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SST 実践から見えてきた矯正教育と更生保護のあり 方

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SST 実践から見えてきた矯正教育と更生保護のあり

著者 八木原 律子, 冨田 あすみ

雑誌名 明治学院大学社会学・社会福祉学研究 = The Meiji

Gakuin sociology and social welfare review

巻 153

ページ 73‑108

発行年 2019‑02‑28

その他のタイトル How the Rehabilitation and Correctional Education should be: Implications from SST Practices.

URL http://hdl.handle.net/10723/00003594

(2)

はじめに

 法務省における矯正教育と更生保護事業で取り入れられた社会生活技能訓練

(Social Skills Training,以下SSTと記す)の実践は,新しい動きを見せながら 拡大化の傾向にある。しかしながら,施設内処遇である矯正教育と社会内処遇 である更生保護事業との移行の間にSSTがどのような影響を与えてきたのか,

その詳細は明らかにされていないように思われる。すなわち,矯正教育と更生 保護が2本の柱として成り立ち,先行研究や論文においても総合的なSSTの取 り組みを紹介している研究が少ない。したがって,施設内処遇から社会内処遇 へ,そして自立更生して社会生活を営むためにSSTが寄与できることがあるの だろうかということに着目することにした。筆者が2012年におこなった更生保護 施設でのSST取り組み調査

(1)

(以下,2012年更生保護施設SST調査と記す)の結 果を踏まえ,矯正教育の中で取り組まれているSSTについて,SST実践者であ る矯正教育の教官や指導官らに聞きとり調査をおこない,矯正教育と更生保護 における連携のあり方を探り,地域への展開を目指していこうとするものである。

第1章 司法分野におけるSSTの広がり

 1980年代後半にリバーマンR.P.によって紹介されたSSTは,認知行動療法の 1つとして精神科医療および精神科リハビリテーション,福祉分野へと全国的

SST 実践から見えてきた矯正教育と 更生保護のあり方

八木原 律 子  冨 田 あすみ

(3)

な広がりをみせた。もともとは精神障害者を対象としていたSSTであるが,現 在では精神障害者のみならずさまざまな分野で実践されている。司法分野であ る矯正教育や更生保護事業においてもSSTが取り入れられ,当事者への処遇の 一端を担っている。

 ここではどのような経緯でSSTが司法分野に取り入れられたのかを,先行文 献を通し歴史的な変遷に触れたいと考える。ここでいう司法分野とは,施設処 遇がおこなわれている法務省矯正局による矯正教育および,社会内処遇をおこ なう法務省保護局による更生保護事業のことである。

第1節 更生保護事業におけるSSTの変遷

 表1からわかるように矯正教育と更生保護事業とでは,更生保護事業が先ん じてSSTを取り入れている。

 1988年,当時ルーテル学院大学教授であった前田ケイは,新しく学んだSST を東大病院精神科デイホスピタル(以下,東大DHと記す)で実施する機会を得,

かなりの手応えを感じた。東京保護観察所における自主的な研究会に参加して いた前田が,その経験を研究会で報告したことがきっかけとなり,東京保護観 察所直接処遇班のSST研究が始まった

(2)

 1990年,東京保護観察所直接処遇班では,当該年度の研究テーマとして非社 会的傾向の強い性非行の処遇を挙げ,当事者に対する有効な処遇方法を模索し ていた際に,SSTを導入できないかと検討した。そこで,前田の協力が得られ,

地区担当の観察官を含めた生活技能訓練実施委員会が組織され,SSTの導入が 進められた。この委員会を主体に前田の指導のもと,同年中に3回,当事者に 対するSSTを試行的に実施した。その後の委員会解散後も,観察第一課一斑及 び直接処遇班では引き続き処遇活動の一環としてSSTを実施した

(3)

 同じ年,横浜保護観察所において,子どものシンナー乱用に苦しむ家族に対

し,家族機能の改善を図り,本人の再非行の抑制に寄与することを目的とした

(4)

表1 SST司法分野年表 矯正教育更生保護 1988年東京保護観察所直接処遇班SST研究 1990年東京保護観察所生活技能訓練実施委組織SST導入 。対象者SST該年3回実施 1990年横浜保護観察所家族対象 SST「家族教室」 1992年東京保護観察所SSTを処遇作成指導教材 取り組 「少年院運営」(矯正長依命通達)よりSST導入1993年 矯正研修所東京支所SSTを少年処遇力向上 処遇技法担教官研修。法務省矯正SST解説 指導手発行1994年 新潟少年学院SST研究授業実施1995年更生保護施設「更新会」SST3回実施 法務少年教官SST摩少年 SST究授SST究授1996年 矯正の「指導手」を改訂、名称も「SST指導手 発行。1997年 2000年「更生保護施設処遇機能充実化基本計画―21世紀更生保 護施設SST紹介。保護 紹介SST更生保護施設制作。更 生保護施設職SST研修実施 2001年東京都「更生保護事業関係者SST指導者養成ー(初 級)開催 2003年SST「生活る(更生保護施設SST)」 され 矯正「SST指導手改訂版」発刊2004年 2005年研修会SST実施1人保護 保護保護観察官更生保護法人本更生保護協会 等関係者支援結成 矯正長依命通達「改善指導標準就労支援指導 方法SST2006年 2008年全国保護SST勉強会 2011年本更生保護協会「生支援保護面接 SST発刊 2013年8ブ「保SST修」。受講後SST級修 され 矯正施設基本的指導方法定着SST 「矯正職SST実際」公益財団法人矯正協会発行2016年SST主研修実施保護研修講師旅費及謝金 業を行

(5)

任意の家族教室が始まった。その家族教室のプログラムの1つとしてSSTが取 り入れられたのであった

(4)

 1992年になると,東京保護観察所は「保護観察処遇開発研究:生活技能訓練 の更生保護への導入・定着」をテーマに処遇マニュアルの作成と指導教材用ビ デオの作成に取り組んだ。このマニュアルとビデオは,地区担当保護観察官が 日常業務の中で,SSTを活用することで処遇の幅を広げることを意図して制作 された

