一17一
通貨 改 革 前 後 の西 ドイ ツ労 働 市 場 吉 武 清 彦
12345
は し.が き
若干の術語 の定義
通貨改革前 の西 ドイツ労 働市場 通貨改 革直後 の西 ドイ ツ労 働市場
1949年 よ りエ950年初頭迄 の労 働市場
結 論
'
は し が き
戦 後 西 ドイ ツ経 済 の急 速 な 再建過 程 は 世界 の 各 国 か ら注 目 され,再 建 の諸 .要 因 に就 い て 多 くの研 究 が な され てお る。復 興 の外 因的 要 因 と して,例 へ ば マ ーシ アル援 助 資金 の合 理 的 な使 用 や1950年 以 降 の 世界 的 好況 に基 く輸 出 の 増大 等 が挙 げ られ,内 因 的 要 因 として通 貨 改革,自 由主 義 的 な経 済 政策,自 立 的 な 貿 易政 策 が挙 げ られ て お る。これ らの諸 要 因 の うちい つ れ が最 重要 な もの で あ るか を決 定 す る こ とは決 して容 易 で は ない で あ ら う。 しか しな が ら,筆 者 の 見 解 に依 れ ば,戦 時 経 済 の 遺 産 た る過 剰 通 貨 累積 の悪 循環 を断 ち切 り,生 産 を飛 躍 的 に増大せ しめ るの に最 大 の役 割 を果 し た もの は通 貨改 革 で あつ た。更 に又 東 西 ドイ ツ分 割 に 基 く経 済 構造 の変 化,約 一 千 万 に も及 ぶ 各 種 避 難 民 の流 入 に依 つ て生 じ た人 口構 成 の変 化,こ れ らの変 化 に適 応 して新 しい経 済 構 造 と労 働 市 場 とを急 速 に,西 ドイ ツ内 に確立 せ しめ た の も通貨 改 革 で あ つ た。
本 稿 は,か 〜る見 解 に立 ち,通 貨 改 革 が西 ドイ ツ労 働 市場 に とつ て如 何 な る 意義 を もつ もの で あ つ たか を確 定 す る こ とを 目的 とす る もの で あ る。西 ドイッ 労働 市 場 の発展 に就 い て は既 に我 が国 に於 て も詳 細 に紹 介 され てお るが,そ れ らは主 として50年 以 降 を取 つ てお り,敗 戦 よ り通 貨改 革 を申 には さむ1950年 以 前 の 西 ドイ ツ労 働 市 場 に就 い て は,資 料 の 入手 難 もあつ て未 だ充 分 に分 析研 究
くり
され て お らない 。筆 者 は最 近西 ドイ ツ労 働 省 の好 意 で50年 以前 の労 働 市場 に 関 (1)西 ドイツ労働市場 の50年 以前 の歴史 を 詳 細 に扱 っ た邦交交 献は殆ん どな い と云ee
一18一 商 学 討 究 第8巻 第2号
す る若 干 の 資料 を入手 した の で,そ れ ら資料 に基 き通貨 改 革 前後 の労働 市 場 の 変 化 を描 出分 析 して見 たい と思 ふ 。始 め に順 序 として西 ドイ ツの労働 市 場統 計 に用 ひ られ てお る若干 の術 語 の定義 を述 べ,次 に通 貨改 革 前,更 に は改 革後 の 労 働 市 場 の状 況 を述 べ る こ とに す る。
1.若 干 の 術 語 の 定 義 の
1949年 以前 の西 ドイ ツ労 働 市場 統 計 は専 ら占領 軍 に依 つ て各 占領地 区毎 に行
は れ た 。(ArbeitsblattderZonenverwaltung1946‑1949)筆 者 は こ の 統 計 資
料 を直 接 利 用 す る こ とが 出来 なか つ た。本 論 文 で使用 され て お る1948年 迄 の統 計 資料 は,専 ら筆 者手 許 に あ る諸文 献 の統 計 の転 載 で あ る こ とを断 つ てお か な けれ ば な らない 。な ほ フ ラ ンス地 区 に就 い て の資 料 は これ らの文 献 に於 て しば しば見 る こ とが出 来 なか つ たの で,通 貨 革改 前迄 は フラ ンス地 区 を除 外 し,英 米 地 区 に限 定せ ざ る を得 な か つ た場 合 が あ る。 な ほ1949年 以 前 の これ ら統 計 に
幹 っ て 良 い 。 た だ 比 較 的 詳 細 に 述 べ て あ る も の と し て は 『 ド イ ツ の 労 働 事 情 』(労 働 省 大 臣 官 房 統 計 調 査 部,昭 和25年 刊)が 挙 げ ら れ る 。 西 ド イ ツ の み で な く 海 外 労 働 事 情 に 詳 細 な の は 同 調 査 部 刊 行 の 『海 外 労 働 経 済 月 報 』 で あ る が,之 は1950年11月 よ り の 公 刊 で あ る 。 邦 語 文 献 と し て は 西 ド イ ツ 経 済 全 般 を 扱 っ た 研 究 書 並 び に 翻 訳 書 が 挙 げ ら,そ れ ぞ れ 一 章 を 設 け て 労 働 市 場 を 扱 っ て お る 。 若 干 の 例 は 次 の 如 く で あ る 。
IFO・lnstitutFUrWirtschaftsforschung,FUnf∫ahreDeutscheMark .Mttnchen.
ユ953.(邦 訳 『西 独 経 済 の 再 建 過 程 』 吉 野 俊 彦 訳 。 ダ イ ヤ モ ン ド 社 。 昭29) 日 本 財 政 経 済 研 究 所 編.西 ド イ ツ の 経 済 復 興 。 昭 和31年 。
TheIntemati㎝alLabourOffice,ActionagainstUnemployment.1950.(邦 訳
『各 国 の 雇 用 失 業 及 び 完 全 雇 用 政 策 』 労 働 省 労 働 統 計 調 査 部 訳)
(2)筆 者 が 西 ド イ ツ 労 働 省 よ り 送 ら れ た 文 献 の 若 干 を 記 せ ば 下 記 の 如 く で あ る 。 Entwick】ungundUrsachenderArbeitslosigkeitinderBundesrepublikDeutschland
1946‑1950.1950.Entwicklung,StandundGewichtderFYaueaarbeitslosigkeitin、
derBundesrepublikDeutschland.Bonn,1951,Diebesch盗ftigtenArbeiter, Angestel】teundBeamteninderBundesrepublikDeutschland1938・undl951.
Ana】ysederwestdeutschenArbeitslosigkeit1952.
な お 筆 者 の 手 許 に あ る 西 ド イ ツ 経 済 並 に 労 働 市 場 に 関 す る 文 献 の 主 な も の を 記 せ ば 次 の 如 く、で あ る 。
DeutscheslnstitntftirWirtschaftsforschung,DiedeutscheWjrtschaftZweiJahre nachdemZusammenbruch.1947.
V.Siebrecht,、ArbeitsmarktundArbeitsmarktpQlitikinderNachkriegSzeit, (KohlhammerVarlag;Stuttgart,1956)
DeutseheslnstitutfiirWirtschaftsforschung.WirtschaftsproblemederBesatzungs‑
zonen.1948.
He町C,Wallich,MainspringsofTheGermanRevival.(YaleStudiesin Economics5.;YaleUniversityPress,1955.)
