マウス精巣性テラトーマ形成に関する原因遺伝子の 探索
著者 宮嵜 岳大
発行年 2017‑12
出版者 静岡大学
URL http://doi.org/10.14945/00025257
静岡大学 博士論文
マウス精巣性テラトーマ形成に関する 原因遺伝子の探索
2017 年 12 月
大学院自然科学系教育部 バイオサイエンス専攻
宮嵜 岳大
目 次
第1章 序 論 ――――――――――――――― 2頁 第2章 材料と方法――――――――――――― 6頁 2.1マウス 6頁 2.2PCR—SSLP解析 6頁 2.3連鎖解析 6頁 2.4エクソームシークエンス 7頁 2.5精巣における発現解析 7頁 2.6二重変異体の作出 8頁 2.7免疫染色 9頁 2.8ゲノム編集マウスの作出 10頁 2.9胎仔精巣の移植 13頁 第3章 結果――――――――――――――――― 15頁 3.1連鎖解析 15頁 3.2エクソームシークエンス解析 16頁 3.3発現解析 16頁 3.4二重変異体の作出 17頁 3.5免疫蛍光染色 18頁 3.6ゲノム編集マウスの作出 18頁 3.7胎仔精巣移植 19頁 第 4 章 考察――――――――――――――――― 20頁 第 5 章 結論――――――――――――――――― 26頁 第 6 章 図表――――――――――――――――― 27頁 第 7 章 要旨――――――――――――――――― 60頁 第 8 章 謝辞――――――――――――――――― 62頁 第 9 章 引用文献――――――――――――― 63頁
略語
ETT (ett): experimental testicular teratoma(実験的精巣性テラトーマ)
STT: spontaneous testicular teratoma(自発的精巣性テラトーマ)
SSLP: simple sequence length polymorphism(単純配列長多型)
129: 129/Sv-+/Ter (+/+) LT: LTXBJ
B6: C57BL/6J
PGC: primordial germ cell (始原生殖細胞)
ssODN: single-strand oligodeoxynucleotide(一本鎖オリゴヌクレオチド)
Mc4r: melanocortin 4 receptor
Polr3c: polymerase (RNA) Ⅲ (DNA direct) polypeptide C Cd160: CD160 antigen
Pdzk1: PDZ domain containing
Prmt3: protein arginine N-methyltransferase 3 IGV: integrative genomics viewer
EC細胞: embryonal carcinoma (cell) ES細胞: embryonic stem (cell)
iPS細胞: induced pluripotent stem (cell)
TAKE: Technique for Animal Knockout system by Electroporation hCG: human chorionic gonadotropin
(
ヒト絨毛性ゴナドトロピン)PMSG: pregnant mare serum gonadotropin(妊馬血清性ゴナドトロピン)
AdoMet:S-adenosyl-L-methionine
(
SアデノシルLメチオニン)cM: centimorgan
df: degree of freedom(自由度)
gRNA: ガイドRNA NDP-MSH: Melanotan Ⅰ Ay: yellow agouti
序論
テラトーマは生殖細胞を起源とした三胚葉性の組織を含んだ腫瘍のことである。テ ラトーマの形成は本学位論文の使用動物であるマウスの他にもヒトやトリでの報告も ある。ヒトでは2017年に16歳の女性の卵巣に小脳様の組織を含むテラトーマの形成 や、2009年には新生児の咽頭にテラトーマの形成が報告されている(Shintaku et al.
2017; Varras et al. 2009)。テラトーマはこの様に先天的に形成されるものだけでは なく、実験的にテラトーマの形成を誘発させることもできる。それは分化多能性細胞
(EC細胞、ES細胞、iPS細胞)を未分化な状態で移植した際にテラトーマを形成す る。このテラトーマ形成により、それら細胞が分化多能性を保持しているかの検証に も使われている。
マウスでも先天的、実験的にテラトーマを形成することが知られている。マウスの 精巣に形成される先天的なテラトーマ、自発的精巣性テラトーマ(STT; Spontaneous testicular teratoma)は始原生殖細胞(PGCs; Primordial germ cells)由来の3胚 葉性の組織を含んだ分化多能性の腫瘍のことである(図1)。テラトーマを形成して いる精巣を見ると正常精巣と比べ一目で異常だということがわかる。さらにその組織 切片像は3胚葉由来の組織が混在していることがわかる。このテラトーマは(良性)テ ラトーマとテラトカルシノーマに分けることが出来る。どちらも三胚葉性の組織を含 んだ腫瘍であるが、テラトーマはすべてが分化した組織や細胞からなるのに対し、テ ラトカルシノーマは分化した組織塊とそれらを供給する幹細胞からなる。この幹細胞 は胚性癌腫(EC; embryonal carcinoma)細胞と呼ばれ、EC細胞とこれから分化した 三胚葉性の細胞塊を合わせてテラトカルシノーマ(悪性奇形腫)と呼ばれる。このEC 細胞を胚盤胞期の内部細胞塊へ注入するとキメラマウスを作出させることができる。
この129/Sv系統のSTTの形成には6-8の劣性の遺伝子座位が関与していると考えられ
ている(Lam et al. 2007)。その中の一つである18番染色体に存在するTer変異をも つ129/Sv-+/Ter系統はSTTの形成率が上昇することが知られている(Asada et al.
1994; Sakurai et al. 1994)。野口らによって、129/Sv-+/Ter 系統のマウスは
Ter/Ter遺伝子型の雌雄両方のマウスでPGCの欠損が起き、さらに雄のマウスではほ
ぼ100%の割合でSTTを形成することが明らかになった(Noguchi and Noguchi 1985)。
しかし、+/Ter, +/+遺伝子型のSTT形成率はそれぞれ16%及び1%であった。さらにこ の129/Sv-+/Ter 系統のTer遺伝子座を他系統(C57BL/6J, C3H/HeJ, LTXBJ)に交配 導入したコンジェニック系統においてはTer/+ 及び+/+ 遺伝子型の生殖巣では雌雄両 方とも生殖細胞が正常に分化増殖したが、Ter/Ter遺伝子型の生殖巣では雌雄両方と
もPGCの欠損を引き起こし矮小生殖巣の外部形態をとった。また、Ter/Ter遺伝子型 の精巣ではSTTを形成することはなかった(Noguchi et al. 1996)。このことから、
129系統の遺伝子背景にTer変異とは別にテラトーマ形成の原因遺伝子が存在してい る事が示唆された。
このTer変異は2005年にゼブラフィッシュの始原生殖細胞欠損を引き起こす dead end (dnd) 遺伝子のホモログである dead end 1 (Dnd1) 遺伝子のナンセンス変 異であることが報告された(Weidinger et al. 2003; Youngren et al. 2005)。Dnd1 は18番染色体の36Mbpに存在し、タンパク質は352アミノ酸からなりRNA結合ドメイ ンを持ち最近の研究によりタンパク質DND1はp21やp27などの細胞周期抑制因子の mRNAやアポトーシス、分化多能性を維持する遺伝子のmRNAと結合し、翻訳を制御し ている事が分かっている(Cook et al. 2011; Zhu et al. 2011)。
さらに、129亜系統では12.5日胚(E12.5)の胎仔精巣を成体精巣に移植する事に より実験的精巣性テラトーマ(ETT; Experimentally testicular teratoma)の形成を 誘発させる事が出来る(Stevens 1964)(図2)。Stevens はKit遺伝子の変異Steel (Sl) 遺伝子を持った129/Sv-C•P•Sl マウスの胎仔精巣の移植実験を行った。このマ ウスは遺伝子型がSl/Sl ホモ型の時に生殖細胞欠損を引き起こす。野生型やSl/+ 遺 伝子型のものは70-80%のテラトーマ形成率であったが、Sl/Sl 遺伝子型のものはほ ぼテラトーマを形成することは無かった(Stevens 1967b)。この実験によりテラトーマ の起源は生殖細胞に由来するということがわかった。このETTの形成率は胎齢に依存 し、E12.5の胎仔精巣を成体精巣に移植すると82%の割合でETTを形成するが、E13.5 の胎仔精巣移植では8%にまでETTの形成率が低下することが報告されている
(Stevens 1964)。
野口らはTerコンジェニック系統(B6-+/Ter)を用いた胎仔精巣の移植実験を行っ たところETTは形成されなかった(Noguchi et al. 1996)。また、129/Sv-+/Ter 系統 のTer野生型(+/+)(129)マウスの12.5日胚の胎仔精巣を移植するとTer変異を保 持していないにもかかわらず、ETTが80-90% の確率で形成される。しかし、129系 統以外のB6やLTXBJ(LT)(Stevens and Varnum 1974)では胎仔精巣の移植を行って もETTを形成する事はない。
Terコンジェニック系統のTer/Ter, +/TerではSTTやETTが形成されない事、129 系統Ter野生型の胎仔精巣を成体精巣に移植してもETTが形成される事から、テラト ーマ形成の真の原因遺伝子が他にも129系統の遺伝子背景に存在している事がわか
る。私たちは実験的精巣性テラトーマに着目しETT形成の原因遺伝子の同定を行うこ とで自発的精巣性テラトーマ形成の形成機構の解明を目指している。
実験的精巣性テラトーマ形成の原因遺伝子が存在している領域を同定するため、テ ラトーマ形成系統の129系統と非形成系統のLT系統のF1 [LTXBJ x 129/Sv-Ter (+/+)] x F1 [LTXBJ x 129/Sv-Ter (+/+)]の交配によって得られるF2世代胎仔精巣を F1成体精巣に移植し、テラトーマ形成の有無と1番染色体から19番染色体のマイク ロサテライトマーカーを用いたsimple sequence length polymorphism(SSLP)遺伝 子型判定および連鎖解析を行った(図3)。その結果、実験的精巣性テラトーマの原 因遺伝子候補が存在する領域“experimental testicular teratoma 1, 2, 3 (ett1, ett2, ett3)” をそれぞれ18番、3番、7番染色体に同定した(Miyazaki et al.