(5)

 1995年7月,高橋和雄により更生保護施設「更新会」においてSSTが開始さ れた。その前年,地方更生保護委員会委員を定年退職した高橋は更新会の非常 勤職員となり,前田がルーテル学院大学で実施したSST指導者講習会を受講し ている。更新会におけるSSTは月に3回実施し,会場の設営は当事者が自主的 におこなっている

(6)

。さらに,1998年からは夜勤等で所定の日に出席できなかっ た当事者のために,月3回の補講をおこなっている

(7)

 2000年,「更生保護施設の処遇機能充実化のための基本計画─21世紀の新し い更生保護施設を目指すトータル・プラン─」 (以下トータル・プランと記す)

が実施され,新しい処遇の取組の一例としてSSTが取り上げられている。また,

保護局では,ビデオ「SSTのすすめ~更生保護施設で始めませんか」を制作し 関係機関や施設に配布された。また,全国における更生保護関係者のための SST初級セミナーを実施し,SST普及協会主催の各種セミナー等への更生保護 施設職員の参加を推奨するなどした。それにより,各更生保護施設におけるトー タル・プランの取り組みである「更生保護施設ステップアップ・プロジェクト」

の重点事項としてSSTの実施を取り上げる施設は33にも及んだ

(8)

 2001年,東京都において「更生保護事業関係者のためのSST指導者養成セミ

ナー(初級)」が開催される。前田が講師となり,更生保護事業関係者がSSTの

技術と知識を身に付けるとともに,更生保護におけるSST普及に向けての指導

者養成のため,法務省保護局と全国更生保護法人連盟が主催した

(9)

(6)

 2003年には,SSTマニュアル「生活する力をつける(更生保護施設における SSTマニュアル)」が発刊され,SSTの実施環境が整い,多くの更生保護施設 で実施されるようになった

(10)

 2005年になると,更生保護SST交流研究会が結成される。研修会等でSSTの ことを知り,実施したいが1人では心もとないという保護司の声が上がるよう になり,保護局,保護観察官,更生保護法人日本更生保護協会等関係者の支援 を受けて結成された。そこでは,更生保護の処遇活動において効果的なSSTの 在り方を探求し,その普及を図っていくことを目的とされていた

(11)

。  2008年4月,全国で初めて保護司のためのSST勉強会が始まる。千葉県の保 護観察所内において保護司を対象とした特別研修を受講した保護司の中で,

SSTに関心を持つ10名に声が掛かり,当初は3回の予定でSST勉強会が同年1月 から実施された。受講した保護司からは,多くの方が参加できる勉強会として 保護観察所へ継続を依頼したものであった

(12)

 2011年,SST研修に参加した保護司から,保護観察当事者の抱える問題の解 決法の1つとして活用できるSSTについて,保護司のためのマニュアル作成を 切望する声があり,前田の協力を得て日本更生保護協会から「生きる力をつけ る支援のために─保護司面接のためのSSTマニュアル─」が発刊された

(13)

。  2013年から,「保護司のためのSST研修」が実施された。更生保護法人日本 更生保護協会と更生保護法人全国保護司連盟とが共催し,全国8ブロック(北海 道・東北・関東・中部・近畿・中国・四国・九州)で,保護司(各ブロック30人 程度)を対象に実施した。保護司へのSST普及を目的とし,主として各保護司 会で研修を担当している保護司が対象となった。一般社団法人SST普及協会の 認定講師等による全10時間の講義・演習であり,受講後はSST初級修了書が授 与された

(14)

。その後も2014年,2015年と開催され,3年間で699名もの保護司 がSST初級研修を修了した。

 それに続き2016年からは,SST自主研修を実施する保護司会に対し,研修講

(7)

師に対する旅費及び謝金を助成する事業がおこなわれる

(15)

。それにより,よ り多くの保護司がSSTを学ぶことを推奨しており,今年度までの3年間で各地 において実施されている。

第2節 矯正教育におけるSSTの変遷

 更生保護事業にSSTが取り入れられたのち,しばらくすると矯正教育にも SSTを取り入れる動きが始まった。

 1993年6月,処遇の個別化,円滑な社会復帰を目的として「少年院の運営に ついて」 (矯正局長依命通達)の一部改正がおこなわれ,それに伴い,同年9月よ り長期処遇の改善施策が実施されることになった。そのなかで第一に述べられ ているのが「社会適応訓練」であり,「職場,学校,家庭等での生活において 当面する問題解決場面や危機対処場面を想定し,その対応の仕方を学ばせるた めの,ロールプレイング,集団討議の方法を用いた社会適応訓練の実施」とし てSSTが導入された

(16)

 1994年には,法務省矯正局は上記の方針を受け,ロールプレイングの手引書 の作成に取り組み,当時北海少年院桜井秀雄統括専門官と甲府少年鑑別所吉村 雅世統括専門官がその研究と実務にあたった。そこで作成されたのがSSTを紹 介した「ロールプレイングの指導手引き」であった

(17)

 同年12月,5日間にわたる処遇技法研修が矯正研究所東京支所でおこなわれ,

東京矯正管区管内の16庁の少年院と婦人補導員の教官が前田からSSTを学ん だ。受講した教官には,「社会適応訓練,少年の進路指導,家族関係の調整な ど少年に対する処遇力の一層の向上を図る」ため,各施設にSSTを普及展開し ていく役割を期待されたものであった

(18)

 1995年11月,上記の処遇技法研修を受講した品田秀樹は,自身が法務教官を

務める新潟少年学院にて「職場のトラブル」をテーマにSSTの研究授業を実施

した。その後もSSTを定期的に行い,定着させることとなった

(19)

(8)

 1996年,法務省は全国の少年院の教官のためにSSTの研修会を開催すること となり,東日本を前田が,西日本を福岡大学の皿田洋子が講師を担当すること となった。このSST研修は2000年まで続けられた。同年,多摩少年院でSSTの 研究授業がおこなわれ,その後,全国において少年院でSSTの研究授業が実施 されることとなった

