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老化の分子レベルでの解明
― NAD 依存性ヒストン脱アセチル化酵素 SIR2 ―
堀 尾 嘉 幸,坂 本 淳,久 原 真
札幌医科大学医学部薬理学講座 大学院医学研究科脳神経機能薬理学
Molecular Analysis of Aging; NAD Dependent Histone Deacetylase, SIR2
Yoshiyuki H
ORIO, Jun S
AKAMOTO, Shin H
ISAHARA Department of Pharmacology, Sapporo Medical University School of MedicineABSTRACT
SIR2 and its homologues are newly identified nicotinamide adenine dinucleotide (NAD)-dependent histone deacety- lases. Yeast (Saccharomyces cerevisiae) SIR2 silences transcription at silent mating loci, teromeres and ribosomal DNA (rDNA), and that also suppresses recombination in rDNA. Yeast and mammalian SIR2 homologue (SIR2α) was found to specifically deacetylate acetylated lysine residues of histone H3 and H4 in a NAD-dependent manner. The deacetylation of histones has been identified as important for silencing. Interestingly, increase in dosages of SIR2 gene extended the life span in yeast and Caenorhabditis elegans. Although recent studies showed that Sir2αdirectly binds and deacetylates p53 to repress p53-dependent apoptosis, the distribution and physiological functions of SIR2 family in mammals still remain to be elucidated. We found that SIR2αand SIR3, both of which are mammalian SIR2 homologues, are expressed in neu- ral stem cells. The expression of these SIRs promptly disappeared after differentiation. We assume that these SIRs may play a significant role in the proliferation and/or differentiation of neural stem cells.
(Accepted August 26, 2002) Key words: Aging, Histone deacetylase, SIR, NAD, Neural stem cell
1 老化と遺伝子
不老長寿はヒトの夢である.秦の始皇帝( BC259 〜 BC210 )が,不老長寿の薬があるという蓬莱山へ徐福とい う男を派遣した話が司馬遷の史記にでている.余談だが,
徐福は始皇帝を説いて 2 回にわたって多額の金品を受け取 り, 2 度目にそのまま姿を消したという.だまされるほうも どうかというところがあるが,それほどに不老長寿に魅力 があるということであろう.老化がなぜ起きるのか? 現 在の医科学に残された大きな課題である.
平均寿命や最大寿命は動物によって決まっている.ヒト の最大寿命は 120 才だそうである.これを超えたというヒ トは例えば,記紀の神武天皇から,大鏡(平安時代末)に でてくる 190 才の大宅世継と 180 才の夏山繁樹をはじめと して数多おられるが,少なくとも年令は創作とされている.
なぜ, 120 才となっているのか,その理由は,反論もいろ いろとあるが,やはり遺伝子に刷り込まれているからと考 えることが最も考えやすい.例えば,早老症と呼ばれる一 連の遺伝性疾患がある.これにはウエルナー症候群 Werner
syndrome (
WRN DNAヘリケースの変異) ,ブルーム症 候群 Bloom syndrome ( BLM DNA ヘリケースの変異)
などのように DNA 鎖の高次構造を変化させる酵素の異常 や血管拡張性運動失調症 ataxia telangiectasia ( ATM キナ ーゼの変異)やコケイン症候群( CSA , CSB の変異)のよ うに DNA 損傷修復,およびその応答因子の機能不全によ るものなどがある.これらはいずれもゲノムの不安定性があ り,ゲノム遺伝子に生じる変異の蓄積が老化形質の発現に なんらかの役割を果たしている可能性が高い.
DNA を損傷する可能性のあるものとして,活性酸素や一 酸化窒素,フリーラジカルといった酸化ストレスがある.
年令とともに皮膚に増加するリポフスチンも脂質の酸化に よって作られる色素であり,また,染色体 DNA において も,グアニンが酸化された 8 ヒドロキシグアニンが年令とと もに増加する.活性酸素やフリーラジカルを処理するスー パーオキシドジスムターゼ superoxide dismutase ( SOD ) の動物種における発現量とその動物種の寿命には,例外が あるもののかなり正の相関を示す.早老症の場合も同じで
総説(学内研究紹介)
あるが, DNA 傷害がなぜ老化形質を起こし,寿命を区切 るのかは別として,酸化ストレスが老化につながることは十 分に考えられる.
