第 章 原子核の殻構造
原子の構造に関しては,19 世紀に既に Mendeleevが元素の周期律を確立していた.20 世 紀に入り,量子力学の発展により,電子の数と元素の化学的性質の関係が明らかにされた.
原子は中心に正電荷をもった原子核があり,電子は原子核がつくるCoulombポテンシャル によって束縛され,1粒子軌道の描像が良く成り立つ.電子は Fermi粒子であるので,1 つの固有状態に1つだけ入り得る.電子の数が 2, 10, 18, 36, 54, 86のときには閉殻を成し,
希ガスと呼ばれる安定な元素になる.閉殻を成す電子を取り出すには多くのエネルギーを要 するので,イオン化エネルギーが大きい.閉殻より1つ電子が多いときは,化学的に活性な アルカリ金属になり,小さなエネルギーを加えるだけで1価の陽イオンになる.
原子核も原子と同様に殻構造をもつ可能性があることは1930年代に議論されたが,原子 核は原子のように固定された中心となるものがない.また,原子における相互作用が電磁相 互作用であるのに対して,原子核の中の核子のあいだには強い相互作用がはたらいている.
そのため,質量公式の章で述べたように,原子核全体を連続体である液滴として記述される と考えるのが当然であった.さらに,1930年代の終わりに核分裂が発見され,それを簡単 に説明する液滴模型が支持された.しかし,1940年代に入ると Manhattan計画において 多くの放射性元素が生成され,原子核の結合エネルギーが測定されるようになった.Maria
G¨oppert Mayerは結合エネルギーの系統性を調べ,原子核においても閉殻の存在を強く示
唆する魔法数を発見した.1949年,M.G. Mayer [ 1 ]とJohannes Hans Daniel Jensen [ 2 ] は原子核の魔法数を説明する殻模型を提唱し,その後,磁気双極子モーメントの説明などを 経て,核子の1粒子軌道描像に基礎を置いた殻模型が原子核の微視的模型として確立されて いった[ 3 ].
5.1 魔法数
「質量公式」の章で見たように,実験によって測定された原子核の質量は,陽子数,ある いは中性子数が特定の値
2, 8, 20, 28, 50, 82, 126
のとき,液滴模型に基づいた半経験的質量公式が与える値と大きな違いを示す.これらは 魔 法数 と呼ばれる.魔法数のところで特徴的な振る舞いをするのは質量だけではない.以下 に幾つかの例を示すが,いずれの例も,陽子数・中性子数が魔法数である原子核が特に安定 であることを示している.
73
5.1.1 中性子分離エネルギー
中性子分離エネルギーは,原子核から中性子を1つ取り出すのに必要な最小のエネルギー である.言い換えると,最も束縛の弱い中性子の結合エネルギーと言ってもよい.
図5.1に,同じ質量数をもつ原子核のうち結合エネルギーが最も大きい原子核に対して,
中性子分離エネルギー Sn を縦軸に,横軸に中性子数をとって示す [ 4 ].中性子数の増加
20
28 50
82
126
neutron number N
0 20 40 60 80 100 120 140 160
Sn [ MeV
]
4 6 8 10 12 14
図5.1: 中性子の分離エネルギー Sn
にともなう連続的変化の中で顕著な特徴は,図の中に縦線で示した魔法数における特徴的な 振るまいである.すなわち,図を左から右へ見ていくと,中性子数が魔法数の1つに達する までは分離エネルギーが大きいが,魔法数のすぐ右側で急激に減少する.この特徴は,ある 種の 殻構造を示唆する強い証拠である.原子の場合と同様に,原子核の中には中性子(核 子)が占める1粒子状態があり,1粒子状態は殻構造を成していると考えられる.中性子数 が魔法数のとき,殻が閉じていて,その中から中性子を取り出すには大きなエネルギーが必 要である.魔法数のすぐ上では,閉じた殻の外に中性子があるので,その最後の中性子は取 り出しやすい.原子で言えば,魔法数はネオンやアルゴンなどの安定した元素に対応し,魔 法数のすぐ上は1価の陽イオンになりやすいアルカリに対応している.
