高分解能型ICP-MSによる鉄鋼中微量イオウ分析法の開発
古賀弘毅*1
Development of Analytical Method using HR-ICP-MS of Trace Sulfur in Iron and Steel
Hiroki Koga
高分解能型誘導結合プラズマ質量分析装置(HR-ICP-MS)を用いて,鉄鋼中イオウをng・g オーダーで高感度に分-1 析する手法を検討した。鉄鋼試料を酸分解してイオウを硫酸イオンに変換した後,これを活性アルミナカラムで分 離濃縮し、HR-ICP-MSで Sを測定した。この方法によりイオウ含有量mg・g オーダーの鉄鋼認証物質を分析した結32 -1
, 。 , ,
果 認証値と良好に一致した また 空試験値の3倍(3σ)から算出した本分析方法の定量下限はS=80ng・g であり-1 ng・g オーダーの分析に有効であることがわかった。-1
1 はじめに
近年、金属材料の特性が、含まれる微量不純物元素 の存在によって大きく影響を受けることが明らかとな ってきた。鉄鋼材料の分野においてもクリーンスティ ール化が進み,不純物成分をmg・g オーダーで管理し-1 ているものも珍しくない。こうした中で、鉄鋼材料中 のイオウは熱間脆性を引き起こす元素として快削鋼な どの一部の材料を除いて,一般に低い含有量に管理さ れている。特にステンレス鋼や耐熱合金などでは,そ の含有量がmg・g オーダーに達しており,今後さらに-1 低減されることが考えられる。
鉄鋼中イオウ分析は,一般に燃焼赤外線吸収法1)が 用いられている。この分析法は迅速性に優れる長所を 持つが,感度が不十分なためmg・g レベル以下の微量-1 イオウ分析には適用困難である。また、JISでは硫化 水素気化分離メチレンブルー吸光光度法2)も採用され ているが,この方法もmg・g レベル以下の濃度範囲で-1 は感度が不十分であり,また,操作が煩雑であること から一般的ではない。
本研究では,ng・g レベルのイオウ分析法の確立を-1 目的として,鉄鋼試料を酸分解してイオウを硫酸イオ
, ,
ンに変換後 これを活性アルミナカラムで分離濃縮し 少量の希アンモニア溶液で溶離した後、HR-ICP-MSで Sを測定する新規なイオウ分析方法について検討を行
32
った。
2 実験方法 2-1 試薬
鉄標準溶液は東邦亜鉛製電解鉄マイロンHPを10g秤 量し,塩酸50ml、硝酸50ml及び純水50mlの混酸で溶解 し,過塩素酸200mlを加えて白煙を生ずるまで加熱蒸 発させた後,全容250mlとした。さらにこれを活性ア ルミナカラムに通じて脱イオウ処理したものを使用し た。イオウ標準液(10000mg・ml )は硫酸カリウム(関-1 東化学製 特級)を純水に溶解して調製し,必要に応 じて適宜希釈して用いた。塩酸,硝酸及び過塩素酸は 精密分析用試薬(関東化学製 ,アンモニア水は有害) 金属測定用試薬(関東化学製 ,活性アルミナは中性)
( ) 。
品 150mesh以下;Aldrich Chemical社製 を用いた また,鉄鋼標準試料には(社)日本鉄鋼連盟の鉄鋼認 証標準物質JSS003-4(高純度鉄 ,JSS244-6(イオウ) 定量専用鋼 ,及び米国NISTの鉄鋼認証標準物質2168)
(高純度鉄)を用いた。
2-2 装置
HR-ICP-MSには,Thermo Electron社製のFinnigan ELEMENT2型を用いた。測定時における装置条件を表-1 に示す。通常,四重極型ICP-MSでは Sのマススペク32 トルは O Oの影響を受けて分析不能であるが,HR-IC16 16 P-MSでは図-1に示すとおり,質量分解能を4000に高め ることで両者のマススペクトルを完全に分離すること が可能である。
なお,クロマト分離操作で使用する送液ポンプには WATOSON-MALLOW社製のチュービングポンプWM-205S型 を用いた。
*1 機械電子研究所
表-1 装置条件
図-1 質量分析の手法の違いによる Sと妨害スペクト32 ルの分離状況(二重収束型では分解能:4000)
2-3 実験操作
一般にICP-MSの分析では,様々な理由から試料溶液 の塩濃度を低く抑えることが求められる。このためIC P-MSを用いた材料分析では,試料溶液を大幅に希釈す るか,もしくは目的成分をマトリックスから分離抽出 することが必要となる。しかし,微量成分の分析では 希釈操作は感度低下の観点から避けるべきであり,む しろ目的成分の分離抽出操作による濃縮が有効と考え
Instrument Finnigan ELEMENT2 ( Thermo Electron ) Resolution 4000 RF Power/W 1318(Hot)
Cool Gas/L・min
