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材料と環境 67, 2-8(2018) Ⅱ. 腐食の電気化学測定法の基礎 - 腐食電位 - * 春名匠 関西大学化学生命工学部 II. Fundamental Electrochemical Methods for Corrosion -Corrosion Potential- Takumi Har

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Ⅱ.腐食の電気化学測定法の基礎 -腐食電位-

春名 匠

関西大学 化学生命工学部

II. Fundamental Electrochemical Methods for Corrosion

-Corrosion Potential-

Takumi Haruna

Faculty of Chemistry, Materials, and Bioengineering, Kansai University

責任著者(Corresponding Author) 〒564−8680吹田市山手町3−3−35(3−3−35 Yamate-cho, Suita, 564−8680, Japan)

Email: [email protected]

 This text explained the difference between equilibrium potential and corrosion potential, relation between the change in corrosion potential and the change in corrosion rate, and the features of corrosion potential for corrosion-resistant metals by formation of passive films, on the main basis of the corrosion of iron in the acidic aqueous solution.

 Key words : corrosion potential, equilibrium potential, reference electrode, Tafel’s relationship, Nernst’s equation, corrosion rate, oxidant, diffusion-limiting current density, pitting potential

1.は じ め に

腐食反応は酸化還元反応であり,電子の授受を伴う化 学反応なので,電気化学的に整理・検討することができ る.すなわち,電位や電流を測定することによって,腐 食反応の状態や反応速度を理解することができる.とく に測定したい反応の電位は,その反応が起こる電極と参 照電極との間に設置した電圧計で電位差を測定し,参照 電極に対する値として表現する,測定が簡便な腐食評価 因子である.ただし,腐食の電気化学的な取り扱いが複 雑なのは,多くの場合,酸化反応を担う物質と還元反応 を担う物質が異なるため,それぞれの反応の特徴を理解 し,両反応が協働して進む状況を考慮する必要があるた めである.したがって本講座の冒頭で解説された「平衡 電位」と異なる「腐食電位」の理解が不可欠となる.

本稿では,酸性水溶液中における鉄の腐食をおもな題 材にして,平衡電位と腐食電位の相違点,腐食電位の上 昇・低下と腐食速度の増減との関係,不働態皮膜による 耐食性材料が示す腐食電位の特徴などを概説する.

2.平衡電位と腐食電位 2.1 酸性水溶液中における鉄の腐食

腐食挙動の基礎を理解するために,酸性水溶液中にお ける鉄の腐食挙動を考えてみよう.この状態の模式図を 図1に示す.このとき,鉄の表面から気泡が発生し,鉄

(Fe)が少しずつ溶解して小さくなる.気泡の正体が水素 ガス(水素分子,H2)であることから,この現象を次の化 学反応式で書き表すことができる.

Fe + 2H → Fe2+ + H2 (1)

このときの各元素の酸化数に注目すると,Feは0から

+2に増加していることから 「酸化」 を起こしており,

水素(H)は+1から0に減少していることから,「還元」

を起こしていることがわかる.したがって,金属の腐食 は 「還元剤である金属が酸化する反応(アノード反応)」

であり,腐食が起こるためには 「別の物質(酸化剤)が還 元する反応(カソード反応)」 を伴う必要があることが理 解できる.

以上のことから,(1)式を次の二つの半反応式に分け て表現することができる.

Fe → Fe2+ + 2e(アノード反応) (2)

2H + 2e → H2(カソード反応) (3)

各半反応式はその両辺ですべてが釣り合う必要があるの で,負の電荷を持つ電子(e)を使用して各式の電荷を釣 り合わせる.これらの式から,酸性水溶液中における鉄 の腐食とは,「鉄がFe(固体)からFe2+の状態になって水 溶液中に溶解する過程で鉄中に電子を生成する現象」 と,

「水素イオン(H)がH2に変化する過程で鉄から電子を 消費する現象」 が同時に進行する現象と理解できる.