2014)(Miyazaki et al. zoological science, accepted)。ett1領域は129系統、
ett2とett3領域はLT系統遺伝子背景の時にETTの形成に寄与した。また同時進行的 にett1領域をLT系統に交配導入したLT-ett1系統を作出した。このコンジェニック 系統の胎仔精巣の移植実験を行った結果、ETTが形成された。このことからett1領域 には実験的精巣性テラトーマ形成の原因遺伝子が存在していることがわかった
(Miyazaki et al. 2014)。
この3領域に存在している変異遺伝子探索のためエクソームシークエンス解析を行 い、ett1領域にはMc4r、ett2領域にはPolr3c、Cd160、Pdzk1の3遺伝子、ett3領域 にはPrmt3に129系統特異的なSNPsが存在していることがわかった。(Miyazaki et al. zoological science, accepted)。
自発的精巣性テラトーマと実験的精巣性テラトーマの形成は129系統特異的な現象 であり3つの候補領域のうちett1領域のみが129系統遺伝子背景の時にETTの形成に 寄与していること、LT-ett1コンジェニック系統がETTを形成することから、ett1遺 伝子に着目しテラトーマ形成の分子メカニズムの解明を目指し研究を進めている。
ett1遺伝子が自発的精巣性テラトーマの形成にも関与しているか調べるため、自発 的精巣性テラトーマの原因遺伝子であると考えられていたTer変異とett1領域を他系 統に交配導入したLT-Ter/ett1二重変異体を作出した(Miyazaki et al,
Theriogenology, submitted)。(Ter/Ter, ett1/ett1)型の成体精巣を観察すると生殖 細胞欠損の特徴である矮小生殖巣の外部形態をしていたが、組織切片を観察すると外 胚葉性の組織を形成していた。この系統はTer領域とett1領域が129系統の遺伝子背 景であり、ett2とett3領域を含む他の領域はLTXBJ系統遺伝子背景である。STTは
129系統でしか形成されないため、ett1の候補遺伝子であるMc4rがSTTの形成にも関 与していることが示唆された。
そこで、ett1の候補遺伝子Mc4rに対し、CRISPR/Cas9とsingle-strand
oligodeoxynucleotide(ssODN)を設計しLT系統への129系統型(Gly 25 Ser)SNP のノックインを試みた。その結果、目的のGly 25 Serのノックインマウスの他に様々 なMc4rに変異を持ったマウスを得ることができた。Mc4rがett1の原因遺伝子である か検証するため、F1ゲノム編集マウスとLT系統の交配により得られた胎仔精巣をLT 系統成体精巣に移植したところ外胚葉由来のケラチンパールが形成された。
これらのことからett1候補遺伝子であるMc4rがテラトーマ形成の原因遺伝子で可能 性が強く示唆された。
2.材料と方法
2.1 マウス
129/Sv-Ter/+(+/+)系統は129/terSv系統のマウス (Stevens 1973)からSTT高感 受性系統から野口らによって分離された (Noguchi and Noguchi 1985)。129系統の
STT形成率は1-4 %であるが、胎仔精巣を移植によって形成するETTの形成率は80-
90 %である (Noguchi et al. 1996)。
LTXBJ系統マウス (Stevens and Varnum 1974; Stevens et al. 1977)は、Leroy Stevens 博士 (The Jackson Laboratory, Bar Harbor, ME, USA)から分与されたもの を静岡大学理学研究科動物飼養保管施設において系統維持を行ってきた。LT系統の雄 は正常に精子形成が進行し、STTもETTも形成しない (Noguchi et al. 1996)。その 一方で、雌は性成熟後に単為発生卵に由来する卵巣性テラトーマをほぼ100%発症す る。さらに129系統遺伝子背景のTer変異を交配導入したLT—Ter、ett1領域を交配導 入した交配導入したLT-ett1コンジェニック系統 (Miyazaki et al. 2014)を適宜繁殖 させ使用した。
精管結紮、仮親用としてICR系統マウス(Slc:ICR)を日本エスエルシー株式会社よ り購入し使用した。
2.2 PCR-SSLP 解析
テンプレートゲノムDNAは旧・野口研究室の卒業生によってETT形成胎仔、ETT非 形成胎仔から抽出・保存されたものを使用した。ジェノタイピングに使用したマイク ロサテライトマーカーは129系統とLT系統で多型のあるものの中から、各マーカー間
の距離が10 cMになるようなものを選び使用した(表1)。マイクロサテライトマー
カーの位置情報はMouse Genome Informatics(MGI)
(http://www.informatics.jax.org) より得た。PCRは以下の条件で行った。
変性94℃:5 min、35サイクル[変性94℃: 30 sec、アニーリング57℃: 30 sec、伸 長 72℃: 40 sec]伸長72℃: 3 min。PCR産物は3%アガロースゲルを使用し電気泳動 により多型を確認した。
2.3 連鎖解析
観察されたSSLP型の分離の偏りはχ2検定法を用いて評価した。χ2値の算出には次 の式を用いた。χ2 = Σ{(観測値-期待値)2 / 期待値}。有意水準0.05%で1:2:1の分 離比を期待するとき、χ2値が5.99(df=2)以上ならば有意な差があると判定した。同
様に有意水準0.05%で3:1または1:3の分離比を期待するときは、χ2値が3.84(df=1) 以上ならば有意な差があると判定した。
2.4 エクソームシークエンス解析
精巣性テラトーマ形成系統である129系統と非形成系統であるLT系統からゲノム DNAを抽出し、サンプルとした。ゲノムDNAの抽出およびサンプル調製は浜松医科大 学 光尖端医学教育センター 医用動物資源支援部 高林先生によって行われた。エクソ ームシークエンスおよび標準配列mm10へのマッピングは北海道システム・サイエンス 株式会社(日本、札幌)に外部委託し行った。標準配列とそれぞれの配列の比較は Integrative Genomics Viewer(IGV)software
(http://software.broadinstitute.org/software/igv/) を用い、アミノ酸置換の起こ るSNPのリストアップを行った。見つかったSNPについてMouse Phenome Database
(https://phenome.jax.org)で調べ系統間の比較を行った。
2.5 精巣における発現解析
エクソームシークエンス解析によってリストアップした候補遺伝子に対して129系 統とLT系統における候補遺伝子の精巣中での発現を比較した。
➢ トータルRNA抽出
トータルRNAはISOGEN-LS(ニッポンジーン)のプロトコールに従い成体精巣とE12.5 の胎仔精巣から抽出した。1サンプル当たり750μLのISOGEN-LSを加えホモジナイズ し室温で5分間静置した。そこに200μLのクロロホルムを加えボルテックスし、3分 間静置した後に4 ℃で12 K×g、15分間遠心した。上層を新しいチューブに移し、
500μLのイソプロパノールを加えボルテックスし10分静置した後に4 ℃で12 K×
g、10分間遠心した。上清を取り除き70% エタノールを加えボルテックスし、4 ℃で
7.5 K×g、5分間遠心した。再び上清を除きRNAの沈殿を得た。沈殿の量に合わせ滅
菌水で溶解し適宜実験に使用した。
➢ 逆転写
逆転写は1μgのトータルRNAとIllustra Ready-To-Go PCR beads (GE
healthcare Life Science, Buckinghamshire, UK)を使用しプロトコールに従い 逆転写を行いった。逆転写したcDNAは10倍希釈し適宜実験に使用した。
➢ リアルタイムPCR
