『劉賢國宮中書体』多言語混植デザインの実践
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(2) 年11月にソウルへ移転し、ハングル聖書の出版活動を行っ. いるが、例えば1966年刊行の『欧文活字とタイポグラフィ』. た。プロテスタント教は、最初満州のスコットランド聖書公会. (印刷学会出版部)では混植について一章を設け、不調和の原. (National Bible Society of Scotland: NBSS) 、上海の大英聖書公. 因として両者のラインとウェイトの違いによるものであると書. 会(British and Foreign Bible Society: B&FBS) 、横浜のアメリ. いてある。この不調和の要素は写真植字機の書体に引き継が. カ聖書公会(American Bible Society: ABS)のプロテスタント. れ、根本的な解決策を打ち出されずに今日に至っている。従っ. 教とカトリック教のキリスト教宣教師達の主導で、韓国人の原. て、当初の「東アジア混植用の標準書体開発」計画は中国、韓. 図と日本人彫刻師による欧米人、日本人、韓国人の協力で東京. 国などを含めた東アジアを想定していた膨大な計画であった。. 築地活版製造所から MEP の5号活字(1879) 、NBSS の3号活. 1990年度中国政府にこの計画の企画書を提案したが、理解を. 字(1880) 、MEP の2号活字(1881) 、ABS の4号活字(1884) 、. 得られず提案は却下された。日本の文化芸術省に相当するとこ. MEP の4号活字(1886)、B&FBS の3号活字(1887)、MEP の. ろに提案したことが、失敗のもとになったという。最近になっ. 1号活字(1887)などが、1910年までに約12種類、1945年. て、印刷書体研究・開発の関連で中国政府の関係者から偶然に. までに約28種類の字形が異なる楷書体ハングル活字として開発. その話があり、確認したところ、日本の通産省のような中国経. された。. 済科学院がこの内容を審査する窓口であったことが分かったと. 特に横浜のフランス新聞社『レコ・デュ・ジャポン』(L’. 言う。約26年前という情報化社会以前の時代性もあるが、よ. Écho du Japon,1875-1882)で韓国最初の横組み混植の. く調べ情報を得ることの必要性を述べた。. 多 言 語 辞 典『 韓 佛 字 典 』(Dictionnaire coréen-français,. 最後に小宮山氏は、インターネットの使用が当たり前の時代. 1880)、最初の文法書『韓語文典』(Grammaire Coréenne,. になった今日、意思疎通や情報交換に国境がない。メールで活. 1881)が刊行に正方形活字と分合活字に同一字形の五号活字. 字を打てば瞬時に地球の裏側まで文章が届く時代であるからこ. (3.68㎜)が使用された。このようにヨーロッパ人のハングル. そ、ますます多言語混植の書体開発やタイプフェイスの教育の. 研究による出版活動には、すべて本文用楷書体活字で開発され た。また、 「ハングル・日本語・欧文・中国語」や「ハングル・. 実践が重要であると強調した。 (2)多言語混植の韓国語書体開発の重要性. 欧文」、「ハングル・日本語・中国語」、「ハングル・日本語」の. 多言語混植の実践においては、数々国の異種・異形の言語が同. 横組み混植組版の実験、句読法の探求などのさまざまな試行錯. 一平面上に整理されて混植できる書体デザインが重要である。. 誤やその実践の痕跡が出版物として残されている。当時、朝鮮. 金属活字時代は、 「ハングル・漢字」の混植時は、違う字形で. 王朝末期に持ち込まれたヨーロッパの活版印刷術の混植組み版. も活字の大きさが揃っており、組み版上に大きな問題はなかっ. は、楷書体ハングル活字と組み合わせた欧文、漢字の混植組み. た。しかし、「ハングル・欧文・漢字」多言語組版においては、. 版に独自の試みが行なわれている。