2003 年公共選択学会「学生の集い」
安保理の投票行動に見る
理事国の利害関係
埼玉大学経済学部 西川ゼミナール
大谷公介 佐藤春佳 知久浩基 野崎直美 吉沢誠人
目次 はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3 第1章 国際連合の成立と機能・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4 第2章 設立時から現在までの安保理の投票傾向 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6 第3章 安保理の投票記録から見る理事国間の関係 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 7 3-1 年代ごとの投票の推移からみた各国の関係 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 7 3-2 拒否権の行使から見た常任理事国の投票行動 ・・・・・・・・・・・・・・・10 第4章 Bz 指数を用いた発言力格差・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12 4-1 Bz 指数と発言力の関連・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12 4-2 Bz 指数を用いた理事国間の発言力格差・・・・・・・・・・・・・・・・・・13 4-3 Bz 指数から分かる理事国間の利害関係・・・・・・・・・・・・・・・・・・15 おわりに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16 参考文献 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17
はじめに 国際連合(国連)には国家主権の平等という原則があるにも関わらず、安全保障理事会の 常任理事国には拒否権が与えられている。はたして拒否権は特別な政治力を持っているの であろうか。 そこで本稿では常任理事国の政治力が非常任理事国に対してどの程度まで特別なのかを、 バンザフ指数(Bz 指数)を用いて明らかにする。さらに、安保理における各国の投票行動を 設立時から集計し、そこに利害関係による何らかの傾向が存在するかを確認する。 国連の設立目的は国際の平和と安全の維持にあり、国連憲章のもとに、これらの主要な責 任を負っているのは安保理の理事国である。よって、私たちは理事国の行動を観察するこ とにより、国連がどのように歴史的及び地域的に安全保障に寄与してきたかの傾向がつか めると想像できると考える。この仮説が正しいものであるのか検証するとともに、常任理 事国と非常任理事国の関係についても探る。
第 1 章 国際連合の成立と機能 国際連盟が第 2 次世界大戦の発生を防止できなかったことなどから、米・英・ソを中心 として、新しい国際平和維持機構を設立する構想が第2 次大戦中より練られていた。 まず、1941 年 8 月、F=ローズベルト・チャーチルの大西洋上会談で広汎な安全保障制 度をつくる意図があることで合意し、大西洋憲章が成立した。これに1942 年 1 月、ソ連の 賛同を得て「連合国共同宣言」に発展し、これが国際連合憲章の基礎理念となった。1944 年 8 月、ワシントン郊外のダンバートン・オークスで米・英・ソ・中の代表が国際連合憲 章原案を作成。1945 年 4 月連合国がサンフランシスコに集まり、ダンバートン=オークス 会議で作成された原案に、「安全保障理事会で大国に拒否権を与える」とのヤルタ会談での 決定を追加して、国際連合憲章を採択した。同年10 月 24 日、米・英・仏・ソ・中及びそ の他の署名国の過半数が批准したことによって、国際連合(国連)は正式に発足した。原加盟 国(51 カ国)で本部はニューヨーク。2003 年現在 191 カ国が加盟している。 