匪
通貨 改革 前後の西 ドイ ツ労働市 場(吉 武)‑19一
於 け る雇 用 並 に失 業 に 就 い て の 定 義 を筆 者 は 遣 憾 な が ら見 出 す こ とが 出 来 な か つ た の で,1950年 以 降 の これ ち 術 語 の 定 義 との 比 較 が 出 来 な か つ た・が,雇 用 と 失 業 と に 関 す る限 りは,諸 文 献 に於 て統 計 は 何 らの 註 もな し に1949年 の 前 と後
とを 連 続 的 に 使 用 し て お る の で,筆 者 は 大 きな 異 同 が な い もの と見 倣 し て 使 用 し た 。 以下 現 在 西 ドイ ツ で 使 用 され て お る雇 用 と失 業 の 定 義 に就 い て 参 考 迄 に
記 して お く こ とに す る 。 、
現 在 の 西 ドイ ツ に 於 て 雇 用 並 び に 失 業 に 関 す る全 般 的 な 統 計 は 二 種 類 あ り・
一 つ は 『労 働 仲 介 並 び に 失 業 保 険 庁 』(DieBundesan8taltftirArbeitsvermit・
1ungundArbeitslosenversicherung)が 各 地 域 の 労 働 局(ArbeitShmter)を 通 じ て 定 期 的 に 行 ふ 労 働 統 計(即 ち 職 業 安 定 所 統 計)で あ り,他 方 は 統 計 庁(Die
くき
statistiScheBundesamtが 不 定 期 に 行 ふ 職 業 統 計 で あ る 。 こ の 二 者 の 間 に は雇 用 並 び に 失 業 に 関 す る定 義 に於 て 若 干 の 違 ひ が あ り,ま た分 類 方 法 も異 る 。 こ
の 論 文 で は 前 者 の労 働 局 が 行 ふ 定 期 的 な労 働 統 計 を 用 ふ る か ら こ の 労 働 統 計 に 就 い て 述 べ る こ とに す る。
こ の労 働 計 に於 け る雇 用 者 とは,調 査 日 に 於 て何 らか の 従 属 的 な労 働 関 係 に 立 ち,主 テこる職 業 に 完 全 に 就 業 し て お る労 働 者,職 員(Aiigestellte)並 び に 官
くの
吏 を指 す もの で あ る。之 等 の 雇 用者 は別 言 す れ ば 『健 康 保 険 並 び に失 業保 険 』 に対 し被 保険 者 た る義 務 を有 す る凡 て の雇 用 者 と僅少 の例 外的 な被 保 険 者 義務 を有 しな い高 級 職員 と官級 官 吏 を含 む の で あ る。雇 用 者 は す べ て労 働 局 に 登録 す べ き義 務 を有 す る もの で あ るか ら,こ の雇 用統 計 に示 され る数 字 は登 録 され た人員 の数 字 を示 す もの に 他 な らない 。 登録 す べ き義務 を有 しな い例 外的 な雇 用 者,従 つ て労働 統 計 に は雇 用 者 として現 は れ ない 労働 力 の主 な る もの は次 の 如 くで あ る。
1)部 分 就 業 者(TeilbeSchljftigte)。 之 は 一 週 間 の 労働 時 間 が%時 間以 内 の も の で あ る。
2)内 海 ・沿 岸 航 路 を除 く凡 て の海 上 勤務 者
(3)西 ド イ ッ に 於 け る 雇 用 並 び に 失 業 統 計 に 就 い て の 詳 細 はGallant,Statistikder Besch蕊ftigtenundArbeitsloseninderBundesrepublikDeutschland ,(Kehlhammer Verla9,Stuttgart,1956)参 照 の こ と 。
〈4)Ibi(iし,S,53.
一20一 商 学 討 究 第8巻 第Z号
くの
3)14才 以 下 の 児 童 。 例 へ ば 新 聞 配 達 等 。
労 働 局 へ の 登 録 に 際 し て雇 用 者 の 氏 名 ・年 齢 ・職 業 そ の 他 職 業 歴 に 関 す る詳 細 な る事 項 が雇 用 者 カ ー ド(Arbeitnehmerkarteikarte)に 記 され,そ れ らの カ ー ドは 職 業 大 分 類(Berufsgruppen)に 依 つ て 先 づ 分 類 され,そ れ が 更 に そ れ ぞ れ の 職 業 大 分 類 の 中 に於 て 職 業 別 に 小 分 類 され る の で あ る。 雇 用 者 カ ー ドは 雇 用 関 係 に あ る限 りは 基 本 索 引(Hauptkartei)に 納 め られ る が,失 業 の 際 に は 職 業 紹 介 索 引(Vermittlungskartei)に 移 され る こ とに な る。 か くの 如 く こ
くの
れ らの カー ドは基本 索 引又 は職 業 紹介 索 引 のい つれ か に属 す る訳 で あ る。
次 に失 業 で あ る1が,厳 密 な定 義 は次 の如 くで あ る。
「失 業 者 とし て ぱ次 に属 す る者 が数 へ られ る。
1・ 即 ち従 属 的,独 立 的 又 は補 助 的 な経済 活 動 か ら全 く離 れ て お る者 ・又 ば 2・ 従 来何 らの1就業 活動 に従 事 し た こ との ない もの,又 は
3.一 週 間 に24時 間 以 内 しか働 か ない 者
で あつ て次 の4つ の条 件 を備 へ てお る者 で あ る。 即 ち
a)既 に労 働 局1(Arbeitsant)に 求 職申 で あ る こ とを届 け出 て お り・
b)AVAVC(職 業紹 介及 び失業 保 険 法)の 第88条 か ら見 て労 働 能 力 あ り, c)一 週 間 に24蒔 間以 上働 く用 意 が あ り,
d)前 回 の 失業 者 登 録調 査(Meldekontrolle)に 於 て既 に失 業 を確 認 し た か又
く
は調 査 日以 後 に 登 録 し た者 。』
約 言 す れ ば 失 業 統 計 は 求 職 者 の 統 計 に 他 な ら な い 。 失 業 者 は 失 業 登 録 の 後 一 定 期 間(1〜7日r)の 待 期(NVartezeit)を 経 て,失 業 保 護 受 領 者(Hauptunter・tr stUtzungsempf5nger)と な る が,一 定 数(10〜20%)の 失 業 者 は 常 に待 期 申 で
(5)Ibid.,SS.33‑36・
(6)こ の 登 録 制 は 敗 戦 直 後 に 於 て は 占 領 軍 の 行 政 上 の 見 地 よ り単 に 雇 用 者 の み で な く凡 ゆ る就 業 者 層 に 拡 大 さ れ て お つ た 。(KontrollratsbefehlNr.3.17.Jannar.
