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帯広の震度と市街地の震度分布 : 1981年1月23日の 地震

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帯広の震度と市街地の震度分布 : 1981年1月23日の 地震

その他(別言語等)

のタイトル

Seismic intensity and microzoning map in

Obihiro : The earthquake occured on January 23

,1981

著者 小柳 敏郎

雑誌名 帯広畜産大学学術研究報告. 第I部

巻 13

号 3

ページ 217‑222

発行年 1983‑11‑30

URL http://id.nii.ac.jp/1588/00002159/

(2)

常人研報,13(1983):217〜222.  

2け   

帯広の震度と市街地の震度分布  

¶1981年1月23日の地震  

小 柳 敏 郎*  

(受理:1983年5月30R)  

SeismicIntensityand Microzoning MapinObihiro   TheEarthquakeoccuredonJan11ary23,1981  

rlloshiro KoYANAGl*  

要   約   

1981年1月23日北海道日高支庁西部でマグニチュード7.1の地震が発生した。帯広におけ   る震度はIVであった。この地震掛こ詳細な震度調査を目的としたアンケートを帯広市内の住   民に配布L,約1,100枚の回答を得た。アンケートの内容は,地震時に居た場所とその揺れ方   などの項目から構成されている。   

解析の結果,帯広の震度は3.86であった。また,市街地の震度分布図が作成され.この地震   に対する震度の地域的な特徴がわかった。】973年の「根室半島沖地震」に対する同様の調査の   結果と比較したところ,両者の間には共通した特徴をもつ地域があることがわかった。  

筆者は過去において.1968年の「ト勝沖地震」,1973   年の「根室半島沖地震」と2回の大きな地震に対する  

アンケート方式による帯広市内の雲匿謁査を行った2・3)。  

今回の地質に対しても,地震発生後に同様の震度謂杢   を行った。  

ⅠⅠ.調査の 目 的  

地震発生時に気象庁から発表される各地の震度は,  

それぞれの気象台や測候所などのある場所の震度であ  

って.厳常にいえばその地域の震度とは一致せず,ひ   とつの代表値にすぎない。また,その判定も時間的な  

制限もあり∴係員個人の主観に左右されることもあり  

うる。   

一方.地震⊥学の立場からみると.観測や理論の発   願割こともなって,精度のよい震度の決定が要求されて   t.は じ め に   

19別年】月23日午後2時頃,北海道日高支庁西部   で地震が発生し,日高・胆振・十勝地方に小被害を与   えた。この地震は気象庁によれば第1表のとおりであ   り,帯広におけろ震度はlVであった】)。  

第1表 地震の資料   発 震 時:1月23日13時加.7抄  

震  央:東経142¢12 ,北緯42025′  

深  度:130km   規  模:7.1  

道内の震度:Ⅴ浦河。IV一帯広,苫小牧.室蘭.  

岩見沢.広尾.小樽。111札幌,根軍   函館,留萌.森.倶知乱Ⅰト旭川.  

網足.江差.紋別,組r】。卜羽幌。  

帯広畜産大学地学研究室  

* LabDratOry Of Earth Science,Obihiro Univ目rSity of Agriculture and Veterinary Medieine,   

Obihiro,IIokkaido,Jap8n 

1・「j   

(3)

小柳磯郎  

2】8   

凶答着か地震時に居た地域別の数を築2表妃示す♭  

表には,そのうちの震度の確定数も記入Lてある。震   度の確定した数は1,D67であった。 

帯広市内というのほ▲後に作成する震度分布図の中  

(こ含まれる帯広の市街地であって.音更町の一部孝含  

ん ̄ごいるハ   

回答者の地域はかなりのJムがりをもっているが,音  

更・幕別・芽熟ま帯広圏を形成していることを認識さ  

せる。また.帯広市郊外の回答者は,地震発生の時刻   から推定して職場に居たものと解釈される。また,少   数ながら遠隔地に居た回答者もある8  

ⅠⅤ.窯   廣  

震度の算出方法は、各質問に対する回答にそれぞれ   の「震度係数」を乗じ,全質問に対しての平均確を求  

め,それをその震度とする。したがって,回答用紙1   枚に対して1偶の麓匿が決まる。この震度は気象庁の   震度に対応している4:。ただし回答項目数が少なすぎ   たり,回答があ妻らかにおかしい壌台には震度め判定   不能としている。   