つまり、韓国最初の多言語. ラインの不揃いを補正しようとすれば欧文をさげて組むか、ハ. 横混植組み版『韓佛字典』は、17世紀から営まれたフランス. ングルと漢字よりサイズを上げて組むしかない。しかしいずれ. 国立印刷局(1640設立-2005年廃置)の約300年間の印刷. も行間の空き量を調節するためなどに用いられるインテル(活. 事業で蓄積された最高の組版技術で完成されたものであるとい. 字の組版に使う詰め物で英語の interline の略)によって組版み. える。現在の DTP 運用での横組みの混植組み版技法でも研究. を調整しなければならず、根本的な解決策ともいえない。金属. されているほどの技術を、すでに持ちあわせていたと評価でき. 活字の世界は単言語を組むだけで目的が果たされた情報時代の. るのである。. ものかもしれない。 現在の韓国では、ハングルと欧文の混植の例は、書籍・雜誌. 3.先行研究の考察 (1)小宮山博史の多言語混植の書体開発. のいずれのページにも多用されている。また、インターネット 時代により情報が多様化し、多言語混植は、当たり前に使用さ. 筆者の調査では、日本で初めての東アジアにおける多言語混植. れている。しかし、その混植がそれを指定した編集者、デザイ. の実現に向けて、書体研究と開発を試みた日本初の研究家は、. ナー、タイポグラファを満足させているかといえば否である。. 佐藤タイポグラフィ研究所の小宮山博史であることが分かっ. このように文字の状況を理解した上で、多くの文字が同一の. た。現在残されたその実践の記録は、1989年に東京エディ. ルールで配列できる方法を模索している。朝鮮王朝の記録文化. トリアルセンターで発行された『チベット語標準書体開発』. において伝統的な韓国語は、ハングルと漢字を一人の原図によ. (EDP、NO. 28特集)等がある。. る統一した活字で多くの本が印刷出版された。このように一般. 2015年10月11日の小宮山氏の聞き取り調査での内容を記. に一つの国語、つまりハングルと漢字の混植の長い経験が熟成. す。氏によれば、混植についての問題点は古くから指摘されて. されていた。 デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.23-2 No.90 2016. 41.
(3) 独立後、西洋の表記環境の影響に置かれるようになった。. きる。ハングル「書簡」すなわち「諺簡」は、ハングル専用の. 政府の漢字廃止やハングル専用政策に連動し、横書き・横組み. 書簡とハングルと漢字混用の書簡をすべて含んでいる。宮中で. に移行した。特に政府のキーボードの標準化が断行された。こ. 王と王族、宮内人が筆で書いたハングルの手紙と文書などを総. の大きな理由は西洋の自動鋳植機、自動組版機のコードを韓国. 称して「宮中書簡体」と呼んでいた。1950年代以降、韓国政. 型に西洋の横組み基準として短期間で開発する狙いにある。デ. 府により学校の書芸教育で宮廷書体の名称が定着した。宮中書. ジタル時代の到来により電子技術の発達で混植組みやコードな. 体は、主に朝鮮王朝にソウル市と京畿道たけに使用された。現. どの問題は解決されたはずである。しかし未だに多言語混植の. 在は、ソウル以外の地域から一般的に民間で使用された書体が. 重要性の認識は政府、企業、教育機関、書体会社とタイプフェ. 民体と呼ばれるようになった。. イス・デザイン教育の現場においても貧弱である。その理由の. (3)『宮中書体』の代表文献調査. ひとつは、韓国の近代活字印刷文化史に現れた自国の歴史・精. 韓国書道学系では、16世紀から18世紀末までに活字本に使用. 神・文化の知識が足りないことであるといえる。また、韓国人. された『宮中書体』を、⑴ジョン・ザ・チェ(正字体:楷書. の基幹書体である美しい文字『宮中書体』の高い品格の「縦. 体)、⑵バン・フ・リム・チェ(行書体)、⑶フ・リム・チェ. 組・横組兼用」の電子書体に出会う機会がないことも上げられ. (行草書体)の3つに分類している。