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東京海底谷を振り返って : 甲殻類研究の蜃気楼

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Academic year: 2021

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Carcinological Socie砂0 1Japan

東京海底谷を振り返って

甲殻類研究の皇室気楼

M e m o r i e s o n the T o k y o S u b m a r i n e C a n y o n

Central J a p a n t h e mirage of crustacean r e s e a r c h

-渡 部 元

l Hajime W a t a b e 東京海底谷は三浦半島と房総半島とに挟まれる, 圏内でも屈指の急峻な海底谷である. その位置する 東京湾湾口部は首都の玄関口として,軍艦を含む各 国の船舶が多数航行する海域でもある この海域の 潮流,気象,海底地形等の要因が複雑に絡み合っ て,好漁場が形成されている そんな東京海底谷の 深海域にて篭漁業や刺し網漁業が展開されるように なって40年近くになるが,筆者はこの漁業に参加 する機会があり,様々な見聞をしたのでここに紹介 する, この海底谷の神奈川県側の斜面で初期に展開され たのは,イバラガニモドキを対象とした蟹篭漁業で あった. ところが,操業開始から 二年で採算が合わ なくなり,漁業はより採算性に優れたアカザエピを 対象にしたエピ篭漁業に転換していった 当時はこ れらの新資源に対する市場での評価も低いままで, 開始当初は水揚げ量で投資資金を回収することに漁 業者達や市場関係者逮も頭を悩ませたと聞く. この 深海篭漁業が繁明期を過ぎ,安定期にさしかかりつ つあった頃,筆者は小学二年生で,とある新聞記事 と酒井恒先生の書かれた日本産蟹類等の著作から その存在を知った. その後,遠足で三浦半島を訪 れ,横須賀市長井港にて実際に漁具を間近に見たこ とが「この漁業を通じて,将来設計も兼ねて学位は 取れないだろうか?

J

と子供心に決心するきっかけ l 理化学研究所 生命情報基盤研究部門 (B A S E) 干230-0045 神奈川県横浜市鶴見区末広町1-7-22

悶K E N (The Institute of Physical and C hemical Research), Bioinformatics and Systems Engineering (BASE) Division, 1-7-22 Suehiro, Tsurumi, Yoko-hama, Kanagawa, 230-0045 Japan

E-mail: watabeh@ base.riken.jp

になった こうした年頃の理科好きの子供は得てし て医師になることに憧れ,また見虫採集に明け暮 れ,ときにその発展形として海岸や河 口の甲殻類に 関心を移すものだが,それが極端な形で実行された とも 言える. この遠足のパスでの帰り道,主要な目 標物を覚えて自宅のある茅ヶ崎から自転車で往復 70 krnを往来し 声をかけてくれた漁業者逮ととも に出漁するようになるにもそう時間はかからなかっ た. 日本の漁業も現在程衰退しておらず,長井港の 競り風景も明るく,中でも篭由来の水揚げ物が際 立った時代だった. 秤に水揚げ物を乗せる計量にも 活気があり,浜値に一喜一憂しながら水揚げしたこ とも今では懐かしい 同様に,当時の日本甲殻類学 会には各地のベテラン甲殻類コレクターが多数在籍 し,学会や大会を通じた交流も盛んだった 実際, 東京海底谷での操業にでも様々な深海性甲殻類が得 られ,知人達とこうした標本を媒体にして「共通の 世界観」を 喜び合える風潮も残っていた 標本や情 報の交換のやり方,コレクシヨンの維持に関するノ ウハウ等は学会を介して身につけたように思う 筆者の手元には,当時操業に参加して得た標本 や,分譲を受けた標本がいくらか残っているが,今 はどちらも出してみることが稀である. これらの標 本にはあまり楽しい思い出がない. そうなったの は, 一つに自然破壊や無用な殺生に加担したという 自責の念もあるが,大きな要因としては即物的な観 点からの「生き物の亡骸j を巡った利害調整に疲れ たことがある 物質主義的な時代の流れの中で,コ レクターのみな らず研究者も また標本至上主義を経 て,論文業績主義,資金獲得額を競うようになり, 次第に「共通した世界観」と呼びうるものを喪失し て行ったのが非常に残念だった. 交流のあった方々

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にも様々な形での進路の選択があり,不幸な世の去 り方をした方も中にはあった 知人として出来るこ とを精一杯実行したにも関わらず,結果として相反 する結果になったことも多い そうした中で筆者が興味を持ったのは,漁業権と 著作権の親近性,分類学の基礎付け,知的財産によ る有体物の価値保全,そうした無体財産権( 知的財 産権) の運用であった. 漁業権に関しては実際に新 規の漁場や水産物が開発される現場を体験し,そこ に漁業権が発生する現場に立ち会うことができた このとき,漁業権が何に関連づけて取り扱われるか についても体験できた. たとえばある地方では漁業 権が船名に基づいて運用されるが,別な地方では漁 船の船体に基づいて運用される いずれの場合で も,漁業の現場は資源管理と水産物の価格保持,そ して漁村という人的コミュニティーによる管理が精 妙に組み合わさっている. 何より ,この漁業権が 「みなし物権

J

として.