国際連合はその憲章第 1 条に、国際連合の目的として、国際社会の平和と安全の維持、 諸国家間の友好関係の発展及び経済的・社会的・文化的・人道的な面での国際協力の推進 をかかげている。 この目的を達成するために、国際連合は、主要な機関として、総会・安全保障理事会・ 経済社会理事会・信託統治理事会・国際司法裁判所・事務局をもち、これら 6 機関のもと に多数の委員会・専門機関などを設けている。 総会は、全加盟国によって構成され、予算の審議や承認とともに多くの問題を討議し、 諸加盟国や安全保障理事会に対して勧告することができる。討議・勧告だけで執行権はな い。加盟各国 1 票の投票権をもつ。国際連盟の、会議の議決が全会一致の原則をとり、会 議の運営が難航したという失敗に基づいて、多数決制を取り入れた。 安全保障理事会は、国連で最も強大な権限を持つ主要機関であり、権限は総会に優越し、 国際紛争の解決に必要な経済的・外交的・軍事的制裁の権限を持つ。常任理事国 5 カ国、 非常任理事国6 カ国(のち 10 カ国)の 11 カ国(のち 15 カ国)で構成されている。 常任理事国は米・英・ソ・仏・中の 5 カ国で、中国に関しては 1971 年より中華民国(台 湾)から中華人民共和国に代表権が移り、常任理事国となり、また 1991 年のソ連解体後は ロシアがその地位を受け継いでいる。 非常任理事国は6 カ国で任期は 2 年。1966 年 1 月から 10 カ国に増加。世界の各地域ご とに定められた枠にしたがって選出されている。常任理事国 5 カ国には拒否権が与えられ ており、国際の平和と安全の問題につき決定する機能をもっている。しかし、国際連合の 成立後、冷戦における東西両陣営の対立を背景とした大国による拒否権行使が相次ぎ、安 全保障理事会は、事実上、機能を停止する場合があった。 こうした拒否権制度の弊害を打開するために、1950 年の第 5 回総会で採択された「平和 のための結集」決議は、総会に強制措置の発動を勧告しうる機能を認めるものであった。
しかしながら、大国に対しての強制措置の発動は困難であって、国際連合の安全保障機能 を回復させる手段とはなっていなかった。だが、冷戦が終了したことにより、国連による 安全保障機能の確立と実効が現実味を持つようになってきた今日では、世界の平和維持活 動は国連を中心に考えていこうとする機運が高まっており、国連の安全保障機能が強化さ れる兆しをみせている1。 1 『高等学校政治・経済』(第一学習社)による。
第2章 設立時から現在までの安保理の投票傾向 国連が設立された目的は世界の平和と安全の維持である。しかし、未だに紛争や宗教問題 などが絶えず、世界が平和になったとはとても言い難い。国際機関のなかでも世界の平和 と安全の維持を目的としているのは国連だけで、国連の中でその点において重要な位置を 占めているのは安保理である。よって、平和で安全な世界が築けていないのであれば安保 理が機能していないことが寄与しているのではないだろうか。 では、なぜ安保理が機能していないのか、今からそれを安保理の決議に沿って見ていき たい。 我々は、安保理の可決された決議のうちで、全会一致で可決された議案ではないもの、 つまり、最低 1 カ国が棄権または反対票を投じている議案について調べた。全会一致で可 決された議案は、理事国間の利害の対立が生じておらず、研究の意図にそぐわないため、 今回は除外した。年代ごとの投票の推移、拒否権などの観点から理事国がどのように行動 するかを観察してみた。 まず、年代ごとの投票の推移で見てみると、1940 年代~50 年代はインドとソ連が同じ投 票行動をしていることが多く見られる。1960 年代は常任理事国がアジアやアフリカ、南米 の諸国の数カ国と行動をともにしているのではないかと推測できる結果が得られた。また、 この時期では、フランスがド・ゴールの第五共和政下で一見、近い意見を持ちそうなアメ リカやイギリスなどの資本主義陣営から距離を置き、中ソの陣営に接近する傾向が見られ た。1970 年代に入ると、アメリカとイギリスが行動をともにすることが多くなった。