2.2 電位の発生

前述の腐食が起こるとき,図1に示したように,鉄表 面のFeがFe2+に酸化した部分に電子が生成し,別の表 面でHがH2に還元するときに鉄から電子を受け取るの

図1 酸性水溶液中における鉄の腐食の模式図

(2)

で,「電子はFeが溶出するアノード反応位置からH2が 生成するカソード反応位置に移動した」と考えることが できる.電子の移動の逆方向に電流が流れるので,「電 流がH2生成位置からFe溶出位置に向かって流れた」と も考えられる.電流は電位の高いところから低いところ に向かって流れるので,カソード反応位置の電位はアノ ード反応位置の電位と比較して高いことが理解できる.

逆に,電位差の大小によって腐食の大小をある程度予想 することができることもわかる.

2.3 電位の測定

この電位の高低の発生は次のような方法で確認でき る.白金(鉄,炭素でも可)と鉄を接触しないように酸性 水溶液中に浸漬し,電流計を介して金属同士を短絡させ ると,白金から鉄に向かって電流が流れる.またこの電 流に応じて,(3)式に従って白金表面から水素の気泡が 発生し,(2)式に従って鉄が溶解する.さらに,電流計 を電圧計に交換すると,白金に対して鉄の電位が低い値 を示すことが観測される.ただし,電圧計は電流をほと んど流さないために,水素の気泡の発生や鉄の溶解はほ とんど認められない.

この方法で電圧計から得られる値は,水溶液中におけ るある金属の,別の金属に対する電位(相対値)である.

もし,この状態でアノード反応を起こす金属が示す電位 の絶対値がわかると,その金属の腐食挙動をより正確に 理解できる.そこで通常は,図2に示すように,水溶液 中に被評価金属と「参照電極(照合電極,基準電極とも 呼ばれる)」を浸漬し,参照電極に対する非評価金属の 電位(腐食電位(自然電位とも呼ばれる))を電圧計で測定 することによって求める.参照電極とは,電気化学の基 準となる電位を与える電極であり,以下に示す参照電極 が広範に使用されている.

・ 標準水素電極 (Standard Hydrogen Electrode, SHE):

 2H + 2e ⇄ H2 , ([H] = 1 kmol・m−3,PH2 = 1 atm)

  電気化学としての電位の基準(0 VSHE)を与える.水 素ガスを扱う必要がある.

・ 飽和カロメル電極 (Saturated Calomel Electrode, SCE):  Hg2Cl2 + 2e ⇄ 2Hg + 2Cl , (飽和KCl水溶液を使用)

 0 VSCE = 0.244 VSHE

  簡便に使用することができる.水銀(Hg)を扱う必 要がある.

・ 銀/塩化銀電極 (Silver/Silver chloride Electrode, SSE もしくはAg/AgCl):

 AgCl + e ⇄ Ag + Cl ,

 0 VSSE(飽和KCl水溶液) = 0.199 VSHE,

 0 VSSE(3.3 kmol.m−3 KCl水溶液) = 0.206 VSHE

  簡便に使用することができ,水素ガスも水銀も扱わ ない.

被評価金属の電位を測定する場合には,電圧計の+端 子を被評価金属に,-端子を参照電極に接続することに 注意する必要がある.電位の測定には内部抵抗の大きな

(>108 Ω)電圧計を使用することが望ましい.一方,前 述のいずれの参照電極を使用しても前述の関係からSHE 基準の電位に換算することができる.

2.4 平衡電位

これまでは(2)式に示したFeのアノード反応に注目し ていたが,Fe2+(たとえばFeCl2などを利用)を添加した 水溶液中で鉄に低い電位を与えると,鉄表面でFe2+が Feに還元され,鉄表面に鉄が析出するめっき反応が起 こる.その半反応式を(4)式に示す.

Fe2+ + 2e → Fe (カソード反応) (4)

このように,Fe2+を含む水溶液中に鉄を浸漬すると,

(2)式のアノード反応も,(4)式のカソード反応も起こす ことが可能な状態であるため,やがて(5)式に示す平衡 状態になる.