T946)こ の 登 録 制 は 当 時 生 活 物 資 配 給 券 の 入 手 の た め の 前 提 条 件 と され て お り,更 に 雇 用 関 係 を 結 ぶ こ と を 欲 す る者 は 労 働 局 に そ の 旨 届 け 出 て 許 可 証 を 貰 う 必 要 が あ っ た が,之 等 は 皆 占 領 軍 の 労 働 力 統 制 の 目 的 よ り出 た 処 置 で あ っ た 。 登 録 制 が 雇 用 者 の み に 限 定 され る に 到 っ た の は1951年8月KontrollratbefehlNr.3.が 廃 止 さ れ て 以 後 の こ と で あ る 。
(7)1bid・,S.56.な お 英 米 流 のLabourforceの 概 念 に 於 て は 一 週 間15時 間 以 内 の 労 働 の 場 合 に 失 業 と見 徹 す の で あ る か ら,西 ドイ ツ に 於 け る失 業 の 範 囲 はLabour‑
F(rrceの 概 念 に 依 る 失 業 の 範 囲 よ り も拡 大 され る こ とに な る 。
(
通貨改革前後の西 ドイッ労働市場(吉 武)‑21一
あ る ため この失 業 保 護 受領 者(略 し てHUE)の 数 は 必 ず し も失業 者 数 とは 一 致 し ない の で あ る。筆 者 は これ らの現 在 使用 され て お る定義 が1949年 以前 に も 適 用 され得 る もの として,西 ドイ ツの 諸文 献 同様,何 らの留 保 な し に49年 以 前 の 統 計 を使用 し た。
2.通 貨 改 革 前 の 西 ド イ ツ 労 働 市 場
r一 方 に於 て は,甚 だ しい 人 口過 剰 が存 在 し て お るの に,他 方 に於 て は,極 度 の人手 不 足 が 訴 へ られ てお る。 伺一 地方 の 同一 職 業 に 関 して さへ 一一方 で は労 働 力 不 足 が,他 方 で は失 業 が 訴へ られ る と云 ふ矛 盾 が存 在 し てお る。農 業部 門 で は 多 くの熟 練労 働 者 が求 め られ てお るに も拘 らず,他 方 で は米 英地 区 だ け で 数 万 の農 業労 働 者 が失 業者 として登 録 し てお る。失 業 扶助 が 実施 され てお るに も拘 らず,彪 大 な失業 者 達 は それ を利 用 し よ うとは し ない 。 同 じ都 市 の同 じ職 業 に従 事 し てお る労 働 者 達 で も,一 方 の 企業 で は僅 か に配 給物 資 を購 入 し得 る だ けの低 い賃 金 を貰 ふ だ けで あ るに も拘 らず,他 方 の 企 業 で は 可成 りの額 に及
くの
ぶ 賃金 の 他 に,何 らかの生 活 物 資 を もプ レ ミア として 貰 つ て帰 る者 が あ る』
この ジ ー ブ レヒ トの1947年8月 付 の報 告 は,単 に1947年 の み で な く敗 戦 よ り19 48年6月 の通 賃 改 革迄 の三 年 間 に 及 ん で,連 合 軍 占領 下 の ドイツ 労働 市場 が如
何 な る状 況 に あ つ た か を最 も端 的 に示 して お る。 この 報 告 の中 に は,次 に述 べ るが如 き三 つ の 大 きな当時 の労働 市 場 を特徴 付 け る要素 が述 べ られ て お る。 第 一 に は労 働 力 の極 度 の偏 在 。第 二 に は就 業 労働 者 達 の労 働意 慾 の低 下 。第 三 に は 彪大 な各種 失 業 者 達 の就 業意 志 の 喪 失 と・社 会保 険 に対 す る不 信 ・之 を一 言 に して云 へ ば労 働 市 場 の麻 痺 と硬 直 で あ りこの 二 つ が三 年 間 の西 ドイツ労 働 市 場 を完全 に支 配 し た の で あつ た。
で は このや うな麻 痺 状 態 を生 み 出 し た原 因 として は如 何 な る もの が挙 げ られ るで あ ら うか 。主 な原因 とし て次 の四 つが あげ られ るで あ ら う。第 一 には 労働 力 の戦 争 に依 る疲 弊 と固 渇 とが 挙 げ られ ね ば な らない 。特 に その 申 で も熟 練労 働 者 の甚 だ しい不 足 が指 摘 され る必 要 が あ る。 着 の み着 の ま \の 外地 引揚者 の 数 百 万,無 数 の戦 傷 軍人,病 人,戦 争 孤児,戦 争末 亡 人,彼 等 の 肉体 的 消 耗 は
(8)Siebrecht,a.a.0.S.3L
一22一 商 学 討 究 第8巻 第2号
到 底 多大 の エ ネル ギ ー支 出 を伴 ふ 各 種 肉 体 労 働 に は耐 へ られ ず,精 々 事 務 労 働 に用 ひ られ 得 るに過 ぎな い 。 従 つ て47年 頃 各 種 事 務 労 働 に は求 職 が 殺 到 し
たの で あつ たが,肉 体労 働 に対 して は 求 人 こそ 多 くあ れ 求 職 は甚 だ 乏 し か つ た の で あ る。(第 一 表 並 び に 第 二表 参 照 。)第二表 に 見 られ る如 く,補 助 労 働
第 一表 英 米 占領 地 区 に於 け る失 業者数 と求 人 数
1ア メ リ カ 地 区 イ ギ リ ス 地 区
失 剰 求 人 失 業1求 人
1946年6月 459,000 243,600 328,800 368,800
9月 478,700 253,200 309,400 348,600
12月 488β00220,200 318,800 306,600
!
1947年3月 482,900 258,200 358β00 316,200
6月 344,200 303,300 285,700 392,800
9月 256,800 284,900 231,000 371,800
12月 238,200 251,900 222,200 309,700
(註1)WirtschaftsproblemederBesatzungszone,1948.S.53.
(註2)1947年1月 よ り は 新 し い 計 算 方 法 に 基 く 。
第 二 表 職 業 分 類 別 に 見 た る 求 人100に 対 す る 男 子 失 業 者 の 割 合 (ア メ リ カ 地 区1947年6月)
職 業 の 分 類 100の 求人 に対 す る 失 業者 数
実 数
失 業 者1求 人 数
各 種 補 助 労 働
建 築 業
石 材 ・ 陶 器 業
炭 鉱 業
化 学 工.業
製 紙 業
食糧 並び に嗜好品 工業 食 堂 営 業 関 係 商 業 ・管 理 ・公 務
25 35 59 74 133 237 1,740 1,231 L733
蜘1麗 脚
ユ・槻13・ 鯉
3,2825,583 2,3423,163 656492 683288
11.142977 4.356354
61脚}銑5771
a.a.0.S.54.
(
通貨 改革 前後 の西 ドイツ労働市場(吉 武)‑23‑
■
の如 き労働 力 の支 出 に 比 し て 労 賃 の低 い もの や建 築業,石 材 陶器 業,炭 鉱 業 の如 き多大 の エ ネル ギ ー支 出 を伴 ふ職 業 には 失業 者 よ り遙 か に 多 くの 求 人 が あつ たの で あ る。之 に反 し賃金 の他 に何 らか の食糧 を入手 し得 る食糧 品 工 業 や 商 業 ・管 理 ・公務 に は求 職 が殺 到 した。 し か し な が らか くの如 く労 働 力 不 足 と失 業 とが 同時 に存 在 し たの は,単 に労 働 力 の 疲 弊 に基 くの み で な く,更 には 多数 の外地 引揚 者 達 が 従来 と著 し く経 済 構造 の異 る西 ドイ ツで 自己 の技 能 に適 し た職 業 を再 び 見 出 す こ とが困 難 で あつ た事情,即 ち構造 的 失 業 に基 くこ と も 指 摘 され な け れ ば な らな い 。 近 代戦 は 多 くの熟 練 労働 力 を 第一線 に 立 さ し め
ぎ る を得 な か つ たが,戦 争 に依 る犠 牲 もこの熟 練 労働 カー 戦 後 の復 興 に 最 も 必 要 な この種労 働 カ ー に最 も多 か つ た。46年 春 ア メ リカ地 区 で行 は れ た労働 力 調査 の報 告 に依 れ ば,戦 争 開始 当時 登録 され てい た男 子就 業 者30,000人 の う ち,戦 争 に依 る儀 牲 は8,200人 で28%,う ち農 業部 門 で の犠 牲 が25・/。で あ るの に対 し,建 築 業,木 材 業 ・金 属工 業 では40%に 及 ん でお る。戦 争 に依 る熟 練労
くの
働 力 の喪 失 は この統 計 か ら約%と 推 定 し得 る こ とに な る。 労 働力 の疲 弊,引 揚 者 の 構造 的失 業,熟 練労 働 力 の喪 失 これ らが労 働 力 の過 剰 と不 足 とを同時 に存 在 せ しめ た原 因 で あ つ た の で あ る。
麻痺 状態 を生 み出 し た第 二 の原 因 は,極 度 の生 活 水準 の低 下 で あ る。45年 か ら通 貨 改 革迄 の三 年 間 は 普 通 「飢 餓 時 代 』(Hunger‑Periodeと 呼 ば れ て お る が,こ の名 の示 す如 く衣 食 住 の窮 乏 は言語 に絶 し た。 配 給食 糧 は1947年 の前 半 期 に於 ては 一 日当 り平 均1500ヵ ロ リー足 らず で あ り,然 もしば しば遅 配 が伴 つ た。特 に都 会 に於 て は数 週 間 に及 ん で1000カ ロ リー以 下 しか配 給 され な か つ7C
く の
こ とが あつ た。 この絶対 的 な食 糧 不 足 は都 会 居 住 者達 の農 村地 帯 へ の食糧 買 出 し を必 然化 一般 化 させ,従 つ て工 場 従 業員 達 の買 出 し の ため の欠 勤 は到 る所 に 見 られ た の で あ る。工 場欠 勤 率 は ル ー ア地 方 で は平均30%で あつ て企業 に依 つ て は50%に 及 ん だ 。食 糧 が か くの如 くで あ るか ら他 の生 活必 需 品 は 申 すに及 ば
ロ め
な い 。 靴 の如 きは15年 に 一 度 の 配 給 で あ つ た と云 ふ 。か くの 如 き状 況 は 当 然 闇 市 場 を 一 般 化 させ る の で あ る が,し か し西i・"イツ に 於 て は 闇 市 場 の 普 及 し 一 般
(9)Siebrecht,a.a.0.S.23.