(20)

 1997年,矯正局は「ロールプレイングの指導手引き」を改訂し,名称も「SST の指導手引」と改めて発行し,関係先へ配布された

(21)

 2004年になると,矯正局から上記をさらに改定し, 「SSTの指導手引・改訂版」

が発刊されることとなった

(22)

 2006年5月,刑務所においてもSSTが導入された。「刑事施設及び受刑者の処 遇等に関する法律」が施行され,第103条の改善指導において,当事者のソーシャ ルスキルの乏しさが犯罪の要因の1つとなっていることが勘案され,「社会生活 に適応するのに必要な知識及び生活態度を習得させるために必要な指導を行う ものとする」として,特別改善指導のうち就労支援指導を実施する42施設のプ ログラムにSSTを取り入れたことで始まった

(23)

 当事者に犯罪の責任を自覚させ,健康な心身を培わせるとともに,社会生活

に適応するのに必要な指導である改善指導は,原則すべての当事者を対象とし

て実施する一般改善指導と,特定の事情を有する当事者に対して実施する特

別改善指導とがある。特別改善指導の1つである就労支援指導から導入された

SSTであるが,現在ではいずれの指導でも用いられるようになった

(24)

 2016年になると,矯正施設における基本的な指導方法の1つとして定着した

SSTの実用書として「矯正職員のためのSSTの実際」が公益財団法人矯正協会

から発行される。長年矯正施設でSSTを実践していた元矯正職員の品田秀樹ら

の協力を得て,男子刑務所,女子刑務所,少年院を想定し,内容もSSTのさま

ざまな技法を取り入れたDVDを付属した。矯正施設でSSTを導入したいと考

えた際,実践に迷いが生じた際に活用できるようにと作成された

(25)

(9)

第3節 司法分野におけるSSTの広がり

 このように約30年前に更生保護事業でSSTが導入され,その後矯正教育であ る少年院,刑務所へと広がりを見せることとなった。

 第2節で述べたように,2003年に「生活する力をつける(更生保護施設におけ るSSTマニュアル)」が発刊されたことで,多くの更生保護施設にSSTが導入 されることとなった。それを示す内容が犯罪白書に記載されている。2004年版 犯罪白書において,更生保護施設の処遇機能を強化する取り組みの1つとして SSTが挙げられており,その導入が急速に進んでいることが記載されている。

当時101あった更生保護施設のうち,35の施設においてSSTを実施していると いう報告がされている

(26)

。この年以降,犯罪白書ではSST実施の更生保護施 設数が毎年報告されており,2010年版では45施設にまで実施施設が増えたこと が報告されている

(27)

。その年をピークとして増減はあるものの,犯罪白書の 2017年版では103施設中35施設で実施されていることが報告されている

(28)

。  また,犯罪白書には更生保護事業のみならず矯正教育におけるSSTの必要性 についても記載がされている。2003年版には,強盗事犯少年に対する少年院及 び保護観察における処遇の実情として,非行にかかわる考え方や行動傾向にお ける問題性の改善,および交友関係における問題の改善を図る指導の1つとし て,SSTがおこなわれていることが紹介された

(29)

。その後も,就労支援の取 り組みの中に就労に役立つ能力開発としてのSSTや,非行少年や若年犯罪者の 処遇の充実としてのSST,性犯罪再発防止指導の一環としてのSSTなどが記載 され,また,各地の矯正施設におけるSST実践についてもコラムとして紹介さ れている。

 司法分野においてSSTの導入を進める動きとともに,犯罪白書に限らず更生

保護事業関連雑誌や矯正教育関連雑誌において,SSTをおこなう施設の実践レ

ポートが掲載されるようになり,SSTが実践に採り入れられている様子が伺う

(10)

ことができる。

 『矯正職員のためのSSTの実際』の中で「今では,SSTという言葉とその概 要を知らない矯正職員はいないと言っても過言ではない」

(30)

(前掲12)と述べら れているように,SSTは広く認識されるようになった。

 また,第2節でも触れたように保護司に対するSST研修がおこなわれ,当事 者との面接にSSTを取り入れることが推奨されている。保護司と当事者の場合 はグループではなく,個別にSSTをおこなうこととなる。司法分野における SSTはグループでのSSTだけでなく,面接等での必要に応じた「ひとりSST」

が用いられるようになり,さらなる広がりを見せている。

第2章 日本におけるSSTの広がり

 この章では,日本におけるSSTの発展について,どのような変遷があったか を筆者の経験を交えながら概観してみたい。

第1節 日本におけるSST活用の変遷

 日本におけるSSTは1977年に坂野雄二が外来において対人恐怖患者らにロー

ルプレイングとして活用したのを皮切りに,1988年日本精神衛生会主催のワー

クショップでSSTが紹介されたことにより普及してきた

(31)

。1990年2月から東

大DHで生活技能訓練(SST)リーダー養成クラスが,東大DHの医師とルーテル

学院大学教授であった前田ケイらによって開催された。1984年に世界に衝撃を

与えた宇都宮病院事件に端を発し,日本の精神科医療の改善が求められていた

ころである。1987年には「精神衛生法」を「精神保健法」に改正し,医療面で

は任意入院が新設され入院時の告知が義務付けられた。そして福祉面では,社

会復帰施設が法内施設として明文化されたことで,精神障害者の人権を尊重し

ていく傾向が見られた。病院も地域もどのような支援法があるのかを模索する

(11)

中で,SSTが日本に上陸したのはタイムリーだったといえる。

 筆者の実践においては1990年10月に援助付き雇用を開始したことにより,

SSTを当事者の実習の振り返りや事前学習に活用してきた。実践の困りごとを 東大DHのSSTリーダー養成セミナーに参加しては,宮内勝にスーパーバイザー として指導を仰いだ。そして,SSTは精神科治療法として日本に紹介されてき たが,実践していく中で社会生活を営む人の生活のしづらさを克服する方法の 1つだと解釈していくと,誰もが対人関係の課題をもっていることに気付かさ れた。つまり,改善したのは当事者だけではなく,支援を生業にしているスタッ フにも見られた。お互いが元気になれることを実感したのである。