『劉賢國宮中書体』の書体. る。従って多言語混植用の韓国語書体開発の実践が重要である. の開発において活用した代表文献としては、 「宮中書体」が最. ことは言うまでもない。. も完成度が高い18世紀に制作された『劉氏三代禄』(朝鮮時代 の作者不詳)、『落城飛龍』(朝鮮時代の作者不詳)、『玉鴛重會. 4.『宮中書体』の定義と代表文献調査 『劉賢國宮中書体』の開発において代表文献の調査、国語専門. 『南溪演談』等の48冊を選定した。その後に国語学者と書道専. 研究者や書道研究者、書道家による検証の結果から原図制作ま. 門家の諮問や先行研究考察や字形分析により美的、造形的に完. では5年間をかけた。. 成度が高い楷書体のジョン・ザ・チェ(正字体)は、 『玉鴛重. (1)ハングル宮中書体の誕生の背景. 會緣』、『太上感應篇』、『女子書』と行書、草書の混じりバン・. 書体の変化や新しい書体の製作は、文字の字形を変化させるこ. フ・リム・チェ(行書体)は、『散見書』の代表本4冊を選定. とから開始する。文字は線または画と点の配列で構成され、構. し、字形を分析した。. 造的、芸術的な構図になっている。また、書体の変化と創造は. 42. 緣』、『平山冷燕』、『丁未嘉禮時日』、『太上感應篇』、『女子書』、. (4)『宮中書体』の開発の参考文献選定と字形の特徴. 線と点だけでなく、配列の原則と構図まで変えることができ. 1800年前後の時期は、ハングルの完成期で多く宮中書体(一. る。ハングルの場合は、ハングルを構成する字母の線と点、構. 般的に宮体クン・チェと呼ぶ)でハングルが書かれた時期であ. 図が非常に単純であり、変化をかけるには難しいのである。そ. り、当時流行していた小説の筆写も旺盛な時期であった。ま. れゆえ最も多くの変化を試みられてきたのは、直線だった。直. た、ハングル小説は、宮中にまで流行になった。尚宮(サン・. 線を最大限に曲線化して、華やかで美しい書体として完成させ. グンは李氏朝鮮王朝の女官の称号のひとつで、側室以外の最高. たのが、宮中書体だった。宮体は『訓民正音体』のゴシック体. 位女官である。)は筆写の役割をしており、宮体のハングル書. 系を芸術的に昇華させたであると言い切れるのではないだろう. 体は驚くほど飛躍的な発展をする要因となる。人々の手に渡り. か。このように宮体もいくつかの段階を経て、今日の宮体に定. 回し読みされた筆写本は、美麗な字で書くことを意識し、結果. 着するようになった。. 的に完成度の高いものに仕上がっていったのは、当然であろ. (2)『宮中書体』の定義. う。宮体のハングル書体は驚くほど飛躍的な発展をする要因と. 朝鮮王朝の17世紀に開発された銅活字は、完成度が一番高い. なる。人々の手に渡り回し読みされた筆写本は、美麗な字で書. と言われる。特に1693年『孟子諺解』を出版の目的で漢字、. くことを意識し、結果的に完成度の高いものに仕上がっていっ. ハングル銅活字「元種字」 (オンジョンザ)が製作された。字. たのは、当然であろう。. 形の特徴は手書きの自由さと軽快さを感じさせるところにあ. 1)『玉鴛重會縁』券之六. る。この活字は鋳造が精巧で筆写の字形の特徴をよく表してい. 18世紀末の朝鮮時代の作者不詳の長編小説『玉鴛重會縁』は、. る。また、楷書体から行書体に字形が変わる特徴も示してい. ハングルで書かれた古典文学で、中国・北宋時代のラブストー. る。. リーである。婚約の聘物として一対の玉鴛を交わった二人が、. 15世紀に訓民正音の創成以降から18世紀末まで、毛筆で書. 別れや死境を彷徨いながらも、幸せを取り戻していくという内. かれたハングル書体をハングル「書簡体」とし、またハングル. 容である。 『玉鴛重會緣』は、ハングル書芸史の中で最も美し. の「書簡書体」という用語を略して「諺簡体」と言うことがで. い書体と、最も優れた宮体として認められている。筆画と結句. デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.23-2 No.90 2016.