Fe2+ + 2e ⇄ Fe (平衡反応) (5)

このときの鉄の電位を図2に示した方法で測定すると(5)

式(Fe/Fe2+系)の平衡電位が求められる.鉄以外のほと んどの金属/金属イオン系の平衡電位も同様に求めるこ とができる.とくに1 kmol・m−3の濃度の金属イオンを含 む水溶液中に浸漬させた金属の平衡電位は「標準電極電 位,E0」と呼ばれ,腐食の教科書や電気化学の教科書に は必ずまとめられている.いくつかの金属のE0を表1 に示す.E0の序列は金属のイオン化傾向の序列とほぼ等 しく,電位の低い金属はイオンになりやすい,すなわち 酸化しやすい(もしくは還元しにくい)性質があり,電位 の高い金属はイオンになりにくい,すなわち酸化しにく い(もしくは還元しやすい)性質がある.酸化剤を含む酸 化還元系のE(溶質濃度:1 kmol・m0 −3,気体物質の分圧:

1 atm)も表1に合わせて示した.酸化剤は高いE0を示

すので,酸化剤自体は還元しやすく,相手を酸化しやす

図2 金属の電位を求める実験装置の模式図

表1 主要な金属と酸化剤の標準電極電位E0 / VSHE

(3)

い性質をもつことがわかる.このように,E0はさまざま な酸化還元系の酸化のしやすさや還元のしやすさを数値 化した値なので,注目物質の酸化のしやすさの順番だけ でなくその程度も理解できる.

実際の腐食に関わる溶質の濃度は必ずしも1 kmol・m−3 とは限らず,濃度が変化すると平衡電位も変化する.た とえば,物質A,Bが反応して物質C,Dが生成する還 元反応が次式のような平衡状態になっている場合を考え る.

aA + bB + ne ⇄ cC + dD (6)

そのときの物質A,B,C,Dの濃度をそれぞれ[A],[B],

[C],[D]とすると,この反応の電極電位Eはネルンスト

の式と呼ばれる次式で与えられる.

E = E0 – {RT/(nF)} ln{[C]c[D]d/([A]a[B]b)}

 = E0 – {RT/(nF)} lnK (7)

ここで,E0は(6)式の平衡反応の標準電極電位を,Rは ガス定数(8.314 J・mol−1・K−1)を,Tは絶対温度を,Kは(6)

式の平衡定数を表す.このときのKは(6)式において,

正方向の反応が還元反応で表現された反応式における値 であることに注意する必要がある.

2.5 平衡電位近傍の分極曲線

平衡電位近傍で鉄の電位を人工的に変化させたときに 鉄に流出入する電流の変化の概略を図3に太線で示す.

縦軸に示した「電流密度」とは,測定された電流を反応 面積で除した値である.また,縦軸は電流密度の絶対値 を対数で表記している.Fe2+を含む水溶液に鉄を浸漬す るとやがて鉄は平衡電位を示す.平衡電位では(5)式にお ける左向きのアノード反応(すなわち電子生成反応)と右向 きのカソード反応(すなわち電子消費反応)が等しい速度 で起こっているために,鉄内の電子に過不足が起こらな い.そのために平衡電位で観測される電流密度は0 A・m−2 である.鉄の電位を平衡電位から上昇させると(5)式に 示した平衡状態からアノード反応が促進される.電気化 学では,このときに正符号の電流が流れると規定する.

電位を上昇させると正の電流密度が増加し,やがて図中 で正の傾きをもつ直線を描く.この直線で描かれた電流 の対数と電位の関係は「ターフェルの関係」「ターフェ ルの直線」と呼ばれ,ここでは(5)式における左向きの アノード反応に対する関係を示す.一方,鉄の電位を平 衡電位から低下させると(5)式におけるカソード反応が 促進され,負符号の電流密度が増加し,やがて図中では 負の傾きをもつターフェルの直線を描く.この直線関係

は(5)式における右向きのカソード反応に対する関係を 示す.これら二直線の外挿線は平衡電位で交差し,交点 での電流密度は平衡状態におけるアノード反応速度およ びカソード反応速度を示す,この反応速度は「交換電流 密度,i0」と呼ばれる.

2.6 腐食電位(自然電位,混成電位)

酸性水溶液中における鉄の腐食挙動を始めの題材にし たので,鉄の平衡反応を中心に話を進めたが,水素につ いても同様に理解することができる.HとH2を含む水 溶液中に白金電極を設置したときには,白金表面でH とH2の間で起こる反応が(8)式に示した平衡状態に到達 する.

