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脳卒中後遺症の歩行獲得に向けた理学療法

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Academic year: 2021

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はじめに  理学療法の対象となる患者の訴えの多くは,「歩けるように なりたい」,「もっとうまく,楽に歩きたい」ということが多く, 日常生活動作を行ううえでは歩行獲得は不可欠なものである。 歩行を獲得する時に,生まれてから数十年も歩いてきた患者が 歩行のイメージを忘れたがごとく,運動学習が進まないことが 少なくない。これは,歩行が無意識な活動として生活の中で行 われ,普通は歩行に関するイメージや身体活動を感じたり,気 づいたりすることがほとんどないことを意味する。  歩行の構築を階層性で見ていくと,歩行の準備のレベルがあ り,次に動作としての歩行を学習するレベルがあり,最終的に 生活するには行為としての歩行が行えるレベルになることが必 要である(図 1)。そんな意味で,歩行を動作として捉えるか, または行為として捉えるかで我々の関わり方も変わってくる。 理学療法の歩行練習の中ではどちらかといえばより動作として の歩行を,そして生活場面では行為としての歩行を観察,指導 していることが多い。つまり,歩行をどの場面で,どのような 視点で見るかによって,歩行の捉え方が変わって,その介入の 方法論も変わってくる。本論は,歩行の予後予測,動作解析か らみた歩行,課題志向型アプローチからみた歩行などを中心 に,エビデンスをどのように臨床に生かしていくのかというこ とに関して提案する。 歩行の予後予測  近年では入院期間が短縮傾向にあり,そのために入院当初か ら進める必要がある項目がいくつかある。たとえば,退院時の 機能状態の予測の提示,家屋状況の把握と改修計画,装具の必 要性,介護保険の申請や場合によって自宅へ帰れない患者は転 院先や施設を探す必要もある。それに伴い,医療側で絶対に必 要なことは退院時の機能的な予後をより客観的に,また具体的 に家族へ提示することである。このことが不十分であると,患 者の機能的なイメージを医療者と家族が共有できずに,上記の ような手続きが後手に回ってしまう可能性がある。日本では, まだ患者側からの要請,医療者側の必要性も少なく,客観的な 予後予測のシステムはほとんど確立されておらず,おもに経験 則で判断することが多い。機能的な予後予測の中で歩行能力は 以前から重要視され,10 m 最大歩行速度(maximum walking speed: 以下,MWS)を指標にするシステムも開発されている1)。 その一方で,「歩行可能かどうか」程度の判断であれば,ある 程度経験を積んだ理学療法士であれば判断がつくという報告も あり2),客観的な予後予測の必要性,目的,活用法などもまだ 議論の余地がある。  一方,医学的リハビリテーションの中で,経時的な途中経過 も重要となるが,入院 1 ヵ月後,2 ヵ月後,3 ヵ月後に患者の 機能状態の基準値が不明確のまま,単に経験則や機能的なデー タが向上しているから,経過が「順調」と報告することも少な くないが,なにをもって,なにを基準に順調と判断しているの だろうか。どのような機能状態で推移していれば順調かを各施 設で客観的な評価として把握し,提示できる基準が必要になる と考える。それを基準として,ベテラン,新人の技術差の把握 や,量,質共に患者のプログラムの変更などが行われることが 望ましい。図 2 は,あるパラメータの 1 ヵ月,2 ヵ月,3 ヵ月 の予測式をもとにした予測値を基準として,実測値をプロット し,両方の値の差分を考察するための模式図を示す。これによ り,予測値と比べて「順調」に経過が進んでいるのか,もしそ うでなければアプローチの変更が必要となる。また,この模式 図はあくまでも基準なので,予測値に到達していることで満足 せずさらなる改善を目指す姿勢が重要である。

脳卒中後遺症の歩行獲得に向けた理学療法

─エビデンスを臨床にどう生かすか─

諸 橋   勇

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専門領域研究部会 神経理学療法 特別セッション「シンポジウム」

Physiotherapy Towards Walk Acquisition of Stroke: How is Evidence Employed Effi ciently by Practice?