-116.90 Auxiliary Gas/L・min
-10.89 Sample Gas/L・min
-10.903 High Vaccum/mbar 1.65×10
-7られる。
本研究では活性アルミナミニカラムを用いたイオウ 成分の分離濃縮を利用した分析法を中心に検討した。
クロマト分離操作の諸条件を求める実験には,所定 のイオウ濃度となるようにイオウ標準液を添加した模 擬試料溶液を用いた。模擬試料溶液にはマトリックス として鉄を含むものと含まないものを全容50mlで作製 した。鉄を含むものについては鉄として1g添加し,か つ3.6mol・l の過塩素酸溶液となるように調製した。-1 鉄鋼試料の分解操作を図-2に示す。JIS法3 )の酸分 解法を参考に,塩酸及び硝酸による酸分解の後,過塩 素酸白煙処理によりイオウ成分を硫酸イオンに変換し た。分解液は純水で希釈し,最終的に3.6mol・l の過-1 塩素酸溶液として全容50mlとした。
活性アルミナによるクロマト分離操作の概要を図-3 に示す。活性アルミナは適当な酸処理によりH型にす ることで硫酸イオンを吸着し,希アンモニア水で溶離 することが知られている3)−5)。今回は内径2mmのポリ プロピレン管に0.1mlの活性アルミナを充填しミニカ ラムを作製した。概要を図-4に示す。
クロマト分離操作を簡便にするためにミニカラムを 送液ポンプに接続し,流速2.5ml・min で通液した。シ-1 ステムの概要を図-5に示す。クロマト分離後は0.75mo l・l のNH OH 15mlで硫酸イオンを溶離した。これを全-1 4
容50mlに調製し試料溶液とした。検量線用標準溶液は イオウ標準液を適当に希釈して作製した。これらの溶 液はいずれもNH OHとして0.25mol・l ,かつHNO として4 -1 3
1.2 mol・l となるように調製した。-1
図-2 試料分解操作 図-3 活性アルミナカラムを用いたSO の抽出分離操作42-
Sample、1g
6M HCl 10ml, 7M HNO
310ml Dissolution
9M HClO
420ml Heating to fume
Cooling
Dissolution of salt
H
2O, 10ml
50ml
H
2O Sample、1g
6M HCl 10ml, 7M HNO
310ml Dissolution
9M HClO
420ml Heating to fume
Cooling
Dissolution of salt
H
2O, 10ml
50ml
H
2O
Column treatment
Extraction of SO
42-Elution of SO
42-0.6M HCl 10ml
Sample solution 0.6M HCl 10ml ×2 H
2O 10ml ×2
0.74M NH
4OH 10ml 0.74M NH
4OH 5ml H
2O 5ml
50ml Column treatment
Extraction of SO
42-Elution of SO
42-0.6M HCl 10ml
Sample solution 0.6M HCl 10ml ×2 H
2O 10ml ×2
0.74M NH
4OH 10ml 0.74M NH
4OH 5ml H
2O 5ml
50ml
図-4 活性アルミナミニカラム 図-5 SO の抽出分離システムの概略図42-
3 結果と考察 3-1 検量線の作成
イオウ濃度を0〜500ng・ml に調整した標準溶液を-1
。 HR-ICP-MSにより分析し作成した検量線を図-6に示す イオウ濃度と測定強度の関係に良好な直線性が得られ たことからHR-ICP-MSを用いた質量分析法により溶液 中のイオウが定量できることがわかった。
図-6 標準溶液により作成した検量線
3-2 活性アルミナミニカラムによるSO の抽出分離
42-溶液中のイオウ濃度として5〜500 ng・ml に調製し-1 た模擬試料溶液を作製し,活性アルミナミニカラムに よ る 硫 酸 イ オ ン の 抽 出 分 離 の 定 量 性 に つ いて検 討 し た。模擬試料溶液をクロマト操作したものについて定 量し回収率を求めた結果を表-2に示す。全ての濃度で 100%程度の回収率を得ることができた。
表-2 SO の抽出分離操作による回収率42-
S / ng・ml
-1Found / ng・ml
-1Recovery / %
10 9.4 94.0
50 48.8 97.6
100 101.7 101.7
500 518.3 103.7
y = 1566.4x + 51747 R
2= 0.9999
0.E+00 2.E+05 4.E+05 6.E+05 8.E+05 1.E+06
0 200 400 600
S in sol / ppb
Int .
