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~ と 思 ったからだ

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Academic year: 2022

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THE MEGURO P  ARASIT .  MUSEUM NEWS 

目黒寄生虫館

第 1 6 0 号

ス ユ

昭和 6 0 年 6 月 1  985 

一 般 展 示 室 案 内 ( 3 0 )

ズ ビ ニ 鈎 虫 Ancylostom α duoden α l e

(DUBINI

,  1 8 4 3 )  アメリ力鈎虫 Nec α t o r α menc α nus 

(STILES

,  1 9 0 2 ) 

鈎虫は,以前 「十二指腸虫Jとl呼ばれた体長 lcm 前後の細い寄生虫である.小さい割合に恐れられてい たのは吸血性であるからだ.1日 0.5ccの血をl嬰 で吸うので多数寄生すると著しく貧血がくる.顔色が 慈くなり,息切れがして坂道などは登れなくなる.栄 養がおとろえて爪の形が変る 叉悪いことには皮膚を 通して侵入するために,いくら食物に注意しても駄目 である.第二次大戦後,疎開地の田舎からもって帰っ た子供達によって都会でも多数の患者が発生した.今 日では都会では菜園などほとんどはない,野菜も清浄 であるために激減した.日本ではへったがまだ南方に は多い.これら地域の撲滅運動は日本の学者達によっ て進められ,現地の人達に大変よろこばれている,

鈎虫は百種類位あるが人聞に重要なものはズピニ鈎 虫とアメリカ鈎虫である. ズピニはや L 大きく強l~ 、感 じだがアメリカは細くてやさしい感じ.ズピニは口探

(パネルのヅピニは ズピニが正しし、) に鋭い菌牙を備えているがアメリカには牙がなくて歯 板となっている.病害はズピニが5ならばアメリカは l位軽い.人体に侵入するのに,ズピニは主として口 から,アメリカは主として皮膚からだ.日本はもとも とズピニの分布か多かったが近年アメリカも全国的に 見られるようになった.

若 葉 病

主に鈎虫の経口感染でおこる症侯群で,鈎虫の分布 のない地方には起らない疾患である.畠に鈎虫卵をま くと併化して幼虫が仕iて来る.早朝露でぬれている時 幼虫は若菜の表面を這い上る その様な若菜を浅漬け などにして食べると幼虫が小腸粘膜に侵入し上行する. その時急に吐気がしたり,耳の孔がかゆくなる.それ から3日位たつと1防怠の様な発作がおこる.この発作 には普通気管支!?品息に使うネオフ ィリγとかエフエド

Yとかは効かない.プレドニンが有効である.

(2)

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THE MEGURO P A R A S I T .  MUSEUM NEWS 

(160) 1985  寄生虫百話

第 十 六 話 八 つ 目 の 記 念 碑

桂田富士郎先生胸像再建に関する吉村裕之樽士の調査

日本住血吸虫に関する碑文一七つを紹介した(目黒寄生虫 館ニュース, 157号).これは大変反響をよんで,多くの方 々から,よろこびのお手紙をいただいた 編集にあたって,

私は,佳田先生の胸像は,既になく,その跡に一本の柱が たっている, とL、う森下蒸先生の著書のお写真を頭に将か べ,胸像のお写真をはぶいてしまったのである.

実はその胸像は再建されていたのであった.私が金沢の 学会に出席しておれば,当然そのことは知っていたであろ

うにそれが出来なかったのだ

言い訳になるかもしれないが書いておこう.