(4) と運筆がほぼ完璧に近い。ハングル書道を勉強する人であれば. 体の書道教育に使用されている。このように18世紀末までは、. 誰もが書いた文字である。. 宮中書体のハングル字形が完成された時期とも言われる。ま. 2)『落城飛龍』券之第一. た、ハングル宮中書体は漢字と伴って変遷したので、大きな部. 朝鮮時代のハングル小説。中国明を背景に孤児に育った主人公. 分に漢字と共通する字形が多く見かける理由はここにある。. が政丞になるまでの英雄談が主な内容であり、奴婢の換金(贖. 2)ハングル宮中書体と漢字楷書体の字形の相違. 良)と商業の意義を取り上げた。作者と連帯は分からない。中. 以上の代表ハングル宮中書体は母音字の変化に伴う子音字の形. 国道教経典にある「膳を行えば福を下げる」という内容であ. 状が変化する。これはハングル宮中書体だけに表れる唯一の特. り、10冊になった翻訳書である。活字体で筆写したこの本は、. 徴といえる。漢字文化圏の他の国では、その事例を見かけられ. 1面を9行ずつ縦に配列し、他の写本より文字サイズが小さい. ないこともハングル宮中書体だけが持っている特徴の一つであ. 方である。文字の字形は良いが、文字のサイズが不揃いであ. るといえる。. る。終声(最後にくる子音字:パッチム)がある文字は、終声. ハングルは、初声(子音)と中声(母音)の組み合わせは必. (パッチム)がない文字に比べて相対的に大きく筆写した。縦. 然的である。または、初声(子音)、中声(母音)、終声(最後. 画の収筆部分が左に折れ筆を抜き取った形とほぼ同じ長さの横. にくる子音字、バッチム)の形で行われる。そのたびに文字の. 画が、軽快な感じがする。. 構成が異なるため、文字の中心をとる子音字がそれぞれ変化. 3)『女子書』. したと思われる。母音字によって空間が異なって形成される. 中国儒教の経典四書を模倣して作った女訓女性の修身と行動規. ので、子音字の字の開始部分(初声)または最後の部分(終. 範に関する記事を集めて編纂した本である。この文字は、朝鮮. 声)に異なる形状とした線の傾き、長さ、大きさが変化して表. 末期と開化の間に書かれたと推定される。筆写本に見られない. れる。母音字によって子音字の形態の変化は大きく「ᄀ、ᄏ、. 真ん中に罫線と垂直方向のに斜線が作成された紙に書いた。文. ᄂ」、「ᄃ、ᄅ、ᄐ」、「ᄉ、ᄌ、ᄎ」3つのパターンに区分でき. 字の形状が本文用サイズに適して、線が全体的に細くスタイ. る。母音字の形態変化が子音字形態の変化に影響していないの. リッシュな印象さえ感じる。バッチム(最後の子音字)がある. は、「ᄆ、ᄇ、ᄋ、ᄒ」を挙げることができる。母音字の形態. 文字とバッチム(最後の子音字)がない文字の縦幅に大きな差. 変化が激しいのは「ᅡ、ᅮ、ᅩ、ᅭ、ᅳ、ᅴ、ᅱ、ᅪ」などを. が表れる。しかし、子音字と母音字の結句の調和が構成され、. 挙げることができる。最も変化が激しいのは、子音字の「ᄃ、. 美しさを感じ取ることができる。. ᄅ、ᄆ」と母音字「ᅡ、ᅮ」を把握することができる。このよ. 4)『參禪門』. うに子音字と母音字の変化を中心に宮中書体の特徴を知ること. 朝鮮末期に禪法を研究、自ら座禅をせよという意味で、意識的. ができる。. に心を清らかにし、学びに入ることの尊さを伝えている。宮体 のフル・リム・チェ(行草書体)は、子音字と母音字のサイズ の大小調和との間隔を適度によく示し、自然な連結の線の流れ. 5.『劉賢國宮中書体』開発について (1)『劉賢國宮中書体』開発の背景. で表現に水が流れるような明快な趣を醸し出す。この筆写体は. 韓国人は書芸の基幹書体である『宮中書体』に愛着がある。. 少し流に沿って書いたバン・フ・リム・チェ(行書体)で文字. 1446年にハングルが創成され、朝鮮王朝の宮中で使用され. 間の連結線を表さず、一文字で子音字と母音字の間の連結線と. た書体は、毛筆書道の影響を受けながら字形が変化してきた。. 文字の連結の感じるように書いている。それぞれの文字が独立. 17世紀末から18世紀末までに完成された書体が標本となり、. した安定感を漂わせている。このように独立したバン・フ・リ. 國漢文混用の新たな書体が普遍化された結果、『宮中書体』と. ム・チェ(行書体)に文字間の調和を成し、水平方向に合字、. 呼ばれ、現代の書芸教育における基本書体として使用されてい. 縦に合字して本文用に適した文字を書いた。これらの文字は、. る。近代韓国活字書体史におけるハングルと漢字活字は、日本. 独立した見出しより、本文の文章を書きに適合するように示し. から韓国に導入され、136年が経過した。そのハングルと漢字. た。. 