 1989年SSTニューズレター(以下,SSTNLと記す)の第1回SST実施状況調査 では17施設で実施されていた

(32)

。1990年,第2回の調査では34施設となり,そ の中には医療機関ではない保健所デイケアや居住施設,作業所(含む家族会)の 地域の機関名が登場している

(33)

。1991年の第3回の調査では,63施設で実施,

地域関連では前回調査の8施設から14施設へと増加した。なお,実施者の職種 では,医師,心理士に続き,ソーシャルワーカーが3番目に多くなっている

(34)

。 1992年,第4回の調査では,実施施設132施設のうち,医療機関以外の地域施設 では30施設と増加の傾向が見られた。同年ILO159号条約に日本も批准したこ とで,精神障害者の社会復帰が進められたことも大きな転換点であったといえ る。さらには,心身障害者対策基本法が1993年に障害者基本法に改名し,精神 障害者も対象に位置付けられたことも精神障害者の社会復帰を促進する動機と なっていった。

 1994年4月からSSTが入院生活技能訓練療法として診療報酬化されると,

「入院中の患者について,週1回を限度として75点が算定される」ことになっ

(35)

。また,運用面ではSSTの75点ではなく入院時集団精神療法の100点の方

を申請する施設が増えるのでないかという,民間精神科病院の経営的な懸念が

みられた。SSTを担当する従事者は,東大DHで実施されるSST研修を修了し

(12)

た者となり,看護師の参加が増加した。診療報酬化されたときの特集記事では,

「SSTは精神医学の専門家によって実施されるべきもので,乱用されてはいけ ない。あくまでも医療機関においてのみ行われる医学的治療法である」「社会 復帰をにらんだ技能訓練は退院を促進する治療として正当に評価されるべきで あり,医療経済から考えると,ただ入院させておく医療はもはや医療として扱 わなくなる時代となった」など,SSTは精神科領域の独占といった関係者の意 向が見て取れる。しかし,医療機関で実施されるべきという意見が多い中で,

地域の実践家である藤井・岩崎らは「SSTを単に医療の枠組みに止めることな く,広く集団精神療法の技法を共同作業所の実践に取り入れ,応用していく事 が,今後の実践上の課題の一つとして考える。本来もっとも有効に使用される べき地域生活場面でのSSTの普及に向けて,微力を尽くす」というエールもみ られた

(36)

 同じころ,第1章で記載されているように,法務省では1993年の「少年院の 運営について」 (矯正局長依命通達)の一部改正により,吉村らによって作成さ れた手引書で社会適応訓練の実施として運用されたのをきっかけに,矯正教育 にSSTが広まっていった。

 1995年の第5回SST実態状況調査の結果,実施施設が220施設と増え,地域関 連施設も43施設へと増加した。精神科医療からスタートしてきた日本のSSTの 発展は,個々の精神障害者の生活支援を展開するうちに,個人の生活動線に沿っ て拡大を見せてきたのである

(37)

。特筆することは,個人の対人関係の中で生 活動線が豊かになっていくと同時に,そこに居合わせるスタッフの意識の向上 にSSTが役立ったということである。

 1994年は,診療報酬化されたSSTを普及していくためには,SST研修会のあ

り方,講師養成のための相互研鑽,講師の派遣,技術指導のあり方,SSTニュー

ズレターの発行等の具体策を検討する準備会が立ちあがり,研修会の基準会が

東大DHの医師らの呼びかけ人によって進められた。そして,第1回のSST講師

(13)

研修会が実施された

(38)

 社会福祉分野にも普及したいとの想いから,筆者は前田・水野らと第51回日 本社会福祉学会や,吉田らと第36回日本精神保健福祉士協会全国大会で自主企 画するなど,社会福祉関係者への普及を開始した。しかしながらこの段階では,

SSTは精神科領域の治療法とする考え方が強く,関心はあれども実施しようと する動きは少なく,SSTを実際に活用したのはごく一部のソーシャルワーカー たちであった。

 1996年4月の診療報酬改定では,医療現場における成果が認められSSTは75 点から100点へと改訂された

(39)

 また,1997年にはSST普及協会が発足して第1回の学術集会が開かれ,当日 の模様が「SSTの進歩」として1998年に創造出版から発刊された

(40)

。そして 翌年の第2回学術集会では会員総会が初めて開催されたのであった。

 日本にSSTを紹介したリバーマンは,「SSTの目標は,社会的機能の改善で,

社会的な行動や会話,対人関係を言う。症状を軽くするためには服薬で直接的 に,生活技能改善は間接的となる。治療というより治療を効果的に進めるため の後方援護である」とSSTNLの読者の質問に回答している

(41)

。つまり,医療 場面だけではなく,生活全般における包括的な改善が不可欠であること,それ には地域生活全般においてもSSTは効果があるのだということを示唆している といえる。日本にSSTが紹介されてからSST普及協会の会員数は,2014年には,

個人会員数2215名,賛助会員219施設となっている

(42)

。なお,現在は横ばい状 態である。

第2節 ソーシャルワークの視点でSSTを活用して

 筆者がSSTに魅了されたのは,海外研修でブラックウェル, G. 女史から,包

容力のある温かな人柄に加え,正のフィードバックの心地よさを体感したから

である。リバーマンはSSTを担うスタッフのことを「活発で笑顔を絶やさない

(14)

で患者と自発的に接することのできる人が望ましい」

(43)

,川室は「豊かな感性 や感情,並びに創造性を持った調律師のような社会性のある透明度の高い治療 者」

(44)

と述べたように,専門家というよりは人としての資質が基本であるとし た。これらの先達の言葉から,筆者はソーシャルワークの実践基本として拠り どころとしてきたバイスティック, F.P.の7原則(個別化・意図的な感情表出・