分離エネルギーは中性子数の増加とともに減少する.また,中性子数が偶数であるとき,
近傍の奇数の原子核より分離エネルギーが大きい.これは,質量公式のところでも述べた対 エネルギーの効果である.中性子は2つずつ対をつくる傾向があり,中性子数が奇数である ときは,最後の中性子は対をつくる相手がいないために対をつくれず,弱く結合していると 考えられる.図5.1に示した黒丸は,大きく上下の2つのグループに分かれている.上が中 性子数が偶数の原子核で下が奇数の原子核である.
図5.2には,別の形で中性子分離エネルギーSnを示す.ここでは,核子放出に対して安
定なすべての原子核(ただし,中性子数が奇数の場合)の中性子分離エネルギーを,原子番 号が等しい同位体を線で結んで示してある.魔法数 N = 8, 20, 28, 50, 126をはさんで,中
8 20 28
50
82
126
neutron number N
0 20 40 60 80 100 120 140 160
Sn [ MeV
]
0 2 4 6 8 10 12 14 16 18
図5.2: 中性子の分離エネルギー Sn
性子分離エネルギーが急速に減少しているのが良く現れている.この図は,また,図5.1に 示したような安定線のすぐ近くの原子核だけでなく,安定線からかなり離れた原子核におい ても,同じ魔法数が存在していることを示している.
なお,中性子数が陽子数に比べて極端に多い軽い原子核では,N = 8 や N = 20 が魔 法数でないことが確認されており,中性子過剰核における最近の重要な研究テーマになって いる.
5.1.2 励起エネルギー
原子核の基底状態と第1励起状態とのエネルギーの差は,その原子核の励起のしやすさ を示す尺度である.原子核を構成している核子相互の結合の強さを表していると言い換えて もよい.
陽子も中性子も偶数である原子核では,基底状態の角運動量とパリティは例外なくJπ = 0+ であり,第1励起状態は多くの場合2+ 状態である.図5.3にSiとSの同位体における2+ 状態の励起エネルギーを示す [ 5 ].34Siと 36Sが中性子数 N = 20 の魔法数をもつ.また,
図 5.4に中性子数N = 60,N = 62をもつ原子核の2+状態の励起エネルギーを示す [ 5 ]. ここでは,110Snと 112Snが陽子数Z = 50の魔法数に対応している.どちらの場合も,中
性子数,あるいは陽子数が魔法数に等しい原子核で,第1励起状態の励起エネルギーが最も 大きくなっている.このような原子核では,核子が互いに強く結合しているので,励起する のに多くのエネルギーを要すると考えられる.
26Si
28Si
30Si
32Si
34Si
36Si
38Si
30S
32S
34S
36S
38S
40S
42S
44S
図5.3: Si(Z = 14)と S(Z = 16)の同位体の第1励起状態のエネルギー E(2+1)
100Zr
102Mo
104Ru
106Pd
108Cd
110Sn
112Te
114Xe
104Mo
106Ru
108Pd
110Cd
112Sn
114Te
116Xe
図5.4: 中性子数が N = 60と N = 62の原子核の第1励起状態のエネルギーE(2+1)
5.1.3 電気四重極モーメント
原子核の殻構造から期待されることの1つは,閉殻をもつ原子核において電荷分布が球 対称になることである.球対称からのずれを表す尺度として電気四重極モーメント Qがあ る.古典的電磁気学において,四重極モーメントは
Q=
ρ(r) (2z2−x2−y2) dr (5.1)
で定義され,ここでρ(r)は電荷密度である.量子力学においては,四重極モーメントの演 算子 Q は
Q = 2z2−x2−y2=r2( 3 cos2θ−1 ) (5.2) である.角運動量が J である状態の四重極モーメントは,角運動量のz 成分が M =J で
ある状態 ΨJ,M=J に対する期待値で定義される:
Q=
(ΨJ J(r))∗ QΨJ J(r) dr (5.3)
図5.5に実験で測定された四重極モーメントの値を示す[ 6 ].ここでは,陽子数Z が奇
8 20 28 50 82 126
0 20 40 60 80 100 120 140
Z, N
Q
[ barn
]
8 6 4 2 0 -2 -4 -6
図5.5: 質量数が奇数の原子核の四重極モーメント
数で中性子数 N が偶数,あるいは,陽子数Z が偶数で中性子数N が奇数の原子核の四重 極モーメントの値が,横軸に奇数である陽子数,あるいは中性子数をとって示してある.縦 軸の単位はバーンで,b = 10−28 m2 = 102 fm2 である.殻構造から期待されるように,陽 子数,あるいは中性子数が魔法数のところで四重極モーメントはほとんど 0になっている.
