【はじめに】
呼吸困難は「息が苦しい」という主観的症状であり、「呼吸時の不快な感覚」を指す自覚 症状である。一方、呼吸不全は低酸素血症(PaO2≦ 60 Torr)という客観的病態( 急性 呼吸不全の項参照:123 頁)であり、呼吸困難と同義語ではないことに注意が必要である。 急速に生じた呼吸困難は、重症・重篤なことが多い。緊急病態(emergency)と捉えて、 迅速かつ的確に、呼吸困難を起こす基礎疾患・病態を鑑別し、緊急度に応じた初期治療 を行う必要がある。 喉頭浮腫( 窒息の項参照:48 頁)、喘息( 喘息増悪(発作)の項参照:116 頁)、呼吸困難
S-3
症候論
呼吸困難 迅速かつ的確な ABCD 評価 呼吸不全 意識レベルの低下や不穏状態 血圧低下、ショック 緊張性気胸の徴候 ポイントを絞った病歴聴取 □発症時期・様式 □発症の誘因 □随伴症状 □既往症 身体診察 □視診 □打診 □触診 □聴診 検査 □動脈血ガス分析 □胸部X線撮影 □12誘導心電図 □血算・生化学 胸部X線写真上 異常陰影なし 喘息 急性心筋梗塞 肺血栓塞栓症 必要に応じた検査 □胸部CT(単純・造影) □頭部単純CT □呼吸機能検査 □尿検査 胸部X線写真上 異常陰影あり 酸素投与 気管挿管、人工呼吸 気道確保の準備 血管確保、補液、昇圧薬 胸腔穿刺・脱気 図1 呼吸困難に対する初期診療アルゴリズムSAMPLE
S-2意識障害 S-3窒息、 呼吸困難 その他上部気道閉塞 S-4胸背部痛 S-5動悸 S-6頭痛 S-7めまい S-8けいれん S-9腹痛 S-10吐血 ・ 下血 S-11発熱 S-12ショック S-1と失神 一過性意識障害 肺水腫、肺血栓塞栓症( 急性肺血栓塞栓症の項参照:144 頁)、緊張性気胸などをま ず鑑別する。その他、COPD(増悪を含む)などの呼吸器疾患、心不全(急性、慢性)( 急性心不全の項参照:139 頁)などの循環器疾患以外にも、貧血、神経筋疾患、代謝疾患、 精神神経疾患の可能性を常に考慮し検討することが重要である。 ショック、急性呼吸不全を伴う場合は、 すべて“緊急処置”を要する 図2 鑑別疾患
緊急処置を要する疾患
■ アナフィラキシー(ショック) ■ 喘息(致死的・大発作) ■ 急性冠症候群 ■ うっ血性心不全 ■ 致死的な不整脈 ■ 非心原性肺水腫(ARDS など) ■ 肺血栓塞栓症 ■ 上気道閉塞(喉頭閉塞) ■ 緊張性気胸 ■ 急性弁膜症 など準緊急処置を要する疾患
■COPD の増悪 ■喘息(中発作) ■肺炎 ■大量の胸水、腹水 ■気胸(II 度以上) ■気道内異物 ■CO 中毒、毒ガス などその他の疾患
■慢性呼吸器疾患に伴う右心不全 ■喘息(小発作) ■気胸(I 度) ■胸膜炎 ■過換気症候群 ■神経症 などSAMPLE
【診療の進め方】
①緊急度の評価 ■初期身体診察 意識レベル、呼吸状態(呼吸数、様式、リズム、呼吸体位、呼気臭の有無、SpO2)、循 環状態(血圧、心拍、脈拍)を短時間に的確に把握する。 疾患によっては呼吸状態に特徴的な所見(過呼吸=過換気症候群、口すぼめ呼吸= COPD、Kussmaul 呼吸=糖尿病ケトアシドーシス、起座呼吸=うっ血性心不全、肺水腫、 喘息発作、など)を認めることがある。 ■ SpO2 SpO2が 90% 未満では、呼吸不全が疑われる。 ②病歴聴取 ■発症時期・様式 突然発症(発症時刻を特定できるほど)、急性(数時間から数日間の経過で増悪してい る)、発作性、慢性・進行性、慢性の急性増悪かどうかを明確にする。 ■発症の誘因 手術や長期臥床→肺血栓塞栓症、食物摂取や虫刺され→アナフィラキシーなどを疑う ことができる。 ■随伴症状 呼吸困難と同時に胸痛、発熱、咳嗽、喀痰、喘鳴、下肢の浮腫、皮下気腫、四肢筋力 の低下などを伴っているかを聞く。さらに、安静でも呼吸困難があるかどうかや体位に よる呼吸困難の変化の有無を聴取する。 貧血、神経筋疾患(Guillain-Barré 症候群、重症筋無力症、稀に筋萎縮性側索硬化症など)、 代謝疾患(糖尿病ケトアシドーシスなど)、腎疾患(糖尿病腎症に伴う肺水腫、急速進行 性糸球体腎炎の肺障害など)、精神神経疾患(過換気症候群、心身症など)が、呼吸困難 で発症する場合もある。 ■既往症 喘息、COPD、虚血性心疾患、高血圧症、アナフィラキシー、糖尿病、精神疾患、喫 煙歴、家族歴の有無などを聴取する。 ③身体診察 ■視診 体型、チアノーゼ、ばち状指、眼瞼結膜の貧血、頸静脈の怒張、蕁麻疹や紅潮、浮腫SAMPLE