(10)DiedeutschewirtschaftzweiJahrenachdemzusammenbruch.s.174.
(ll)WaUich,a.a.0.S.64.
●
一24一 商 学 討 究 第8巻 第2号
' (12)
化 し た時 期 は意 外 な程 に遅 か つ たの で あ る。約 十年 間続 い た ナチ スの厳 格 な統 制 経 済 は,敗 戦後 もしば ら く,そ の形 骸 だ けで は あ るが ドイ ツ国民 に依 つ て維 持 され,可 成 りの 物 資 に な ほ 合 法 的 な ル ー トを 通 じ て 消 費 者 に 配 給 され て い た。 しか し之 は長 くは続 か な い。一 度 成 立 し た後 に は 闇市場 は西 ドイツ全 土 に 急 速 に普及 し,最 も旺 ん な時 には全 生 産 量 の半 分 が この市場 を通 じて流 され た
く
と云 ふ 。 か 、る生 活水 準 の極 度 の低 下 は,労 働 意 慾 を必然 的 に減 退 せ しめ る。
潜 在 的 顕在 的失 業者 達 は 多 かれ 少 な か れ闇 取 引 に従 事 し,職 業紹 介所 の斡 旋 を 回 避 し て正規 の労 働 に就 く意 志 を持 たな かつ た。闇取 引 を利 用 す るの は失 業者
に限 らず,現 物 賃 金 が 一般 化 す るに伴 ひ工場 従 業員 も自己 の企 業 の生 産 物 を闇 市 場 に持 っ て行 き物 々交換 の材 料 とし た の で あ る。現 物 賃金 が 一般 化 し たの は 1947年 春 か らで あ るが,Siebrechtは この 賃 金形 態 を次 の5種 に 分 類 して説 明
(14)、
し てお る。第 一 は全 部 が現 物 で支 払 は れ る形 態 で,例 へ ば6週 間 の労働 に対 し て10,000個 の煉 瓦 。 第二 に は部 分 的 な現 物 賃 金 で,之 は 農林 業 や食 糧 品 工 業 に 多 く見 られ,一 定 量 の ビール,煙 草 の無 料 給 付 が その例 で あ る。 第 三 に は附 加 的 な現 物 給 与で定 期 的 な食 糧,雑 貨 の給 付 が例 で あ つ て,占 領 軍 関 係 の従 業員 に 多 く見 られ た。 第 四 に は所 謂 点 数制(Punktsystem)で あつ て,一 定 数 の現 物 か ら一 定量 を選 択 し得 る形 式 で あ る。例 へ ば毎月 リ 。クサ.ク ー 個 叉 は四封 度 の砂 糖 又 は 三封 度 の皮 革 の い つ れ か を一 つ 選 択 出来 るので あ る。第5は 無料 食 事 の給 与 で あ る。 この さま ざま の種 類 の現 物 給与 は 各企業 の 自己 防衛 上 か ら 必 然 的 に生 れ て来 ざ る を得 な か つ た。即 ち企 業 はr増 大 す る盗 難 の危 険,低 下
ぐ の
す る労 働 能 率,一 般 的 な怠 業的 気 分,著 しい欠 勤率 』 を考 へ,そ れ に対 す る最 も 有 効 な対 抗手 段 として か くの如 き異 状 な賃金 形 態 を とつ た訳 で あ る。この 現物 賃 金 の 多 くは結 局従 業員 達 に依 つ て闇 市場 に運 ば れ,必 要 とす る物 資 と交換 さ れ たの で あ るが,こ の 現 物 賃金 も決 し て生 活 の危 機 を防 ぎ止 め得 る程 の もの で な く,闇 市場 で現 物 を売 却 し て得 た500マ ル ク も精 々 闇 市場 で は 二封 度 のバ タ
(12)Wallich,a.a.0.S.64, (13)Wal】ich,a.a.0.S.64.
(14)Siebrecht,a.a.0.SS。38‑40.
(15)Siebrecht,a.a.0.S.37.
通 貨改革 前後の西 ドイ ッ労働市場(吉 武)‑25一 一が 入手 出来 る程 度 に過 ぎな か つ た。ロの
第三 の そし て第 一 第 二 の原 因 に劣 らず重 要 な原 因 は,都 会及 び工 場 地 帯 に於 け る著 しい 住宅不 足 と交通 の破 壊 で あ る。戦 時 申戦 略爆撃 の結 果 受 け た住宅 の 損 害 は 甚大 な もの で あ り,統 計局 の発 表 に依 れ ば それ は第 三表 の如 くで あ る。
第三 表 西 ドイ ツ英米 地 区 に於 け る住 宅事情(1948年) 1939年 の住宅 戸数
1943年 迄 の増加戸数
合 計
推 定戦 時破壊 戸数 敗 戦後 の推 定残存戸数
1948年11月1日 の住 宅戸数 1939年 に対 す る減少 率 その うち都市区域 の減少率 その うち農村 区域の減少率
9284,000 197,000 9461,COO 2000,000 7400,000 7687,000 17.2%
33,2%
0.4%
Sazialtaschenbuch,1952,S.12.
敗 戦 よ り通 貨 改革 迄 の3年 間 に な され た住宅 の建 築 は微 々 た る もの で あ り,建 築 業 は二 っ の 阻路 を回避 し よ う とす れ ば直 ち に他 の阻 路 に行 当 つ たの で あ る。
第 三 表 で 明 か な 如 く,住 宅 の 減少 率 は都 市 区 域 に於 て 甚 大 で あ つ たが,農 村 地 帯 では比 較 的 軽微 で あつ た。所 で1955年 末 迄 に総 計870万 に及 ぶ外 地 引揚 者 (東 ドイ ツ ソ ヴ ィエ ト地 区 よ りの避 難 民254万 は之 に含 ま れ な い)が 西 ドイ ツ に流 入 し たが,そ の うち1948年1月 迄 に西 ドイツに流 入 し た数 は670万 に及 び 870万 の77%を 占 め てお る。 従 つ て総 外地 引揚 者数 の多4は通 貨改 革 迄 に 既 に西 ドイツに 引揚 げ て来 た こ とに な る。 これ らの外地 引揚 者 は,西 ドイ ツ流 入後 差 当 り何 らか の住 宅 を見 出 さね ば な らな か つ たが,彼 等 に とつ て壊 滅 し た都 市 区 域 で そ れ を見 出 す こ とは先 づ不 可 能 で あ り,殆 ん どが農村 地 帯 に何 らか の手 蔓 を求 め て流 入 し た。 あ る報 告 で は 当 時 の引揚 者 の うちの99.7%が 農 村 に移 住 し
ロの
た と云 ふ 。 引揚 者 の西 ドイ ツ各 州 へ の 引揚 状 況 は第 四表 の如 くで あ るが,住 民
(16)Siebrecht,a.a.0.S.43.軸
(17)A.Grosser,WestemGeτmanyFromDefe就toRearmament(GeorgeAllen&
Unwin,1955)p.120.