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いわてリハビリテーションセンター

(〒 020‒0503 岩手県岩手郡雫石町七ツ森 16‒243) Isamu Morohashi, PT, MS: Iwate Rehabilitation Center キーワード:脳卒中,エビデンス,歩行

図 1 歩行構築の各段階

歩行は歩行のための準備があり,その上に動作としての歩 行があり,最終的に行為としての歩行を獲得し生活できる.

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1.データベースと歩行  アウトカム評価指標を臨床で活用し,個々の患者に対する理 学療法の効果を蓄積することが科学的根拠をつくることにな る。そのためには,各施設でデータベースの構築が不可欠であ り,そのデータの分析やデータを利用した予測式をつくること で臨床応用が可能となる。当センターでは,東北大学鳴子分 院でつくったデータベース3)を参考に医師,看護,理学療法, 作業療法,言語聴覚療法の各部門が入院時,入院後 1 ヵ月ごと の評価データを入力し,1,500 例を超えるデータベースを構築 している。それらの中から,歩行速度と他のパラメータの関係 性を以下に述べる。

1) 体幹下肢運動年齢検査(motor age test: 以下,MAT)と MWS  MAT は生後からの健常児の運動発達をもとに,脳性麻痺児 の運動機能を表すことのできるスコアであり,4 ∼ 72 ヵ月の 数字で示される。このスコアは成人の中枢神経疾患患者に応用 した報告があり,バランス能力,MWS,麻痺側片足立ちなど との関係も検討されている。MAT と MWS との関係をみると 2 変数間に相関があるため,MAT を計測することで歩行速度 や歩行能力の予測が可能である。我々の研究では MAT19 ヵ月 で室内歩行自立,MAT41 ヵ月で屋外歩行自立となっていた4)。 2) MWS と生理的コスト指数(physiological coat index: 以下,

PCI)

 PCI は 3 分間歩行し,その時の歩行速度と心拍数によって算 出される。PCI は submaximal level での運動時の酸素摂取量 と HR の間に直線的な関係が成立するということが前提となり, 歩行効率を示すスコアとされている。健常人の PCI は 0.11 ∼ 0.51(beats/m)となっており,脳卒中患者では 1(beats/m) を超える場合も多く,高値であればあるほど歩行効率が悪いと されている。MWS が 80 m/min 以上では PCI が 0.5 以下に収 束し,80 m/min 以下ではかなりのバラツキが見られ 40 m/min 以下では 1(beats/m)を超えることが多い(図 3)。これは歩 行速度のレベルによっては歩行速度だけでは把握できない,歩 行の問題があることを示唆している。MacGregor5)は MWS と PCI の関係を四群に分類し,たとえば MWS は良好であるが PCI が高値を示す場合は歩行のフォームのチェックやバランス など再トレーニングが必要な場合があり,理学療法のプログラ ム作成に反映させることが必要と考える。さらに PCI は,歩行 補助具や装具の効果判定などにも用いることができる。 2.歩行関連のデータベースの臨床応用  MWS と他のパラメータの関係性を見ることで,さらに歩行 能力の分析や歩行能力の予測などが可能になる。ここでは,脳 卒中片麻痺患者(以下,脳卒中患者)の回復は予測可能な規則 性のパターンを示し,MSW は歩行率,重複歩距離で規定され る。この関係に注目した研究をもとに1),脳卒中の MSW の 改善に向けて,歩行率,重複歩距離のどちらの要素に特にアプ ローチする必要があるかをディスプレイすることが可能となっ ている。図 4 は歩行速度と歩行率(左側),歩行速度と重複歩 距離(右側)の関係を示しており,図中の直線は脳卒中患者の 基準的な回復パターンの値(以下,基準値)を示している。上 図 2 あるパラメーターの予測値と実測値の模式図 入院時のデータから数ヵ月後の予測値を計算し,その予測値 を基準として実測値との差を検討しながらアプローチする と,3ヵ月後には予測値と実測値が一致. 図 3 MWS と PCI の関係

MWS 80 m/min 以上では PCI が 0.5(beats/m)に収束するが 80 m/min 以下ではバ ラツキがあり,40 m/min 以下では 1(beats/m)を超える場合もあり,MWS が低い ほど歩行効率が悪いといえる.