原子核の大きな変形( 絶対値が大きい四重極モーメント )は,原子核を構成する多くの 核子が関与して生成できる.従って,2つの魔法数の中間で大きな変形が可能であり,特に 質量数が大きい領域では顕著である.それに対して,質量数が小さい領域では,隣合う魔法 数が近いので,多くの核子が変形に寄与できず,その結果,大きな四重極モーメントは現わ れない.
四重極モーメントの符号は球対称からのずれの向きを表している.正の場合は,量子化 の軸方向に伸びた電荷分布を意味しており,葉巻型変形,あるいは prolate型変形と呼ばれ る.それに対して,量子化の軸に垂直な方向に伸びた場合は,パンケーキ型変形,あるいは oblate 型変形と呼ばれる.
四重極モーメントは電荷の分布,すなわち,陽子の分布を反映している.この点から見 ると,図5.5に示した特徴は興味深い.中性子数が奇数で魔法数に等しいとき,陽子の分布 を反映した四重極モーメントがほとんど 0になっている.つまり,中性子が魔法数に等し く閉殻を成して球対称であるとき,陽子もまた球対称になっているのである.この事実は,
陽子と中性子のあいだにはたらく力が強く,陽子と中性子は空間的に同じような分布をして いることを示唆している.
5.1.4 自然界における核種の存在比
魔法数で特徴づけられる殻構造があり,特に安定な核種があるならば,そのような核種 は自然界に多くの量が存在すると期待される.図 5.6に太陽系における核種の存在比を示
す[ 7 ].存在比はケイ素Siを106に規格化してある.存在量は質量数とともに減少してい
く傾向があるが,比較的狭い範囲をとって見ると,黒丸で示した魔法数をもつ原子核が多い ことがわかる.きわだって存在量が多いのが 56Feである.これは,殻構造のためではなく,
Solar Abundance
0 50 100 150 200
mass number
relative abundance
106
104
102
100
10-2
10-4
図 5.6: 核種の存在比.黒丸が魔法数をもつ核種,白丸がその他の核種を表す.
核子あたりの結合エネルギーが最も大きいことが主な原因である.鉄よりも質量数が小さい 核種(特に質量数の小さいものを除いて)は星の進化の過程で,熱核融合反応によって生成 されると考えられる.しかし,鉄より先の核種は,熱核融合反応によってはもはや生成され ない.質量が大きい星の中心部では,最終的に鉄近傍の核種が作られると,核融合反応によ るエネルギーの供給が止まり,その後は重力崩壊によって超新星爆発する.
超新星爆発の直後に,鉄が種となって,それより質量数の大きい核種が 10秒程度のあい だに r-過程によって爆発的に作られる.その際,中性子数が魔法数に等しい核種が多く生 成される.これらの核種はベータ崩壊に対して不安定であるので,β−崩壊を繰り返して安
定な原子核へと変わっていく.ベータ崩壊においては,質量数は変化しないが,中性子が陽 子へと変わっていく.従って,r-過程によって作られる核種が魔法数(中性子数)をもつと しても,β− 崩壊を繰り返して到達する安定核では魔法数をもたないことが多い.r-過程に よる重元素合成の視点からみると,図5.6に現われているよりも,魔法数ははるかに重要な 役割を果たしている.