リアルタイムPCRは LightCycler® Nano System (Roche Applied Science, Mannheim, Germany)で行った。10倍希釈したcDNA 5μLと15μLのリアクションミックスとして 水3μL、各1μLのF・Rプライマー(5μM)(表8)、10μLのSYBR Green PCR Master Mix(Roche Applied Science, Mannheim, Germany)の組成で以下の条件で行 った。
変性 95℃: 5 min 40サイクル[変性 95℃: 10 sec、 アニーリング 60℃: 10 sec、
伸長72℃: 15 sec]伸長65℃: 20 secの後、4℃/sec の上昇率、95℃: 20 secで 融解曲線解析を行った。トリプリケートで実験をおこない各候補遺伝子のmRNA量は標 準曲線とレファレンス遺伝子(Gapdh)により平均値±標準誤差とした算出した。PCR 産物は、3%のアガロースゲルを使用した電気泳動により確認した。
➢ 統計処理
サンプル間の有意差検定はマン・ホイットニーのU検定(Mann-Whitney U test)で求 めた。有意差はP≦0.05とした。
2.6 LT-Ter/ett1 二重変異体の作出
これまで当研究室で系統維持してきたコンジェニック系統、LT-Ter (Ter/+)とLT- ett1の交配により二重変異体の作出を行った。LT-Ter x LT-ett1で生まれた産仔 F1[LT-Ter (Ter/+)/ett1 (ett1/+)]をLT-ett1に戻し交配しF2を得た。同様にLT- Ter (Ter/+)/ett1 (ett1/+)]をLT-ett1に戻し交配を繰り返し行った。5世代戻し交 配を行ったところでLT-Ter (Ter/+)/ett1 (ett1/ett1)個体が得られたので、LT-Ter (Ter/+)/ett1 (ett1/ett1)同士の兄妹交配に切り替えた(図9)。Terホモ個体では生 殖細胞欠損が起き不稔になるので、これら以降の世代もLT-Ter (Ter/+)/ett1
(ett1/ett1)同士の交配を続けた。
➢ ジェノタイピング
マウスの耳を切り取り、フェノールクロロホルム法でゲノムDNAを抽出した。
マウスの耳片が入っている1.5 mL チューブに 200 μL の SDS-lysis buffer と Proteinase K を終濃度100 μg/mL となるように加え50℃でインキュベートし た。組織が溶解しているのを確認したのち、100 μL のフェノール/クロロホル ムを加え混和した後、 15,000 rpm, 5 min, 4 ℃で遠心した。上清 を新しいチ ューブに移し、100 μl のクロロホルムを加え混和後、同じ条件で遠心した。再
び上清を新しいチューブに移し、4 M NaClを 25 μLと 100% EtOH を 475 μL 加え混合し、15,000 rpm, 10 min, 4 ℃で遠心した。上清を捨て、70% EtOH を 200 μL を加えてリンスした。再び、上清を捨て沈殿を乾燥させた後、滅菌水を 適量加えゲノムDNAとした。
Terジェノタイピング (Fプライマー;5’-TTCCGCCTAATGATGACC, R プライマー;
5’-CACGTCTGGAATTCACC)
変性94℃:5 min、40サイクル[変性94℃: 30 sec、アニーリング57℃: 30 sec、伸長 72℃: 40 sec]伸長72℃: 3 min。
Ter変異を含む領域を増幅後、制限酵素Dde1 (TOYOBO)で37℃、2時間以上処理 し、電気泳動を行い野生型(387bp, 181bp, 97bp)と変異型(356bp, 181bp, 97bp, 31bp)のバンドサイズの違いより判定を行った(図10)。
ett1ジェノタイピング
マイクロサテライトマーカーD18Mit81(Fプライマー;5’-
TCTCATCATAAAGTTAGGCTTCCA, Rプライマー;5’-GGTCAGCATACTTTTTGTTGTAGC)と D18Mit184(Fプライマー;5’-CACACATGTGTAGGTAGGTAGGTAGG, Rプライマー;5’- CGCACAAGGACTACTGAAACA)を用いてLT系統と129系統のPCR産物長の違いにより判 定を行った。
変性94℃:5 min、40サイクル[変性94℃: 30 sec、アニーリング57℃: 30 sec、伸長 72℃: 40 sec]伸長72℃: 3 min。PCR産物は3%アガロースゲルを用 い泳動を行い、多型を確認した(図10)。
➢ 組織学的観察
適宜成体の雄マウスを解剖し精巣を摘出した。精巣はブアン液(ピクリン酸飽和 水溶液:ホルマリン:酢酸 = 15:5:1 v/v/v) で固定し脱水、透徹後パラフィ ンに包埋し、5μmの厚さの連続切片とした。脱パラフィン後、ヘマトキシリン- エオシン-アルシアンブルー (H-E-A)三重染色を行いテラトーマの有無を観察し た。
2.7 免疫染色
12.5日胚胎仔精巣、成体精巣は4%PFAで固定し、脱水、透徹後パラフィンにより
包埋し5μmの厚さの切片を作製した。脱パラフィン後、抗原の賦活化として10mMク エン酸バッファー(pH.6.0)にスライドグラスを浸し121℃で15分オートクレーブを
行った。スライドグラスを室温まで冷やし5%スキムミルクで30分ブロッキングし た。一次抗体;抗MC4R (1:80, Cayman Chemical, 10006355)、抗DDX4/MVH(1:50, abcam, ab27591)を4 ℃で一晩反応させた。TBSで洗浄後 二次抗体;抗マウス IgG (H+L), F(ab’)2 フラグメント (Alexa Fluor 555 conjugate) (1:500, Cell
signaling, #4409) と 抗ラビット IgG (H+L), F(ab’)2 フラグメント (Alexa Fluor 488 conjugate) (1:500, Cell signaling, #4412)を室温で二時間反応させた。ネガテ ィブコントロールとしてそれぞれのペプチド断片DDX4/MVH peptide (abcam,
ab13841), melanocortin-4-Receptor Blocking peptide(Cayman Chemical,
10006355)を一次抗体と反応させ使用した。蛍光観察はCarl Zeiss 共焦点レーザー
スキャン顕微鏡(LSM700)を用いた。
2.8 ゲノム編集マウスの作出
近年新たに報告されたエレクトロポレーションによる遺伝子導入法(TAKE法;
Technique for Animal Knockout system by Electroporation)(Hashimoto and Takemoto 2015; Kaneko et al. 2014)により従来の受精卵にインジェクションする方 法に比べ、簡単にゲノム編集が行えるようになった。そこで、ett1の候補遺伝子Mc4r に対し、CRISPR/Cas9とsingle strand oligodeoxynucleotide (ssODN)を設計しLT系 統への129系統型(Gly 25 Ser)に相同組換えにより129系統型の変異を野生型
(LT)系統に導入したゲノム編集マウスを作出した。
➢ ガイドRNA(gRNA)の設計
gRNAはCRISPRdirect (https://crispr.dbcls.jp)によりターゲットサイトを挟 むような2つのgRNAを選択し(図15)、株式会社ファスマックに合成を依頼し た。
➢ ssODNの設計
ターゲット領域を中心に40 bpの相同配列を持った全長81 bpのssODNを設計し た(図15)。ssODNはSTAR Oligo (RIKAKEN)に合成を依頼した。合成のグレード としてPAGE精製を選択した。
➢ 過排卵誘導
エレクトロポレーション実施日の3日前にLT系統の雌マウス一匹あたりPMSG
(妊馬血清性ゴナドトロピン)(あすかアニマルヘルス株式会社)5IU/100μL投
与し、続けて1日前に同じく一匹あたりhCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)(持田 製薬株式会社)を5IU/100μL投与しLT系統の雄と掛け合わせた。