模擬試料溶液を抽出分離操作した後,その回収液中 のイオウを分析した際の設定濃度と測定強度の関係を 図-7に示す。ここで得られた検量線の傾きとy切片が 図-6で示した検量線のものとほぼ等しいことから、鉄 マトリックスの有無にかかわらず本法により定量的に 硫酸イオンが分離抽出でき、しかも抽出分離行程にお けるコンタミネーションがほとんどないことがわかっ た。
図-7 模擬試料溶液の抽出分離操作後回収液中のイオ ウを分析した時のイオウ設定濃度と測定強度の関係
3-3 実試料の分析
本 法 を 実 際 の 鉄 鋼 試 料 に 適 用 し た 。 分 析試料 に は
(社)日本鉄鋼連盟及び米国NISTの鉄鋼認証標準物質 を用いた。分析結果を表-3に示す。いずれの試料にお いても分析値は認証値と良好に一致した。
表-3 鉄鋼試料の分析結果
y = 1630.6x + 48131
R
2= 0.9999
0.E+00 2.E+05 4.E+05 6.E+05 8.E+05 1.E+06
0 200 400 600
S in sol. / ppb
Int .
Certified Value Analytical Value
g・g
-1g・g
-1JSS003-4 1.5 2.6±0.14
JSS244-6 20 20.2±0.49
NIST2168 10 10.6±0.77
Sample
3-4 定量下限の算出
試料の酸分解操作および抽出分離操作の前処理操作 全体を含んだ本分析手法の空試験値を求めた。結果を 表-4に示す。空試験値の標準偏差の3倍(3σ)を定量 下限として算出すると溶液濃度でS=3.2ng・ml となっ-1 た。これは鉄鋼試料1gに換算するとS=80ng・g に相当-1 する。
表-4 本分析法全体の空試験値
4 まとめ
活性アルミナを分離抽出剤に用いたHR-ICP-MSによ る鉄鋼中微量イオウの分析について検討した。硫酸イ オンに変換したイオウ成分は,鉄マトリックスの有無 にかかわらず活性アルミナによりほぼ完全に抽出分離 でき,希アンモニア溶液により定量的に回収できるこ
。 , ,
とが確認された また 鉄鋼認証物質の分析結果から 本分析方法は鉄鋼試料の微量イオウ分析に極めて有効 であることが明らかとなった。なお,空試験値の計算 から本分析方法の定量下限はS=80ng・g であった。さ-1 ら に 濃 縮 効 率 を 高 め る こ と で 感 度 の 向 上 が期待 で き る。
現在,各種金属材料はイオウ含有量1000 ng・g 以下-1 のものが開発されはじめており,その評価方法として 本分析方法は極めて有効であり,ニーズを十分に満足 すると考えられる。
5 参考文献
1)JIS1215-1994(鉄及び鋼−硫黄定量方法),付随書6 2)JIS1215-1994(鉄及び鋼−硫黄定量方法),付随書7 3)JIS1215-1994(鉄及び鋼−硫黄定量方法),付随書1 4)柴田村治:無機クロマトグラフ法とイオン交換分
離,P.12,共立出版(1965)
n Found / ng・ml
-11 5.5
2 2.8
3 4.0
4 2.1
5 4.4
6 5.3
Ave. 4.0
σ 1.05
3σ 3.2
5)畑中まるみ,他:材料とプロセス,Vol.4,P.416
(1991)