遺伝子レ ベ ル で 長寿の 研究が 進ん で い る の は 線虫
Caenorhabditis elegansである.各種の遺伝子変異が長寿 をもたらすことが,特にここ数年,急速に進んだ研究から 明らかになってきた.これらの変異株を組み合わせると最 大で 6 倍もの寿命を持つ線虫が得られている.その中で最 も研究が進んでいるのはインスリン/ IGF シグナル系であ る.線虫にもインスリン/ IGF 受容体, phosphatidylinos- itol-3-OH kinase PI ( 3 ) K , 3-phosphoinositide-depend- ent kinase-1 ( PDK1 )/ Akt ,さらに, PTEN phos-
phatase があり,このシグナルはフォークヘッド型転写因子 DAF-16 を抑制している.インスリン/ IGF シグナルを抑 制する,もしくは DAF-16 活性を亢進させる遺伝子変異は すべて線虫の寿命を延長する
1)(図 1 ) .
著者のひとりの堀尾は 1999 年 8 月に薬理学講座に赴任 したが,持ち物はなく,これまでの研究を続けることがで きる研究道具もほぼゼロであった.どうせないならテーマも 思いきって,リセットすることを考えた.同じに研究をお こなうのなら,最もわかっていないことがよいと考え,無謀 にも老化をとりあげた.最近,寿命関連因子で SIR2 とい うユニークな因子が注目されている.我々も遺伝子−蛋白 質が老化をかなりな部分左右しているのではないかと考え,
DAF-2(Insulin/IGF-1-Receptor)
Insulin/IGF-1 like Hormone ?
AGE-1(PI(3)K)
PI(3, 4, 5)P
3,
3PI(3, 4)P
22DAF-18
(PTEN phosphatase)
PDK-1 AKT-1/AKT-2
DAF-16
(Forkhead transcription factor)
Guarente & Kenyon Nature 408, 255, 2000 より改変 抑制
抑制
unknown genesの転写変化
:活性化で長寿命
:活性低下で長寿命
図1 線虫のインスリン/IGFシグナルと寿命
線虫のインスリン/IGFシグナル活性を低下させる変異であるDAF-2,AGE-1,PDK-1,AKT-1/AKT-2の機能低下もしくはDAF-
18,DAF-16の活性亢進はいずれも線虫に長寿をもたらす.
どのような遺伝子を とっかかり とするかを考えて, SIR に注目した.その昔,大学院生のときに NADH をアッセイ に毎日使い続けたとか,酵素を精製していたとか,親しみ を持った理由はいくつかあり,また,下等なものから高等 動物まで種を超えてその構造が保たれている遺伝子は重要 ということもあった.しかし,最も大きい理由は, (酵母で あっても)性の発現に関与していることであった.直感的 ではあるが,性ができたときから寿命が出現したと思って いる.この直感があたっているかどうかはここではおいて,
SIR2 がどのようなものかを以下に述べる.
2 SIR ファミリーは転写抑制因子として発見された
転写はゲノム遺伝子から mRNA , tRNA や rRNA が作 られることである.遺伝子の発現は主に転写のレベルで調 節されている.この転写には転写をおこなったり促進した りする蛋白質の他に,転写を抑制する蛋白質が関与してい る.出芽酵母の性を決める遺伝子として a 遺伝子と
α遺伝 子が存在する.酵母の性発現は,転写される活性を持たな い HML 領域と HMR 領域にある a 遺伝子と
α遺伝子のど ちらかが,転写活性のある MAT locus に transposition さ れることによって起きる.なぜ HML 領域や HMR 領域で は転写が起きないかを調べる研究から,転写抑制因子 SIR
( silent information regulator )が見い出された. SIR は a と
α遺伝子の発現を抑制する転写抑制蛋白質である. SIR には SIR1 , SIR2 , SIR3 , SIR4 の 4 種類があり,これら は互いにホモロジーがない.基本的には 4 種類の SIR のど れが欠けても, HML 領域と HMR 領域での転写が起きて しまうことが知られている
2).