一Z6一 商 学 討 究 第8巻 第2号
第 四 表 西 ドイ ツ 各 州 の 人 口 ・引 揚 者 ・ソ ヴ ィ ト地 区 よ りの 避 難 民 統 計(西 ベル リンを除 く)1952年(単 位1,000)
州 名
麟
人 口
(1952年 4月)
外 地 よ り の 引 揚 者 (1952年
10月)
ソ ヴ ィ エ ト 地 区 よ りの 避 難 民 1949年10月
〜52年10月
引 揚 者 避 難 民
合 計
住民 に対す る引揚 者, 避難民 合計'
(52年10月)
Schleswig・Holstein 2,475 742 131 873}35.8%
'Hamburg 1,662 147 85 232 1 13.8%
Niedersachsen 6,696 1,755 382 2,137 32.0%
N伽drhein‑Westfalen 13,653 1,626 517 2,143 15.5%
Bremen 583 61 26 87 14.9%
Hessen 4,399 763 202 965 21.9%
Baden・W逓rtembur9 6,665 993 191 1,184 17.8%
Bayem 9,114 1,893 250 2,143 23.3%
Rheinla鶏d‑Pfalz 3,124 233 71 305
i
9.7%
西 ド イ ツ 合 訓48・37・18⑳1・ 細1・ ・侃12・ ・6%
註1.DeutschlandTaschenbuch,1954,S.6及 びWallich,Main・springsofthe GermenRevivall956S。273よ り。
註2.1952年 の 住 民 投 票 の 結 果,Wtirtemberg・Baden,Wtirtemberg・Hohenzollern.
Badenは 合 併 しBaden‑WUrtetnbergと な っ た 。
に 対 す る 避 難 民 割 合 の 高 い 三 州Schleswig・Holstein,Niedersachsen,Bayernは
凡 て 農 村 を 主 と し た 州 で あ つ て,住 宅 の 破 壊 比 率 も10〜13%程 度 に 留 ま つ て い た 。(之 に 対 しHamburgは49・1%,Nordrhein‑Westfalen30%で あ る 。)か く
し て 引 揚 者 達 が 殆 ん ど 農 村 地 帯 に 僅 か の 住 宅 空 聞 を 見 出 さ ね ば な ら な か つ た こ と,之 が 労 働 市 場 の 流 動 性 を 妨 げ る 大 き な 原 因 と な り,後 々 ま で 失 業 率 が 地 域 毎 に 著 し く 相 違 す る 結 果 を 招 い た の で あ る 。 都 市 並 び に 工 場 地 域 の 住 宅 不 足 は 甚 大 で あ る た め,労 働 力 を 求 む る 声 が あ つ て も そ こ に は 労 働 者 の 住 む 住 宅 が な い 。 農 村 地 帯 の 労 働 者 は た と へ 職 を 求 め や う と し て も附 近 に は 自 己 の 技 能 に 適 し た 職 場 が 見 当 ら な い 。 彼 等 は 潜 在 的 失 業 者 と し て ・ 農 繁 期 に は 農 家 の 手 伝 ひ
を して漸 く糊 口 を糊 す るだ けの食 糧 を貰 ひ ・他 の 時期 に は 臨時 の雑 役 をす るか ・ さ も な け れば 闇 取 引 に 従 事 す る と云 ふ 生 活 を送 る者 が 殆 ん どで あ つ た。 農 村 在 住 の労 働 力 の一 部 は,可 成 りの遠 距 離 を厭 は ず近 郊 の工 場 に通 勤 し てい たの
、
通貨改革前後の西 ドイツ労働市場(吉 武)‑27一
で あ るが,そ の 利用 す る交 通機 関 は凡 て戦 時破壊 の跡 を生 々 し く留 め てお る老 朽 車 体 の もの が 多 く,交 通 回数 は極 め て少 な く,特 に冬 は暖 房 装置 の破 壊 の た め,往 復 数 時 間 を要 す る長 距 離 勤務 者 に は その滲 み通 る寒 気 の た め毎 日の 出勤 は 先 づ不 可能 で あ つ た。 ラ ツシ ユ ア ワーに は通 勤 者 で老 朽 客車 は超 満 員 とな り 危 険 な 踏 台 に迄 鈴 な りに な つ た と云 ふ 状 況 で あ つ た。
麻 痺 状 態 を生 み 出 し た第 四 の原 因 は,占 領 軍政 策 の一 環 で あ る一 切 の就 業 者 の登 録 制 とその移 住 に於 け る許下 制 で あ つ た。 註7で 述 べ た 如 くにKontroU‑
ratbefehlNr.3に 基 き,就 業 せん とす る者 は凡 て労 働局 に登 録 すべ き義 務 を有 し,そ れ に基 き物資 配 給 カ ー ドを貰 ふ の で あ るが,職 場 の変 更 に は労 働 局 の許
く ラ
可 が必 要 で あ つ た の で あ る。 従 つ て1949年5月 労 働 行政 に携 は る官僚 を始 め と ・ す る世 論 一 般 の反対 に基 き之 の移 住 に対 す る許 可制 を占領 軍 が 廃 止 す る迄 は, 法 的 に無 制限 な移 住 の 自由が西 ドイ ツの雇 用 者 に は存在 しな かつ た と云 つ て差 支 へ ない 。労 働 力 の 一方 に於 け る過 剰 と他方 に於 け る不 足 とは,以 上 述 べ た4 つ の理 由 か ら,通 貨 改 革迄 容 易 に有 無 相通 ず る均 衡 へ と進 み得 ず,労 働 市 場 は 麻 痺 し 硬 直 し たま ㌧三 年 間停滞 的 な 状態 を続 け たの で あ る。
し か し なが ら̀この 三 年 間労 働 市場 に於 て何 らの動 き もな か つ た と云 ふ の で は ない 。今 しば ら くこの時 期 に見 られ る特 徴 的 な動 きを二,三 捉 へ て見 よ う。
先 づ最 初 に指 摘 され得 る こ とは,上 述 の如 き悪条 件 が 多々 あ る に も拘 らず雇 用水 準 だ けは既 に1947年 に於 て1200万 とな り戦 前 水 準 を突破 して い たの で あ
つ た。 し か し之 は 内実 に於 て甚 だ しい水 増 し雇用 に他 な らな か つ た。 この点 に
(lg)
関 し てSiebrecbtは 次 の 如 き印 象 的 な 推 定 を な し て お る 。 即 ち
'
r劣 悪 な労働 条 件 と更 には生 産 設 備 の磨 滅 に基 く生 産性 の低 下 は 戦前 水 準 に比 し て現 今(1947年 夏一 筆者 註)で は%に 及 ん でお る と見 て良 く,之 は1200万 の うち400万 の労 働 力 の損 失 と考 へ て差 支 へ な い。 更 に は著 しい 欠 勤率,高 い 罹 病率,労 働 時 間数 の 短縮 を考 へ る時,1200万 労 働 力 のs/5は 無 くて も良 い と考 へ られ,そ れ は240万 に相 当 す る。 ま た労 働 者 の就 業時 問申 に見 られ る暇 つ ぶ
(18)Gaユ1ant,a,a.0.S。26。
(lg)Siebrecht,a.a.0.S.35.