統制された情緒関与・受容・非審判的な態度・自己決定・秘密保持)を意識し てきた。SSTを実施する支援者にとっての基本姿勢であると同時に,参加者の 個別性を重んじ,対等性を主張する参加者へのルールとしてもSSTに活用され ているとして,筆者は世界精神保健連盟1993年世界会議で報告した。また,ソー シャルワークの問題解決アプローチを構築したパールマン, H.H. が提案してい る6つのPとされるperson(人)・problem(問題)・place(場所)・process(過程)・

professional(専門家)・provisions(制度)もアセスメントや行動リハーサルの場 面設定に欠かせない。

 さらに,SSTはリハビリテーションでもあるため,アセスメントでは当事者 と共に話し合い,当事者の希望に即した目標を設定することになる。できてい るところから,少しずつ自分の能力に合わせてステップアップしていくという 学習方法となる。そのなかでソーシャルワーカーもどのような態度で臨めば効 果的かを考え行動する態度変容の必要性に気づかされるのである。

 2006年の障害者自立支援法が施行されてからは就労支援にも福祉側の支援が 強化され,リハビリテーションの指導にSSTが活用されている。就労準備,就 労定着などがそれにあたる。しかしながら,就労支援は生活全般の一部であり,

職業リハビリテーションの前に日常の社会的スキル学習が必要と思われる。例

えば,家族との会話,初めて出会う人との会話,自分から話しかけていく会話

などは,職業リハビリテーションより先に基本的な社会的スキルとして身につ

けておきたい。最近ではメールやSNSで連絡を取り合い,相手と顔を合わせず

声も聞かずにすむ会話が成り立っているため,面接場面や直接伺いを立てる場

(15)

面で会話が不得手である人が多い。

 「やってみせ,言って聞かせて,させてみて,ほめてやらねば人は動かじ」

という山本五十六の言葉に深い人間性を感じられるように,SST技法を繰り返 す練習が当事者を安心に導き,やる気を起こさせるに違いない。

第3節 さまざまな分野へのSSTの広がりと課題

 医療から広がったSSTは,これまで触れた社会福祉や司法だけでなく,教育 や職業へと広がり,各分野では細分化が始まっている。

 社会福祉分野では,精神障害者だけではなく,地域支援サービスの中でさま ざまな障害者に対してSSTが取り入れられている。また,児童福祉の分野でも 児童の社会的スキル学習や親子支援において取り入れられたり,高齢者分野に おける訪問サービスの中で当事者の自己決定をうながす1つの方法として利用 されることもある。

 司法分野では第1章でも触れたように,矯正教育や更生保護施設,保護司な どSSTの導入に広がりを見せているが,当事者の自立生活支援にどのように役 立っているのか,エビデンスに基づいた調査が得られにくいため,大抵は当事 者のその日の感想を聞くだけにとどまっている。しかし,2006年から始まった 特別改善指導のうち,性犯罪再犯防止指導では,出所後の行動も視野に入れた 追跡調査がおこなわれ犯罪白書に示されている

(45)

 矯正教育では,閉ざされた社会にいるため,現実の社会が見えにくく,自立 更生に向けて不安を抱えている当事者が大半を占める。SSTの外部講師として 赴くと当事者からは講師の言動に注意が向けられていることに気づく。外部講 師の参加は,当事者を社会に迎え入れるつなぎの役割を担っているとすれば,

参加することそのものがソーシャルワーク実践であり,生活者として互いの力 を認め合い継続して社会生活が送れるように支援しているのである。

 更生保護施設では矯正教育でのSSTの体験を受け継ぎ,働くことを前提とし

(16)

たコミュニケーション場面に練習課題が用意できることとなり,相談もしやす く,さらなる不安の軽減につながると思われる。

 一方,地域で支援を続ける保護司の場合,リバーマンの言う「笑顔を絶やさ ない,当事者と自発的に接することができる人」

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という理想像に近づくため に,保護司のためのSST研修がおこなわれている。SST研修を受けることによ り面接の中で取り入れられることが増えている。また,前田は少年院の当事者 たちから保護司への希望をアンケート調査し,「少年院で頑張ってきたことを 聞いてくだされば話しやすいです。」「元気?最近どう?悩みはない?と聞かれ るだけじゃなく,少し雑談して,そういう服はどこで買うの?どんな音楽を聴 く?というようなのも混ぜて話してくれると,仕事としてじゃなく,知ろうと してくれていると話しやすくなる。」などの当事者の声を保護司に配布される

「更生保護」に掲載している。この内容は,保護司のためのSST研修においても,

講師から保護司へ伝えられているものである

(47)

 教育分野では,幼児教育に仲間づくりなどに重点を置いた教育の中でSSTが 活用され,中学・高校では怒りのコントロールなどを主軸にした友人関係,大 学では社会福祉専攻の学生に実習指導で事前学習にコミュニケーション学習や 就活のキャリア教育などにSSTが活用されている。また,特別支援学校では,

ゲームを通した社会のルールや友達づくりなどにSSTが応用されている。どの 段階も孤立しない対人関係の構築が必要不可欠だといえる。

 最近では,福祉事業のなかで就労支援が強化され,障害者を受け入れる企業

のなかでも障害者の定着支援に力を入れている企業が増えてきている。すべて

の企業がグループ活動をしているわけではなく,従業員一人ひとりがSSTを理

解し必要に応じた場面で活用できるように,社員教育として独自に研修を実施

している企業が増えてきた。しかし,JST(Job Skills Training)として職業リ

ハビリテーションでは,障害者への指導が実施されているが,SSTはセルフコ

ントロールであることを忘れてはならない。

(17)

 また,社会福祉協議会の動きにも注目したい。

 市民後見人養成講座において,市民後見人としての知識を修了した後の演習 に,SSTを取り入れている自治体がある。市民が市民を支援するには面接の仕 方やそこでのコミュニケーションスキル学習にSSTが活躍している。市民とし ての共助が拡大していくことに期待したい。