テロメア領域は染色体の末端部分の領域で,ヒトを含む 哺乳類では, TTAGGG がくりかえす特異的な構造をして いる.テロメアの長さは細胞の分裂によって短くなってい くことが知られており,細胞の分裂寿命を決定するといわ れている.酵母にもテロメアが存在し,テロメアの近傍領 域では転写が抑制されていることが知られていた.その後 の研究により, SIR2 , SIR3 , SIR4 が酵母テロメア近傍領 域の転写の抑制に必要であることが示された
3).さらに,こ れとは別に,酵母の rRNA 遺伝子( rDNA )をコードする 領域は 9.1 kb からなる rDNA 遺伝子が 100 〜 200 個タン デムにつながった繰り返し構造をしている.このような繰り 返し構造は,組み換え recombination や欠失 deletion を起 こしやすい. SIR2 にはこのような recombination を抑制す る機能も持つことが示された
4).個々の rDNA 遺伝子は複 製開始配列 autonomously replicating sequence を持って いる.ところが,複製の際に実際に働いているものは 1/3 以下であり,複製開始されないように抑制する仕組みが存 在する.さらに, 100 〜 200 個ある rDNA 遺伝子のうち約 半数は転写が抑制された状態にとどまっていることが明ら かとなった.このような rDNA 遺伝子の複製の抑制や転写 の抑制にも SIR2 が関与していることが明らかとされた
5).
これに加えて SIR2 は酵母において,切断された染色体 2 本鎖 DNA の修復にも関与することが明かとされた
6).つま り,酵母において SIR2 は転写抑制や DNA 修復機構に関 連する因子である.
3 SIR2 は酵母の老化を抑制する
酵母にも老化があり,寿命が存在する.分裂酵母では 20
〜 40 回の分裂をおこなうとそれ以上は分裂できず死んでし まう. aging に伴って酵母のサイズは大きくなり, G1 arrested の状態にとどまり分裂できない.核小体も大きく なり分葉化してくる.酵母の寿命を調べる研究から,分裂
酵母では aging に伴って,複製開始配列を含む環状の
rDNA が染色体の外に蓄積してくることが明らかとされた
7). この環状 DNA は extrachromosomal rDNA circle ( ERC ) と呼ばれ,染色体 rDNA 遺伝子の recombination によって 作られ,さらにそれ自身が持つ複製開始配列によって自己 増殖していく.酵母の aging に伴って ERC は増加してい き,老化した酵母では 500 〜 1000 コピーもの ERC が蓄積 し,酵母の分裂寿命を短くする.実際,人工的に ERC を 増やすと,その酵母の寿命が短縮した.
WRNは DNA ヘリ カーゼの 1 つで,その変異に伴った機能の低下によってヒ トでは遺伝性早老症のウェルナー症候群 Werner syndrome が起きる.酵母にも
WRNに相当する遺伝子(
SGS1)があ る.この
SGS1をノックアウトすると,早期に細胞が大き く,繁殖能がなくなり,核小体が大きく分葉化するなどの 老化徴候が出現し,寿命は正常の約 40 %に短縮する.