5.1.5 その他の証拠
中性子吸収断面積
中性子数が魔法数である原子核の安定性は,中性子吸収断面積にも現われている.「励起エ ネルギー」の項でも示したように,魔法数をもつ原子核は励起するのに多くのエネルギーを 要する.すなわち,中性子の照射によって励起されにくく,吸収断面積は小さくなる.
上で述べた超新星爆発におけるr-過程は,中性子捕獲とベータ崩壊の競争過程である.中 性子捕獲断面積が大きい原子核は,中性子を捕獲して別の核種へと変わっていくが,中性子 捕獲断面積が小さい原子核(中性子数が魔法数)は別の核種へとなかなか変わることができ ない.このような原子核は隣合う原子核と比べて安定であり,ベータ崩壊の寿命も長い.そ の結果,このような原子核は相対的に長い時間存在することになり,r-過程においてwaiting
pointの原子核と呼ばれる.
放射壊変系列の終点
天然に存在する放射性同位体には長寿命の放射性元素を親とする4つの放射壊変系列があ る.4つの系列の親核とその寿命,及び終点の核種を 表 5.1に示す[ 8 ].
表5.1 放射壊変系列
系列 親核 親核の寿命 終点の核
トリウム系列 232Th 1.40×1010 y 208Pb ネプツニウム系列 237Np 2.14×106 y 209Bi ウラニウム系列 238U 4.17×109 y 206Pb アクチニウム系列 235U 7.04×108 y 207Pb
終点の原子核のうち,鉛は陽子数が 82 の魔法数であり,特に 208Pb は中性子数も 126 の魔法数である.ネプツニウム系列の終点の原子核 209Bi は中性子数が 126の魔法数であ る.これらの原子核は魔法数をもつため安定であり,さらに崩壊することはないので,それ ぞれ,一連の崩壊系列の終点になっている.
5.2 1粒子運動
5.2.1 1粒子ポテンシャル
原子核という多体系では,原子のように固定されて中心となるものがなく,また,核子 間には強い相互作用がはたらくので,1つの核子が他の核子とは独立に1粒子運動するとい う描像は考えにくい.しかし,魔法数の存在は1粒子運動がなりたっていることを示唆して いる.他の核子から作用する力が平均化されて,その力の場が1粒子に作用するポテンシャ ルとして表されるのであるならば,近似的に独立な1粒子運動を考えることができるであろ う.1粒子運動の概念は,近似的であるにしても,量子多体系である原子核の構造や遷移を 直観的に捉えやすくなるだけでなく,理論的にも扱いやすい.
原子核を支配するハミルトニアンは,1体の運動エネルギー項と2体の相互作用項から なる:
H = A i=1
Ti+1 2
A i=j
Vij (5.4)
第2項の2体相互作用をA 粒子系の波動関数ではさみ,i番目以外の核子について積分する と,i番目の核子に作用するポテンシャルUi が生成される.
· · · Ψ(r1,r2,· · ·rA)∗ A i=j
VijΨ(r1,r2,· · ·rA) dr1· · ·dri−1dri+1· · ·drA (5.5) ただし,実際には,核子は互いに区別できないFermi粒子であるので,核子に番号をつけて 表すときには,波動関数はすべての核子の対に対して反対称化しなければならない.また,
上の式では位置座標だけを陽に表しているが,スピンの自由度や角運動量も考慮しなければ ならない.
他の核子が及ぼす力から1体のポテンシャルが取り出せるならば,ハミルトニアンを次 のように書き換えることができる:
H = A
i
(Ti+Ui) + 1 2
A i=j
Vij − A
i
Ui (5.6)
ここで,
H0 = A
i
(Ti+Ui) (5.7)
は1体のハミルトニアンである.このハミルトニアン H0 についての固有値方程式を解い て,1粒子エネルギー εi と1粒子波動関数ψi が得られる:
H0ψi = εiψi (5.8)
多体系の波動関数は1粒子波動関数の積で表される:
Ψ(r1,r2,· · ·rA) −→
i
xiA[ψ1ψ2· · ·ψA] (5.9)
右辺の記号 Aは反対称化の演算子であり,和の記号は A個の核子をいろいろな1粒子状態 に入れたときにあらわれる配位についての和(振幅が xi)を意味する.