第3章 矯正教育実践者へのインタビュー調査

 今回の研究を始めるにあたり,矯正教育でSSTを実際に実施されている職員 へのインタビュー調査を実施した。矯正教育から更生保護,地域支援のSSTに ついてどのように継続されているかを把握し,今後のSST実践に活かしたいと 思ったことにある。そこで,筆者の報告した全国104か所の2012年更生保護施 設SST調査と同様の質問項目とし,比較することにした。しかしながら,矯正 施設の調査実施の困難さがあり,矯正教育の中でSST実施をしている,あるい はしていた経験者のうちインタビューに応じてくれた職員の話を総合的に整理 して,課題整理をおこなったものである。

第1節 調査の概要

(1) 調査の目的

 法務省における矯正教育と更生保護事業で取り入れられたSST(社会生活技 能訓練)の実践は,新しい動きを見せながら拡大化の傾向にある。一方,施設 内処遇である矯正教育と社会内処遇である更生保護事業との間にSSTがどのよ うな影響を与えてきたのか,その詳細は明らかにはなっていない。すなわち,

矯正教育と更生保護が2本の柱として成り立ち,先行研究や論文においても総

合的なSSTの取り組みを紹介している研究が少ない。したがって,施設内処遇

から社会内処遇へ,そして自立更生して社会生活を営むためにSSTが寄与でき

(18)

ることがあるのだろうかということに着目することにした。2012年更生保護施 設SST調査の結果を踏まえ,矯正教育の中で取り組まれているSSTについて,

SST実践者である矯正教育の教官や指導官らに聞きとり調査をおこなうこと で,矯正教育と更生保護における連携のあり方を探り,地域への展開を目指し ていくものである。

 具体的には,①矯正教育から更生保護へ移行する際に必要な社会的スキルと して何が柱となるのかを明らかにする。②社会内処遇である更生保護施設から 真の自立生活を営むために必要な獲得しておくべきスキルを把握する。③生き づらさを抱える当事者の地域における居場所とそこでのセルフヘルプ活動への プログラム構築を模索していく。

(2) 調査の時期

 2018年6月1日~8月31日まで

(3) 調査の対象

 矯正教育に係る専門官,法務教官,刑務官,外部講師らで 実際にSST実践をおこなっている職員を対象に聞き取り調査を実施する。

(4) 調査方法

 訪問インタビュー調査

(5) 調査項目

 1) これまで矯正教育の中で取り組んできたSSTの課題は何でしょうか。

 2) 実践していく上での良かったこと,困ったことを教えてください。

 3) 継続して実践していくための工夫や改善点は何でしょうか。

 4)  矯正教育の現場から更生保護へ移行する際の連携を確実なものにする ために,取り組む必要のある事がらは何でしょうか。

 5)  当事者の自立更生に向けて必要と思われる社会的スキル学習プログラ ムの内容は何でしょうか。

(6) 倫理的配慮

 明治学院大学倫理審査(SW18-01)を受けた。

第2節 調査の結果の概要

 SST指導経験者の声からは,少年鑑別所ではグループでのSSTをおこなうこ

(19)

とはないが,面接など個別に応じて実施されているとのことであった。少年院 でのSSTは,出院準備期に入った者を対象に,社会内で想定できる内容を取り 上げてロールプレイを通して実施したという。刑務所では,釈放前教育の中で SSTが実践されているところもあるが,出所する時期とは関係なくSSTが実施 されているところもあった。

 1) これまで矯正教育の中で取り組んできたSSTの課題は何でしょうか。

 取り組みの内容としては,少年院では出院準備ということもあり,「不良行 為の断絶」「悪い先輩など,昔の古い仲間に会ってしまったときの断り方」「保 護司さんへの挨拶の仕方」「家族に謝る」「親方さんに謝りに行く」「電話で仕 事の休みを伝える方法」などが主であった。また,刑務所では「謝罪する」「お 礼を言う」「就職面接で履歴書の空白期間をどう説明するか」「飲み会を断る」

など,出所準備に向けて必要と想われる対人関係場面の課題で練習をおこなっ ている。特に「謝罪をする」というのは社会に出たときに必ず直面する場面で あるため,重要なのではないかと述べていた。

 2) 実践していく上での良かったこと,困ったことを教えてください。

 実践上のことでは,当事者との関係が良くなり,叱ることが少なくなったと いうことが大きいという。そして,SSTに参加した当事者から「やってよかった」

という感想を得られる時が実践者として手ごたえを感じたときだったという回 答が全んどの実践者から得られた。一方,苦労した点では,認知行動療法全般 にいえることではあるが,普段の教育とSSTとが真逆の指導であるため,矯正 教育に相容れないところもあり,気持ちの切り替えが難しかったと回答された。

また,SSTのテーマが出所後のこととなると宿題(練習した課題を実際の場面

で実践してみること)を施設内で用意することができず,実際におこなってみ

たのかの結果報告を得られない点はジレンマとなるようであった。しかし,出

所後に手紙で宿題報告をしてくる当事者もいるとのことで,そのようなことが

あるとモチベーションが高まったという。

(20)

 3) 継続して実践していくための工夫や改善点は何でしょうか。

 本来,SSTは当事者の希望にそって実施されるが,当事者から練習課題が提 案されない場合は,指導者によって共通課題でおこなうことがある。

 したがって,共通課題では各自の動機づけが弱いため,スキルとして身につ いていかない。そこで,事前の面接のなかで,日常において使えそうなスキル を当事者に選んでもらうことや,当事者の動機付けを高めるためにも,日課で あるSSTグループを崩さずに実施していくことが重要であるといえる。また,

障害のある当事者へのSSTには,SSTだけではなくストレスコントロールなど も加えられて実施されている。さらに,モデリングの際は,コリーダーが対象 者の傍について確認をすることで,理解を深めている。練習課題を矯正施設の なかでも使えるように,宿題に工夫がみられる。その他,職員自身がSSTを学 ぶことも大事という。