2H + 2e ⇄ H2(平衡反応) (8)

このときに白金電極が示す電位が(8)式の平衡電位であ り,H濃度とH2分圧が変化すれば,(7)式に示したネ ルンストの式に基づいて平衡電位も変化する.白金電極 の電位を平衡電位より低下させたとき,もしくは上昇さ せたときに得られる電流密度の変化は図3に基づいた Feの挙動と類似しているが,平衡電位やターフェルの 直線の傾きは異なる.

ここで,表1に示した標準電極電位を見ると,Fe/Fe2+

系に関する(5)式の標準電極電位(−0.44 VSHE)はH2/H系 に関する(8)式の標準電極電位(0.0 VSHE)よりも低いことが わかる.標準状態でないときのそれぞれの平衡電位もこ の高低と同じであると仮定して,それぞれの平衡電位近 傍の分極曲線を重ねて図4に示す.各平衡電位近傍のア ノード・カソード分極曲線はターフェルの直線のみ表示 した.電気化学では「複数の酸化剤・還元剤が水溶液に 含まれており,その水溶液に設置された電極が特定の電 位を示したときには,その電位で起こりうるすべての酸 化・還元反応が,その電位で示し得る電流に相当する速 度で反応を起こす」と考える.たとえば,(5)式と(8)式 に示した両平衡反応が成立するような水溶液,すなわち Fe2+,H,H2が含まれる酸性水溶液を準備して,その 水溶液に浸漬した鉄の電位をFe/Fe2+系の平衡電位に設 定すると,鉄表面では

Fe → Fe2+ + 2e (2)

Fe2+ + 2e → Fe (4)

H2 → 2H + 2e (9)

2H + 2e → H2 (3)

の各反応が,図4に描いたそれぞれのターフェルの直線

図3 平衡電位近傍の分極曲線の概略図 図4 酸性水溶液中における鉄の分極曲線と腐食電位

(4)

(もしくはその外挿線)上における設定電位での電流密度 で起こる.また,この電流の総和が,鉄に接続された電 流計で測定される電流となり,図4でわかるように(3)

式に示すHのカソード反応電流が極めて大きな値を示 すので,電流計にはほぼこのカソード電流が示されるこ とになる.同様に,鉄の電位をH2/Hの平衡電位に設定 すると,(2)(3)(4)(9)式で示される各反応の設定電位に 対する電流密度の総和(そのほとんどが(2)式のアノード 電流)が電流計で計測される.

始めにも述べたように,酸性水溶液中における鉄の腐 食では,(2)式に示したFeのアノード反応で生成した電 子を(3)式に示したHのカソード反応で過不足なく消費 する反応が起こる.この状態では鉄表面での電子の生成 速度と消費速度は等しく,鉄に接続した電流計には電流 が流れない.この状態は図4に示した分極曲線における

(2)式のアノード反応に関するターフェルの直線と(3)式 のカソード反応に関するターフェルの直線の交点(主要 なアノード電流とカソード電流が等しい状態)で表すこ とができる.この交点の状態は,前述した平衡状態にお けるアノード・カソード両反応に関するターフェルの直 線の交点(図3参照)の状態と類似している.しかし,こ の状態では鉄は腐食し続け,水素の気泡が発生し続ける ので平衡状態ではない.したがって,この交点における 電位は「腐食電位」または「自然電位」と呼ばれ,平衡 電位とは区別される.また,この電位は異なる二組の電 気化学反応(アノード反応とカソード反応)によって導か れるので,「混成電位」とも呼ばれる.一方,この交点 における電流密度は,酸性水溶液中に浸漬した鉄が(2)

式に従って自発的にアノード溶解する速度を表すので

「腐食速度」と呼ばれる.著しく腐食する金属材料の腐食 速度は,水溶液中に浸漬する前と浸漬した後の母材の質 量を測定し,浸漬時間で除することによって得られる.し かし,耐食性金属材料では腐食による質量変化をほとん ど測定できないので,準備が整えば数時間で測定可能な 電気化学的方法を用いて図4に示すアノード・カソード 分極曲線を測定し,各ターフェルの直線を外挿した交点 を求めることによりその腐食速度を算出する場合がある.