ある地域¢)震度は.地域全体の震度の平均をもって   その代表値とする。   

第1図が確定した1,067の震度の度数分布である9   乙の図には帯広以外のものも入っているが,数が少ね  

いので全体に及ぼす影響はそう多くない。農産の平均   は3.86である。この値は,その周辺部を含めた背広の  

震度であり,気象庁発表の帯広の震度とほぼ一致して   いる。   

善でいる。ぞのためにほ,現在の1.0キザミの気象庁   慮度階では組すぎて有用性が少なく,きらに1桁下の  0.1の精度で震度を決定する必要がある。   

地震時の地表の頼れ方は.主に地表近傍の地質構造   に左右されるので,同じ帯ば;でも詳細にみると場所に   よって雛に相違がある¢この震度の地理的分布が,  

実際の地震から作成されるならば.将来の大地震時の  

都市の防災対竃上きわめて重要な資料となる。   

今回のアンケートによる震度調査(ま,上記の問題点   痘考慮した震度の決定と,市街地の應度分布図の作成   にある。   

この震度分布図が,将来の地震到来時の震度予想図   であるMjcr拍Z()ni哺mapとな各。  

ⅠⅠⅠ. ア ン ケ ー ト  

アンケートの内容は前と同じもので,広く行われて   きた震度詞査に準じでいるが,調査日的を十分に考慮  

して作成されている3】。   

質問事項の数は全部で34で.その構成は場所(位贋  

■地質▲建物など)に関するもの9,震度の判定に関   するもの23,その他2となっている。   

このアンケートは地震直後に市内全域になるべく均  

等に配布されることが望ましい8これらの条件を考え   て,今回の調査は帯広市役所に依頼して職員に配布し,  

その家族に回答してもらった。回答は地質後一週間で   あった。   

アンケート用紙の正確な鹿布数は不明であるが約  

1,知日枚であった。こわうち1】12名扱が回収された。  

第2裏 アンケートの回答数  

削  

(4)

帯広の震度と震度分布   219  

分布である。周辺部の空白は,十勝川,札内川,自衛   隊基地,農地などであり,数のバラツキはあるものの   回答者は大体市街地全域に分布している。中心部朝158   は市庁舎近くで,対象が市職員のためである。その他   の大きな数字には,市の施設が存在する場所が含まれ   ている。   

震度分布図は次の手順で作成する3・5)。   

まず.me5h毎の平均震度を計算し,平均値からの  

偏差を求める。それを平均値で除した相対的な偏差を   百分率でだす。その正負に対応して,平均震度を基準  

とした各meshの責塵の大小がわかる。この他を全域   的に平滑化して等偏差のcontol汀をひけば∴毘匿分布   図が得られる。   

第2図はこのような手順で求めた震度分布図である。  

今回は同震淀のcontourがひけなかったので,平均値   の線をひき.それを基準として震度の大′トの地域分け   を行うにとどめた。さらに,偏差±5%以上の部分,  

すなわち,震度の差が比較的大きかった場所号斜線で  

示した。図には地図の関係で北東部の音更町の部分を   除いたが,ここは震度が大の地域であった。   

震度か比較的大きかったのは,中心街から北西にか   

布  

Ⅴ.市街地の震度分布  

市街地における詳細な震度の分布ほ,対象地域を正   方形のmeshに区切り,そのmesh毎の震度のヰ均   値をだし,震度の大小を区分する図を作って検討する。  

この図が震度分布図であり,Microzomirlgmapとも   なる。   

この解析には回答者の柏置の確定が不可欠であるが,  

市内の回答者1.006名中位置不明が20あったロ〕で,こ   こでは986の震度について解析した。しかし,このう   ち震度判定不能が、13あるので,正確には973である。   

この973の震度の平均値は3.86で,全体のものと一   致した。したがって,帯広の環度は3.鮎であり.この   事実はまた,精度の良い.信頼性の高い震度の決定に,  

この方濱がきわめて有効であることを示している。   

meshの大きさは.今までの例での標準的な値であ   り,前回の調査にも用いた5㈹mx5qOmを基本とし   た。meShの基準は,国道38号線と236号綿にとり,  

はぼ市街地をカハーするように座標をとった。原点は   北西服とり睦棲は第2囲に記入してある。   

第3表は億眉が確定した986名の回答者の地理的な   第8蓑 回答者の分  

1 2  3 4 5 6 7 8 9 ユ0111213141516171819 2n  

1 2  

ーL ︶︑   3 4 5 只リ 7 nC 9 0 1 2 3 4 ﹁J 6 7 DU 9 八U   3 ■‖d ■⊥  

ニーこ「 二二  

1 9 nD 7  

3 11 5  5 7 4   8 43 20  

3 亡U 5 3 4 6  

2 2 7 7 2     9 4  

﹁D 広U ワ∫ 7 4 5 ︻hU 4  

1  

5 2 6   

3 4  

1   

JU 2  

2 2 1 1  

315呂   5 11  2 9   5 12 

史リ nO   

8 16  

8 2  

1    良リ 2  

l ウJ 2 1 ウJ  

9 3 8155  5 7 3  

2 4 8 1  

2   

.バ. 9 8  

.−q 9  

(5)

小柳 敏郎  

︵恕尊台東細瞳痘癌盛蓋︶  

軍票慧警量盃拒一撃芸  

1 82 ¶   

(6)

帯広の震度と震度分布   221  

おり,1973年に偏差の大きかった地域は今回も農産の  

大小の地域に存在している。とくに震度大の地域の相   関が明らかである。   

共通する部分は次の地域であるい震度大の地域は.  

