マルサスの人口理論
一︑マルサス人口理論の生成と本髄 南亮三郎 ,
マルサスの人ロ理論は︑二つの意味で論争の産物である︒それは先づ︑當時焦眉の思想問題たりし就會完全
化読を緯つての︑彼れの父との討論に︑その直接の端を稜した︒父ダニエルは此の新思想を辮護し︑子ロバア
トはこれを攻撃した︒その所産こそ︑一七九八年(序文日附六月七日)ロンドンに於て︑最初は匿名で褒表せ
められたるマルサスの﹁人ロ原理論﹄に外ならない︒匿名の著者は︑その父を﹁一友人﹂と假構して︑自身で語
る︑
﹁本論丈に︑ゴドウ4ン氏の﹃研究者﹄中に於ける貧慾と濫費論に關しての︑一友入との會話に︑その端た襲すろ︒この討
論に︑鮭會將來の改善に就いての一般問題に始まつ表︒そして署者に最初︑その友入に自分の思想な︑會話ですろよ・りもよ
吻明瞭に行ひ得るだらうとの考へから︑ほんの︑紙上に蓮べてみろ積りで︑座に着い穴のである︒然うに︑問題が著者に明
かになるにつれて︑彼れが今まで出會にうとも思になかつ六若干の考へが浮んで來六〇そして著者に︑かくも一般に興味あ
マ〃サスの入口哩論M四三
1)AnE3sayonde乃 ・珈ipleef■'・?ula!加,asitaffectsthe/be'ure吻7伽
耀 曜 げ5・̀吻.㈱ ゐremtarks〃 多珈 吻 勿如 伽 ρ!〃 ・ σ ・dwin・ 鉱 伽 ・
derce',4〃40'1勧 プ"ノ4属 〃r5.LondonI798(anonymou5)・
}四四
る論題に就いての︑どんな︑ささやかな光・りでも︑公亭に受け容れられるに蓮ひないと思ふ六ので︑公刊する形でその
b思想な叙べ二うと決するに至つ索︒﹂
次に第二に︑マルサスの人口理論は︑彼れの同時代人との熱心なる不断の論争を通して成長して行つた︒
﹁肚會將來の改善に就いての一般問題﹂に關する︑その﹁一友人﹂との︑その父との︑討論に端を襲した﹃人
口原理論﹄は︑其盤に叉︑ゴドウイン︑コンドルセー等々の完全化論者に向けられたる論争文であつた︒煽
邊の談論に於て父を破つた1但し吾々はその爲めに父が改宗したとは聞いてゐないーマルサスは︑論壇
に向つては︑これ等の完全化論者に双を擬したのである︒それより四年を隔てた一八〇三年には︑彼れ自か
ゐら﹁新著と見徹し得べし﹂とする増訂新版(第二版)が出で︑一八二六年までに版を重ねること六同︑内容
字数に於ては︑その初版に比し實に五倍の増加を示す大著にまで成長した︒この論著の成長は︑同時に彼れ
の理論の成長でもあつた︒そして理論の成長は,主として彼れの︑同時代人乏の論孚に員ふのである︒
かく云ふとき私は︑無論︑第二版及びそれ以後の版本が論宰文たる形態と性質とを捨て去つたといふ外見
上の事實︑並びに通行の解綿を無親するのではない︒﹁醐八〇三年にはマルサスはもはや︑ゴドウインやコ
ンドルセーを論駁してはゐなかつた︒彼れは眞實に人口に就いて論述しつ﹄あつた︑﹂﹁マルサスは聰明なる
論争家たることを止めた︒彼れはむしろ︑人ロ問題そのものに興味をもつ維濟學者の役割を選んだ︑﹂﹁第一
版の議論は人間完全化の思辮に封して向けられてゐた︒第二版は︑貧民の状態と︑彼等の困態を救ふ可能性
1) 2) 3)
1lnZな54ソ,1sted・prefacep・i・
Cf.MemoirofRobertMah11ロs(byαte⇒,P.38hユ3Malthu㍉2㍗ 吻 伽 げ Pelitical茂oπo耀 ソ,2ndposthumoused.London=836.