そし て、中華民国から常任理事国を受け継いだ中華人民共和国の棄権がこの時期は多く、ベナ ンとリビアと中国が接近する様子が見られた。中国は他にも、イラクに接近する傾向が見 られた。このことは第4 章で詳しく述べることにする。1980 年代になると、今まであまり 行動を共にする様子が見られなかった中国とソ連が協調する傾向があった。80 年代後半、 アメリカが単独で棄権することが多くなった。これまでの冷戦期では、東欧諸国はソ連に 接近することが多く見うけられたが、ユーゴスラビアだけは独自の路線をたどっているよ うであった。90 年代前半に入るとイエメンとキューバの投票行動が多く一致し、中国、イ ンド、ジンバブエの投票行動が多く一致している。全体的に年月が経過するにつれていま まではどちらかといえば常任理事国と意見を一致させることが多い非常任理事国の国々も 非常任理事国同士だけでも行動をともにする傾向が見られるようになってきた。
第3章 安保理の投票記録から見る理事国間の関係 3-1 年代ごとの投票の推移からみた各国の関係 1953 年、ソ連とインドがアメリカとパキスタンの「米・パ協定」に対抗して、「インド・ ソ連協定」を結んだ。これによって、1940 年代~50 年代のインドとソ連が協調することが 説明できると思われる。1960 年代では今まで植民地であった国々が、資本主義陣営、社会 主義陣営、どちらにも属さず、次々と独立していった。常任理事国はこれら独立したての 旧植民地国を互いに自分の陣営に引き込もうとしてこのような協調行動が見られたのでは ないか。1970 年代ではアメリカのベトナム戦争の敗戦や石油危機で資本主義陣営は大きな 打撃を受けた。そこで、結束を強化する必要が求められるようになり、このような行動が とられたのではないか。しかし、この時期、社会主義陣営では、中国とソ連は50、60 年代 以降からの中ソ対立により、協調行動はとらなかった。中国とソ連が協調する傾向が見ら れるようになったのは、この中ソ対立がやや緩和していった80 年代のことであった。この 時期は中国とソ連は同じ投票行動をするようになったので、同じ共産圏として協調したの であろうと見うけられた。90 年代に入り、冷戦が収束に向かうと、以前は冷戦の影響で、 アメリカ、ソ連の超大国に引っぱられて行動する様子がよく見られていた非常任理事国の 国々も、年が経過するにつれ、大国から影響も薄くなっていった。そして、ソ連が崩壊し て冷戦が終結すると東西陣営の影響というものも見られなくなった。これにより非常任理 事国でも自国の利益で行動できるようになったため、先ほど見たようなイエメンとキュー バのような小国間の協調が増加してきたのだと、想像できる。 概観すると、安保理の投票行動においては冷戦が与える影響は大きかったと考えられる。 冷戦はベルリンの壁の崩壊や中国の民主化運動であった天安門事件が、冷戦が終焉する東 西ドイツの統一やソ連の崩壊より先に起こったことより冷戦は突発的に終結したわけでは なく、86 年くらいから徐々に沈静化していったと推察できる。そこで、冷戦期・冷戦後の 境は86-90 年の間にひいた。表 2 や図 2-1、2-2 から見られるように、冷戦期と冷戦後で は明らかに投票行動の変化が見られた。アメリカやイギリス、東欧諸国では棄権・反対の 回数が減少している。これは、社会主義陣営の崩壊により東西対立がなくなったからであ る。しかし、アフリカ諸国や中国では、逆に増加する傾向が見られた。アフリカ諸国は冷 戦の終結により、安保理の決議が東西の利益に関するものから、民族・宗教的な自国に直 接関係があるものへ変化していったからであるといえよう。そして、今まで大国に従って いたアフリカ諸国が自分の利益で行動するようになったからである。中国は冷戦終結後残 った数少ない社会主義国として資本主義国と対立していたのかもしれない。