一28一 商 学 討 究 第8巻 第2号
し的作 業 や意 識 的無 意 識 的 サ ボ ター ジユ を考 へ る時,そ れ も約10%の 損 失 と考 へ られ る。即 ち120万 の損 失 と考 へ て良 い 。之 等 を合 計 す る と760万 とな り, 従 つ て現 在1200万 の労 働 力 が な し てお る生 産 は,戦 前 では440万 を以 て して優
に為 し遂 げ られ得 る もの で あ る』
この 推定 は 余 りに当時 の労働 生 産性 を 内輪 に見積 りす ぎて お るが,当 時 の水 増 し雇 用 の実情 を よ く物 語 つ てお る と云 へ る。 事 実48年6月 に於 け る鉱工 業 生 産指 数 は54と 統 計 上表 は れ(1936年=100)雇 用 の 増 大 に も拘 らず 生 産性 は極
くヨの
め て低 位 に あつ た こ とは疑 ひ を入 れ な い 。Nordrhein‑Westfalenタ 報 こ於 て1947 年 の始 め に労 働 局 が行 つ た労 働 生 産 性 の 推定 は,次 の如 くで あ る。 即 ち戦 前 に 比 し て年 の生 産 性 は
炭 鉱 夫 約努
製 鉄 業 労 働 者 約 雍
建 築 業 労 働 者 約%
軽 工 業 労 働 者 約4/5
で
で あ つ た。生 産性 の か 〜る低 下 に も拘 らず雇 用 量 が 高 い水 準 に達 して い た と云 ふ こ とは換 言 すれ ば 企 業 内 に彪 大 なr見 え ぎ る失 業 』(UnsichtbareArbeitslo‑
sigkeit)が 存 在 し てい た と云 ふ事 に他 な らない 。
で は何故 通貨 改革 前 に か くの如 く雇 用 の増 大 が 見 られ たの で あ るか。 それ は 何 よ りも戦 時戦 後 の過 剰 通 貨 の累積 に依 つ て,企 業 に とつ ては コス トとして の 賃 金 が最 早 左 程大 きな役 割 を 占 め な くな つ た か らで あ る。企 業 に とつ て重 要 な の は原 料 で あ り,又 は労 働 者 に支給 す る現 物 賃金 の ため の何 らか の 消 費材 で あ つ て,ヲ ィ ヒスマ ル クは大 きな意 義 を有 し なか つ た。現 物 賃 金 は次 第 に大 きな 比 重 を 占 め る に到 つ たが,や は り賃 金 支 払 ひ の主 要 な形 態 は ラィ ヒスマ ル クで '
あ り,賃 金 支 払 ひ を通 貨 で なす限 り,企 業 に とつ て 賃金 コ ス トは問 題 に な らな かつ た の で あ る。更 にま た企 業 は しば しば将 来 の企 業 の発 展 を考慮 し て不足 勝 ちの職 種 の労 働 者 を溜 め込 ん だ の で あつ たが,之 も雇 用 増 加 を ひ き起 させ たの
(20)『 西 独 経 済 の 再 建 過 程 』7頁 。 な お36年 に 比 し て こ の 通 貨 改 革 迄 の 三 ケ 年 間 に 鉱 工 業 生 産 指 数 は1946年1月27よ り1948年4月56に 上 昇 し た 。Wal】ich;a.a.0.S.35.
(21)Wirtsehaftsprobleme,S.50.
刈
通貨 改 革前後 の西 ドイ ツ労働市場(武 吉)‑29‑
(盤)
で あ る。
次 に通 貨 改革 迄 の雇 用 の増 減 を産 業別 に見 る時,各 占領 地 区 に共 通 に見 出 さ れ得 る こ とは1)農 林 業雇 用 の 減少 が 既 に始 ま つ てお る こ と2)工 業部 門 の申 で は消費 財 産 業部 門 の雇 用 増 加 が最 も著 しい こ と3)各 種 サ ー ビス 業(
交通商 業,公 務 等)即 ち第 三 次産 業部 門 の雇 用増 加 が著 しい こ とで あ る。(第 五表 参照)サ ー ビス業 は雇用 の総 増 加 の47%(ア メ リ'fO地区),57%(イ ギ リ
第 五表1946年12月 よ り1947年12月 迄 の産 業別 に 見 た る 英米 地 区雇 用 の増減
産 業 部 門 実 数
アメ リカ躯 レ ギ リス躯
一一一 1 財 生 産1十190,687
農 林 業 一36,613
鉱 山 業+4,278
投 資 材 産 業 【+6。,55・
消 費 材 産 業i+88,597 そ の 他 の 工 業+73,874
サ ー ビ ス 業 十172,325
交 通1十39,044
商 業 。公 務 十74,300
私 的 サ ー ビ ス 業i十58,981
百 分 比
ア メ リ カ 地 区1イ ギ リス 地 区
{
十253,969
‑53,784
十73,540 十64,054 十88,523 十81,636 十334,385 十86,358 十175,].76
十72,851
十
十十十十十十十十
7.2 5.8 15.5 6.8 17'7 11.9 10.1 12.0 8.9 U.0
十
十十十十十+十十
6.3 5.9 17.1 4.9 15.l lO.3 13.6 16.4 15.0 8.8
合 計1+363・ ・921+588・3541+8・31+9・ ・
(WirtschaftsproblemederBesatzungszone,S.46)
ス 地 区)を 占 め て お る 。 消 費 財 産 業 の 雇 用 増 加 が著 し い とは 云 へ,こ れ に は 当 時 セ ラ ー ズ マ ー ケ ッ トで あ つ た た め,申 小 企 業 が 小 資 本 で 乱 立 し(特 に 引 揚 者 の)粗 悪 品,イ ン チ キ品 を 製 造 し て 段 賑 を 極 め た こ とが あつ か つ て 力 が あ つ た こ とを見 逃 し て は な らな い 。
既 に1947年 の 始 め 頃 に 於 てReichsmarkは 交 換 手 段 と し て め意 義 を失 つ て し ま つ て い た 。 企 業 は 製 品 をReichsmarkと 交 換 に売 却 す る よ りは む し ろ生 産 を
(22)N?VirtschaftSProbleme,a.a.0.S.49.