S-2意識障害 S-3窒息、 呼吸困難 その他上部気道閉塞 S-4胸背部痛 S-5動悸 S-6頭痛 S-7めまい S-8けいれん S-9腹痛 S-10吐血 ・ 下血 S-11発熱 S-12ショック S-1と失神 一過性意識障害 有無、濁音(胸水、無気肺など)の有無、左右差に注意する。 ■触診 顔面の浮腫、下肢の浮腫、腹水、肝腫大の有無を確認する。 ■聴診 呼吸音の左右差、減弱・消失、増強、呼気延長、副雑音・ラ音(吸気性、呼気性)、胸 膜摩擦音、心音異常の有無に留意する。 ④検査 ■動脈血ガス分析 ■胸部 X 線撮影(図 3) ■ 12 誘導心電図 ■血液検査(肺血栓塞栓症を疑う時には D ダイマーも) ■尿検査(蛋白尿、血尿の有無) ■胸部単純 CT(気胸や肺炎などが胸部 X 線ではっきりしない時) ■胸部造影 CT(腫瘍や肺血栓塞栓症を疑う時) ■頭部単純 CT など(脳出血、脳腫瘍を疑う時)
■呼吸機能検査(Peak Expiratory Flow など;測定可能な場合で喘息、COPD を疑う時、 ただし気胸が疑われる時は禁忌) 図3 胸部X線写真による鑑別診断(典型的な場合) 肺虚脱なし 胸部X線写真 肺虚脱あり 気胸など 心拡大あり 心拡大なし 浸潤影あり 浸潤影なし 浸潤影あり 浸潤影なし 感染徴候あり 感染徴候なし 心不全を 伴う肺炎など 心原性 肺水腫など 心不全、 心タンポナーデ、 肺塞栓症など 肺炎、 ARDSなど 喘息、 肺塞栓症など
SAMPLE
【初期治療】
■呼吸不全 酸素投与:SpO2が 90% 未満では、呼吸不全が疑われるので、可能であれば動脈血ガス 分析を行った後、直ちに酸素吸入を SpO2 90% 以上を目標に開始する( 急性呼吸不全 の項参照:123 頁)。過剰な酸素投与により SpO2を上げすぎないように注意する。 ■意識レベルの低下や不穏状態 明らかな過換気症候群以外では、人工呼吸の準備をする。 ■血圧低下、ショック 静脈路確保、補液、昇圧薬の投与を行う。 病態は刻一刻と変化しうるので、治療経過を慎重にみる。 確定診断がつけば、特異的な治療を遅延なく行う。 例) 緊張性気胸、Ⅱ度以上の自然気胸:胸腔穿刺、脱気やドレナージ( 胸腔穿刺 およびドレナージの項参照:251 頁)【専門医への引き継ぎ】
呼吸困難への対処は基礎疾患・病態の鑑別を行い、原疾患に対する適切な治療を行う ことが大切である。状況に応じて専門医へ引き継ぐ。 複数の基礎疾患・病態を有していることも稀ではないので、一つの病態に執着しすぎて、 他の病態を見落とさないように注意が必要である。 表1 臨床症状・基本検査からみた急性呼吸困難の鑑別診断 喘息 肺炎 胸膜炎 気胸 肺血栓塞栓症 急性呼吸窮迫症候群 気道内異物 心不全 虚血性心疾患 過換気症候群 神経筋疾患 胸痛 × △ ○ ○ ○ × × △ ○ △ × 発熱 × ○ △ × △ ○ × × × × × 喀痰 ○ ○ △ × × △ △ △ × × × 咳嗽 ○ ○ △ ○ △ △ ○ △ × × × 血痰・ 喀血 胸部X線 写真所見 炎症 反応 × ○ ○ × △ ○ × △ △ × × 心電図 異常 × △ △ × △ △ △ △ × × × 喘鳴 ○ △ △ △ △ △ △ ○ × × × × ○ ○ ○ △ ○ △ ○ × × × × × × △ △ × × △ ○ × × ○:よくみられる △:時にみられる ×:通常みられない 胸痛については、( 胸背部痛の項参照:52頁)SAMPLE
S-2意識障害 S-3窒息、 呼吸困難 その他上部気道閉塞 S-4胸背部痛 S-5動悸 S-6頭痛 S-7めまい S-8けいれん S-9腹痛 S-10吐血 ・ 下血 S-11発熱 S-12ショック S-1と失神 一過性意識障害 2. 宮本京介,他:急に起こった呼吸困難,工藤翔二,監修.呼吸器疾患診療マニュアル.日医会誌 137 特 別号(2): S74-75, 2008. 3. 木村弘:慢性の呼吸困難,工藤翔二,監修.呼吸器疾患診療マニュアル.日医会誌 137 特別号(2): S76-78, 2008.
パルスオキシメーター使用のポイントと注意点
経皮的酸素飽和度〈SpO2〉を非侵襲的に測定する。 動脈血酸素分圧〈PaO2〉を予測できる。 ・健常者のSpO2は概ね96 ~ 99%の範囲にある。・SpO2=90%は概ねPaO2=60 Torrに相当する。
・平素のSpO2よりも3 ~ 4%低下していれば、増悪の存在を疑う。 ・SpO2から予測するPaO2はヘモグロビン酸素解離曲線の移動を考慮していないため参考値 である。 ・正確なPaO2や動脈血炭酸ガス分圧〈PaCO2〉などが必要な場合は動脈血ガス分析を行う。 コラム 図1 酸素解離曲線と呼吸不全の臨床徴候および酸素療法の適応 PaO2(Torr) 20 40 60 80 100 100 90 80 60 50 40 20 70 S p O2 (%) 心虚血性変化 意識障害 細胞障害 pH 7.40 PaCO2 40 Torr 38℃ 酸素療法