表1 地域別年代別の棄権・反対の回数 46-50 51-55 56-60 61-65 66-70 71-75 76-80 81-85 86-90 91-95 96-00 01-03 アメリカ 3 1 0 9 14 19 21 10 10 1 2 3 イギリス 6 0 3 8 11 12 13 5 2 0 0 0 フランス 2 1 6 18 13 9 9 0 0 0 1 3 ソ連(ロシア) 54 12 13 9 4 7 18 15 0 9 10 1 中国 3 2 1 0 1 30 39 6 1 23 18 0 アジア 3 4 0 1 2 0 3 4 0 12 2 0 中東 8 1 0 3 0 12 5 1 4 4 0 6 アフリカ 9 0 0 2 8 1 9 1 0 19 3 0 西欧 2 1 2 1 8 3 5 7 0 0 0 2 東欧 42 1 6 3 4 5 17 10 0 0 0 0 北米 0 0 0 0 2 0 2 0 8 0 0 0 南米 9 0 0 2 11 2 0 1 0 8 2 1 オセアニア 6 0 1 0 1 0 0 0 0 1 0 0 キューバ 3 0 0 0 0 0 0 0 4 4 0 0
図1 冷戦期における棄権・反対の割合
フランス
12%
中国
16%
アジア
7%
アフリカ
4%
西欧
6%
その他
5%
アメリカ
15%
イギリス
11%
ソ連
14%
東欧
10%
図2 冷戦後における棄権・反対の割合
中国
31%
西欧
1%
東欧
0%
アメリカ
4%
アフリカ
16%
アジア
18%
イギリス
0%
フランス
3%
ロシア
15%
その他
12%
このように、安保理において各理事国が必ずしも世界の平和と安全の維持を目的として 行動しているのではない。そこには、それぞれの国が自国の利益に沿った行動がとられる こともあるのである。 しかし、協調して行動しているといってもいままでの中に証拠があったわけではない。 そこで、我々はここでこの投票行動の一致が偶然ではないことを証明したい。 ここではワルシャワ条約機構を形成している国々(ソ連と東欧諸国)の例を挙げる。安保理 の非常任理事国には東欧枠が1 カ国分あるので、この国々は 2 カ国存在する。各国が単独 で行動した場合、偶然、投票行動が一致する確率は、任意の 2 カ国の取れる投票行動はお のおの賛成・反対・棄権の3 通りがあるので、全投票行動の場合の数は 3×3 の 9 通りであ る。2 カ国が同じ投票行動をするのは賛成・反対・棄権の 3 通りがあるので、2 カ国が同じ 投票行動をする確率は3/9 になり 33.3%である。しかし、これらの国々の意見が一致した 確率は、「意見が一致した回数/2 カ国が投票した決議数×100」でこの数値を表すとすると、 94%であった。これは偶然に一致するケースより不自然に高い確率である。このことより、 ワルシャワ条約機構を結んでいる国々(ソ連と東欧諸国)は偶然の意見の一致ではなく、故意 に示し合わせていると考えてよい。次の節では拒否権から見た常任理事国の行動について 見てみたい。3-2 拒否権の行使から見た常任理事国の投票行動 ここでは、安全保障理事会に提案された決議案の中で、常任理事国の拒否権によって否 決されたものを選び出し、研究の対象とする。その際に、そうした決議案の総数の推移と 各常任理事国の拒否権の行使状況を示し、そこから各国の投票行動と政治的な意図を読み 取ることに主眼を置く。
0
5
10
15
20
25
30
35
回数
46~
48
52~
54
58~
60
64~
66
70~
72
76~
78
82~
84
88~
90
94~
96
00~
03
年次
図3 拒否権発動回数
米
英
仏
露(ソ)
中
まず、図3 のグラフを見ていただきたい。ここでは、上記のように 1946 年から現在まで に安保理で決議された決議案の中で、拒否権によって否決されたものの推移を示している。 このグラフを見ると、1946 年発足時から 66 年までの間は、一貫してソ連が高い割合で拒 否権を行使しているのが見て取れる。これはこの時期に、当時ソ連と対立関係にあった資 本主義陣営に属する国々の国連加盟を承認するよう求める決議が多かったからであろう。 資本主義陣営の国が国連へ加盟したら、ソ連は国連内部での勢力を弱めることになりかね ない。こうした思惑からソ連は拒否権を多用したと考えられる。 