2.7 腐食電位の変化に対する理解

腐食電位の定義を電気化学的側面から説明したが,そ の値を得るには,図2ですでに説明したように,水溶液 中に被評価金属と参照電極を浸漬し,参照電極に対する 被測定金属の電位を電圧計で測定すればよい.腐食電位 の高低で腐食の状態を推定することができるが,次に説 明するように注意が必要である.

酸性の強さの異なる水溶液に鉄を浸漬した場合の腐食 挙動を図(a)に基づいて説明する.前述したように,こ5 の場合の腐食は(2)式に示したFeのアノード反応による 電子の生成速度と(3)式に示したHのカソード反応によ る電子の消費速度が等しい状態で起こる.「酸性が強い」

とは「H濃度が大きい」こと,すなわち「(3)式の反応物 濃度が大きい」ことを意味するので,(3)式の反応速度が 大きくなり,図5(a)のカソード反応に関するターフェル の直線が電流密度の増加方向に平行移動する.一方,(2)

式のアノード反応にはHに関する項がないので,酸性が 強い水溶液中においてもFeのアノード反応速度が変化し

ないとすると,図(a)に示したように,水溶液の酸性度5 を上昇させた場合には,鉄の腐食電位は上昇し,腐食速 度は増加する(3)式の反応物であるHは酸化剤なので,

腐食電位がアノード・カソード反応のターフェルの直線 の交点で与えられる場合には,水溶液中における酸化剤 の濃度が増加すると,金属の腐食電位は上昇し,腐食速 度は増加する.

次に,同じ酸性水溶液に鉄より耐食性の良い金属を浸 漬した場合の腐食挙動を図5(b)に基づいて説明する.

鉄より「耐食性が良い金属」とは,たとえば鉄のアノー ド電位と同じ電位を印加したときのアノード電流密度が 鉄のアノード電流密度より小さな金属であり,その金属 が活性にアノード溶解を起こす場合には,ターフェルの 直線が電流密度の減少方向に移動する.一方,(3)式の カソード反応には金属に関する項がないので,金属の種 類が異なってもその表面で起こるHのカソード反応速度 は変化しない(厳密にはH2/H平衡反応時の交換電流密 度が金属の種類によって変化するために変化する3).し たがって,図5(b)に示したように,腐食電位がアノード・

カソード反応のターフェルの直線の交点で与えられる場 合,耐食性が良い金属の腐食電位は鉄より高くなるが,

腐食速度は小さくなる.

2.8 溶存酸素を含む中性水溶液中における鉄の腐食 電位

これまでは酸性水溶液中における鉄の腐食を題材にし て腐食電位を説明したが,溶存酸素を含む中性水溶液中 における鉄の腐食も重要なので,そのときの腐食電位に ついて説明する.この場合のアノード・カソード両反応 は次式で示され,これらの反応に起因する電子の生成速 度と消費速度がほぼ同値になるように腐食が進行する.

Fe → Fe2+ + 2e (2)

O2 + 2H2O + 4e → 4OH (10)

†  厳密には,Feのアノード反応の素反応にはOHが含まれており,H濃度 10倍になるとアノード電流密度は1/10倍になる.一方,Hのカソー ド反応速度はH濃度が10倍になると10倍になる.一方,ターフェル直 線の傾き(電流密度を10倍にするために必要な過電圧で表現する)は,Fe のアノード反応で40 mV,Hのカソード反応で120 mVである.これら のことがすべて満たされながら,H濃度が増加すると腐食電位は上昇し Feの腐食速度が増加する1)2)

図5 腐食電位と腐食速度の対応関係

(a)酸化剤濃度が増加した場合

(b)少し耐食性の高い金属を浸漬した場合

(5)

における拡散律速の領域で交点をもった場合には,腐食 電位は鉄よりも上昇するが,腐食速度は鉄と同じ値であ る約0.2 A・m−2になり,図5(b)で説明した挙動と異なる.