SGS1
のノックアウト酵母で ERC を調べたところ, ERC が早期から多量に蓄積していくことが明かとされた
7). ERC がなぜ寿命を短くするかについては,現在まだわかっ ていないが,核が必要とする転写因子などを ERC がリクル ートして,枯渇させてしまう可能性が考えられている.な お,ヒトでは現在のところ ERC が蓄積するという現象は知 られていない.さらに酵母の老化を調べる研究から,老化 した酵母では HML 領域と HMR 領域の転写抑制がはずれ,
a 遺伝子と
α遺伝子が共に発現され,このことが繁殖不能 をおこしていること
8),同時に老化酵母ではテロメア領域で の転写も起きていることが示された. SIR2 は rDNA 遺伝 子の recombination を抑制し, HML 領域, HMR 領域,
rDNA 遺伝子領域の転写抑制をおこなうことから, SIR2 が 酵母の老化に何らかのかたちで関与するのではないかと考 えられた.また,多量に発現させると,酵母の寿命が延長 する可能性も考えられた.実際,酵母の SIR2 をノックア ウトすると,寿命が約半分に短縮し, SIR2 遺伝子を 1 つ余 分に持たせた酵母では,寿命が 30 %延長した
9).このよう にその作用機序については不明確な点が多いが, SIR2 は酵 母の寿命コントロールに関与する因子の 1 つであると言え る.
SIR2 は酵母だけではなく,そのホモログは原核生物から
真核生物のヒトにいたるまで種をこえて広く発現している.
例えば,ヒトでは現在のところ 8 種類の SIR2 ホモログがク ローン化されている
10).そこで,酵母以外の生物について,
SIR2 に寿命延長作用があるのかどうかが調べられた.線虫
Caenorhabditis elegansでは, SIR2 遺伝子が 1 つ増える とその寿命が 50 %延長することが確かめられた
11).さらに 線虫の実験から SIR2 の寿命延長作用には上述した転写因 子 DAF-16 が正常であることが必要であった
11).つまり,
このことは SIR2 と長寿の研究で最もよく明らかになってい るインスリン/ IGF シグナル系が互いに関連することを意 味している.具体的に SIR2 がインスリン/ IGF シグナル 系のどこでどのような働きをしているかは,現在のところ不 明である.
4 SIR2 は NAD 依存性ヒストン脱アセチル化酵素で ある
ヒストンのアセチル化と脱アセチル化は遺伝子の発現に 深く関与することがこれまで知られていた.ヒストン( H2
〜 4 )の N 末端の複数のリジン残基はアセチル化されるこ とがある.アセチル化されたヒストンはプラス電荷を失っ
図2 ヒストンのN末端部分のアセチル化と脱アセチル化
A. 染色体DNAはかたくヒストンに巻き付いている.ヒスト ン(H2a,H2b,H3,H4)のN末端にはプラスに荷電し たリジン残基が多数存在し,マイナスに帯電している DNA鎖の結合に関与していると考えられている.これら のリジンがアセチル化を受けると電荷がなくなり,DNA の結合が緩まり,転写が起きる.
B. SIR2はNAD依存性にヒストンのリジンのアセチル基をは ずし,この結果DNAはより強固にヒストンに結合して,
転写は抑制される.NADは分解され,ニコチンアミドと 新規の物質である2-AADPRまたは3-AADPRとなる.
て,マイナスに帯電した染色体 DNA との静電的な相互作 用が弱まり,かたくヒストンに巻き付いていた DNA 鎖が ゆるんで,転写因子のアクセスが可能となって転写が亢進 するといわれている(図 2A ) .実際,転写を実行する転写 因子複合体の中にはヒストンをアセチル化するヒストンア セチル化酵素 histone acetyltransferase ( HAT )が含まれ ていることが数多く見られる.例えば P300 や CBP は基本 転写因子 TFIIB と結合し,さらに核内受容体, CREB , p53 , c-Jun などのいろいろな転写制御因子を結合する蛋白 質であるが,それ自身がヒストンアセチル化酵素である.