 4)  矯正教育の現場から更生保護へ移行する際の連携を確実なものにする ために,取り組む必要のある事がらは何でしょうか。

 SSTが導入されたばかりの頃は,職員が指導記録の欄にSSTで学習した状 況を記載していたが,現在は複数のプログラムを総合的に評価をするため,

SST 1つを取りだして評価するということは難しいという。学習したSSTを次 につなげていくためには,職員が積極的にSSTについての学びを記載し,受け 取った側もそれに注目する必要があると述べていた。

 5)  当事者の自立更生に向けて必要と思われる社会的スキル学習プログラ ムの内容は何でしょうか。

 職員は面接のなかで,当事者の社会的スキルのアセスメントが必要となって くると同時に,当事者のSSTへの動機づけが重要となる。つまり,SSTグループ でいきなりロールプレイで練習するのではなく,自分の課題はどこにあるのか,

それを改善するにはどうしたらよいか,どの課題から進めていくのかなど,SST

をおこなうための目的を理解し,練習するというプロセスが必要であるという。

(21)

 今回の調査において矯正教育から更生保護へ移行する際には,保護観察所 に提出される報告書に矯正教育で実施したSSTの具体的内容が記載されている と,更生保護施設職員の目に留まりやすくなり,さらには,保護観察官も地域 で支えている保護司に伝達が容易になるということが理解できた。

第4章 司法分野におけるSSTの実際

 それでは,どのような過程を経て現在のSSTが実施されているのか,実践の 様子及び聞きとり調査をもとに整理してみたい。

第1節 矯正教育におけるSSTの実際

 1993年に吉村らが「ロールプレイングの指導手引き」を作成するときに,

SSTの理論を参考にしたのだという。SSTを効果的に進めていくためには少年 らの非行に至る過程を,社会的能力の欠如という視点からとらえられるとして,

社会生活で予想される問題について,その対処方法を少年院にいる間に指導し ようとしてまとめられたものが全国の矯正施設へ配布されたのである。この手 引きをもとに,矯正教育にかかわる職員研修が始まっていったと聞く。

 吉村らは,社会的スキルという概念から少年たちを見ていくと,「忍耐力や 持続力がない」,「ものの見方が被害的で不信感が強い」,「人との関係を築い ていくコミュニケーションスキルがない」など,社会的スキルの欠如から学校 や職場に適応しなくなったことが非行につながると考えた。矯正教育の場面で SSTを取り入れていくときに,少年鑑別所からこのような情報提供があればよ り有効だと期待されてきたのである。

 2006年の法改正により特別改善指導の就労支援指導に,当事者の自立更生に

向けた取り組みにSSTが導入された。筆者もSSTの外部講師として関与してい

る。当初は就労支援指導ということであり,就職面接の場面において,「履歴

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書の空白期間を問われたときにどう答えるか」など仕事に関する内容がほとん どであった。また,就労支援指導の1つである介護支援員の養成科では,当時 は講習後に刑務所外での実習がおこなわれていたため,実習がリアルタイムで スキル獲得につながっていった。例えば「食事介助で口を空けてくれない高齢 者にどう対処したらよいか」「地方出身なので話しかけられると方言が出るの で嫌なんだ」など,親和的スキルが課題となることもある。SSTを活用した指 導では,こうした日常的なコミュニケーションスキル学習が基本課題として提 案されることが望ましいが,矯正教育の場合,SSTグループ参加者の出所時期 が明確になっていることが少なく,出所後のイメージが想像しにくく,自身の 社会的スキルの練習課題が明確化されないという課題も見られる。

 また,外部講師としては職員の協力はとても重要であり,職員の中には事前 にSSTのビデオ

(48)

を当事者に見せて,練習課題を挙げて準備する職員もいれ ば,自分自身がSSTのリーダーを買って出る職員もいた。

 さらに,当事者が障害を抱えるグループでは,特に事前情報提供が必要とな り,セッションの内容を職員と確認しながら進めていく。

 それでは,実際に矯正教育の中でSSTはどのように実践されているのか,少 し紹介をしてみたい。

 A刑務所では2005年の法改正後から,特別改善指導の中でSSTを導入してお り,年に数回外部講師によるSSTがおこなわれている。1グループ10名前後の 複数グループ(1日1時間を2日間)を実施している。事前にSSTについてのビデ オを当事者に見てもらうことで,SSTのイメージを事前に学習してもらうよう にしている。そうすることで初日はウォーミングアップをおこない,簡単な説 明の後に早々にセッションを始めることができる。

 しかしながら,複数の刑務作業からなる即席のグループであり,普段は言動

を制限されているため,いかにウォーミングアップで場を作るかが重要となる。

(23)

ゲーム要素を取り入れて自由に動き回れたり,自由な発言ができる内容を盛り 込むことにより,話しやすい環境を整えられるように心がけている。

 グループのよい雰囲気ができるとセッションも活発におこなわれる。セッ ションの内容は,事前に受講する当事者から練習したい課題のアンケートを取 り,それをもとに練習課題としている。近年のアンケート結果を見ると「初め て会う人や特に親しくない人を相手に会話を始める」という課題が抜きんでて 多く,その次に「相手の言うことに耳を傾ける」「求職面接を受ける」と続い ている。「会話を始める」や「耳を傾ける」などの会話技能は,日常的なコミュ ニケーションをおこなううえで必要だと感じているようである。また,「求職 面接を受ける」の他に就労関係技能として「上司からの注意に対応する」「職 場での会話に加わる」などの希望もあり,出所後の生活を見据えて課題を選ん でいる様子も伺える。その他にも,「頼みごとをする」「頼みごとを断る」「話 したくない話題が出たときの対応」「怒りの気持ちを伝える」など,自己主張 に関しても多くの希望があった。

 アンケートをもとにセッションをおこなうが,積極的に学ぶ意欲のある当事 者から実際に困っていることを練習したいと,その場で課題を提案されること もある。その際には希望をもとにセッションを進めていく。その中でも多いの が, 「求職面接の際に,履歴の空白(受刑中)をどう伝えるか」というものである。