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段の左右 2 つのグラフは入院 3 週目,下段の左右 2 つのグラ フは入院 6 週目のものであり,3 週目では基準値より歩行率が 低値となっており,6 週目では基準値より重複歩距離が低値と なっている。このディスプレイを患者にフィードバックすると 同時に,担当者は各低値になっている要素を向上させるような プログラムを組む必要性がでてくる。  廃用性症候群のような合併症がなければ,脳卒中患者の MWS の経時的変化は,負加速曲線によって表される。リハ医 療を受けている患者では脳卒中発症からの期間 (x) と MSW(y) との関係は,y = A − B/X によって近似できる1)。この原理 を利用することで,リハ開始後の 3 つ以上の MWS のデータか ら,その後の X 週の MWS のデータを予測することができる (図 5)。図では 3 ヵ月後の MWS を予測して大きな点で示して いるが,早期に入院後 3 ヵ月後の MSW が予測できることで, 退院後の生活の状態や職場復帰などのイメージが共有でき,社 会復帰の大きな判断材料となる。この予測はあくまでも参考値 なので,アプローチの工夫や予測できない要素で変化すること は十分配慮する必要があるため,予測値をよしとせずに常にそ れを超えるつもりで対応する姿勢が大切である。  ちなみに,先行研究では MWS が 60 m/min 以上であれば社 会生活は自立するとされている6)。 図 4 歩行速度と歩行率(左側) 歩行速度と重複歩距離(右側)の関係 直線は脳卒中患者の基準的な回復パターンを示している.上段の 2 つのグラフは入院 3 週目, 下段の 2 つは入院 6 週目のもので前者は基準値より歩行率が,後者は基準値より重複歩距 離が低値となっている. 図 5 歩行機能の双曲線関数による近似 横軸が発症からに期間,縦軸が MWS で点線は,プロットされている実測した 3 ポイント (小さな点)から求めた近似曲線.この曲線を元に入院 3 ヵ月後の歩行速度の予測値を求め ることができる(大きな点).