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ほα臨ρvcrym胆chenlarged.ByT。R.Malthus.Londo臓1803?refaDe,p。 ▽,
とに︑その注意を向きかへてゐる︑﹂(ブイールド)︒この事賓を端的に表明すべく︑﹃人口原理論﹄がその
副題を第二版に於て愛化したのも︑知られた事柄である︒形態の上から︑及び叉内容の上から︑﹃人口原理
論﹄は確かに︑軍なる論櫛文たることから自からを止揚した︒同時にマルサスは︑若き熱情の評論家たるこ
とより︑冷謡⁝なる實践的研究者へと︑自からを高めた︒かくて︑ケインズをして語らしむれば︑第一版は︑
﹁一方では完全化論者の反駁に︑而して他方では︑その反封の外観にも拘らす︑造物主の方法の辮護に︑係
もぬカはつたる先瞼的著作﹂であつたに反し︑﹁後版に於ては︑政治哲學が政治経濟學に道を譲り︑肚會史上に於
わ▼ける一開拓者の蹄納的誰明に擦つて普遍的原理が敷かれてゐる︑﹂のである︒
併しながら︑人は︑この論著の成長と態度の高揚とには︑彼れの同時代人との論争が︑彼れの批評家達の
批評が︑不断の役目を演じたことを見逃してはならない︒マルサスが︑﹃人口原理論﹄を続つて︑彼れの批
評家達と︑特に最初の而して絡生の論敵たるゴドウィンと︑如何なる論孚を絡始したかは︑別の筆者がこれ
かを明かにするであらうが︑彼れが自から第二版の序文に於て︑﹁原理上︑第一版から異なるに至つた﹂と云
⑪へるもの︑即ちかの﹁道徳的抑制﹂の導入も︑當の論敵ゴドウィンの示唆に員ふこと略ぼ誤まりなく推し得
る所であるし︑後版に於ける些細なる僻句の︑或は又大いなる章句の添創にすら︑注意深き且つ鋭敏なる讃
者は今猫ほ︑十重二十重にマルサスを包み圃みし批評家群の庖障を︑偲び鵜くことが出來るであらう︒・
﹁こ﹂に提出ぜる主要原理に異論の絵地がない︒從つて︑若しも私が輩に概槻な叙べうに止まつてゐ穴ならば︑私に難
マルサスの入口理論}四五
1) 2) 3) 4)
」。A.FieldgZi3says〃 多 」Popula'肋 伽4Po漉 グ 勿 ㈱,ed。byH.F。Ho㎞an, Chicago1931,PP.262,263,and265.
」・M.Keynes,F"says初BiograPhpt,工ondo鳳=933,P・H7.
Malthus,・ 肋Z畑 γ,2nded.preface,P.v五i.
SeeMa1出us'slettertoGodwinreprintedinKeganPaui,$疏 臨 翻G∂ 伽,
London1876,vo1.i,P.323;andc£W.Godwin,s■'heughlsoccasfOnedby
tゐe1セ ノZAsalげ2ワ グ、1乞 ノ〆55聾}彦415診 コr〃"",ρ 」藍̀.London18Q=,P.76.
一四六
攻不落の要砦に勇な固め得六であらうし︑この形に於ける本書は遙かに手際よき風威彪装ほひ得糞でもあらう︒だが併し︑
か﹂ろ概観に︑敦とへ抽象的眞理の原因な提出し得にしても︑何等か實際的な善な促進することに滅多にない︒そして私に
考へ於︑若しも私が︑本問題よサ必らず襲出すると思にれる諸蹄結iこれ等の蹄結が何であらうとーの何れかな考察す
ることな拒否し穴とすれば︑私は本問題な正當に取扱ふて公亭なる討論下に拉し來たる所以とはならないと︒けれども︑此
の計書為遂行することに工つて私に︑多くの反謝論に︑そして恐らくは︑遙かに痛烈なる批剣に︑一門戸な開い☆ことな知
つてゐろ︒併し私は︑私が隔りでもすべき錯誤でさへが︑論議への把手と︑瞼謹への彌や増ぜろ刺戟とな供することによつ
て︑批會の幸旛とかくも密接に結合ぜる一問題に工り以上の一般的注意な喚起ぜんとする重要目的に︑役立ち得んことな想
めふて自から慰め質いo﹂
恥一つの論策彗8ψミにあらすして今や一つの學術論文潜9薮︒︒︒であると稻せらる瓦第二版︑從つて叉そ
れ以降の版本でさへが︑些かも掘ぎなきマルサスの論孚的心構へを傳へ藏せること︑右一文の示すが如くであ
る︒マルサスの﹃人ロ原理論﹄は︑從つて彼れの人ロ理論は︑かムる事實上の︑及び心意上の論争を通して成
長して行つた︒洵にボオナアの云へる如く︑﹁彼れは一書を書きつ放しにして︑彼れの死後︑世人がそれに就
いて孚論するに委ね置いたのではない︒彼れは世人を自分の伴侶とし︑そして︑あらゆる討議を自著の改良の
ヘへもももの資料たらしめたのである︒これが人ロ原理論に︑経濟學上の諸著作の間にあつての︑猫自の地位を賦與する︑﹂
所以である︒
意圖する直接の主題を傍らに眺め乍ら︑私は以上︑絵りにもくどく︑論争書としての﹃人口原理論﹄の生成
O
=) 2) 3)
】Mゑ1thus,!ln菰5咤 ソ,2nded.pfeface,P.vi;6thed。voLi・preface,P・vii・
Bonar,sNotesonMalthpts,5FirstESsaJ!,Londonlg26,p.i.