この場合,SSTの技法のひとつである「問題解決法」を用い,仲間からの様々 な意見を参考に自分なりの対処法を見つけ,それを練習してみるというセッ ションをおこなう。この課題は多くの当事者が気にしている点であり,課題を 挙げた当事者だけでなく,グループにいる多くの者が参考になったと感想で述 べることが多い。

 また,他にも「家庭を守ってくれている妻にお礼と謝罪をしたい」「(今後の

ために)名刺交換の練習をしたい」「刑務官に自分の意思を伝えたい」など,自

身の課題を実際に練習することでモチベーションも上がり,グループの仲間に

(24)

はリアリティが伝わっているのが感じられる。

 実際のセッションは時間が短いためグループ全員が練習をすることは難しい が,仲間の練習を観察し,よいところをほめ,さらによくなるようにアドバイ スを送ることで,自身が練習しなくても多くを学ぶことができる。セッション の最後に感想を一人ひとり述べてもらうが, 「参考になった」だけではなく「自 分とは違う意見を聞くことができて良かった」「機会があったらやってみたい」

というプラスの感想を聞くことができる。

 しかし,ここまで述べたような順調に進むセッションばかりではない。多く の場合は強制的に参加を強いられている。そのような当事者のなかには,何の ためにSSTが必要なのかを理解しないまま参加に至る者もいる。その場合,参 加の動機を見いだせずグループの輪に入ってこなかったり,同じ思いの仲間同 士でグループを乱すこともある。そのような者がグループにいる場合,やる気 のある者がいてもなかなか活発なグループにはならない。

 短い期間でおこなうSSTであるため,短時間で活発なグループを作り上げな ければならない。少なからず動機をもって参加してもらうようにするために SST外部講師として何ができるのかが今後の課題となる。

第2節 更生保護の分野から

 第1章の表1に見られるように矯正教育と更生保護にSSTが導入された時期

は,更生保護事業の方が5年ほど早く導入されている。最初は東京保護観察所

においてSSTの研究が実施され,その後更生保護施設職員のSST研修が実施さ

れた。そして,1995年には更新会で初めて取り入れられている。保護観察所の

呼びかけで進められたSST研修を受け,2012年更生保護施設SST調査において

全国104か所のうち32か所であった。また,一度も実施したことのない施設は

28か所で,全体の約27%であった。つまり,7割強の施設で一度は実施してい

たことになる。

(25)

 継続することの困難さの要因は「職員の業務が多忙である」「SSTの研修に 行った職員が退職した」「SSTを学ぶ時間が少なくて実施するにはスキルが不 足」という回答が多く見られた。また,当事者との関係では「在院期間が短い のでSSTによる効果が不明」「就労優先なので時間が作れない」「任意参加なの で拘束力がない」など,ジレンマも多く聞かれた。また,「少なくとも更生保 護施設にSSTが導入されて10年は経過しているが効果があったというエビデン スが示されていない」という意見も見られた。さらに,継続するには外部講師 に依頼したいとする施設が圧倒的であった。しかし,そのような希望がありな がら講師への謝礼が支払えないとする施設もあった。現在では補助による改善 が進められているという。

 大規模更生保護施設では,入所して間もない当事者に焦点を当ててSSTを実 施していたり,依存症がある当事者には地域のアラノンやAAなどのセルフヘ ルプグループへの参加を奨励している。また,地域支援機関でおこなわれてい るSSTに参加している当事者も少数だが,見受けられた

(49)

 それでは,更生保護施設による実践をみてみよう。

 B更生保護施設では月に2回,1回1時間のSSTを外部講師を招いて実施して いる。2000年代前半から導入されたSSTであるが,施設長が何代か変わった現 在でも続けられている。基本的に当事者は当日仕事がない場合はSSTに参加す ることとなっている。さらに施設職員も数人参加するため,大所帯のセッショ ンとなることもある。

 施設の中においては当事者同士の関係性がすでに出来上がっているため,

ウォーミングアップはゲームをしたり,季節ものを取り入れてみたりと,身体

や場を温める準備となっている。軽いウォーミングアップの後,SSTに初めて

参加する当事者がいる場合には,SSTの説明をおこなってからセッションを始

めていく。

(26)

 セッションの練習課題については,当事者から練習希望が出た際にはそれを 優先させるが,自分から練習したいという当事者は多くない。そのため,事前 に施設職員と外部講師の間で情報交換をおこない,「新しく入所してきた人が 多いから『雑談をする』はどうか」「仕事を辞めてしまった人がいるから『仕 事を長く続けるために』がいいかもしれない」というように,入所者からの希 望が出ない場合を想定してあらかじめテーマを打合せしている。

 これまでさまざまな課題で練習しているが,そのなかでも多く取り上げられ ているのが「金銭管理」についてである。金銭管理をテーマとしたSSTの一例 を紹介したい。

 更生保護施設の当事者は一定の入居期間のうちに社会復帰を目指すこととな る。つまり,入所している間に貯蓄も必要になるため,このテーマが定期的に 課題となるのである。セッションでは当事者がそれぞれ,自身がおこなってい る金銭管理の方法や金銭に関して気を付けたいこととして,「用途別の封筒に 入れる」「社長や施設長に預かってもらう」「自炊するようにする」「自由に使 うお金の金額を決める」など,さまざまな案を出す。そして,人を介す内容の ものを取り上げ,練習をする流れとなる。「社長に預かってもらう」場面であっ たり,「自炊したい」という当事者が「施設職員に料理を教えてもらう」とい う内容で練習となった。このように,一見コミュニケーションと関係ないテー マであっても,やり方次第でSSTとして練習できるのである。

 練習課題は他にも「仕事を長く続けるために」 「上司や同僚との付き合いかた」

「わからないことを確認する」「就職面接」など,その時の入所者の状況に応じ てテーマを設定している。

 1時間という短いセッションのなかでは数人しか練習できないが,仲間の練 習を見,周りの意見を聞くことで自身の学びとなっている。セッション後には

「役に立った」「実践してみたい」「他の人の意見が参考になった」という感想

が多く聞かれる。

参照

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