上の置き換えは波動関数の大きな近似である.左辺のA 核子系の波動関数は複雑な相関 を含んでいる.それに対して,右辺は単に1粒子波動関数の積(の和)であり,数多くの配 位で展開することによって,複雑な相関の一部が取り入れられるに過ぎない.しかし,左辺 の形のままでは解けないSchr¨odinger方程式(A 核子系の固有値方程式)が,近似的である にしても解くことができる意義は大きい.
5.2.2 ポテンシャル問題
原子核の1粒子ポテンシャルと魔法数の議論へ進む前に,中心力ポテンシャル内におけ る質点の運動が,古典論及び量子論でどのように記述されるかを復習しておく.
古典論
質量 m の質点が力 F の作用を受けて運動しているとき,質点の運動方程式は極座標で m
d2r dt2 −r
dθ dt
2
= Fr 1 r
d dt
mr2dθ
dt
= Fθ (5.10)
と書ける.ここで,Fr と Fθ は力の r 方向成分と θ 方向成分である.力 F が中心力であ るとき,Fθ= 0であるから,角運動量は保存する:
L = mr2dθ
dt = 一定 (5.11)
この関係を用いて r 方向の運動方程式を書き直す( 第2項の dθ/dt を L を用いて書き直 す)と
md2r dt2 − L2
mr3 = f(r) (5.12)
となる.ここで,力が中心力であるとして Fr =f(r)と書いた.中心力は保存力であるから ポテンシャルが存在する.上の式の両辺にdr/dtをかけて時間 tについて積分する(エネ ルギー積分)と,
1 2m
dr dt
2 + L2
2mr2 +U(r) = E (5.13)
が得られる.U(r)は力 f(r) のポテンシャルであり,E は積分定数である.この式は力学 的エネルギーの保存を表している.左辺の第1項と第2項の和が運動エネルギー,第3項が ポテンシャルエネルギー,右辺のE が全エネルギーを表している.左辺の第2項は運動エ ネルギーの1部であるが,ポテンシャルと見たほうが考えやすい.そこで,真の意味のポテ ンシャルではないが,座標原点のまわりの回転に基づく力に対応するので遠心力ポテンシャ ルと呼ばれる.真の力のポテンシャルと合わせて
W(r) = U(r) + L2
2mr2 (5.14)
r
U( )r L2 2mr2
W( )r
図5.7: 万有引力の有効ポテンシャル を有効ポテンシャルという.
図5.7に例として,万有引力のポテンシャルを示す.運動が許されるrの範囲はE≥W(r) を満たす領域である.全エネルギーが負の場合(E <0)には,rに下限と上限がある周期 運動(楕円運動)になる.太陽がつくるポテンシャル U(r)のもとでの惑星の運動を考える ならば,rの下限は近日点に,上限は遠日点に対応する.全エネルギーが正のときは,rが 上限をもたない双曲線軌道になる.
量子論
質量mの質点がポテンシャル U(r)の作用のもとで運動しているとき,質点のSchr¨odinger
方程式は
p2
2m +U(r)
ψ(r) = ε ψ(r) (5.15)
と書ける.運動量演算子の2乗 p2 は極座標で p2 = −¯h2
∂2
∂r2 + 2 r
∂
∂r +¯h22
r2 (5.16)
と表されるので,Schr¨odinger方程式は次のように書き直せる:
−¯h2 2m
∂2
∂r2 +2 r
∂
∂r + ¯h22
2mr2 +U(r)
ψ(r) = ε ψ(r) (5.17) は角運動量演算子(¯hを単位として)である.球面調和関数Ym が2 の固有関数である ので
2Ym(θ, φ) = %(%+ 1)Ym(θ, φ) (5.18)
波動関数 ψ(r)が積の形で表されると仮定する:
ψ(r) = ϕ(r)Ym(θ, φ) (5.19) これを Schr¨odinger方程式に代入すると,動径r と角度θ, φは分離され(変数分離),動 径に関する方程式は
−¯h2 2m
d2 dr2 +2
r d
dr +¯h2%(%+ 1)
2mr2 +U(r)
ϕ(r) = ε ϕ(r) (5.20) となる.古典力学における有効ポテンシャル,すなわち,真のポテンシャルと遠心力ポテン シャルの和は
W(r) = U(r) + ¯h2%(%+ 1)
2mr2 (5.21)
である.