酵母の SIR2 がどのような機能を持っているのかは最近ま で不明であった.ホモロジー検索から SIR2 がチフス菌の CobB に似ていること,さらに CobB がフォスフォリボシ ルトランスフェラーゼ活性を持ち,コバラミン合成系に働 くことから,最初, ADP リボシル化活性を持つのではない かと考えられた.しかし,放射活性のある nicotine amide adenine dinucleotide ( NAD )を用いて SIR2 のリボシル 化活性を測定しても, SIR2 には非常に弱い ADP リボシル 化活性しか認められなかった.ところが,最近の研究によ って SIR2 は新しいヒストン脱アセチル化酵素であることが 明らかとなった.さらに,この脱アセチル化は NAD を要 求することがわかり,これまでわかっていたヒストン脱アセ チル化酵素 histone deacetylase ( HDAC )とは完全に異な ったファミリーを形成していることが判明した
12). SIR2 の 酵母での転写抑制作用は,このヒストン脱アセチル化活性 によって説明できる.ヒストンのリジン残基のアセチル基が はずれると, DNA 鎖はヒストンの相互作用を強めて転写は 抑制される. SIR2 はヒストンのアセチル基を NAD のリボ ースに移し, NAD は分解されニコチンアミドが遊離する.
結局,最終産物としてアセチル基がはずれたリジン残基と,
ニコチンアミドと,さらに,これまでその存在が知られてい なかった新しい物質である 2-O-acetyl-ADP ribose ( 2 - AADPR )と 3-O-acetyl-ADP ribose ( 3 -AADPR )が形 成される
13)(図 2B ) .
この反応の特徴は NAD を要求し,さらに NAD を分解 してしまうことである.なぜ, 高価な NAD をわざわざ 使う必要があるのか,何らかの理由があるものと思われる.
NAD は例えば糖などが代謝されてできるピルビン酸からア セチル CoA への変換や,アセチル CoA がさらに代謝され る TCA サイクルや電子伝達系に必要な補酵素である.エ ネルギー代謝に SIR2 の機能が何らかのかかわりを持つ可能 性や, NAD の代謝物である 2 - や 3 -AADPR に何らかの生 理機能がある可能性があり今後の課題と言える.さらに,
SIR2 のターゲット蛋白質はヒストンだけではないことが,
昨年,判明した.哺乳類の SIR2 ホモログの 1 つである SIR2α ( SIRT1 )は癌抑制因子である p53 を脱アセチル化 して,その機能を抑制することが明かとなった. DNA 傷害 や酸化ストレスによる p53 依存性のアポトーシスを SIR2
αは低下させた.このことは SIR2α がアポトーシスを制御す
リジン NH-C-CH3
O ヒストン
リジン NH3
+
ヒストンNAD 2'または3'AADPR ニコチンアミド
SIR2
[アセチル化ヒストン] [脱アセチル化ヒストン]
染色体DNA
ヒストンN末端 -
--
-- - -
- -
A
-B
ヒストンコア +
+ +
+ +
+ +
+
る蛋白質の 1 つである可能性がある
14,15).
5 SIR2 は神経幹細胞に発現する
2000 年の春からこの SIR2 の高等動物での分布や機能を 調べることを目的として,当時,部屋に出入りしていた医 学部 4 年生の長岡,酒本,外山,新沼の 4 君とマウス脳 cDNA ライブラリーからそのホモログをクローン化するこ とをはじめた.その結果,脳から SIR2 のマウスホモログで ある SIR2
α( SIRT1 ) , SIR3 ( SIRT3 )をクローン化した.