その後、いったんは拒否権の行使は低い水準にとどまるが、72 年ごろになると再び増加 してくる。しかし、このとき高い割合を示すのはソ連ではなくアメリカである。この理由 として、この時期には、石油危機の引き金となる第四次中東戦争が勃発するなど、中東情 勢が悪化したことが考えられる。それに伴い、アメリカと緊密な関係にあるイスラエルを 含む中東問題に関する決議案が増え、拒否権を行使する機会が増加したのではないだろう か。実際にアメリカは、中東問題に対して拒否権を行使する傾向が強く見られる。さらに90 年代に入ると、ソ連をはじめとする社会主義国家の相次ぐ破綻や資本主義への 方針転換によって社会主義と資本主義という対立の軸がなくなったため、拒否権の発動の 減少が確認できる。 こうして、拒否権の発動の状況について見てきたが、66 年の後にある拒否権の発動の減 少をもたらした要因についてはまだ触れていない。私たちは、これには90 年代における社 会主義国の破綻と同じように大きな要因があると感じ、考えた結果、非常任理事国の増加 という安保理の構造の変化に着目した。つまり、66 年から非常任理事国がそれまでの 6 カ 国から10 カ国へと増加したことで、常任理事国の投票行動や発言力に影響を与えたのでは ないかと考えたのである。そこで、非常任理事国の増加が常任理事国の行動や発言力に影 響を与えるか、また与えるとすればどの程度のものであるかを、Bz 指数という指標を用い て次章で検証することとする。
第4 章 Bz 指数を用いた発言力の格差 4-1 Bz 指数と発言力の関連 Banzhaf 指数(Bz 指数)とは、投票により意思決定を行う時、各投票主体が意思決定につ いてどのくらい影響力を持っているかを見るための指標の一つである。 Bz指数は 1965 年に法律家のBanzhafにより定義された指数である2。その後、Dubeyと Shapleyにより公理的特徴付けがなされました。実際にBz指数がどのようなものを指してい るのかを次に示す。
100
150
政党B
20
政党A 80
政党C 50
政党B
20
政党A 80
政党C 50
政党B
20
政党A 80
政党C 50
図4 投票主体が3つの場合の投票例
反対
賛成
図4 では、投票主体が3つあり、投票総数 150 で、賛成投票が 100 以上の場合、案は可 決されるという投票行動について示している。図の例を上から順に見ていくと、政党A も しくは政党B が反対に移動すると否決される。次の例では、政党 B もしくは政党 C が賛成 に移動することにより可決される。最後の例では政党 A が賛成に移動しない限り可決され ないと分かる。 このように投票行動を変化させることにより案の可否を変えることのできる時をスウィ ングといいます。そして、各投票主体がスウィングを行える回数を全投票パターンの回数 2 Bz指数の歴史,定義については http://www.misojiro.t.u-tokyo.ac.jp/~tomomi/voting/voting.htmlを参考とした.で割った値をBz 指数と定義する。 上図の場合では各投票主体は賛成及び反対の2 つの行動が取れ、3 つの投票主体が存在し ているので、全投票行動数は23で8通りと分かる。そして、政党A、B、C それぞれ 6 回、2 回、2 回のスウィングが行えると分かっている。よって、政党 A、B、C の Bz 指数 はそれぞれ6/8、2/8、2/8 となり、政党 B と政党 C では持っている票数に倍以上の差 があるにもかかわらず、Bz 指数に差が見られていない。これは、二つの政党に発言力の差 が見られないことの表れだと理解できる。これから見ていきたいものはBz 指数そのものよ りも各投票主体間でのスウィングの格差を見ていく。よって、政党A は政党 B、C よりも 3 倍の発言力を持っていると判断する。 4-2 Bz 指数を用いた理事国間の発言力格差 次に実際に安保理の投票行動からBz 指数を求めてみる。安保理の理事国の数は 1965 年 以前と以降では11 カ国から 15 カ国に増えており、それぞれの場合で考えてみる。