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魚が魚と呼ぴうる物体に, 水揚げ行為を通じて変換される

J

という特殊な性格 を有していること,このような無体財産権としての 権利設定に着眼した社会構築が潟、村には存在するこ とに目を見張った 著作権であれば「思想が思索 を 通じて文字や図形等の表現をとって理解可能な思想 となるj というところで権利設定されるが,これは 論文執筆や学会を通じて著作権というものがどうい うものか,実際に体験済みである 漁業権と著作権 とはこのように「みなし物権j としての共通性があ り,どちらでもよくこの性質が誤解されているが, 現代の極度な情報化社会にて避けて通れない権利概 念だと感じる 話を東京海底谷に戻そう この海域で実施した深 海性甲殻類の定量調査は公表した論文の中では800 地点あまりになるが (Watabe,2007). このとき得 られた標本に関しては漁業者との話し合いの中で, 漁業法の対象となる「水産動植物」と解釈した実 際に市場には卸さないものの ,これ らの深海性甲殻 類を長井では食用として自家消費しており,水産動 植物と考えるのが妥当であった そして,筆者自身 は漁労に参加した代償として,こうした甲殻類に漁 業権行使を行なったと看倣された この点は非常に 重要で,筆者は単に無主物の占取で標本を得たので はなく,標本を得る過程で「甲殻類を無生物から水 4 8

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伺r20 (2011) 産動植物に変換する行為に参加していた

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と漁業者 からの承認を得られた,という事実が成立し漁業 法の枠組みの中で標本を所有するに至ったと解釈で きるからである 同時に明らかにしておきたいこと として,この漁業の中でどの甲殻類種がどういった 分布をするのか,どういった生態的関連性があるの かは. 漁業機密として漁業者の知的資産であるが, 彼等固有の思想の下,操業記録として日々積み重ね られている. つまり,この操業記録は未発表の著作 物として取り扱われるものであり,筆者は共同操業 者かっ操業記録の共著者として勤労,助言を行なっ たと看倣しうる そして,論文公表にあたっても, この海域固有の権利関係を十分勘案し適切な媒体 を選定した. 最終的に日本財団の支援によって論文 出版が叶い (Watabe,2007). また,インターネッ ト上でのリリースに至った (U R L : http://w w w目so王or. jp/jp/ report/pdf/200712 _ ISSN 1880_001 7_2. pdf) お 世 話になった漁業者達と長井漁協に論文別刷りを提出 できた時は,やっと肩の荷が下りた気持ちだ、った 筆者の東京海底谷漁業と甲殻類研究の経験を振り 返ってみると,標本や文字列が現実に存在するよう になるには「人間の作為が介在しなければならな い」ことが明らかである . 標本や論文は無体財産権 が作用した所産としての動産であるが,我が国では 民法が介在するまでもなく管理されている しか しこの無体財産権特有の畷昧さは,海の生き物を 相手にする科学,産業の理解され難い側面を産み出 しており , しばしば当事者達も大きく誤解してい る 考えてみれば,価値観の共有が崩れて,こうし た無体財産権の厳密解釈が必要性を増してきたよう にも思える 物質的には人類史上,最高に「豊かに なった」現代ではあるが,反面では「何が正しく て,何が誤っているか」を支えている正名論的な観 点からは根底から狂ってしまった観もある そうし た中で,甲殻類分類学は何を基盤とすべきだろう か? これまでの「みなし物権」に関する論議の延長 では,それは「標本」でもなく.

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海の神秘性」で もない,さらには「人間知性の専権性」でもない そこに分類学が本質的に知識工学の一種であり, 「人間の認識行動が基盤に横たわる知的営為」であ ることも明らかになるだろう 振り返って,現在入 手可能な分類体系を見て読者諸兄はどのように感じ

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園圃薗圃圃圃闘

るだろうか? あくまで「標本そのもの」に肉薄す 談して下さる漁業者達に加えて,武藤文人准教授 ることに固執すべきだろうか? そこに「甲殻類研究 ( 東海大学海洋科学部) から多くの助言があったこ の蜜気楼」があるように思う. とを末尾に記して,感謝の言葉に代えたい 今では長井漁協所属の漁船に乗船して採集するこ とは横須賀市海運局の規制で難しい. 万一の事故や . 文 献 漁業機密の保護を考えれば当然のことであるが,一 抹の淋しさも禁じ得ない. これからの若い世代がど ういった迂回路を考えるか期待したいが, くれぐれ も健康第一で友人を大切にしてほしいと希望した い なお,本稿の執筆に当たっては,日頃楽しく歓

Watabe, H ., 2007. Metabiology of decapods:

ns仕uction of

axiomatic system of出e Autopoiesis T heory 海洋政策 研究.5: 3ト125

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