158 本発表では継続研究を行っている、鎌倉期凝然の文 献である『十住心論義批』(以下『義批』)の考察を行 った。 これまでの各種研究発表にて『義批』の内、『第四 義批』の第1巻・第2巻の考察は終えている。今回は 続く第3巻の考察を発表した。 第1巻・第2巻の内容からいくつかの特徴を指摘し てきた。1つは古来より用いられてきた信用性の高い 経論から引用していることである。第1巻は「第四住 心」の大綱を解釈している部分(中でも部派仏教の基 本概念や住心名の由来等)であるが、ここでは特に『大 智度論』『大乗義章』と言った文献からの引用が多く 目立つ。 第2巻からは部派各派のいわゆる根本分裂や枝末分 裂といった歴史的展開が解釈されている。ここではそ の歴史展開に重心を置き、引用される論書も『異部宗 輪論』(以下『宗論』)や『異部宗輪論述記』(以下『述 記』)『飾宗義記』を多く引くようになる。 今回の発表にて考察の対象とした第3巻は内容とし ては第2巻の続きとなる巻であり、部派各派をどうい う分類に分けて考えるべきか解釈している巻である。 第3巻は教理展開や小乗教全般における概念の解釈 ではなく、各派の見解の違いにどういうものかを説い ている。 基本的には『宗論』『述記』『飾宗義記』を多用して おり、引用論書の点では第2巻とほぼ同じである。加 えて、この第3巻から新たに澄観著『演義鈔』の引用 が各所に見られるようになる。凝然はおおよその論拠 を『異部宗輪論』に求めることが多い。しかしながら、 第3巻には『宗論』の説と食い違う点があっても『演 義鈔』の説を並行して取り上げどちらの説も相違ない と説く箇所が認められる。 最も顕著な部分としては部派の内の飲光部の見解を 説く箇所である。 清涼師以飲光部属第三者飲光餘義同法蔵部法蔵義 同大衆部。約此義問以飲光部為第三宗。彼此所属 皆有所由故今所判無所相違。 (十住心論義批研究会「『十住心論義批』の研究(三)」 202p[2000] より引用) 以上のように、澄観の説も間違いではないというこ とを明確に論じている。同時代の碩学頼瑜も『十住心 論衆毛鈔』において『演義鈔』を用いて引用してはい るが、あくまでここに関連する説の1つとして挙げて いるに過ぎず、説の正否までは言及していない。 凝然が澄観の説を『宗論』と同列に述べ、さらにそ の正当性にまで言及している理由としては、凝然が華 厳の祖師の中でも法蔵・澄観の2人に主軸を据えて教 学の再興を計っていたことが考えられる。これは各先 行研究においてすでに指摘されていることであるが、直 接の師弟関係にない2人を取り上げ教学の基本とする姿 勢は、他の諸師には見られない説であると言われる。 本考察によって、すでに各先行研究で指摘されてい る凝然の教学姿勢が『義批』の本文においても確認す ることができた。『義批』は未だ全ての巻が翻刻され ていない。現在残りの巻を翻刻校訂中である。 これまでの考察が今後の内容考察において基本の視 点となる可能性は非常に高いと思われる。残りの巻の 翻刻発表は今後、折を見て随時発表していく予定であ る。この『義批』研究によって凝然の教学姿勢に新た な視点を加えることができればと考える。 (大学院仏教学研究科博士後期課程仏教学専攻)
大正大学大学院研究論集35号 023竹岸貢嗣「『十住心論義批』の研究」
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