➢ 受精卵の採卵及び卵丘細胞の除去
採卵する1時間前に0.1%ヒアルロニダーゼ(SIGMA, H3506)を含む胚培養液 KSOM培地(メルクミリポア, MR-121-D)、KSOM培地を37度5%CO2環境下でイン キュベートし培地を平衡化させておいた。
エレクトロポレーション当日雌マウスの膣栓(プラグ)により交尾の有無を確認 した。プラグを形成していた雌を解剖し、速やかに卵管膨大部から受精卵を採取
し(図16 A)、0.1%ヒアルロニダーゼを含むKSOM培地で卵丘細胞を除去した(図
16 B)。卵丘細胞が除去できた卵から洗浄用KSOMで4回洗浄しエレクトロポレー
ションまで37度5%CO2下で培養した(図16 C)。
➢ エレクトロポレーション
エレクトロポレーションはエレクトロポレターGenome Editor GEB15(BEX CO., LTD.)(図17A)と白金電極LF501PT1-10(BEX CO., LTD.)(図17B)を使用し た。
エレクトロポレーション実施前にKSOM、OPTI-MEM(Gibco, 31985-062)を37度 5%CO2環境下でインキュベートし培地を平衡化させておいた。
実際の導入試薬として電極内の試薬終濃度がCas9タンパク質(TAKARA):50ng/
μL、各gRNA:200ng/μL、ssODN:1200ng/μLになるようにOPTI-MEMで調製し た。
培養していた受精卵をOPTI-MEMで3回洗浄し、エレクトロポレーターの電極
(図17 B)に持ち込むOPTI-MEMが少量になるように20個程度の受精卵を電極に
移し(図17 C)、エレクトロポレーションを行った。エレクトロポレーションの
条件として25V、3msec ON、97msec OFF、リピート3回で行った(図17 D)。エ レクトロポレーションによりgRNA、Cas9タンパク質、ssODNを導入した卵は直ち に回収し、KSOMで3回洗浄後、新しいKSOMに移し数時間培養した。数時間後
(図17 E)、卵の形態が崩れたものや単為発生卵を除き翌日まで培養を行った。
➢ 2細胞期胚の移植
エレクトロポレーション実施日の夕方、親となるICR系統雌マウスを精管結紮処 置済みのICR系統雄マウスと掛け合わせた。移植当日ICR雌のプラグの形成を確 認し、形成していた雌を偽妊娠マウスとした。
移植1時間前にM2培地(メルクミリポア, MR-015-D)を37度5%CO2環境下でイ ンキュベートし培地を平衡化させておいた。
前日から培養していた受精卵を顕微鏡下で確認し(図18 A)、2細胞期胚に進ん でいるものをM2培地に移し移植に備えた。
ICR偽妊娠マウスに三種混合麻酔薬(塩酸メデトミジン7.5μg/100μL、ミタゾ ラム40μg/100μL、酒石酸ブトルファノール50μg/100μL)を100μL/体重10g 投与し麻酔をかけた。麻酔した雌の背側左右中央の毛をかりアルコールで消毒し 腹壁を切開、脂肪体をピンセットでつまみ卵巣と子宮の一部を体外へ露出させク レンメで固定した(図18 B)。
胚移植用のガラスキャピラリーに2〜3mm間隔で空気とM2培養液の相を交互に吸 い込み少量の培養液とともに〜15個の胚を吸引した(図18 C)。
卵管膨大部と卵巣の間の卵管をハサミで切開し、卵管膨大部に向かってガラスキ ャピラリーを挿入し息を吹き込むことで胚を移植した(図18 D)。移植後、卵巣 を触らないように脂肪体をピンセットで掴み卵巣を体内へ戻し、皮膚をオートク リップで止めアルコールで消毒した(図18 E)。同様の操作をもう片側にも行っ た。移植終了後、メデトミジン拮抗薬であるアンチセダン(7.5μg/100μL)を
100μL/体重10g投与し37度に設定したヒーター上でマウスが覚醒するまで保温
した。
胚移植19〜20日後、移植胚由来の産仔が得られた。
➢ ジェノタイピング
生まれたばかりの産仔の尾や成体にまで育ったマウスの耳を切り取り、フェノー ルクロロホルム法でゲノムDNAを抽出し、Mc4rのターゲットサイトを増幅するよ うなプライマー(F;5’-CCGAACCCAGAAGAGACCAA, R;5’-
GACCCATTCGAAACGCTCAC)を使用しPCRを行った。
変性94℃:5 min、40サイクル[変性94℃: 30 sec、アニーリング67℃: 30 sec、伸長 72℃: 40 sec]伸長72℃: 3 min。PCR産物は 1.5%アガロースゲルで 確認を行った。PCR産物の確認後、illustra ExoStar (GE healthcare Life Science, Buckinghamshire, UK) を用い、PCR産物中の一本鎖DNAや未反応 dNTPs を不活性化した。40ngのPCR産物とプライマー6.4pmol、滅菌水を適量加 え14μLのシークエンス用サンプルとした。DNAシークエンスは株式会社ファス マックに委託し行った。
データ解析はCodonCode Aligner(http://www.codoncode.com/aligner/)、 GENETX-MAC (Ver.14.0.3)を用い行った。
➢ 系統維持
シークエンス解析により判別できたゲノム編集マウスをLT系統のマウスへ戻し 交配を行った。得られたF1産仔も同様にシークエンスより遺伝子型の判定後、
同遺伝子型同士の兄妹交配へ移行した。
2.9 胎仔精巣移植によるETT形成実験
作出したゲノム編集マウスを用い胎仔精巣の移植実験を行った。この移植実験によ りETTの形成が確認できたら原因遺伝子として同定することができる。
➢ 胎仔精巣の移植
LT系統の雌とゲノム編集マウスの雄個体を交配し、雌のプラグの形成を確認した 日の正午を胎齢0.5日(E0.5)とした。
プラグの形成を確認してから12.5日後、妊娠している雌マウスを解剖し、子宮 をハンクス溶液中に摘出。子宮を一つずつバラバラにし実体顕微鏡下で子宮壁、
胎盤、卵黄嚢、羊膜を除去し胚を取り出した(図21 A)。シャーレにパラフィン と活性炭を混ぜ固めたものに胚を移し、胚の腹側を上側に向け虫ピンで固定。腹 壁をNo.5ピンセットで開き肝臓や腸などの内臓を除去し生殖巣を露出させた
(図21 B)。さらにこの時、胎仔肝臓もジェノタイピング用に回収した。露出し
た生殖巣を中腎とともに別のシャーレに摘出した(図21 C)。No.5ピンセットで 中腎と生殖巣を分離した。この時、生殖巣を傷つけないように注意して行った。
回収した生殖巣の中から精巣のみを選別し移植に備えた(図21 D)。
移植ホスト個体として、成体雄マウスに三種混合麻酔薬を100μL/体重10g投 与し麻酔をかけた。麻酔後、後肢側の皮膚および体壁を切開し、脂肪体に包まれ た精巣、精巣上体を体外に露出させた。
選別しておいた胎仔精巣をマウスピース付きのガラスキャピラリーで胎仔精巣を 少量の液とともに吸引した。露出した成体精巣の血管が通っている部位を避け 24G注射針(TERUMO)で小さな穴を開け、そこにガラスキャピラリーを挿入し息 を吹き込み胎仔精巣の移植を行った(図21 E)。両側の精巣に移植後、皮膚を縫 合糸(株式会社夏目製作所)で縫い合わせた(図21 F)。アンチセダンを100μ L/体重10g投与し37度に設定したヒーター上でマウスが覚醒するまで保温し た。
➢ 組織学的観察
移植後1ヶ月以上経過したものを適宜解剖し、精巣を摘出した(図22 A)。精巣の白 膜を破り移植組織片(図22 B 矢印)を摘出した。移植組織片はブアン液で固定し脱 水、透徹後パラフィンに包埋し、5μmの厚さの連続切片とした。脱パラフィン後、H- E-A三重染色を行いテラトーマ形成の有無を観察した。
3結果 3.1連鎖解析
実験的精巣性テラトーマ形成の原因遺伝子が存在している領域を同定するため、テ ラトーマ形成系統の129系統と非形成系統のLT系統のF1 [LTXBJ x 129/Sv-Ter (+/+)] x F1 [LTXBJ x 129/Sv-Ter (+/+)]の交配によって得られるF2世代胎仔精巣を F1成体精巣に移植し、テラトーマ形成の有無と1番染色体から19番染色体のマイク ロサテライトマーカーを用いたSSLP遺伝子型判定および連鎖解析を行った。