一30一 商 学 討 究 第8巻 第2号
制 限 しや うとす る態 度 を見 せ るに到 り,労 働 者 も賃金 の一 部 を何 らの形 で現 物
く
賃金 で受取 らぬ限 り労 働 しや う とは しな か つ た 。人 々 は次 第 に この通 貨 の過 剰 は何 らか の方 法 で除 去 され ねば な らぬ こ とを予 期 し始 め,企 業 並 び に商店 は手 持 ス トツ クの増加 を計 り始 め た の で あつ た。
3.通 貨 改 革 直 後 の 西 ドイ ツ労 働 市 場
1948年6月21日 通 貨 改 革 が 断行 され,通 貨 は1/10に 切 下 げ られ た。 ラィ ヒス マ ル クは法 貨 とし ての効 力 を喪 失 しDeutScheMarkが 之 に代 り有 効 となつ た。
之 は戦 時 並 び に戦 後 の過 剰 通 貨 累積 の悪 循環 を断 ち,西 ドイ ツ経 済 の イ ンフ レ 傾 向 に終止 符 を打 つ た め不 可 欠 の対 策 で あつ た。 この た め連 邦 内 の居 住 者 には 一律 に40DeutScheMarkが 与 へ られ,企 業 は一 般 に そ の企 業 の持 つ労 働 者 一 人 当 り60DentScheMarkの 割 当 を 受 け た 。 各企 業 は この 割 当額 を 以 て し て は流 動 資金 に不 足 で あつ たの で,至 急 に手 持 ス トツ クを売 却 し たの で旬 日 を出 な い 間 に市場 には商 品 が急 速 に出廻 り始 め,国 民 の新 通貨 に依 る購 買 力 に対 へ
る こ とが 出 来t。 国 民 もま た労鋤 乃至 サ ー ビ スを 提 供 し てDeutScheMarkを
手 に入 れ る以 外 に は生 計 を立 て る方 法 が な くな つ た。企 業 は最 早 商品 の 販売 を 闇市 場 に頼 る こ とが 出来 ず,従 つ て以前 の経 営 方法 を以 て して は新 通 貨 を求 め る労 働 者 の欲 求 を満 た し得 ない や うに な つ た。 今 や 可急 的 に最 大 限 の新 通貨 を 掻 き集 め る必 要 が生 じた。企 業 も個 人 もそ の経 済 活動 が最 早 闇市 場 を中心 とし て では な く専 ら新 通 貨 を中 心 として始 動 され ね ば な らな くな つ た。 か くて新 通 貨 をめ ぐつ て 企業 も個 人 も共 に激 しい 弱 肉強 食 の渦 申 に置 か れ る こ とに な つ た の で あ る。然 らば か 〜る通貨 改 革 は労 働 市場 に如 何 な る影 響 を与 へ た で あ ら う
か。 そ れ は 申す迄 もな く労 働 市 場 の 合理 化 で あ り再 編成 で あつ て之 の過 程 は 通 貨 改革 後 引続 き二 年 間1950年 の 前半期 迄 続 い た。先 づ1948年6月 よ り12月 迄 の 労 働 市 場 の状 況 を述 べ て見 る。
通 貨改 革 と共 に新 通 貨 に基 く購 買 力 が商品 に対 す る需要 とな つ て現 は れ た時, 生 産 の拡 大 が伴 は な い 当初 に於 て は 再 び イン フー シ ヨンが生 じ始 め,価 格 は次 第 に上 昇 せ ぎ る を得 な か つ た。 この傾 向 は1948年9月 以 降特 に 顕著 に な り,12
(23)Diedeutschew三rtschaltzweiJahrenachdemznsammenbruch,s.230.
通貨改 革前後の西 ドイッ労働市場(吉 武) 一31一 月 に信 用 制 限措 置 が と られ る迄 続 い た。6月 よ り9月 迄雇 用 は若干 減 少 し た の
に対 し,失 業 は45万 よ り78万 へ と急 激 に増加 した の は,通 貨 改革 に依 る合理 化 過 程 が労働 市場 に 進行 し始 め た こ とを物 語 るの で あ る。 し か し 昇 ン フ レ的傾 向 が強 まつ た9月 以 降 に於 て は,再 び新 通 貨 に対 す る危 躍の 念 が生 じ,9月 よ り 12月 迄 の 間 に この合理 化過程 の テ ンポ が ゆ るみ始 め,失 業 は 再 び減 少 し,雇 用 は 急 速 に増加 し始 め た。(第 六表)
第 六 表 西 ドイ ツ に 於 け る雇 用 と失 業 (単位1,000)
月 末 統 計 降 用1失 業
1948年6月 13,468 451
9月 13,463 784
12月 13,703 759
1949年3月 13,447 1,168
6月 13,489 1,283
9月 13,604 1,313
12月 13,556 1,558
1950年3月 13,307 1,852
6月
「
13,845 1,538
Sozia亘taschenbuch,S.26。
か 〜る雇 用失 業 の増 減 の 背後 に,如 何 な る動 きが労 働 市 場 内 部 に生 じ始 め た か を分析 し て見 よ う。 そ れ に は次 の三 点 を指 摘 し 得 る で あ ら う。 先 づ 第 一 に r工 業及 び手工 業』 部 門 雇 用 の 著 増 で あ る。(第 七表 及 び第 八 表 参照)即 ち第七 表 に於 て 明 か な如 くに 同部 門 は6月 よ り9月 迄 の 間 に15万 更 に9月 よ り12月
迄 の 間 に29万8Fと 半 年 間 で合 計45万 の増 加 を示 して お る。 更 に そ の 同部 門 内部 の各分 野 に於 け る雇 用 の増 加 は第 八表 に 明 か な 如 くに,増 加 の著 しい分 野 は
第tt表 ドイ ツ英 米 地 区 の 雇 用 の 変 遷(単 位1,000)
■
産 業 部 門 1948年9月30日 1948年12月30日 増 減 1948年6月 末
よ り9月 末 迄 の 間 の 増 減
実 数1%
農 林 業
工 業 及 び 手工 業 商 業 及 び 交 通 公 私の サ ー ビス業 家 事 サ ー ビ ス
1,296 6,148 2,151 2,001 583
1,2ユ2
6,446 2,189 1,953 576
一84
+298
十38
‑48
‑7
一6 .9
十4.6
十1.7
‑2 .5
‑12
十89
十152
‑8
‑74
‑17
合 計1・2,17gl・2譲1+1961+・.61‑36
(Sie1recht,a。a.0.S.62)
一一32一 商 学 討 究 第8巻 第2号
第 八 表 産 業 別 に見 た る西 ドイ ッ雇 用 指 数 の 変 遷 (1948‑1949)
産 業 部 門 指 数(1948年6月30日=100)
1948豊
月3、 日i'949笠 月3、日
11112鉄 及 び金属採堀 部門 117.7 126.9
雇 13116鉄 及び金属製品 製造 部 門 110.6 lO8.5
用 17機 械 製 造 部 門 108.6 lll.5
増 18』 電 気 工 学 部 門 110.7 lll.3
加
を 29繊 維 産 業 部 門 117.8 146.3
伴 22製 紙 産 業 部 門 121.9 140.3
つ 23印 刷 加 工 部 門 108.3 125.7
た 30!35食 糧及 び嗜好品工業 部門 110.4 115.6
産 36138衣 服 工 業 部 門 109.1 107.8
業
部 41!43商 業 ・銀行及 び保険 部門 106.4 ll6.2
門 雇用増加の伴った他の産業部門 104.1 102.9
雇用増加を伴った凡ての産業部門合計 107.9
'
111.3
1・ 農 林 業 部 門 87.4174.8
雇 45国 有 鉄 道 部 門 99.8 94.7
用
減 46‑47他 の 交 通 部 門(郵 便 ・鉄 道 を 除 く) 93.4 87.6
少 49150:52公 務 ・教 育 。法 律 部 門 96.8 97.0
を
伴 51占 領軍 関係部 門 90.1 74.1
つ 53!56医 療 部 門 95.9 94ユ
産た 57劇 場 ・映 画 ・ス ポ ー ツ 部 門 84.6 68.8
業
部 58家 事 サ ー ビ ス 部 門 96.5 93.6
門 雇用減少を伴った他の産業部門 92.9 88.7
雇用減少を伴った凡ての産業部門合計 93.7 86.6
全 産 業 部 門 合 計 ・…71・ …7
EntwicklungundUrsachenderArbeitslosigkeitinderBundesrepublik Deutgchland1946‑50S,12.