一方,金属がO2のカソード分極曲線におけるターフェ ルの直線部分で交点をもつほど小さいアノード電流密度 を示す分極曲線を示す場合には,腐食電位は鉄よりも上 昇し,腐食速度も減少するので,図5(b)で説明した挙 動と同じになる.

酸化剤には,前述したHとO2だけでなく,硝酸イオ ン(NO3亜硝酸イオン(NO2クロム酸イオン(CrO42− ニクロム酸イオン(Cr2O72−,過酸化水素(H2O2)など様々 な物質がある.これらが水溶液に混入した場合には,カ ソード反応を促進することにより腐食を促進する可能性 が高い.

ある水溶液中において経時的に計測していた金属の腐 食電位が上昇した場合には,①酸化剤が混入してカソー ド反応を促進したために腐食速度が増加した可能性があ ること,②皮膜の生成などで金属の耐食性が向上し,ア ノード反応を抑制したが,拡散律速のカソード反応によ って腐食しているために腐食速度に変化が認められない 可能性があること,③皮膜の生成などで金属の耐食性が 向上し,アノード反応を抑制したために腐食速度が減少 した可能性があることのいずれかを判断する必要があ る.

2.9 耐食性金属材料の腐食電位

ステンレス鋼やTi合金などを大気に接触した中性水溶 液中に浸漬すると極めて薄く緻密な不働態皮膜が表面に形 成することで優れた耐食性を示す.たとえば,同水溶液に 浸漬したステンレス鋼の腐食電位の経時変化を模式的に示 した図を図(a)に示す.ステンレス鋼を研磨した直後に同7 水溶液に浸漬したときには比較的低い腐食電位を示すが,

浸漬時間の経過とともに不働態皮膜が形成・成長・緻密化 するとともにアノード反応速度が減少するために腐食電位 が上昇し,やがて定常値を示す.ステンレス鋼ならびにTi の腐食電位の定常値を図8に示す5).同水溶液(pH≒7)

中における炭素鋼の腐食電位は約−300 mVSHEであるが,

ステンレス鋼ならびにTiの腐食電位は約250 mVSHEと非 常に高く,材料間の腐食電位に大きな差は認められない.

また,このときの腐食電位はpHの増加とともに直線的に 低下し,その傾きは約60 mVである.

大気に接触した中性水溶液中に浸漬したステンレス鋼

(2)式ならびに(10)式に対する標準電極電位は,表1に 示したように,それぞれ−0.44 VSHEならびに1.23 VSHEと 大きく異なる.(2)式に示したFeのアノード反応と(10)

式に示したO2のカソード反応に関する分極曲線の概略 図を図6に点線で示し,実測される分極曲線を実線で示 す.この図に示したように,O2のカソード反応に関す るターフェルの直線はかなり高い電位で観測される.ま た,O2のカソード分極曲線がFeのアノード分極曲線と の間に交点をもつ位置は,O2のカソード分極曲線上で 電位に依存せずに電流密度が一定値を示す位置である.

後者の電位領域では,電極表面に接触しているO2が瞬 時に還元して消失するために,沖合からのO2の拡散速 度がO2のカソード反応速度を決定する,いわゆるO2の 拡散律速状態になっている.拡散律速に支配された電流 密度(反応速度)は「拡散限界電流密度」と呼ばれる.定 常拡散状態におけるO2の流束JO2(mol・m−2.s−1)はフィッ クの第一法則に従い,次式で表される.

JO2 = DO2 C0O2 / δ (11)

ここで,DO2はO2の拡散係数,C0O2は沖合のO2濃度,δ は拡散層厚さを示す.1 molのO2が拡散によって沖合か ら電極表面に供給されると,(10)式より4 molの電子と 反応して還元反応を起こすので,(11)式で得られたO2の 定常流束JO2によって得られる拡散限界電流ilimO2(A・m−2) は次式によって算出される.

ilimO2 = 4 F JO2 = 4 F DO2 C0O2 / δ (12)

大気に接触している静止した淡水や海水には約8 mass ppmの溶存酸素が含まれており,その水溶液に浸漬され た炭素鋼の腐食速度はilimO2と同値である約0.2 A・m−2と 実測されている.また,この値を鉄の減肉速度に換算す ると約0.2 mm・y−1となる.