その結果、18番染色体と3番染色体、7番染色体に実験的精巣性テラトーマ形成の 原因遺伝子が存在している候補領域として同定した。18番染色体ではD18Mit64を除 く全てのマーカーで有意差(χ2 = 5.99; P <0.05)が見られ、3番染色体では10個のマ ーカーのうち8個のマーカー D3Mit130 (10.1 Mbp)〜D3Mit44 (148.1Mbp)間で、7番 染色体は10個のマーカーのうちD7Mit44 (148.1Mbp)を除いて9個のマーカーで有意 な差が見られた。それぞれ、D18MMit81 (χ2= 41.0 P= 0.13 x10-8)の領域が129遺伝 子背景の時、D3Mit100 (χ2= 20.33, P= 3.85 x10-5) とD7Mit145 (χ2= 31.24, P = 1.63 x 10-7)の領域がLT系統遺伝子背景の時にETT形成に最も寄与していることがわ かった。これらの結果から、18番染色体のD18Mit81〜D18Mit184を含む66.3-67.4 Mb、3番染色体のD3Mit101〜D3Mit100 (96.7-97.3 Mb)と7番染色体のD7Mit230〜 D7Mit145 (49.8-52.0 Mb) の領域をETT形成の新規候補領域とし、それぞれ
“experimental testicular teratoma 1, 2, 3 (ett1, 2, 3)”とした(図4)
(Miyazaki et al. 2014)(Miyazaki et al. zoological science, accepted)。
また同時進行的にett1領域をLT系統に交配導入したLT-ett1系統を作出した(図 5)。このコンジェニック系統の胎仔精巣の移植実験を繰り返し行った結果、胎仔精巣 の遺伝子型が129系統由来のett1領域がホモ型やヘテロ型の時に成体精巣の遺伝子型 によらずETTが形成された(図6)。このことからett1領域には実験的精巣性テラト ーマ形成の原因遺伝子が存在していることがわかった(Miyazaki et al. 2014)。
これら候補領域に存在している遺伝子をゲノムデータベースにより調べると、ett1 領域には17遺伝子中8遺伝子が、ett2 領域には 16遺伝子存在しそのうち11遺伝 子、ett3 領域は24遺伝子存在しそのうち9遺伝子がタンパク質をコードしていた
(表2〜4)。
3.2エクソームシークエンス
これら3領域に存在している変異遺伝子を調べるため、精巣性テラトーマ形成系統 129系統と精巣性テラトーマ非形成LT系統を用いエクソーム解析を行った。シークエ ンス用サンプルの調製は浜松医科大学 光尖端医学教育センター 医用動物資源支援部 高林先生によって行われた。シークエンスとマッピングは北海道システム・サイエン ス株式会社に委託し行った。実際には、SureSelect Mouse All Exon (Agilent Technology) を使用しHiSeq (illumina)、100bpペアエンドリードでシークエンス、
標準配列mm10へのマッピングを委託した。
それぞれの配列は標準配列であるmm10を99%以上網羅していた(表5)。標準配列 とそれぞれの配列の違いをintegrative genomics viewer(igv)を用いて比較した。
その結果、129系統の方がLT系統よりも多くのSNPsが見つかり、ett1 領域には17 遺伝子中7遺伝子, ett2 領域は16遺伝子中5遺伝子、ett3領域には24遺伝子中7 遺伝子にSNPsが見つかった。多くのSNPsはアミノ酸置換の起きない同義変異やイン トロン領域のSNPsであったが、全ての領域で129系統の遺伝子背景にアミノ酸置換の 起こるSNPsが見つかった。ett1領域にはMc4r (Gly 25 Ser), ett2には Polr3c (Arg 171 Pro), Cd160 (Asn 76 Ser), Pdzk1 (Asn 162 Asp)の3遺伝子、Prmt3 (Val 273 Ala)がett3領域にSNPsとして見つかったが全てのSNPsがベータベースに登録さ れているSNPsであった (http://phenome.jax.org)(表6-7)。ett2領域の
Polr3c、Cd160、Pdzk1とett3領域のPrmt3はLTXBJ系統遺伝子背景の時にETTの形 成に寄与していたが、129系統の遺伝子背景に変異が見つかった。さらに候補遺伝子 がコードしているタンパク質のドメインとSNPsの位置を図7に示した。
3.3発現解析
これまでに私が行ったLT-ett1コンジェニック系統の胎仔精巣を用いた移植実験か ら胎仔精巣の遺伝子型が129系統由来のett1領域がホモ型やヘテロ型の時のみETTが 形成され、胎仔精巣の遺伝子型が重要であることがわかっている(Miyazaki et al.
2014)。
エクソームシークエンス解析で明らかになった5つの候補遺伝子に対して、129系 統とLT系統間でのmRNA発現量を比較した。Pdzk1は検出限界以下であったが、Pdzk1 を除いた全ての候補遺伝子が129系統とLT系統の胎仔精巣で発現が見られた。Pdzk1 は成体精巣では発現していた。またCd160以外の遺伝子では両系統間で発現量に差が
見られ、129系統の胎仔精巣ではMc4rとPrmt3の発現量がLT系統に比べ発現量が少 なく、Polr3cとPdzk1は129系統の成体精巣でLT系統に比べ高発現していた(図 8)。
3.4二重変異体の作出
自発的精巣性テラトーマと実験的精巣性テラトーマ形成は129系統特異的な現象で ある。LT-ett1コンジェニック系統の胎仔精巣移植実験からett1領域にはETT形成の 原因遺伝子が存在していることが示唆されている。そこでこのett1領域と自発的精巣 性テラトーマ形成の原因遺伝子であると考えられていたTer変異を交配によりLT系統 へ導入したマウスがSTTを形成するか調べた。
当研究室で以前より系統維持を行ってきたLT-Ter系統とLT-ett1系統の掛け合わせ により二重変異体LT-Ter/ett1を作出した(図9)。もし、遺伝子型がホモ(Ter/Ter, ett1/ett1)型のマウスの精巣にSTTの形成が見られたらett1遺伝子が自発的精巣性テ ラトーマの形成にも関与していることがわかる。
5回のLT-ett1への戻し交配により作出したLT-Ter/ett1二重変異体の18番染色体 がどのように組換わっているかマイクロサテライトマーカーを用いて調べた。全ての 遺伝子型でett1領域を含む62.0〜70.2Mbpが組換わっていた。Terヘテロ・ホモ型で はTer変異(Dnd1Ter)を含む36.7〜46.4Mbpの領域が129遺伝子背景に組換わってい た。さらに野生型を含む全ての遺伝子型でD18Mit84の領域で129系統の遺伝子と組換 わっていた(表9)。作出した二重変異体のホモ個体(Ter/Ter, ett1/ett1)を解剖 し、精巣の外部形態を観察するとTer変異による生殖細胞欠損の特徴である矮小精巣 の形態をとっていた(図11 F)。さらにヘテロ型(Ter/+, ett1/ett1)の精巣も野生 型と比べると少し小さくなっていた(図11 E)。そこで組織切片を作製し本当に生殖 細胞欠損を引き起こしているか確認を行った。
ヘテロ型(Ter/+, ett1/ett1)の切片を観察すると多くの精細管は生殖細胞や精子 が詰まっていたが、一部の精細感では生殖細胞欠損を引き起こしていた(図11 E
*)。さらに、Ter/Terの切片を観察すると全ての精細管で生殖細胞が欠損している状
態であった(図11 F *)。さらに詳しくホモ個体の切片を観察すると正常精巣では観 察できないアルシアンブルーで染色されている分泌上皮が確認できた(図11 F 矢 尻)。さらに例数を重ねと、ホモ個体だけでなく、ヘテロ個体でも正常精巣では観察 できない組織が形成されていた。これまでに観察できた組織像として、図12のような A:分泌上皮、B:線毛上皮、C:円柱上皮、D:ケラチンパールが観察できた。これに
