の健康状態の異常に関する告知において, 夜,目がみえにくいこ とがある という告知があれば,網膜色素変性症等を具体的に例示し,仮に それが発病しても不担保となるという個別的説明が必要で,告知(回答)に 対応した個別的注意喚起がなされることをもって十分な説明があるものと解 したい。実務上,保険者の質問事項にポジティブ(Yes)に回答されること は例外的であると思われ,そうであるとすれば,上記内容の説明を求めると しても,保険者に過大な負担を課すことにならないであろう。

(筆者は中京大学法学部准教授)

50) この類型では,消費者契約法による約款の効力否定を考えなくとも約款外の 担保合意という理論を介することで,保険金請求権に基礎を与えることができ る。また,説明を行っていないことの効果が保険金支払の結論に結びつくかは 疑問であり,保険料相当額の損害賠償の問題が生じるに過ぎないとする問題指 摘(山下典孝・前掲・547頁,保険法部会第20回会議議事録2頁参照)について も,説明がない事実をもって,(約款外でする)担保の黙示的合意があったと 構成することで対応可能であろう。

51) 竹濵・前掲111頁も,契約の栞に書くだけで支払拒絶できるかは疑問とする。

参照

関連したドキュメント

[r]

契約約款第 18 条第 1 項に基づき設計変更するために必要な資料の作成については,契約約 款第 18 条第

契約者は,(1)ロ(ハ)の事項およびハの事項を,需要抑制契約者は,ニの

契約者は,(1)ロ(ハ)の事項およびハの事項を,需要抑制契約者は,ニの

契約者は,(1)ロ(ハ)の事項およびハの事項を,需要抑制契約者は,ニの

翻って︑再交渉義務違反の効果については︑契約調整︵契約

[r]

優越的地位の濫用は︑契約の不完備性に関する問題であり︑契約の不完備性が情報の不完全性によると考えれば︑