中性水溶液中に含まれる溶存酸素を増加させると,

(10)式が平衡状態である場合の平衡電位が(7)式に従っ て上昇し,ターフェルの直線が高電流密度側に移動する ことに加えて,拡散限界電流密度も(12)式に従って増加 する.その水溶液に鉄を浸漬すると,FeおよびO2の分 極曲線の交点で示される腐食電位は溶存酸素を増加させ る前よりも高くなり,そのときの腐食速度は大きくなる.

このことは,図5(a)で説明した,酸化剤の濃度を変化さ せたときの腐食電位ならびに腐食速度の変化と同じであ る.一方,酸性水溶液中において鉄よりも耐食性の良い 金属を大気に接触している中性水溶液中に浸漬すると,

その金属のアノード分極曲線がO2のカソード分極曲線

図6  溶存酸素を含む中性水溶液中における鉄の分極曲線の概

略図 図7  大気に接触した中性水溶液中に浸漬したステンレス鋼の

腐食電位の経時変化の模式図

(6)

やTi合金などは高い腐食電位を示すが,その水溶液の pHがある値以下に低下すると,これらの金属の表面に 形成した不働態皮膜が消失し,金属全面が活性に(すな わち大きな速度で)アノード溶解を起こすために腐食電 位が急激に低下する.ここで認められる腐食電位が急激 に 低 下 し た と き の 水 溶 液 のpHは「 脱 不 働 態 化pH,

pHd」と呼ばれ,Al合金では約4,Niでは約6,Tiでは

約1,炭素鋼では9~10であり6),ステンレス鋼では組

成に応じて次式6)7)で与えられる.

pHd = 5.0-0.13 [Cr]eq (13)

 [Cr]eq = Cr%+3Mo%(Cr−Mo鋼)

 [Cr]eq = Cr%+2Mo%+0.5Ni%(Cr−Mo−Ni鋼)

不働態皮膜による耐食性金属材料を塩化物イオンが含 まれる水溶液中に浸漬すると,不働態皮膜が局部的に破 壊され,その部分を中心に母材が局部的に急速に腐食す る「局部腐食」を起こすことがある.局部腐食はその腐 食形態により孔食,隙間腐食,粒界腐食,応力腐食割れ などに分類され,各局部腐食に対して多くの場合に発生 下限界電位が存在する.また,その電位は塩化物イオン 濃度の増加とともに低下することが知られている.たと えば,孔食の発生下限界電位は「孔食電位」と呼ばれ,

0.1~5 kmol・m−3のClを含む水溶液(25℃)中における SUS304ステンレス鋼の孔食電位EPit(VSHE)はCl濃度 [Cl] (kmol・m−3)の関数として次式8)で表されている.

EPit = −0.22 log [Cl] + 0.48 (14)

大気に接触した塩化物イオンを含む中性水溶液に研磨し た直後のステンレス鋼を浸漬した場合における腐食電位 の経時変化の模式図を図7(b)に示す.浸漬初期の腐食 電位は比較的低い値を示すが,浸漬時間の経過とともに 不働態皮膜が形成・成長・緻密化するために腐食電位が 上昇する.ところが,塩化物イオン濃度に対応した孔食 電位が前述した腐食電位の定常値よりも低い場合には,

腐食電位が孔食電位に到達したときに孔食が発生し,局 部的に非常に大きな速度でアノード溶解を起こすために 腐食電位が急激に低下する.孔食にはその成長がすぐに 停止する場合(この孔食は「非成長性孔食(もしくは準安 定型孔食,Meta−stable pit)」と呼ばれる)があり,その ときには孔食内が再度不働態化するために腐食電位は上

昇し始め,孔食電位に到達すると孔食が発生する.この 孔食の発生・成長停止の繰り返しのために腐食電位の上 昇・低下の繰り返しが観測される場合がある.一方,発 生した孔食が成長し続ける場合(この孔食は「成長性孔 食(もしくは安定型孔食,Stable pit)」と呼ばれる)には,

孔食発生によって低下した腐食電位が低い電位で定常値 を示す.図7(b)に示した腐食電位の経時変化は多くの 局部腐食(とくに孔食9)と応力腐食割れ10))に認められる.