また、 安保理の投票行動については棄権という行動もあるが、ここでは単純化のため、賛成と反 対しかないと考える。実際15 カ国中 5 つの常任理事国の賛成と 4 つの非常任理事国の賛成 が得られれば可決され、非常任理事国の棄権は反対に近い意味合いを持っているので、棄 権については反対として計算の中では考える。 まず、11 カ国の時代については、各理事国それぞれに賛成及び反対の行動が取れる。よ って、全投票の場合の数は と分かる。次に理事国のスウィングの回数を調べてみる。こ こで常任理事国には拒否権が存在し、非常任理事国には拒否権が存在しなく、この 2 者の 違いは拒否権しかないので、常任理事国と非常任理事国の 2 つの場合を考えればよいこと になる。 11 2 任意の常任理事国のスウィングについて考える時、他の 4 カ国が反対すなわち拒否権を 行使してしまうと、必ず否決されてしまうので、4 カ国は必ず賛成票を投じていると仮定す る。よって、非常任理事国の賛否の国数を考えればよい。6 カ国共に賛成な場合は で1 通り、5 カ国賛成な場合は 6 カ国の中から 1 カ国反対票を投じる国を選ぶ方法は で6 通 りである。同様に、非常任理事国の反対国数が2 カ国から 6 カ国までそれぞれ考えると、 、 、 、 、 と分かり、常任理事国が賛成から反対の時のスウィングと逆の時のス ウィングは2 通りあるので、求める場合の数は 0 6C 1 6C 2 6C 3 6C 6C4 6C5 6C6 2×(6C0+6C1+6C2+6C3+6C4+6C5+6C6) = 126 となる。 非常任理事国のスウィングの回数については任意の 1 カ国を決めて他の非常任理事国の投 票行動を色々変えてみると、5 カ国とも反対としている時にスウィングが存在する。この時 任意の理事国は賛成の時も反対の時もスウィングする。5 カ国共に反対しているのは 1 通り
であるから、非常任理事国のスウィングの回数は2 通りである。 この結果から常任理事国と非常任理事国のスウィング回数を比較すると、63 倍にもなる。 発言の影響力はあまりにも開きすぎている。 次に非常任理事国が10 カ国に増加した 1966 年からについて、Bz 指数を比較してみよう。 まず、全投票行動の場合の数は、理事国の数が11 から 15 に増加したことにより、 と32 倍に増えた。計算する上での考え方は先に述べたものとまったく同じなので割愛させてい ただきます。では、実際に常任理事国のスウィングの回数を11 カ国時代と同様に計算して みよう。計算した結果は 15 2 2×(10C10+10C9+10C8+10C7+10C6+10C5+10C4) = 1696 となる。 非常任理事国に関しては、常任理事国が5 カ国賛成でかつ、非常任理事国が 3 カ国もしく は4 カ国賛成している場合にスウィングが存在する。3 カ国賛成の場合は任意の理事国は反 対票を投じていて、それを賛成に変えることにより可決される。4 カ国賛成の場合には任意 の理事国は賛成から反対に移ることによってスウィングが見られる。これを、計算してみ ると、 3 9C +9C3 = 84 となる。 この2 つの値を比較すると、常任理事国は非常任理事国よりおおよそ 20 倍の発言力がある と考えられる。 この議論より,前章での理事国の増加による拒否権の行使の著しい減少はBz 指数の考え での発言力の低下が寄与していることは間違いないであろう. 今までは各理事国が独立に投票するという特殊な条件を課さないで計算したが、ここで は、常任理事国と非常任理事国が手を組んだ場合、常任理事国同士の場合、非常任理事国 同士の場合について議論する。 まず、はじめに常任理事国と非常任理事国が手を組んで投票を行った場合ではどうなる のか。投票行動全体の場合の数は15 カ国なので変わらず、 である。では、手を組んだ理 事国の Bz 指数はどうなるのか。スウィングの数を計算すると、930 通り存在する。では、 手を組んだ理事国と他の常任理事国または非常任理事国との発言力格差というものは現わ れるのであろうか。 15 2 実際常任理事国についてスウィング回数を計算してみると、930 通りというまったく同じ 結果となる。また、非常任理事国についてでは、56 通りとなる。よって、Bz 指数の格差は 17 倍弱と格差は減少したとわかる。 これから分かることは、常任理事国が非常任理事国と手を組んだ事により発言力が増す ということはなく、むしろ、非常任理事国が大きな発言力を手にすることであるといえる。 では、常任理事国 2 カ国が手を組んだ場合は、手を組んだ理事国のスウィング回数は、