帯広駅周辺から北西にわたる地域,貨物駅周辺,自衛   隊基地の北側などである。また,買庶小の地域は中心   街東軋鉄南地区,西帯広北都などである。   

このように,2回の調査の農家分布がかなり共通L   ているという事実は.この謝査の信頼性が高いことを   示唆している。   

この震度分布図は将来大きな地震が到来した時に予  

想される震度を地理的に分類したものであり.震度の   ちがいは主に地盤の強錨と関係がある。それゆえ,こ  

の図が直接体験した地震から作成されたという事実は  

大変重要である。将来,大きな地震の度にこのような   けて柏林台団地を含む地域.貨物駅から自衛隊基地に  

いたる南北の地域.そして大空団地から売買川に沿っ   た地域などであった。   

一方小さかった地域は,市街地の東都.緑ヶ丘公園   の周辺から北西にのぴる地域,十勝飛行場周辺,西帯   広地区などであった。  

ⅤⅠ.考   察  

今回得られた震度分布図を,1973年の「根室半島沖  

地質」に対する同様の調査から作成した図と比較した。  

第3図が】973年の震度分布図であり.0か平均偵を示   すユ)。   

両者の平均値の線のパターンが異なっているので,  

一見すると両者には共通点がないようにみえる。しか  

しゝ詳細にみると震度の大小の地域はかなり共通して  

第3図1973年「根室半島沖地震」の震度分布  

83   

(7)

222   小柳 敏郎  

震度分布図を作成し−それを重ね合わせてい′くことに   よって,その精度も改良されていくであろう。   

いわゆ′る地盤の錘弱は地賓軋物理的な構造に依存  

している。大きな地産は鑑々起らないので.地盤に対   する全般的な研究も必要であ′る。   

震度分布図と地質構造との相関関係を明らかにする  

ことによって.より信腰件の高い.詳細な「地盤儀儲   図」.の作成が可能となる。これは将来の都市計爾や防  

災計画等にとってきわめて有用なものになるはずであ  

る。   

なお.今回の調査にはいくつかの反省すべき点かあ   った。   

まず,源査地域を音更,幕別などの近郊に広げ1るペ  

きであった仇これらの町は近年いわゆる帯広のベッド  

タウンとして人口の増加が苦しく,背広屠を構成して  

いる。今回のような調査は行政単位よりも地理的に考   えて行うべきであるL,   

次に,回答者の対象であるが.今回は時間的な制限  

もあり緯紹の大望な市の職員とした。家族の方の回答   をお願いLたが,家族のない方もあり,地域の偏りが  

Hせった。配布の数とその鮒域の均一性は大変難し小   間眉であり\今後の人きな課題として残された。  

謝   辞  

アンケートに際してほ上帯広市役所の石黒庶務課長  

をはじめとする職員の方々のこころよい協力を得た。   

解析に際しては,北海道大学工学部建築工学教室後  

藤典健棒士の多大なる協力を綜た   

資料の整理,カードパンチなどは.西本益子,山際   律子の両魔の援助を得た。   

以上の方々に対し,ここに厚く謝意を要する。  

文   恵ヒ   

1′)北海道地震火山月章軋1月号,198L  

2)北海道大学理学部地球物理学教室:北海道内の震    度分布の詳細謂軋19髄年十勝沖地震調査報告.  

鱒−102】1969.  

3)ノト柳敏郎:1973年6月17口の〔相室半島沖地麓」   

に対するアンケート調杏.帯広畜産大学学術研究    幸琵告,9,375395,1975.  

4)太田 裕・後藤典俊・大桶むとみ=アンケートに    よる確震纏め震澄の推定.北海道大学工学部研究  

報告,92.117−128.197白_  

5.)太出 箱・後藤典鹿=了∵/ケ←トによる道内各地    の震度の推定とSeismicゝ†iぴDヱOningMap作    成の試み,1g73年6月17日相室半島沖地震調査   報告.302325,1974.  

Sqmmary  

OnJanuary28in1981,ala曙e earthqu且如   OCeuredin the Hidaka district of Hokkaidq.  

AccordingtDLhereport8トJap且nMe加rolqgト   CalA評ney(ljMA).theseislnicm8gn血dざW丘畠   7・1且ndtheseismic血帥Si仁yatObihirowasIV.   

Åftertheearthqu占ke,且qu郎ti8nnairesurvey   for84qはeSLi(〕niとemswascarriedoutinordeぞ   to投SLim姉e症e飢Cリra亡母s◎igmicintemsまtyand   to make the se1日口Ii(】microzonlpg map ロー  

Obihirc.   

Frorn answers o′r the那eStiりnitems,tIle   intensities nL tlboutllOOlocaLiりnS Were de_  

termined b〉・エ11やanS Of■a series ofcal仁ul患ti⊂,nS   usi叩CnlTlpl】Ler・Themeaninもen8ityofOblhirQ   WaSeStim掴d a63、86・Thisゼβ1¶ea苫r舶d ap−  

Pエー0ⅩimatelylVith tlle血ensity b′yし帆iA.The  

Seismic rnicrozoni唖map如the city且rea Or   Ob血r口 W昂ぶ m∂、de based □n d糾1ation忘 Of   intenSity rr(〕、m th21rlear V且】ue.   

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84   

参照

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