不働態皮膜による耐食性金属材料に対して前述のよう な腐食電位の経時変化を測定することによって,局部腐 食の発生を検知することは可能である.しかし,材料条 件や環境条件によっては孔食電位が非常に低く,その値 よりも浸漬初期の腐食電位のほうが高い場合がある.浸 漬直後に成長性孔食が発生した場合には,腐食電位は浸 漬直後から低い定常値を示す.この状態で腐食電位を測 定し続けていても腐食電位の急激な低下は観測されない が,「腐食電位の急激な低下が観測されないから孔食が 発生していない」と判断することは危険であることに注 意をすべきである.

4.ま

最後に,これまで説明した「腐食電位」に関する事項 で重要な点を以下にまとめる.

・ 平衡電位とは,一つの半反応式で与えられる反応が 平衡状態に到達した場合の電位であり,腐食電位と は,アノード反応における電子生成速度の総和とカ ソード反応における電子消費速度の総和が等しくな る電位である.

・ 金属がターフェルの直線関係を満たしながら活性に アノード溶解する条件で腐食する場合,酸化剤の濃 度が上昇すると,カソード反応速度が増加するので,

腐食電位が上昇するとともに腐食速度が増加する.

・ 酸化剤がターフェルの直線関係を満たしながらカソー ド反応を起こす条件で腐食する場合,金属の耐食性 が上昇すると,腐食電位が上昇するとともに腐食速 度が減少する.

・‌‌酸化剤が拡散律速状態でカソード反応を起こす条件 で腐食する場合,金属の耐食性が上昇すると,腐食 電位が上昇するが,腐食速度は変化しない.

・‌‌酸化剤として酸性水溶液中のHと中性水溶液中の O2に対する注意は頻繁に行われるが,それ以外の酸 化剤の水溶液への混入にも注意をする必要がある.

・‌‌不働態皮膜による耐食性金属材料は大気に接触した 中性水溶液中で高い腐食電位を示す.一方,その水 溶液に塩化物イオンが混入している場合には,腐食 電位が局部腐食発生下限界電位に到達したときに局 部腐食が起こり,腐食電位が急激に低下する.

参 考 文 献

1) J. O'M. Bockris, D. Drazic, and A. R. Despic, Electrochim.

Acta, 4, pp.325-361 (1961).

2) K. E. Heusler, Z. Electrochem., 62, p.582 (1958).

3) JSCE, Corrosion Handbook (Jpn.), Maruzen, V-2-4 (2001). 4) S. Sakashita, T. Nakayama, and N. Ibaraki, Zairyo-to-

Kankyo, 48, pp.514-519 (1999).

5)Introduction to Materials Ecology (Jpn.), JSCE, Maruzen, p.33 (1993).

図8  大気に接触した中性水溶液中に浸漬したステンレス鋼お

よびチタンの定常腐食電位5)

(7)

要   旨

 酸性水溶液中における鉄の腐食をおもな題材にして,平衡電位と腐食電位の相違点,腐食電位の上昇・

低下と腐食速度の増減との関係,不働態皮膜による耐食性材料が示す腐食電位の特徴などを概説した.

 キーワード  腐食電位,平衡電位,参照電極,ターフェルの関係,ネルンストの式,腐食速度,酸化 剤,拡散限界電流密度,孔食電位

10) H. Inoue, K. Yamakawa, and N. Fukuda, J. Soc. Mater. Sci.

Jpn., 43, pp.1400-1404 (1994).

(2017年10月23日受理)

6) JSCE, Corrosion Handbook (Jpn.), Maruzen, II-2-10 (2001). 7) M. Onoyama, M. Tsuji, and K. Shitani, Boshoku-Gijutsu

(presently Zairyo-to-Kankyo), 28, pp.532-539 (1980). 8) K. Shiobara and S. Morioka, J. Jpn. Inst. Met., 36, pp.385-

392 (1972).

9) N. Sato, Denkyoku Kagaku (Ge), Nittetsu Gijutsu Joho Center, p.418 (1994).

参照

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