Bo皿aτ,Malthas姻HdS肋 ノ・る,2nded・London1924,P・50・
'
を語つたかも知れない︒けれどもこれは︑マルサスの人ロ理論とは何か︑マルサス入ロ理論の本髄は何虜にあ
るか︑を詮索究明せんとする本文に訣くことの出來ない前置であつた︒事實︑マルサスの人ロ理論は︑﹃人ロ︑
原理論﹄の成長と共に成長して行つた︑從つて︑彼れの理論の核心を探り索めるの作業は︑か玉る﹃原理論﹄
の生成を顧慮してのみ充全に果され得ると私は思ふのである︒
そこで私は改めて問題を立てる◎マルサス人ロ理論の本艘は何であるか?・
然か問ふ場合私は一慮︑前段に於て所々それを使ひ分けて來たやうに︑マルサスの﹃人口原理論﹄と其の申
に含有せらる玉彼れの人ロ理論とを匿別してゐる︒・﹃人口原理論﹄は︑その第一版の形に於ては﹁人ロ原理が肚
D會將來の改善に及ぼす影響︑並びにゴドウイン氏・コンドルセー氏・其他論者の思癬に關する評論﹂であり︑
その第二版以下の形に於ては﹁人ロ原理が過去及び現在に亘ウ入類の幸幅に及ぼせる諸作用の観察︑並びに︑
此の原理より生する諸悪の︑將來に於ける除去乃至は緩和に關する豫測の研%﹂である︒何れも﹁人口の原理﹂
を﹁論﹂じてはゐるが︑その﹁原理﹂の何であるかは未だ第一版の形に於ては充分に明かではない︒其塵では
もヘへ彼れは寧ろ︑﹁人ロの原理﹂を殆んど旦明のものとして論敵に封ひ擬した︒從つて吾々は︑1彼れの人ロ理
も論は此の﹁人口原理﹂を旋同申心とするものであるからーー第一版に於ては無論︑理論の罷系化的試みに接す
ることは出來ない︒﹃人口原理論﹄は愛りなく其虜に在つた︑併し﹁原理﹂自盟の究明︑理論そのもの玉展開
は︑未だ其盧に見出すを得ないのである︒﹁元々彼れは人口原理を︑唯翠に︑完全化に就いての彼れの父との
マルサスの人口理論一四七
1)Subtitleofthefirsteditionof)be(【althus,s・ 疎5尾 ソ.
2)Subtitleofthe2ロdandfollowingeditions.
渚,
一四八
討論に於ける一武器として︑使用したに過ぎない︒今や(第二版に於てー61用者)彼れはそれを︑それ自身
わのために研究した︑﹂のである︒併し吾々は同時に︑全版本を涌じて︑注意せねばならない︒‑﹁マルサスの
人口論文は︑人口問題を自己目的として凡ゆる側面から照明しようとした概論書ではない︒照明の封象は︑む
しろ︑人ロ問題ではなくて肚會問題であり︑その照明の手段が﹃人口の原理﹄であつた︒この原理に擦つて︑
わ肚會問題は︑その解決の可能性に向つて探究せられたのである︑﹂(ブツヂエ)︒それ故にこそ吾々は︑マルサ
ス人口理論の本盟を詮索するに方つては︑一方では﹃人ロ原理論﹄の成長に︑而して他方では此の論著の非概
論的性質に顧慮して︑少くとも第一版と最経の第六版とを比較しつ玉︑理論構成へのより本質的なるものを飾
ひ別くるの作業を行はねばならない︒
むマルサスは時に﹁全く不明晰な著作家﹂と評せられる︒事實︑如上の作業を行ふに方つて︑吾々も亦︑略ぽ
相似たる印象を感得する︒何が﹁人口の原理﹂であるか︑何が彼れの理論の本饅であるか︑それは然かく容易に
答へ得ない問題なのである︒その責の多くは︑右に述べた如き論著そのもの瓦成長事情と性質とに麟するであ
らう︑だが併し︑責の露屡はどうであつても︑後代人による正しき解読の困難は攣りなく此の論著に附き纏ふ
のである︒それ故に︑すでに古びた引用ではあるが︑次の如くに云へるキヤナンの述懐は樹ほ後至者の多くを
して唱和せしむるに違ひない︒曰く︑﹁若しも直戴に︑マルサスによつて理解された人口の原理とは何か︑何
のがマルサスの人口理論であるか︑と問はれたならば︑最も竪實なる経濟學者は躊躇するであらう︑⁝⁝﹂と︒
a・nan,濯 ∬bS't・r70ftheThe・ 廊 げ ■ケ・dzsctiona〃 〃)dS〃 劔 畝3τd
・ondonIgK7,P.133・
ユdge,1)asMa〃thzas,sch8β8ッ ∂'1るヒ9/Ptngsgesetzundddeth8〃'e'isch8/Vationa1。
,〃3をderletzten■ahrxehnte,Karlsruhe1912,S・6.
【ombert,Bez,tilk〃 μngs〜e'"♂,JenaI929,S・170・
ang7%eeriesoゾLPredzection認1)』i釦 ピributia4,3rded。P・134。
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