古典力学と異なる点は,第1に,角運動量が量子化され,%= 0,1,2,· · ·と離散的な値 しか取れないことである.古典的な場合は,角運動量が大きいときで,離散的であることが 無視され連続的な値を取るとして差し支えない.また,そのとき,%(%+ 1) →%2 と良い近 似で置き直せる.第2に,古典論では運動が許される範囲は ε≥W(r)で規定されたが,量 子論では ε < W(r)の領域まで波動関数がしみ出すことができる.図5.8に,例として,軌
r [fm]
0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20
potential
[ MeV
]
-50 -40 -30 -20 -10 0 10 20
図5.8: %= 0−5 の有効ポテンシャル W(r)
道角運動量が %= 0から 5 までの場合の有効ポテンシャルを示す.最も深いポテンシャル が%= 0の場合で,遠心力ポテンシャルが0であるので,真のポテンシャルU(r)そのもの
r [fm]
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
r2ϕ( )2
[ fm
-1]r
0.0 0.1 0.2 0.3 0.4
図5.9: %= 0−5 の波動関数の密度
である.ここでは,ポテンシャル U(r) として,次の節で述べる現象論的な Woods-Saxon ポテンシャルを採用した.原子核の半径は7.5 fmとした.遠心力ポテンシャルは2つの効 果をもたらしている.第1は,%が増加するに従い,核子を束縛させる引力の部分が原子核 の中心から次第に外側へと限定され,しかも,ポテンシャルは浅くなる.第2に,原子核の 表面の外側に小さな斥力部分をつくり出す.これらの影響は,エネルギー固有値と固有関 数に現われる.図 5.9に,方程式(5.20)を数値的に解いて得た波動関数を示す.離散的固 有状態の中でエネルギー固有値の最も小さいものに対して,波動関数ϕ(r) そのものではな く,波動関数の2乗に r2 をかけたものを図示してある.最も内側(r の小さい領域)にあ るのが %= 0 の場合である.軌道角運動量の増加とともに,古典的に許されるr の範囲は 原点r = 0から遠い領域に限定されて,波動関数は次第に原子核の表面付近に鋭いピークを もつようになる.同時に,エネルギー固有値は次第に 0に近くなる(束縛エネルギーが小 さくなる).%= 0から順に,ε=−39.96 MeV,−35.99 MeV, −31.21 MeV, −25.72 MeV,
−19.62 MeV,−12.97 MeVとなっている.
5.2.3 中心力ポテンシャル
実験データが魔法数の存在を強く示唆している.一方で,原子核という互いに強い力で 相互作用する多体系で1粒子描像がなりたつならば,魔法数がどのようにして説明できるの かが,次の興味の対象になる.言い換えれば,「どのような1粒子ポテンシャルを考えれば魔 法数を再現できるのか」という問題である.
魔法数のうちでも,始めの 2, 8, 20 については,3次元調和振動子によって再現でき る.ただし,スピンの自由度,すなわち,1/2 のスピンが上を向いた状態と下を向いた状
態があることを考慮しなければならない.調和振動子ポテンシャル(harmonic oscillator potential)は
UHO(r) = 1
2mω2r2 (5.22)
で与えられる.1粒子状態の動径量子数nと軌道角運動量%を用いて,エネルギー固有値は εn = ¯hω
2n+%+ 3 2
(5.23) と表され,N = 2n+%が等しい状態は縮退している.N = 0は (n, %) = (0,0)の状態だけ であるので,スピンの自由度を考慮すると縮退度は 2 である.これが最初の魔法数に対応 する.N = 1は (n, %) = (0,1)だけであり,縮退度は2·(2%+ 1) = 6である.N = 0の縮退 度と合わせて,N = 0と N = 1の軌道まで核子が詰まると2番目の魔法数 8が得られる.