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非麻痺側の片足立ちからみた歩行  歩行分析は観察的な分析から,大がかりな動作解析装置を用 いた分析がある。EBM ではより客観的なデータによる臨床応 用が必要であるが,三次元動作解析装置による大量に出力され る計測データを,具体的にどのように臨床に生かしていけるか を検討する必要がある。脳卒中患者の歩行は前後方向(推進 力・制動力)の床反力で定量化が可能であるといわれている7)。 つまり,麻痺側の推進力の低下が著明で,この推進力のデータ と歩行速度は相関がある。また歩容を考えた場合に,麻痺側足 部の引きずりが問題であっても足部に装具をつけても引きずり 歩行が解決しない場合がある。この場合は,麻痺側足部の問 題だけではなく,たとえば非麻痺側下肢の立脚中期の問題,つ まり非麻痺側でしっかり片足立ちできていない場合が少なくな い。このように,非麻痺側に生じている問題をどのように客観 的に捉えて,そのデータに基づいて臨床応用するのかは重要な 課題である。今回は,この非麻痺側の片足立ちの問題を取り上 げて説明を試みる。 1.片麻痺患者の非麻痺側片足立ち  図 6 は脳卒中片麻痺患者の非麻痺側の片足立ちの状況を示し ている。A は右片麻痺の入院患者で,左の非麻痺側で片足立ち をしようとしても右下肢を挙上することができず,体幹を左後 方へ傾け,過剰な固定をし,非麻痺側上肢でバランスを取るよ うな反応がみられている。B は左片麻痺の外来通院の患者で, 同様に右非麻痺側で片足立ちしようとしても左足が挙上できな い。両者ともに,理学療法士が徒手的に誘導すると非麻痺側で 片足立ちができ,麻痺側下肢を挙上することも可能であった。 このことから,麻痺側の随意性だけの問題ではなく,非麻痺側 や身体全体の使い方に問題があることが予測できる。  図 7 は,通常の片足立ちと片麻痺患者にみられる右片足立ち を健常人で再現し,比較している。A の正常に近い通常の片足 立ちは,片足立ち側の骨盤が外側方へ移動し,体幹は正中位を 保ったままで対側下肢は自然と挙上する。一方 B は骨盤が内 側方へ移動し,体幹は側屈,両側の上肢でバランスを取りなが ら対側下肢も膝が曲がった状態で挙上している。 2.三次元動作解析装置を用いて非麻痺側片足立ちの分析  図 8 は前述した患者とは別の右片麻痺患者の,左非麻痺側へ の体重移動した状態を分析したものである。A は初回の測定 で,特徴としては非麻痺側への体幹の左への側屈 11 度,左方 向へ骨盤の側方移動が 9 cm,Bは初回の測定から 4 週後で体 幹の右への側屈 10 度で左方向への骨盤の側方移動が 15 cm と なっていた。左足部からでている矢印は床反力を示し,この値 に関しては A,B ともに相違がない値であった。つまり,同じ ように非麻痺側下肢に体重移動しているが,その戦略が違って いて特に体幹の使い方に特徴があることがわかる。今回は詳し いデータは割愛するが,図でもみられるように各方向での骨盤 の傾きや,両肩を結んだラインの傾き,頸部の傾きの程度を客 観的に比較することで,非麻痺側への片足立ちに関する特徴が 共有できる。  図 9 は左右の股関節内外転モーメントを示したものである が,前述したように非麻痺側の床反力に差異はないが,A の初 回のデータでは非麻痺側外転モーメント,麻痺側の内転モーメ ントともに低値を示し,下肢の筋活動より体幹の重さを利用し て非麻痺側の床反力をつくりだしていることが予測できる。こ れに対して,B の 4 週間後では非麻痺側外転モーメント,麻痺 側の内転モーメントともに A の値より高値を示し,姿勢保持 に下肢の筋活動を使っていることが推測できる。足部から矢印 としてでている床反力ベクトルをみても,A は床反力ベクトル の矢印が体幹の左側にあるのに対して,B の床反力ベクトルは 体幹のほぼ中央へ位置しており重心の位置に近いことは注目す 図 6 脳卒中片麻痺患者の非麻痺側片足立ち A:入院中(右片麻痺)B:外来通院(左片麻痺) 両者ともに非麻痺側での片足立ちができない.