より、ett1領域が自発的精巣性テラトーマの形成にも関与していることが示唆され た。
二重変異体LT—Ter/ett1コンジェニック系統が成体精巣にSTT様の組織を形成した 事によりett1遺伝子がSTT形成にも関与している事が示唆された。よって、ett1遺 伝子候補であるMc4rに対してより詳細な解析を進めた。
3.5免疫蛍光染色
Mc4rのmRNAは精巣で発現している事が明らかとなっている(図8)。そこで、タン パク質MC4Rが生殖細胞と体細胞のどちらで発現しているか免疫蛍光染色により調べ た。
12.5日胎仔精巣の縦断切片を作製したところ、白丸の箇所が一つの精細管を示して
いるが、生殖細胞のマーカーであるMVH(赤)とMC4Rの蛍光(緑)の局在が一致して いることがわかった(図13 +)。一次抗体とそれぞれのペプチド断片を反応させた コントロールでは両方の蛍光が消失していた(図13 —)。さらに、Terコンジェニッ ク系統の生殖細胞欠損を引き起こすTerホモ個体の成体精巣を用い同様の実験を行っ た。野生型の成体精巣では胎仔精巣と同様にMVHとMC4Rの蛍光局在が一致していた
(図14 野生型)。Terホモ個体の精巣では生殖細胞の欠損が起きているのでMVHの蛍
光は消失し、さらにMC4Rの蛍光も消失していることからMC4Rは確かに生殖細胞で発 現していることが確かめられた(図15 Ter/Ter)。
このことからMc4rが生殖細胞細胞に直接作用しテラトーマ化を誘導している可能性 が示唆された。
3.6ゲノム編集マウスの作出
そこで本当にMc4rがテラトーマ形成の原因遺伝子であるか検証を行うため、Mc4r についてCRISPR/Cas9とssODNを用いてゲノム編集を行った。gRNAはCRISPRdirect
(https://crispr.dbcls.jp)でターゲットサイトを挟む様な2つのgRNA (gRNA1, gRNA2)を選んだ(図15)。ssODNはターゲットサイト両端にそれぞれ40 bpの相同配 列を持つように設計した(図15)。実際の導入方法としてTAKE法を用いた
(Hashimoto and Takemoto 2015; Kaneko et al. 2014)。この方法は受精卵に試薬をイ ンジェクションする必要がなく簡単にゲノム編集が行えるものである。
これまでに110個の2細胞期胚を移植し、13匹の産仔を得ることができた
(11.82 %)。その中になんらかの変異が導入されたF0世代マウスは10匹いた
(76.92 %)。得られたマウスを野生型であるLT系統へ戻し交配し得られたF1世代の シークエンスを行ったところ、Mc4rのゲノム編集により目的のGly 25 Serの変異を 引き起こすノックインマウスの他に5種類の変異型マウスを得ることができた(図 19)。それぞれ2 bp挿入(+2)、1 bp欠損(Δ1)、26 bp欠損(Δ26)、27 bpの欠損 (Δ27)とモザイクに変異が入り遺伝子型が判定できないもの(M)を得ることができた
(表10)。SOSUI(http://harrier.nagahama-i-bio.ac.jp/sosui/sosui_submit.html) を用いてMC4Rの推定される構造とこれら変異が引き起こすアミノ酸置換等を図20に 示した。
26 bp欠損は細胞外N末端領域に2 bpの挿入と1 bpの欠損は第一膜貫通領域にそれ ぞれ、フレームシフトによる早期終止コドンを獲得した。また、27 bp欠損はターゲ ットサイト周辺(20-28)の9アミノ酸の欠損を引き起こしている(図20)。モザイク で変異が起きている個体の遺伝子型はわからないがMc4rの欠損を示す肥満の表現型を とっている。1 bp欠損とモザイク型はF1世代が生まれないため残りの系統(LT- Mc4r+2、LT-Mc4rΔ26、LT-Mc4rΔ27、LT-Mc4rG25Sの系統維持を行っている。
3.7胎仔精巣の移植
実際にこれらゲノム編集マウスの胎仔精巣移植によってETTが形成されるか胎仔精 巣の移植実験を行った。系統の作出途中であるため目的のノックインマウスの胎仔精 巣移植実験は行えていないが、野生型のLT系統の雌個体とF1[LT-Mc4rΔ26 (+/Δ26)]
雄個体の交配[LT x LT-Mc4rΔ26 (+/Δ26)]を行い、E12.5の胎仔精巣の移植実験を行っ
た。このE12.5は野生型と26 bp 欠損ヘテロ(+/Δ26)個体が得られるので移植した
胎仔の肝臓からゲノムDNAを抽出し遺伝子型を判定した。これまでに、+/Δ26遺伝子 型の胎仔精巣3個体分を野生型LT系統成体精巣に移植した。移植後、約1ヶ月で解剖 し、組織切片を作成した結果、野生型の胎仔精巣を移植したものは胎仔精巣由来の精 細管が正常に分化し、精細管の中では生殖細胞の分裂が起こり正常な精子形成が進行 していた(図23 B)が、26 bp欠損ヘテロ型の胎仔精巣を移植したものの中の1例で 外胚葉由来のケラチンパールが形成されていた(図23 A)。
4.考察
本研究でETTの形成に寄与している領域を18番染色体、3番染色体、7番染色体にそれ ぞれ、ett1 (66.3-67.4 Mb)、ett2 (96.7-97.3 Mb)、ett3 (49.8-52.0Mb)に同定し た。連鎖解析の結果、129遺伝子背景の時にD18Mit84、LT系統遺伝子背景の時に3番染 色体のD3Mit100、7番染色体のD7Mit145の座位がETTの形成と強く連鎖していた。ett1 領域には8遺伝子、ett2には11遺伝子、ett3領域には9遺伝子タンパク質をコードして いる遺伝子が存在している。テラトーマ形成系統の129系統とテラトーマ非形成系統の
LT系統を用いエクソームシークエンス解析を行った結果、それぞれのett1領域に
Mc4r、ett2領域にPolr3c、Cd160、Pdzk1の3遺伝子、ett3領域にはPrmt3遺伝子に129遺 伝子背景でアミノ酸置換が起こるSNPsの存在が明らかとなった。
以下に5つの遺伝子とテラトーマ形成について考察したので記す。
ett1候補遺伝子(Mc4r)
Mc4r:melanocortin 4 receptor (Mc4r)はエネルギー摂取とエネルギー消費に関わっ ている(Kublaoui et al. 2006)。Mc4rは促進型Gタンパク質共役型(Gs)の受容体であ り、Mc4rの活性化はcAMPの産出が促進されることによりプロテインキナーゼA(PKA)
の活性化、c-Jun N-terminal Kinase (JNK)を抑制する事が知られている(Tao 2010)。
Mc4rの遺伝子ターゲティングの結果からMc4rの遺伝子欠損のマウスは肥満になること が知られており、エネルギー制御に深く関わっていることが知られている(Huszar et al. 1997)。また、Mc4rが腫瘍形成に関わっている報告もある。129/Sv-Ay (Ay/+)の雄 マウスは精巣性テラトーマの形成率が10分の1に低下することが知られている(Stevens
1967a)。 Ay はアグーチ遺伝子の優勢変異であり, アグーチタンパク質の異所的な発
現やMC1RやMC4Rの慢性的なシグナル伝達系の阻害を引き起こす(Bultman et al. 1992;
Dinulescu and Cone 2000; Miller et al. 1993)。しかし、アグーチのタンパク質が 異所的な発現をするような遺伝子組換えマウスでは精巣性テラトーマの形成に影響を 与えなかった(Heaney et al. 2009)。ルイス肺がんを移植したマウスにMC4Rにインバ ースアゴニストを作用させると中枢神経系に作用し腫瘍による体重の減少を阻害する (Nicholson et al. 2006)。
エクソームシークエンスによりMc4rの細胞外N末端領域にSNPが見つかった(図
7)。細胞外のN末端領域はリガンドの結合部位と推定され、MC4RのN末端領域の
SNPsはヒトでは肥満になることが知られている(Srinivasan et al. 2004)。さらに、
アゴニストであるNDP-MSHがMC4Rに作用すると、視床下部の神経細胞のMAPキナーゼ のシグナル経路を通しアポトーシスを抑制することが知られている(Chai et al.