その一つは,かねて診ていた土岐善麿博士の容態が急変 したことと,私の家内の急病発生という恩わぬ事態に直面 したからだ.私はポケッ トに金沢行きの飛行機のキップを 押込みながら遂に断念した

本 年3月30日, 学会の夜,宴席ではからずも吉村裕之教 授と同席した.話が記念碑のことに及んだ.桂問先生の胸 像は既にないものですから,先生の偉業は,三神病院の庭 にある 「日本住血吸虫発見の地の碑をもってあてました,

と言いました.すると吉村教授は,私の 「寄生虫からの警

亀 谷 了

写真2 桂田先生の胸像の大きさを示す図

告」は確かお贈りしてあると思いますが, というご返事,確かにいただきました.あのお写真も拝見しまし た でもあれは供出前のもので桂田先生の胸像は,砲弾となってli技場の空に飛ひ散ってしまったと,ありの ままをお答えした.すると吉村先生は,いやあれは最近再建されたものですと.私は脳天を一撃されたよう に驚いた.大変申しわけないことを致しましたが,それならば,改めて胸像のお写真と再建のいきさつをお 調べ願いたいと申しあげた

学会が終って間もなく吉村先生から数葉の写真と詳しいお手紙が送られてきた.実直な吉村先生のお人柄 が思われてますます感服した 私はそのお手紙もニュースに載せたいと思ってその旨お礼状と共に書き送っ た.すると折り返し別稿の如き原稿が送られてきた 取り急ぎ抗'l敵せずとの一筆があるので,あるいは先生 はご不満の点があるかと思うが急ぎ娼殺することにしたのである.本稿のカット 〔写真2)は,最初のお手 紙の中からいただし、た.中々定Eきがあって閲丘I~、と思ったからだ

そんなわけで, 日本住血吸虫に関する碑文は八つとなった.まだまだ私の知らないものがあるかもしれな い.若しお気付きの方があったら是非お知らせ願L、たい

(3)

目黒寄生虫館ニュース

‑3‑

60年6月号

(石川県〉

桂田富士郎先生の像と碑文

︑︐ノ

n nu  

t

建設者:力

u

賀市医師会 ・会長大卒英吉氏

建設地;石川県加賀市大聖寺町,錦城小学校

建設日 ;昭和48年7月

業績の行われた時代:明治37年7月

医聞学博士理学博士桂田富士郎先生ハ慶勝三年五月五日大聖寺耳開山ニテ圧田氏長男トシテ狐々ノ撃ヲアゲ幼名孝士口後エ改名ス幼時ヨリ秀才ノ誉高ク錦城小学校(同校卒業免状第一号)金沢甲種医学校ヲ何レモ首席エテ卒業其後同郷先輩高橋順太郎教授ノ奨メニヨリ東京帝国大学病理

ノ三

浦守治教授ノ門ニ入リ研鎖同氏ノ般市今一依リ明治二十三年第三高等中学校医学部教授トシテ赴任後ニ岡山医学専門学校及ピ京都帝国大学福岡医科大学ノ教授故ニ講師トシテ病理学講義ヲ担当ス大正三年中橋徳五郎氏ノ後援ノ下ニ神戸際津病院魁‑ご凱⁝帯病研究所ヲ設立シ大エ業績ヲ挙グ然ルニ昭和二十年三月十七日空襲ニヨリ全ク焼失シ止ムナク三月

二十 二

日耳開山別邸ニ帰ラレ吾等ノ医師合員卜シテ診療ニ従事サレシモ昭和二十一年四月五日肺炎ノタメ同所ニテ七十九年ノ生涯ヲ閉ヅ博士ノ研究ハ明治三十七年日本住血吸虫ノ発見ヲ初メトγ寄生虫

ノ範

囲ニ

一属

ス ルモ ノ

多ク自己ノ名ヲ以テ発表セシ純学術論文ハ百数

十篇ニ及プ倫敦ニ於ケル

王立医学会ハ博士ヲ名誉会員ニ推

ジ叉

日本住血吸虫/研究一三対シ学士院賞ヲ授与セラレ

タ リ 明 治

三十二年文部大臣ヨリ濁岡留学ヲム叩ゼラレ主ニフライブルグ大学ニテアショフ教授ニ師事ス叉英国ニ於ケル万国医学会ニゼノアニ於ケル海員労働会議ニ夫均出席シ後諸国ニテ講演ヲ依頼サレ大ニ感銘ヲ与ヘタリ以上ノ輝シキ業績ヲ記念スルタメ桂田賞ガ設定サレ寄生虫学会デ栄誉アルモノトサレタリ戦前久保高亀両博士