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べき点である。  図 10 は床反力の前後方向の分力を示している。上方の A は 一側下肢の正常パターンを示し,推進方向,制動方向ともにバ ランスのいいパターンになっている。一方 B の片麻痺の両下 肢のパターンであるが,非麻痺側,麻痺側ともに床反力の分力 は小さく,パターンも健常のものと比べると,バランスが悪 い。前者は推進方向の分力が主で,逆に後者は制動方向の分力 が主であり,このことから非麻痺側がアクセル役を,麻痺側が ブレーキ役を担っていることがわかる。  動作解析の第一人者である山本澄子氏は,「ある程度のベテ ランになると動作解析装置で測定しなくても,観察だけである 程度動作分析が可能である」と述べている。そのことを理解し たうえで,動作分析の EBM の積み重ね,動作分析の客観的デー タによる共通理解,スタッフ教育などの面において,三次元動 作解析装置で重心の移動,モーメント,各身体の動きを分析し 共有することは大切である。経験的なものではなく,客観的な データを示すことで主観的に理解していたことがさらに深ま り,より自信をもって判断,アプローチすることが可能となる。 臨床場面で意外に非麻痺側へのアプローチがなされていないこ とも,このような客観的なデータにふれる機会がないことも一 因と考えられる。山本7)は,歩行分析によって片麻痺患者の リハビリテーションに役立つ情報を得るために,①歩行パター ン別の検討,②筋電位計測の必要性,③縦断的研究の必要性の 3 つの留意点を挙げている。 課題志向型アプローチ8‒13)  課題指向型アプローチは神経生理学的な知見14)に加え,生 体力学や行動科学における知見が重視され,運動を個人と環境 図 7 片足立ちの比較(健常人) A:通常の片足立ち B:片麻痺患者によく見られる片足立ち Aは片足立ち側の骨盤が外側方へ移動し対側下肢は自然と挙上する.一方 Bは骨盤が内側 方へ移動し,体幹は側屈,対側下肢も膝を曲げて挙上している. 図 8 左非麻痺側下肢への体重移動時の姿勢変化(右片麻痺) 通常の片足立ち 通常の片足立ち 片麻痺患者の片足立ち片麻痺患者の片足立ち

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および課題の相互作用と捉える。日常生活の中で理想と現状の ギャップを問題や運動課題と捉えるが,このアプローチではこ の問題や運動課題を解決する取り組みを基本とする介入的アプ ローチである。つまり,実際の活動場面で特定の課題を設定し, その設定した課題を遂行することを通じて運動や動作,行為レ ベルの機能にアプローチするということである。  またシステム理論を背景にしているため,運動課題を成し遂 げるための運動制御には多くのシステム(筋骨格系要素,神経 筋共同収縮系,個々の感覚,感覚戦略,予測機構,適応機構, 内部表象)が並列的に寄与すると考えられている15)。各シス テムは,運動課題に合わせて寄与する重みづけを変化させなが ら自己組織化機構を働かせ,環境に適応していく。このアプ ローチは具体的には①関節可動域制限など機能障害の解決ある いは予防(機能),②効果的な課題特異的戦略の展開(戦略), ③環境条件の変化に対する機能的な目標志向型課題の適応に焦 点を合わせている(遂行能力)に分類されている。  人が歩行するために空間で定位するためには光学的流動など の視覚情報),固有感覚情報をはじめとする知覚システムを協 図 9 左右股関節内外転モーメント 図 10  床反力の前後分力(A:一側下肢の正常パターン B:片麻痺患者 の両下肢のパターン) Bの患者の前後分力の床反力は小さいが,非麻痺側はアクセル,麻痺側は ブレーキという関係性がある.