他の常任理事国が独立で投票した時のスウィング回数と同じで 1696 通りである。そして、 非常任理事国のスウィング回数も84 通りとなる。この条件では全理事国が独立な場合との 違いが見られない。 最後に非常任理事国が 7 カ国で手を組んだ場合について考えてみたい。何故なら、非常 任理事国が 7 カ国で反対した場合には残りの全理事国が賛成表を投じても否決されてしま うといういわば拒否権と同等の権限を持つことができるからである。 では、常任理事国のスウィング回数は16 通りである。非常任理事国 7 カ国のスウィング 回数は常任理事国のそれと同じく16 通りである。非常任理事国はこの条件ではスウィング することがまったくできないという結果がみられた。 今までの計算で分かったことは、拒否権を与えられるということは絶大な発言力を与え られる。また、常任理事国と非常任理事国が手を組むと常任理事国の発言力は他の常任理 事国の発言力を上回るということはなく、利点は見られない。しかし、非常任理事国は絶 大な発言力を手に出来るという大きな利点がある。また、非常任理事国が 7 カ国で同調す ることにより、常任理事国と同じ発言力を持てることもわかった。 4-3 Bz 指数から分かる理事国間の利害関係 先に述べたように、中国とイラクが安保理決議の中で協調する確率は 67%であった。だ が、イラクが理事国になった二期のうち、57~58 年は協調する傾向は見られないが、74~ 75 年は強く協調する傾向が見られた。これは 72 年の石油危機を契機に中国がイラクの石油 を目当てに同調したと考えてよいと思われる。上の議論より、それぞれが単独で行動する とき、常任理事国は非常任理事国の20 倍の発言力を持つ。そして、常任理事国と非常任理 事国が協調して行動した場合も、非常任理事国単独のおよそ17 倍の発言力を持つことが発 見できた。この例を逆から見ると中国がイラクに同調した場合、イラクはおよそ17 倍の発 言力を手に入れたと考えてよい。 また、ソ連と東欧諸国が協調行動を取る場合に関しては東欧諸国がソ連の支配に従属し ていた衛星国としての歴史的背景があり、この場合は東欧諸国の発言はソ連の監視下にあ ると考えることもできるので、東欧諸国の発言力が他の非常任理事国よりもはるかに高い とは一概には言えないであろう。
おわりに 安保理が機能しない原因として、拒否権を持つ常任理事国と非常任理事国との投票にお ける発言力の格差が大きい事が挙げられる。理事国が15 カ国となった現在でも両者の間で 20 倍もの格差が存在する。 4 章での研究結果から、非常任理事国を 6 カ国から 10 カ国に増やした場合、発言力の格 差が63 倍から 20 倍へと縮まったことが確認された。そこで、さらに非常任理事国を増や した場合に、格差がどう変化するかを計算してみた。まず、非常任理事国を10 カ国から 13 カ国へ増やし、全理事国18 カ国中 11 カ国の賛成で可決すると仮定する。そうして計算す ると、格差は7.3 倍へと縮まった。同様に、16 カ国へ増やし、21 カ国中 13 カ国の賛成で 可決すると仮定して計算すると、格差は3 倍へと縮まった。 こうして見ると、非常任理事国を増加させることで発言力の格差を是正することができ ると考えられる。発言力の格差を無くす為には、拒否権自体を廃止するのが最も有効的だ が、これには常任理事国の反対が予想されるため、現実的ではない。従って、非常任理事 国の増加という方法の下、発言力の格差を縮めていくのが最善の策であろうと考える。