N = 2は (n, %) = (0,2)と (1,0)が可能であり,縮退度は 12になる.8 + 12 = 20で3番 目の魔法数が再現できる.しかし,N = 3では (n, %) = (0,3)と(1,1)の組合せがあり,縮 退度は 20 で,N = 0から N = 3までの状態の数は合計 40になる.これは,4番目の魔 法数 28より大きく,5番目の 50には及ばない.このように,調和振動子ポテンシャルは 4番目以後の魔法数を再現できないが,エネルギー固有値だけでなく,固有関数も解析的に 得られて扱いが容易であるので,現実的な1粒子ポテンシャルの代わりに近似的に用いられ ることが多い.
簡単化された中心力ポテンシャルの1つの例として,井戸型ポテンシャル(square-well potential)がある:
USW(r) =
V0 r≤R
0 r > R (5.24)
V0 <0 は定数で,R としては原子核の半径が採用できるであろう.井戸型ポテンシャルの 中の質点の固有値問題は解析的には解けないが,r >0でポテンシャルが0になる点は,無 限に高くなる調和振動子ポテンシャルと比べると現実的であるように思われる.
現実的なポテンシャルに関しては次のように考えられる.原子核内の1つの核子が他の核 子と力を及ぼし合って1体のポテンシャル U(r)が生成されるが,核子と核子のあいだに作 用する強い力は到達距離が短い力であると考えられる.従って,ポテンシャル U(r)は原子 核の密度分布を反映したものであると考えるのが自然である.このような考察のもとに提案 され広く用いられて成功しているのが,現象論的な Woods-Saxonポテンシャルである:
UWS(r) = VC 1 + exp
r−R a
(5.25)
このポテンシャルは3つのパラメータを含む.Rは原子核の半径で,通常,原子核中での密 度の飽和性から
R = r0A1/3 (5.26)
とパラメータ化される.また,aはポテンシャル(密度)が原子核の表面で鋭く0になるの ではなく,ある領域に渡って次第に減少していくことを反映している「ぼやけ」の度合を表
している.英語では diffusenessと呼ぶが,日本語には対応する適切な単語がないようであ る.VC はポテンシャルの深さを表すパラメータである.
上にあげた3種類の中心力ポテンシャルを 図 5.10に示す.Woods-Saxonポテンシャル のパラメータは,典型的なセット [ 9 ]
r0 = 1.27 fm, a = 0.67 fm, VC = −51 + 33N −Z
A MeV (5.27)
を採用し,安定な原子核 208Pb を想定して,Z = 82, N = 126, A = Z+N = 208とし た.このとき,原子核の半径はR = 7.5 fmになる.また,井戸型ポテンシャルのパラメー タ Rは原子核の半径とし,深さのパラメータは V0 =VC ととった.調和振動子の場合は,
¯
hω= 6.5 MeVとして,図中では他の2つのポテンシャルと比較するため下へ約50 MeVず
らして表示した.
解析的に固有値問題が解けない井戸型ポテンシャルとWoods-Saxonポテンシャルに関し ては,数値的にエネルギー固有値(と固有関数)を求めた.その結果を 図5.11に示す.調和 振動子ポテンシャルについては最も低い固有状態のエネルギーが Woods-Saxonポテンシャ ルの場合と一致するようにエネルギーをずらして示した.Woods-Saxonポテンシャルのエ ネルギーを表す水平な線分の上に1粒子軌道の量子数が示してある.数字は動径量子数で,
動径波動関数のゼロ点の個数に対応する(r= 0 と r =∞は除く).数字の右隣りのアル ファベットは軌道角運動量を表す記号で,次表に示すように対応する.
表 5.2 軌道角運動量を表す記号
軌道角運動量 %= 0 %= 1 %= 2 %= 3 %= 4 %= 5 %= 6
記号 s p d f g h i
Woods-Saxonポテンシャルと井戸型ポテンシャルの場合には,調和振動子ポテンシャル
では縮退していた状態が分離して,軌道角運動量が大きい軌道ほどエネルギーが大きく下 がっている.これは,調和振動子ポテンシャルと比べて,原子核の表面に近いところまで深 いからであり,井戸型ポテンシャルはこの傾向がより顕著である.