2006)。本研究で確認したSNPもN末端領域の変異でありリガンドの結合力が変化する
ことが予測される。これらのことからMc4rを介したシグナル伝達がETTの形成を誘導 しているのではないだろうか。
ett2候補遺伝子(Polr3c、Cd160、Pdzk1)
Polr3c: polymerase (RNA) Ⅲ (DNA direct) polypeptide C(Polr3c)はRNAポリメ ラーゼのサブユニットをコードしており(Wang and Roeder 1997)遺伝子の発現に関与 している。エクソームシークエンスによりArg 171 ProのSNPがRNA_Pol_RPC82ドメ
イン(図7)に見つかった。このSNPによりRNAポリメラーゼⅢの活性が変化する事
が予測される。しかし、データベース上にはArg 171 ProのSNPのマウスは複数存在 している。これらの事から、Polr3cのようなハウスキーピング遺伝子はETTの形成に 関与している可能性は少ないと考えられる。
Cd160:CD160 antigen(Cd160)はグリコシルホスファチジルイノシトールアンカーを 持ちイムノグロブリンスパーファミリーに属している。細胞外の領域にシステイン6 残基をもつイムノグロブリンV(IgV)様のドメイン(Ig-like domain)を持ちジスフ ィルド結合や三量体を形成する(Cai and Freeman 2009)。Asn 76 SerはこのIg-like
domainに存在している(図7)ためドメインの構造が変化する事が考えられる。しか
し、マウスのCD160は主にナチュラルキラー(NK)細胞や腸上皮のTリンパ球で発現 している(Del Rio et al. 2017)。しかし、今回のqPCR解析により僅かながら精巣で 発現している事が明らかとなったが、Asn 76 SerのSNPは複数の系統間で保存されて おり、ETT形成との関連は低いと考えられる。
Pdzk1: PDZ domain containing(Pdzk1)は膜受容体や輸送タンパクのアダプタータン パク質をコードしている(Kocher et al. 2003; Shimizu et al. 2011)。Pdzk1の転写 はエストロゲンを介したエストロゲン受容体によって制御されており(Ghosh et al.
2000)乳がんで高発現している。今回のqPCRでは胎仔精巣中での発現は確認できなか
ったが成体精巣では129系統で高発現していた。2番目のPDZ domainにSNPに存在し ている(図7)(Hung and Sheng 2002)。さらにゲノムデータベースに登録されている
SNP情報を見ると、Asn 162 AspのSNPはLT系統とB6系統以外のマウスは存在してい なかった(図8)。したがって、Pdzk1がett2の原因遺伝子である可能性が高いと考 えられる。Asn 162 Aspの変異により構造が変化し、受容体の機能が損なわれるた め、正常なシグナル伝達がされずETTを形成するのではないかと考えられる。
ett3候補遺伝子(Prmt3)
Prmt3: protein arginine N-methyltransferase 3(Prmt3)は細胞質内に存在するタ イプ1アルギニンメチルトランスフェラーゼである(Aletta et al. 1998; Gary and Clarke 1998; Tang et al. 1998)。N末端にジンクフィンガードメイン(Zinc domain)が存在している(Swiercz et al. 2007)。PRMTによってメチル化されるタン パク質はシグナル伝達や核受容体を介した転写制御、核-細胞質間のRNAの輸送などを 担っている(McBride and Silver 2001)。さらにPRMT3は腫瘍抑制タンパク質DAL-1/4 と結合する事が報告されている(Singh et al. 2004)。これらのことは、PRMT3による 転写後のメチル化や腫瘍抑制タンパク質との相互作用は腫瘍形成を制御するのに重要 であることを示している。Val 273 AlaのSNPはSアデノシルLメチオニン
(AdoMet)結合ドメイン(図7)(Zhang et al. 2000)に位置している。このSNPによ りPRMT3とAdoMetの結合親和性が変化する可能性が考えられる。さらにPrmt3は ett3領域で唯一のアミノ酸変異の起こるSNPであることからPrmt3がett3の原因遺 伝子であると考えられる。
さらにこれら領域と自発的精巣性テラトーマの原因遺伝子であると考えられていた Ter変異との相互作用について調べるため、LT-Ter系統とLT-ett1系統の掛け合わせに より二重変異体LT-Ter/ett1を作出した(図 9)。もし遺伝子型が(Ter/Ter, ett1/ett1)型のマウスの精巣にSTTの形成が見られたらett1遺伝子が自発的精巣性テ ラトーマの形成にも関与していることがわかる。
二重変異体のホモ個体の精巣の外部形態は生殖細胞欠損の特徴である矮小精巣の形態 をしていたが(図11)、組織切片を作成したところ外胚葉由来と思われる組織(分泌 上皮、ケラチンパール、円柱上皮、線毛上皮)が観察できた(図12)。ett1領域と Ter領域以外はLT系統の遺伝子背景であり、ett2, ett3領域もLT系統の遺伝子背景 である。自発的精巣性テラトーマは129系統でしか形成されないためett1領域の候補 遺伝子であるMc4rが自発的精巣性テラトーマの形成にも寄与している可能性が示唆さ れた。
そこで、Mc4rに対してより詳細な解析を進めた。
Mc4rのmRNAは胎仔精巣と成体精巣の両方で発現している事が明らかとなった(図8)
のでタンパク質MC4Rの胎仔精巣と成体精巣での発現局在を免疫蛍光染色により調べ た。その結果、生殖細胞で発現している事がわかった。さらにTer変異により生殖細 胞欠損を引き起こしている精巣ではMC4Rの蛍光が消失している事から確かにMC4Rは 生殖細胞で発現している(図13-14)。
生殖細胞の発生過程では体細胞-PGC間の相互作用により様々な因子がPGCに影響を 与えている(Kierszenbaum and Tres 2001; Skinner 1991)。先行研究により私たちは 129系統の精巣の体細胞がPGCをテラトーマ化させる因子を産出していることを報告 している(Takabayashi et al. 2001)。この報告は129系統とLT系統の精巣体細胞と PGCsを入れ替え再構成精巣実験の結果と一致している(Regenass et al.
1982)(Noguchi unpublished)。また胎仔精巣の移植実験からETTの形成には129系統 の遺伝子背景が必要である(Miyazaki et al. 2014)。
そこで、Mc4rとSTTの形成に対しての仮説を立てた。
自発的精巣性テラトーマの原因遺伝子であると考えられていたDnd1(Ter)は細胞周期 抑制因子のmRNAと結合する事でマイクロRNAによる分解を抑制し細胞周期をG0期で停止 させる事が報告されている(Cook et al. 2011; Zhu et al. 2011)がTer変異はナンセ ンス変異のため細胞周期がG0期で停止する事が出来ず、細胞分裂が進行する事でアポ トーシスによって生殖細胞が減少すると考えられている。しかし、Mc4rにGly 25 Ser のSNPによりMC4Rを介したアポトーシスから逃れたPGCsがテラトーマに分化してしまう のではないかと考えられる。
そこでこの仮説を検証するためMc4rに対し、CRISPR/Cas9によりゲノム編集を行いそ の胎仔精巣移植実験によりETT形成の有無を判定する事で原因遺伝子であるか検証を行 う事にした。近年新たに報告されたエレクトロポレーションによる遺伝子導入法
(TAKE法)(Hashimoto and Takemoto 2015; Kaneko et al. 2014)により従来の受精卵 にインジェクションする方法に比べ、簡単にゲノム編集が行えるようになった。そこ で、ett1の候補遺伝子Mc4rに対し、CRISPR/Cas9のgRNAとssODNを設計しLT系統への129 系統型(Gly 25 Ser)SNPのノックインを試みた。その結果、Mc4rに様々な変異を持っ たマウスを得ることが出来た(図19)。移植した胚数に比べ、得られた産仔の数が少
ないが(11.82 %)、得られた産仔のほとんど(76.92 %)で塩基の挿入欠損によるア ミノ酸の置換や早期ストップコドン獲得などの変異が起きていた。
Mc4rがett1の原因遺伝子であるか検証するため、LT x LT-Mc4rΔ26の交配により得ら れた産仔をLT系統成体精巣に移植したところ外胚葉由来のケラチンパールが形成され た。さらに、野生型胎仔精巣を移植し切片を作成したものは、胎仔精巣由来の精細管 がそれぞれ密に接着した組織像になっているが、変異型精巣の胎仔精巣を移植したも のは胎仔精巣由来の精細管は比較的バラバラに散らばっていたがそこに何か別の組織 が形成されているかわからなかった(図22 A, B)。今後は移植後もう少し日数を置い て解剖し他の組織が形成されるか検証する必要がある。しかしまだ1例のみの結果では あるが胎仔精巣の移植によって外胚葉性のケラチンパールが形成されたことにより、