ヲ初 メ

有志ノ方々ニ依リ博士ノ学会奉仕五十周年記念トシテ銅像ヲ建立サレシモ戦時中供出サレ

ダ リ 絃 三 者 等

医師合員相計リテ再建シ博士ノ大ナル業績ヲ永ク後世ニ侍へソトス昭和四十八年七月

碑 司写真3 昭和48

年7月に再建さ れた桂田先生の 胸像

吉村裕之先生は 碑文全文を筆写

して下さった 惨

V写真4胸像の左 の面にある碑文

加賀市医師食

合 長 大

!

J

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‑ 4‑

THE MEGURO P A R A S I T .  MUSEUM NEWS 

(60) 1985 

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60年6月号 目黒寄生虫館ニュース ‑5‑

(6)

‑6‑

THE MEGURO P A R A S I T .  MUSEUM NEWS 

(160) 1985 

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6 0

6

月号 目黒寄生虫館ニュース ‑ 7‑

謝 辞

八つ自の記念碑を書き終って夜、は, このHIl文を草するにあたって,多くの方々のご協力をいただいた ことを,まことに有難いことだと思い,厚く感謝する次第である 心よりおん礼申しあげたいと思う

中山正真氏:尾道市在住の中山さんは,片山記の著者藤井好直先生の血縁の方であり,好直先生の偉 業を顕彰しようとして大変な努力をしている方 今回の記念碑も,中山さんが中心となって完成された

ものと推察している.

久津見晴彦教授:旭川医科大学の教授である.先生の高著 「寄生虫ものがたりJは大変面白い.その 中の日本住血吸虫の記事をよんで私は,記念碑についてまとめてみたし、と思ったのである.叉写真の一 部は同教授から提供されたものである.

金政俊光氏 広島県和lj辺町役場厚生諜の方で, j司氏からおくられた

I l

lJ陽新聞jで,片山病との闘い と言う記事を読み,その筆者に紹介されたのである.それが兼本さんであった

兼本和樹氏 山陽新聞福山支社の方,兼本記者が,上記執筆にあたり,藤浪鑑教授が解剖

l

をされたの は2月か5月かについて,私同様迷われたと電話された

三千!jI柏氏 三神柏先生の祖父三1'[jl三郎先生が,桂団富士郎先生に研究のj易を提供され, 三和lj家の飼猫 ヒメから, 世ー界て はじめて,本虫の成虫がみられたのて、ある.三和lj先生は,東京国立第二病院につとめ ておられ,その頃,私一家は,大変な世話になったのだ.今回は,記念碑のことで色々ご配慮いただい たのでーある.

場普博土 久留米大学教授て ある.H UNTER博士の記念仰のことでご配慮願った方である.

高尾善則 氏 久留米大学の方で, H UN TER 博土の碑文と写真につきご協力し、ただいた.

吉村裕之教授.金沢大学教授である 桂田富士郎先生の胸像の宇│で,大変お世話になった.

以上の方々に改めて厚く感謝の言葉をおくり筆をおくことにする.

AI 

‑ 一 = 口

1 Aspidogastrid trematodes from  fresh  water mussels in Missuri with notes on  the life cycle of Cotylasρis insignis. M. K. 

HUEHNER (1984). Proc.  Helm. Soc. Wasli.,  51 (2), 270‑274. 

(昭和60年4月1日 昭和60年6月30日)

4. 2 九州大学医学部寄生虫学教室,古資正崇博士,

見学に来館.

4. 2 神戸大学医学部医動物学教室,松村武男先生・ 5.  9 3r.孝水産体制品管技術部,山口恒氏スケソウダラ 4.  9 消火採取替に篠原防災設。Hiより来館. の寄生虫につき鑑定依頼に来館.

