本研究は,米国の電気自動車メーカーであるテスラ・モーターズ社の取引関係について分析す ることで,村沢(2010)のいう「スモール・ハンドレッド」論を批判的に検証し,電気自動車メー カーの新たな取引関係について論じることを目的とする。
野村総合研究所による日・米・欧・中の世界 4 極におけるエコカー(ハイブリッド車・プラ グインハイブリッド車・電気自動車を総称)販売市場予測によれば,2012 年ではエコカーと非 エコカーを合わせた販売台数(4,493 万台)の 3.2%(147 万台)だったものが,2020 年には全体 の販売台数(5,472 万台)の 16.4%(1,070 万台)を占めるようになると予測されている。また,
エコカーのうち,電気自動車の比率を見てみると,2012 年にはエコカーのうち 3.5%(5.1 万台)
だったものが 2020 年には 4.4%(47 万台)になると予測されている。この数値だけを見ると,
電気自動車がエコカーのうちに占める割合は少ない。しかしながら,カリフォルニア州の ZEV
(Zero Emission Vehicle)規制やフォルクスワーゲンによるグループ全体での電気自動車への注 力など,各国・各自動車メーカーが電気自動車に力を入れ始めている。
こういった電気自動車への注目の高まりに対して,村沢は「スモール・ハンドレッド」論とい う概念を提示し,新興の小企業群が電気自動車市場を席巻すると提唱した。また,①基幹部品が エンジンからモーターとバッテリーになる,②部品点数が少なくなるという 2 点から,巨大な自 動車メーカーが頂点に達し産業を支配するピラミッド型の時代は終わり,自動車メーカーもサプ ライヤーも対等な関係性を持った水平分業型の産業構造へと変わると指摘している。しかしなが ら,電気自動車市場の産業構造が水平分業に変わるという考えは,明らかに現在の状況とは異な っており,批判的に検証する意義があると考えられる。
以上のような背景から,本論では電気自動車に焦点を当て,その中でも取引関係の視点から分 析を行う。また村沢の議論には大きく 2 つの欠点が存在する。1 つ目は,取引関係がピラミッド 型と水平分業型の 2 分法で考えられており,取引関係に関する議論の歴史的変遷が踏まえられて いない。2 つ目は,電気自動車の特徴のみで「スモール・ハンドレッド」論を論じており,具体 的な事例研究がなされていない。したがって,本論では取引関係の議論に関する歴史的変遷を踏 まえた上で事例研究を行い,実際に行われている電気自動車メーカーの取引形態を明らかにする ことで,村沢の「スモール・ハンドレッド」論を批判的に検証する。事例研究の対象は米国の電 気自動車メーカーであるテスラ・モーターズ社である。また,過去の自動車産業を歴史的に分析 し,取引形態の変化を検証することによって,これまでの自動車産業の取引形態と電気自動車 メーカーとの取引形態の違いについても検証を行う。
本研究ではまず,取引コスト理論,中間組織論,提携の議論といった取引関係に関する議論を 歴史的に整理することで,Markets・Modular・Relational・Captive・Hierarchy の 5 つの取引 形態があると論じるグローバル・バリュー・チェーン(以下 GVC)の分析フレームワークを導 く。また,GVC の分類における 3 つの観点(取引の複雑性・情報の成文化・サプライヤーの能力)
の問題点を挙げ,各々製品の標準化の程度・共同開発の有無・サプライヤーの取引実績に置き換 えることで,GVC の分類における 3 つの観点を明確にし,本研究における分析フレームワーク
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自動車産業における電気自動車メーカーの取引形態
―テスラ・モーターズ社を中心として―
坂 寛 之
を完成させる。そして,取引関係の議論の発展と照らし合わせながら,自動車産業の発展につい て実証を交えて検証し,これらを GVC の分析フレームワークへと当てはめる。この検証を通じ て,産業の発展に従い取引形態に変化が生じていることを確認すると同時に,テスラ・モーター ズ社と既存の自動車産業の取引形態を同じ理論的枠組みで捉えることが可能になる。
そして,本研究では電気自動車専業メーカーであるテスラ・モーターズ社の取引関係,主に部 品取引関係と提携関係について二次情報を基に分析を行う。部品取引関係に関しては,①電気自 動車用モーター,②パワーエレクトロニクスモジュール,③バッテリークーリングシステム,④ シートの 4 つの部品取引に関して詳細に分析する。また,提携関係においては資本提携を行って いる,①ダイムラー,②トヨタ自動車,③パナソニックとの関係性を詳細に分析する。これらの 取引関係の実態を明らかにした上で,GVC の分析フレームワークに当てはめ,各々がどのよう な取引形態を取っているのかを明らかにする。
以上の分析により,部品取引における①や②のようなパワートレイン関係の部品は内製もしく は他社との共同開発が行われており,Relational もしくは Hierarchy の形態が取られていること が明らかになった。それ以外の部品については Modular の取引形態が取られており,実際には
「スモール・ハンドレッド」論のような水平分業すなわち市場取引はほとんど見られないといえ る。また,部品取引においては Hierarchy,Relational,Modular の 3 形態を使い分けながらも,
R&D,販売,組立は自社で行い,さらに資本提携関係によってダイムラー,トヨタ自動車,パ ナソニックとは Relational の取引形態を取っている点から,テスラ・モーターズ社のような幅の 広い取引形態は,既存の自動車産業の取引形態では確認できない新たな取引形態であることがわ かった。
取引関係の理論を踏まえ,過去の自動車産業ならびにテスラ・モーターズ社の事例研究を行う ことで,「スモール・ハンドレッド」論を批判的に検証でき,また電気自動車メーカーの新たな 取引形態を発見できたことが本研究の意義であると考える。