活字の縦横組版は、今でも韓国における純ハングルと国漢文混. (5)宮中書体「正字」と漢字「楷書体」の字形の比較. 用(ハングルと漢字の混用)の規範となっている。. 1)ハングル宮中書体と漢字楷書体の字形の相似. 現在の横組み専用書体は、1880年から1990年代までに「ハ. 当時の宮中書体の正体(楷書体)の用筆法とは、点画を書くと. ングル、ハングル + 漢字、ハングル + 漢字 + 欧文」上で縦組み. きの筆の用い方や筆遣いをいう。運筆法(筆の運び方、筆の動. によって形成された字形が、横組みに流用されたものである。. かし方)も含む。主な用筆法・運筆法は、楷書の三折法(起. 韓国では日本の漢字明朝体と字形が異なる漢字楷書体のハング. 筆・送筆・収筆)を基準として定められ、今日の韓国の宮中書. ル字形があるが、印刷用の楷書体を『明朝体』、書芸の楷書体 デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.23-2 No.90 2016. 43.
(5) を『宮中書体』と呼んで使用している。. ⑴流れるようなストロークが作り出す行草書と楷書の字形との. 2000年以降、本文用ハングル明朝体は、横組み中心の電子. 融合を試み、最大限に工夫した。. 書体用として大量に開発された。しかし、従来の縦組み書体と. ⑵書き文字のような画線の太細の変化、角度の変化、そして自. 同じ字形や骨格を何の疑いもなく横組み書体に使用されてい. 然な運筆の流れに沿った文字字形にした。. る。また混植組版においても漢字書体は、日本、中国から輸入. ⑶ハングルの構造的な特徴を踏まえつつ、子音字と母音字の大. されており、ハングルと漢字が違う字形で組まれるという痛ま. きさや位置を調和させた合字の特徴を表した。. しい現状がある。特に本文書体は、韓国の伝統的な書道の美. 4)書体の特徴. 的、造形要素等の技芸が濃縮された『宮中書体』について研究. ⑴本文用宮中書体の新しい字形で、縦組みや横組みでも整然と. されていないことが、書体における造形的違和感を生む大きな. した印象を与える書体。. 原因と考えられる。現状では横組みや縦組み、縦横組みに使用. ⑵楷書と行草書の線質にやわらかさの統一性を持たせ、毛筆の. できる本文書体の発展を望むには限界がある。その状況を打破. 美しさを最大限に残した書体。. するためには、現代における韓国人の精神・文化・歴史を継承. ⑶運筆のリズムを保ち、文字に強さと筆の流れと動きを表現。. し、書芸や手技の痕跡を生かした縦横組みに対応できるよう、. ⑷文字を構成する横線と縦線に太さの強弱(太い細い)をつけ. ハングルと漢字の字形が調和した新しい本文書体の開発が望ま. ることにより、小さい文字で文章を組んでも字形が崩れず強く. しい。それにより、韓国語の組版は、表情豊かで、馥郁と香り. 明るい文字を実現。. たつような印刷紙面が形成される。ここから新たな韓国のタイ プフェイス・デザインの発展が期待できる。 (2)『劉賢國宮中書体』デザイン 1)コンセプト. 軟性を持たせるため、字形のイメージが合う株式会社イワタの. 朝鮮王朝の宮中書体は、國漢文混用の標本になり新たな書体と. イワタ正楷書体を採用した。また韓国には書道に熟練し、楷書. して審美化し、普遍化された。その宮中書体と親密性を保ちつ. の結構法や用筆法の知識や漢字書体の制作の経験を持っている. つ独創的な字形を創出し、新しい本文用書体を開発することを. デザイナーの存在や具体的な情報を持っていないため、イワタ. 目指す。韓国最初の試みとして歴史的な代表文献から宮中書体. 社の協力により本多育実氏にデジタルフォント化を、狩野宏樹. の名筆の字形を分析し、その特徴である美麗、端麗な風姿をよ. 氏にフォント・エンジニアリングを担当していただいた。これ. みがえらせて表情豊かで、馥郁と香りたつような新しい『宮中. は、将来、東アジアにおける統一字形による多言語組版の実現. 書体』を創作する。その結果、「楷書」の雄壯な直線と「行草. の可能性も視野にいれている。. 書」の繊細な運筆の特徴を最大限にいかし、嚴正・端雅・美. 今後、ハングルと漢字との混植組版において提唱すること. 麗・圓満を感じさせる高い品格の「縦組み横組み兼用」の美し. は、まず一人のタイプフェイス・デザイナーによって書かれる. い文字書体を実現する。. のが望ましいということだ。そしてそれは、目的を熟知したプ. 2)組版の特徴. ロジェクト集団の中で検討され、次にデジタルフォント・デザ. ⑴ハングルの構造的な特徴である縦組みに適した、垂直線の母. イナー、フォント・エンジニアリング、タイポグラファなどの. 