4. 15  都税事務所へ60年度地方税の件でI:l:l向く,吉田 5.12  第1931DH少説会,担当, 科博, 111]田昌H自博士 事務局長 10nthe  morphology and life.history of  4.17  60年度目黒区委託調査の{牛で教育委員会より係 Steringotremaρagelli and Fellodistomum  が来館 fellis[Syn. S. ovacutumJ. M. KφIE (1980).  4.17  リコーO Aポートへ出向き山下次長と而談, 同 0ρliellis, 19, 215‑236. 

所見学・当館のコンビューター導入にあたって 5.15  崎玉県立川越高校生徒6名見学に来館.

の指導を受ける, 6色谷1 (俊〕研究員他2名 5.15 リコーパソコン教室初級コース受講,亀谷(俊) 4. 19 逗子へ魚受領のため出向く,市原研究員. 研究員他1名.

4.21  かねて魚の提供を受けている神奈川県葉山町の 5.17  東京大学医科学研究所寄生虫部へ仕l向き,五島 加藤和子氏来館. 文庫, 111田文庫受領にあたり打ち 合 せ , 亀 谷 4.26  目黒区教育委員会, 阿児童諜へ委託調査書提出 (俊)研究員他1名.

4.28  第192回抄読会,担当,亀谷(俊)研究員. 5.17  月干IJ1医歯薬進学│編集部より取材に来館.

(8)

8  THE MEGURO PARASIT. MUSEUM NEWS  (160) 1985 

5目21 国立国会図書館へ定期l文献調査のため11:1向く, 鑑定依頼に来館

亀谷(俊)研究員他 l名. 6. 13  駒場学園高校,信田敏明先生生徒をつれて見学:

5.22  国立公衆衛生院で研修中の広島市食肉衛生検査 に来館.

所,大丸秀氏他2名見学lこ来館 6. 15  寄生虫分類形態談話会世話人会に出席のため予 5.25  日本大学農獣医学郊水産学科学生,倉沢あけみ 研に出向く,館長他2名.

氏資料閲覧のため来館. 6.20  佐田谷区成城の住人,自宅トイレに発見された 5.26  当館第29固定例理事会,評議員会 於・当館会 虫について鑑定依頼に来館¥

議室 6.23第194回抄読会 担当,亀谷館長 「東アジアの 6. 2 59年度事業報告書等納品 淡水魚相と双子虫j.

6.  5 帝京医学技術専門学校学生8名見学に来館 6.26  東京都市場衛生検査所よりチカの寄生虫につき 6. 12  日本冷凍食品検査協会よりマグロの異物につき 鑑定依頼に来館.

目 次 (第160号)1985年6月

表 紙.一般展示室案内 (30)ズビニ鈎虫,アメリカ鈎虫・・

寄 生 虫 百 話 第 十 六 話 八 っ 自 の 記 念 碑

桂田富士郎先生胸像再建に関する吉村裕之博士の調査ー 松田富土郎博士の胸像と基稗

短 信ー ・ ・・・・… ・・ー・・・・… ...・ ・.・・・・・・0目・・・・・・・・・・・・ ...…・・・・・… 一…・・… 7 

段 目 黒 寄 生 虫 館 へ の 案 内

所 在 地 東 京 都 目 黒 区 下 目 黒4丁目 1 ‑1

〒 153 T E L (03) 716 1264 入場無料

開 館 時 間 10. 00 A.M.~5. 00 P.M. 

(4.30 P.M.までに入館〉

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休 館 日 月曜日,祝日,年末年始

国電目黒駅

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卒西口パ久停より(どのパス でも可)2ツ目大鳥科

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llIIj下車,パスの進 行方向に約50m

目黒寄生虫館ニュース160号 (昭和60年6月〉

発 行 所 財 団 法 人 目 黒 寄 生 虫 館 発 行 者 館 長・医 博 亀 谷 了 東京都目黒区下目黒 4‑1‑1 編 集 市 原 醇 郎

〒153 電話 (716)1264  印刷所 三協美術印刷株式会社 1部 ¥100送料実費

参照

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