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調,統合して働く予測的姿勢調節機能が大きな役割をもつ。さ らに,能動的に周囲を探索して環境からの情報を受け取ること で連続した,合目的な歩行が可能となる16)17)。つまり,一旦障 害をもった場合は物との関係性を現在に身体感覚の中で,再度 構築する必要がある。また,歩行はある行為のための手段であ り,その行為の文脈によって歩行形態も変化する。このように, 物との関係性,その行為の目的や意味,時間軸も含めた文脈, 耐久性なども重要視した歩行アプローチが必要となってくる。  このように課題指向的アプローチは,理論的にはかなり確立 されつつあるが,まだ理学療法の場面では十分に活用されてい るとはいえない。さらに,このアプローチの有無での治療効果 なども十分に示されておらず,実践を重ねながらエビデンスを 重ねていくことが望まれる。 おわりに  脳卒中片麻痺患者の歩行獲得に向けて,データベースによる 予後予測の一例を挙げてその臨床応用の例を紹介した。各施設 で使っているパラメータを利用して,その施設独自の予測式を つくることが望ましいと考える。つまり,患者の機能的回復の 経過が,「順調」であると自信をもっていえて,患者,家族も 含めた周囲もそれを客観的に認められることが重要である。動 作解析に関しても,熟練すると主観的な観察でも可能である が,床反力,関節モーメント,自分が注目しているところ以外 の動きなどを確認し,スタッフ間で共通認識をもつためには重 要である。今あるエビデンスを活用するというスタンスと,臨 床経験から新しいエビデンスをつくるために,また証明するた めに三次元動作解析などを活用することも有効だと考える。最 終的に行為としての歩行を獲得するためには,課題指向型アプ ローチは不可欠であり,無自覚で自然と身体が動くようにト レーニングすることが重要である。  最後に,理学療法の中で随分とエビデンスが議論されてきた がなかなか浸透しない,机上の空論になっていなくもない。そ の大きな理由として,たとえば医師が生死をかけたところで医 療を実施している環境とは違い,一部の心臓リハや急性期の対 応を除いて理学療法の分野はまだまだ緊迫感に欠ける。そんな 環境も手伝って,理学療法士の意識がまだまだエビデンスの利 用をしなくても診療ができるという意識になっていると考えら れる。これから,厳しくなる医療界において緊迫感と責任を もって診療を実施する態度こそが18),エビデンスの利用,活 用を前進させると信じている。 文  献 1) 中村隆一(編):脳卒中片麻痺患者に対するコンピュータ支援に よる歩行訓練(CAGT).国立身体障害者リハビリテーションセン ター.2000a. 2) 藤沼千佳子,諸橋 勇,他:映像による脳血管障害患者の予後予 測.東北理学療法学.2000; 12: 41‒45. 3) 中村隆一,長崎 浩,他(編):脳卒中の機能的評価と予後予測. 医歯薬出版,東京,2011. 4) 藤沼千佳子,諸橋 勇,他:脳卒中片麻痺患者の歩行自立レベル 到達点の一指標.理学療法学.2004; 31: 319.

5) MacGregor J: The objective measurement of physical performance with long-term ambulatory physiological surveillance equipment. Proceedings of the Third International Symposium on Ambulatory Monitoring. London, Academic Pr, 1979, pp. 29‒39. 6) 佐直信彦,中村隆一,他:在宅脳卒中患者の生活活動と歩行機能 の関連.リハ医学.1991; 28: 541‒547. 7) 山本澄子:脳血管障害者の歩行分析.総合リハ.2012; 40(7): 959‒ 964. 8) 内山 靖(編):エビデンスに基づく理学療法,課題志向型アプ ローチ.医歯薬出版,東京,2004. 9) 潮見泰造(編):脳卒中に対する標準的理学療法介入.文光堂,東 京,2007. 10) 大橋ゆかり:セラピストのための運動学習 ABC.文光堂,東京, 2004. 11) 大橋ゆかり:運動学習の臨床応用.理学療法学.2008; 35(4): 202‒ 205. 12) 諸橋 勇:重力と課題指向型アプローチ.理学療法.2009; 26(6): 734‒743. 13) 諸橋 勇:課題志向型アプローチに基づく歩行トレーニング.理 学療法.2012; 29(7): 774‒780. 14) 松尾 篤,冷水 誠,他:脳卒中の課題志向型アプローチの神経 科学的基礎.理学療法.2010; 27(12): 1392‒1397. 15) Shumway-cook A(編):モーターコントロール 運動制御の理論 から臨床実践へ.田中 繁,高橋 明(監訳),医歯薬出版,東京, 2009. 16) Neisser U:認知の構図.古崎 敦(訳)サンエンス社,東京, 1997. 17) 佐々木正人,三嶋博之(編訳):アフォーダンスの構想.東京大学 出版会,2001. 18) 諸 橋  勇:EBM の 前 に す べ き こ と. 理 学 療 法 学.2003; 30(4): 231‒234.

参照

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