DOI: http://doi.org/10.14947/psychono.36.13
94 基礎心理学研究 第36巻 第1号
日本基礎心理学会第35回大会
シンポジウム
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ロービジョンからの挑戦
Challenges from Low Vision
日 時： 10月29日（土）14:00 ∼15:30 場 所： 23号館1階 23101教室 講 演 者： 新井千賀子（杏林アイセンター） 田中恵津子（浜松視覚特別支援学校） 川嶋英嗣（愛知淑徳大学） 小林 章（国立障害者リハビリテーションセンター学院） 指定討論者： 中野泰志（慶應義塾大学） 司 会 者： 小田浩一（東京女子大学） 企画の趣旨 超高齢社会が進む国ではロービジョンが社会問題化し てくる。日本人の約164万人に視覚障害があり，それに よる社会的損失はおよそ 8.8兆円になるという報告があ る（日本眼科医会，2009）。そのうちおよそ9割はロー ビジョンと呼ばれ，メガネをかけても日常生活に支障の ある視覚の状態（Faye, 1984）である。基礎心理学はは たしてこのロービジョンの人たちが直面している困難を 応用問題として解決できるだろうか？また，反対にロー ビジョンの人たちが経験する多様な困難から人間の基礎 心理について斬りこむアイデアが見出せないだろうか？ ロービジョンは想像しにくいのでアナロジーを使う。 ガリヴァー旅行記は，小人の国に漂着した人の冒険談と して有名だが，その続編では今度は巨人の国の冒険談に なるらしい。ジブリの「借りぐらしのアリエッティ」と 同じである。あまり話題になったことがないように思わ れるが，はたしてガリヴァーはその国で新聞や書類を読 むことができただろうか？小人の国では文字が小さすぎ て解像できず，巨人の国では大きすぎて視野に入らない ために生活はかなり困難であったに違いない。高齢に なってから急に新聞や書類が読めなくなるロービジョン は，言って見ればガリヴァー旅行記の主人公と同じよう に，いきなり字が読めない境遇に放り込まれるのである。 こう考えると，そもそも普通に読める文字サイズの範 囲とはどのようなものかとか，視野に何文字入れば支障 なく読めるかという問題があることがわかる。ロービ ジョンの研究であると同時に，読みに関する心理物理的 基礎研究でもある（Legge, Pelli, Rubin, & Schleske, 1985）。 視覚に障害のある人を特殊とみなす古い異常心理学の考 え方では，人や障害に原因があるので問題解決は難し い。普通に読むためには文字サイズが足りないという心 理物理の問題として捉えれば，文字サイズを適正にすれ ば読めるという解決策が見出せる。 ある日ガリヴァーやアリエッティになるリスクは，超 高齢化社会では決して低くない。ロービジョンとは日本 人全員が抱えるリスクのことである。ロービジョンに よっておこる視覚の変化にはたくさんの次元がある（小 田，2008）し，人間に必要な行動も多岐にわたるため， 実際の問題解決にはまだまだ課題が多い。このシンポジ ウムではこのような挑戦について取り上げて議論した。 引用文献
Faye, E. F. (1984). Clinical low vision, 2nd. Ed. (pp. 50) Boston, Massachusetts. Little Brown and Company.
Legge, G. E., Pelli, D. G., Rubin, G. S., & Schleske, M. M. (1985). Psychophysics of reading. I. Normal Vision. Vision
Research, 25, 239–252. 日本眼科医会研究班 （2009）．日本眼科医会研究班報告 2006∼2008 年： 日本における視覚障害の社会的コス ト，日本の眼科，80, 付録． 小田浩一（2008）．ロービジョンの視機能とモノの見え， 光学，37, 511–517. （東京女子大学 小田浩一）
The Japanese Journal of Psychonomic Science 2017, Vol. 36, No. 1, 94