図 5.11 の右半分には Woods-Saxonポテンシャルの場合のエネルギー固有値の位置に,
1粒子軌道の量子数とともに,スピンの自由度を考慮した縮退度が示してある.また,右端 には,個々の1粒子軌道の縮退度をエネルギーの小さいほうから足し合わせていった和を示 してある.現実的な1粒子ポテンシャルを用いて,異なる軌道角運動量をもつ軌道がエネル ギー的に分離しても,小さい方から3番目までの魔法数が再現できることは乱されていない が,同時に,4番目以降の魔法数も現われない.
5.2.4 スピン-軌道相互作用 核子のスピンに作用するポテンシャル
図 5.11,及びその説明からも推測されるように,1粒子中心力ポテンシャルをどのように
r [fm]
2 4 6 8 10 12
potential
[ MeV
]
-50 -40 -30 -20 -10 0 10 20
harmonic oscillator Woods-Saxon square-well
図5.10: 3種類のポテンシャルの比較
harmonic oscillator
Woods- Saxon
square- well 0s
0p 0d 1s 0f 1p 0g1d 2s 0h 1f 2p 0i 1g 2d 3s
Woods-Saxon potential
0s 2 2
0p 6 8
0d 10 18
1s 2 20
0f 14 34
1p 6 40
0g 18 58 1d 10 68
2s 2 70
0h 22 92 1f 14 106 2p 6 110 0i 26 136 1g 18 154
図5.11: 3種類のポテンシャルに対する1粒子エネルギーの比較
調節しても,4番目以降の魔法数は説明できそうもない.残された自由度は核子がもつスピ ン角運動量である.スピンの自由度は,1粒子軌道に入り得る核子数を数えるときに既に考 慮した.その上に考えられるのは,核子がもつスピンに作用するポテンシャルの自由度であ
る.Mayerと Jensenはスピン-軌道相互作用を導入すれば,魔法数が説明できることを示
した.動径依存性を別にすれば,スピン-軌道演算子は,スピン演算子と軌道角運動量演算 子の内積の形·sである.すなわち,1粒子ポテンシャルU は中心力部分とスピン-軌道部 分の和であると考える.このとき,1粒子状態の固有値方程式(Schr¨odinger方程式)は
p2
2m +UC(r) +ULS(r)·s
ψ(r) = ε ψ(r) (5.28) と書ける.左辺の第1項は運動エネルギー項,第2項が中心力ポテンシャル,第3項がスピ ン-軌道相互作用項である.
1粒子状態の量子数
上の固有値方程式を解くにあたって,固有関数ψ(r)がどのような量子数をもつかを考える.
まず,核子はスピン sと軌道角運動量をもつので,両者のベクトル和を
j = +s (5.29)
として,
j2ψ(r) = j(j+ 1)ψ(r) (5.30) が成り立つこと(jが良い量子数になる)が期待される.それを確かめるには,(5.28)に与 えられた1粒子ハミルトニアンと j2 が可換であることを示せば良い.運動エネルギー項は 運動量演算子から成るので,j の中のスピン演算子 s部分が可換であることは明らかであ る.軌道角運動量については,交換関係を計算すると,
[p2, %k] =
i
mn
[pipi, i1kmnrmpn]
=
i
mn
i1kmn
pi[pi, rm]pn+ [pi, rm]pnpi
=
i
mn
i1kmn
pi(−i¯hδim)pn+ (−i¯hδim)pnpi
= 2¯h
in
1kinpipn = 2¯h(p×p)k = 0
(5.31)
となる.よって,運動エネルギー項と j2 は可換である.一方,ポテンシャル項にあるスピ ン-軌道相互作用 ·sは,
j2 = 2+s2+ 2·s (5.32)
及び,交換関係
[2,·s] = [s2,·s] = 0 (5.33) から,j2 と可換である.よって,エネルギー固有関数 ψ(r) は jを良い量子数としてもつ ことがわかる.