音字と子音字の要素を最大限に生かした。. 専門家の冷静な分析と評価を受け、問題点は、フォントデザイ. ⑵ハングル音節文字の組み合わせ原理に相応しい筆の運筆法に. ナーにフィードバックされ、修正されたのち一般の人々の評価. 従い、なおかつ漢字と混植した縦組み横組みに対応するため伝. にさらされるべきである。書体の進歩は実にこの絶え間ない修. 統的な正方形の字面を採用した。. 正の繰り返しにある。この修正は、人々に意識されない程度に. ⑶現在流行している広い字面の書体とは一線を画し、楷書体の. 繊細なものだが、これが基幹書体として長い寿命を持ち得るた. 母音字と子音字の字面をやや小さくし、ストロークがつながっ. めの必修条件なのである。. た行草書の様式を踏襲した。さらに横組みに相応しい水平線の. 人々の本文書体に対する好みはフォントデザイナーやタイポ. 母音字と子音字の要素を、正方形を意識させないように文字の. グラファが考えるほど斬新ではなく、ひどく保守的である。た. 一字一字の重心を真ん中よりやや上に揃うように最大限工夫. からこそ絶え間ない修正によって完成度が高められるのである。. し、今後の多言語の混植組版も視野に入れている。 ⑷その結果、縦組み、横組み、縦組み横組み兼用のハングル、 漢字混用に適した完成度の高い組版を実現した。 3)字形の特徴. 44. 6.最後に 『劉賢國宮中書体』は、漢字と仮名文字の混植組版において柔. デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.23-2 No.90 2016.
(6) 【参考文献】 1)劉賢国.2015.『ハングル活字の誕生(1820-1945)』. ホンシ. 2)小宮山博史.1989.『チベット語標準書体開発』(EDP, NO. 28特集).東京エディトリアルセンター. 3)福島邦道.1970.弘治五年朝鮮板『伊路波』諺文対音攷. 朝鮮資料による日本語研究.岩波書店,pp77-91. 4)Klaproth, Julius.1832. Aperçu de l’origine des diverses écritures de l ’ ancien monde. Paris: Librairie orientale. de Dondey-Dupré père et fils. Kopp, Ulrich Friedrich(1819-1821). Bilder und Schriften der Vorzeit. 2 vols. Mannheim: Auf Kosten des Verfassers. 5)Endlicher, Stephan. 1837. Verzeichniss der chinesischen und japanischen Münzen des k. k. Münz- und AntikenCabinetes in Wien. Wien: Beck’sche Universitäts-Buchhandlung. 6)Gabelentz, Hans Conon von der. 1839. Versuch über eine alte mongolische Inschrift. Zeitschrift für die Kunde des Morgenlandes 2:1 7)Hager, Joseph. 1800.『Alphabet of Corea – Extracted from a Japanese Book and Explained by Dr.Hager of Vienna』. The Oriental Collections 3:1. 88–93. 8)Hervás, Lorenzo. 1784. Catalogo delle lingue conosciute e notizia della loro affinità, e diversità. Cesena: Gregorio Biasini.. 『落城飛龍』券之一. 『女子書』. 『玉鴛重會縁』券之六. 『參禪門』. デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.23-2 No.90 2016. 45.
(7) 46. デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.23-2 No.90 2016.
(8) デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.23-2 No.90 2016. 47.
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