Northern blot でその分布を調べたところ, SIR2
αは肝臓,
胸腺に強い発現がみられ,さらに脳,心臓等に, SIR3 は 脳,心臓,腎臓,精巣,卵巣等に発現していた.驚いたこ とに,胎児の Northern blot をおこなったところ,マウス胎 児では強い SIR2α , SIR3 の発現が見られた. SIR2α の発 現量は E4.5˜6.5 をピークとした非常に強い発現が見られ,
これが発生に伴ってしだいに減少していった.これに対し て SIR3 は E4.5˜6.5 で一時発現したあと,減少するが E16.5 からしだいに発現量が増加していくという 2 相性の 発現をしていた.さらに,それぞれの特異抗体を作成して,
免疫組織化学法によって分布を調べたところ,脳では SIR2
αも SIR3 も脳室を覆う上衣細胞に強い発現が見られ た.また,上衣細胞の近傍の subventricular zone にある少 数の細胞群が強い陽性像を示していた.この領域は神経幹 細胞が分裂,増殖する領域であり,この強い陽性像を示し た細胞は分裂中の神経幹細胞ではないかと考えた.また,
上衣細胞自体が神経幹細胞そのものであるという説がある ことや,胎児 Northern blot の結果などから,未分化な神経 幹細胞に SIR ファミリーが発現しているのではないかと考 えた.比較的未分化な神経細胞を染めだす nestin で染色し たところ, nestin 陽性の細胞は SIR2α および SIR3 両者を 発現していた.そこで,飲水中に bromodeoxyuridine
( BrdU )をまぜて, BrdU を 2 週間連続投与したあと 1 週 間後に固定する方法によって,分裂する神経幹細胞をラベ ルしたところ, BrdU 陽性細胞(分裂細胞)は SIR2α や SIR3 を発現していた.一方,胎児脳から分離した神経幹細 胞は in vitro で培養することができる.培養した神経幹細胞 は neurosphere と呼ばれる細胞のかたまりを数日で形成す る.この sphere を構成している個々の細胞をバラバラにす ると,それぞれからまた sphere が形成される.そこで,実 際に neurosphere の細胞が SIR を発現しているかどうかを,
胎児( E14 )から培養化した神経幹細胞で確認した.この sphere には SIR2α と SIR3 が強く発現していた.さらに,
sphere を血清等を加えた分化培地に移して,神経細胞,ア ストロサイト,オリゴデンドロサイトに分化させると速やか に SIR2α と SIR3 の発現が消失した.現在, SIR の阻害薬 としてニコチンアミドや splitomicin
16)を使った実験や,ア デノウイルスに組み込んだ SIR とさらにそのドミナントネ ガティブ体( SIR2
α-H355Y および SIR3-H106Y )を作成 したので,それらを感染させ,強制発現をおこなう系で,
SIR2
αと SIR3 の神経幹細胞における機能がどのようなも のであるかを検討している.さらに, SIR2
αの発現は,精 巣の精粗細胞にもみられており, stem cell 一般に発現する かどうかは今後の検討課題である.一方,興味深いことに,
脳で SIR2
αの発現を developmental に調べたところ,生 後 1 日から 3 日, 1 週間, 2 週間, 1 , 2 , 4 , 6 , 12 ヶ月と しだいに脳の SIR2α mRNA の発現が増加していた.脳で は一部の成熟した神経細胞にもその発現が見られるのであ るが,その細胞内局在は細胞質であった.神経幹細胞や精 粗細胞では SIR2
αは明らかに核を中心として染色されるの であるが,成熟した神経細胞の染色像では核が抜けて細胞 質に SIR2
αが存在している. SIR2
αには核の内外を移行 させる何らかの制御機構があるものと考えて, deletion mutants および point mutation を導入してその局在化を調 べている.また,同時に我々は Sir2α が非常に細胞内代謝 回転のはやい蛋白質であり,常にすばやい合成と分解がお こなわれている可能性が高いことを見い出している.やは り, deletion mutants 等によってこの仕組みも検討してい る.細胞内での分布の変化がどのようにして起きるのか,
細胞質でどのような生理作用をおこなっているのか,その 脱アセチル化を受けるターゲットが何か,は今後の課題で ある.酵素活性については,現在,合成アセチル化ヒスト ン H4 部分ペプチドを基質として,脱アセチル化されて分子 量が減った H4 ペプチドを TOF-MS を用いて測定するとい う簡便な方法を開発中である.この測定法は,今後,阻害 薬の検討にも応用できるものと期待している.
6 おわりに
老化を分子レベルで調べることをめざして SIR2 の研究を スタートさせたが,意外にも幹細胞という最も 若い 細 胞で何らかの働きをしていることがわかりつつある. 「長生 きとは若さの継続である」という言葉があって,これは日 本の生化学を立ち上げた先人のお一人である市原硬先生の 愛用語録の 1 つだったそうです.この言葉は研究に関して 言われたものでしょうが,実際に老いと若さは深く関連し たものであるかもしれない.
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