Mc4rがett1遺伝子である可能性が強く示唆される結果となった。今後はさらに目的の LT-Mc4rG25Sの移植実験を進めるとともに、LT-Mc4rΔ26、LT-Mc4r+2、LT-Mc4rΔ27の移植実 験も進めMc4rがett1遺伝子であることの検証を進める。
また、作出したノックインマウスをLT—Terコンジェニック系統へ交配導入することで Mc4rとの二重変異体をさ作出し、STTが形成されるか検証を行う必要がある。
さらに、129/Sv-+/Ter(+/Ter) のマウスにMc4rの野生型配列のノックインマウスの 作出を目指した。このノックインマウスがSTTを形成しないならば、Mc4rが自発的精巣 性テラトーマ形成の原因遺伝子であることも証明できる。
何回かこのマウスを用いエレクトロポレーションを行ったが、全ての胚が死滅してし まい胚移植を行うことが出来なかった。今後は、129系統はTAKE法による導入をやめ、
マイクロインジェクションによる導入を行っていく必要がある。
今回作出した二重変異体LT-Ter/ett1系統のホモ個体では外胚葉性の組織像しか観 察できなかった。このLT-ett1系統とLT-Ter/ett1系統のett1領域近傍はゲノムッピ ングの結果から同じ領域がLT系統へ組換わっていると考えられるが、一方は3胚葉性 の組織が混在する腫瘍ができ、もう一方は外胚葉性の組織しか形成されない。STT形 成には他の遺伝子も関与している可能性が考えられる。今後は二重変異体LT- Ter/ett1胎仔精巣を分化多能性のマーカーであるNANOGやSOX2を用いて免疫染色を 行い、テラトーマの起源が分化多能性を維持しているか検証する必要がある。
本研究では二重変異体の作出やゲノム編集マウスを用いた胎仔精巣の移植実験によ り、Mc4rが自発的精巣性テラトーマ、実験的精巣性テラトーマ形成の原因遺伝子であ る可能性が強く示唆された。このテラトーマ形成の原因遺伝子を同定することによ
り、ES細胞やiPS細胞などの分化多能性細胞の培養・移植においてテラトーマ化の防 止策に新しい知見をもたらすことが期待される。
5.結論
本研究で実験的精巣性テラトーマ形成の原因遺伝子候補が存在するゲノム領域
“experimental testicular teratoma 1, 2, 3(ett1, ett2, ett3)をそれぞれ18番 染色体、3番染色体、7番染色体に同定し、ett1領域にはMc4r、ett2領域には
Polr3c、Cd160、Pdzk1の3遺伝子、ett3領域にはPrmt3に129系統特異的なSNPsが 存在していることが明らかとなった。このett1領域をLT系統へ交配導入したLT—
ett1コンジェニク系統の胎仔精巣移植実験を行った結果、ETTを形成しett1領域には ETT形成の原因遺伝子が存在していることが明らかとなった。さらに、自発的精巣性 テラトーマの原因遺伝子であるとあると考えられていたTer変異とett1の二重変異体 を作出したところ、成体精巣内にテラトーマ様の組織を形成した。
ett1候補遺伝子Mc4rがテラトー形成の原因遺伝子であるか検証を行う為、ゲノム編 集マウスを作出した。ゲノム編集マウスを用いた胎仔精巣の移植実験により、外胚葉 性の組織が形成されたことによりMc4rが実験的精巣性テラトーマ形成の原因遺伝子で ある可能性が強く示唆された。
6.図表
図 1. 129系統に形成される自発的精巣性テラトーマ(STT)と正常精巣 Bo; 骨組織, Bm;骨髄, Ca;軟骨組織, B;脳組織, Se;分泌上皮, Nt;神経管
図 2. 胎仔精巣移植による実験的テラトーマ(ETT)
129系統のE12.5胎仔精巣を移植するとETTが形成される。
Ca: 軟骨、Nt: 神経管、Se: 分泌上皮、Bo: 骨組織、St: 精細管
図 3. SSLP型判定および連鎖解析の模式図
F1[129/Sv-+/Ter(+/+) x LTXBJ] x F1[129/Sv-+/Ter(+/+) x LTXBJ]で得られるF2 胎仔(E12.5)精巣をF1[129/Sv-+/Ter(+/+) x LTXBJ]へ移植。移植後解剖しテラ トーマ形成の有無を判定する。移植時に採取した組織からゲノムDNAを抽出しマイ クロサテライトマーカーで遺伝子型判定。
marker cM marker cM marker cM
Chr 1 Chr 8 Chr 18
D1Mit211 10.59 D8Mit155 2.14 D18Mit64 2
D1Mit123 17.67 D8mit224 19.38 D18Mit84 16
D1Mit215 39.91 D8Mit248 44.99 D18Mit17 20
D1Mit501 64.93 D8Mit93 74.69 D18Mit163 20
D1Mit362 94.35 Chr 9 D18Mit235 21
Chr 2 D9Mit218 2.46 D18Mit58 24
D2Mit7 24.26 D9Mit224 19.38 D18Mit24 25
D2Mit44 55.14 D9Mit279 68.87 D18Mit55 25
D2Mit285 75.41 Chr 10 D18Mit152 37
Chr 3 D10Mit28 3.04 D18Mit40 37
D3Mit130 2.55 D10Mit3 16.53 D18Mit81 41
D3Mit274 22.35 D10Mit230 45.28 D18Mit184 41
D3Mit22 32.25 D10Mit162 55.73 D18Mit9 42
D3Mit137 34.91 D10Mit101 64.65 D18Mit33 44
D3Mit40 38.19 Chr 11 D18Mit103 44
D3Mit101 41.93 D11Mit71 4.7 D18Mit186 45
D3Mit100 42.03 D11Mit62 5.78 D18Mit49 49
D3Mit213 42.66 D11Mit242 39.47 D18Mit4 57
D3Mit10 43.03 D11Mit4 41.87 Chr19
D3Mit44 72.43 D11Mit179 54.6 D19Mit59 0.5
Chr 4 D11Mit184 75.93 D19Mit79 6
D4Mit235 3.57 Chr 12 D19Mit16 15
D4Mit214 24.16 D12Mit270 13.69 D19Mit132 21.9
D4Mit15 43.16 D12Mit54 22.76 D19Mit39 24
D4Mit42 82.64 D12Mit52 34.06 D19Mit119 27.5
Chr 5 D12Mit20 62.1 D19Mit11 41
D5Mit386 13.23 Chr 13 D19Mit70 51
D5Mit197 32.92 D13Mit117 16.81 D19Mit123 51
D5Mit259 44.2 D13Mit253 32.26 D19Mit103 52
D5Mit239 52.23 D13Mit193 47.43 D19Mit34 53
D5Mit102 90 D13Mit76 62.35 D19Mit71 54
Chr 6 Chr 14
D6Mit1 6.68 D14Mit132 6.03
D6Mit123 27.76 D14Mit133 16.8
D6Mit55 53.05 D14Mit66 31.62
D6Mit15 77.7 D14Mit165 56.16
Chr 7 Chr 15
D7Mit306 6.4 D15Mit175 3.96
D7Mit117 17.3 D15Mit5 16.74
D7Mit246 17.4 D15Mit239 37.58
D7Mit81 29.3 D15Mit42 55.72
D7Mit230 31.4 Chr 16
D7Mit145 32.8 D16Mit33 5.37
D7Mit83 32.8 D16Mit211 25.42
D7Mit232 33.1 D16Mit152 48.23
D7Mit213 45.1 Chr 17
D7Mit44 73.16 D17Mit164 2.11
D17Mit185 39.3 D17Mit76 55.48 D17Mit221 59.77
表 1. マッピングに使用したマーカー
図 4. 実験的精巣性テラトーマ形成の原因遺伝子が存在する候補領域
各染色体における連鎖解析の結果を示している。黒丸は解析に用いたマーカーを示 している。各候補領域は白四角、黒四角はTer変異が存在する座位を示している。
直線はp=0.05、点線はp=0.001を示している。
図 5. LT-ett1コンジェニック系統作出
129系統とLT系統の交配で得られる産仔N1をLT系統へ戻し交配を行った。同様 にLT系統への戻し交配を13世代行いLT—ett1コンジェニック系統が作出された。
図 6. LT-ett1コンジェニック系統の胎仔精巣移植によるETT形成
コンジェニック系統の胎仔精巣の移植を行ってもETTの形成が見られた。