'
、投 資 財 部 門 よ りは む しろ消 資材 部 門 で あ り,繊 維,製 紙,食 糧品 製造 部 門 は い く1、つ れ も半年 間 に10〜20%の 雇 用 増 大 を見 て お る。 投 資財 部 門 も消 費財 部 門 に は 及 ぼ な い が10%前 後 の雇 用 増加 を示 し てお る。 消 費財部 門 の雇 用増 加 は,戦 時 の消 費抑 制 の反 動 として 急速 な消 費財 需 要 が生 れ たの に基 くの で あ るが,投 資 財 部 門 に も雇 用 増加 が 可成 り認 め られ るの は注 目 され るべ きで,西 ドイ ツ経 済
通貨改 革前後の西 ドイ ッ労働市場(吉 武)‑33一
の 急 速 な 立 颪 りを暗 示 す る もの と云 へ る 。 こ の 半 年 間 に 於 け る工 業 生 産 の 増 加 は 著 し く6月 ・=54,7月=60,8月=65,9月=71,10月:76,11月=81・12
月=79(1936・=100)と な り,通 貨 改 革 前 の 三 年 間 の工 業 生 産 増 加 とほ ぼ 等 し い 位 の 増 加 量 が 見 ら れ た の で あ る 。 し か し な が ら こ の 雇 用 の 増 加 も更 に は 生 産 の 増 加 も勿 論 大 企 業 を申 心 と し て 行 は れ,戦 後 乱 立 し た 中 小 企 業 は 次 第 に金 融 難 か ら没 落 の 道 を 歩 み始 め1949年 の デ フ レ時 代 に 急 速 に そ の 姿 を消 す に 到 る
の で あ る 。
第 二 の 動 きは 第 三 次 産 業 部 門 の 雇 用 減 少 で あ る 。 即 ち1948年6月30日 よ り9 月30日 迄 の 聞 にr商 業 及 び 交 通 』r公 私 の サ ■一一一ビス 業 』 及 びr家 事 サ ー ビ ス』
の 三 部 門 合 計 で 約10万 の 雇 用 減 少 が 見 られ る の で あ る 。(第7表 参 照)こ の 傾 向 は 以 後 も引 続 き生 ず る の で あ る が,た だ そ の 例 外 はr商 業 ・銀 行 及 び保 険 部 門 』 の 分 野 で あ つ る 。 「商 業 ・銀 行 及 び 保 険 部 門 』 は 通 貨 改 革 直 後 し ば ら く停 滞 を示 す が,工 業 生 産 の 増 大 と共 に そ の 雇 用 は 増 大 し1948年6月30日 ・=100と
し て1949年12月31日==・116.2と な り,1950年12月31日=136.8と 着 実 な 増 加 を示 し て お る 。 こ のr商 業 ・銀 行 及 び 保 険 部 門 』 を除 き,他 の 第 三 次 産 業 部 門 は 凡 て 減 少 の 一 途 を辿 り1951年 の 末 迄 こ の 趨 勢 は 変 ら な い 。 こ の 第 三 次 部 門 の 減 少 の 内 容 は 第 八 表 に 見 られ る通 りで あ る が,就 申r占 領 関 係 部 門 』 とr公 務 』 と に於 て著 し く,こ の 両 部 門 合 計 で1948年6月 よ り12月 迄 の 間 に 約9万5・Fの 雇
(24)
用 減少 が 見 られ た。 第三次 産 業 部 門 の 雇 用減 少 は 換 言 す れ ばr職 員 」(An一
ゆ ら
gestellte)の雇 用 減 少 に他 な らな い 。 『職 員 』層 の雇 用減 少 と共 に同層 の失 業 の 全 失 業 に 占め る比率 も増大 し,地 域 に依 つ て25〜40%時 に は45%に 及 ん だ と云 は れ てお る。特 に老 齢 の職 員 並 び に知 的職 業 の 従事 者(所 謂Akademiker)の 失 業 は 以 後慢 性 的 な性格 を持 ち,各 種 肉体 労働 者 の比 較 的 容易 な就 業 に比 して 甚 だ 恵 まれ ない もの となつ た。
第三 の動 きは,農 村地 帯 に於 け る失業 の 顕在 化 で あ り,失 業 の地 域 的 落差 が
(24)Siebrecht,S.66.
(25)『 職 員 』 と 『労 働 者 』 と を 厳 密 に 区 別 す る こ と が 困 難 な た め に,西 ドイ ツ に 於 て は 次 の10種 の 職 業 に雇 用 され て お る者 を 『職 員 』 と して お る 。 即 ち
技 師 ・技 術 家 一 般 管 理 及 び 事 務 特 殊 技 術 専 門 家 法 律 並 び に 治 安 維 持 商 業 部 門 教 育 一 般 医 療 ・保 健 教 育 ・文 化 ・研 究 厚 生 関 係 芸 術 部 門 な おGallant,a.a.0.S.31,参 照 。
一34一 商 学 討 究 第8巻 第2号
大 き くな つ た こ と で あ る。1948年 末 に 既 に こ の 動 きは 到 る所 に見 られ た の で あ る が,デ フ レ期 の ユ949年 に 於 て 一 層 こ の 動 きは 拍 車 を か け られ た の で あ る。
1949年12月 に 於 て は 第 九 表 に 見 られ る如 く,典 型 的 な 農 村 州 で あ るBayem・
SchleswigHolstein,Niedersachsen州 に 大 量 失 業 が 見 られ,こ の 三 州 だ け で, 第 九 表 州 別 に 見 た が雇 用 失 業 の 変 遷
(1948年6月30日 一 ユ949年12月31日)(単 位1,000)
州 名
Nordrhein.Westfalen
Wlirtemberg‑Baden
Wit‑Huhenzollem
Baden
Rheinland‑Pfalz
Hessn
Hamb町9
Bremen
Bayern
Schleswig‑Holstein
NiederSachen
雇 用
1948年 6月30日
3,859 1,ll6 190 315 680 1,190 561 180
・948年19矯 日 i・2月3・日 羅 す る
2,5291 1
778 1,970
4,・93ト335
̀
1,201 340 363 710
十十十十
1,2151÷
575十 187十 2,392ト136
1
圓=:i
85 511
・48
301
241
14 7
失 業
1948年 6月30日
20(∠(﹂‑÷ 13524761941占4.︻∠[Ol
1949年 12月31日
1948年 6月30日 に 対 す る 増 減
74詔U848飢町U鋤㎜鵬
十十十十十+++十十+
966812115333721706216811423
EntwicklungundUrsachenderArbeitslosigkeitinderEundesrepublik Deutschlal】d1946‑1950S.13.
1948年6月 よ り1949年12月 迄 の 一 年 半 の 失 業 増 茄110万 の う ち の 「;"7'万を 占 め て お る の で あ る。Nordrhein‑Westfalen州 やNVtirtemberg‑Baden州 の 如 き工 業 諸 州 は 旺 盛 な工 業 部 門 の 雇 用 増 大 が 失 業 を 吸 収 し た の で あ る が,Bayern,Sch・
Ieswig・Holstein,Niedersachsenの 如 き州 で は 雇 用 が 反 つ て 減 少 し た だ け で な く,従 来 不 定 期 に 農 村 労 働 に従 事 し て い た未 登 録 の 引 揚 者 や 闇 取 引 に 従 事 し て い た ブ ロ ー カ ー な どの 潜 在 失 業 者 達 が 今 や 通 貨 改 革 と共 に 生 計 の 資 を失 つ て 失 業 者 と し て 登 録 し始 め た の で あ つ た 。 各 州 の 失 業 率 は 第 十 表 に 示 す 如 くで あ る が,1949年 以 降 の 農 村 諸 州 の 失 業 率 は 著 し く高 く,工 業 諸 州 の 失 業 率 が 既 に 許